宗岡 正二(むねおか しょうじ、1946年5月3日 - )は… 宗岡 正二(むねおか しょうじ、1946年5月3日 - )は、日本の実業家。新日鐵住金代表取締役会長や、全日本柔道連盟第4代会長を務めた。 山口県下関市出身。東京大学農学部農業経済学科卒業。東京都立小山台高等学校において、中西宏明(日立製作所会長、経団連会長)の1年後輩であった。 新日鐵住金の前身である新日本製鐵に第1期生として新卒入社。2008年4月、三村明夫(のちの会長、相談役)より社長職を引き継ぐ。2012年10月より住友金属工業との合併に伴い創立した統合会社の新日鐵住金の代表取締役会長兼CEOに就任した。2014年4月、同社代表取締役会長専任となった。2009年1億7060万円の役員報酬を、2013年1億600万円の役員報酬を受けた。
ターザン 山本(ターザン やまもと、1946年4月26日 -… ターザン 山本(ターザン やまもと、1946年4月26日 - )は、日本の元プロレス編集者。山口県岩国市生まれ。 本名は山本 隆司(やまもと たかし)。身長178cm。愛称はターザン、ター山、落武者等。 山口県立岩国高等学校卒業、立命館大学文学部中国文学専攻中退ののち、映写技師を経て、1977年に新大阪新聞社に入社した。『週刊ファイト』のプロレス担当記者を務める。 1980年にベースボール・マガジン社へ移籍する。1987年、『週刊プロレス』の編集長に就任し、のちには『格闘技通信』の編集長も兼任、“活字プロレス”、“密航”などの流行語を生む。また、『週刊プロレス』の発行部数(公称40万部)を背景に、新興団体SWSに対するバッシング・四天王プロレスの評価・インディ団体FMWのプッシュなどを行い、プロレス界に大きな影響を与えた。
髙樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、… 髙樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、日本の小説家。日本芸術院会員、文化功労者、元九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)。本名は鶴田信子(つるた のぶこ)。 東京女子大短期大学部教養学部卒。出版社勤務を経て結婚し福岡に転居したころから、同人誌に作品を発表し始める。『その細き道』(1983年)以降、「遠すぎる友」「追い風」が次々と芥川賞候補となり、4度目の候補作『光抱く友よ』(1984年)で受賞。恋愛や友情、若い女性の心理を中心に、人間の本質に切り込む真率な作風が高く評価されている。
高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、… 高樹 のぶ子(たかぎ のぶこ、1946年4月9日 - )は、日本の小説家。元九州大学アジア総合政策センター特任教授(アジア現代文化研究部門)。本名は鶴田 信子(つるた のぶこ)。
福島 啓史郎(ふくしま けいしろう、1946年3月31日 -… 福島 啓史郎(ふくしま けいしろう、1946年3月31日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(1期)。山口県宇部市出身。
児玉 好弘(こだま よしひろ、1946年2月13日 - )は… 児玉 好弘(こだま よしひろ、1946年2月13日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。 山口鴻城高在学時の1962年、2年生ながらチームの主戦投手として夏の甲子園に出場。1回戦は溝部睦投手との継投で大分商に1-0で辛勝。しかし2回戦では西条高(愛媛)の石川洵投手(立大-鐘紡)、村上公康捕手のバッテリーに0-4で完封を喫する。 高校卒業後は、社会人野球の日本軽金属で活躍。1965年のプロ野球ドラフト会議で、東京オリオンズから15位指名を受けたが、これを拒否し残留。エースとして1969年の第40回都市対抗野球大会へ18年ぶりの出場を果たす。1回戦で優勝候補の日本生命と対決、延長10回の熱戦の末、1-3で敗れた。
岡田 裕(おかだ ゆう、1946年〈昭和21年)3月 - 〉… 岡田 裕(おかだ ゆう、1946年〈昭和21年)3月 - 〉は、山口県光市出身の陶芸家。江戸時代に築かれ、200年以上受け継がれてきた由緒ある窯元である萩焼岡田窯八代目(山口県指定無形文化財萩焼保持者)。 1946年3月岡田窯七代岡田仙舟の長男として、父の赴任地山口県光市で生まれる。1964年神奈川県立厚木高等学校、1968年慶応義塾大学法学部をそれぞれ卒業。いったんは水産会社である株式会社極洋に入社したが、萩焼の魅力に引き込まれ、1972年退社して父仙舟に師事し作陶に入る。2004年仙舟死去の後、岡田窯八代に就任。1977年日本工芸会山口支部研究会員、1978年萩女子短期大学非常勤講師に就任(1999年まで)。
西村 不可止(にしむら ふかし、1946年 - )は、日本の… 西村 不可止(にしむら ふかし、1946年 - )は、日本の画家。 NPOひろしまインターネット美術館理事。 山口県立萩高等学校卒業。 会社に勤めていた35歳の時に絵画教室へ通い始めた。41歳になった頃、師の勧めで公募展に出品をすると初の入選をした。2度目の公募展では中国新聞社賞を受賞し、このころより創作活動に本腰を入れることになる。以来35年間連続で公募展に出品。故郷でもある萩市の「萩市美展」や「国民文化祭」、その他個展やグループ展にて作品を発表。搬入、搬出には有休を取って自ら参加している。 また、絵画教室の講師も仕事と並行して務めた。
三浦 典子(みうら のりこ、1946年 - )は、日本の社会… 三浦 典子(みうら のりこ、1946年 - )は、日本の社会学者。山口大学名誉教授。 専門は都市社会学、東アジア社会論。 山口県防府市生まれ。本姓・小谷。九州大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、1992年「流動型社会の研究」で博士(文学)。山口大学助教授を経て、教授、2011年定年退任、名誉教授となる。
島 泰三(しま たいぞう、1946年 - )は、日本の動物学… 島 泰三(しま たいぞう、1946年 - )は、日本の動物学者、類人猿学者。 山口県下関市出身。自身の著書では生家は鮮魚商で、店は彦島にあったと記している。山口県立下関西高等学校を経て東京大学に進学。理学部人類学教室に在籍。学生運動に関わり、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争に参加している。1969年の東大安田講堂事件に際しては、学部生の「本郷学生隊長」として参加。逮捕されて懲役2年の判決を受ける。京都大学で理学博士号を取得。 霊長類の研究を専門とし、「房総自然博物館」(野生のニホンザル研究のために千葉県内に設けられた施設)2代目館長や雑誌『にほんざる』編集長などを歴任。2002年以来、NGO日本アイアイ・ファンド代表としてマダガスカル北西部の「アンジアマンギラーナ監視森林」を保護・観察している。
吉見 義明 (よしみ よしあき、1946年 - )は、日本の… 吉見 義明 (よしみ よしあき、1946年 - )は、日本の歴史学者、中央大学商学部名誉教授。専攻は日本近現代史。日本の戦争責任資料センター共同代表。所属学会は日本史研究会(1977-)、歴史学研究会(1976-)など。山口県出身。
高木 義明(たかき よしあき、1945年〈昭和20年〉12月… 高木 義明(たかき よしあき、1945年〈昭和20年〉12月22日 - )は、日本の政治家。国民民主党顧問。 長崎市議会議員(3期)、長崎県議会議員(1期)、衆議院議員(9期)、民主党副代表、民主党国会対策委員長、文部科学大臣(第14代)、民主党選挙対策委員長、民主党代表代行、民進党副代表、国民民主党長崎県連代表、民社協会会長等を歴任した。 山口県下関市生まれ。1964年、山口県立下関工業高等学校を卒業し、三菱重工長崎造船所に入社した。同造船所の労働組合執行役員を経て、1975年に長崎市議会議員選挙に出馬し、当選。市議を3期務めるが、1987年、3期目の任期途中で辞職し、長崎県議会議員選挙に出馬。
島津 幸男(しまづ ゆきお、1945年12月18日 - )は… 島津 幸男(しまづ ゆきお、1945年12月18日 - )は、山口県の政治家。周南市議会議員(1期)。前周南市長(1期)。
真鍋 幹三(まなべ みきぞう、1945年11月23日 - )… 真鍋 幹三(まなべ みきぞう、1945年11月23日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。ポジションは捕手。
桑原 誠(くわばら まこと、1945年10月12日 - 20… 桑原 誠(くわばら まこと、1945年10月12日 - 2020年9月11日)は、日本の化学者、工学者。専門は無機材料科学(電子セラミックス)。1973年3月 東京大学大学院工学系研究科工業化学専攻博士課程修了。工学博士(東京大学)。長男は社会学者の桑原司。1982年、市村賞貢献賞(学術の部)受賞。叙正四位、瑞宝中綬章受章。 『岩波講座 現代工学の基礎 14 人工物の構造と特性 《設計系I》・無機材料 《材料系V》』岩波書店(2002年)〔共著〕。ISBN 4-00-010994-4
清水 巖(しみず いわお、1945年8月30日 - )は、日… 清水 巖(しみず いわお、1945年8月30日 - )は、日本の法学者。専門は、商法・消費者法。九州大学名誉教授。消費者問題研究者。社会活動家。 山口県山口市に生まれる。山口県立山口高等学校を経て、1968年に大阪大学法学部を卒業。引き続き同大学院法学研究科に進み、修士課程を修了後、博士課程在学中に文部教官に採用されて退学する。 滋賀大学経済学部助教授を経て、1983年に教授に昇進(学部および大学院経済学研究科で商法を担当)。 1993年に九州大学法学部教授(大学制度改革により九州大学大学院法学研究院教授)に転任。その後、法科大学院制度の発足により、同大学法科大学院教授を兼任した。九州大学では法学部および大学院法学府博士課程で商法及び消費者法を、大学院法務学府(法科大学院)で消費者法を担当した。
奥平 剛士(おくだいら つよし、1945年(昭和20年)7月… 奥平 剛士(おくだいら つよし、1945年(昭和20年)7月21日 - 1972年(昭和47年)5月30日)は、日本の新左翼活動家、テロリスト、革命家。日本赤軍創設メンバーで最高幹部。同じく日本赤軍メンバーの重信房子は戸籍上の妻、奥平純三は弟。重信など関係者の手記、支援者間の会報等ではアラブ名「バーシム」と書かれていることがある。 山口県下関市生まれ。1960年に山口県立下関西高等学校に入学したが、6月に岡山県立岡山朝日高等学校に転校。 1964年、京都大学工学部に入学。在学中の奥平は京都・九条でセツルメント活動をしており、日本共産党系の青年団体である日本民主青年同盟(民青同盟)の同盟員にもなっていた。
原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の… 原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の映画監督。疾走プロダクション所属。妻は疾走プロダクション代表の小林佐智子で、ほとんどの作品で共同作業を行っている。本名は小林一男。
城野 ゆき(じょうの ゆき、1945年6月5日 - )は、日… 城野 ゆき(じょうの ゆき、1945年6月5日 - )は、日本の元女優、歌手。本名:女井 和代(おない かずよ)。山口県萩市出身。身長162cm、バスト85cm(1966年9月)。 元々はデザイナー志望で、東京女子美術短期大学在学中にはファッションモデルのアルバイトをしていた。在学中に見たアメリカ映画『旅情』に感動して女優を志すようになる。短大卒業後、街でスカウトされ、東映に入社。1965年、『おんな番外地 鎖の牝犬』でデビュー。東映は"現代風健康的清純派女優"として売り出した。デビューして1年の間に10本の作品に出演し、1966年映画『地獄の野良犬』に、三田佳子の代役として梅宮辰夫の相手役に抜擢される。
福永 法源(ふくなが ほうげん)、本名:福永輝義(ふくながて… 福永 法源(ふくなが ほうげん)、本名:福永輝義(ふくながてるよし)、別名:国司院 常照、1945年〈昭和20年〉4月5日 - )は、法の華三法行の設立者、元代表。 大手電機メーカー勤務、会社経営(後に倒産)を経て「天の声(天声)が聞こえた」として法の華三法行を設立。集会での「最高ですか!」の掛け声で知られる。1987年に静岡県で宗教法人の認証を受ける。信者の足の裏をみて、病気などの悩みを言い当てる"足裏診断"を行い、研修への参加や献金を勧めるなどの活動を行っていたが、信者に対する巨額詐欺事件で罪に問われ、2008年に実刑判決が確定し栃木県の黒羽刑務所で服役。刑務所では真面目な態度で刑期が短縮され、2014年3月に出所。
伊藤 繁雄(いとう しげお、1945年1月21日 - )は、… 伊藤 繁雄(いとう しげお、1945年1月21日 - )は、日本の卓球選手。 山口県周南市生まれ。専修大学卒業。1969年の世界選手権で男子シングルス、男子団体優勝の2冠に輝いた。生まれつき左利きであるが、現役を引退するまで、右手でラケットを打ち続けた。現在は、小中学生対象の講習会に参加し選手育成に努めている。 1971年名古屋世界選手権では団体戦で調子が出ず、苦手を公言していたカラカセビッチ等欧州選手の他中国選手の前陣速攻にも苦戦していたが、個人戦になると期待された長谷川、河野が敗退する中で李富栄、シュルベクの強敵を連破、17歳のステラン・ベンクソンには敗れたものの決勝に進出し、面目を保った。
渡辺 純忠(渡邊 純忠、わたなべ すみただ、1945年(昭和… 渡辺 純忠(渡邊 純忠、わたなべ すみただ、1945年(昭和20年)1月4日 - )は、日本の政治家。山口県山口市長(4期)を務めた。 山口県徳地町生まれ。山口県立山口高等学校、長崎大学教育学部卒業。1968年、長崎大を卒業し山口県庁に就職した。山口県では商工労働部、総務部、企画部、教育庁、環境生活部等に勤務し、2001年に山口県水産部長に就任。翌2002年には山口市へ出向し、山口市長・合志栄一の下で山口市助役に起用された。 2005年、市町村合併による新・山口市の発足に伴う山口市長選挙に、山口市・防府市の合併を掲げて立候補。旧・山口市長の合志栄一を破り初当選を果たした。2009年、元徳地町長の伊藤青波らを破り、山口市長に再選。
山岸 勝榮(やまぎし かつえい、1944年9月22日 - 2… 山岸 勝榮(やまぎし かつえい、1944年9月22日 - 2025年6月2日)は、日本の英語学者、言語学者、英和・和英辞典編纂者。学位は博士(応用言語学)(明海大学・2004年)。明海大学名誉教授。 法政大学第二教養部教授、明海大学外国語学部教授などを歴任した。 山口県宇部市出身。1963年法政大学第二高等学校卒業、1967年法政大学文学部英文学科卒業、1972年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学、法政大学第二教養部専任講師・文学部兼担。1976年同助教授・文学部兼担、1981年法政大学ロンドン分室室長、ロンドン大学(UCL)客員研究員。1985年法政大学第二教養部教授・文学部兼担。1988年明海大学外国語学部英米語科教授。
尾崎 真吾(おざき しんご、1944年8月15日 - )は、… 尾崎 真吾(おざき しんご、1944年8月15日 - )は、日本のアニメーター・イラストレーターである。血液型はA型。山口県山口市出身。 現在アニメーション協会・日本児童作家連盟・日本モデルシップ友の会に所属。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
野村 興兒(のむら こうじ、1944年(昭和19年)7月29… 野村 興兒(のむら こうじ、1944年(昭和19年)7月29日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。山口県萩市長を新旧合わせて6期務めた。 2018年4月に至誠館大学の学長に就任。 山口県萩市出身。河村建夫は山口県立萩高等学校の2年先輩。 1967年、京都大学経済学部経済学科を卒業し、同年大蔵省に入省。主計局調査課に配属。同期に伏屋和彦、黒田東彦(日銀総裁)、山口公生(銀行局長)などがいる。
吉田 正昭(よしだ まさあき、1944年5月22日 - )は… 吉田 正昭(よしだ まさあき、1944年5月22日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。 山口県立久賀高等学校を中退し、1962年に東映フライヤーズに入団する。 6年目の1967年に初の一軍入り。5月31日の近鉄バファローズ戦で長田裕之からプロ初打席で初安打(二塁打)を放つも11試合の出場に終わり、以後は打席に立つこともなく、この年限りで引退した。珍しい生涯打率10割の選手である。 1967年7月19日後楽園球場で行われた近鉄バファローズ戦で9回裏に一塁ランナーの代走に起用され、続く白仁天がサヨナラホームランを放ったものの、代走の吉田は一二塁間で打球を見ていたために止まっていたところ白に追い越され、サヨナラホームランをフイにしたことがある。
横山 宏章(よこやま ひろあき、1944年4月21日 - )… 横山 宏章(よこやま ひろあき、1944年4月21日 - )は、日本の政治学者、歴史学者、北九州市立大学名誉教授。専門は、中華民国政治史、近代長崎県史。 明治学院大学法学部長、南京大学客員教授、財団法人国際東アジア研究センター理事、北九州市立大学アジア文化社会研究センター長を歴任。 山口県下関市生まれ、1969年一橋大学法学部卒業、朝日新聞社記者を経て、1978年一橋大学大学院法学研究科博士課程退学。1982年「孫中山の革命と政治指導」で法学博士(一橋大学)。 1978年明治学院大学法学部専任講師、1981年同助教授、1988年同教授、法学部長、1999年県立長崎シーボルト大学国際情報学部教授、国際情報学部長、2005年北九州市立大学社会システム研究科教授。
原田 大二郎(はらだ だいじろう、1944年〈昭和19年〉4… 原田 大二郎(はらだ だいじろう、1944年〈昭和19年〉4月5日 - )は、日本の俳優。本名同じ。 神奈川県横浜市生まれ、山口県育ち。明治大学法学部卒業。文学座出身。プロデューサープレイヤー、舞プロモーションを経て、個人事務所ロビンフッド・アーチスツを設立。俳優・歌手の高橋元太郎の所属事務所アネモイエンタテインメントに所属(メンバー)している。 2001年から2010年までは明治大学特別招聘()教授として朗読を指導していた。妻は英文学者で第5代東洋学園大学元学長の原田規梭子。女優で元AKB48の岩田華怜は大姪(姉の孫)。 横浜で生まれ。2歳のとき、山口県に住む伯父の養子となる。上関町八島、田布施町城南(現在・宿井)、平生町佐賀、光市脇田(現在・光井4丁目)などに居住した。
千葉 泰久(ちば やすひさ、1944年〈昭和19年〉3月22… 千葉 泰久(ちば やすひさ、1944年〈昭和19年〉3月22日 - )は、日本の経営者。宇部興産(現:UBE)相談役、日本化学会フェロー(元副会長)、日本商工会議所監事、宇部商工会議所会頭。 宇部市出身。山口県立宇部高等学校を経て東京大学工学部を卒業後、1968年(昭和43年)4月に宇部興産入社。1997年(平成9年)4月に化学・樹脂事業本部開発部長となり、同年6月、取締役に選任。 2001年(平成13年)6月の株主総会で取締役を退任し、常務執行役員化学生産本部長に就任。その後2003年(平成15年)6月に再び取締役(専務待遇)に選任、専務執行役員化学生産本部長および研究開発本部長兼次世代事業開発室担当となる。
本村 三四子(もとむら みよこ、1944年3月4日 - )は… 本村 三四子(もとむら みよこ、1944年3月4日 - )は、日本の元漫画家。山口県出身。山口県立徳山高等学校卒業。名前の由来は、三月四日生まれから。 ドラマ化、その後映画化もされた「おくさまは18歳」の原作者として知られるが、2018年現在は引退状態にある。
前田 吟(まえだ ぎん、1944年(昭和19年)2月21日 … 前田 吟(まえだ ぎん、1944年(昭和19年)2月21日 - )は、日本の俳優。本名及び旧芸名は前田 信明(まえだ のぶあき)(出生時の姓は不明。詳しくは後述)。ティー・アーティスト所属。次男(前妻の連れ子)は俳優の前田淳、四男は競技ダンス選手の前田亨。 1963年4月、劇団俳優座養成所15期生となる。同期に地井武男、原田芳雄、夏八木勲、小野武彦、村井国夫、林隆三、高橋長英、秋野太作、浜畑賢吉、竜崎勝、栗原小巻、太地喜和子、赤座美代子、三田和代ら、錚々たるメンバーが並ぶ、花の15期の一人であった。 1964年、『判決』第1シリーズ・第105話「沖縄の子」(NET)で、本名の前田信明で芸能活動を始めた。
船戸 与一(ふなど よいち、1944年2月8日 - 2015… 船戸 与一(ふなど よいち、1944年2月8日 - 2015年4月22日)は、日本の小説家。本名:原田 建司(はらだ けんじ)。 山口県下関市生まれ。山口県立下関西高等学校、早稲田大学法学部卒業。 小学館、祥伝社などの出版社勤務を経てフリーになり、執筆活動を始める。1979年『非合法員』(講談社)で冒険小説家としてデビュー。 他に豊浦 志朗の筆名で『叛アメリカ史』などのルポルタージュ、外浦 吾朗の筆名で『ゴルゴ13』、『メロス』の劇画原作も著している。なお、「船戸」「豊浦」「外浦」はいずれも出身地である山口県の地名。 1983年、日本冒険作家クラブの創設の発起人の一人となる。 2015年4月22日 、胸腺癌のため死去。
大田 良充(おおた よしみつ、1944年 - )は、山口県の… 大田 良充(おおた よしみつ、1944年 - )は、山口県の政治家。元山口県熊毛町長。山口県桜ケ丘高等学校電気科卒業。旭日双光章。
佃 和夫(つくだ かずお、1943年9月9日 - )は、日本… 佃 和夫(つくだ かずお、1943年9月9日 - )は、日本の実業家。三菱重工業取締役相談役。山口県熊毛町(現:周南市)出身。
藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は… 藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は、日本の経済学者。独立行政法人経済産業研究所所長。京都大学名誉教授。専門は都市経済学、空間経済学。 1943年、山口県に生まれる。京都大学工学部を卒業し、ペンシルベニア大学でウォルター・アイザードに地域科学(英語版)を学ぶ。1972年に同大学よりPh.D. (in Regional Science) を取得。 ポール・クルーグマンらとの共同研究により、アイザードの地域科学論を経済学に応用することで行った空間経済学の構築と発展へ多大な貢献を行った。
陽 捷行(みなみ かつゆき、1943年〈昭和18年〉6月8日… 陽 捷行(みなみ かつゆき、1943年〈昭和18年〉6月8日 - )は、日本の農林水産技官、農学博士。農林水産省農業環境技術研究所所長、農業環境技術研究所理事長、北里大学副学長、アイオワ州立大学客員教授等を歴任した。公益財団法人 農業・環境・健康研究所副理事長。 山口県萩市生まれ。1966年静岡大学農学部(農芸化学)卒業。1971年東北大学大学院農学研究科博士課程修了、農林省入省、東海近畿農業試験場配属。1977年アイオワ州立大学客員教授。1987年農林水産省農業環境技術研究所影響調査研究室長。1990年(平成2年)農林水産省農業環境技術研究所資源生態管理科長。1994年国際農林水産業研究所環境資源部長。
太刀光 昭洋(たちひかり あきひろ、1943年5月19日 -… 太刀光 昭洋(たちひかり あきひろ、1943年5月19日 - 没年不明 )は、山口県下関市出身で高砂部屋に所属した元大相撲力士。本名は小戸 昭洋(おど あきひろ)。181cm、105kg。最高位は東十両7枚目。得意技は左四つ、寄り。 山口県立水産高等学校の時に全国高校選手権で準優勝の活躍を見せ、それを聞いた多数の相撲関係者に勧誘されたが、ある部屋を訪ねると関取衆の体格が余りに大きいのに驚いて拓殖大学へ進学した。しかし、大学1年生の時、学生出身力士の豊山勝男が大関になる活躍を見て、卒業後の入門を秘かに決意した。1966年1月場所、高砂部屋から幕下付出で初土俵。出世は早くなかったが、1970年3月場所に4年がかりで十両昇進を果たす。
大島 忠義(おおしま ただよし、1943年(昭和18年)4月… 大島 忠義(おおしま ただよし、1943年(昭和18年)4月13日 - )は、日本の政治家。元福岡県中間市長。 山口県出身。1962年(昭和37年)、山口県立厚狭高等学校卒。翌年、八幡製鉄所(現・日本製鉄九州製鉄所)に入社する。同所の労働組合で活動し、新日鉄八幡製鉄所労働組合専従役員となる。1987年(昭和62年)、中間市議会議員となった。1993年(平成5年)に同副議長となった。2001年(平成13年)、中間市長藤田満洲雄の死去によるに市長選挙に当選する。同年7月22日に就任した。中間市長を1期務め、2005年(平成17年)7月21日に退任した。
二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20… 二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20日 - )は、日本の政治家。山口県知事(第42 - 45代)を務めた。 山口県美祢市生まれ。山口県立山口高等学校を経て、1966年(昭和41年)に東京大学法学部を卒業し、自治省に入省。以降、長崎県(税務課長など)や中小企業庁へ出向したほか、自治省選挙部政治資金課長補佐等を歴任。 1979年(昭和54年)、山口県総務部財政課長に就任し山口県庁へ入庁。同じ自治省出身の山口県知事・平井龍(当時)のもと、その1期目から5期目まで県の要職に就いた。山口県出納長を務めていた1996年(平成8年)、同職を退任するとともに山口県知事選挙に立候補し、初当選した(平井が6期目を模索していたため、二井は平井の意向に沿わない形で立候補した)。
藤中 章三(ふじなか しょうぞう、1943年3月11日 - … 藤中 章三(ふじなか しょうぞう、1943年3月11日 - )は山口県玖珂郡由宇町(現在は岩国市の一部)出身の経済人。保険会社や共済組合の数理コンサルティング会社である日本経営数理コンサルティングの創業者・会長。柳井高校を経て東京大学理学部卒業。
道上 洋三(どうじょう ようぞう、1943年〈昭和18年〉3… 道上 洋三(どうじょう ようぞう、1943年〈昭和18年〉3月10日(公称) - )は、朝日放送テレビ(ABCテレビ)元・アナウンサー。 山口県熊毛郡平生町出身。2014年7月にワニブックスから刊行された自著『ふたつめの誕生日 〜おはようパーソナリティ道上洋三の「なんで?」〜』にて、実際には1942年9月に出生していたこと を明かしている。血液型については、幼少期から「A型」と思い込んでいたが、朝日放送への入社後(39歳の時)に受診した人間ドックで「B型」と判明している。 出生の時点で実父が太平洋戦争に出征していた ことなどから、5歳までは広島県甲奴郡上下町(現在の府中市)の母方の祖父母宅で育った。
浅野 茂隆(あさの しげたか、1943年2月7日 - 202… 浅野 茂隆(あさの しげたか、1943年2月7日 - 2020年8月12日)は、日本の医学者。東京大学名誉教授、早稲田大学名誉教授。血液内科、遺伝子治療研究の第一人者。医学博士(東京大学、1978年)。 宇部興産(現:UBE)初代社長であった俵田明は母方の祖父。宇部興産専務取締役・富士車輌社長であった浅野正敏は父。宇部興産専務執行役員であった浅野正之は兄。山口県宇部市出身。叙従四位。
岩本 晋(いわもと すすむ、1943年1月14日 - )は、… 岩本 晋(いわもと すすむ、1943年1月14日 - )は、日本の医学博士、大学教授である。山口県岩国市周東町出身。山口県山口市在住。米国ミシガン州立大学大学院修了。(山口大学医学部公衆衛生学講座にて医学博士取得。)
吉賀 將夫(よしか はたお、1943年1月2日 - )は、日… 吉賀 將夫(よしか はたお、1943年1月2日 - )は、日本の陶芸家。山口県萩市出身。萩焼の作家で、日本芸術院賞受賞者。日展理事、山口大学名誉教授。 山口県萩市に生まれる。父は萩焼の陶芸家吉賀大眉である。東京藝術大学美術学部工芸科を卒業し、同大学大学院陶芸専攻を修了した。郷里で父の指導のもと制作を行い、1975年に日展へ初入選した。 その後、日展で活動を重ね、1983年に特選、2000年には「萩釉広口陶壺『曜'99・海』」により日本芸術院賞を受賞した。また、山口大学教授を務め、のちに名誉教授となった。 萩焼の陶土や釉薬、登り窯焼成による窯変効果を生かした壺などに特色があり、自然の生命感や存在感を意識したものである。
作花 一志(さっか かずゆき、1943年 - )は、日本の計… 作花 一志(さっか かずゆき、1943年 - )は、日本の計算天文学者、京都情報大学院大学教授。 山口県立宇部高等学校卒業。京都大学理学部に進み、宇宙物理学を学ぶ。専攻を決めたのは2年のときであったが、もともと天文学への関心は、少年期に読んだ野尻抱影の本に遡るものであった。1967年、京都大学理学部卒業。1974年、京都大学大学院博士課程修了(宇宙物理学専攻),理学博士。京都コンピュータ学院鴨川校校長を経て、京都情報大学院大学教授。日本天文教育普及研究会編集委員長(2004年 - )。NPO花山星空ネットワーク理事として天文普及活動を行っている(2007年 - )
河村 建夫(かわむら たけお、1942年〈昭和17年〉11月… 河村 建夫(かわむら たけお、1942年〈昭和17年〉11月10日 - )は、日本の政治家。 山口県議会議員(4期)、自由民主党選挙対策委員長(第2代)、文部科学大臣(第3・4代)、内閣官房長官(第76代)、拉致問題担当大臣(麻生内閣)、衆議院予算委員長、議院運営委員長、衆議院議員(10期)を歴任した。 1942年〈昭和17年〉11月10日、山口県阿武郡三見村(現・萩市)に生まれる。山口県立萩高等学校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業する。 1967年(昭和42年)の卒業後に、西部石油に入社。 1976年(昭和51年)、父・河村定一の死去に伴う山口県議会議員補欠選挙(萩市選挙区)に自由民主党公認で出馬し、初当選した。
倉重 英樹(くらしげ ひでき、男性、1942年9月11日 -… 倉重 英樹(くらしげ ひでき、男性、1942年9月11日 -) は、日本人の実業家。山口県出身。シグマクシス代表取締役会長 兼 社長。元RHJインターナショナル・ジャパン代表取締役会長。山口県立下関西高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。 1966年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。取締役、取締役副社長を歴任しサービス事業を立ち上げた後に、1993年にプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント株式会社(後のPwCコンサルティング、以下PwCC)の代表取締役に就任。フリーアドレスオフィスの導入等の社内改革を進め、日本のPwCCを有数のコンサルティング会社へと成長させた。2002年10月に、PwCCとIBMとの合併に伴い誕生した、IBM ビジネスコンサルティング サービス株式会社の代表取締役会長となり、併せてアジアパシフィック地域を統括するマネージングパートナーとなる。
橋田 信介(はしだ しんすけ、1942年〈昭和17年〉8月2… 橋田 信介(はしだ しんすけ、1942年〈昭和17年〉8月22日 - 2004年〈平成16年〉5月27日)は、日本のジャーナリスト、報道写真家。 山口県宇部市出身。宇部中央高等学校卒業後、郵便配達員として働きながら1970年(昭和45年)に法政大学法学部の夜学を卒業。同年日本電波ニュース社に入社し、カメラマンとして1972年(昭和47年)ベトナム、ハノイ特派員、1978年(昭和53年)バンコク支局長、1980年(昭和55年)ローマ支局長を歴任。ベトナム戦争時には空爆を受けている地上側から取材を行った。 1988年(昭和63年)フリーとなり、バンコクを拠点に主にアジアの戦争報道を手がける。湾岸戦争ではCNNや『ニューヨーク・タイムズ』にスクープ報道を提供する。
八木 重二郎(やぎ じゅうじろう、1942年7月12日 - … 八木 重二郎(やぎ じゅうじろう、1942年7月12日 - )は日本の実業家。新日本製鐵代表取締役副社長を経て、初代東日本高速道路代表取締役会長。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校を経て、1965年 一橋大学商学部卒業、八幡製鐵入社。経営企画や総務などの管理部門を歩み、エンジニアリング本部長等を務めた。 1999年新日本製鐵常務、2001年エンジニアリング事業本部副本部長、2003年代表取締役副社長・エンジニアリング事業本部長、2005年取締役(社長付)。特定非営利活動法人循環型経済社会推進機構理事長就任。 2005年高速道路株式会社法により新たに設立された東日本高速道路の最高経営責任者(CEO)である代表取締役会長に就任。
羽毛田 信吾(はけた しんご、1942年4月5日 - )は、… 羽毛田 信吾(はけた しんご、1942年4月5日 - )は、日本の官僚。厚生省の事務次官、宮内庁次長を経て、2005年から2012年まで宮内庁長官を務めた。 山口県生まれ。京都大学法学部卒業。幼少の頃は貧しく、社会的弱者への関心を持ったことから、1965年(昭和40年)に厚生省(当時)にキャリア官僚として入省した。老人保健福祉局長や保険局長などを経て、1999年(平成11年)に厚生事務次官に就任。2001年に退官した。 同2001年に宮内庁に入庁、2005年に宮内庁長官に就任。宮内庁長官就任後は、内閣総理大臣(当時)小泉純一郎と同じく、女性天皇・女系天皇を容認する皇室典範に関する有識者会議の結論を支持し、寬仁親王が結論を批判した際には、発言の自粛を求めた。