山﨑 草太(やまさき そうた、2004年〈平成16年〉10月… 山﨑 草太(やまさき そうた、2004年〈平成16年〉10月19日 - )は、山口県長門市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。山口県立西京高等学校卒業、中央大学文学部在学中。 長門市立日置中学校、山口県立西京高等学校出身。 大学1年次の第100回箱根駅伝では西京高からの先輩で、5区に2年連続で出走していた阿部陽樹を8区に回し、阿部に代わる形で5区に出走したが、チーム内に蔓延していた風邪の影響もあり区間14位に終わった。 以降は三大駅伝への出走はないが、3年次からはマネージャーを務めながらレースに出走しており、好記録を連発している。2026年4月には3000mSCに初出走ながら8分53秒37を記録し、同学年で学生歴代2位の記録を持つ柴田大地に先着し、日本一速い主務として話題になった。
高山 豪起(たかやま ごうき、2003年7月18日 - )は… 高山 豪起(たかやま ごうき、2003年7月18日 - )は、日本の陸上競技選手。山口県周南市出身。國學院大學法学部法律学科卒業。中国電力陸上競技部所属。 周南市立夜市小学校、周南市立桜田中学校、高川学園高等学校出身。 第99回箱根駅伝の8区で三大駅伝デビューを飾る。早大・伊福陽太との競り合いになったが、区間13位ながら3位をキープした(國學院大は総合4位)。 10月の第35回出雲駅伝では5区を走り区間3位、11月の第55回全日本大学駅伝では4区を区間4位で走り、チームはともに3位に入った。第100回箱根駅伝では最終10区を走り、区間10位にとどまったが5位でフィニッシュした。 第36回出雲駅伝はチーム内で7番目となり出番はなかったが、チームは5年ぶりの優勝を飾る。
菖蒲 敦司(しょうぶ あつし、2001年12月16日 - )… 菖蒲 敦司(しょうぶ あつし、2001年12月16日 - )は、山口県光市出身の陸上競技選手。 専門は長距離種目。光市立浅江中学校、山口県立西京高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。 地域のスポ少で野球を始めた傍ら、山口県ジュニアアスリートアカデミーの第3期生として身体能力開発プログラムに参加。中学3年時には、20mシャトルラン走で174回を記録した。これは現在でもなお、アカデミー生の歴代最高記録として残っている。 YAMAGUCHIジュニアアスリートアカデミー - インスタグラム 光市立浅江中学校では野球部に所属し、持ち前の俊足と守備力を買われ1年秋より外野手として試合に出始める。野球部が主活動ではあったが、長距離走でも実力があったため、駅伝大会が行われる冬季のみ駅伝部と兼部という2年間を過ごした。
黒川 和樹(くろかわ かずき、2001年6月17日 - )は… 黒川 和樹(くろかわ かずき、2001年6月17日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハードル競走。 山口県下関市出身。中学時代に陸上部に入り、ハードルを始める。当時は四種競技が中心で、走高跳が得意種目だった。 山口県立田部高等学校に進学。ハードルの記録が向上したことで1年生から400mハードルに出場する。 2年生時の2018年9月に開かれた第63回山口県高等学校新人陸上競技大会で110mハードル・400mハードルの2種目を制覇。2年生時には400メートルリレー走の出場経験がある。 3年生となった2019年5月の山口県大会では110mハードル・400mハードルの2種目にいずれも県記録で優勝して最優秀選手に選ばれる。
元永好多朗(もとなが こうたろう、2000年7月31日 - … 元永好多朗(もとなが こうたろう、2000年7月31日 - )は、山口県宇部市出身の陸上競技選手。 専門は長距離種目。宇部工業高等専門学校中退後、帝京大学を経て武田薬品工業陸上競技部に所属。 2016年に宇部工業高等専門学校に進学。叔父の櫛部静二の影響で陸上競技を始める。 宇部工高専3年時には全国高等専門学校体育大会で5000m準優勝し、3000mSCでは大会新記録を樹立して優勝。さらに同年12月に行われた維新の里 萩城下町マラソンのハーフマラソンでは1時間7分21秒で優勝し、日本高専記録を更新。この記録は現在も破られていない。 その後5年制の高等専門学校の課程を3年で中退し、帝京大学に進学した。
山野 力(やまの ちから、2000年5月22日 - )は、日… 山野 力(やまの ちから、2000年5月22日 - )は、日本の陸上競技選手。山口県宇部市出身。九電工陸上競技部所属。専門種目は長距離走。 宇部市立神原中学校、宇部鴻城高等学校、駒澤大学経営学部卒業。 三大駅伝での出場はなし。 第32回出雲駅伝は新型コロナウイルスの影響により中止。第52回全日本大学駅伝で6区を担当し、三大駅伝初出場。3位で襷を受け順位を1つ落としたものの、区間4位でまとめた。なお、駒澤大は大会新記録(5時間11分08秒)で6年ぶり13回目の優勝を果たした。 第97回箱根駅伝では9区を担当。1位・創価大と1分29秒差の2位で襷を受け区間6位の走りを見せたが、その差を3分19秒まで広げられる。
源 裕貴(みなもと ひろき、1999年11月24日 - )は… 源 裕貴(みなもと ひろき、1999年11月24日 - )は、山口県美祢市出身の陸上競技選手。専門は中距離走。800mの自己ベストは1分45秒01。800mの元日本記録保持者。NTN所属。 山口県美祢市出身。全国高校駅伝を走った元長距離ランナーの父と100mハードルでインターハイを経験している母の間に生まれた。伊佐中学校時代は野球部でポジションはセンター。山口県立美祢青嶺高等学校に進学後、当初はバレーボールに興味を持ったが、父の母校が美祢青嶺高であったことと、父の恩師が美祢青嶺高で監督を務めていたこともあり、父の勧めで陸上部に入部した。高校2年時までは800mで2分を切れなかったが、3年時に1分52秒58を記録し、インターハイにも出場した。
棟久 由貴(むねひさ ゆき、1997年12月15日 - )は… 棟久 由貴(むねひさ ゆき、1997年12月15日 - )は、日本の女子陸上競技選手、長距離走。 山口県立西京高等学校を経て東京農業大学卒業。東京農大時代の同年代のライバルには、佐藤成葉(立命大)、五島莉乃(中大)、関谷夏希(大東大)、上田雪菜(筑波大)、高谷愛奈(大阪学院大)らがいた。2017年の大学2年時、2017年夏季ユニバーシアードハーフマラソン(英語版)個人、及び福居紗希(城西大4年)・古谷奏(松山大3年)ら団体で金メダルを2個獲得。同2017年12月30日の全日本大学女子選抜駅伝競走大会 (富士山女子駅伝) では、1学年先輩のアンカー清水萌衣乃(3年)らと東農大を準優勝に導く。 大学3年時の2018年4月7日、世界大学クロスカントリー選手権(英語版)団体では加世田梨花(名城大)、五島莉乃(中大)、関谷夏希(大東大)とともに団体金メダル獲得。
君嶋 愛梨沙(きみしま ありさ、1995年12月23日 - … 君嶋 愛梨沙(きみしま ありさ、1995年12月23日 - )は、日本の陸上競技選手、ボブスレー選手。山口県岩国市出身。専門は短距離走。土木管理総合試験所所属。 アメリカ合衆国にてアメリカ人の父と日本人の母から生まれる。 岩国市立麻里布中学校で陸上競技を始める。 2009年、全日本中学校陸上競技選手権大会にて200m走で24秒36の中学記録を樹立。 埼玉栄高校進学後、2013年の日本選手権4×100mリレーに初見笑里、阿部彩花、土井杏南とともに3位。 日本体育大学進学後の2017年、関東インカレで100m走と4×100mリレーの2冠を達成。日本大学選手権では、100m走と4×100mリレーで3位となった。
田村 和希(たむら かずき、1995年7月16日 - )は、… 田村 和希(たむら かずき、1995年7月16日 - )は、山口県岩国市(旧:玖珂郡玖珂町)出身の陸上競技選手。専門は長距離走。山口県立西京高等学校、青山学院大学経営学部経営学科卒業。 住友電工陸上競技部所属。身長168cm、体重50kg。 黒崎播磨陸上競技部に所属する田村友佑および田村友伸は実弟。 西京高校時代は全国高校駅伝に3年連続で出場し、特に3年時は3区で区間4位(日本人2位)の快走をみせた。高校卒業後は青山学院大学に入学し、同陸上競技部・男子長距離ブロックへ所属。 大学1年時の第91回箱根駅伝4区で駅伝デビュー。区間記録を上回るハイペースで突っ込むと明治大学の松井智靖と併走しながらペースを維持し最後は競り勝った。
藤本 拓 (ふじもと たく、1989年9月11日 - ) は… 藤本 拓 (ふじもと たく、1989年9月11日 - ) は、山口県周南市出身の元陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。高水高校、国士舘大学卒。トヨタ自動車に所属した。 小学6年生の時、地元のスポーツ少年団で陸上を始める。高校時代は故障がちであったが、3年時にはインターハイ5000mに出場している。 大学入学後も故障が相次いだが、2年時の秋から急成長。3年時の関東インカレ1部5000mでは、村澤明伸や鎧坂哲哉といった大学陸上界のエースたちを破り優勝。4年時も同種目で村澤・鎧坂や大迫傑などを抑えて2連覇を達成した。上記のようにトラック種目では好成績を残したが、ロードレースは苦手としており、駅伝は3年時の第42回全日本大学駅伝に出場したのみ(1区区間8位)で、箱根駅伝は3年時まで予選会すら未経験であった。
高島 由香(たかしま ゆか、1988年5月12日 - )は、… 高島 由香(たかしま ゆか、1988年5月12日 - )は、長距離走を専門とする日本の陸上競技選手。山口県防府市出身。ピッチ走法が特徴で、小柄ながら後半もペースを落とさず、自分の走りができる。 防府市立国府中学校で陸上競技を始め、当初から中・長距離を専門としてきた。この頃にはすでにオリンピック出場を夢見ていた。興譲館高等学校では森政芳寿から指導を受け、2005年の全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)ではアンカーを務め、区間賞を獲得する快走を見せ同校の初優勝に貢献した。2006年には同校のエースとなり、全国高校駅伝で1区を任され区間2位でたすきをつないだ。高校時代は1学年上の新谷仁美から多くの刺激を受けたという。
野原 優子(のはら ゆうこ、1988年1月23日 - )は、… 野原 優子(のはら ゆうこ、1988年1月23日 - )は、山口県長門市出身の元陸上競技選手(長距離種目)である。 日本ジュニアを代表する長距離選手の一人で、中学2年時に全国女子駅伝8区を走り、区間新となった区間賞獲得者に2秒遅れる区間2位。9分55秒というタイムは区間タイ記録(当時)であり、2016年現在でも区間歴代10位タイである。 筑紫女学園高等学校在学中の2003年、世界ユース選手権に出場し3000mで銅メダルを獲得し、将来を嘱望されるようになる。さらに同年の第58回国民体育大会では少年女子共通3000mで9分05秒63という実業団選手と遜色のないタイムを出して、3000m高校1年生歴代最高記録を更新した。
石川 卓哉(いしかわ たくや、1987年10月29日 - )… 石川 卓哉(いしかわ たくや、1987年10月29日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は長距離走。山口県豊浦郡豊田町(現下関市豊田町)生まれ。山口県立豊北高等学校、明治大学政治経済学部地域行政学科卒業。中国電力所属。173cm、54kg。
伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸… 伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸上競技選手(長距離種目)。山口県出身。防府市華陽中-大牟田高 - 東海大 - 中国電力(中国電力陸上競技部)。2015年引退。 同学年のライバル北村聡、松岡佑起、上野裕一郎とともに「学生四天王」と呼ばれていた。東海大学入学後はインカレや駅伝を中心に活躍を見せ、3年連続区間賞獲得(2度の区間新記録を含む)の活躍で2005年から2007年まで出雲駅伝3連覇や、第81回大会箱根駅伝の往路優勝に貢献した。大学の1年後輩に同じ長距離種目で活躍中の佐藤悠基がいる。
中本 健太郎(なかもと・けんたろう、1982年12月7日 -… 中本 健太郎(なかもと・けんたろう、1982年12月7日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・マラソン。
信岡 沙希重(のぶおか さきえ、1977年8月24日 - )… 信岡 沙希重(のぶおか さきえ、1977年8月24日 - )は、短距離走専門の日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。山口県下関市出身。伊奈学園総合高等学校、早稲田大学卒業。女子200mの前日本記録保持者(23秒33)である。 小学校時代から抜群の俊足を見せ、中学校から陸上留学した。早大では、中心選手として活躍。大学卒業後、ミズノに入社。2001年、エドモントン世界選手権4×400mR代表に選出された。2004年、アテネオリンピック出場は逸したが、この頃から徐々に日本のトップ選手に成長。2004年に日本選手権の200mで優勝し以後2008年まで5連覇。特に、2006年の日本選手権では圧倒的な強さを見せ、100m・200mで2冠を達成した。
油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山… 油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山口県長門市出身の中国電力陸上競技部所属の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。山口県立美祢工業高等学校-中国電力。愛称は「あぶさん」。 主な実績に男子マラソンの種目で、2004年アテネオリンピック5位入賞、2001年世界陸上エドモントン大会・2003年世界陸上パリ大会二大会連続5位入賞など。息子の油谷颯太は元陸上競技選手で、現在は法政大学陸上競技部でマネージャーを務める。 美祢工業時代はほとんど無名。高校3年の時、広島であった全国高校総体中国地区予選に出場。同大会を中国電力の坂口泰監督が全国的に有名だった島根・松江商業の三代直樹(現・富士通)を見るため視察。
道下 美里(みちした みさと、1977年1月19日 - )は… 道下 美里(みちした みさと、1977年1月19日 - )は、日本の陸上競技選手(女子マラソン、ブラインドマラソン)。山口県下関市出身。既婚者、旧姓は中野。福岡県太宰府市在住。 2016年リオデジャネイロパラリンピック 陸上 女子マラソンT12 銀メダリスト。2021年開催の東京パラリンピック 陸上 女子マラソンT12 金メダリスト。2024年開催のパリパラリンピック 陸上 女子マラソンT12 銅メダリスト。 小学校4年の時に膠様滴状角膜ジストロフィーを発病し中学生になって角膜移植手術を受けたが右目を失明。福岡工業短期大学卒業後、地元山口で働きながら調理師の免許を取得、これからというときに、左目も発症し失明。
嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )… 嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )は、日本の女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。山口県大島郡周防大島町出身。高水高等学校、国士舘大学卒業。身長154cm、体重43kg。1999年4月、資生堂ランニングクラブに入部し、その後8年間所属していたが、2007年4月1日をもってセカンドウィンドAC(SWAC)に移籍した。 2010年5月、当時陸上競技の現役選手で佐久長聖高等学校・陸上部コーチ(2011年3月より同校陸上部監督就任)の高見澤勝と結婚、その後ミセスランナーとしても活躍した。2012年1月29日の大阪国際女子マラソンで現役引退。2012年12月6日、第一子となる男子を出産した。
梅木 蔵雄(うめき くらお、1975年9月30日‐ )は、山… 梅木 蔵雄(うめき くらお、1975年9月30日‐ )は、山口県下関市出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。宇部鴻城高等学校、早稲田大学卒業。中国電力陸上競技部所属。 小学校時代は足が速くなかったが光市立浅江中学校に入り陸上を始め、1000m走、3000m走で中学生の山口県記録を樹立する実力をつけたその後宇部鴻城高等学校に進学し瀬古利彦とも知り合った。早稲田大学に特別選抜枠で進学し、箱根駅伝には3年連続出場、3年時には1区で区間賞、4年時には華の2区で区間賞に輝いた。2003年のベルリンマラソンで2時間10分を切った。2006年には同大会では3位入賞を果たした(優勝はハイレ・ゲブレセラシェで2時間5分56秒)。
磯松 大輔(いそまつ だいすけ、1973年12月17日 - … 磯松 大輔(いそまつ だいすけ、1973年12月17日 - )は、山口県熊毛郡熊毛町(現周南市)出身の元陸上競技選手(長距離種目)。 大牟田高校・法政大学卒業。現役時代はコニカミノルタ陸上競技部に所属。引退後は同部でコーチ・監督を務め、2021年8月よりトヨタ自動車九州陸上競技部コーチ。身長162cm、体重53kg。血液型A型。 熊毛町立(現:周南市立)大河内小学校時代は1年生から剣道部に所属。4・5年生では町内の大会で優勝する程の腕前だった。当時から小柄だったので本人曰く、面は取りづらいので籠手狙いとの事。 熊毛町立(現:周南市立)熊毛中学校時代は野球部に所属するが、1年次の校内マラソン大会(5km)で優勝し、2年生から陸上部に転部する。
濱村 秀雄(はまむら・ひでお、1928年7月20日 - 20… 濱村 秀雄(はまむら・ひでお、1928年7月20日 - 2000年5月7日)は、日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。専門は長距離走。姓は常用漢字体で「浜村」とも表記される。 山口県吉敷郡秋穂町出身。兄2人がいたが、いずれも早逝したために三男であった秀雄が濱村家の家督を継承した。 1946年に地元秋穂町体育大会が開かれた際に、1,500m競走に参加して優勝したことをきっかけに山口県内の大会に出場するようになり、その後、山口県庁に公務員として奉職、山口県教育委員会所属の肩書で全国規模の大会に出場するようになる。 1952年1月、第1回別府マラソン(現在の別府大分毎日マラソン)に一般参加選手として出場、2時間1分50秒で優勝を飾ると、1952年ヘルシンキオリンピック代表選考会として施行された同年5月の毎日マラソン(後のびわ湖毎日マラソン)に出場、2時間30分17秒で3位となったものの、ヘルシンキオリンピックの代表には選出されなかった(優勝した内川義高、2位の西田勝雄のほか、山田敬蔵が代表)。
田島 直人(たじま なおと、1912年(大正元年)8月15日… 田島 直人(たじま なおと、1912年(大正元年)8月15日 - 1990年(平成2年)12月4日)は、日本の男子陸上競技選手。1936年ベルリンオリンピック金メダリスト。位階は正五位。 大阪府において出生。その後、父の郷里である山口県玖珂郡岩国町(現在の岩国市)に戻り、岩国尋常高等小・旧制岩国中学(山口県立岩国高校の前身)に進学。兄・田島元も三段跳の日本チャンピオンになったことのあるジャンパーで、旧制広島一中時代の織田幹雄と親交があり岩国中学に来てよく一緒に練習した。この兄と織田の影響で三段跳を始めた。 山口高校(山口大学の前身)を経て京都帝国大学経済学部(現京都大学)を卒業する。 1932年、ロサンゼルスオリンピックに出場し、走幅跳で6位入賞。
阿武 巌夫(あんの いずお、1909年12月2日 - 193… 阿武 巌夫(あんの いずお、1909年12月2日 - 1939年12月18日)は、日本の男子陸上競技選手。専門は短距離走。山口県出身。 1909年12月22日、山口県阿武郡大井村字市場(現・萩市大井)に、大井八幡宮宮司の阿武四郎の長男として生まれる。 生家の大井八幡宮は阿武郡18郷の総社で参道が100メートル (m)を超える長さだったため、幼少期から参道をトラックに見立てて走り込んでいた。母校、大井尋常高等小学校(現 • 萩市立大井小・中学校)の運動会では俊足過ぎてトラックのカーブを曲がりきれなかったという 1922年(大正13年)4月、旧制山口県立萩中学校(現・山口県立萩高等学校)に進学。萩中時代では従兄弟のいる萩市椿町の金谷天満宮に下宿し、当地から学校まで毎日走って登校していた。
縄田 尚門(なわた ひさと/しょうもん、1897年(明治30… 縄田 尚門(なわた ひさと/しょうもん、1897年(明治30年)2月8日 - 1968年(昭和43年)4月29日)は、大正・昭和期の日本の陸上競技(中距離走・長距離走)選手・指導者。現在の山口県宇部市出身。選手としては大正末期に800m走・1500m走・5000m走で当時の日本記録を保持した。第二次世界大戦後はマラソン選手の育成に当たるとともに、日本陸上競技連盟常務理事などを務めた。 現在の山口県宇部市中野に生まれる。旧制興風中学校(現在の山口県立小野田高等学校)を経て、早稲田大学に入学。 早稲田大学在学中の1923年(大正12年)5月25日、極東公開競技会(大阪)男子5000mで日本記録を更新した(16分11秒0)。