向門 慶人(むかいかど よしひと、1971年〈昭和46年〉1… 向門 慶人(むかいかど よしひと、1971年〈昭和46年〉1月21日 - )は、日本の政治家。佐賀県鳥栖市長(1期)。佐賀県議会議員(4期)、鳥栖市議会議員(2期)を務めた。 佐賀県鳥栖市出身。佐賀県立鳥栖高等学校、福岡大学商学部卒業。大学3年の時に山下徳夫衆議院議員の秘書を務めていた父が急逝。大学卒業後、自身も東京都内で6年間山下の秘書を務め、山下の政界引退を機に帰郷し2001年の鳥栖市議選で初当選。市議を2期め、2007年からは佐賀県議会議員を4期を務める。2021年7月には自由民主党佐賀県連幹事長に就任。 2022年10月、翌年2月の鳥栖市長選挙への立候補を表明し、2023年1月16日付で県議を辞職。
一ノ瀬 俊也(いちのせ としや、1971年(昭和46年)1月… 一ノ瀬 俊也(いちのせ としや、1971年(昭和46年)1月19日 - )は、日本の歴史学者。埼玉大学教授。専門は日本近現代史、とくに軍事史・社会史。博士(比較社会文化)(九州大学、2003年)(学位論文「近代日本の徴兵制度と社会」)。福岡県出身。
鳥巣 朱美(とりす あけみ、女性、1970年10月6日 - … 鳥巣 朱美(とりす あけみ、女性、1970年10月6日 - )は、日本の空手家、元プロレスラー。佐賀県佐賀市出身。 1990年、全日本空手道連盟二段の実績を引っさげて吉永恵理子(後のバット吉永)の異種格闘技戦の相手として全日本女子プロレスのリングに初参戦。しかし、1Rで敗戦。 その後、プロレスラーを目指し平成2年組として全女に入団。新人王決定トーナメントで優勝を果たす。 1991年4月、バット吉永が保持するWWWA世界格闘技王座に挑戦。試合は敗れたものの、6Rの激闘を耐えた。 同年10月にプロテスト合格。 1992年3月2日、全日本ジュニア王座決定トーナメント決勝戦で李由紀と対戦するも敗れる。 4月、沼田三絵美と同王座を争いタイトル獲得。
武富 健治(たけとみ けんじ、1970年8月21日 - )は… 武富 健治(たけとみ けんじ、1970年8月21日 - )は、日本の漫画家。佐賀県杵島郡江北町生まれ。小金井市在住。東京都立駒場高校を経て、青山学院大学文学部二部教育学科を卒業。代表作は『漫画アクション』で連載した『鈴木先生』。自らを「文芸漫画家」と称している。2007年、『鈴木先生』により第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。 父が自衛官であったため、愛知県豊川市、東京都小平市、北海道倶知安などを転々として育つ。小学5年で目黒区に引越して以来、東京在住。なお、『鈴木先生』の舞台は武富が実際に通った中学校をモデルにしているという。 幼少時より漫画制作を行い、少年期に白土三平や永島慎二に影響を受ける。
大和 さくら(やまと さくら、1970年5月26日 - )は… 大和 さくら(やまと さくら、1970年5月26日 - )は、佐賀県出身の元演歌歌手。堀越高等学校卒業。
神﨑 素樹(こうざき もとき、1970年5月 - )は、日本… 神﨑 素樹(こうざき もとき、1970年5月 - )は、日本の神経生理学者。京都大学大学院人間・環境学研究科教授。 佐賀県生まれ。佐賀県立佐賀西高等学校を経て、1999年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)、東京大学大学院総合文化研究科助手。2007年京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。2015年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。日本学術会議連携会員。 弟子に、藤井慶輔(名古屋大学准教授)、山下大地(国立スポーツ科学センター研究員)、萩生翔大(京都大学准教授)、田辺弘子(北海道大学准教授)らがいる。
野口 みき(のぐち みき、1970年2月17日 - )は、東… 野口 みき(のぐち みき、1970年2月17日 - )は、東京都を拠点に活動する起業家。クラウドファンディングコンサルタント。 現在は、クラファン総研株式会社取締役、中小企業アドバイザー(中小機構)。 日本唯一のクラウドファンディング専門機関で、トップクラウドファンディングコンサルタントとして、官公庁や欧米展開の新事業展開をサポートしている。 中小企業アドバイザー、DXクラファンプロデューサー。元フリーアナウンサー、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙教育指導者。血液型はA型。 佐賀県鳥栖市出身。福岡教育大学教育学部教育心理学科を卒業直後、1本のFM番組を機にフリーアナウンサーで起業。結婚と同時にW介護と子育てが重なり、番組を引退。
大野伸介(おおの しんすけ、1970年-)は、日本の映画監督… 大野伸介(おおの しんすけ、1970年-)は、日本の映画監督。佐賀県佐賀市生まれ。佐賀県立佐賀北高等学校卒業。 ファッションデザイン専門学校在学中に照明助手として映画界入り。1999年、『trancemission』で助監督デビュー、その後に今村昌平・北野武・相米慎二・行定勲などに師事し、2008年、映画『シャカリキ!』で監督デビュー。
樋渡 啓祐(ひわたし けいすけ、1969年〈昭和44年〉11… 樋渡 啓祐(ひわたし けいすけ、1969年〈昭和44年〉11月18日 - )は、日本の政治家、連続起業家(シリアル・アントレプレナー)、一般社団法人理事・理事長、経営者。樋渡社中株式会社代表取締役、宇多津町まちづくりアドバイザー、一般社団法人巨樹の会理事、株式会社地域経済活性化支援機構社外取締役、関西学院大学大学院客員教授、一般社団法人全国空き家バンク推進機構理事長。 前武雄市長(3期)、2015年にCCCが設立した子会社ふるさとスマホ株式会社(後に株式会社TSUTAYAに吸収合併され解散)の代表取締役社長に就任、2016年から会長だった。2017年1月18日にホワイトテクノロジー株式会社を設立し、2018年8月31日まで代表取締役だった。
本山 博幸(もとやま ひろゆき、1969年9月28日 - )… 本山 博幸(もとやま ひろゆき、1969年9月28日 - )は、日本の政治家、建築士。神奈川県松田町長(4期)。 佐賀県武雄市出身。東海大学工学部卒業。2000年(平成12年)頃、松田町に移り住んだ。住宅建築会社社長を務める。 2013年(平成25年)9月8日に行われた松田町長選挙に立候補。現職の島村俊介との一騎打ちを制し初当選した。9月23日、町長就任。 2017年(平成29年)、再選を果たす。2021年(令和3年)、3選。 その後、2025年(令和7年)9月に改選を迎える直前に、2014年(平成26年)に定めていた「連続して3期を超えて在任することのないよう努める」とするいわゆる多選自粛条例の廃止を求める住民の直接請求が町議会で審議され、同年5月3日に条例廃止を賛成多数で可決している。
YUYA(ゆーや、1969年7月6日 - )は佐賀県、福岡県… YUYA(ゆーや、1969年7月6日 - )は佐賀県、福岡県を中心に活躍しているフリーのラジオパーソナリティ。佐賀県出身。本名は牟田 雄一郎(むた ゆういちろう)。佐賀県立三養基高等学校卒業、福岡大学商学部卒業で、DJ研究会に在籍していた。
江口 孝義(えぐち たかよし、1969年5月15日 - )は… 江口 孝義(えぐち たかよし、1969年5月15日 - )は、佐賀県小城市出身の元プロ野球選手(投手)。1996年の登録名は江口 嵩芳(読み同じ)。 佐賀工業高在学中、1987年に夏の選手権にエースとして出場を果たす。大会では最速148km/hを記録するなど、本格派右腕として脚光を浴びた。チームは初戦である2回戦で東海大甲府高を2-1で破ったが、3回戦で習志野高に4-12と大敗した。 プロ入りには消極的で、高校卒業後は社会人野球のNTT九州に入社する。入社後も「アマチュアNo.1投手」と高評価を受け、社会人2年目で全日本代表メンバーにも選出された。順風満帆であったが、社会人3年目に右肩を痛め、プロ入り前に「肩の故障があるからプロ入りは拒否」と各球団に提示。
吉田 稔(よしだ みのる、1969年2月12日 - )は、日… 吉田 稔(よしだ みのる、1969年2月12日 - )は、日本の地方競馬の元騎手。父は佐賀競馬場所属の調教師、吉田昭。 初騎乗は1987年4月17日、名古屋競馬第4競走のビツクサントで3着。同年5月15日、中京競馬(地方競馬開催)第4競走のイチモンジリリーで初勝利。この年は19勝を挙げる。 1994年には年間92勝を挙げ、愛知県競馬(名古屋・中京)のリーディング1位となる。その後毎年100勝以上を挙げ、2003年まで10年連続リーディング1位となった。 ダートグレード競走では、2000年に盛岡競馬場のクラスターカップに勝利。2004年と2005年には地元名古屋でかきつばた記念を連覇した。 また、2005年には短期免許でオーストラリアに遠征した。
緒方 孝市(おがた こういち、1968年12月25日 - )… 緒方 孝市(おがた こういち、1968年12月25日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の元プロ野球選手(外野手、右投右打)。現在は野球解説者、野球評論家として活動している。 2021年9月から、2022年第8回「スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム」サポーター。 妻はタレントの緒方かな子。長女は声優の緒方佑奈。 佐賀県立鳥栖高等学校では3年春の九州大会でベスト8、夏は全国高等学校野球選手権佐賀大会でベスト4。出身高校である鳥栖高校の同級生にはオリンピックに出場経験のある元競泳選手の緒方茂生がいる。 1986年のドラフト会議で広島東洋カープが3位指名で交渉権を獲得し契約金3000万円、年俸360万円(金額は推定)で入団合意した。
重松 弘教(しげまつ ひろのり、1968年〈昭和43年〉10… 重松 弘教(しげまつ ひろのり、1968年〈昭和43年〉10月23日- )は、日本の警察官僚。第40代警察庁刑事局長。 佐賀県江北町出身。青雲中学校・高校を経て、1993年 (平成5年)に早稲田大学政治経済学部を卒業し、警察庁に入庁。 刑事畑が長く、入庁後、京都府警察本部刑事部捜査第二課長、千葉県警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁刑事部捜査第二課長、警察庁刑事局捜査第二課長などを歴任。 2018年9月14日、青森県警察本部長に就任。在任中、生活安全部に少年女性安全課を新設することなどに取り組んだ。 その後、警察庁刑事局刑事企画課長、警察庁長官官房会計課長、警視庁刑事部長を歴任。警視庁刑事部長在任中、いわゆる「ルフィ事件」の捜査を指揮した。
藤井 将雄(ふじい まさお、本名:藤井 政夫〈読み同じ〉、1… 藤井 将雄(ふじい まさお、本名:藤井 政夫〈読み同じ〉、1968年10月16日 - 2000年10月13日)は、佐賀県唐津市出身のプロ野球選手(投手)。「将雄」は登録名にあたる。 炎の中継ぎと称された。 1968年に福岡市西区に生まれるが、1979年に父母の別居で姉・妹と共に母の出身地である佐賀県唐津市へ転居。母は呼子町の朝市で働き、将雄をはじめ3人の子を女手一つで育てた。なお、藤井の父は別居状態のまま1985年に急病で死去している。市立湊中学校から佐賀県立唐津商業高等学校へ進学。2年生時にエースとして1985年夏の甲子園県予選決勝に進むが、佐賀商に大敗を喫する。その後も甲子園には届かなかった。
緒方 茂生(おがた しげお、1968年10月4日‐ )は、佐… 緒方 茂生(おがた しげお、1968年10月4日‐ )は、佐賀県出身の元競泳選手。佐賀県立鳥栖高等学校から日本大学に進学、卒業後ミズノに入った。オリンピックにはロサンゼルスオリンピック、1988年ソウルオリンピック、1992年バルセロナオリンピックと3大会連続で出場を果たした。 小学校時代から頭角を表し、小学生で初めて100m自由形で1分を切ってニュースで話題となる。中学時代には自由形100mから1500mまでのすべての日本記録を保持する快挙を成し遂げた。特に100m自由形(52秒75)、200m自由形(1分53秒62)、400m自由形(3分59秒69)の中学記録は長らく中学生の高い壁であり続けた。
上瀧 和則(じょうたき かずのり、1968年5月20日 - … 上瀧 和則(じょうたき かずのり、1968年5月20日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元競艇選手である。前職の日本モーターボート選手会選手会長。佐賀支部所属。身長166cm、血液型はA。登録番号3307の60期生。イン戦速攻を得意とする。師匠は長崎出身、平和島で開催された第21回総理大臣杯を制した「大村ゴッドファーザー」古川文雄。 1968年5月20日、佐賀県佐賀市大和町に生まれる。10歳の時に父親に連れられて唐津競艇場でレースを観戦し、競艇選手を志す。佐賀県立佐賀商業高等学校中退後、本栖養成所に入所し、1987年3月に卒業(60期)。同年5月に唐津競艇場でデビューし、6月に初勝利を挙げる。デビューから半年でB1級、さらにその半年後にA級に昇級。
馬場 正尊(ばば まさたか、1968年 - )は、日本の建築… 馬場 正尊(ばば まさたか、1968年 - )は、日本の建築家、建築評論家。東北芸術工科大学教授。オープン・エー代表取締役。佐賀県生まれ。 1968年佐賀県伊万里市生まれ。佐賀県立佐賀西高等学校を経て、1992年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1994年早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了(石山修武研究室)。 博報堂、早稲田大学大学院理工学研究科博士課程(満期退学)、雑誌『A』編集長を経て、2003年に建築設計事務所Open A(オープン・エー)を設立。 2003年に林 厚見、吉里 裕也とともに個性的な物件を独自の視点でセレクトして紹介するサイト『東京R不動産』を設立。 2008年に東北芸術工科大学准教授、2016年に東北芸術工科大学教授。
廣瀬 律子(ひろせ りつこ、1967年11月22日- )は… 廣瀬 律子(ひろせ りつこ、1967年11月22日- )は、日本の防衛官僚。防衛省人事教育局長。 佐賀県佐賀市出身。佐賀県立佐賀西高校を経て、九州大学法学部を卒業後、1990年 (平成2年)、防衛庁に入庁 (国家Ⅰ種の女性として2人目)。 民間企業で利益を追求するよりも国家レベルの長期的な観点に立って仕事をしたいと思い、国家公務員を志望したという。 入庁後、防衛庁長官官房秘書課部員、大蔵省大臣官房調査企画課課長補佐、防衛庁人事教育局人事第2課企画班長、防衛庁管理局人事教育局教育課総括班長、防衛省大臣官房秘書課部員 (小池百合子防衛大臣秘書官事務取扱)、防衛省人事教育局人事計画・補任課男女共同参画推進企画室長 (初代)、防衛省防衛大学校教授などを歴任。
古賀 稔彦(こが としひこ、1967年〈昭和42年〉11月2… 古賀 稔彦(こが としひこ、1967年〈昭和42年〉11月21日 - 2021年〈令和3年〉3月24日)は、日本の柔道家(講道館九段)、医学者。学位は博士(医学)(弘前大学・2012年)。 古賀塾・元塾長。元環太平洋大学・教授。元日本健康医療専門学校・校長。1988年ソウルオリンピック男子71kg級代表。1992年バルセロナオリンピックでは同階級で金メダルを獲得。1996年アトランタオリンピック男子78kg級でも銀メダルを獲得した。 佐賀県三養基郡北茂安町(現・みやき町)出身。 血液型はA型。身長169cm。兄も柔道家の古賀元博。古賀颯人は長男、古賀玄暉は二男。古賀ひよりは長女。 世田谷区立弦巻中学校、世田谷学園高等学校、日本体育大学卒業。
門 信一郎(かど しんいちろう、1967年11月4日 - )… 門 信一郎(かど しんいちろう、1967年11月4日 - )は、日本の物理学者、工学者。京都大学エネルギー理工学研究所准教授。専門はプラズマ物理学・核融合学・プラズマ分光学・プラズマ診断法・理科教育。 佐賀県伊万里市出身。佐賀県立伊万里高等学校(同級生に松尾剛、小森陽一)を経て1992年京都大学理学部物理系卒。九州大学大学院総合理工学研究科へ進学。博士(工学)。 1997年より自然科学研究機構核融合科学研究所助手、2000年より東京大学高温プラズマ研究センター助教授/准教授、2008年より東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻 准教授を経て2013年より京都大学エネルギー理工学研究所准教授。文部科学省学術調査官(研究開発局)(2010-2013年度)。
森戸 裕一(もりと ゆういち 1967年6月13日 - )は… 森戸 裕一(もりと ゆういち 1967年6月13日 - )は、日本の起業家、実業家、大学教授、自治体専門職員。ナレッジネットワーク株式会社代表取締役社長。一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会代表理事。一般社団法人ノーコード推進協会副代表理事。一般社団法人シェアリングエコノミー協会 。シェアリングシティ推進協議会代表。一般財団法人ネットショップ能力認定機構理事。NPO法人学生ネットワークWAN理事長。サイバー大学教授、名古屋大学客員教授、熊本大学客員教授、情報経営イノベーション専門職大学客員教授。総務省地域情報化アドバイザー。デジタル庁シェアリングエコノミー伝道師。独立行政法人中小企業基盤整備機構よろず支援拠点全国本部サポーター。
小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、… 小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、日本の男性小説家、漫画原作者、脚本家。 佐賀県伊万里市出身で現在は福岡市在住。A型。 佐賀県立伊万里高等学校(松尾剛と同期)を経て大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。東映助監督、テレビ製作会社勤務を経て作家活動を始める。 作品のテーマとして海上保安庁を取り上げることが多く、原案を提供した『海猿』は後にテレビドラマ化、実写映画化もなされた。2008年に海洋に関する創作活動の功績を讃え、第1回海洋立国推進功労者表彰を受賞した。 映像監督としても活動している。
小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、… 小森 陽一(こもり よういち、1967年5月4日 - )は、日本の男性作家、漫画原作者、脚本家。
本村 健太郎(もとむら けんたろう、1966年〈昭和41年〉… 本村 健太郎(もとむら けんたろう、1966年〈昭和41年〉12月17日 - )は、日本の弁護士・俳優・タレント。所属は東京弁護士会(登録番号:23235)、芸能活動は浅井企画。身長は163cm、血液型はAB型。国旗損壊罪制定に反対する左翼派の弁護士。 佐賀県佐賀市出身。久留米大学附設中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。 高校在学中は演劇に打ち込み、舞台『十二人の怒れる男』で全国高等学校演劇大会優秀賞を受賞する。大学入学後の1985年からは、「劇団麦の会 演技研究所」で、監督の山本邦彦から演劇レッスンを受ける。同年、テレビドラマ『イッキ!イッキ!東大へ』の準主役オーディションに合格、俳優デビューする。
實松 尊徳(さねまつ たかのり、1966年(昭和41年)11… 實松 尊徳(さねまつ たかのり、1966年(昭和41年)11月30日 - )は、日本の政治家、元地方公務員。佐賀県神埼市長(1期)。 佐賀県千代田町(現・神埼市)出身。佐賀県立神埼高等学校、久留米大学を卒業。 1991年佐賀県庁に入庁。さが創生推進課長、人事課長、秘書課長、政策部副部長、文化・観光局長、健康福祉部長などを務める。 2024年3月28日に県庁を退職し、翌29日に前市長の内川修治が同市のふるさと納税PR強化事業を巡る官製談合事件で辞職したことに伴う神埼市長選挙(4月21日告示、4月28日投開票)への立候補を表明した。 選挙戦は、医師の細川博司との一騎打ちとなり地元選出の国会議員や周辺市町村長らの支援を受け大差で初当選したが投票率は、前回を大幅に下回った。
牛島 慶子(うしじま けいこ、1966年7月6日 - )は日… 牛島 慶子(うしじま けいこ、1966年7月6日 - )は日本の漫画家。佐賀県佐賀市出身。 1987年、「闇の万事引受人」(『ASUKA』6月号)でデビュー。角川書店の少女誌で執筆活動を行う。ライトノベルの挿絵も手がける。漫画家・紫堂恭子は実姉。 単行本刊行順。箇条書きは同時収録。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
八谷 和彦(はちや かずひこ、1966年4月18日 - )は… 八谷 和彦(はちや かずひこ、1966年4月18日 - )は、日本のメディアアーティスト、2010年より東京芸術大学美術学部先端芸術表現科准教授、2021年より同教授。佐賀県生まれ。九州芸術工科大学画像設計学科を卒業。愛玩メールソフト「PostPet(ポストペット)」の開発者。近作に風の谷のナウシカのメーヴェの実機を作る「オープンスカイプロジェクト」など。
松尾 浩則(まつお ひろのり、1965年〈昭和40年〉12月… 松尾 浩則(まつお ひろのり、1965年〈昭和40年〉12月28日 - )は、日本の農林水産官僚。 1965年(昭和40年)12月28日、佐賀県佐賀郡東与賀町(現・佐賀市)に出生。実家は専業農家で、実兄は松尾の母校である佐賀県立佐賀西高等学校の校長を務めた。 佐賀県立佐賀西高等学校を経て、1989年(平成元年)3月、京都大学農学部農林経済学科を卒業。「家業に関係のある仕事に就き、農業に貢献したい」との考えから農水省を志望。「国家公務員試験I種・農業経済」に合格し、同年4月、農林水産省に入省。入省後、生産局農産部農産企画課長、農林水産省大臣官房参事官、政策統括官付参事官、農林水産省大臣官房地方課長、同審議官などを歴任。
辻 聡彦(つじ としひこ、1965年10月21日 - )は、… 辻 聡彦(つじ としひこ、1965年10月21日 - )は、日本の陶芸家で、佐賀県有田町の有田焼の窯元・聡窯(そうよう)の三代目窯主。日展(理事長:宮田亮平)、佐賀県・有田陶芸協会(会長:十四代今泉今右衛門)などに所属する。 有田焼では異色の線刻技法を用い、心象風景をモチーフに作陶する陶芸家である。現在[いつ?]は福岡三越、横浜髙島屋、大阪髙島屋など全国の百貨店美術画廊にて個展を開催。 辻毅彦(陶芸家)の長男として佐賀県有田町に生まれる。 有田町立有田中学校卒業後、佐賀県立武雄高等学校普通科へ進学。祖父の辻一堂(陶芸家)の死去などをきっかけに家業である陶芸家を志す。中学、高校時代の美術教諭、広島巌(洋画家)、下平武敏(洋画家)の薦めもあって、高校在学中から杉本好守(洋画家)、杉本弘子(洋画家)夫妻のもと油絵を学ぶ。
やまだ ないと(1965年10月19日 - )は、日本の漫画… やまだ ないと(1965年10月19日 - )は、日本の漫画家。佐賀県唐津市出身。女性。初期のペンネームは山田 朝子(やまだ あさこ)、別のペンネームに加賀 マヒル(かが マヒル)がある。 代表作に『東京座』、『コーデュロイ』、『西荻夫婦』、映画化もされた『フレンチドレッシング』、『L'amant ラマン』、『王様とボク』などがある。 九州デザイナー学院放送映画学科卒業。山田朝子の名で少女漫画家として活動した後、青年誌に活動の場を移し、1987年、やまだないとのペンネームで『週刊ヤングマガジン』にて「キッス」でデビュー。1996年より、画材としてMacを使い始める。1990年代後半から『COMIC CUE』、『マンガ・エロティクス』、『FEEL YOUNG』などの雑誌で活動。
前田 珠子(まえだ たまこ、1965年10月15日 - )は… 前田 珠子(まえだ たまこ、1965年10月15日 - )は、日本の作家。本名も同じ。佐賀県嬉野市出身。佐賀県立鹿島高等学校、佐賀大学農学部卒業。 1988年、「宇宙に吹く風 白い鳥」集英社コバルト文庫で文庫本デビュー。森山櫂という名でも執筆している。 主にコバルト文庫で活動しており、ほか角川スニーカー文庫、新書館ウィングス・ノヴェルス、ウィングス文庫、小学館パレット文庫等でも執筆している。 サークル名:言葉使い師、魔法使いの弟子、名義:前田珠子、森山櫂。
重 由美子(しげ ゆみこ、1965年8月4日 - 2018年… 重 由美子(しげ ゆみこ、1965年8月4日 - 2018年12月9日)は、日本のヨット選手。アトランタオリンピック銀メダリスト。佐賀県唐津市出身。佐賀県立唐津東高等学校卒業。 佐賀県ヨットハーバーに勤務する傍らヨット競技に打ち込み、日本のトップ選手へと成長した。 1996年アトランタオリンピックヨット女子470級に木下アリーシアと組んで出場。日本選手初の銀メダルを獲得した。 アトランタを期に、一時引退するが、その後1998年にカムバックした。 2000年シドニーオリンピックでのヨット女子470級に出場した。 2018年12月9日午前3時15分頃、乳癌のため逝去。53歳没。
山口 裕二(やまぐち ゆうじ、1965年7月5日 - )は、… 山口 裕二(やまぐち ゆうじ、1965年7月5日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。 佐賀・龍谷高から、1983年のプロ野球ドラフト会議で南海ホークスから2位指名を受け入団。 プロ3年目の1986年に一軍初出場。1989年はマイナーリーグA級のサリナス・スパーズ(英語版)に野球留学した。俊足の外野手として主に代走、守備固めとして起用されるが打撃力が弱く、しばらく一軍には定着できなかった。 プロ入り9年目の1992年、レギュラー中堅手である大野久の不振よりチャンスを得ると巧打で結果を残してレギュラー中堅手の座を掴んだが、6月序盤に肩を故障してしまいシーズンを棒に振ってしまう。
江頭 2:50(えがしら にじごじゅっぷん、本名:江頭 秀晴… 江頭 2:50(えがしら にじごじゅっぷん、本名:江頭 秀晴(えがしら ひではる)、1965年7月1日 - )は、日本のお笑いタレント。芸能事務所大川興業の所属にして同社の筆頭株主であり、かつ同社の前総裁でもある(現総裁は大川豊)。愛称はエガちゃん、エガ。
小川 浩一(おがわ こういち、1965年5月10日 - )は… 小川 浩一(おがわ こういち、1965年5月10日 - )は、佐賀県佐賀市東与賀町出身の元プロ野球選手(内野手)。
岡本 三成(おかもと みつなり、1965年〈昭和40年〉5月… 岡本 三成(おかもと みつなり、1965年〈昭和40年〉5月5日 - )は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(6期)、同党政務調査会長。 シティバンク、ゴールドマン・サックス証券を経て、2012年に衆議院議員に初当選。外務大臣政務官、財務副大臣、衆議院経済産業委員長、公明党政務調査会長などを歴任した。 1965年(昭和40年)5月5日、佐賀県鳥栖市に4人兄弟の末っ子として生まれる。中学時代は野球部に所属。中学卒業後は佐賀県立鳥栖高等学校に進学し、バンド活動でギターとボーカルを担当した。 1989年(平成元年)、創価大学経営学部を卒業。在学中はイギリス・スコットランドのグラスゴー大学に留学した。
岸川 勝也(きしかわ かつや、1965年4月24日 - )は… 岸川 勝也(きしかわ かつや、1965年4月24日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者、野球解説者。 佐賀北高時代に46本塁打を放ち、注目される。打撃練習では頻繁に校外まで打球を飛ばし、近隣の民家や商店に直撃させていたため、外野のネットをより高く建て替えさせたという逸話が残っている。三塁手、四番打者として1983年夏の甲子園県予選決勝に進むが、エース内山正博を擁する鳥栖高に敗れて甲子園には届かなかった。 1983年度プロ野球ドラフト会議で仲田幸司のクジを外した南海ホークスから3位指名を受けて入団した。契約金3300万円、年俸320万円。長距離打者として期待された。 1985年に一軍に上がる。
清水 耕介(しみず こうすけ、1965年 - )は、日本の国… 清水 耕介(しみず こうすけ、1965年 - )は、日本の国際政治学者。専門は、国際政治経済学。 佐賀県生まれ。佐賀西高等学校、西南学院大学経済学部卒業、経済学研究科修士課程修了。ニュージーランドのヴィクトリア大学でラルフ・ペットマンに師事し、クリティカル/ポストモダンIPEで博士論文を執筆。1998年博士号(Ph.D)取得。関西外国語大学国際言語学部講師・助教授を経て、龍谷大学国際学部教授。
片渕 悦久(かたふち のぶひさ、1965年 - )は、日本の… 片渕 悦久(かたふち のぶひさ、1965年 - )は、日本のアメリカ文学者。大阪大学教授。 佐賀県唐津市生まれ。佐賀県立唐津東高等学校出身。1988年佐賀大学教育学部中学英語卒、1995年大阪大学大学院文学研究科博士課程単位修得退学、北陸大学専任講師、1996年同志社女子大学専任講師、2000年同現代社会学部助教授、2003年大阪大学文学研究科助教授、2007年准教授、2013年教授 。2007年「回想・思索・物語 ユダヤ系アメリカ作家としてのソール・ベロー」で大阪大学より文学博士の学位を取得。専門はアメリカ文学(ユダヤ系小説)。
野村 昭嘉(のむら あきよし、1964年12月14日 - 1… 野村 昭嘉(のむら あきよし、1964年12月14日 - 1991年3月16日)は、日本の画家。 佐賀県佐賀郡諸富町出身。佐賀北高校卒業後、1983年4月に上京、立川美術学院入学。1986年4月からは「美学校・絵画教場」に学び、1988年4月より東京芸術専門学校に転じ、絵画の制作に本格的に取り組む。同年9月、JACA'88日本イラストレーション展で銅賞を受賞、同9月、個展開催(ギャラリー・アルファ)、1989年6月、第5回コンテンポラリーアートエキスポ東京89で金賞を受賞,1990年11月、第14回九州青年美術公募展で奨励賞受賞。 1991年3月16日、東京都立川市の下宿にいたところ、近隣のビル新築工事現場で重さ100トン、高さ30mの杭打ち機が倒れた際にアパートと共に下敷きになり、同日9時30分に死去。
松尾 亜紀子(まつお あきこ、1964年12月1日 - )は… 松尾 亜紀子(まつお あきこ、1964年12月1日 - )は、日本の工学者。専門は、数値流体力学、デトネーション研究。博士(工学)(名古屋大学・1993年)。慶應義塾大学教授。日本航空宇宙学会会長。ディスコ取締役。内閣府宇宙政策委員会委員。 佐賀県武雄市出身。佐賀県立武雄高等学校、津田塾大学学芸学部数学科卒業。名古屋大学大学院工学研究科博士前期課程航空宇宙工学専攻修了後、リクルート入社。リクルート・スーパーコンピューター研究所在籍中にアメリカ合衆国のプリンストン大学へ留学。帰国後にリクルートを退職し名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程へ進学。1993年に博士論文「Multi-Dimensional Unsteady Characteristics of the Standing Oblique Detonation」を提出し名古屋大学から博士(工学)の学位を取得。
中村 博治(なかむら ひろじ、1964年〈昭和39年〉7月2… 中村 博治(なかむら ひろじ、1964年〈昭和39年〉7月20日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 佐賀県鳥栖市出身。福岡大学附属大濠高等学校を経て、1988年(昭和63年)3月に京都大学法学部を卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年4月に厚生省入省。 年金局企業年金国民年金基金課長、同局事業管理課長、保険局国民健康保険課長、医政局総務課長、大臣官房会計課長などを歴任し、内閣府や内閣官房にも出向した。 2022年(令和4年)6月28日、厚生労働省政策統括官に就任。 2023年(令和5年)7月4日、内閣官房内閣審議官=新型コロナウイルス等感染症対策推進室長に就任。 同年(令和6年)9月1日、内閣感染症危機管理統括庁の設置に伴い、同庁感染症危機管理統括審議官に就任
新谷 博(しんたに ひろし、1964年7月14日 - )は、… 新谷 博(しんたに ひろし、1964年7月14日 - )は、佐賀県出身の元プロ野球選手(投手)、野球監督。2013年現在、女子野球日本代表および尚美学園大学女子硬式野球部の監督、北海道放送の野球解説者、佐賀魂の総監督、ディレクト・アスリーツの取締役を務めている。
吾郎(ごろう、1964年4月26日 - )は、大相撲の呼出。… 吾郎(ごろう、1964年4月26日 - )は、大相撲の呼出。大嶽部屋所属。本名は赤山 正春(あかやま まさはる)。 1982年5月場所、16歳で初土俵。入門当初は押尾川部屋所属だった。入門した頃は一郎、次郎、三郎という3人の呼出がいたため、吾郎という名を与えられた。なお、押尾川部屋には吾郎の兄弟子に志朗(2023年現在は大嶽部屋所属の三役呼出)、弟弟子に禄郎(2023年現在は二所ノ関部屋所属の十両呼出)も所属していた。2005年3月場所後に押尾川部屋が閉鎖になったため、同じ二所ノ関一門所属の大嶽部屋に移籍した。 2021年9月30日に開かれた日本相撲協会の定例理事会で、同年12月24日付で三役呼出に昇進することが決定した。
石原 辰義(いしはら たつよし、1964年3月24日 - )… 石原 辰義(いしはら たつよし、1964年3月24日 - )は、佐賀県佐賀市出身の元ショートトラックスピードスケート選手。西濃運輸所属。その後米国資本の外資系生命保険会社に勤務。現在マニュライフ生命に勤務。 1986年世界ショートトラックスピードスケート選手権大会総合優勝。 デモンストレーション競技だった1988年カルガリーオリンピックでは500mで銅メダル、1000m4位、1500m8位、3000m7位だった。 1992年アルベールビルオリンピックの男子5000mリレーで赤坂雄一・河合季信・川崎努とともに銅メダリストとなった。男子1000mでは15位。1994年リレハンメルオリンピックにも出場、5000mリレー5位となった。
源五郎丸 洋(げんごろうまる ひろし、1964年1月15日 … 源五郎丸 洋(げんごろうまる ひろし、1964年1月15日 - )は、佐賀県出身の元プロ野球選手(投手)。 東京都江東区生まれ。1978年5月、父の転勤で佐賀県に転居する。大分県立日田林工高等学校では2年生の時、1980年秋季九州大会で準々決勝に進むが、築上中部高に敗退。翌1981年春季九州大会では決勝で興南高を完封し優勝を飾っている。興南高のエースは竹下浩二であったがこの試合には登板しなかった。同年夏は県予選で敗れ甲子園には出場できなかったが、右の本格派として知られた。 1981年のドラフトで阪神タイガースは電電九州の右田一彦投手を1位指名するが、抽選で右田は横浜大洋ホエールズに交渉権を獲得され、外れ1位として指名された。
飯盛 義徳(いさがい よしのり、1964年 - )は、日本の… 飯盛 義徳(いさがい よしのり、1964年 - )は、日本の行政学者。慶應義塾大学総合政策学部教授。慶應義塾大学SFC研究所所長。 佐賀県佐賀市出身。青雲高等学校、1987年上智大学文学部教育学科卒業。松下電器産業勤務を経て、1994年慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了(MBA取得)、2005年同博士課程単位取得退学。2007年博士(経営学)。 2000年佐賀大学理工学部客員助教授。2005年慶應義塾大学環境情報学部専任講師、2008年慶應義塾大学総合政策学部准教授、2014年教授。
古賀 元博(こが もとひろ、1964年または1965年6月2… 古賀 元博(こが もとひろ、1964年または1965年6月25日 - 2025年1月24日)は、佐賀県三養基郡出身の、日本の柔道選手である。階級は65kg級と71kg級。身長168cm。弟はバルセロナオリンピック71kg級金メダリストの古賀稔彦。 柔道は小学校3年の時に近所の友達の影響で弟の稔彦とともに始めた。小学校を卒業すると上京して柔道私塾の講道学舎へ入塾した。弦巻中学3年の時には全国中学校柔道大会の団体戦で3位となった。なお、講道学舎の厳しさを考慮して弟の入塾には断固反対していたが、弟は全く聞き入れず兄と同じ道を辿ることになった。講道学舎では東京オリンピック中量級金メダリストの岡野功より直立姿勢から投げ切る一本背負投を直々に伝授されて得意技にしていった。