佐々木 智之(ささき ともゆき、1962年5月 - )は、日… 佐々木 智之(ささき ともゆき、1962年5月 - )は、日本の教育学者。北海道科学大学未来デザイン学部人間社会学科准教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
北海道教育大学:126人
佐々木 智之(ささき ともゆき、1962年5月 - )は、日… 佐々木 智之(ささき ともゆき、1962年5月 - )は、日本の教育学者。北海道科学大学未来デザイン学部人間社会学科准教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
笹川 敏幸(ささがわ としゆき、1962年2月1日 - )は… 笹川 敏幸(ささがわ としゆき、1962年2月1日 - )は日本の作曲家、ゲームクリエイター、スピリチュアルカウンセラー。 北海道函館市出身。函館ラ・サール高等学校卒業。1983年、21歳のときに北海道教育大学函館校を中退し、札幌市に移ってハドソンにプログラマーとして入社。ゲームの開発業務を行っていたが、音楽が得意である事から次第にサウンドの方へと転向する。 1986年に代表作とも言える『迷宮組曲 ミロンの大冒険』を発売。開発における殆どのセクションを自らこなし、独特な作品世界を構築した。 その後は主にサウンド面のプロデュースを担当した他、『天外魔境ZERO』『天外魔境 第四の黙示録』では作曲を担当し、同社のゲーム開発を支える。
三遊亭 道楽(さんゆうてい どうらく、1961年10月19日… 三遊亭 道楽(さんゆうてい どうらく、1961年10月19日 - )は、北海道釧路市出身の落語家。五代目円楽一門会所属。本名∶斎藤 稔哉。出囃子は『のっと』。 北海道釧路北陽高等学校を経て、1980年に北海道教育大学釧路分校(現・北海道教育大学釧路校)小学校教員養成課程に入学した。 1983年3月、五代目三遊亭圓楽に入門、命名「道楽」で初高座。北海道生まれのため「道楽」と名付けられたか、一門などによく「道楽好き」だからそう名付けられたとネタにされる。 1986年10月に二ツ目昇進。 1991年10月、三遊亭栄楽と共に真打に昇進した。
佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は… 佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、札幌市在住。女性。血液型はAB型。 北海道旭川東高等学校、北海道教育大学教育学部旭川校卒業。1980年『花とゆめ夏の増刊号』(白泉社)掲載の「エプロン・コンプレックス」でデビューした。当初のペンネームは「佐々木規子」で、『ペパミント・スパイ』(花とゆめ1982年9月増刊号掲載)から現在の本名の表記に変更された。 主に白泉社の『花とゆめ』系列誌を中心に活動していたが、『動物のお医者さん』を最後に白泉社から小学館に活動の場を移し、『おたんこナース』以降は小学館の青年誌をメインに活動している。 (括弧内は雑誌掲載年)
鈴木 牛後(すずき ぎゅうご、1961年8月30日 - ) … 鈴木 牛後(すずき ぎゅうご、1961年8月30日 - ) は、俳人。北海道小樽市生まれ。
佐藤 直樹(さとう なおき、1961年8月7日 - )はグラ… 佐藤 直樹(さとう なおき、1961年8月7日 - )はグラフィックデザイナー・アートディレクター・ペインター。東京都生まれ。獅子座、AB型。 デザイン会社「Asyl(アジール)」代表。3331デザインディレクター。美学校講師。多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授。 北海道教育大学卒業後、信州大学山本哲士研究室にて研究生として教育社会学・言語社会学を学ぶ。その後美学校・菊畑茂久馬絵画教場などに在籍、 修了する。肉体労働から編集まで数々の仕事を転々とした後、翔泳社を経て独立。 『WIRED』日本版がサンフランシスコ現代美術館パーマネントコレクションに選ばれた他、複数の仕事でニューヨークADCメリット賞等を受賞。
後藤 好人(ごとう よしひと、1960年〈昭和35年〉9月1… 後藤 好人(ごとう よしひと、1960年〈昭和35年〉9月18日 - )は、日本の政治家。北海道江別市長(1期)。 北海道美唄市出身。北海道教育大学釧路校卒業。1985年江別市役所に入る。2008年総務部総務課参事(危機対策・防災担当)、2012年教育部次長、2013年経済部次長、2014年生活環境部長、2015年経済部長、2018年総務部長、2021年江別市副市長に就任。2022年12月に次期江別市長選挙への立候補を表明。2023年4月の市長選挙では元市議会議員の2人を抑えて当選した。 2023年5月1日、江別市長就任。
木村 純(きむら じゅん、1960年 - )は、日本の作曲家… 木村 純(きむら じゅん、1960年 - )は、日本の作曲家・合唱指揮者・音楽教育家。北海道千歳市で生まれ。 大学で福祉学を学び、その後東京で眼龍義治に作曲を学ぶ。ヴァイオリンやピアノを弾き、ワーグナーの楽劇や宗教音楽なども興味を持ち、バッハのカンタータなどの北海道での紹介に努める。作曲家としての作風は調性を基調として保守的ではあるが、作曲コンクールでの入賞や、初演を自分で暗譜して指揮などをする。札幌市に住み、現地と函館市の北海道教育大学函館校で作曲理論を教え、現在は札幌音楽専門学院教授をしている。 代表作は合唱曲が多く、女声合唱組曲「海鳴り」や「赤ちゃんの目」、「沃野輝く」 男声合唱とピアノのための組曲 、マンドリンオーケストラのための「夕暮れ」、ピアノとオーケストラのための「ファンタジア・コンチェルタータ」などがある。
片山 雅子(かたやま まさこ、1959年9月30日 - )は… 片山 雅子(かたやま まさこ、1959年9月30日 - )は、北海道函館市出身のフリーアナウンサー。身長170cm。
勝部 賢志(かつべ けんじ、1959年9月6日 - )は、日… 勝部 賢志(かつべ けんじ、1959年9月6日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(2期)、同党副幹事長、同党北海道総支部連合会代表。 参議院文教科学委員長、参議院懲罰委員長、北海道議会副議長(第33代)、北海道議会議員(4期)などを歴任。愛称は「カツケン」。 1959年、北海道千歳市出身。江別市在住。石狩町立花川中学校、北海道札幌北陵高等学校、北海道教育大学札幌分校を卒業後、1984年より江別市の大麻東小をはじめ、千歳市、旧厚田村などの小学校教員として19年間勤務。その間、北海道教職員組合の役員も務めた。 旧厚田村では生徒の数の少なさ故に行き届いた教育を行えることを実感。その後、道議会や国会で少人数学級の実現に向けて奔走するきっかけとなった。
管野 暢昭(かんの のぶあき、1959年5月8日 - )は、… 管野 暢昭(かんの のぶあき、1959年5月8日 - )は、日本のアナウンサー、テレビプロデューサー。北海道生まれ[4]・同浦河町出身[5]。血液型はA型[5]。北海道放送(HBC)に在職。
水原 洋(みずはら ひろし、1959年3月9日 - 2006… 水原 洋(みずはら ひろし、1959年3月9日 - 2006年2月24日)は、岩手県盛岡市出身のギター製作家。 彼の死を悼む作家の斎藤純やバイオリン製作家の松本伸らが中心となって、2007年から盛岡市民文化ホールを会場に「水原洋記念演奏会」が開かれている。
岩木 誠一郎(いわき せいいちろう、1959年2月19日 -… 岩木 誠一郎(いわき せいいちろう、1959年2月19日 - )は、日本の詩人。 北海道生まれ。札幌市在住。本名・直人。北海道教育大学札幌分校卒。北海道高等盲学校、北海道札幌視覚支援学校などで国語教師を務めた。現代詩人会会員、北海道詩人協会副会長。1999年、金井雄二、伊藤芳博と同人詩誌「59」を始める。2004年の『あなたが迷いこんでゆく街』で第42回北海道詩人協会賞受賞。2018年の『余白の夜』で第56回歴程賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
平山 裕人(ひらやま ひろと、1958年6月22日 ‐ )は… 平山 裕人(ひらやま ひろと、1958年6月22日 ‐ )は、日本のアイヌ史研究者。 北海道小樽市に生まれる。1981年に北海道教育大学を卒業して教職につき、小樽市立北手宮小学校、小樽市立高島小学校で教員を務めた。 1989年に『歴史読本』第34巻5号に掲載した原稿「夷千島里とウソリウシ政権」で、同年に刊行元の新人物往来社による郷土史研究賞特別賞を受賞した。
森屋 宏(もりや ひろし、1957年(昭和32年)7月21日… 森屋 宏(もりや ひろし、1957年(昭和32年)7月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党山梨県支部連合会会長。 学位は修士(公共政策)(山梨学院大学・2014年)。内閣官房副長官、総務大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)、参議院内閣委員長、参議院議員(2期)、山梨県議会議員(4期)、自由民主党副幹事長を歴任した。 山梨県都留市生まれ。山梨県立桂高等学校を経て、1979年(昭和54年)、北海道教育大学教育学部卒業後、山梨県都留市にある「ひまわり幼稚園」に勤務。1998年(平成10年)、園長に就任。実家が幼稚園を経営。大学の卒業論文では幼保一元化論についてまとめる。 1999年(平成11年)、山梨県議会議員選挙都留市・西桂町選挙区に出馬し、初当選。
石塚 耕一(いしづか こういち、1955年 - )は日本の教… 石塚 耕一(いしづか こういち、1955年 - )は日本の教育者、ホイスコーレ札幌代表(2019〜)、東海大学教授(2013〜2022)。北海道公立高等学校校長(2006〜2012)、2010年に著書「奇跡の学校 おといねっぷの森から」にて、北海道おといねっぷ美術工芸高等学校の生徒たちが、友達や教師、音威子府村の人々との交流を通して、個々の才能を開花させていくエピソードを描いた。2012年には韓国でも出版された。2016年に著書「ビートルズのデザイン地図」にて、ビートルズのアルバムジャケットの研究を発表した。アートや写真などの表現活動も行っている。
高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務… 高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務官僚、外交官、公取官僚。アジア開発銀行予算人事局長や、公正取引委員会事務総局官房審議官、米州開発銀行理事、国際交流基金参与等を歴任した。妻は参議院議員で女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。 北海道札幌市出身。北海道教育大学教育学部附属札幌中学校、桐朋高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。妻は大学のAIESECの後輩で、のちに女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。日本海ガス社長や国際青年会議所副会頭等を務めた義弟の新田八朗富山県知事も大学の後輩にあたる。1975年 大蔵省(現在の財務省)入省(国際金融局国際機構課)。大蔵省の同期には勝栄二郎、加藤治彦、篠原尚之、西原政雄、南木通、村瀬吉彦、外山秀行、倉川茂行、浜田恵造らがいる。
中川 かず子(なかがわ かずこ、1951年10月 - )は、… 中川 かず子(なかがわ かずこ、1951年10月 - )は、日本語教育学者、北海学園大学名誉教授。北斗文化学園日本語教育研究所所長兼主任教授。 北海道札幌市生まれ。日本語教育学会代議員。北海道の大学で初の日本語教員養成課程を開設。
佐々木 幸男(ささき ゆきお、1950年9月3日 - )は、… 佐々木 幸男(ささき ゆきお、1950年9月3日 - )は、日本のシンガーソングライター。宮城県桃生郡(現石巻市)生まれ。小学校1年生の時、北海道札幌市に移住。高田みづえ、倉橋ルイ子などへ楽曲も提供した。現在は札幌を中心に活動を続けている。 札幌市の進学校である北海道札幌東高等学校へ進学。 北海道教育大学在学中の1970年に、いなむら一志らとバンド「第一巻第百章」を結成し、音楽活動を開始。大学卒業後の1976年に、『第11回ヤマハポピュラーソングコンテストつま恋本選会』にソロとしてエントリーし、「君は風」で優秀曲賞を受賞。また、同年11月に開催された『第7回世界歌謡祭』の本選にも出場した。 その後、1977年6月に「君は風」でディスコメイトレコードからデビュー。
谷本憲治(たにもと けんじ、1950年- )は、日本の写真家… 谷本憲治(たにもと けんじ、1950年- )は、日本の写真家。 北海道小樽市出身。北海道教育大学卒。高等学校や大学を通じて、「花」をモチーフとした水彩画の画家を目指したが、自然のさまざまな情景や自然美に感動し、大学卒業後、風景写真家に転向。 その後、高等学校教諭をする傍ら、北海道各地の風景を撮り続け、札幌、旭川、函館、帯広などで写真展を継続的に開催している。 2006年より北海道教育大学岩見沢校非常勤講師も務める。 『新訂 現代日本人名録2002』(日外アソシエーツ編集・発行、2002年) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
いなむら 一志(いなむら かずし、本名:稲村 一志、1949… いなむら 一志(いなむら かずし、本名:稲村 一志、1949年〈昭和24年〉2月12日 - 2014年〈平成26年〉1月4日)は、日本のフォーク歌手、シンガーソングライター。北海道夕張市生まれ。札幌市在住。血液型AB型。大学在学中から歌手・ローカルラジオ局のラジオパーソナリティとして北海道を中心に活躍し続けた。
今泉 博(いまいずみ ひろし、1949年 - )は、日本の教… 今泉 博(いまいずみ ひろし、1949年 - )は、日本の教育者、教育学者、松本大学教授。 北海道函館市生まれ。1971年北海道教育大学卒、東京都公立小学校教員として勤務。2004年北海道教育大学釧路校助教授、教授となり、2015年定年退任、松本大学教育学部教授となる。間違い・失敗を活かし、子どもたちが生き生き学ぶ授業を創造。現場の経験をもとに「教師教育論」「授業論」「学力論」などの研究を進めている。2002年「学びをつくる会」(東京)、2004年「釧路学びをつくる会」の設立に尽力。全国進路指導研究会常任委員。
伊東 良孝 (いとう よしたか、1948年〈昭和23年〉11… 伊東 良孝 (いとう よしたか、1948年〈昭和23年〉11月24日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。 新しい地方経済・生活環境創生担当大臣兼国際博覧会担当大臣兼内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、消費者及び食品安全、地方創生、アイヌ施策)(第1次石破内閣・第2次石破内閣)、農林水産副大臣(第3次安倍第1次改造内閣・第4次安倍第2次改造内閣)、財務大臣政務官(第2次安倍内閣)、衆議院地方創生に関する特別委員長、同農林水産委員長、北海道議会議員(2期)、釧路市長(2期)、釧路市議会議員(3期)、自由民主党国会対策委員会副委員長、同党北海道支部連合会会長、同党北海道総合開発特別委員長、同党畜産・酪農対策委員長、同党政務調査会水産部会長、同党副幹事長などを歴任。
臼井 博(うすい ひろし、1948年(昭和23年) - )は… 臼井 博(うすい ひろし、1948年(昭和23年) - )は、日本の心理学者。専門は、発達心理学・教育心理学。北海道教育大学名誉教授、札幌学院大学元教授。 北海道教育大学教育学部卒業。1976年(昭和51年)北海道大学大学院教育研究科博士課程中退。北海道教育大学札幌校教育学部講師、同教育学部助教授、同教育学部教授。2010年(平成22年)北海道教育大学札幌校教育学部を停年退官。同名誉教授。札幌学院大学人文学部教授。2017年(平成29年)札幌学院大学定年退職。同人文学部非常勤講師(2018年まで)。 2006年から2017年まで札幌市教育委員。 認知的熟慮性や学校経験が子供に及ぼす影響などを研究 『北海道人物・人材情報リスト2004 あ-お』(日外アソシエーツ編集・発行、2003年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
関口 明(せきぐち あきら、1947年3月23日 - 202… 関口 明(せきぐち あきら、1947年3月23日 - 2021年6月2日)は、日本の日本史学者、前札幌国際大学教授。 北海道滝川市出身。1976年北海道教育大学札幌校卒。1980年北海道大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。静修短期大学講師、同助教授、同教授、札幌国際大学現代社会学部教授。2003年「古代東北の蝦夷と北海道」で北大文学博士。2015年退任。 2021年6月2日、膵臓癌のため死去。 古代東北・北海道史や蝦夷の歴史を専門とし、天慶の乱 (出羽国)では俘囚が率いていた「異類」を蝦夷とする独自の説を展開する。 北海道教育大学在籍中は坂口勉、北海道大学大学院在籍時は佐伯有清に師事した。
柴橋 伴夫(しばはし ともお、1947年 - )は、日本の詩… 柴橋 伴夫(しばはし ともお、1947年 - )は、日本の詩人・美術評論家、北海道立文学館評議員 ー道内外の抽象彫刻家のトリエンナーレ形式の展覧会/自主企画/ 3回開催(会場は時計台ギャラリー、ギャラリーユリイカ、大同ギャラリー、器のギャラリー中森、とわの森三愛中庭など毎回複数空間で同時開催 1986年〜) ー抽象絵画のビエンナーレ形式の展覧会 自主企画 5回開催 1988年〜
山本 鉄弥(やまもと てつや、1946年4月26日 - 20… 山本 鉄弥(やまもと てつや、1946年4月26日 - 2007年1月26日)は、北海道亀田郡椴法華村出身のアマチュア野球指導者。鹿部町立鹿部中学校の監督として元プロ野球選手の盛田幸妃・元社会人野球選手の工藤寿・上野将吾・森広泰昌・競輪選手の菊地圭尚を指導し、北海道知内高等学校の監督として同校を町立高校として史上初めてセンバツ第65回大会出場に導いた。 北海道教育大学卒業後の1969年に中学校教員となり、鹿部町立鹿部中学校に赴任。高校・大学での野球経験はないながらも監督を務め、全国中学校軟式野球大会へと導く。 その後は高校教員に転じて1989年に北海道知内高等学校に赴任し、監督に就任。1990年春季北海道大会函館支部予選で初優勝を果たし、1991年秋季北海道大会函館支部予選まで6季連続支部優勝を果たす。
安田 侃(やすだ かん、1945年1月5日 - )は、北海道… 安田 侃(やすだ かん、1945年1月5日 - )は、北海道美唄市出身で、イタリアを拠点に活動している彫刻家。 大理石やブロンズによる彫刻を中心とした作品が多い。特に野外彫刻作品は緩やかな曲線と量感のある形態をもち、北海道はもとより、東京、酒田市、日立市、イタリア・ミラノ、フィレンツェ、オーストラリア、イギリスなどに設置されている。札幌駅のコンコースにあり札幌の待ち合わせスポットとなっている「妙夢」も安田の作品である。 現在イタリアを主に活動中。出身地である美唄市にもアトリエを持つ。美唄市の野外彫刻公園「アルテピアッツァ美唄」では、閉山になった炭鉱の学校跡地に大理石やブロンズの作品が展示されている。
池田 隆一(いけだ りゅういち、1944年11月1日 - )… 池田 隆一(いけだ りゅういち、1944年11月1日 - )は、日本の政治家。小樽市議会議員(1期)、衆議院議員(1期)、北海道議会議員(3期)を務めた。 北海道小樽市に生まれる。小樽市立手宮小学校、小樽市立末広中学校、北海道小樽桜陽高等学校、北海道教育大学札幌校を卒業後、小中学校で教師を24年間務めた。また、北海道教職員組合小樽支部役員を務めた。 1991年の統一地方選挙で小樽市議会議員選挙に立候補して当選。1993年に小林恒人衆議院議員の引退に伴い日本社会党公認で第40回衆議院議員総選挙に北海道教職員組合組織内候補として北海道第1区から立候補し、当時北海道知事だった横路孝弘からも全面的な支援を受けて初当選(同区で社会党現職伊東秀子や公明党新人長内順一や日本新党公認新党さきがけ推薦の新人荒井聰も横路の支援を受け当選)。
辻井 京雲(つじい けいうん、1944年 - 2019年)は… 辻井 京雲(つじい けいうん、1944年 - 2019年)は、日本の書家。本名は辻井義昭。北海道雨竜町出身。近代詩文書と漢字書の融合を特徴とし、国内外で活動した。北海道教育大学名誉教授。Japanesque Lab代表の書家・辻井樹は息子。 1944年、北海道空知管内雨竜町に生まれる。北海道学芸大学(現・北海道教育大学)書道科を卒業後、1968年に上京し、金子鷗亭に入門、受賞・入賞を重ねた。1975年から2010年まで北海道教育大学で教鞭をとり、多くの後進を育成した。 1989年から1990年にかけて、ロンドン大学SOASおよびオックスフォード大学で客員講師を務め、大英博物館の客員研究員も兼任した。
千葉 卓(ちば たかし、1943年8月4日 - )は、日本の… 千葉 卓(ちば たかし、1943年8月4日 - )は、日本の法学者。専門は、憲法・教育法学。学位は、法学博士(北海道大学・1972年)。北海学園大学名誉教授。青森県で生まれた直後、幼少を樺太で過ごした。 教育基本法の法的性格として、有倉遼吉の提唱する「準憲法的法律説」に対し、千葉は「基本原理的法律説」を提唱。千葉は、教育基本法は現行教育法制全体の基本原理を定めた法律なので、他の教育法規すべての解釈運用にその所定原理が貫かれなければならないと唱えた。この理論は、当時多くの学者の支持を集め、旭川学テ事件に於いても最高裁判所がこの理論をほぼそのまま採用されることとなった。後に学界に於いても通説となるに至った。
岡部 昌生(おかべ まさお、1942年 - )は、日本の現代… 岡部 昌生(おかべ まさお、1942年 - )は、日本の現代美術家。北海道根室市出身。北海道学芸大学(現北海道教育大学)卒業。札幌大谷大学短期大学部教授。建物の壁面や路上に紙をあて、その凹凸を鉛筆で擦りとるフロッタージュの手法による作品で有名。 1942年、北海道根室市に生まれる。北海道札幌東高等学校在学中に北海道美術協会展に出品し入選。1977年より、フロッタージュ作品の制作をはじめる。1979年、パリに滞在し、169点の「都市の皮膚」を制作。1980年代後半からは、広島の原爆跡地を積極的に作品化しているほか、1996年、パリのユダヤ人街で拉致の史実を刻む銘板を擦りとった作品も制作している。2007年、第52回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館代表展示作家に選ばれた。
山内 亮史(やまうち りょうじ、1941年5月6日 - )は… 山内 亮史(やまうち りょうじ、1941年5月6日 - )は、日本の社会学者。学校法人旭川大学(現:学校法人旭川志峯学院)の前理事長。旭川大学(現:旭川市立大学)及び旭川大学短期大学部(現:旭川市立大学短期大学部)の元学長。北海道出身。 北海道札幌西高等学校卒業。横路孝弘と同級生であった。北海道学芸大学札幌分校学芸学部卒業。1970年、北海道大学大学院教育学研究科博士課程教育社会学専攻単位修得後退学。1971年4月、旭川大学経済学部専任講師に就任。1975年に同経済学部助教授、1990年に同経済学部教授。1999年、旭川大学大学院研究科教授。2000年、旭川大学副学長。2003年4月、旭川大学学長、旭川大学女子短期大学部学長に就任(~2021年3月)。
井岡 雅宏(いおか まさひろ、1941年2月18日 - 19… 井岡 雅宏(いおか まさひろ、1941年2月18日 - 1985年9月25日)は、日本のアニメーション美術監督。『アルプスの少女ハイジ』や、『赤毛のアン』など、フジテレビ系テレビアニメシリーズ『世界名作劇場』における美術監督として有名。 北海道札幌東高等学校卒業、1964年北海道学芸大学中退。東映動画入社、1969年退社、71-72年千葉秀雄の「七一画房」に所属。73年ズイヨー映像、75年日本アニメーション。82年退社、83年パンメディア入社。 『アルプスの少女ハイジ』『赤毛のアン』の他、『あらいぐまラスカル』といった自然描写が多くのシーンを占める作品で美術監督を務め、高い評価を得た。その巧みな自然描写は、宮崎駿や高畑勲からも賞賛されている。
石井 郁子(いしい いくこ、1940年10月10日 - )は… 石井 郁子(いしい いくこ、1940年10月10日 - )は、日本の政治家・教育学者。日本共産党名誉役員。元衆議院議員(5期)、党中央委員会幹部会副委員長、常任幹部会委員、北京オリンピックを支援する議員の会メンバー。
清水 曙美(しみず あけみ、1940年7月23日 - 201… 清水 曙美(しみず あけみ、1940年7月23日 - 2012年2月21日)は、日本の脚本家。北海道旭川市出身。北海道学芸大学(現・北海道教育大学)卒業。 脚本家の西条道彦に師事。 1981年、東芝日曜劇場の単発ドラマ「妻と妻」(第1281回)で脚本家デビュー。以来、同時間枠をはじめ、各放送局の連続ドラマ、東海テレビ製作の昼ドラを数多く執筆した。また、石井ふく子プロデュースの舞台脚本も手掛けた。 ワープロは一切使用せず、原稿は全て手書き。締切を落としたことは一度もなかった。 山崎豊子宅に「女系家族」の著作権許諾に伺った際、ビール(使用許可)を出された。 清水は夭折の詩人金子みすゞのドラマを2本執筆している。
山内 恵子(やまうち けいこ、1940年2月20日 - )は… 山内 恵子(やまうち けいこ、1940年2月20日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。社会民主党北海道連合代表。 北海道帯広市生まれ。北海道学芸大学(現・北海道教育大学)札幌分校卒業。小学校教諭を経て、北海道教職員組合女性部長、日教組女性部長等を歴任。 2000年に行われた第42回衆議院議員総選挙に社会民主党公認で比例北海道ブロックから出馬し、初当選を果たす。議員在任中は文部科学委員会等に所属。ジェンダーフリー運動賛同派として活動し「夫婦茶碗は差別表現」と発言した。2003年の第43回衆議院議員総選挙では民主党との選挙協力により北海道第11区から重複立候補するも小選挙区では中川昭一に敗れ、社会民主党が比例議席を得られなかったため落選。
藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3… 藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3月31日)は、日本の民俗学者・民族学者。北海学園大学名誉教授。河野広道門下。北海道を代表するアイヌ文化の研究者の一人。 北海道釧路市に生まれる。 北海道学芸大学教育学部を卒業し、[要出典]1963年に北海道厚田村立聚富小学校の教員となる。以後、石狩町立南線小学校(1969年)を経て、1970年に教員を退職し北海道開拓記念館の研究員に転じた。記念館時代にアイヌ古老からの聞き取りを始める。 1984年に北海学園大学教養部教授に就任し、1998年に同人文学部、1999年に同大学院文学研究科の教授となる。北海学園大学では学芸員課程設置の準備に携わり、1999年に課程設置が実現した。
豊島 輝彦(とよしま てるひこ、1938年 - 2014年1… 豊島 輝彦(とよしま てるひこ、1938年 - 2014年12月14日)は、日本の洋画家。北海道小樽市出身。北海道学芸大学(現北海道教育大学)特設美術課程卒業。元札幌大谷大学短期大学部教授。元北海道美術協会事務局長。日本美術家連盟会員。風景画を中心とした写実絵画で知られる。 1959年、学生時代に北海道美術協会展協会賞を受賞。大学卒業後、1962年から1969年まで母校の北海道札幌東高等学校に赴任し美術教師をつとめた。この時代、阿部典英、米谷雄平らとともに美術グループに参加し創作活動を行った。1967年には、一水会賞を受賞。その後、一水会会員として一水会会員賞を多数受賞した。1972年からヨーロッパに滞在し作品を制作、画集も出版している。
神田 日勝(かんだ にっしょう、1937年12月8日 – 1… 神田 日勝(かんだ にっしょう、1937年12月8日 – 1970年8月25日)は日本の画家。 東京市板橋区練馬(現東京都練馬区練馬)生まれ。7歳のときに戦火を逃れる為に一家で北海道鹿追町へ疎開し、そのまま定住。農業をするかたわら独学で油絵をはじめ、その後、平原社美術協会展(平原社展)や全道美術協会展(全道展)、独立美術協会展(独立展)で活躍。北海道を代表する画家として評価を得つつも、32歳で死去した。 ベニヤ板にペインティングナイフで描く力強いタッチのリアリズム絵画で知られる。農家でもあったことから、農耕馬や牛などをモチーフにした絵も多い。 同じく画家で北海道教育大学教授であった神田一明は兄。
小檜山 博(こひやま はく、男性、1937年4月15日 - … 小檜山 博(こひやま はく、男性、1937年4月15日 - )は、日本の小説家。本名は「博」を「ひろし」と読む。神田日勝記念美術館館長。元北海道教育大学特任教授。札幌市在住。 北海道滝上町生まれ。北海道苫小牧工業高等学校電気科卒業。高校卒業後、北海道新聞社に勤務する傍ら執筆活動を開始。「文學界」、「新潮」、「すばる」等の文芸誌にて作品を発表するほか、「北方文芸」などで同人活動を行う。 1976年に発表した『出刃』が第1回北方文芸賞を受賞し、第75回芥川賞候補となったのを皮切りに、本格的な作家活動に乗り出す。 1983年、『光る女』が第17回北海道新聞文学賞・第11回泉鏡花文学賞を受賞。 1987年、『光る女』は相米慎二によって映画化され、キネマ旬報ベストテン第9位になった。
小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月… 小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月30日 - 2018年〈平成30年〉1月26日)は、日本の政治家、地方公務員、教育者。北海道乙部町出身。北海道学芸大学旭川分校卒業。北海道三笠市市長(3期)。 8人兄弟の5番目として生まれる。大学卒業後、小中学校教諭、三笠市立博物館副館長を経て、1987年三笠市議会議員に当選。その後の市議選で落選し、1999年7月三笠市教育長に就任。市教育長を辞職して、2003年三笠市長選に立候補し初当選。2011年3期目当選。市長在職中は全国市長会理事も務めていた。2015年任期満了で市長を退任。 退任後は、後任の西城賢策市長の発案により、三笠市の特産品などをPRする目的で新設した特命大使第1号に任命された。
手島 圭三郎(てじま けいざぶろう、1935年 - )は、日… 手島 圭三郎(てじま けいざぶろう、1935年 - )は、日本の版画家、絵本作家。主な作品に『きたきつねのゆめ』『しまふくろうのみずうみ』『おおはくちょうのそら』がある。北海道紋別市出身。江別市在住。 父が鉄道員で転勤が多く、主にオホーツク海沿いの農漁村を転々として育った。1957年、北海道学芸大学(現・北海道教育大学)札幌校卒業。20年にわたって中学校教師を務めた後に木版画家として独立する。 1981年に日本版画協会展に出展したシマフクロウの版画が福武書店の編集者の目にとまり、絵本作家としてデビュー。シマフクロウ、キタキツネ、ヒグマなど北海道の動物を題材とした作品を発表し、藤村久和と組んでアイヌのユカラを絵本化したシリーズでも知られる。
小川 隆吉(おがわ りゅうきち、1935年 - 2022年7… 小川 隆吉(おがわ りゅうきち、1935年 - 2022年7月25日)は、北海道(アイヌモシリ)浦河町生まれのアイヌ民族運動家。アイヌ民族共有財産裁判原告団長、アイヌ民族文化伝承の会会長、北海道教育大学非常勤講師を務めた。妻はアイヌ文様刺繍家の小川早苗。 日高地方浦河町のコタンに生まれる。父は戦時下に渡日しタコ部屋の強制労働から脱走した朝鮮人李秀夫、母は浦河のコタンに住むアイヌ民族の夏子。幼い頃に父秀夫は朝鮮へ戻り、以来音信不通となる。その後9歳で母も失い、兄弟と支えあいながら青春期を送る。幼くして両親を亡くした後の生活は貧困を窮め、学校への通学も断念せねばならなかった。 職を転々とした後、25歳で定職に就くが就学機会を奪われたため、漢字もろくに読めなかったという。
春山 希義(はるやま きよし、1933年1月26日 - 20… 春山 希義(はるやま きよし、1933年1月26日 - 2009年10月24日)は、日本の小説家。 東京府(現・東京都)出身。北海道教育大学旭川分校卒業後教員となり、十勝地方の小学校や中学校で教鞭を執りながら作家活動を行い、主に十勝・帯広を舞台とした小説を著した。帯広市図書館発行の文芸雑誌『市民文藝』に多くの作品を発表し、1971年に『赤い眼』で市民文藝賞を受賞した。市民文藝賞受賞後は文學界新人賞に応募するようになり、2度の2次予選通過を経て、1974年に『雪のない冬』で第39回文學界新人賞を受賞した。 その後は『市民文藝』編集委員長等を務めたが、急性心筋梗塞のために帯広市内の病院で76年の生涯を閉じた。
松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2… 松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2018年(平成30年) )は、日本の園芸家、ダリア研究家、東北ダリア作出家協会会長、鶴岡ダリア研究会会長、元荘内日報社編集局長。 庄内農業高等学校在学中にダリアの研究を始め、卒業後は、農業荘内社『農業荘内』主幹、荘内日報社編集局長経て、1952年に「鶴岡ダリア研究会」を発足させて会長に就任、1956年には「東北ダリア作出家協会」を発足して会長に就任し、協会本部を自宅に置いた。 1947年から1965年までの間に、種苗商によって発表・発売された4874品種の全品種を、植物学者の芳賀卓(現・北海道教育大学名誉教授)と共に、カードに書き込んで「ダリア・リスト」を完成させた。
原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 202… 原子 修(はらこ おさむ、1932年11月13日 - 2024年1月30日)は、日本の詩人、劇作家。札幌大学名誉教授、日本文芸家協会会員、日本現代詩人会会員。 北海道函館市生まれ。北海道学芸大学(現在の北海道教育大学)卒。24歳で処女作『第一詩集』刊行。札幌市教育委員会文化課長、札幌彫刻美術館館長などを歴任。1989年札幌大学教養部教授、総合文化部教授、2003年定年退任、名誉教授。 北海道の縄文文化に関心が深く、『縄文の花』『縄文の夜明け』といった詩劇や叙事詩を発表した。また、北海道龍馬会の会長も務めた。 2024年1月30日、小樽市内の病院で、肺炎のため死去した。91歳没。
和野内 崇弘(わのうち たかひろ、1932年(昭和7年)8月… 和野内 崇弘(わのうち たかひろ、1932年(昭和7年)8月24日 - 2016年(平成28年)10月17日)は、日本の教育学者。元静修女子大学・静修短期大学学長。元学校法人札幌国際大学理事長。北海道浦河郡浦河町出身。 この他、北海道観光審議会副会長や北海道総合保養地域整備推進委員会副委員長、本私立短期大学協会副会長、全国大学実務教育協会会長、財団法人短期大学基準協会理事、北海道経済財政懇話会委員などを歴任した。 労働問題や余暇問題と教育との関連性や、地域開発と教育の関連性に関する研究 『新訂 現代日本人名録2002』(日外アソシエーツ編集・発行、2001年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
岡部 政明(おかべ まさあき、1932年2月16日 - )は… 岡部 政明(おかべ まさあき、1932年2月16日 - )は、日本の男性俳優、声優、ナレーター。東京俳優生活協同組合所属。北海道深川市出身。リーディングドラマの会・伽羅主宰(をはり万造・森うたうと共同主宰)。
川辺 為三(かわべ ためぞう、1928年11月29日 - 1… 川辺 為三(かわべ ためぞう、1928年11月29日 - 1999年4月16日)は、日本の教育者・小説家。樺太生まれ。作品集『岬から翔べ』で第18回北海道新聞文学賞受賞。 北海道学芸大学(現在の北海道教育大学)卒。札幌市とその周辺で高校教員(国語科)として勤務、のちには國學院女子短期大学(國學院短期大学)助教授[要出典]、北海道立文学館を運営する財団法人北海道文学館の評議員も務めた。教職のかたわら、渡辺淳一や高橋揆一郎、寺久保友哉らを輩出する文芸同人誌『くりま』創刊の中心となって小説作品を発表し、後年は札幌の月刊同人誌『北方文芸』の編集者として、またカルチャーセンター講座「創作教室」の講師として多くの作家を育てた。