伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 200… 伊藤 潔(いとう きよし、1937年12月20日 - 2006年1月16日)は、東アジア政治外交史専攻の歴史学者、同地域研究者。 日本統治時代の台湾・宜蘭県出身。国立中興大学卒業後、1964年に来日し、1969年に早稲田大学を卒業。東京大学大学院博士課程修了、文学博士(博士論文は「台湾統治と阿片問題」)。1982年、日本に帰化した。二松學舍大学教授、杏林大学教授を務めた。2006年1月16日、杏林大学医学部付属病院において心不全のため死去。 帰化以前の名は「劉 明修」であったが、日本国籍取得時に「伊藤 潔」に改名。「伊藤」という姓は、伊藤 潔が最も尊敬する人物伊藤博文から苗字を拝借したものである。
野山 嘉正(のやま かしょう、1937年3月13日 - 20… 野山 嘉正(のやま かしょう、1937年3月13日 - 2019年5月29日)は、日本近代文学研究者。専門は近代詩歌。東京大学名誉教授。 東京生まれ。1959年東京大学国文科卒、1971年同大学院博士課程中退、助手、1973年山梨大学助教授、1986年東京大学国文科助教授、1992年教授、1997年定年退官、名誉教授、放送大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は… 林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は、日本の経済学者・心理学研究者・評論家。日本ユング研究会会長。 1937年、長野県飯田市生まれ。東京大学法学部に進み、在学中は1958年から1961年まで学生運動に加わり、全学連組織部長として60年安保闘争に参加した。1962年に東京大学を卒業し、同大学大学院経済学研究科に進んだ。指導教官は大塚久雄であった。1968年に博士課程単位取得満期退学。 1970年、東京女子大学専任講師となった。1971年にマックス・ウェーバーについて論じた学位論文『ウェーバー社会学の方法と構想』で経済学博士号を取得。1975年から1976年までドイツ・テュービンゲン大学に留学し、帰国後にカール・グスタフ・ユングの研究に転じてユングの著作の翻訳を手がける。
村崎 恭子(むらさき きょうこ、1937年 - )は、アイヌ… 村崎 恭子(むらさき きょうこ、1937年 - )は、アイヌ語の研究者。横浜国立大学名誉教授。専攻は言語学、樺太アイヌ語学。 村崎は元々は東京外国語大学でモンゴル語を専攻していた。その後に東京大学に学士入学した際、アイヌ語の辞典を編纂するプロジェクトが偶然にも進行中であった。その際に樺太アイヌ語の調査を当時の指導教官に勧められたことが、アイヌ語研究に携わる転機となった。 また、村崎は1963年9月に『民族学研究』27巻4号の誌上で、 1962年6月の時点で北海道での千島アイヌ語の話者が途絶え、事実上死語となったことを報告した。彼女は1962年の夏に北海道で調査を行ったが、結果として千島アイヌ語のインフォーマントは既に存在しなかった。
高野 政晴(たかの まさはる、1936年(昭和11年)11月… 高野 政晴(たかの まさはる、1936年(昭和11年)11月25日 - )は、日本の研究者、教育者。学位は、工学博士(東京大学)。同大学名誉教授。精密工学、機械工学、ロボット工学を専門とし、6自由度ロボットアームの効率的な逆運動学(英語版)解法を提案した。東京大学で助手、講師、助教授、教授、関西大学教授を歴任し、日本学術会議委員(第16期、第5部)も務めた。2016年秋、瑞宝中綬章受勲。 東京大学工学部精密機械工学科を卒業。同大学院工学研究科精密機械工学専攻を1963年3月に卒業し、同年4月に助手へ就任。歯車や振動の研究に従事し、1967年に論文博士で学位を取得する。搬送装置やリンク機構の研究に従事し、1965年10月から講師、1968年4月から助教授となる。
井手 久登(いで ひさと、1936年9月9日 - )は、日本… 井手 久登(いで ひさと、1936年9月9日 - )は、日本の造園・緑地学研究者。生態学者。教育者。東京大学名誉教授。日本学術会議会員。農学博士。首都機能移転の環境に関する研究会座長。岳父は経済史学者の大塚久雄。 研究テーマは生態学的土地利用計画、農村計画学、緑地環境計画。造園系文化財保護・現地保存と環境保全。都市緑化・緑地保全、植生分布、果樹変異、生垣、緑環境・緑景観、保存樹街路樹保全などや生活環やナショナル・トラストなど。1992年、農村計画学会会長。1995年、日本都市計画学会副会長。日本公園緑地協会公園緑地研究委員会委員長。2001年、日本都市計画学会功績賞。2014年、第8回みどりの学術賞。
原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 -… 原 道生(はら みちお、1936年(昭和11年)5月9日 - 2023年11月23日)は、日本近世演劇研究者、明治大学名誉教授。 東京生まれ。1955年成蹊高等学校卒業、1960年東京大学文学部国文科卒、1966年同大学院博士課程単位取得満期退学、東京大学文学部助手。1971年横浜市立大学文理学部助教授、1981年明治大学文学部教授。2005年同図書館長。2007年定年退職、名誉教授。歌舞伎学会会長、義太夫協会代表理事などを務めた。 2014年第46回河竹賞、第36回角川源義賞受賞。2016年、春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。 2023年11月23日、誤嚥性肺炎のため東京都の病院で死去。87歳没。
磯野 直秀(いその なおひで、1936年(昭和11年)3月8… 磯野 直秀(いその なおひで、1936年(昭和11年)3月8日 - 2012年(平成24年)7月9日)は、日本の動物学者、博物学史研究者。慶應義塾大学名誉教授(博物学史)。 1936年生まれ。東京生まれ。1959年東京大学理学部生物学科動物学専攻卒、1964年同大学院生物系研究科動物学専攻博士課程修了、「ウニ卵の五炭糖リン酸回路」で理学博士。1965年東京都立大学 (1949-2011)理学部助手、1977年慶應義塾大学理工学部助教授、1981年教授、2002年定年退任、名誉教授(博物学史)。 古文書に掲載されている動植物の記述や絵を研究して「日本博物誌総合年表」(磯野直秀 2012)などの著作をおこなった。
中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1… 中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1日 - )は、生命誌研究者、JT生命誌研究館名誉館長。理学博士(東京大学、1964年)。東京府出身。長女は、スウェーデン語講師、翻訳家の中村友子。 東大理学部卒。企業所属の生命科学研究所開設に際し研究員となる。人間社会との接点を測りながら遺伝子研究に携わる。生命体の本質を知るには生物の履歴が必要と考え、生命誌研究館を設立。著書に『生命科学から生命誌へ』(1991年)など。
生田 滋(いくた しげる、1935年11月2日 - 2024… 生田 滋(いくた しげる、1935年11月2日 - 2024年1月17日)は、日本の東南アジア史研究者。大東文化大学名誉教授。専門は、前近代の東南アジア史、大航海時代史、古琉球史。旧満洲国・ハルビン市生まれ。 1959年、東京大学文学部東洋史学科を卒業。1961年、同大学院人文科学研究科修士課程(東洋史専攻)を修了。同年、財団法人東洋文庫入職。同文庫附置ユネスコ東アジア文化研究センター研究員、同調査資料室長を経て、1986年から大東文化大学国際関係学部国際文化学科教授。2006年3月、同大を定年退職。同年から同大名誉教授。 2024年1月17日午前6時、病気療養中のところ東京都内の病院で死去、満88歳没。
船戸 満之(ふなと みつゆき、1935年6月 - )は、ドイ… 船戸 満之(ふなと みつゆき、1935年6月 - )は、ドイツ思想の研究者、獨協大学名誉教授。 1935年、東京で生まれた。東京大学文学部独文科で学び、1962年に卒業。同大学大学院に進学し、1965年に修士課程を修了した。 その後は文芸評論家として活動した。後に獨協大学助教授に就き、教授昇格。2006年に獨協大学を定年退任し、名誉教授となった。 エルンスト・ブロッホを専門とする。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )… 柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。俳人として柏原眠雨。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院哲学科博士課程中退。1972年、東北大学助教授、教授。1998年、定年退官、名誉教授。放送大学教授、客員教授。2007年、退職。眠雨の号をもつ俳人で、仙台を拠点に俳誌『きたごち』を主催する。2000年、宮城県芸術選奨受賞。2014年、瑞宝中綬章受章。2015年、句集『夕雲雀』で第55回俳人協会賞受賞。
石丸 晶子(いしまる あきこ、1935年4月26日 - )は… 石丸 晶子(いしまる あきこ、1935年4月26日 - )は、日本の日本文学研究者。東京経済大学名誉教授。 福岡県生まれ。1965年東京大学文学部美術史学科卒業、1968年同大学文学部国語国文学科卒業。1971年同大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1975年同博士課程単位取得満期退学。同年東洋女子短期大学英文学科専任講師、1977年東京経済大学経営学部専任講師、1978年同助教授、1984年同教授。1991年『式子内親王伝』で紫式部文学賞を受賞。2006年定年退職、名誉教授。 本来の専門は近代文学、とくに有島武郎だが、日本古典について数多くの著作がある[要出典]。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
豊田 裕(とよだ ゆたか、1935年(昭和10年)3月8日 … 豊田 裕(とよだ ゆたか、1935年(昭和10年)3月8日 - 2021年(令和3年)5月28日)は、日本の研究者・教育者。帯広畜産大学名誉教授。栃木県芳賀郡二宮町出身。 1953年栃木県立真岡高等学校、1957年東京大学農学部畜産学科を卒業、1962年同大学院生物系研究科(現・理学系研究科)博士課程を修了(農学博士)。同年東北大学農学部助手(家畜繁殖学講座・竹内三郎教授)。1967年~1968年米国・ウースター実験生物学研究所(英語版)に留学し、M.C.チャン(英語版)の指導を受ける。1968年北里大学畜産学部助教授、1971年教授、1987年東京大学医科学研究所教授、1995年定年退職、帯広畜産大学原虫病分子免疫研究センター教授、1998年名誉教授。
岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッ… 岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッソ社員の水俣病研究者。 東京生まれ。1957年東京大学法学部卒業、新日本窒素肥料(現・チッソ)入社。1970-1977年チッソ水俣工場第一組合委員長。1990年チッソ退社。水俣病市民会議会員。 1990年『聞書 水俣民衆史』(松崎次夫共編)にて第44回毎日出版文化賞(特別賞)を受賞。その後2001年には西村肇との共著『水俣病の科学』にて、第55回毎日出版文化賞(第3部門)を受賞。
赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1… 赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学研究者。名古屋大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年東京大学文学部哲学科卒業。1963年同大学院修士課程修了。1967年関西大学大学院博士課程中退。 1966年名城大学講師。1967年名古屋工業大学講師。1973年名古屋工業大学助教授。1973年文部省内地研究員として京都大学へ留学。1975年ボン大学(西ドイツ)へ留学。1981年名古屋工業大学教授。1987年名古屋大学文学部教授、1999年定年退官、名誉教授。2000年愛知産業大学教授。 専門は、西洋哲学(現代哲学)―ハイデッガー、マルセル、サルトルなど。
坂井秀寿(さかい ひでひさ、1934年12月1日 - 199… 坂井秀寿(さかい ひでひさ、1934年12月1日 - 1994年1月16日)は、日本の哲学研究者。 東京都出身。東京都立日比谷高等学校卒、1957年東京大学文学部哲学科卒、同大学院修士課程修了、東海大学助教授、東京都立大学助教授、1978年東大教養学部助教授。1988年退職。1994年1月16日、肺炎のため死去。
内田 道雄(うちだ みちお、1934年7月7日 - )は、日… 内田 道雄(うちだ みちお、1934年7月7日 - )は、日本の日本近代文学研究者、東京学芸大学名誉教授。 新潟県生まれ。1957年東京大学文学部国文科卒。1964年同大学院博士課程単位取得満期退学。1966年山梨大学助教授、1972年東京学芸大学助教授、1981年教授、1999年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授、2007年退職。1998年『内田百閒』でやまなし文学賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 20… 野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 2014年12月9日)は、経済学者、タイ研究者。 愛知県生まれ。1961年東京大学農学部農業経済学科卒業、アジア経済研究所入所。1965年タイ王国カセサート大学留学。1977年アジア経済研究所バンコク事務所代表。1979年JICA専門家としてタイ国メイズ開発計画に参加。1990年チュラロンコン大学客員研究員。1992年アジア経済研究所理事。1997年川崎医療福祉大学客員教授。1983年、『農村開発顛末記』により日本翻訳文化賞受賞。 2014年12月9日、前立腺癌のため死去。
鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 202… 鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 2020年2月29日)は、日本の歴史学者・日本近現代史研究者。東京大学名誉教授。立憲政治体制や歴史の相互理解を研究する。 東京市目黒区出身。東京都立大学附属高等学校卒、1958年東京大学文学部国史学科卒業。1961年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程中退し、同年東京大学教養学部助手、1964年専任講師、1967年助教授、1982年同教授となる。1994年に定年退官し、名誉教授、中央大学教授。2004年定年退職。2007年、第2期日韓歴史共同研究委員会・日本側委員長。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」では監修(脚本諮問委員)を務めた。
柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は… 柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授、武蔵大学名誉教授。
泉谷 治(いずみや おさむ、1934年 - )は、17・18… 泉谷 治(いずみや おさむ、1934年 - )は、17・18世紀のイギリス文学研究者、法政大学名誉教授 青森県北津軽郡金木町川倉に生まれる。青森県立五所川原高等学校卒業後、東京大学文学部英文学科を経て、1962年、同大学院修士課程を修了。法政大学文学部英文学科助教授、教授、2005年定年退職、名誉教授。2013年11月、瑞宝中綬章を受章。
河合 修治(かわい しゅうじ、1934年(昭和9年) - )… 河合 修治(かわい しゅうじ、1934年(昭和9年) - )は、元官僚、犯罪研究者、翻訳家。 愛知県豊橋市生まれ。1956年(昭和31年)東京大学法学部卒。自治省に勤め、行政局など。欧米犯罪事件の翻訳、紹介を多く行っている。
牧野 洋(まきの ひろし、1933年(昭和8年)12月10日… 牧野 洋(まきの ひろし、1933年(昭和8年)12月10日 - 2021年10月5日)は、日本の機構学、ロボット工学の研究者、技術者。技術士(機械部門)、工学博士(東京大学)。山梨大学名誉教授、自動化推進協会名誉会長で、牧野オートメーション研究所代表。ロボット殿堂入りした組み立て用産業用ロボット「SCARA(スカラ)」の開発者で、カムやロボットなどの機構解析でも顕著な業績を挙げている。 山梨大学教授、同 地域共同開発研究センター長、精密工学会自動組立専門委員会委員長、自動化推進協会会長などを歴任。「牧野の平面三角法」「牧野座標系」「牧野機構学」など、名前を冠する用語もある。1985年エンゲルバーガー賞、アセア・ゴールデンロボット賞、2013年瑞宝中綬章。
黒川 欣映(くろかわ よしてる、1933年12月7日 - )… 黒川 欣映(くろかわ よしてる、1933年12月7日 - )は、日本の劇作家、アメリカ演劇研究者、法政大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部英文科卒。米国コロンビア大学大学院で演劇を学ぶ。劇作家、評論家として活動ののち、法政大学文学部助教授、教授。2004年定年退任、名誉教授。劇団アリストパネス・カンパニー主催。2013年瑞宝中綬章受勲。 天皇制、黒人、中国などを主題に左翼的な戯曲、評論[要出典]を書いた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
清水 知久(しみず ともひさ、1933年9月22日 - 20… 清水 知久(しみず ともひさ、1933年9月22日 - 2010年2月)は、日本のアメリカ史研究者。日本女子大学名誉教授。 アメリカ先住民、ベトナム反戦、米軍解体運動などを行ってきた。 東京出身。東京大学教養学部アメリカ分科卒。1963年日本女子大学講師、助教授。1979年教授。1993年退任。
中西 洋(なかにし よう、1933年8月27日 - 2018… 中西 洋(なかにし よう、1933年8月27日 - 2018年10月22日)は、日本の経済学者、労働問題研究者。東京大学名誉教授。
渡邊 守章(わたなべ もりあき、1933年3月20日 - )… 渡邊 守章(わたなべ もりあき、1933年3月20日 - )は、日本の演出家、フランス文学研究者。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。
宮川 淳(みやかわ あつし、1933年3月13日 - 197… 宮川 淳(みやかわ あつし、1933年3月13日 - 1977年10月21日)は、日本の美術評論家、西洋美術史研究者。成城大学文学部助教授、東京大学教養学部非常勤講師などを務めた。戦後日本における前衛美術批評の重要な書き手の一人であり、とくに1960年代の「反芸術」をめぐる批評や、マルセル・デュシャン、シュルレアリスム、フランス現代思想の受容において大きな足跡を残した。 東京市大森区に生まれる。幼少期には、外交官であった父の赴任に伴って海外と日本を往復した。戦後、東京都立大学付属高校を経て、1955年に東京大学文学部美学美術史学科を卒業した。 1953年から、種村季弘、吉田喜重らと同人誌『望楼』を刊行した。
助川 徳是(すけがわ のりよし、1933年2月21日 - 2… 助川 徳是(すけがわ のりよし、1933年2月21日 - 2016年6月19日)は、日本近代文学研究者。名古屋大学名誉教授。 1933年、東京生まれ。東京大学を卒業し、東京大学大学院人文科学研究科博士課程を満期退学。 その後は学習院高等科教諭となった。1967年、福岡女子大学助教授に就く。名古屋大学教養部教授となり、後に情報文化学部教授。1996年に名古屋大学を定年退官し、名誉教授となった。2016年6月19日、間質性肺炎のため中日病院で死去。83歳没。
吉原 泰助(よしはら たいすけ、1933年2月14日 - 2… 吉原 泰助(よしはら たいすけ、1933年2月14日 - 2022年1月21日)は、日本のマルクス経済学・フランス古典派経済学研究者、護憲論者、反戦主義者。福島大学名誉教授、元学長。福島県九条の会代表。九条の会全国講師団メンバー。専門は経済理論・経済理論史。 茨城県古河市生まれ。1951年埼玉県立浦和高等学校卒、東京大学教養学部文科一類に入学。教養学部の同級に井上喜一、小和田恒、栗山尚一、黒井千次がいる。東大教養学部在籍中は三鷹寮に入り、4期と6期の寮委員長を務め、初代都寮連委員長。その後、東京大学法学部三類(政治学)に進学、1955年に卒業し同大学経済学部に学士入学、1957年同学部卒業。同大学院社会科学研究科(博)に進学、1962年単位取得満期修了。
藤竹 暁(ふじたけ あきら、1933年1月1日 - )は、日… 藤竹 暁(ふじたけ あきら、1933年1月1日 - )は、日本の社会学者、マス・コミュニケーション研究者、学習院大学名誉教授。NHK放送文化研究所、学習院大学で長く活躍した。 東京出身。1951年東京都立西高等学校卒業。1955年学習院大学政経学部卒業。1962年東京大学大学院社会学専門課程博士課程満期退学、1970年「 現代マス・コミニケーションの理論」で社会学博士。1962年日本放送協会 (NHK)に入り、NHK放送文化研究所に勤める。1984年退職し、学習院大学法学部教授。2003年学習院大学を定年退職、名誉教授。2004年浜松学院大学の新設に際し、現代コミュニケーション学部長に就任するが、2005年2月に退職。
坂口 ふみ(さかぐち ふみ、1933年 - )は、日本の宗教… 坂口 ふみ(さかぐち ふみ、1933年 - )は、日本の宗教・哲学研究者、東北大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立三田高等学校卒、1957年東京大学教養学部ドイツ科卒、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化修士課程修了。ミュンヘン大学にてPh.D.取得。1972年東京大学教養学部助教授(ドイツ語)、1984年東北大学教養部教授、1997年定年退官、名誉教授、清泉女子大学教授、2004年退任。
清水 誠(しみず まこと、1933年 - 2009年)は、日… 清水 誠(しみず まこと、1933年 - 2009年)は、日本のフランス哲学の研究者、武蔵大学名誉教授。 岡山県生まれ。1958年東京大学教養学部教養学科卒業。追手門学院大学助教授、武蔵大学助教授、教授、1999年定年退任、名誉教授。
山本 潔(やまもと きよし、1933年 - 2020年)は、… 山本 潔(やまもと きよし、1933年 - 2020年)は、日本の労働問題研究者。東京大学社会科学研究所名誉教授。 1933年北海道生まれ。1957年東京大学経済学部卒業。1963年東京大学大学院応用経済学博士課程単位取得退学、東京大学社会科学研究所助手。1966年法政大学経済学部助教授。1970年東京大学社会科学研究所助教授、後に教授、1993年から名誉教授。1993年から1998年信州大学教育学部教授。 労働市場・労使関係を研究し、大河内一男・氏原正治郎以降の歴史研究を代表する人物として知られている。1960年代から70年代に戸塚秀夫らと日本の新左翼の労働運動を研究するために収集した資料は、 東京大学経済学図書館・経済学部資料室が所蔵するコレクションになっている。
大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 202… 大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 2024年1月9日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東北大学名誉教授。 1932年、東京市(現・東京都)に生まれる。神奈川県立小田原高校、東京大学経済学部を卒業、東京大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し、1963年に 『価値論の形成』で東京大学より経済学博士の学位を受ける。その後、東北大学教養部教授を務める。 1993年に東北大学を退官して名誉教授となる一方、東北科学技術短期大学学長に就任した。この年、社会党シャドーキャビネットで「経済企画庁長官」に任じられた。 1999年より、東北文化学園大学総合政策学部で教授を務める(2003年まで)。
森川 昭(もりかわ あきら、1932年8月29日 - 202… 森川 昭(もりかわ あきら、1932年8月29日 - 2026年2月3日)は、日本の日本文学研究者。専門は日本近世文学、特に俳諧。東京大学名誉教授。芭蕉や西鶴の資料考証の第一人者だった。 神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程中退。1957年戸山高等学校講師、1961年成蹊高等学校教諭、1965年愛知県立大学助教授、1970年成蹊大学助教授を経て、1976年東京大学国文科助教授、教授、1993年定年退官し名誉教授。同年より帝京大学文学部教授。2003年定年退職。
亀井 俊介(かめい しゅんすけ、1932年8月14日 - 2… 亀井 俊介(かめい しゅんすけ、1932年8月14日 - 2023年8月18日)は、日本の比較文学者、アメリカ文学者、アメリカ大衆文化研究者。東京大学名誉教授。 岐阜県中津川市生まれ。新制岐阜県立中津高等学校卒業。1953年、東京大学文学部英文科卒。1952年、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。はじめ詩人を目指していた。同大学院比較文学比較文化専攻博士課程在学中に休学し、セントルイスのワシントン大学に留学。メリーランド大学大学院などをへて、1962年に帰国して大学院に復学。1963年、東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士課程単位取得退学。師の一人に島田謹二がいる。 1963年東京大学教養学部助教授、1984年教授、1993年定年退官、名誉教授、東京女子大学教授、2003年岐阜女子大学教授。
溝口 雄三(みぞぐち ゆうぞう、1932年(昭和7年)7月3… 溝口 雄三(みぞぐち ゆうぞう、1932年(昭和7年)7月30日 - 2010年(平成22年)7月13日 )は、日本の中国学者・思想史家・中国思想史研究者。専門は、明末清初の思想史(宋明理学)・精神史(近代化論)。東京大学・大東文化大学・中国社会科学院名誉教授。 1932年、愛知県名古屋市で生まれた。東京大学文学部中国文学科で学び、1958年に卒業。卒業後、名古屋に帰郷して家業を一時継ぎ、その活躍ぶりは新聞に掲載されるほどの業績であった。 その後名古屋大学大学院文学研究科中国文学専攻に入学し、入矢義高に師事。同大学大学院修士課程を修了。 1967年、東京大学文学部中国文学研究室助手に採用された。
山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2… 山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2021年9月11日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授。 日本の代表的なマルクス経済学者である宇野弘蔵に師事し、宇野経済学の原理論と呼ばれる領域のうち,難問の一つとされた商業資本論と呼ばれる分野をはじめ貨幣論,金融論などの分野に独創的な論考が数多くある。同時代の研究者として、降旗節雄、大内秀明、鎌倉孝夫、桜井毅のほか岩田弘等がいる。 福井県武生市出身。東京大学経済学部卒業、1962年東京大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。1968年経済学博士(東京大学)。電気通信大学助手、新潟大学助教授、法政大学経済学部教授、東京大学経済学部教授を経て国士舘大学経済学部教授を2002年まで勤めた。
大野忠男(おおの ただお、1932年 - 没年不詳)は、日本… 大野忠男(おおの ただお、1932年 - 没年不詳)は、日本の画家、アイルランド研究家。 埼玉県浦和市出身。1955年東京大学工学部応用化学科卒。科学技師となるが、1963年画家となる。 1966年明治大学工学部建築学科を卒業後、西アジア、ヨーロッパ旅行、1966年オーストリア巡回個展、東ヨーロッパ旅行、1968年北アフリカ、西アジア旅行、1971年窯を作り作陶を始める。1973-1980年アイルランド遺跡拓本採集。 上野学園大学短期大学部教授を務めた。
八巻 俊雄(やまき としお、1932年 - 2018年)は、… 八巻 俊雄(やまき としお、1932年 - 2018年)は、広告研究者、東京経済大学名誉教授。 山梨県生まれ。東京大学法学部第2類(公法コース)卒。 日本経済新聞社企画調査部長、日経広告研究所専務理事などを経て、1987年に東京経済大学経営学部教授に転じ、1995年に同コミュニケーション学部へ異動。 2004年定年、名誉教授。日本広報学会理事、CM総合研究所顧問。
小林 惺(こばやし さとし、1932年 - 2008年3月)… 小林 惺(こばやし さとし、1932年 - 2008年3月)は、日本のイタリア語学者・イタリア文学研究者。専攻はイタリア語・比較文化。1960年東京外国語大学イタリア語学科卒業。1962年東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻入学、1970年同博士課程単位取得退学。武蔵野音楽大学教授を務め、定年後名誉教授。パーキンソン病に苦しみながら、ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ『山猫』のイタリア語原典から訳書を刊行直後に没した。
渡邊 二郎(わたなべ じろう、1931年10月15日 - 2… 渡邊 二郎(わたなべ じろう、1931年10月15日 - 2008年2月12日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学の研究者。東京大学名誉教授。放送大学名誉教授。専攻は、西洋近現代哲学、現象学。東京大学で博士号(文学、1963年)。 ドイツ観念論、実存主義、解釈学、フッサール、ハイデッガー等についての研究が多数あり、フッサールの『イデーン』、ハイデガーの『存在と時間』など多くの哲学原典の翻訳を行っている。 東京都出身。1991年7月から1995年6月まで日本哲学会の会長を務め、1996年から1999年まで日本シェリング協会の会長を務めた。没後に弟子たちの編集で「著作集」が刊行された。 この項目は、哲学に関連した書きかけの項目です。
大高 順雄(おおたか よりお、1931年8月19日 - 20… 大高 順雄(おおたか よりお、1931年8月19日 - 2019年7月26日)は、日本のフランス中世文学研究者、大阪大学名誉教授。 大阪府出身。1954年東京大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。岡山大学講師、助教授、フランス・パリ大学大学院で博士号取得。1969年「アントワヌ=ド・ラ・サルの研究」で名古屋大学文学博士。1971年大阪大学教養部助教授、言語文化部教授、1995年定年退官、名誉教授。大手前大学教授。1987年「Marie de France : Oeuvres complètes」で新村出賞受賞。2011年旭日中綬章受勲。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
竹村 英輔(たけむら えいすけ、1931年7月27日 - 1… 竹村 英輔(たけむら えいすけ、1931年7月27日 - 1997年)は、グラムシ研究者。専攻はイタリア現代政治史・社会思想史。日本共産党員。 東京生まれ。東京府立第五中学校(現・東京都立小石川中等教育学校)を経て、1953年東京大学教養学部教養学科卒業。合成化学産業労働組合連合(合化労連)書記、東京大学社会科学研究所非常勤講師(1973年4月1日~1975年3月31日)を経て、1975年日本福祉大学助教授。のち同大学社会科学研究所長、教授。在職中に急逝。 性教育評論家の高柳美知子は、小学校の同期生だった竹村が初恋の人だと著書『高齢恋愛』(茉莉花社、2004年)で告白している。
平川 祐弘(ひらかわ すけひろ、1931年7月11日 - )… 平川 祐弘(ひらかわ すけひろ、1931年7月11日 - )は、日本の比較文学研究者、評論家。東京大学名誉教授、国家基本問題研究所理事。
芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の… 芳賀 徹(はが とおる、1931年5月9日 - )は、日本の文学研究者、比較文学者。国際日本文化研究センター・東京大学名誉教授、京都造形芸術大学名誉学長。
高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 201… 高木 教典(たかぎ のりつね、1931年5月8日 - 2015年5月7日)は、日本のマスコミュニケーション研究者、東京大学名誉教授。 東京府北多摩郡小平村(後の東京都小平市)の天台宗の寺に生まれる。1950年、東京都立小石川高等学校を卒業し、東京大学教養学部文科1類に入学。1952年4月に経済学部へ進学するが、学生運動への関わりにより退学処分を受け、7月に退学、のち1954年5月に再入学し、1956年に経済学部を卒業して、新聞研究所研究生となった。1957年に大学院社会科学研究科社会学専攻新聞学専修に進学、1961年に博士課程を中途退学して、新聞研究所助手。以降、1965年に助教授、1981年に教授へ昇任し、1982年から1983年にかけてはロンドン大学、コロンビア大学の客員教授も務めた。
山田 三郎(やまだ さぶろう、1931年4月 - 2020年… 山田 三郎(やまだ さぶろう、1931年4月 - 2020年11月)は、日本の農業経済学研究者、東京大学名誉教授。 1957年東京大学農学部農業経済学科卒、62年同大学院博士課程修了、「明治七年以降日本農業の資本・労働・土地と生産・所得」により、東京大学から農学博士を取得。同年東大農学部助手、63-68年米国、タイ、マレーシアに出張。1968年東京大学東洋文化研究所専任講師、71年助教授、76年教授。92年定年退官、名誉教授、日本大学農獣医学部教授。 長くアジアにおける農業の国際比較研究に取り組み、国際連合食糧農業機関 (FAO) の統計の分析などを蓄積し、1992年には、その集大成となる『アジア農業発展の比較研究』を刊行した。