小濱 妙美(こはま たえみ、1958年(昭和33年)6月19… 小濱 妙美(こはま たえみ、1958年(昭和33年)6月19日 - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 香川県坂出市出身。東京藝術大学卒業、同大学院修了。中村義春、畑中良輔、小野光子に師事。エリーザベト・シュヴァルツコプフに才能を認められ、1984年(昭和59年)よりスイスに留学。ミラノではアントニオ・トニーニにイタリアオペラを学ぶ。1993年(平成5年)ドイツ・ニーダーザクセン州立ブラウンシュヴァイク劇場と専属契約(1993年8月→ゲスト契約1998年7月)を交し、ワーグナー『タンホイザー』エリーザベトでヨーロッパデビュー。同劇場のほか、欧米各地の歌劇場やコンサート、音楽祭で活躍。2011年(平成23年)まで約25年の間、海外を拠点に活動する(スイス、イタリア、ドイツ、 ニューヨーク)。
福島 明也(ふくしま あきや、1957年8月2日 - )は、… 福島 明也(ふくしま あきや、1957年8月2日 - )は、声楽家・バリトン歌手。二期会会員。東京芸術大学音楽学部声楽科教授。 島根県出雲市(旧簸川郡大社町)に生まれ、東京芸術大学卒業後、同大学院オペラ科修了。 1997年、鮫島有美子の歌謡曲集CD『秋桜』デュエットの相手役を務めた。2001年から2003年まで、毎年大阪城ホールで開催されている『サントリー1万人の第九』コンサート(指揮:佐渡裕) でバリトン・ソリストを務めた。 2004年には歌舞伎に挑戦。歌舞伎の構成にのっとったオペラ『鳴神/俊寛』で鳴神上人役を演じ、オペラ界にとっても歌舞伎界にとっても貴重な歴史の一幕となったほか、彼自身のトレードマークともいえる「口ひげ」を剃って舞台に望んだ。
しゅう さえこ(本名:村田 佐枝子(むらた さえこ)、195… しゅう さえこ(本名:村田 佐枝子(むらた さえこ)、1956年10月18日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター。愛称は「さっこおねえさん」。兵庫県西宮市出身。身長163.5cm。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。夫は建築家の村田琢真。息子が2人おり、長男は歌手でCarnavacationのメンバーである村田匠、次男はラグビー選手でNECのフランカーである村田毅。 兵庫県生まれ、東京都育ち。大阪府出身。小学4年生の時に合唱団に入団。東京都立竹早高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。 1981年4月から1983年3月まで、NHKテレビの『おかあさんといっしょ』で、14代目のうたのおねえさんを務めた。
藍川 由美(あいかわ ゆみ、1956年 - )は、日本の声楽… 藍川 由美(あいかわ ゆみ、1956年 - )は、日本の声楽家。 香川県綾歌郡宇多津町生まれ。香川県立坂出高等学校(音楽科)、東京芸術大学音楽学部卒業。 1985年、カーネギー・ホールにおける歌唱で評価される。1986年同大学院博士後期課程を修了し、翌1987年学術博士号取得。博士論文は「演奏家としての立場における『山田耕筰歌曲の楽譜に関する研究』」。1992年「藍川由美リサイタル」の成果により文化庁芸術祭賞受賞。 リサイタル活動のほか、楽譜の校訂および日本の歌に関する著作を発表している。西洋の伝統的なクラシック歌曲よりも、日本の伝統に根ざした歌曲を積極的に歌い、CD収録を続ける。 明治時代の唱歌や軍歌、大正時代の童謡、昭和初期の歌謡曲や戦時歌謡など、日本の歌をジャンルにとらわれず研究・演奏することをライフワークとしている。
石井 健三(いしい けんぞう、1955年8月5日 - 201… 石井 健三(いしい けんぞう、1955年8月5日 - 2019年12月30日)は、東京都台東区出身の声楽家(テノール)、ミュージカル俳優、つくばオペラフィオーレ代表。元劇団四季所属。 つくばオペラフィオーレ代表、日本演奏連盟テノール会員、2009年よりRI第2820地区第6分区つくば学園ロータリークラブ会員。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
永田 峰雄(ながた みねお、1954年1月16日 - 202… 永田 峰雄(ながた みねお、1954年1月16日 - 2020年7月8日)は、日本のオペラ歌手(テノール)。日本演奏連盟会員。 新潟県長岡市出身。東京芸術大学卒業。同大学院修了。 1986年に行われた第1回日本モーツァルト・コンクールで優勝。1988年、1989年の2回にわたりザルツブルクゾンマーアカデミーコンクールで優勝、モーツァルテウム音楽院最優秀賞を受賞。 1991年にアサヒビール芸術文化財団の奨学生として渡欧。同年、ザルツブルク音楽祭「サティリコン」に出演し、1992年にライプツィヒ歌劇場と客演契約を結ぶ。 1993年にヴュルツブルク歌劇場、1995年にトリーア歌劇場、1996年にギーセン歌劇場、1999年にボン歌劇場、2001年からはミュンスター歌劇場専属歌手となる。
大野 徹也 (おおの てつや、1953年7月17日 - )は… 大野 徹也 (おおの てつや、1953年7月17日 - )は、日本のテノール歌手。ドラマティックな表現を得意とするテノーレ・リリコ・スピント。公益財団法人東京二期会理事、二期会幹事・会員、日本声楽アカデミー会員、ぐるーぷ・なーべ会員、東京学芸大学名誉教授。 福岡県八幡市(現北九州市八幡西区)出身。オペラ・テビューは1977年の二期会公演『魔笛』の武士役である。 ワーグナー以外にも、 などのドイツオペラ、 などのフランスオペラ、 などのイタリアオペラ などの日本オペラ、といった幅広い分野の作品を手がける。 オペレッタにおいても、 などを演じ、歌役者としての評価も高い。 一方、コンサートにおいては、NHK交響楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団など日本の主要オーケストラ、秋山和慶、朝比奈隆、飯守泰次郎、井上道義、大野和士、小澤征爾、尾高忠明、外山雄三、森正、山田一雄、若杉弘らの指揮者と共演し、 などのテノール独唱を歌う。
市之瀬 洋一(いちのせ よういち、1953年7月11日 - … 市之瀬 洋一(いちのせ よういち、1953年7月11日 - )は、日本の音楽ディレクター、ヴォーカリスト。(有)ヴォイスフィールド代表取締役。鹿児島県南九州市(旧・川辺郡川辺町)出身。鹿児島県立甲南高等学校および東京藝術大学音楽部声楽科卒業。ディズニー作品を中心に吹き替えの音楽ディレクターを務める。 鹿児島県の旧・川辺町に生まれ、小学校入学時に加世田市(現・南さつま市)に転居し、小学校4年時に鹿児島市に転居。小中学生の頃から合唱部に所属。 鹿児島県立甲南高校では生徒会長を務め、鶴丸高校とのスポーツ交流戦(甲鶴戦)を立案。 高校の合唱部の先輩が芸大に進学したのをきっかけに自身も志望し、1年の浪人を経て東京藝術大学に入学し声楽を学ぶ。
橋本 弦法(はしもと ふさのり、1953年 - )は、日本の… 橋本 弦法(はしもと ふさのり、1953年 - )は、日本のテノール歌手。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日… 稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日本のソプラノ歌手。香川県東かがわ市(旧大川郡白鳥町)出身。香川県立高松高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。元徳島文理大学音楽学部教授。
神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日… 神崎 愛(かんざき あい、1952年5月30日 - )は、日本の女優、フルート奏者、ソプラノ歌手である。本名:宮本 敦子(旧姓:神崎)。東京都大田区出身。身長162cm、体重48kg、血液型はA型。
青木 裕史(あおき ひろし、本名:青木 清、1952年1月1… 青木 裕史(あおき ひろし、本名:青木 清、1952年1月10日 - 2020年12月19日)は、日本の歌手。静岡県藤枝市出身。 静岡県立藤枝東高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中から、NHK教育テレビ番組にレギュラー出演。第12回日本シャンソンコンクール入賞を機に、ポピュラー界に転向。 2020年12月19日、脳梗塞のため東京都練馬区の自宅で死去。68歳没。
鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は… 鮫島 有美子(さめじま ゆみこ、1952年1月8日 - )は、日本の宮廷歌手、声楽家、ソプラノ歌手。ウィーン在住。
川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声… 川上 洋司(かわかみ ひろし、1951年 - )は、日本の声楽家、テノール歌手。東京藝術大学名誉教授。山梨県甲府市出身。 その他、数多くステージで活躍し、オペラでは、「イドメネオ」「コシ・ファン・トゥッテ」、「ポッペーアの戴冠」、「ノルマ」、「トスカ」、「アイーダ」、「オルフェオとエウリディーチェ」「サロメ」、「スペードの女王」他、のオペラに出演している。 コンサートでは1989年、1990年と「NHKニューイヤーオペラコンサート」に出演。またNHK交響楽団などの主要オーケストラを中心にバッハ「ロ短調ミサ」、ヘンデル「メサイア」、モーツァルト「レクイエム」、ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」、「第九」、ヴェルディ「レクイエム」、ファリャ「はかなき人生」、マーラー「千人の交響曲」、「大地の歌」、ヤナーチェク「グラゴル・ミサ」、ブルックナー「テ・デウム」、ロッシーニ「小荘厳ミサ」、「スターバト・マーテル」などを共演している。
杉本 竜一(すぎもと りゅういち、1951年 - )は、日本… 杉本 竜一(すぎもと りゅういち、1951年 - )は、日本のソングライター。東京都出身。東京藝術大学大学院修了後、ウィーン国立音楽アカデミーで学ぶ。映画音楽・ドラマ音楽、舞台音楽、合唱曲等幅広く手掛けてる。特に「生きもの地球紀行」のテーマ「Tomorrow」「この星に生まれて」「BELIEVE」は杉本竜一三部作と呼ばれ人気である。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
松熊 由紀(まつくま ゆき、1951年 - )は、日本の歌手… 松熊 由紀(まつくま ゆき、1951年 - )は、日本の歌手。福岡県出身。NHKの幼児向け教育番組『おかあさんといっしょ』11代目うたのおねえさん。同じく11代目として登場したのが斉藤伸子である。1974年4月- 1979年3月までの5年間、斉藤と同じ期間うたのおねえさんとして務めた。お姉さん時代の愛称は「くまちゃん」。なお、同じ代で同時期に出演したのは松熊と斉藤の代だけである。東京芸術大学声楽科卒業。 おかあさんといっしょでの歌唱曲 はやくてんきになあれ ニャニュニョのてんきよほう 初代:真理ヨシコ(1961年4月3日 - 1962年9月22日)2代目:中野慶子(1961年4月10日 - 1964年10月3日)3代目:竹前文子(1962年10月1日 - 1964年4月4日)4代目:水谷玲子(1964年4月13日 - 1967年3月25日)5代目:中川順子(1964年10月12日 - 1967年7月31日)6代目:片桐和子(1967年4月3日 - 1970年3月11日)7代目:瀬端優美子(1967年8月1日 - 1970年4月4日)8代目:斉藤昌子(1970年4月6日 - 1972年3月31日)9代目:森晴美(1970年4月7日 - 1971年10月30日)10代目:小鳩くるみ(1972年4月3日 - 1974年3月29日)11代目:斉藤伸子、松熊由紀(1974年4月1日 - 1979年3月16日)13代目:奈々瀬ひとみ(1979年4月2日 - 1981年4月3日)14代目:しゅうさえこ(1981年4月6日 - 1983年4月2日)15代目:森みゆき(1983年4月4日 - 1987年4月4日)16代目:神崎ゆう子(1987年4月6日 - 1993年4月5日)17代目:茂森あゆみ(1993年4月5日 - 1999年4月3日)18代目:つのだりょうこ(1999年4月5日 - 2003年4月5日)19代目:はいだしょうこ(2003年4月7日 - 2008年3月28日)20代目:三谷たくみ(2008年3月31日 - 2016年4月2日)21代目:小野あつこ(2016年4月4日 - 2022年4月2日)22代目:ながたまや(2022年4月4日 - )
池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本… 池田 直樹(いけだ なおき、1950年6月24日-)は、日本の声楽家(バス・バリトン)、オペラ歌手、音楽学者。東京二期会所属。日本大学元教授。 鹿児島県姶良郡蒲生町出身で、父は鹿児島県職員から後に第11代蒲生町長となった池田正辰。ラ・サール中学校・高等学校に入った後、父の異動にともない東京都に転居し東京都立目黒高等学校に編入、卒業。1973年東京芸術大学音楽学部声楽科卒業(首席)、1976年同大学院音楽研究科修士課程修了、1980年10月から1年間文化庁芸術家在外研修員としてドイツ留学。中山悌一、小島琢磨、ハンス・ホッターに師事。二期会(東京二期会)のオペラ歌手・演者として活動し、1992年より幹事を務める。
山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月1… 山路 芳久(やまじ よしひさ、1950年(昭和25年)6月17日 - 1988年(昭和63年)12月19日)は、1970年代から1980年代にかけてヨーロッパの歌劇場で活躍した日本のテノール歌手、音楽教育者。 三重県津市に、警察官の四男(末子)として生まれる。中学生の頃より声楽を学び始め、三重県立津高等学校を経て1969年(昭和49年)東京芸術大学音楽学部に入学した。伊藤亘行、疋田生次郎に師事。 1976年(昭和51年)同大学院を修了した後は二期会に所属した。翌1977年(昭和52年)にイタリア政府給費留学生としてローマ サンタ・チェチーリア国立アカデミアに進学。1978年(昭和53年)ミラノ・スカラ座研究所に入る。
市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、… 市原 多朗(いちはら たろう、1950年1月2日 - )は、日本の声楽家・テノール歌手。 山形県酒田市出身。2017年2月、酒田市から「酒田市名誉市民」の称号を授与される。 東京藝術大学大学院修了。加藤千恵、金内馨子、渡邊高之助に師事。1979年、第48回日本音楽コンクール第1位、および第15回日伊声楽コンコルソ第1位。1987年、芸術選奨新人賞受賞。 日本を代表するテノール歌手であり、主にイタリアオペラを中心としたレパートリーを持っている。正統派ベルカントの美声と表現力で、世界で活躍した。 二期会オペラ(日生劇場)、マスネ『ウェルテル』のタイトルロールでオペラ・デビューを飾る。 山形新聞社より「平和賞」受賞。
折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1… 折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1日 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者。藤原歌劇団総監督、公益財団法人日本オペラ振興会常務理事(2020年(令和2年)6月24日現在)。京都市立芸術大学、昭和音楽大学教授。 東京都新宿区四谷出身。家は中華料理屋で音楽とは無縁の環境だったが、幼少の頃から聖イグナチオ教会に出入りし音楽に興味を抱く。高校で合唱部に入り、男声合唱に熱中した。甘い響きが持ち味であるテノール歌手を目指し、東京藝術大学の声楽科に入学。畑中良輔に師事。当初はドイツ歌曲を専攻していたが、畑中から「フランスの方が向いている」と言われフランス歌曲を専攻する。
今仲 幸雄(いまなか ゆきお、1949年 - )は、バリトン… 今仲 幸雄(いまなか ゆきお、1949年 - )は、バリトン歌手。元ドイツ国立デトモルト音楽大学講師。 ライプツィヒ国際バッハコンクールでの日本人初の優勝者。キリスト教の音楽伝道者。 以来、旧西ドイツ、旧東ドイツ、スイス、フランス、イタリア、イギリス、オランダ、シンガポール、台湾にて演奏活動。 またライプツィヒ国際バッハ音楽祭、ゲッティンゲン国際ヘンデル音楽祭、ヴァルスローデ国際リスト音楽週間にソリストとして招かれる。 NHKをはじめ、北ドイツ放送 (NDR)、ベルリン自由放送 (SFB)、西ドイツ放送第一、第三 (WDR I・III)、南西ドイツ放送、テレビ (SWF)、ドイツ・キリスト教放送 (ERF)等に出演。
青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は… 青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は、東京都出身の日本のソプラノ歌手、声楽家、声楽指導者、合唱指導者。 お茶の水女子大学附属高等学校から声楽の道に進む。東京藝術大学声楽科に入学し、同大学院独唱科修了。その後、二期会研究生を経て、正会員になった。ベートーヴェン「第九」などのソリストを務めた。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
森池 日佐子(もりいけ ひさこ、1947年12月26日 - … 森池 日佐子(もりいけ ひさこ、1947年12月26日 - 2024年8月20日)は、日本のオペラ歌手、声楽家。武庫川女子大学名誉教授。ヴォイスアーツ元代表。香川県出身。 オペラではカルメン役を好み、幾度となく演じた。女性学への造詣が深く、女性学的な視点からオペラを再解釈した公演をたびたびおこなった。 教育者としてもその功績は大きく、多くの音楽家を世に輩出した。NPO法人ヴォイス・アーツを立ち上げ、多くの音楽家に活躍の場を提供するとともに、西宮市における音楽文化の普及に努めた。 「カルメンは語ることができるのか」『ジェンダー学を学ぶ人のために』(2000年、世界思想社) この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
小牧 まり(こまき まり、1947年2月7日 - )は、日本… 小牧 まり(こまき まり、1947年2月7日 - )は、日本の歌手。 東京都出身。東京藝術大学声楽科卒業。カンツォーネを中心にポピュラーソングを歌い始める。 その後、NHK教育『なかよしリズム』にレギュラー出演。同時に、キングレコード専属となり、童謡を中心に『河村光陽童謡名曲集』『赤い鳥傑作集』などの作品をリリース。その他、TV・CM・舞台などにも出演。主な出演に、舞台『小さなエバ・歌のステージ』、ミュージカル『小さなエバ』『さすらいのジェニー』など。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
草下 實(くさか みのる、1947年 - )は、日本のテノー… 草下 實(くさか みのる、1947年 - )は、日本のテノール歌手。鳴門教育大学名誉教授。姫路大学教育学部特任教授。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。
高橋 啓三(たかはし けいぞう、1946年(昭和21年)11… 高橋 啓三(たかはし けいぞう、1946年(昭和21年)11月20日 - )は日本の声楽家(バス、バリトン)。音楽教育者。 福島県福島市生まれ。1972年(昭和47年)東京藝術大学音楽学部卒業。ヴァイオリンを立花和夫、声楽を大熊文子、磯谷威、渡邊高之助、中山悌一、疋田生次郎、コンラート・リヒターの諸氏に師事。 在学中に外山雄三指揮・藤原歌劇団公演プッチーニ『トスカ』アンジェロッティでデビュー。その後二期会を中心に藤原歌劇団、イタリア歌劇団(NHK)等の公演に出演。主な役にモーツァルト『魔笛』ザラストロ、ヴェルディ『リゴレット』スパラフチレ、ドニゼッティ『愛の妙薬』ドゥルカマーラ、ワーグナー『タンホイザー』ヘルマン、團伊玖磨『夕鶴』惣ど等がある。
村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日… 村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日本のバリトン歌手、翻訳家。 1966年、東京都立駒場高等学校音楽科を卒業。1969年、東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。声楽を中山悌一、古沢淑子、疋田生次郎、ジャック・ジャンセン、カミーユ・モラーヌに師事。1972年、二期会研究生修了。同年、フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ入学、1975年に帰国する。 1984年、「プーランクの歌曲」に対し文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 オペラは1974年にフランス・リヨン・オペラ座のアペルギス「運命論者ジャック」でデビュー。 帰国後は西武劇場、三谷礼二プロデュースのモーツァルト「フィガロの結婚」の伯爵、日本オペラ協会、池辺晋一郎「死神」の早川、東京オペラプロデュース、ミヨー「オルフェの不幸」のオルフェ、藤原歌劇団、ヴァイル「マハゴニー」のビル、東京室内歌劇団、プーランク「ティレジアスの乳房」の亭主、青島広志「火の鳥」のヤマト・タケル等に出演。
薦田 義明(こもだ よしあき、1946年〈昭和21年〉5月3… 薦田 義明(こもだ よしあき、1946年〈昭和21年〉5月3日 - )は、日本のバリトン歌手。指揮者。香川大学名誉教授。元四国二期会理事長。 東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。東京芸術大学大学院音楽研究科声楽専攻修了。フライブルク音楽大学卒業。香川県観音寺市出身。 香川県観音寺市出身。東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業し、同大学大学院音楽研究科声楽専攻を修了。声楽を柴田睦陸に師事。 東京藝術大学のオペラ定期公演で「コジ・ファン・トゥッテ」に出演しオペラのデビューをする。その後は四国二期会に所属し、「修禅寺物語」、「ロドレッタ」、「魔笛」、「俊寛」、「フィガロの結婚」、「バスティアンとバスティエンヌ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「那須与一」、「ディドとエネアス」、「奥様になった女中」、「イル・カンピエッロ」、「四人の頑固者」、「脳死をこえて」、「ヘンゼルとグレーテル」、「ファルスタッフ」などのオペラに出演した。
斉藤 昌子(さいとう まさこ、1946年3月16日 - )は… 斉藤 昌子(さいとう まさこ、1946年3月16日 - )は、日本の声楽家、女優。北海道出身。東京芸術大学大学院修了。元平成音楽大学教授。
一ノ関 佑子(いちのせき ゆうこ、1946年 - )は、日本… 一ノ関 佑子(いちのせき ゆうこ、1946年 - )は、日本のソプラノ声楽家。指揮者小林研一郎の妹で、演奏会で共演をすることがある。ピアニスト小林亜矢乃は姪。義妹(夫の妹)は漫画家の大和和紀である。
大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6… 大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6日 - )は日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 大阪府出身。東京藝術大学卒業。畑中良輔に師事。文化庁派遣芸術家在外研究員としてウィーンとミラノに留学。モーツァルトの4大オペラ『フィガロの結婚』伯爵夫人、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーナ、『コジ・ファン・トゥッテ』フィオルデリージ、『魔笛』パミーナでオペラ歌手としての地位を確立。ワーグナー『タンホイザー』エリーザベト、『ワルキューレ』ジークリンデで力量を示し、ヴェルディ『椿姫』ヴィオレッタ、プッチーニ『ラ・ボエーム』ミミ、『蝶々夫人』蝶々さん、ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』ロザリンデなどに出演、二期会オペラのプリマドンナとして活躍。
伊原 直子(いはら なおこ、1945年(昭和20年)2月14… 伊原 直子(いはら なおこ、1945年(昭和20年)2月14日 - )は、日本の声楽家(メゾソプラノまたはアルト)、オペラ歌手、音楽教育者。東京藝術大学名誉教授。 東京都出身。1967年(昭和42年)東京藝術大学音楽学部卒業。1969年(昭和44年)同大学院修了。戸田敏子、中山悌一に師事。大学院在学中の1969年(昭和44年)1月二期会ワーグナー『ラインの黄金』エルダでオペラデビュー。 1971年(昭和46年) - 1945年(昭和50年)西ドイツ政府給費留学生(DAAD)としてミュンヘン国立音楽大学に留学し、エルンスト・ヘフリガーに師事。傍らベルリン歌劇場他、ドイツやスイス各地でオラトリオを歌う。
林 康子(はやし やすこ、1943年7月19日 - )は、ソ… 林 康子(はやし やすこ、1943年7月19日 - )は、ソプラノ歌手。香川県東かがわ市出身。夫はバス歌手のジャンニコラ・ピリウッチ。藤原歌劇団団員。 香川県立高松高等学校から東京芸術大学を経て同大学院修了後、ミラノ・ヴェルディ音楽院、スカラ座のオペラ研修所に留学。柴田睦陸、ニコラ・ルッチ、リア・グァリーニに師事。 1968年日伊声楽コンコルソ第一位、1970年モンティキァーリ国際コンクールおよびパルマ国際オペラ歌手コンクール第一位、1971年ロニーゴ国際コンクール第一位、1972年イタリア国営放送ロッシーニ生誕180周年記念コンクール第一位。1982年イタリア金の射手座賞、1983年毎日芸術賞、1988年サントリー音楽賞を受賞。
片桐 和子(かたぎり かずこ、1943年6月22日 - )は… 片桐 和子(かたぎり かずこ、1943年6月22日 - )は、日本の童謡歌手。東京都千代田区出身。血液型はB型。6人姉弟の四女(姉3人、弟2人)。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。 東京芸術大学音楽学部声楽科卒業後、NHKの幼児向け教育番組、おかあさんといっしょ(当時はうたのえほん)6代目うたのおねえさんを1967年4月 - 1970年3月までの3年間務めた。 東京芸術大学音楽学部声楽科では岡部多喜子、ロドルフォ・リッチに師事。イタリアオペラ、イタリア歌曲を学ぶ。 1967年、瀬端優美子とともにオーディションに合格。しかし、その当時、5代中川順子が番組に出演中であったため、片桐が先にうたのおねえさんを務めることになった。
竹澤 嘉明(たけざわ よしあき、1943年 - )は、日本の… 竹澤 嘉明(たけざわ よしあき、1943年 - )は、日本の声楽家(バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、オペラ演出家。新字体の竹沢嘉明という表記が多く見られる。 東京芸術大学卒業、同大学院修了。伊藤亘行、柴田睦陸に師事。 オペラデビューは1969年(昭和44年)藝大オペラ ロッシーニ『セヴィリアの理髪師』バジリオ。初出の記録は同年12月15日、16日、17日の東京室内歌劇場 中世典礼劇『ダニエル物語』ハバクックである。1975年(昭和50年)東京室内歌劇場 プーランク『ティレジアスの乳房』亭主でウィンナーワルド・オペラ賞を受賞。1976年 - 1977年(昭和51年 - 52年)ウイーン留学。1979年(昭和54年)には劇団四季のミュージカル『リトルナイト=ミュージック』にも出演。
島田 祐子(しまだ ゆうこ、1942年10月12日 - )は… 島田 祐子(しまだ ゆうこ、1942年10月12日 - )は、日本のソプラノ歌手。旧姓は遠藤祐子(えんどう ゆうこ)。 満洲国出身。戦後新潟県に引き揚げ、小学1年生から神奈川県小田原市に転居、高校まで住んでいた。東京芸術大学大学院修了。東京藝術大学大学院修了までの間は、ウィーンのウィーン音楽大学に留学そしてアントン・デルモーターに師事する。 二期会オペラ「こうもり」アデレード役でデビューする。クラシックだけでなくポップスに新境地を開いた。2008年にテレビ朝日「徹子の部屋」に出演した際に2007年に行われた「徹子の部屋コンサート」をもって現役歌手生活から引退したことを告白した。 現在は児童合唱団『東京ネバーランド』を設立。
湯浅 富士郎(ゆあさ ふじろう、1942年8月5日 - )は… 湯浅 富士郎(ゆあさ ふじろう、1942年8月5日 - )は日本の声楽家、バス、オペラ歌手。都山流尺八竹琳軒大師範、浄土宗僧侶、関西芸術振興会評議員、奈良メサイアの会会長、あすか邦楽アンサンブル代表、株式会社TAKUTO代表取締役。本名は湯浅順信(-よりのぶ)、僧侶になった際にこちらを本名に改名した。尺八を演奏する際の芸名は湯浅富士山(-ふじざん)。妻はソプラノ歌手の湯浅契。大阪府立清水谷高等学校、東京芸術大学。西ドイツ・ケルン音楽大学卒業。
常森 寿子(つねもり としこ、1942年(昭和17年)1月2… 常森 寿子(つねもり としこ、1942年(昭和17年)1月2日 - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、オペラ歌手、音楽教育者。旧姓は江幡。 旧満洲国(中国東北地方)に生まれる。医師の父は応召して戦死し、1945年(昭和20年)母と二人で広島県安芸津町(現在の東広島市)に引き揚げ、さらに呉市に移った。5歳からピアノを習いピアニストを目指したが、中学生のとき阿部幸次の助言で声楽に転向し、1964年(昭和39年)に東京芸術大学声楽科を卒業。阿部幸次、浅野千鶴子、ジョルジュ・ファパレット、ロート・マーリングに師事。1965年(昭和40年)にバリトン歌手の常森闘志と結婚した。 1966年(昭和41年)1月7,8,10日に藤原歌劇団のビゼー『カルメン』ミカエラ役でデビューした。
安田 祥子(やすだ さちこ、戸籍名:澤田 祥子(さわだ さち… 安田 祥子(やすだ さちこ、戸籍名:澤田 祥子(さわだ さちこ)、旧姓:安田、1941年9月9日 - )は、日本の声楽家、童謡歌手、ソプラノ歌手である。血液型はO型。夫は元在日オーストリア通商代表部理事の澤田久雄(澤田廉三・美喜夫妻の次男、2001年死別)。妹は歌手・タレントの由紀さおり。
佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)… 佐藤 征一郎(さとう せいいちろう、1940年(昭和15年)10月15日 - )は、日本の声楽家(バス、バスバリトン)、オペラ歌手、音楽教育者、合唱指揮者。 宮城県仙台市生まれ。神奈川県立川崎高等学校 卒業。1967年(昭和42年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。1970年(昭和45年)同大学院修士課程修了。大学院在学中に第132回芸大オーケストラ定期公演(指揮:山田一雄)ベートーヴェン『第九』バス独唱で音楽界にデビュー。1969年(昭和44年)二期会(指揮:若杉弘)ワーグナー『ラインの黄金』ファフナーでオペラデビュー。その後、読売日本交響楽団第58回定期演奏会(指揮:若杉弘)ベルリオーズ『ファウストの劫罰』ブランデルや、同年帰国した小澤征爾指揮による日本フィルハーモニー交響楽団第180回東京定期演奏会 モーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』(演奏会形式)に出演 したほか、二期会を中心に1971年(昭和46年)2月までの約2年間に計14本 ものプロダクションに出演している。
眞理 ヨシコ(まり ヨシコ、1938年〈昭和13年〉12月4… 眞理 ヨシコ(まり ヨシコ、1938年〈昭和13年〉12月4日 - )は、日本の童謡歌手、声優、女優、東洋英和女学院大学名誉教授。本名、佐藤 美子(さとう よしこ)。旧芸名は真理ヨシコ。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。 岐阜県で生まれ、間もなく親の転勤で東京都へ転居。東京都立駒場高等学校芸術科(後に東京都立芸術高等学校として分離独立するも閉校)在学中より、東京芸術大学の講師だった酒井弘に師事。その後、深緑夏代にシャンソンの指導を受ける。東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。1961年、東京芸大2年の時NHKのオーディションに合格し、NHK『歌の広場』のニュー・ボイスとなる。 その後、『おかあさんといっしょ』(当時はうたのえほん)の初代うたのおねえさんに就任。
丹羽 勝海(にわ かつうみ、1938年(昭和13年)8月2日… 丹羽 勝海(にわ かつうみ、1938年(昭和13年)8月2日 - 2019年(平成31年)1月29日)は、日本のテノール歌手。レオ・やまもとの名義でカウンターテナーとしても活動していた。 日本大学芸術学部音楽学科元主任教授。日本声楽発声学会元理事長(1989年から2000年まで)。優秀外国映画輸入配給賞審査員、アメリカ歌曲研究会名誉会員、芸研連オブザーバー、COMET会員、二期会会員、NATS会員。 1938年、神奈川県横浜市に生まれる。芝高等学校を卒業後、東京芸術大学に入学する。東京芸術大学では、磯谷威、古沢淑子、中山悌一、ロドルフォ・リッチに師事。1961年、東京芸術大学音楽学部を卒業。1961年から1966年にかけてアメリカに留学し、UCLA大学院、ジュリアード音楽院でヤン・ポッパー、ロッテ・レーマン、ジェニー・トゥーレルに師事する。
三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月… 三林 輝夫(さんばやし てるお、1938年〈昭和13年〉7月2日 - 2025年〈令和7年〉11月14日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者、合唱指揮者、公演監督。 新潟県出身。1961年(昭和36年)東京芸術大学音楽学部声楽科卒業、1963年(昭和38年)同校声楽専攻科修了。木下保、渡邊高之助、古沢淑子に師事。デビューは1963年の東京労音のオペラ『フィガロの結婚』でのバジリオ役で、これ以降二期会や東京室内歌劇場他で数多くのオペラ、オペレッタ、創作歌劇に活躍している。 また、日本におけるフランス歌曲の第一人者として十数回にわたるリサイタルで高い評価を得ている。日本歌曲の演奏でも、その明瞭なディクションと深い表現には定評があり「ビロードのような」と定評のある美しい声を披露してきた。
佐々木 襄(ささき じょう、1937年11月16日 - 20… 佐々木 襄(ささき じょう、1937年11月16日 - 2015年7月22日)は、日本の声楽家、歌手、ミュージカル俳優。本名は常田哲司(つねだ・てつじ)。 1937年11月16日、東京都大島町波浮出身。 1959年、東京芸術大学声楽科在学中にくすのせ堅志、舟田均、舟田勝とともにロイヤルナイツを結成。 のちに、ソロの声楽家、ミュージカル俳優として活動。東芝EMIよりレコードを発表している。 2015年7月22日、誤嚥性肺炎により死去。77歳没。
東 敦子(あずま あつこ、1936年(昭和11年)12月11… 東 敦子(あずま あつこ、1936年(昭和11年)12月11日 - 1999年(平成11年)12月25日)は、日本の声楽家(ソプラノ歌手)、オペラ歌手、音楽教育者。プリマドンナとして世界の一流の歌劇場で活躍した。本名は、二田原 敦子(にたはら あつこ)。 大阪府吹田市出身。1959年(昭和34年)東京藝術大学卒業。1961年(昭和36年)同大学専攻科修了。四家文子に師事。1961年(昭和36年)イタリアに留学してエットレ・カンポガリアーニに師事。1964年(昭和39年)パルマ音楽院を首席で卒業。 1963年(昭和38年)レッジョ・エミリア市立歌劇場でマスカーニ『友人フリッツ』でデビュー。ミラノに居を構え、1967年(昭和42年)ベルリン・ドイツ・オペラにプッチーニ『蝶々夫人』でデビュー。
渡辺 馨(わたなべ かおる、1936年4月24日 - )は、… 渡辺 馨(わたなべ かおる、1936年4月24日 - )は、日本のソプラノ歌手。 1959年、東京芸術大学音楽学部を卒業後、イタリアの聖チェチーリア音楽院研究科に留学しピア・タッシナーリ、アルファーニ・テッリーニに師事。 1969年、藤原歌劇団の「ラ・ボエーム」のミミ役でオペラ・デビューを果たす。その後も「蝶々夫人」、「アイーダ」等のオペラに出演した。 1975年、スペインの国際講習会ムシカ・デ・コンポラスに参加し、スペインの作曲家モンプーに認められる。 1977年、初めて日本のオペラに取り組み、大栗裕の「赤い陣羽織」の奥方役で出演。1983年、日本大学芸術学部教授、2009年、同大学名誉教授に就任。
鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5… 鈴木 寛一(すずき かんいち、1936年(昭和11年)4月5日 - 2020年(令和2年)4月6日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者。妻は元うたのおねえさんの中川順子。 大阪生まれの京都育ち。1959年(昭和34年)東京藝術大学卒業。長坂好子、ロドルフォ・リッチに師事。はじめは古典と宗教音楽の研究及び演奏から活動を開始したという。1959年(昭和34年)捜真女学校の音楽教師に着任。同時に岩城宏之の推薦でモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』ドン・オッタヴィオでオペラ界にデビュー。以来、プリモテノールとして数多くの舞台を経験。1977年(昭和52年)ウィーンに留学。海外ではリリー・コラーに師事。
中村 邦子(なかむら くにこ、1936年(昭和11年)1月2… 中村 邦子(なかむら くにこ、1936年(昭和11年)1月21日 - 1996年(平成8年)9月1日)は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。旧姓:大庭。 東京出身。青山学院中等部・高等部を経て、1959年(昭和34年)に東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。畑中良輔、畑中更予、伊藤京子、リリー・コラーに師事。 在学中の1958年(昭和33年)にデビュー。以後、二期会、東京室内歌劇場を中心に多数のオペラに出演しており、昭和音楽大学オペラ情報センターだけでも58回の出演歴が記録されている(大庭邦子3回、中村邦子55回)。 歌曲や宗教曲等でも活躍。特に日本歌曲においてリサイタル等で活躍し、多くの録音も残している。
坂上 昌子(さかがみ まさこ、1936年(昭和11年) - … 坂上 昌子(さかがみ まさこ、1936年(昭和11年) - )は、日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。木下保の長女。 東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。 中山悌一、大熊文子に師事。発声法を森明彦に師事。現在は小松英典に師事。 父、木下保に“やまとことばを美しく”の指導を受ける(“やまとことば”については「木下保」の項を参照)。1967年(昭和42年)第1回のリサイタルより2003年(平成15年)第10回のリサイタルまでを開催する。ほかに、玉川学園『第九』のソプラノソリストを3回務めている。 1986年(昭和61年)に論文『日本歌曲における“やまとことば”の歌唱法と発声法』を日本声楽発声学会誌に発表。
岸 洋子(きし ようこ、1935年〈昭和10年〉5月23日 … 岸 洋子(きし ようこ、1935年〈昭和10年〉5月23日 - 1992年〈平成4年〉12月11日)は、日本のシャンソン歌手、カンツォーネ歌手。所属レコード会社はキングレコード。本名は小山 洋子(こやま ようこ)。山形県酒田市出身。 姉に連れられて行った宝塚歌劇団の声楽教授を務めた加藤千恵(酒田市名誉市民)が開設したボーカルスタジオで音楽と出会う。俳優成田三樹夫は中学・高校の同級生。 東京藝術大学に進学し、在学中に二期会研究生となり、オペラ歌手を目指していたが、心臓神経症のため断念する。病床で聴いたエディット・ピアフのアルバムに感動して、1959年(昭和34年)、NHKのオーディションに合格。シャンソン歌手の道に進んだ。