赤石 路代(あかいし みちよ、1959年10月11日 - )… 赤石 路代(あかいし みちよ、1959年10月11日 - )は、日本の女性漫画家。埼玉県浦和市出身。武蔵野美術大学卒業。 浦和第一女子高等学校時代は漫画同好会に所属。1979年、小学館新人コミック大賞に入選。1980年、『別冊少女コミック』1月増刊号掲載の「マシュマロティーはひとりで」でデビュー。1993年、「ワン・モア・ジャンプ」で第39回(平成5年・1993年度)小学館漫画賞児童部門を受賞。 その後、『月刊フラワーズ』で「めもくらむ〜大正キネマ浪漫〜」で完結、『姉系プチコミック』で「うしろに何かみえてますが」を連載中。『ミステリーボニータ』で不定期連載していた「天の神話 地の永遠シリーズ」完結。
栗原 正己(くりはら まさき、1959年8月16日 - )は… 栗原 正己(くりはら まさき、1959年8月16日 - )は、日本の作曲家、編曲家、ベーシスト、リコーダー奏者。 東京都西多摩郡瑞穂町出身、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒。後述するように多岐に亘っての音楽活動で知られるが、近年は栗コーダーカルテットでのライブや作品発表を主としている。ゴーストのギタリストである栗原ミチオは弟[要出典]。 1980年代中期に編曲家兼CM作曲家としてキャリアをスタートさせ、ヤマハポピュラーソングコンテスト出場曲やさねよしいさ子のデビュー・アルバムなどに携わる。作曲家としても2008年までの間に500本以上のCM音楽を制作した。 1992年冬、フランス・ブリュッヘンや吉沢実に影響を受けリコーダーを手にする。
柳 幸典(やなぎ ゆきのり、1959年(昭和34年)5月2日… 柳 幸典(やなぎ ゆきのり、1959年(昭和34年)5月2日 - )は、日本の現代美術作家。 1986年から蟻を使った作品、フンコロガシのように土の玉を転がす作品など、美術のシステムの外で〈移動〉を切り口に発表を開始。北川フラムに見いだされ代官山のヒルサイドギャラリーをメインに煙によるパフォーマンス『I Feel Yellow』などを発表。 栃木県立美術館でのアート・ドキュメントでは優秀賞を受賞する。 1988年、イェール大学スクール・オブ・アート・アンド・アーキテクチャー大学院彫刻科に奨学金を得て渡米、ビト・アコンチ(英語版)、フランク・ゲーリー等に師事する。修了制作で制作した『ワンダリング・ミッキー』(1990)が優秀賞となる。
中村 真理子(なかむら まりこ、1959年3月29日 - )… 中村 真理子(なかむら まりこ、1959年3月29日 - )は、日本の漫画家。和歌山県和歌山市出身。武蔵野美術大学卒。 大学卒業後、劇画村塾に入塾。1980年『運命のファースト・キッス』(「ザッツコミック」)でデビュー。小池一夫や狩撫麻礼原作付きの作品を多数手がける。『クロサワ/炎の映画監督・黒澤明伝』(原作:園村昌弘)で2001年文化庁メディア芸術祭マンガ部門・優秀賞を受賞。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
中島 信也(なかじま しんや、1959年1月15日 - )は… 中島 信也(なかじま しんや、1959年1月15日 - )は、日本のCMディレクター、映画監督、ソングライター。東北新社元代表取締役社長。日本ネーミング協会理事。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科およびデザイン情報学科客員教授。宣伝会議講師。 福岡県八女市(旧・八女郡黒木町)で生まれ、大阪で育つ。大阪府立豊中高等学校を経て武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科を卒業。在学中は芸術祭の実行委員長を務めるなど硬派な学生だった。大学時代の同級生にみうらじゅん、工業デザイナーの奥山清行がおり当時から親交があった。 同校卒業後の1982年4月、博報堂の入社試験を受けるも途中で辞退。その背景に中島の父が博報堂勤務だったことがあると語っている。
末弥 純(すえみ じゅん、1959年 - )はイラストレータ… 末弥 純(すえみ じゅん、1959年 - )はイラストレーター。大分県大分市生まれ。武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。ファンタジイファンサークル「ローラリアス」出身。 1983年、『銀河十字軍』(田中光二著/徳間書店)のカバーイラストでデビュー。1987年、ファミコン版『ウィザードリィ』のモンスターデザインを担当。以後、同シリーズのビジュアルデザインを担当。1988年、第19回星雲賞アート部門受賞。 栗本薫の小説『グイン・サーガ』のイラストを第57巻(1997年)から第87巻(2002年)まで担当する。 シリアスな作品へのイラスト提供が多いが、『大僧侶伝説』や「ウィズボール」のパッケージなどのコミカル要素の強い作品にもイラストを描いている。
竹中 恭子(たけなか きょうこ、1959年 - )は、女性の… 竹中 恭子(たけなか きょうこ、1959年 - )は、女性の日本の作家、画家。画号は武蔵野つきこ。 東京都生まれ、東京都出身。関東学院女子短期大学卒業、武蔵野美術短期大学卒業。 絵画作品『眠る娘』で1990年『みずゑ展』新人奨励賞、文章と絵の両方を執筆した書籍『おっぱいとだっこ』で2003年『第9回ライターズネットワーク大賞』を受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、日本の… 奥山 清行(おくやま きよゆき、1959年 - )は、日本の工業デザイナー、カーデザイナー。日本国外では Ken Okuyama(ケン・オクヤマ)の活動名義で知られる。 イタリアピニンファリーナ社デザインディレクター(Creative Director)を経て2006年9月に独立。KEN OKUYAMA DESIGNのCEO。山形県山形市出身。 ゼネラルモーターズのチーフデザイナー、ポルシェのシニアデザイナーを務めた後、1995年にイタリアのデザイン会社ピニンファリーナにいちデザイナーとして入社。1998年に日本人初の同社チーフデザイナーに就任し、フェラーリ・エンツォフェラーリ、マセラティ・クアトロポルテなどのカーデザインを担当した。
香川 元太郎(かがわ げんたろう、1959年 - 2024年… 香川 元太郎(かがわ げんたろう、1959年 - 2024年12月12日)は、日本画家、イラストレーター、絵本作家。 愛媛県松山市出身。愛媛県立松山東高等学校を経て、武蔵野美術大学卒業、同大学院修士課程修了。 大学3年の時、日本画公募展の創画展に入選。以後、創画展6回、春季創画展7回入選。 東宝舞台に勤務し東京宝塚劇場等の舞台背景を描く。のちフリー。 日本画、歴史考証画、装画、絵本の制作のほか、郵便切手や絵入りはがきの原画などを手がける。日本画教室の講師も務める。 迷路やかくし絵を盛り込んだ学習絵本の『迷路絵本』シリーズは、累計で300万部を超えるミリオンセラーとなっている。 2024年12月12日、心室細動により死去。
斎藤 綾子(さいとう あやこ、1958年4月7日 - )は、… 斎藤 綾子(さいとう あやこ、1958年4月7日 - )は、東京都出身の小説家、エッセイスト。武蔵野美術大学工芸デザイン科卒業。 大学在学中に、雑誌『宝島』に投稿した短編が編集部の目に留まり、同誌上で『性体験時代』というタイトルで連載が始まる。1981年、それらをまとめた『愛より速く』(刊行当時は『愛より速く 二十三歳、性の自叙伝』というタイトルでJICC出版局より出版、現在は新潮文庫)が出版。その赤裸々な性体験の告白で、世間に衝撃を与えたが、文体はあくまであっけらかんとして軽妙であり、それは後に続く作品群にも共通している。 自らをバイセクシュアルとカミングアウトしており、レズビアンをモチーフにした作品や、他にもSMなどアブノーマルな性を描いている。
みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )… みうら じゅん (本名:三浦 純、1958年2月1日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。 血液型:AB型、ニックネームはMJ、じゅんちゃん、みうらさん。妻はシンガーソングライターのbird。京都府京都市出身。東山高等学校、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。エッセイスト、小説家、ミュージシャン、評論家、ラジオDJ、編集長、ライター、解説者など幅広い分野で活動しており、公表している職業は「イラストレーターなど」。 亡き祖父は『拓本による京の句碑』を出版した饗庭蘆穂(あいば あしほ)。 高校時代から絵描きを目指し、2浪後に武蔵野美術大学に入学。在学中から友人が糸井重里の事務所に勤めていたため、特に何をするでもなく入り浸り、糸井が「タダでイラストを仕上げる奴がいる」と紹介し、カットの仕事をもらっていた。
青木 野枝(あおき のえ、1958年 - )は、東京都出身の… 青木 野枝(あおき のえ、1958年 - )は、東京都出身の彫刻家、版画家。多摩美術大学客員教授。 鉄を媒介にした空間表現が特徴とされる。 また、「鉄という見た目よりもずっと重い素材を使いながら、時には藤の籠のような、また時には草花のシルエットのような重量を感じさせない彫刻を作り出している。」 鉄は通常、美術作品の素材としてではなく工業材料として使われるものであるが[独自研究?]、青木は自分で切って加工をすると新しく生まれ変わるような感覚がすごく好きと述べている。 父は冤罪事件を告発する著述で知られるジャーナリストの青地晨。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
梅本弘(うめもと ひろし 1958年– )は、日本の戦史家、… 梅本弘(うめもと ひろし 1958年– )は、日本の戦史家、戦記作家、モデラー。編集者である市村弘(いちむらひろし)の筆名。 茨城県生まれ。武蔵野美術大学工業デザイン科卒。1980年代より軍事関係の書籍の翻訳・編集を手がけ、1989年に第二次世界大戦中の第一次ソ芬戦争を扱ったノンフィクション『雪中の奇跡』で作家デビュー。 その後は架空戦記も手がけ、小林源文の劇画『ハッピータイガー』の原案を担当、同作を小説化した『ビルマの虎』、続編である『逆襲の虎』などを発表した。小林の作品にはしばしば「梅本」という名のキャラクターが登場するが、モデルはこの梅本である。 ノンフィクションにおいても『雪中の奇跡』の続編といえる第二次ソ芬戦争を扱った『流血の夏』や、太平洋戦争中のビルマ戦線における大日本帝国陸軍航空部隊の戦闘の実態を調査した『ビルマ航空戦』、中国戦線における『陸軍戦闘隊撃墜戦記』を発表。
富田 勝彦(とみた かつひこ、1958年- )は、日本の美術… 富田 勝彦(とみた かつひこ、1958年- )は、日本の美術家である。自身の創作の傍ら、芸術のプロデュース、ディレクション活動をし、芸術振興に尽力している。 海城高等学校卒(1976年)、武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科卒(1981年)。 アフリカやアジア各地を巡行し、土地の特色、文化、宗教、歴史から、その普遍的真理を探求し、造形作家として創作している。 2004年「艶淨(武蔵野美術大学αMプロジェクト)」の際、キュレイターの児嶋やよいは、『富田が追求してきたのは、作品が置かれる「場」を、観る人が自然の中に身を置いたかのように心地よく感じる空間とすること』『その「場」においては、そこがどの方角に面していて、太陽光がどこから入るか、といった自然条件や立地を考え抜いた上で展示方法を決定している』と解説しており、このような富田の作品を、"環境体験型空間"と名付けている。
原 研哉(はら けんや、1958年 - )は、岡山県岡山市出… 原 研哉(はら けんや、1958年 - )は、岡山県岡山市出身のグラフィックデザイナー。 武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授、株式会社日本デザインセンター代表取締役。日本グラフィックデザイナー協会副会長を務める。広告のほか、アートディレクション、企画、運営も担当。日本的な感性で、余白を生かしたデザインが特徴。 人間の感覚の探究、新素材の魅力の発見など、多彩な発想で活躍。日本人の美意識にもこだわる。現代をデザインの観点から評する著作も多い。 岡山市立弘西小学校、同市立旭中学校、岡山県立岡山操山高等学校を卒業。高校の同級生に、作家の原田宗典、政治学者の山口二郎、元参議院議員の姫井由美子。 1983年武蔵野美術大学大学院修了。
渡辺 亮(わたなべ りょう、1958年 - )は、日本のパー… 渡辺 亮(わたなべ りょう、1958年 - )は、日本のパーカッショニスト、画家。東京学芸大学非常勤講師。 神戸市生まれ。武蔵野美術大学卒業。同大学在学中に音楽活動を開始。ブラジルの格闘技、カポエイラにおいて使われる4つの楽器のひとつである「ビリンバウ」の使い手として知られる。ボサ・ド・マーゴのメンバーとしても活躍していたが、同グループは2007年7月1日をもって活動を休止していた。 近年は、美術と音楽が共存できるプログラム「音と妖怪」「美術と音楽」を主催し、精力的な活動を展開。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
沼本 三郎(ぬまもと さぶろう、1957年11月1日 - )… 沼本 三郎(ぬまもと さぶろう、1957年11月1日 - )は、日本の日本画家。日展会友。 パリやフランスの歴史的建造物を愛し、墨という伝統ある古くからの技法を用いてフランスの建築家への敬意を表現している。武蔵野美術大学日本画科卒業後は、フランス各地をスケッチした。その後、パリの街並みや教会、聖堂のスケッチを元にした墨絵作品を発表した。制作材料として中国の清・明の時代の古墨を使用している。継続的に日展、日春展等に出品している。 長年、パリの下町や、シャルトル、ルーアンなどの風景に存在する光と影、それを取り巻く空気までも墨絵と日本画で表現することを試みている。一般的に、西洋の美と東洋の美は、まるで水と油のように相容れないものと考えられる中、根底ではつながっていると主張している。
小河原 智子(おがわら ともこ、1957年6月6日 - )は… 小河原 智子(おがわら ともこ、1957年6月6日 - )は、日本の似顔絵アーティスト、漫画家、イラストレーター。東京都荒川区出身。武蔵野美術大学卒業。 現在は、読売新聞契約似顔絵作家として新聞紙面の似顔絵を担当。雑誌等の似顔絵イラストでも活動中。独自に考案した『ポジション式似顔絵法』の理論で、NHK「ためしてガッテン」「趣味悠々」などのTV出演多数。 似顔絵スクールや通信教育の講師をすることにより似顔絵の普及につとめている。(株)星の子プロダクション取締役。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
中西 やすひろ(なかにし やすひろ、1957年4月13日 -… 中西 やすひろ(なかにし やすひろ、1957年4月13日 - )は、日本の漫画家。 脚本家の中西やすひろとは別人。 福岡県福岡市出身。本名、中西泰博。武蔵野美術大学卒業。 『僕の彼女はスーパービューティー』でデビュー。ハーレムものに近いラブコメディを描くのを得意とする。成年漫画スレスレの性描写を盛り込ませた作品が多いが、2004年の『幸せレストラン』以降、料理をメインテーマに据えた作品を発表している。代表作の『Oh!透明人間』は、2010年と2014年に実写映画(オリジナルビデオ)化された。 高校生の頃「りぼん」に感化され、少女漫画家を志す。恋愛漫画を描くつもりだったが、編集部から「透明人間もの」を提示され、更にお色気路線で行くことになった。
太田 岳(おおた がく、1957年1月31日 - )は、日本… 太田 岳(おおた がく、1957年1月31日 - )は、日本のCIデザイナー。 日本デザインセンター ブランドデザイン研究所 クリエイティブディレクター。 北海道伊達市出身。武蔵野美術大学卒業。アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン(L.A.)卒業。CBS、S&Oコンサルタント、プリモ・アンジェリなど、ニューヨーク、サンフランシスコでCIデザイン会社数社に勤務。帰国後、日本デザインセンターに入社。
板東 孝明(ばんどう たかあき、1957年 - )は日本のグ… 板東 孝明(ばんどう たかあき、1957年 - )は日本のグラフィックデザイナー。武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授。同大学で向井周太郎に学ぶ。卒業後、清原悦志の下でタイポグラフィを学び、1985年に独立、郷里の徳島に事務所を開設。デザイナーとして多くのブックデザイン、CI、ポスターなどを手がける。近年はバックミンスター・フラーの シナジェティクス理論、次世代のOSとして「竹」という素材に着目し、研究、応用開発に従事している。美脚。
松本 州平(まつもと しゅうへい、1957年 - )は、日本… 松本 州平(まつもと しゅうへい、1957年 - )は、日本の絵本作家、プロモデラー。 岡山県出身。武蔵野美術大学を卒業する。 大学卒業後に『月刊ホビージャパン』編集者の市村弘と会ったことを契機に、1982年からモデラーとして活動する。
鳥海 淳子(とりうみ じゅんこ、1956年11月1日 - )… 鳥海 淳子(とりうみ じゅんこ、1956年11月1日 - )は、日本のアーティスト。福岡県出身。 1979年、武蔵野美術大学造形学部油絵学科を卒業。1991年フランス・パリに留学。1994年に第20回日仏現代美術展でエコール・シュープリェール・デ・ボザール賞を受ける。1995年、第五回リキテックス・ビエンナーレ、リキテックス大賞を受賞。審査員の黒鉄ヒロシ(武蔵野美術大学の先輩にあたる)、武蔵野美術大学元学長の前田常作から賞賛される。 現在は千葉県君津市でアトリエ・ラ・メール主宰、アトリエ・ラ・メール・サロン代表、後進の指導にあたりながらも毎年作品を二科会に発表。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956年8月12日 - )は… 吉田 秋生 (よしだ あきみ、1956年8月12日 - )は、日本の女性漫画家。武蔵野美術大学卒業。東京都渋谷区出身。 1977年、『ちょっと不思議な下宿人』でデビュー。『河よりも長くゆるやかに』および『吉祥天女』で第29回小学館漫画賞を、『YASHA-夜叉-』で第47回小学館漫画賞を、『海街diary』で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013、第61回小学館漫画賞を受賞。 出版社名のないものは小学館刊。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
藤田 新策(ふじた しんさく、1956年5月22日 - )は… 藤田 新策(ふじた しんさく、1956年5月22日 - )は、国内外の小説のカバーを数多く描いてきたイラストレーター。 静岡県出身。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒。1980年代より活動を開始し、これまでに1000冊を超える小説を手がけている。 暗く、幻想的なタッチの装画、表紙画で有名。濃密で遠近感のある作品が多い。代表的な作品にスティーヴン・キング、江戸川乱歩、宮部みゆき、小野不由美、恩田陸、などの作品の装画などがある。他に、江戸川乱歩著「少年探偵シリーズ」全26巻、モーリス・ルブラン著「アルセーヌ・ルパンシリーズ」全20巻(ポプラ社)の児童文学の表紙や、ゲーム『SIREN』シリーズのパッケージイラストも手がけている。
長澤 均(ながさわ ひとし、1956年3月30日 - )は、… 長澤 均(ながさわ ひとし、1956年3月30日 - )は、日本のグラフィックデザイナー、ファッション史家、オンライン古書店mondo modern(モンド・モダーン)運営者。 埼玉県出身。武蔵野美術大学卒業。1981年にカルチャー雑誌『papier colle』を創刊し、また、同名のデザイン事務所を設立した。4号で廃刊すると創刊号で告知した同誌は1996年の3号まで刊行され、4号目は刊行されていない。川崎市市民ミュージアムでの「バウハウス展」など、展覧会の図録やポスターを制作しているほか、デザインやファッションに関する論考を雑誌に寄稿している。著書に『倒錯の都市ベルリン』や『昭和30年代モダン観光旅行』などがある。
榎木 孝明(えのき たかあき、1956年1月5日 - )は、… 榎木 孝明(えのき たかあき、1956年1月5日 - )は、日本の俳優、水彩画家。鹿児島県伊佐郡菱刈町(現:伊佐市)出身。
天野 忠夫(あまの ただお、1956年 - )はミラノを拠点… 天野 忠夫(あまの ただお、1956年 - )はミラノを拠点とする日本人のデザイナー。1987年よりイタリアと日本で活動開始。1991年よりStudioTAD (ミラノ)代表。師事したイタリア人建築家やデザイナーの影響で、プロダクト・デザインからインテリア・空間デザイン、景観デザインまで手がける。ローゼンタール社(独)から日本人として初めて陶磁器のシリーズが製品化される。作品はデザイン・ミュージアム(ロンドン)などに展示され、雑誌ドムスで紹介される。空間デザインではミラノサローネでのレクサス展などの展示会・見本市での企画・運営を担当。ミラノ工科大学などで教育活動にも従事。デザイン誌などに寄稿。特にミラノサローネは1987年より継続して視察し、2005年よりミラノサローネの主催者COSMITの日本マーケットPRのコンサルタントを担当。
井口 峰幸(いぐち たかゆき、1956年 - )は、日本の陶… 井口 峰幸(いぐち たかゆき、1956年 - )は、日本の陶芸家・美術団体の代表。陶芸団体 創土会代表、千葉県指定伝統的工芸品「大多喜焼」工房阿弥陀窯代表、ギャラリー&工房AMIDAYOU代表を務める。千葉県八街市出身で千葉県を代表する陶芸家。30年以上にわたり、独自の作陶技術と研究開発を続け、地元材料を駆使した大多喜焼を始めた。2021年に千葉県知事より千葉県指定伝統的工芸品に指定された。同年に、千葉県指定伝統的工芸品大多喜焼窯元 となる。また大多喜焼は、陶芸品として県内唯一の千葉県指定伝統的工芸品となった。さらに大多喜町で初めての千葉県指定伝統的工芸品でもある。 千葉県八街市に生まれる。就職した書道団体の企画・広報の仕事で画廊を訪れた際に、陶芸家加守田章二の作品に感銘を受けて、陶芸家の道を志す。
岡本 礼子(おかもと れいこ、1956年 - )は、日本の画… 岡本 礼子(おかもと れいこ、1956年 - )は、日本の画家、保育士。広島文教大学非常勤講師。 英国立美術家協会名誉会員。ちゅーピーカルチャー東広島講師。アトリエREIレイ主宰。鮮やかな青で描いたバラの絵画で知られる。 安田女子短期大学保育科卒業。武蔵野美術大学造形学部卒業。 2005年に約30年間保育士を退職。その後フランスで画家・ポール・アンビーユに師事。 2005年、スペイン美術賞展優秀賞を受賞。2008年には日仏現代美術賞展銀賞受賞。2011年には二科展特選。 2008年に保育園「アトリエREIレイこども舎」を創立。自由な発想のできる場所づくりに取り組む。 2019年、ひろしまインターネット美術館賞受賞。
黒坂 圭太(くろさか けいた、1956年-)は日本のアニメー… 黒坂 圭太(くろさか けいた、1956年-)は日本のアニメーション作家。武蔵野美術大学教授。東京都出身。 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。映画監督の松本俊夫に師事する。 「変形作品」シリーズでデビュー。 1985年「変形作品第二番」が第8回ぴあフィルムフェスティバルにて入選。1996年にMTVステーションID優秀賞を受賞した「パパが飛んだ朝」はアヌシー国際アニメーション祭、オタワ国際アニメーションフェスティバルにて共に部門賞1位を獲得。 コラージュ、ドローイング、写真や立体等様々な技法を使用した抽象的なアニメーションを制作する一方、商業アニメーションも手がけるなどその作風は多彩である。主要作品は世界中の映画祭に招待出品されており、番組スポットやライブアニメーションイベント、漫画の監修を務めるなど、幅広い活躍を見せている。
庄司 三智子(しょうじ みちこ、1956年 - )は、日本の… 庄司 三智子(しょうじ みちこ、1956年 - )は、日本の絵本作家、イラストレーター。東京都生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
式田 ティエン(しきた ティエン、1955年9月7日 -)は… 式田 ティエン(しきた ティエン、1955年9月7日 -)は日本の小説家、推理作家。CMディレクター。日本アカデミー賞協会会員、日本推理作家協会会員。天田 式(あまだ しき)名義で時代小説を発表している。 共同通信社社会部員の父と、元中学校教諭の母との間に埼玉県浦和市で生まれ、すぐに神奈川県横浜市に移住する。神奈川県立希望ヶ丘高等学校を卒業する。武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科を卒業する。大学ではデザインを学ぶ。大学卒業後、森英恵グループ販促を経て、CM制作会社である日本天然色映画に入社、7年半にわたってCM演出家として活躍する。1987年、個人事務所を設立する。独立してからは、フリーランスのCMディレクターとして活躍している。
中野 正貴(なかの まさたか、1955年8月2日 - )は、… 中野 正貴(なかの まさたか、1955年8月2日 - )は、日本の写真家。人の姿が全く無い東京の風景を撮影した「TOKYO NOBODY」をはじめ、都市を独自の視点で捉えた作風で知られている。
くらもち ふさこ(本名:倉持 房子、1955年〈昭和30年〉… くらもち ふさこ(本名:倉持 房子、1955年〈昭和30年〉5月14日 - )は、日本の漫画家。東京都渋谷区出身。武蔵野美術大学中退。 1972年、『別冊マーガレット』(集英社)に掲載された『メガネちゃんのひとりごと』でデビュー。代表作に『いつもポケットにショパン』、『天然コケッコー』、『花に染む』などがある。愛称はふーちゃん。 主に1980年代を中心に少女まんがの日常心理の表現技法に影響を残し、三原順「はみだしっ子」にくらもちふさこがモデルであるフーちゃんが登場する。鈴木光明が運営していた三日月塾メンバーのひとりであり、同じく同塾メンバーであった笹尾なおこ(現・笹生那実。入塾およびデビューはくらもちの方が先)と共に美内すずえのアシスタント をしていたことがある。
小島 孝夫(こじま たかお、1955年4月26日 - )は、… 小島 孝夫(こじま たかお、1955年4月26日 - )は、日本の民俗学者、成城大学教授。地域自治論専攻。 埼玉県に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1980年に武蔵野美術大学造形学部彫刻科を卒業、1983年に筑波大学大学院環境科学研究科修士課程を退学した。千葉県立大利根・安房・関宿城博物館学芸員を経て、成城大学文芸学部教授。
玉蟲 敏子(たまむし さとこ、1955年4月25日 - )は… 玉蟲 敏子(たまむし さとこ、1955年4月25日 - )は、日本の美術史学者。武蔵野美術大学教授。専門は日本美術史。 東京都出身。1974年女子学院高等学校卒、1978年東北大学文学部東洋美術史卒、1980年同大学院博士課程前期修了、同年静嘉堂文庫美術館学芸員、主任学芸員、1992年-2000年、東京国立文化財研究所情報資料部調査員、1994年『酒井抱一筆夏秋草図屏風』でサントリー学芸賞受賞、2001年武蔵野美術大学造形学部教授、2004年「<琳派>と日本の造形文化」で東北大学博士(文学)、同年國華賞受賞。2013年『俵屋宗達 金銀の〈かざり〉の系譜』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2018年紫綬褒章。
長谷川 集平(はせがわ しゅうへい、1955年4月19日 -… 長谷川 集平(はせがわ しゅうへい、1955年4月19日 - )は日本の絵本作家・シンガーソングライター。 兵庫県姫路市出身。兵庫県立姫路東高等学校卒業。武蔵野美術大学中退。大学から東京在住であったが、1991年から長崎市に移り住む。映画監督の浦山桐郎は叔父にあたる。 1976年、第3回創作絵本新人賞を受賞した『はせがわくんきらいや』でデビュー。森永ヒ素ミルク中毒事件(長谷川自身もヒ素の入った粉ミルクを飲んだ)を扱いながら、日本人の生活や心理を大胆に切り取り、斬新な絵本作法で鮮烈なデビューを飾った。 初期の『とんぼとりの日々』『トリゴラス』『日曜日の歌』から、東日本大震災以降の『小さなよっつの雪だるま』『れおくんのへんなかお』『およぐひと』『アイタイ』『あなに』『天使がいっぱい』『むねがちくちく』『ファイアー』まで、常に絵本の可能性を問いながら、子どもからおとなまで幅広い年齢層の読者を増やしてきた。
蕭 淑美(しゃお すーめい、1955年2月5日 - )は、日… 蕭 淑美(しゃお すーめい、1955年2月5日 - )は、日本の元女優。本名及び旧姓は蕭淑美(しょう・よしみ)。別名にシャオ・スーメイ、丘 淑美(おか よしみ)がある。東京都出身。武蔵野美術短期大学生活デザイン科卒業。事務所は、オールスタッフ音楽出版を経て、天路プロダクションに所属していた。 台湾出身の父と日本人の母で国籍は台湾だった。のち日本国籍取得。1972年、東京都立荻窪高等学校在学中に公募により羽仁進監督の映画『午前中の時間割り』の主役のひとりである山中玲子役で映画デビュー。翌年には、松竹製作、日本テレビ系列で放送された『おこれ!男だ』にヒロイン役に抜擢される。クレジットでは、蕭淑美(しゃお・すーめい)と表記されていた。
井上 瑶子(いのうえ ようこ、1955年 - )は、日本の建… 井上 瑶子(いのうえ ようこ、1955年 - )は、日本の建築家。アトリエ系建築設計事務所・アトリエ・ノット主宰。 東京生まれ。1978年、武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。村口昌之建築計画事務所を経て、1983年、井上瑶子設計アトリエ設立(2004年から現名称)。武蔵野美術大学、関東学院大学建築学科非常勤講師、文化学園大学造形学部建築・インテリア学科教授を歴任。『両親と祖母の家をつくる(くうねるところにすむところ - 子どもたちに伝えたい家の本)』(インデックス・コミュニケーションズ、2006年)で芦原義信賞受賞。 作品に、ZIG-ZA、ビスケット(住宅)、新橋の長屋Vario、八百とっく、PilePile八足(2002年デザイナーズウィークに出展)、かこいや(住宅)、IWAMATSUHOUSE(ArtstyleMaeket)、NTU(リフォーム)など。
永島譲二(ながしま じょうじ、1955年 - )は、ドイツ・… 永島譲二(ながしま じょうじ、1955年 - )は、ドイツ・ミュンヘン在住の自動車デザイナー。 カーグラフィック誌で「名車の残像」を連載した後単行本として上梓、現在は同誌で「駄車・名車・古車 デザイナー的見解」を連載中。 東京生まれ。高校1年生の頃デザイン雑誌を見ていて千駄ヶ谷にあったデザインスクールを見つけ、その自動車デザイン科に週1回ほど通ったという。1978年に武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、ミシガン州デトロイトに親戚がいたことから訪ねて行くのを兼ねてウェイン州立大学(Wayne State University )に進学した。1980年初夏に同大学工業デザインの修士課程を修了し、オペルに就職した。
林 哲夫(はやし てつお、1955年 - )は、日本の画家、… 林 哲夫(はやし てつお、1955年 - )は、日本の画家、エッセイスト。 香川県出身。武蔵野美術大学卒業。1979年から1980年までヨーロッパ各地に滞在。帰国後京都市、神戸市に住むが、1995年阪神・淡路大震災に遭遇して京都市に戻る。 1999年古本好きが嵩じて書物雑誌『Sumus』を創刊。主に忘れられた出版人の再評価を試みる。『Sumus』は山本善行が主催で、同人には岡崎武志、荻原魚雷、扉野良人らがいた。 2002年喫茶店の歴史を概観した『喫茶店の時代』で尾崎秀樹記念大衆文学研究賞受賞。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
遠藤 吉生(えんどう よしたか、1954年9月21日 - )… 遠藤 吉生(えんどう よしたか、1954年9月21日 - )は、日本の建築家(一級建築士)。遠藤建築スタジオ共同主宰。広島工業大学准教授。
廣村 正彰(ひろむら まさあき、1954年8月6日 - )は… 廣村 正彰(ひろむら まさあき、1954年8月6日 - )は、日本のグラフィックデザイナー。愛知県安城市出身。 田中一光に師事。同デザイン室を経て、1988年に廣村デザイン事務所を設立。日本デザイナー協会新人賞、N.Y.ADC 9th International Annual Exhibition銀賞受賞、2008年 KU/KAN賞受賞、2009年 毎日デザイン賞受賞など受賞多数。サインデザインを数多く手がけている。東京工芸大学芸術学部教授(~2018年)、多摩美術大学美術学部客員教授(2016年~)、名古屋造形大学客員教授として出講するほか、特種東海製紙など多くでアートディレクター(AD)を務める。
石橋勝久 (いしばし かつひさ、1954年7月6日 - )は… 石橋勝久 (いしばし かつひさ、1954年7月6日 - )は、日本の画家・グラフィックデザイナー。フォトコラージュ、フォトモンタージュ作品でデビュー。ドイツ留学からの帰国後は油彩にて具象や抽象画を描く。大学、専門学校で非常勤講師を務める傍ら、絵画教室(ABC美術研究所)を主宰し、自ら指導している。 愛知県碧南市で出生後、武蔵野美術大学油絵学科卒業。名古屋デザイナー学院(1995年~2007年)名古屋総合デザイン専門学校(1996年~2005年)名古屋芸術大学にて講師を勤める。1994年エンバ美術コンクール国立国際美術館賞をはじめに連続9回受賞する。1996年大阪トリエンナーレ1996̶絵画(関西ドイツ文化センターデュッセルドルフ特別賞)を受賞し、ドイツ留学。
鈴田 滋人(すずた しげと 1954年6月20日 - )は日… 鈴田 滋人(すずた しげと 1954年6月20日 - )は日本の染織作家。重要無形文化財「木版摺更紗(もくはんずりさらさ)」の各個認定の保持者(いわゆる人間国宝)。公益社団法人日本工芸会常任理事。 佐賀県鹿島市出身。武蔵野美術大学日本画学科卒業。鍋島更紗の復元に取り組んだ父・鈴田照次の跡を継ぎ、1981年から木版と型紙を併用する「木版摺更紗」の研究を重ねた。その作品は、緻密かつ豊かな色構成で、独自の作風を確立している。工芸技術としての「木版摺更紗」は、2008年9月11日に国の重要無形文化財に指定され、同日付けで鈴田滋人がその保持者として各個認定された(いわゆる人間国宝)。 1982年、第29回日本伝統工芸展で初入選を果たす。
森生 文乃(もりお あやの、1954年3月17日 - )は… 森生 文乃(もりお あやの、1954年3月17日 - )は、日本の漫画家。愛知県出身。 武蔵野美術大学造形学部油絵科卒。『BE・LOVE』でデビュー。代表作に「ロマンス・ウォッチング」「シャボン玉の日々」他。著書に「結婚ってなんなの!?」がある[要ページ番号]。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
勝野 眞言(かつの まこと、1954年2月25日 - )は、… 勝野 眞言(かつの まこと、1954年2月25日 - )は、日本の彫刻家。白日会会員、日展会員。崇城大学名誉教授。令和6年度(第81回)日本芸術院賞・恩賜賞を受賞した。 長野県木曽郡南木曽町に生まれる。1978年に武蔵野美術大学大学院修士課程彫刻科を修了した。1983年、1984年に日彫展奨励賞を受賞し、1987年に日彫賞と日展特選、1991年にも日展特選を受賞した。2006年崇城大学芸術学部美術学科教授となり、2014年より学科長、2021年より学部長を務め、2023年に名誉教授となった。 個展を各地で開催し、2005年には日彫展西望賞、第35回日展会員賞を受賞した。崇城大学では芸術学部美術学科教授を務め、専門分野を彫刻(塑造)とした。
潟口 いくこ(かたぐち いくこ 、1954年 - )は、東京… 潟口 いくこ(かたぐち いくこ 、1954年 - )は、東京都出身の料理研究家。 武蔵野美術大学卒業。マドモアゼルいくこ名義で料理本を出版している。本来の専門は油絵であるため、著作内の挿絵も手掛ける。 彼女の著書には完成品の写真がほとんど掲載されず、潟口自身が手がける挿絵でのみ、その料理の概要が判るという特色がある。これは料理本としては異例のことである。また、発表された時代柄、バターよりマーガリンを使用したレシピが多い。
小林 倫博(こばやし みちひろ、1954年 - )は、日本の… 小林 倫博(こばやし みちひろ、1954年 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽講師。鹿児島県揖宿郡出身。武蔵野美術大学卒業。 1977年に開催され、応募者約2500人にも上った「第1回フォーライフ・レコード 新人オーディション」に出場し、武蔵野美術大学2年の時に初めて作った曲を披露して優勝、ライブ経験の無いアマチュアのまま、在学中よりシンガーソングライターとしてメジャー・デビューし、音楽活動を始める(所属はユイ音楽工房)。同年、自身初のアルバム『第一印象』を同レーベルからリリースする。その後、オールナイトニッポン、FM愛知、FM福岡、栃木放送などでパーソナリティを担当した。 また杏里、太田裕美、水谷豊、山本コウタロー等他へ楽曲の提供をしている。