黒石 健太郎(くろいし けんたろう、1984年1月3日 - … 黒石 健太郎(くろいし けんたろう、1984年1月3日 - )は、日本の政治家、実業家。岡山県瀬戸内市長(1期)。株式会社ハワーズ代表取締役社長。元金沢大学特任准教授。 岡山県岡山市中区生まれ。朝日塾小学校、淳心学院中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。 2006年、株式会社リクルートへ入社後、採用・育成等に従事。 2013年に、起業の学校「WILLFU」を運営する株式会社ウィルフを創業。2013年に、サイバーエージェント主催の起業家コンテスト「アントレプレナーイノベーションキャンプ」にて優勝し、サイバーエージェント(代表取締役:藤田晋)を引受先とする第三者割当増資を実施。その後、2014年には、Mistletoe(代表取締役:孫泰蔵)、クックパッド(代表取締役:穐田誉輝)、LIFULL(代表取締役:井上高志)、East Ventures(代表パートナー:松山太河)、efu Investment(パートナー:福武英明)を引受先とする第三者割当増資を実施。
安田 真理(やすだ まり、1978年7月19日 - )は、日… 安田 真理(やすだ まり、1978年7月19日 - )は、日本の政治家、フリーアナウンサー。立憲民主党所属の東京都杉並区議会議員(1期)。フリーアナウンサーとしてはエス・オー・プロモーション所属。 石川県金沢市出身。石川県立金沢二水高等学校を経て、2002年3月、金沢大学教育学部保健体育コース卒業。同年から4年間、NHK富山放送局にて契約キャスターとして勤務。 契約満了後、帰郷し2006年石川テレビに入社、2012年3月31日をもって同社を退職。 石川県内の地上デジタル放送推進大使ではただ一人の地元出身者であった。ただ、仕事の都合によっては同僚に代役を任せる場合もあった。 女優として脚本・鈴木三世、磐木大、中島彰則、演出・黒田アーサー『バイオハザードカフェで朝食を』に出演。
松平 浩一(まつだいら こういち、1974年9月16日 ‐ … 松平 浩一(まつだいら こういち、1974年9月16日 ‐ )は、日本の政治家、弁護士。立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。 石川県金沢市出身。深溝松平家の末裔にあたる。1993年、金沢大学附属高等学校卒業。1999年、上智大学経済学部卒業。2003年、司法試験合格。弁護士としてベーカー&マッケンジー法律事務所に勤務し、国際取引、M&A、企業再生案件などに携わる。その間、グリー、ソニー、ヤフー及びYJキャピタルに出向、インターネット関連、スタートアップ支援業務に従事した。シンガポールにてプロサッカークラブ(アルビレックス新潟シンガポール)を創設・運営、FIFA公認エージェントとして選手の海外・国内移籍業務を行うほか、公益財団法人日本サッカー協会規律・フェアプレー委員等を歴任するなどサッカー関連の活動も多い。
谷畑 英吾(たにはた えいご、1966年(昭和41年)9月1… 谷畑 英吾(たにはた えいご、1966年(昭和41年)9月11日 - )は、日本の政治家。彦根党政策アドバイザー、元滋賀県湖南市長(4期)、元甲西町長(1期)。 神奈川県小田原市生まれ。甲西町立甲西中学校、滋賀県立膳所高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、金沢大学法学部法学科卒業。同年4月1日、滋賀県庁に採用され農林水産部農政課に配属される。1992年(平成4年)4月1日、総務部総務課に異動。滋賀県立大学開設準備室に席を置く。 1998年(平成10年)3月、京都大学大学院法学研究科修士課程修了。 2003年(平成15年)4月27日、甲西町長に就任。 2004年(平成16年)10月1日、甲西町と石部町は合併し湖南市が発足。
鈴木 寿明(すずき ひさあき、1962年〈昭和37年〉9月1… 鈴木 寿明(すずき ひさあき、1962年〈昭和37年〉9月14日 - )は、日本の政治家。愛知県蒲郡市長(2期)。 愛知県蒲郡市出身。蒲郡市立蒲郡中学校、愛知県立蒲郡東高等学校卒業。1浪して金沢大学教育学部に進学し、1986年(昭和61年)3月、同大学卒業。家業の新聞販売店を長兄と継承するため、同年4月、株式会社鈴木新聞舗に入社。兄弟で業務分担をした。 2008年(平成20年)4月、株式会社新鈴木新聞舗の代表取締役に就任。2009年(平成21年)4月、蒲郡商工会議所青年部会長に就任。 2014年(平成26年)から3年連続で蒲郡市を会場に開かれた「全国ご当地うどんサミット」で、実行委員長として開幕の陣頭指揮をとった。
田村 敏和(たむら としかず、1957年(昭和32年)3月4… 田村 敏和(たむら としかず、1957年(昭和32年)3月4日 - )は、日本の政治家。石川県白山市長(1期)。 石川県金沢市出身。金沢大学教育学部卒業。白山市内の中学校校長や市教育センター所長などを務め、2021年4月白山市教育長に就任。 2023年3月6日白山市長山田憲昭は市役所内で転倒により脳挫傷、3月10日に死去した。市選挙管理委員会は後任を決める市長選挙を統一地方選挙の臨時特例法に基づき、第20回統一地方選挙後半戦となる4月16日に告示、同月23日に投開票することを決定した。4月2日白山市議会の候補者選考委員会は市教育長の田村敏和を擁立。これを受け、自民党白山市連合支部は役員会で田村への推薦を決定。
西行 茂(さいぎょう しげる、1954年〈昭和29年〉5月9… 西行 茂(さいぎょう しげる、1954年〈昭和29年〉5月9日 - )は、日本の政治家。福井県福井市長(1期)。 福井県大野市生まれ。小学生の時に長野県に移り、木曽郡大桑村立野尻小学校を卒業。中学時代に福井に戻り、福井市進明中学校。福井県立高志高等学校を経て、1978年(昭和53年)金沢大学法文学部法学科を卒業。同年福井市役所に入る。 市役所では福祉保健部保育児童課長、商工労働部マーケット戦略室長、企業局長、総務部長などを歴任する。 2016年(平成28年)福井市長東村新一の下で副市長を務める。 2023年(令和5年)8月4日、12月に行われる福井市長選挙に立候補することを正式に表明。立候補表明の記者会見では「来年3月には北陸新幹線が県内開業となり、人の流れ、モノの流れが劇的に変化する。
山田 修路(やまだ しゅうじ、1954年(昭和29年)3月1… 山田 修路(やまだ しゅうじ、1954年(昭和29年)3月18日 - )は、日本の政治家、農林官僚。自由民主党の元参議院議員(2期)。 総務大臣政務官(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣)、参議院農林水産委員長、水産庁長官、農林水産審議官などを務めた。 1954年、石川県加賀市で生まれる。1966年加賀市立錦城小学校、1969年に加賀市立錦城中学校、1972年に金沢大学附属高等学校、1976年に東京大学法学部を卒業。 1976年、農林省に入省。埼玉県庁農政課長、外務省出向(パリOECD代表部参事官)、農林水産省農村振興局長、生産局長、水産庁長官、農林水産審議官などを務めた。 2012年11月に自民党石川県連の公募で参議院議員候補に選ばれる。
西原 茂樹(にしはら しげき、1954年(昭和29年)3月1… 西原 茂樹(にしはら しげき、1954年(昭和29年)3月18日 - )は、日本の政治家。静岡県牧之原市長(3期)、静岡県議会議員(4期)、相良町議会議員(1期)などを歴任した。 静岡県牧之原市出身。静岡県立榛原高等学校、金沢大学工学部土木工学科卒業。1989年(平成元年)、相良町議会議員に就任。1991年(平成3年)4月の静岡県議会議員選挙で初当選した。以後、計4期務める。県議時代は自由民主党に所属した。 2005年(平成17年)10月11日、榛原郡榛原町、相良町が合併して牧之原市が誕生。同年10月30日に行われた市長選挙に出馬。元榛原町長の前田昌利、前相良町長の杉山年男、前榛原町長の木下勝朗ら4候補を破り初当選を果たした。
小嶋 小百合(こじま さゆり、1954年〈昭和29年〉1月2… 小嶋 小百合(こじま さゆり、1954年〈昭和29年〉1月2日 - )は、日本の政治家、2011年10月2日の愛知県小牧市議会議員選挙に減税日本公認で出生名(男性だった頃の名前)で出馬し、落選。2023年4月の愛知県春日井市議会議員選挙に社民党公認で立候補し、初当選した。2026年5月の愛知県春日井市長選に立候補し、落選。 愛知県名古屋市西区出身。喫茶店の長男として生まれた。1960年、名古屋市立那古野小学校(2015年に近隣の幅下小学校、江西小学校と3校が統合してなごや小学校になった、また、那古野小学校跡地はシェアオフィス「なごのキャンパス」としてリニューアル)に入学。1966年、名古屋市立菊井中学校に入学。
本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月2… 本吉 達也(もとよし たつや、1952年(昭和27年)4月29日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家、教育者。羽咋市長や小都市市長会会長、全国青年市長会副会長、富山第一高等学校校長等を歴任した。 現在の石川県羽咋市で本吉二六(第3代羽咋市長)の子として生まれ、金沢大学教育学部附属高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、石川テレビ放送報道部記者や、報道部副部長を務めた。 1996年から2004年まで羽咋市長を務め、議長車以外の黒塗り車を廃止してハイブリッドカーを導入するなど、財政再建にあたった。また、直接請求を受け、志雄町や押水町、志賀町等への市町村合併の呼びかけも行った。小都市市長会会長、全国市長会理事、全国青年市長会副会長を歴任。
山辺 美嗣(やまべ みつぐ、1952年4月4日 - )は、日… 山辺 美嗣(やまべ みつぐ、1952年4月4日 - )は、日本の政治家、元通産官僚、元富山県議会議長。公共政策コンサルタント。NPO日露経済文化交流会理事長。地方議員を目指す人を対象としたサイト「議員応援ブログ」を運営している。 福野町立福野中学校卒業。金沢大学教育学部附属高等学校卒業。東京大学工学部卒業。 1976年4月入省。1994年12月に退職するまで、資源エネルギー庁、通商政策局、産業政策局、中部通商産業局に勤務。 通商産業省では、高橋はるみ、岡田克也、長谷川栄一などが同期、仲井真弘多、細田博之、古田肇、太田房江などが先輩にあたる。 通産官僚の間、1980年-1981年に国連貿易開発会議事務局(ジュネーブ)に出向、1988年-1991年まで金属鉱業事業団ニューヨーク事務所と2回の海外勤務を経験する。
多々見 良三(たたみ りょうぞう、1950年〈昭和25年〉8… 多々見 良三(たたみ りょうぞう、1950年〈昭和25年〉8月26日 - )は、日本の医師、政治家。元京都府舞鶴市長(3期)。循環器内科を専門としており、日本循環器学会認定循環器専門医、日本心血管カテーテル治療学会指導医、日本内科学会認定内科医、日本心血管インターベンション治療学会名誉専門医である。 石川県河北郡高松町(現・かほく市)出身。金沢大学医学部医学科卒業・医学士。同大学大学院医学研究科博士課程修了・医学博士。 1980年、同大学第二内科に入局。脂質代謝の研究を行い、1982年に舞鶴共済病院に内科医員として赴任した。以後、舞鶴共済病院で地域医療を支え、専門領域である循環器科心カテーテル術で京都府下1位、近畿地区でも5位の手術を手掛けた。
松木 幹夫(まつき みきお、1947年5月17日 - )は、… 松木 幹夫(まつき みきお、1947年5月17日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日双光章。元福井県あわら市長(1期)。 三国芦原金津青年会議所理事長、芦原三国ライオンズクラブ会長、坂井郡金津町議会議員(2期)などを経て、2000年、金津町長に当選。金津町は近隣の芦原町と合併を進め、2004年にあわら市が発足。発足後の市長選挙に立候補し、無投票で当選し、初代市長となった。市長在職中、市内の中学校の統合問題を進めていたが、市民から反対運動が起き、任期途中の2007年に市長を辞職し、市長選挙に立候補したが、統合反対の元市議の橋本達也に400票差で敗れた。 2025年、秋の叙勲にて地方自治功労に対して旭日双光章を受章。
鈴木 克幸(すずき かつゆき、1944年(昭和19年)9月2… 鈴木 克幸(すずき かつゆき、1944年(昭和19年)9月27日 - )は、日本の政治家、地方公務員。愛知県田原市長を2期務めた(2007年 - 2015年)。旭日小綬章受章。 愛知県田原市神戸町出身。1963年(昭和38年)3月、愛知県立成章高等学校卒業。1967年(昭和42年)3月、金沢大学法学部卒業。同年4月、日本興亜損害保険株式会社に就職。 1969年(昭和44年)4月、愛知県庁に入庁。愛知県議会事務局長、2003年(平成15年)4月 同職を渡邉俊司と交代し企画振興部長、2004年3月 福間克彦を後任として同庁を退職。同年4月、財団法人あいち女性総合センター(現・公益財団法人あいち男女共同参画財団)理事長に就任。
永松 博文(ながまつ ひろふみ、1939年7月3日 - )は… 永松 博文(ながまつ ひろふみ、1939年7月3日 - )は、日本の政治家。大分県豊後高田市長(2005年の市町村合併後)を3期、旧豊後高田市長を2期務めた。昭和の町による豊後高田市の地域おこしの推進で知られる。
粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023… 粟森 喬(あわもり たかし、1939年1月1日 - 2023年3月24日)は、日本の政治家、実業家。位階は正五位。参議院議員(1期)を務めた。 1957年金沢大学附属高等学校卒業。1983年、全国電気通信労働組合(全電通)石川県委員長を経て衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧石川県第2区(現在の石川3区)から立候補するが落選する。1989年、第15回参議院議員通常選挙に連合の会(後の民主改革連合)から立候補。定数1の石川県選挙区で現職で自由民主党公認の嶋崎均を抑えて初当選する。 1993年、奥田敬和の自民党離党、新生党結成により協力関係を構築し、翌年の県知事選で推薦した谷本正憲が当選したことで県政の主流派に属する。
酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月… 酒井 悌次郎(さかい ていじろう、1933年(昭和8年)6月2日 - )は、日本の政治家。元石川県能美市長(3期)。元寺井町長(3期)。旭日小綬章受章。 石川県寺井町出身。石川県立小松高等学校、金沢大学法文学部卒業。 1994年(平成6年)7月14日、寺井町長の中田良三が健康上の理由により辞職。同年8月28日に行われた寺井町長選挙に出馬し初当選。2002年(平成14年)、3選。 2005年(平成17年)2月1日、能美郡の根上町・寺井町・辰口町の3町が新設合併して能美市が発足。これに伴って2月27日に行われた市長選挙に自民党・民主党・公明党・社民党の推薦を得て出馬し初当選した。2009年(平成21年)、再選。
山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日… 山出 保(やまで たもつ、1931年〈昭和6年〉11月27日 - 2025年〈令和7年〉7月14日)は、日本の政治家。石川県金沢市出身。石川県金沢市長(5期)、全国市長会会長(第26代)、石川県市長会会長、石川県中小企業団体中央会会長を歴任した。位階勲等は正四位旭日重光章。 山出は市長在任中に様々な政策を実行してきた。中でも重点を置いてきたのが「歴史都市づくり」であった。住居表示制度で消滅した旧町名を復活させる「旧町名復活運動」を全国で先駆けて実施したことも知られている。これ以外にも、在任中には以下の政策も実施した。 山出は金沢市と隣接する野々市町(現:野々市市)との合併を念頭にして、金沢市の政令指定都市への昇格を構想していた。
町井 正登(まちい まさと、1923年(大正12年)5月8日… 町井 正登(まちい まさと、1923年(大正12年)5月8日 - 2006年(平成18年)10月17日)は、日本の政治家。舞鶴市長。舞鶴市名誉市民。1979年から1995年まで、4期16年に渡り舞鶴市長を務めた。 京都府綾部市生まれ。金沢高等工業学校(現・金沢大学)を卒業後、舞鶴市役所へ就職。助役を務めたのち、1979年市長選に出馬し当選。在任期間中は、道路や市民病院の整備を進めたほか、軍港である赤煉瓦を見直して舞鶴市政記念館をオープンするなど、多くの公共事業を進めた傍ら、財政については黒字を維持することに成功した。 1995年、妻の体調を理由に不出馬。同年、舞鶴市名誉市民条例にもとづき、名誉市民の認定を受ける。
原田 彰俊(はらだ としあき、1919年(大正8年)10月2… 原田 彰俊(はらだ としあき、1919年(大正8年)10月25日 - 没年不明)は、日本の医師、政治家。東京都保谷市(現・西東京市)長(3期)。 広島県出身。1945年金沢医科大学を卒業。卒業後は福島県伊達郡霊山村(のち霊山町、現在の伊達市)にある大東学園霊山村分園に勤務し、同村で開業を始めた。1950年東京都北多摩郡保谷町に移り、開業した。1952年保谷町教育委員に当選。1957年に保谷町長に当選した。町長時代には町の人口増加に伴い、中原地区に出張所や小学校を設置、上水道の建設、保育園の増設などに尽力した。1967年に保谷町は市制施行により保谷市となり、都市計画の決定、市役所新庁舎の落成があった。
安田 隆明(やすだ たかあき、1916年9月17日 - 20… 安田 隆明(やすだ たかあき、1916年9月17日 - 2009年7月20日)は、日本の政治家。参議院議員(3期)。 石川県出身。石川県立青年学校教員養成所(後の石川青年師範学校、現在の金沢大学)を卒業し、石川県庁に入庁。 石川県総務部長、副知事などを経て、1968年の参議院議員選挙に石川県選挙区から無所属で出馬し初当選。当選後に自由民主党に入党し、党内では宏池会に所属。1982年第1次中曽根内閣の科学技術庁長官として初入閣。 1986年政界引退。同年秋の叙勲で勲一等瑞宝章受章(勲五等からの昇叙)。 2009年7月20日、肺炎のため死去。92歳没。死没日をもって正七位から従三位に叙される。 石川県中小企業団体中央会長(後に名誉会長)を務めた。
岡 良一(おか りょういち、1905年(明治38年)2月14… 岡 良一(おか りょういち、1905年(明治38年)2月14日 - 1994年(平成6年)5月16日)は、日本の政治家。衆議院議員(6期)、金沢市長(第24-25代)。医学博士。 石川県金沢市出身。金沢市長として革新市政を貫いた人物である。 学生時代での文芸活動中に社会主義に出会い、1927年に労働農民党に入党。これが岡の革新市政の原点となる。1937年に社会大衆党に入党し、第2次世界大戦後は日本社会党を経る。 1975年には秋の叙勲で勲二等旭日重光章を受け、1987年には金沢市名誉市民として表彰を受けている。
堂森 芳夫(どうもり よしお、1903年〈明治36年〉8月1… 堂森 芳夫(どうもり よしお、1903年〈明治36年〉8月1日 - 1977年〈昭和52年〉1月13日)は、日本の政治家。位階は正三位。日本社会党所属の衆議院議員(8期)、参議院議員(1期)。医学博士。 福井県出身。1929年(昭和4年)金沢医科大学を卒業。市立敦賀病院内科医長を経て開業医になる。 1946年(昭和21年)4月、第22回衆議院議員総選挙で福井県から立候補し、定数5名のうち第5位になるが、法定得票数に満たなかったため当選者にならなかった(4位との差は981票)。5月に行なわれた再選挙で福田一(自由党)や中野重治(共産党)らを制し、衆議院議員に初当選した。翌1947年の第23回衆議院議員総選挙で落選。
富井 清(とみい きよし、1903年(明治36年)3月28日… 富井 清(とみい きよし、1903年(明治36年)3月28日 - 1974年(昭和49年)5月19日)は、日本の政治家、医師、尺八奏者。1967年から1971年まで京都府京都市長を1期4年務める。医学博士。富井舜山とも号す。 三重県生まれ。1925年(大正14年)金沢医科大学医学専門部を卒業後、京都府立医科大学眼科副手を経て、京都府保険医協会理事長や京都府医師会長、京都府公安委員を歴任。 1967年1月8日、京都市長の井上清一が在職中に死去。井上の死去に伴って2月26日に行われた京都市長選挙挙に、日本社会党・日本共産党や府市内の労働組合に加え府医師連盟などで作る「全京都市民会議」に推されて立候補。
井村 重雄(いむら しげお、1903年(明治36年)1月28… 井村 重雄(いむら しげお、1903年(明治36年)1月28日 - 1972年(昭和47年)3月22日)は、日本の医師、政治家。金沢市長(2期)。衆議院議員(3期)。
三好 竹勇(みよし ちくゆう、1902年(明治35年)4月1… 三好 竹勇(みよし ちくゆう、1902年(明治35年)4月13日 - 1987年(昭和62年)11月25日)は、昭和期の漁業経営者・政治家。衆議院議員。 石川県金沢市出身。1927年(昭和2年)金沢医科大学附属薬学専門部を卒業した。 北海道白老郡白老村(現白老町)に移住し、漁業、薬局、整骨院を営む。1933年(昭和8年)から1947年(昭和22年)まで白老村会議員に在任。所得税調査委員、白老商業協同組合理事長、苫小牧工業学校(現北海道苫小牧工業高等学校)嘱託教師、胆振漁業会会長などを務めた。1947年4月、第23回衆議院議員総選挙で北海道第4区から民主党所属で出馬して当選。1949年(昭和24年)1月の第24回総選挙では落選し、衆議院議員を1期務めた。
山村 久(やまむら ひさし、1899年4月25日 - 198… 山村 久(やまむら ひさし、1899年4月25日 - 1988年12月28日)は、日本の政治家。品川区議会議員(1期)、第4代品川区議会議長、東京都議会議員(7期)、第25代東京都議会議長を歴任した。 1899年4月25日、福井県に生まれる。1933年に金沢医学専門学校(現金沢大学医薬保健学域)卒業。1951年に荏原医師会長となる。また、同年から品川区議会議員を1期4年務める。この間、第4代品川区議会議長(1952年6月11日から1953年10月4日)を務めた。1955年、東京都議会議員選挙に品川区選挙区から立候補して、初当選する。その後、港湾委員会委員長(1956年)を務めた。1958年5月1日に衆議院選挙に立候補するため都議会議員を辞職した。
古屋 菊男(ふるや きくお、1888年(明治21年)10月1… 古屋 菊男(ふるや きくお、1888年(明治21年)10月15日 - 1980年(昭和55年)2月1日)は、日本の医師、政治家。衆議院議員。 山梨県出身。1912年(大正元年)金沢医学専門学校を卒業し、その後、京都医科大学大学院で学んだ。 神戸掖済会病院副院長を務めた後に開業。その後、浅間村国民健康保険診療所長、結核予防会山梨県支部長、山梨診療所長を歴任した。 政界では、山梨県会議員、同副議長、山梨県公安委員会委員を務めた。1953年(昭和28年)4月の第26回衆議院議員総選挙に山梨県全県区から改進党所属で出馬して当選し、その後日本民主党に所属して衆議院議員を1期務めた。この間、改進党中央常任委員、社会保障制度調査特別副委員長など務めた。
丸山 直友(まるやま なおとも、1888年(明治21年)5月… 丸山 直友(まるやま なおとも、1888年(明治21年)5月13日 - 1975年(昭和50年)12月2日)は、明治末から昭和期の医師、政治家。衆議院議員(1期)。 新潟県古志郡長岡(現・長岡市)出身。1909年(明治42年)金沢医学専門学校医科(現・金沢大学医学部)卒、同校嘱託を経て、上京し東京帝国大学医科大学入沢内科の助手となり、その後、東京南胃腸病院副院長となる。1917年(大正6年)長岡市東坂之上町で開業した。1945年(昭和20年)長岡空襲で被災し玉蔵院町(現:城内町)に医院を新築開業した。長岡市医師会長、新潟県医師会副会長、日本医師会代議員、同常任理事、同副会長などを務める。 1949年(昭和24年)の第24回衆議院議員総選挙では旧新潟3区から民主自由党公認で立候補して当選した。
松井 貞太郎(まつい ていたろう、1884年(明治17年)1… 松井 貞太郎(まつい ていたろう、1884年(明治17年)1月20日 - 1952年(昭和27年)9月3日)は、大正から昭和時代前期の政治家、実業家。奈良県奈良市長。貴族院多額納税者議員。 奈良市出身。松井元淳の長男として生まれる。奈良県立五條中学校(現・奈良県立五條高等学校)、第四高等学校(現・金沢大学)大学予科第一部を経て、京都帝国大学法科に入学するが中途退学する。 製墨業を営み、1921年(大正10年)10月に奈良製墨同業組合長に就任。ついで産業銀行監査役などを経て、1927年(昭和2年)2月に奈良市町総代協会長に当選。さらに同年4月に奈良市学務委員、6月に奈良実業協会総務委員長に推された。
菅沢 重雄(菅澤、すがさわ しげお、1870年5月20日(明… 菅沢 重雄(菅澤、すがさわ しげお、1870年5月20日(明治3年4月20日) - 1956年(昭和31年)1月7日)は、明治時代後期から昭和時代の政治家。実業家。銀行家。衆議院議員。貴族院多額納税者議員。千葉県香取郡久賀村長。 千葉県香取郡、のちの久賀村(現多古町)出身。菅原惣兵衛の長男として生まれ、1893年(明治26年)家督を相続する。農業を営む。 1896年(明治29年)以降、千葉県会議員、香取郡会議員、千葉県山林会、大日本山林会各評議員、久賀村長、郡所得税調査委員、郡宅地価修正委員長のほか、東京成徳高等女学校、東京商業女学校各校長、多古銀行、佐原興業銀行各頭取、日本畜産商事、渋谷急行電鉄、松戸畜産各社長を歴任した。
浅野 順平(あさの じゅんぺい、1856年1月21日(安政2… 浅野 順平(あさの じゅんぺい、1856年1月21日(安政2年12月14日) – 1925年(大正14年)9月23日)は、日本の衆議院議員。 加賀国河北郡高松村(現在の石川県かほく市)に浅野平七の五男として生まれ、1880年(明治13年)より石川県会議員を6期務めた。1885年(明治18年)、第四高等中学校(のち第四高等学校、金沢大学の前身)の設置にあたって、北陸四県連合会議員に就任し、金沢への誘致を成功に導いた。 1890年(明治23年)、第1回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、当選回数は8回を数えた。 また、金沢電気株式会社取締役、北陸新聞社長などを兼ねた。
柏田 盛文(かしわだ もりぶみ / もりふみ、1851年4月… 柏田 盛文(かしわだ もりぶみ / もりふみ、1851年4月23日(嘉永4年3月22日) - 1910年(明治43年)6月20日)は明治時代の日本の政治家、教育者。号は天颷。 鹿児島県会(鹿児島県議会の前身)議長、第四高等中学校(金沢大学の前身の一つ)校長、衆議院議員、文部次官、千葉・茨城・新潟の各県知事を歴任した。 薩摩国薩摩郡平佐郷平佐村(現在の薩摩川内市平佐町)出身の武士であり、部屋には東郷平八郎から送られた日本刀が飾ってあった。 鹿児島時代は漢学を修め武芸に秀でていた。薩長土の御親兵を務め上京。小松原英太郎、美澤進、鎌田栄吉、神津国助らと同志で、1874年(明治7年)慶應義塾で同窓の薩摩藩士・奥田直之助と学び、在学中から曙新聞に政策論を発表し、そうした関係で国会期成同盟会員となる。