高橋 繁浩(たかはし しげひろ、1961年〈昭和36年〉6月… 高橋 繁浩(たかはし しげひろ、1961年〈昭和36年〉6月15日 ‐ )は、滋賀県草津市出身の元オリンピック競泳選手。専門は平泳ぎで「水没泳法」のパイオニア。中京大学卒。中京大学大学院体育学研究科修了。中京大学スポーツ科学部競技スポーツ科学科教授。日本放送協会やテレビ朝日の水泳中継で解説も務めている。 草津市北大萱町に生まれ、草津市立松原中学校の2年生の時に全国大会へ初出場する。その翌年に開催した全国中学校水泳競技大会の200 m平泳ぎに出場し、優勝する。1964年東京オリンピック・1968年メキシコオリンピックの平泳ぎの日本代表選手で、田口信教(1972年ミュンヘンオリンピック男子100 m平泳ぎ優勝)を指導した鶴峯治の目に留まる。
市瀬 雅之(いちのせ まさゆき、1961年 - )は、国文学… 市瀬 雅之(いちのせ まさゆき、1961年 - )は、国文学者、梅花女子大学教授。 岐阜県生まれ。1997年中京大学大学院後期博士課程修了、「大伴家持論-文学と氏族伝統」で文学博士。梅花女子大学助教授、教授。
入江 嘉則(いりえ よしのり、1961年〈昭和36年〉 - … 入江 嘉則(いりえ よしのり、1961年〈昭和36年〉 - )は、日本の地方政治家。第4代・5代広島県神石郡神石高原町町長(3期目)。2024年11月24日、自民党・公明党推薦で出馬した町長選挙の投開票が行われ、3選を果たした。2024年11月25日現在、63歳。 広島県立油木高等学校、中京大学文学部卒業。1984年、三和町役場に入庁する。 その後、神石高原町合併後、まちづくり推進課長、総務課長を歴任し、2016年3月に退職。 2016年11月15日告示日の神石高原町町長選挙で、対抗馬が現れず、無投票当選が決まった。 同年12月5日、第四代神石高原町長に就任した。 2020年11月22日、町長選で一騎打ちした横尾正文(元・町議)に1,828差で再選した。
加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は… 加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は、日本の歌人、身体哲学研究者。東海学園大学教授。 愛知県岡崎市生まれ。愛知県立岡崎北高等学校、中京大学文学部国文科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2007年「近代短歌史の研究 時代の推移と短歌の変容」で中京大学博士(文学)。東海学園女子短期大学助教授などを経て、東海学園大学教授。 1984年、歌誌「まひる野」に入会。1988年、「言葉の権力への挑戦」で現代短歌評論賞を受賞。1990年、谷岡亜紀、大辻隆弘、大野道夫らと短歌評論誌『ノベンタ』を創刊。2002年、『TRADITION』で、柳生延春との対論「柳生新陰流の技と哲学」を発表。
坂本 弘(さかもと ひろし、1960年6月26日 - )は、… 坂本 弘(さかもと ひろし、1960年6月26日 - )は、日本の元競泳選手。専門は自由形。1980年モスクワオリンピック・1984年ロサンゼルスオリンピック日本代表。100m・200m・400m自由形元日本記録保持者。島根県雲南市出身。 広島工業大学附属中学校、中京大学卒。 1978年世界水泳選手権に出場。100m自由形・200m自由形・400m自由形・400mフリーリレーでは予選落ち、800mフリーリレーでは失格に終わった。 1978年アジア競技大会では200m自由形で銅メダルを獲得し、400mフリーリレーと800mフリーリレーの2冠を達成した。 1980年モスクワオリンピック日本代表選手に選出されたが、ボイコットにより不参加となった。
三木 安司(みき やすし、1960年4月15日 - )は、中… 三木 安司(みき やすし、1960年4月15日 - )は、中日ドラゴンズに所属していたトレーニングコーチ。元プロ野球コーチ。プロ野球選手としての経験はない。専門競技は陸上競技で競技歴は10年。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立社高等学校から中京大学体育学部体育学科へ進む。野球経験はなく、陸上競技選手(400mH)として活躍していた。中日ドラゴンズから「地元の大学出身のトレーニング指導者が欲しい」とスカウトを受け、1983年に入団した。入団時の配置は2軍担当。 入団当初は自分と同世代や年上の選手を指導するということもあり、三木の指導に不満を持つベテラン選手も少なくなかったという。 三木のトレーニングに対してはじめて真剣に取り組んだ選手は山本昌であったと三木本人が語り、その山本の成功が「トレーニングコーチとしてやっていける」という手ごたえを感じたとも語っている。
小西 博之(こにし ひろゆき、1959年9月28日 - )は… 小西 博之(こにし ひろゆき、1959年9月28日 - )は、日本の俳優、タレント、民間人校長。スタークコーポレーション所属。身長は180cm。体重は78kg。血液型はA型。趣味は料理、パソコン、釣り、ガーデニング、サイクリング。特技はボクシング、ゴルフ、スキー、野球、乗馬、合気道。愛称は「コニタン」。 和歌山県田辺市上秋津出身。和歌山県立田辺商業高等学校(現:和歌山県立神島高等学校)卒業、中京大学商学部卒業。中京大学では演劇部に所属し、ステージ付き大教室での稽古中にジャンプして着地した際にステージを踏み抜いたという逸話が残っている。 デビューは、中京大学在学中に出演した中京テレビのローカルバラエティ番組『ジョークドキュメントBBS放送局』で、理科教育番組のパロディコーナーの先生役だった。
本田 陽(ほんだ よう、1959年4月29日 - 2018年… 本田 陽(ほんだ よう、1959年4月29日 - 2018年10月2日)は、日本の陸上競技解説者・陸上競技選手・体育学者。中京大学 スポーツ科学部競技スポーツ科学科准教授。 西和中3年時に、第1回全日本中学校陸上競技選手権大会において三種競技B優勝。なお三種競技はこの年度より発足。 静岡・浜松北高を経て慶大に進学。1980年に西ドイツ(当時)・マインツ大に留学してコーチングを学ぶ。1997年に中京大に赴任。1998年から陸上部コーチを務め、2006年監督に就任する。 中田有紀、桐山智衣、中村明彦らのコーチとして指導。
田中 清高(たなか きよたか、1959年〈昭和34年〉4月8… 田中 清高(たなか きよたか、1959年〈昭和34年〉4月8日 - )は、日本の政治家、地方公務員。愛知県阿久比町長(1期)。 愛知県知多郡阿久比町出身。阿久比町立南部小学校、阿久比町立阿久比中学校、愛知県立横須賀高等学校を経て、中京大学体育学部健康教育学科を卒業。 1982年(昭和57年)4月、阿久比町役場に入庁。以後、総務課長、政策協働課長、教育部長兼学校教育課長などを歴任した。 2020年(令和2年)、阿久比町教育委員会教育長に就任。 2022年(令和4年)11月22日告示の阿久比町長選挙において、立候補者が他になく無投票で初当選し、同年12月18日に町長に就任した。 町政運営においては「夢ある未来づくり」を基本方針に掲げ、子育て支援、防災・減災対策、教育環境の充実、スポーツ・地域振興などを重点施策としている。
村松 浩(むらまつ ひろし、1959年1月22日 - )は、… 村松 浩(むらまつ ひろし、1959年1月22日 - )は、愛知県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。 愛知県の中京高等学校(現在の中京大学附属中京高等学校)から1977年に三菱重工業サッカー部に入団し、日本サッカーリーグでは1部通算12シーズンで56試合に出場して4得点・6アシストを挙げた。最下位に終わった1988/89シーズンを最後に引退し、コーチに就任。1992年からは浦和レッドダイヤモンズのユース組織に位置づけられた地元提携クラブの浦和スポーツクラブに派遣された。その後、サッカー協会や浦和レッズで育成に携わる。 2008年1月、浦和レッドダイヤモンズ・レディースの監督に就任し、2009年になでしこリーグで優勝するなどリーグ優勝1回、準優勝1回、全日本選手権(皇后杯)準優勝2回、日韓女子リーグチャンピオンシップ優勝などの成績を残す。
多田木 亮佑(ただき りょう、本名:但木 康治、1958年1… 多田木 亮佑(ただき りょう、本名:但木 康治、1958年10月6日 - )は、中京圏を拠点に活動する俳優である。解散した劇団少年ボーイズ主宰、芸能事務所クリアレイズ取締役。愛知県名古屋市出身。 1958年、仙台藩家老の血筋である但木家に生まれる。 父は元中日ドラゴンズ外野手の但木健一郎で、その影響から幼少期より英才教育を受けていた。 中京大学体育学部卒業後、1981年に役者に転向。 1993年、少年ボーイズを設立。 NHK名古屋放送局や東海ラジオ等の在名局が制作した番組への出演が多い。 堤幸彦とは親交が深く、堤が関わる作品に数多く出演している。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。
トミー青山(トミーあおやま、1958年10月6日 - 201… トミー青山(トミーあおやま、1958年10月6日 - 2011年7月19日)は、元女子プロレスラー。本名:冨高 千賀子。 元陸上五種競技の選手。中京大学を中退して全日本女子プロレスに「昭和52年組」として入門。メキシコ遠征でルチャ・リブレを経験し、空中技を中心に多くの技をマスターした。 ルーシー加山とのタッグ「クイーン・エンジェルス」として活躍し、シングルレコード「ローリングラブ」をリリースした。 リングネームは苗字から「トミー」、「青山」は全女の経営者である松永兄弟が青山で飲んでいた際に思いついたのが由来。 新人時代のライオネス飛鳥が付き人をしていた。 引退後は結婚して2児の母となったが、離婚。
白石 安男(しらいし やすお、1958年8月21日 - )は… 白石 安男(しらいし やすお、1958年8月21日 - )は、日本の医学者、教育者、武道家。博士(医学)(順天堂大学)。東京理科大学元教授。専攻分野は保健衛生学およびスポーツ医学。研究分野は保健衛生学、運動スポーツの疫学。東京理科大学維持会特別会員。東京都出身。 東京都荒川区南千住にて生まれる。日本大学第一中学校・高等学校を経て、東京理科大学理工学部数学科を卒業後、浦和市立東浦和中学校で教職(数学)に就く。 その後、中京大学大学院体育学研究科修士課程に入学し、スポーツと健康の疫学を専攻。妊産婦の水中運動と出生体重の関連について調査・研究を行った。1991年、同大より体育学修士の学位を授与される。
三浦 和人(みうら かずと、1958年〈昭和33年〉6月10… 三浦 和人(みうら かずと、1958年〈昭和33年〉6月10日 - )は、兵庫県宍粟郡波賀町(現:宍粟市)出身のシンガーソングライター。 1958年、兵庫県宍粟郡波賀町に生まれる。兵庫県立伊和高等学校卒業。 1976年ー1979年、中京大学在学中に中川敏一と共にフォークデュオ『雅夢』(がむ)を結成する。 1980年5月に、第19回ヤマハポピュラーソングコンテストつま恋本選会に出場する。歌唱した「愛はかげろう」優秀曲賞を受賞し、9月に歌手デビューとなった。同曲はロング・ヒット曲となり、その後通算9枚のシングルと7枚のアルバムをリリースした。 1984年12月に、雅夢を解散し、ソロ活動を開始する。 1988年、三浦 雄也(みうら ゆうや)名義で楽曲を発表する。
嶋田 晋(しまだ すすむ、1957年 - 2011年9月30… 嶋田 晋(しまだ すすむ、1957年 - 2011年9月30日)元中京大学教授(情報科学担当)、人工知能(知識表現、推論)とロボットに造詣が深かった。
鈴木 文明(すずき ふみあき、1956年6月10日 - 20… 鈴木 文明(すずき ふみあき、1956年6月10日 - 2011年12月16日)は、日本の社会学、体育学研究者。名寄市立大学教授。コリアNGOセンター専門委員。愛称は名前を音読みした「ぶんめい」。 愛知県に生まれる。中京大学大学院体育学研究科修士課程(社会体育学専攻)修了。青年期より柔道に取り組む。1987年、北海道拓殖短期大学(現拓殖大学北海道短期大学)講師、助教授を経て、1998年より市立名寄短期大学助教授。2004年同教授に就任。2010年より名寄市立大学短期大学部長。2011年12月16日、名寄市内で急逝、享年55。 社会体育学の分野から地域スポーツ論、スポーツを通じた保育、教育論などの研究業績がある。
小西 昌幸(こにし まさゆき、1956年3月30日 - )は… 小西 昌幸(こにし まさゆき、1956年3月30日 - )は、日本の文化プロデューサー。徳島県板野郡北島町出身。 徳島県の北島町立図書館・創世ホールでユニークな企画を開催するほか、ミニコミ発行や個人出版で知られる。海野十三の会副会長。日本推理作家協会、徳島アイルランド音楽愛好会会員。サラリーマン・パンク同盟代表。 1978年、中京大学文学部心理学科卒業。1979年、北島町役場に就職。税務課等を経て、1994年より北島町立図書館・創世ホールで企画広報を担当し、2012年3月まで同ホール館長。2000年には徳島謄写印刷研究会を結成、事務局長を務める。 創世ホールでは、独自性の高い講演や音楽などの文化企画が多数実施されている。
高橋 卓巳(たかはし ともみ、1956年1月29日 - )は… 高橋 卓巳(たかはし ともみ、1956年1月29日 - )は、日本の男子陸上競技(棒高跳)選手。名前については、現役時代のマスコミ報道で「高橋卓己」と表記されていた例が複数あり、2015年の時点でもそのように表記されていた。 香川県三豊郡大野原町(現:観音寺市)出身。香川県立三豊工業高等学校3年時の1973年、全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)の棒高跳で準優勝。この時の優勝者は、同じ高校の1学年後輩である木川泰弘だった。 中京大学卒業後は香川県教職員となる。1978年、日本陸上競技選手権大会で初優勝。バンコクアジア大会棒高跳に出場し、5メートル (m)10で金メダルを獲得。 1980年、日本選手権で2年ぶり2回目の優勝。
高妻 容一(こうづま よういち、1955年5月 - )は、日… 高妻 容一(こうづま よういち、1955年5月 - )は、日本のスポーツ心理学者。宮崎県出身。研究分野はスポーツ心理学、応用スポーツ心理学、競技力向上のメンタルトレーニング、コーチ教育・選手教育。空手道6段、スポーツメンタルトレーニング上級指導士。東海大学体育学部競技スポーツ学科教授。東海大学を定年退職後、アメリカ移住をして、フロリダからオレゴン州セーラムに在住。 現在、日本メンタルトレーニング・応用スポーツ心理学研究会 代表・事務局 神奈川大学、神奈川衛生専門学校のアスレティックトレーナー専攻コース、東海医療学園専門学校アスレティックトレーナー専攻コース勤講師なども併せて務める。過去に、国際メンタルトレーニング学会理事(日本代表委員)、Jリーグ(日本プロサッカー協会)のアカデミーアドバイザリースタッフ、および育成部門のキャリアサポート・ライフマネジメント部門担当、そしてJOC(日本オリンピック委員会)情報戦略強化スタッフ、柔道日本代表のメンタルトレーニングコーチ、1995年サッカーユニバーシアード日本代表、2014年サッカーユニバーシアード日本代表のメンタルトレーニングコーチも務めた。
高橋 俊春(たかはし としはる、1955年4月4日 - )は… 高橋 俊春(たかはし としはる、1955年4月4日 - )は、滋賀県出身の元プロ野球選手(投手)。 伊香高では2年生の時、エースとして1973年秋季近畿大会に出場。しかし肩を故障し一塁手に転向する。1973年の夏の甲子園に出場。1回戦で原田末記、平田恒雄のいた中京商に敗退。 高校卒業後は、中京大学へ進学し硬式野球部に入部し再び投手に復帰。愛知大学リーグでは2回優勝。リーグ通算6勝3敗を記録した。 大学卒業後は、社会人野球の日本通運名古屋に入団。1981年の都市対抗に三菱重工名古屋の補強選手として出場。1回戦で先発を任され、東芝の黒紙義弘と投げ合うが惜敗。 同年オフに、ドラフト外で広島東洋カープに入団。
烏丸 せつこ(からすま せつこ、1955年2月3日 - )は… 烏丸 せつこ(からすま せつこ、1955年2月3日 - )は、日本の女優。 滋賀県大津市出身。中京大学中退。ティー・アーティスト所属。6代目(1980年度)クラリオンガール。身長156cm、血液型はA型。「日本人離れしたボディ」で脚光を浴びた。 1979年に6代目(1980年度)クラリオンガールに選出され、芸能界デビュー、デビュー直後にCF、ポスター等でセミヌードを披露する。あどけない表情と日本人離れしたプロポーションで、当時のグラビアを席捲した。 『海潮音』に出演し、女優としてのスタートを切る。同時期には五木寛之による『四季・奈津子』の主役・奈津子役で初主演。ファッション史研究の川本恵子は「裸が最高、ファッション不要。
西村 高司(にしむら たかし、1954年12月11日 - )… 西村 高司(にしむら たかし、1954年12月11日 - )は、滋賀県出身の元プロ野球選手。右投右打。 滋賀県立伊香高等学校ではエース、四番打者、主将として1972年夏の甲子園県予選決勝に進出するが、膳所高に敗退し京滋大会には出場できなかった。打者としても高校3年間で19本塁打を記録する。 打撃面を評価され、同年のドラフト2位で読売ジャイアンツに指名され内野手として入団。しかし3年間で一軍公式戦の出場はなく、1975年のオフ自ら任意引退。 引退後は中京大学に進学し、教員免許を取得。栗東高校、長浜北高校を経て、石部高校保健体育教諭。同校のソフトボール部の監督も務めた。その後は長浜高校で野球部監督となり、引退。
坂本 周次(さかもと しゅうじ、1954年11月13日 -)… 坂本 周次(さかもと しゅうじ、1954年11月13日 -)は、日本の体操コーチ。レジックスポーツ所属 1974年中京大学体育学部体育学科2年在学時に現役を辞め指導の道に入る。 1977年大学卒業後岐阜県揖斐郡大野町教育委員会に就職。 1979年退社、(株)レッツスポーツ・レッツ体操クラブ名古屋に入社しジュニア体操のコーチとしての本格的な活動を始める。 1995年(平成6年)福井県鯖江市で行われた体操世界選手権の日本代表に教え子の橋口美穂が選ばれ、日本体操女子は団体で9位に入賞し、1996年アトランタオリンピックの団体出場権を得た。又、橋口美穂は、この年の全日本選手権大会(広島)で個人総合優勝を果たし、初めて関東から地方(名古屋)に優勝杯が運ばれた。
伊藤 秀志(いとう ひでし、1954年〈昭和29年〉9月11… 伊藤 秀志(いとう ひでし、1954年〈昭和29年〉9月11日 - )は歌手、東海地方を中心に活動しているローカルタレント。 秋田県由利郡大内町(現・由利本荘市)出身。秋田県立本荘高等学校卒業。中京大学中退。 1974年、中京大学文学部心理学科(現 心理学部心理学科)を中退後に、名古屋女子大小路で流しをしている所をCBCラジオのディレクターにスカウトされ、ラジオ番組『土曜天国』の外中継リポーターを務める。当時の芸名は「秋田の蓄音機」。 以後は名古屋を中心に歌手、タレント活動を行う。 2004年4月から2005年4月1日まで、平日夕方帯のテレビ番組『ぱっぱ屋』(メ〜テレ)のMCを務めた。 同じく名古屋を拠点に活動する、つボイノリオを長年に亘って慕っており、兄弟弟子の関係にある。
野村 雅道(のむら まさみち、1954年 - )は、日本の個… 野村 雅道(のむら まさみち、1954年 - )は、日本の個人投資家。FX湘南投資グループ代表、中京大学講師。 大学卒業後、東京銀行に入行し、ニューヨーク支店には属され国際投資業務と外貨資金業務に従事する。1987年米系銀行に転職し、外資系銀行を経験し、その後外国為替トレーディング業務、ヴァイス・プレジデント・チーフ・ディーラーとして辣腕を振るう。その後FX湘南投資グループを起業し代表を務め、その傍ら中京大学教員として学生に経済学を講義している。 東京大学在学中は野球部主将として活躍し、六大学戦においては法政大学の江川卓から3打数3安打し、敬遠を含む3四球も奪って、当時30年ぶりに東京六大学4位躍進に貢献した。
すやま としお(本名:陶山 寿雄(読み同じ)、1953年9月… すやま としお(本名:陶山 寿雄(読み同じ)、1953年9月11日 - )は、主に山陰地方で活動するタレント、シンガーソングライター、イラストレーター。 愛称は「すーさん」。 鳥取県倉吉市出身、同県米子市在住。血液型はA型。星座はおとめ座。 1974年 中京大学在学中、女性2人・男性4人(当時)からなるバンド「国士無双」でヤマハポピュラーソングコンテストに参加し、ヤマハリゾートつま恋で行われた全国大会に出場。1975年 バンド「国士無双と陽炎」を結成し、シングル「飛騨の里」でキャニオンレコードよりプロデビュー。この時点でのメンバーは、陶山(国士無双)、常磐俊次・須賀保中(陽炎)の3人となっている。
吉本 敏寿(よしもと としひさ、1953年7月 - )は、日… 吉本 敏寿(よしもと としひさ、1953年7月 - )は、日本の陸上競技選手。専門は跳躍競技。 広島県佐伯郡能美町(現在の江田島市能美町)出身。能美中学校から山陽高等学校、中京大学に進み、1975年にアジア陸上競技選手権大会(ソウル)で三段跳金メダル(15m87)。大学在学中には、走幅跳で7m61の記録も残している。 山陽高等学校に教員として勤める。 1980年、第14回織田幹雄記念国際陸上競技大会の走幅跳で7m98の記録を出す。1980年モスクワオリンピックで代表選手に選ばれたが、日本のボイコットにより不参加となった。
寺本 眞一(てらもと しんいち、1953年〈昭和28年〉3月… 寺本 眞一(てらもと しんいち、1953年〈昭和28年〉3月5日 - )は日本の政治家。元那智勝浦町長。中京大学法学部卒業。 中京大学法学部を卒業後、和歌山県警察に就職。保険業や農業、町議を経て2010年(平成22年)1月に那智勝浦町長選で初当選。2011年(平成23年)9月1日、紀伊半島豪雨の際には、自宅が流され妻と娘を亡くした。2013年(平成25年)12月の町長選では、豪雨からの復興の加速や防災の充実を訴え、300票差で再選した。2017年(平成29年)12月の町長選では2期8年の実績を強調し3選を目指したが、前町教育長の森崇に2757票の大差で破れ落選した。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。
北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本… 北村 想(きたむら そう、1952年7月5日 - )は、日本の劇作家・演出家。本名:北村 清司(きたむら きよし)。 滋賀県大津市出身。滋賀県立石山高等学校卒業。 高校卒業後、友人を頼って名古屋に住み始め、モグリの学生をやっていた中京大学の演劇部にて演劇活動を始める。 1979年、劇団「TPO師★団」を旗揚げ。その後、1982年に「彗星 '86」、1986年に「プロジェクト・ナビ」と名前を変えながら劇団として活動を続けてきたが、2003年に解散。現在では「avecビーズ」というユニットにおいて年に1作のペースで新作を上演するほか、外部への作品提供も多い。 1980年代初頭から、終末的かつ幻想的なその作風が注目され、現在までに様々な作品を発表している。
宮本 四郎(みやもと しろう、1952年5月28日 - 20… 宮本 四郎(みやもと しろう、1952年5月28日 - 2006年6月19日)は、1970年代半ばから1980年代半ばにかけて活躍したプロ野球選手。ポジションは投手。左投げ左打ち。
亀井 利克(かめい としかつ、1952年2月13日 - )は… 亀井 利克(かめい としかつ、1952年2月13日 - )は、日本の政治家。三重県名張市長(4期)。元三重県議会議員(3期)。
井上 ねこ(いのうえ ねこ、1952年 -)は、日本の小説家… 井上 ねこ(いのうえ ねこ、1952年 -)は、日本の小説家。 長野県岡谷市出身。中京大学法学部卒業。第17回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞。測量会社に勤務し、定年退職後、古物商の免許を取りネット古書店を経営。趣味は詰将棋創作で、詰将棋パラダイス半期賞、日めくり詰め将棋カレンダー山下賞を受賞。第17回『このミステリーがすごい!』大賞・優秀賞を受賞し、『盤上に死を描く』にてデビュー。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
服部 秀人(はっとり ひでと、旧姓:福井、1951年12月2… 服部 秀人(はっとり ひでと、旧姓:福井、1951年12月29日 - )は、愛知県出身の元ハンドボール選手(GK)、指導者。幻の1980年モスクワオリンピックハンドボール全日本男子代表。 中京高校(現中京大学附属中京高等学校)、中京大学出身。 卒業後、湧永製薬に入社。同社ハンドボール部に所属。 全日本では、1978年デンマークで行われた世界選手権代表、1980年のモスクワ五輪、1982年西ドイツで行われた世界選手権代表に選ばれている。 また指導者としても活躍、1988年から1990年まで湧永監督を務めた。
生田 啓一(いくた けいいち、1951年8月27日 - )は… 生田 啓一(いくた けいいち、1951年8月27日 - )は、愛知県出身の元プロ野球選手。ポジションは外野手。
井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元… 井狩 吉雄(いかり よしお、1951年5月14日 - )は元競輪選手。滋賀県近江八幡市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第35期卒業。現役時代は日本競輪選手会滋賀支部所属。師匠は田中広光(21期・引退)。ホームバンクは大津びわこ競輪場。 中学生時代はハンドボール選手として滋賀県民体育大会で優勝、また駅伝ランナーとして、滋賀中学駅伝で2位を経験している。滋賀県立八日市高等学校に進学してから自転車競技を始め、中京大学自転車競技部時代は主将を務めた。同大学時代の主な実績として、カナダ・ブリティシュ・コロンビア3日間ロードレース日本人選手総合第1位、全国地域対抗自転車競技選手権大会・ポイントレース優勝などがある。
上西博昭(うえにし ひろあき、1951年度生まれ)は、三重県… 上西博昭(うえにし ひろあき、1951年度生まれ)は、三重県出身のプロゴルファー、第41回選抜高等学校野球大会の優勝投手。
金子 政則(かねこ まさのり、1950年 〈昭和25年〉8月… 金子 政則(かねこ まさのり、1950年 〈昭和25年〉8月30日 - )は、日本の政治家。岐阜県加茂郡八百津町長(3期)。 岐阜県加茂郡八百津町に生まれる。1968年、岐阜県立多治見工業高等学校を卒業。1972年、中京大学を卒業。 2012年(平成24年)、八百津町長選挙に立候補するも3位で落選した。 ※当日有権者数:10,326人 最終投票率:78.36%(前回比:-pts) 2016年(平成28年)1月17日執行の八百津町長選挙で新人2名を破り初当選した。 ※当日有権者数:9,800人 最終投票率:69.49%(前回比: 8.87pts) 同年1月28日、八百津町長に就任した。 2020年(令和2年)1月15日執行の八百津町長選挙では無投票で再選され、同年1月28日より2期目を務めた。
川崎 清貴(かわさき きよたか、1950年7月11日 - )… 川崎 清貴(かわさき きよたか、1950年7月11日 - )は、日本の陸上競技選手。男子円盤投元日本記録保持者。中京大学体育学部卒業。身長198cm、体重100kg。 日本選手権6回優勝。日本記録を6回更新した選手で、1979年4月22日に出した60m22cmは、2017年まで陸上競技最古の日本記録として残っていた。 広島県呉市出身。広島県立広高等学校~中京大学卒業。中京大時代の1970年からインカレ3連覇。大学卒業後は大昭和製紙に入社し活躍。1973年から日本選手権2連覇。 1974年には梁川昌三が樹立した52m22の日本記録を10年ぶりに更新する52m86の日本新記録をマーク。1975年、53m18の日本新記録を樹立。
木口 利充(きぐち としみつ、1950年 - )は、静岡県清… 木口 利充(きぐち としみつ、1950年 - )は、静岡県清水市出身のソフトテニス選手。1981年第四回世界ソフトテニス選手権ダブルス優勝。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
森谷 敏夫(もりたに としお、1950年 - )は、日本のス… 森谷 敏夫(もりたに としお、1950年 - )は、日本のスポーツ医学者。京都大学名誉教授。炭水化物を摂取してやせる京大式ダイエット提唱者。 兵庫県生まれ。1973年中京大学体育学部卒業。1980年南カリフォルニア大学大学院博士課程修了、Ph.D.。京都大学教養部助教授、カロリンスカ研究所国際研究員(スウェーデン政府給費留学)、モンタナ大学生命科学部客員教授等を経て、1992年京都大学大学院人間・環境学研究科助教授。2000年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2016年京都大学名誉教授。2017年京都産業大学現代社会学部健康スポーツ社会学科教授。日本テレビ系列世界一受けたい授業で、炭水化物を摂取してやせる京大式ダイエットを提唱した。
横江 忠志(よこえ ただし、1950年 - )は、高知県出身… 横江 忠志(よこえ ただし、1950年 - )は、高知県出身のソフトテニス選手。1981年第四回世界ソフトテニス選手権ダブルス優勝。高知県ソフトテニス連盟会長。四国学生ソフトテニス連盟会長。高知工科大学ソフトテニス部監督。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
片岡 武司(かたおか たけし、1949年11月24日 - )… 片岡 武司(かたおか たけし、1949年11月24日 - )は、日本の政治家。元自由民主党衆議院議員(3期)。
平井 一正(ひらい かずまさ、1949年11月21日 - )… 平井 一正(ひらい かずまさ、1949年11月21日 - )は、日本のスポーツ科学研究者、名古屋産業大学教授。1970年代には重量挙げ選手として活躍し、1976年モントリオールオリンピックでは男子フェザー級銅メダリストとなった。モスクワオリンピック代表にも選出されていたが、日本のボイコットにより不参加となった。 岡山県出身。岡山市の関西高等学校の2年生のときに重量挙げを始め、中京大学に進んだ。1972年、中京大学体育学部体育学科を卒業したが、重量挙げ選手を続けることを断念し、岡山県に戻って日本料理店で板前として働いた。しかし、三重県で重量挙げの指導者をしていた平岡一能に指導され、三重県へ移って高校の教員となり、競技に復帰した。
入澤 孝一(いりさわ こういち、1949年〈昭和24年〉3月… 入澤 孝一(いりさわ こういち、1949年〈昭和24年〉3月8日 - )は、日本の教育者、スポーツ科学者、スピードスケート指導者である。元スケート日本代表ヘッドコーチ。冬季五輪メダリストの黒岩彰、黒岩敏幸、佐藤綾乃らを育て、日本スケート界の名伯楽として知られる。高崎健康福祉大学保健医療学部理学療法学科教授。専門は運動科学。群馬県スケート連盟副会長、群馬県スポーツ協会強化委員長。元群馬県スケート連盟理事長。 群馬県吾妻郡長野原町の生まれ。 群馬県立渋川高等学校普通科、中京大学体育学部に学ぶ。中京大から学士(体育学)を受ける。 大学を出た後教師になり、群馬県吾妻郡嬬恋村立西中学校、群馬県立嬬恋高等学校に赴任。
野村 誠(のむら まこと、1949年(昭和24年)1月22日… 野村 誠(のむら まこと、1949年(昭和24年)1月22日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。 下呂市長(2期)、下呂市議会議員(1期)、下呂町議会議員(6期)を務めた。 岐阜県益田郡下呂町小川(現下呂市)生まれ。中京大学法学部法律学科卒業。 1983年、下呂町議会議員選挙に出馬し、初当選。以後6期連続で当選し、町議会議長も務める。2004年2月、下呂町の市町村合併により町議会議員を自動失職。同年3月の下呂市議会議員選挙に出馬し、当選した。同年5月から2006年5月まで、下呂市議会議長を務める。 2008年4月、下呂市長選に出馬。再選を目指した現職の山田良司下呂市長を破り、当選した。なお山田は2007年、同年の岐阜県議会議員選挙における対応(現職の駒田誠を支持せず、新人の伊藤厳悟を支持)が下呂市議会で批判され、辞職勧告決議が可決されていた。
榎本 直樹(えのもと なおき、1948年7月10日 - )は… 榎本 直樹(えのもと なおき、1948年7月10日 - )は、三重県出身の元プロ野球選手(投手)。
石井 明三(いしい あけぞう、1948年1月9日 - )は、… 石井 明三(いしい あけぞう、1948年1月9日 - )は、日本の政治家。元京都府京田辺市長(3期)。 1963年(昭和38年)3月、田辺町立田辺中学校(現・京田辺市立田辺中学校)卒業。1966年(昭和41年)3月、大谷高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、中京大学文学部卒業。同年11月、田辺町役場に採用される。 1997年(平成9年)4月1日、田辺町は市制施行し京田辺市となる。京田辺市役所の市長公室参事、経済環境部長などを歴任。 2007年(平成19年)4月、京田辺市長選挙に初当選。4月30日、市長就任。2019年(平成31年)の市長選は出馬せず3期で引退。 2020年、旭日小綬章受章。
梅村 正昭(うめむら まさあき、1948年 - )は、日本の… 梅村 正昭(うめむら まさあき、1948年 - )は、日本の元僧侶。八事山興正寺住職。 中京大学附属中京高等学校卒業、中京大学商学部卒業。 寺は人が縁を結ぶサロンになるとする。寺を単なる宗教活動の場ではなく、地域の共有共生の場とするために取り組んできた。高齢者が中心となっている縁日の他に、若い人たちが出会う興正寺マルシェを開設する。境内には桜を植えるなどして、多くの人々が集う場として提供してきた。 2012年には、2011年に竣工した八事山興正寺の交番と参拝者駐車場のプロデューサーとしてグッドデザイン賞を受賞。交番・駐車場に興正寺公園も含めて第45回中部建築賞も受賞。 2012年には寺の土地を中京大学に138億円で売却した。
吉本 政美(よしもと まさみ、1948年 - 1999年3月… 吉本 政美(よしもと まさみ、1948年 - 1999年3月30日)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町出身の剣道家(教士八段)。高校剣道界屈指の名監督。 1948年(昭和23年)、宮崎県西臼杵郡高千穂町に生まれる。宮崎県立高千穂高等学校から中京大学へと進学。1971年(昭和46年)に同大学を卒業し、母校高千穂高校に赴任。同時に剣道部監督となる。当時の高千穂高校剣道部は男女ともに県内でも下位に低迷していたが、監督歴三年目の1974年(昭和49年)に男女ともに県優勝するまでになる。 1978年(昭和53年)にはインターハイで男子は三位、女子はベスト8、同年の玉竜旗では男子が二位、女子が三位に入賞。これ以降、高千穂高校剣道部は全国上位常連校の一角を占める。
小和田 敏子(こわだ としこ、1947年11月17日 - )… 小和田 敏子(こわだ としこ、1947年11月17日 - )は、日本の卓球選手。元世界チャンピオンである。 山形県河北町出身。現姓・竹内。河北町立谷地中学校(現在の河北町立河北中学校)、山形県立谷地高等学校卒業。体育の教師になることを夢見て、両親の反対を押し切って中京大学体育学部に進学。 1969年の世界卓球選手権ミュンヘン大会では女子シングルスで優勝、混合ダブルスと女子団体で銅メダルを獲得し、輝かしい成績を収める。 1970年3月、中京大学卒業。同大学体育学部の助手となる。 1971年の世界卓球選手権名古屋大会では、同じ河北町出身の大場恵美子、そして大関行江、今野安子と共に女子団体で優勝を果たした。