濃野 公人(のうの きみと、2002年3月26日 - )は、… 濃野 公人(のうの きみと、2002年3月26日 - )は、大阪府茨木市生まれ、福岡県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿島アントラーズ所属。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。 大阪府茨木市に生まれ、小学3年生で福岡県に転居した。 熊本県立大津高等学校ではフォワードとしてプレーしていたが、関西学院大学在籍中にフォワードからサイドハーフ、そしてディフェンダーと徐々にポジションを下げていった。 2023年6月9日、2024シーズンから鹿島アントラーズに加入することが決定した。 2024年2月23日、アウェーで行われた名古屋グランパスとのシーズン開幕戦にて、大卒新人としては1993年以来となる開幕スタメンに選ばれると、3-0での快勝に貢献した。
渡邉 颯太(わたなべ そうた、2002年3月1日 - )は、… 渡邉 颯太(わたなべ そうた、2002年3月1日 - )は、滋賀県出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 2024年に、関西学院大学からギラヴァンツ北九州に加入した。 2月24日、J3リーグ開幕戦・SC相模原戦に途中出場でデビューした。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
桃李 理永 (とうり りよん,2001年9月25日 - ) … 桃李 理永 (とうり りよん,2001年9月25日 - ) は、大阪府出身のサッカー選手。MLSネクストプロ・オーランド・シティB(メジャーリーグサッカー・オーランド・シティSCのリザーブチーム)所属。ポジションはMF。 大阪府出身。コリア系の父(イ・ジミョン)を持つ。 セレッソ大阪の下部組織(西U-15、U-18)出身で、中学1年生の時はJFAナショナルトレセンへの選出経験がある(当時の登録名は李理永)。2019年シーズンはセレッソ大阪U-18のキャプテンを務めると同時にセレッソ大阪U-23のスカッドに登録され,J3リーグで16試合に出場。高校卒業後は関西学院大学体育会サッカー部に入部するも、2021年に米ニューヨーク州・セント・ジョンズ大学に編入。
倍井 謙 (ますい けん、2001年4月4日 - )は、愛知… 倍井 謙 (ますい けん、2001年4月4日 - )は、愛知県出身のプロサッカー選手。チャレンジャー・プロ・リーグ・KベールスホットVA所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 小学校1年生からサッカーを始める。当時から名古屋グランパスのサポーターであり、試合でマギヌンのエスコートキッズを務めたことがある。また、憧れの選手は玉田圭司であった。 名古屋中学校1年次に名古屋グランパスのアカデミーに加入。U-18チーム在籍時の2018年には日本クラブユース選手権とJユースカップの2冠を達成し、自身も日本クラブユース選手権の得点王を獲得した。また、同シーズンは2種登録選手としてトップチームにも登録されたが、正式昇格には至らず、名古屋高等学校卒業後に関西学院大学へ進学した。
望月 想空(もちづき そら、2001年4月3日 - )は、兵… 望月 想空(もちづき そら、2001年4月3日 - )は、兵庫県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・奈良クラブ所属。ポジションはフォワード(FW)。 2024年に関西学院大学からFC大阪に加入した。 2024年3月13日、JリーグYBCルヴァンカップ1回戦のいわきFC戦で公式戦デビュー。5月18日のカターレ富山戦でリーグ戦デビュー、7月27日のカマタマーレ讃岐戦でプロ初ゴールを果たしたが、このゴールがJ3リーグ通算7500ゴールとなった。 2025年12月15日、FC大阪との契約を結ばないことを発表した。同年12月24日、奈良クラブへの完全移籍が発表された。
木村 勇大(きむら ゆうだい、2001年2月28日 - )は… 木村 勇大(きむら ゆうだい、2001年2月28日 - )は、大阪府堺市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・名古屋グランパス所属。ポジションはフォワード(FW)。 大阪桐蔭高等学校を経て、関西学院大学へ入学してサッカー部に所属。2021年10月1日、京都サンガF.C.に2023年度の加入内定および特別指定選手に承認されたことが発表された。 2022年度も京都の特別指定選手として承認。同年2月19日のJ1リーグ第1節・浦和レッズ戦でJリーグに初出場した。2月23日、ルヴァンカップ・グループステージ第1節の柏レイソル戦で公式戦初ゴールを決めた。 2023年8月16日、ツエーゲン金沢へ育成型期限付き移籍で加入することが発表された。
山内 舟征(やまうち しゅうせい、2000年12月13日 -… 山内 舟征(やまうち しゅうせい、2000年12月13日 - )は、愛知県犬山市出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ・SHIBUYA CITY FC所属。ポジションはディフェンダー。 中学までは全く無名の存在で、元々フォワードでプレーしていたが、近江高校入学後にセンターバックにコンバートされた。その後めきめきと頭角を現し、2年時には同校初のインターハイに出場した。卒業後は関西学院大学に進学し、同大サッカー部で山田剛綺、木村勇大らとプレー。2020年・2021年には関西学生サッカーリーグ連覇を達成した。2022年12月29日、2023年シーズンからのFC琉球加入内定が発表された。 2023年3月11日、J3リーグ第2節のいわてグルージャ盛岡戦でJリーグデビューを飾った。
山田 剛綺(やまだ ごうき、2000年9月19日 - )は、… 山田 剛綺(やまだ ごうき、2000年9月19日 - )は、京都府京都市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・東京ヴェルディ所属。ポジションはフォワード(FW)。 京都橘高校では2年次に全国高等学校サッカー選手権大会に出場。卒業後は関西学院大学に進学。同大サッカー部では2021年と2022年の関西学生サッカーリーグ連覇に大きく貢献し、2022年には大会MVPに選ばれている。2022年9月8日、2023年シーズンからの東京ヴェルディ加入内定が発表された。 2023年3月25日、J2リーグ第6節のロアッソ熊本戦で途中出場し、プロデビューを飾った。そして5月7日のV・ファーレン長崎戦でプロ初得点を決めた。
渡邉 英祐(わたなべ えいすけ、1999年11月3日 - )… 渡邉 英祐(わたなべ えいすけ、1999年11月3日 - )は大阪府出身のプロサッカー選手。Jリーグ・テゲバジャーロ宮崎所属。ポジションはミッドフィールダー。 地元の金光大阪高校を経て関西学院大学に進学。4年次には山見大登、本山遥、臼井貫太らとともに関西学生サッカーリーグ1部優勝を果たした。2021年12月、2022シーズンからの鹿児島ユナイテッドFC加入内定が発表された。 2022年3月13日、J3リーグ第1節のいわきFC戦でJリーグデビュー。 2025年12月29日、テゲバジャーロ宮崎への完全移籍が発表された。
本山 遥(もとやま はるか、1999年6月5日 - )は、兵… 本山 遥(もとやま はるか、1999年6月5日 - )は、兵庫県西宮市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ファジアーノ岡山所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 中学・高校時代はヴィッセル神戸のアカデミーに在籍していたが(U-18の同期に坪井湧也、前川智敬、佐々木大樹)、トップチームに昇格することはできず、高校卒業後は関西学院大学に進学(同期に山見大登、渡邉英祐、臼井貫太)。同大サッカー部では4年次に主将を務め、6年ぶりの関西学生サッカーリーグ1部優勝に大きく貢献した。2021年6月、2022年シーズンからのファジアーノ岡山加入内定が発表された。 2022年2月20日、J2リーグ開幕戦のヴァンフォーレ甲府戦でスタメン出場し、プロデビューを飾った。
山本 悠樹(やまもと ゆうき、1997年11月6日 - )は… 山本 悠樹(やまもと ゆうき、1997年11月6日 - )は、滋賀県野洲市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・川崎フロンターレ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 野洲JFC、SAGAWA SHIGA FOOTBALL ACADEMY ジュニアユース、FC湖東を経て、草津東高校へ進学。高校年代屈指の司令塔として注目を集め、高校3年次にはセレッソ大阪の練習に参加したが、山口蛍らにレベルの差を見せつけられ、プロ入りを断念。関西学院大学へ進学し、大学では3年次の秋にトップ下からボランチへとコンバートされた。2019年6月、2020年からのガンバ大阪へ加入が内定。同年7月には、ユニバーシアード日本代表に選出されて、ユニバーシアードで金メダルを獲得した。
岩本 和希(いわもと かずき、1997年4月7日 - )は、… 岩本 和希(いわもと かずき、1997年4月7日 - )は、大阪府出身のプロサッカー選手。明治安田生命J3リーグ・カマタマーレ讃岐所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 ガンバ大阪のアカデミー出身。2013年にU-16日本代表、2014年にはU-17日本代表としてプレーした。2015年、トップチームに2種登録された。進学した関西学院大学では、3年次の2018年6月6日、天皇杯2回戦でG大阪と対戦し、1ゴールを挙げて勝利に貢献した。 2020年より、カマタマーレ讃岐へ加入した。2021年5月1日、第7節のアスルクラロ沼津戦でプロ入り初得点を記録。
海口 彦太(うみぐち げんた、1996年12月9日 - )は… 海口 彦太(うみぐち げんた、1996年12月9日 - )は、神奈川県横浜市都筑区出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー(MF)。 Jリーグ・レイラック滋賀FC所属。 関西学院大学から2019年に当時の鈴鹿アンリミテッドFC(現アトレチコ鈴鹿クラブ)に加入した。 鈴鹿での3年間は75試合出場で8得点だった。 2023年3月5日、レイラック滋賀FCへの完全移籍を発表 2026年2月15日のJ2・J3百年構想リーグのレノファ山口FC戦でJリーグの公式戦初出場を果たす。
髙尾 瑠(たかお りゅう、1996年11月9日 - )は、愛… 髙尾 瑠(たかお りゅう、1996年11月9日 - )は、愛知県知多郡阿久比町出身のプロサッカー選手。Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 名古屋グランパスの下部組織を経て、大学では関西学院大学に進学。関西学院大学では1年生ながらレギュラーに抜擢されて、4冠達成に貢献して全日本大学選抜にも選出された。2018年6月22日、ガンバ大阪への来シーズン加入内定が発表された。 2019年よりガンバ大阪に入団した。加入後はJ3リーグのU-23チームでコンスタントに出場機会を得た。5月8日、ルヴァンカップ第5節の清水エスパルス戦でトップチームデビューを果たした。5月18日、第12節のセレッソ大阪戦でJ1デビューを果たし、勝利に貢献した。
宇都木 峻(うつぎ しゅん、1996年9月21日 - )は、… 宇都木 峻(うつぎ しゅん、1996年9月21日 - )は、茨城県古河市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー (MF)。Jリーグ・栃木シティFC所属。 関西学院大学から2019年の当時JFLだった奈良クラブに加入した。 2年間でリーグ戦9試合出場に止まり、2020年に奈良との契約が満了になった。 2021年、関西サッカーリーグ1部のアルテリーヴォ和歌山に移籍。 2022年、和歌山を退団。 2023年、栃木シティFCに移籍。 2024年は27試合出場で4得点をあげてJFLベストイレブンを獲得して栃木シティのJ3加盟に大きく貢献した。 2025年2月15日、J3リーグ開幕戦のSC相模原戦でJリーグ初出場。
中野 克哉(なかの かつや、1996年9月13日 - )は、… 中野 克哉(なかの かつや、1996年9月13日 - )は、奈良県奈良市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木SC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 京都橘高校の1年時の2012年度の第91回全国高等学校サッカー選手権大会で準優勝した。なお、同じ京都橘高校のチームメイトでこの大会の得点王となった仙頭啓矢は2学年上、小屋松知哉が1学年上に当る。また、2013年度および2014年度の全国高等学校サッカー選手権大会で共に優秀選手に選出された。高校卒業後は関西学院大学に入学してサッカー部に入部。大学3年時には13得点で関西学生サッカーリーグで得点王となった。 2018年11月11日、京都サンガF.C.へ加入すると発表された。
石淵 萌実(いしぶち もえみ、1996年4月20日 - )は… 石淵 萌実(いしぶち もえみ、1996年4月20日 - )は、愛知県出身の女子サッカー選手。ドイツのSCザント(英語版)所属。ポジションはフォワード。 椙山女学園高校から関西学生女子サッカーリーグで当時2部であった関西学院大学へ進学。リーグ1部昇格を目指し入学したが、3回生の時からコーチ不在となった。主将を任された4回生時はリーグ得点王を獲得する活躍もあり、チームの3年ぶりの1部昇格に貢献した。本人はこの時が人生で一番大変だったと述懐している。 関西学院大学を卒業後、2019年にアルビレックス新潟レディースに入団。 2024年4月、2023-24 WEリーグ・第16節のAC長野パルセイロ・レディース戦で負傷し、右外側半月板損傷(全治未定)の診断を受けた。
大塚 翔(おおつか しょう、1995年7月25日 - )は、… 大塚 翔(おおつか しょう、1995年7月25日 - )は、富山県富山市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 元サッカー選手で、現サッカー指導者であり、サッカーモンゴル代表監督を務める大塚一朗は実父。 父親の大塚一朗が監督を務める富山第一高校では3年次に主将としてチームを牽引し、全国高校サッカー選手権で同校の初優勝に貢献した。進学した関西学院大学では4年間Bチームで主にプレーした。 2018年、FC琉球へ加入。同年12月2日に地元の富山県総合運動公園陸上競技場で行われた、J3リーグ第34節(最終節)・カターレ富山戦で途中出場し、プロデビューを果たした。 2019年12月3日、契約満了を迎えFC琉球を退団。
米原 祐(よねはら ゆう、1994年8月18日 - )は、兵… 米原 祐(よねはら ゆう、1994年8月18日 - )は、兵庫県神戸市出身のサッカー選手。日本フットボールリーグ・Criacao Shinjuku所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 作陽高校を経て、関西学院大学へ進学し、4年次に主将を務めた。 2017年より、SC相模原へ加入した。 2019年、いわてグルージャ盛岡に移籍。 2020年、Criacao Shinjukuへ加入。
小林 成豪(こばやし せいごう、1994年1月8日 - )は… 小林 成豪(こばやし せいごう、1994年1月8日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・レノファ山口FC所属。ポジションはミッドフィールダー。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)。 サッカー選手の小林里歌子は妹に当たる。 ヴィッセル神戸のアカデミーの出身で、高校卒業後に関西学院大学に入学。大学ではサッカー部に所属し、井筒陸也や呉屋大翔が同期に当たる。大学4年次にはヴィッセル神戸の特別指定選手として承認された。 2016年、ヴィッセル神戸に入団。指揮官のネルシーニョのサッカーにいち早く対応し開幕戦から出場機会を得ると、5月18日のナビスコ杯予選・ヴァンフォーレ甲府戦でプロ初得点をマーク。
原口 祐次郎(はらぐち ゆうじろう、1992年9月30日 -… 原口 祐次郎(はらぐち ゆうじろう、1992年9月30日 - )は、静岡県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 藤枝明誠高校から関西学院大学を経て2015年にSP京都FCに加入。 2015年末をもってSP京都のJFLでの活動停止に伴い、2016年に藤枝MYFCに移籍した。
泉 宗太郎(いずみ そうたろう、1992年8月5日 - )は… 泉 宗太郎(いずみ そうたろう、1992年8月5日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。 関西学院大学を経て、2015年より、横浜スポーツ&カルチャークラブへ加入したが、同年シーズン終了後に1年で退団した。 2016年、鈴鹿アンリミテッドFCへ完全移籍で加入。 2020年、松江シティFCに移籍。 2021年、松江シティFCを退団。 2022年、品川CC横浜に移籍した が、3月29日、仕事の都合上で退団した。 2023年から2025年までいわきFCアカデミーの監督を歴任。2026年からトップチームコーチに就任した。
沓掛 勇太(くつかけ ゆうた、1991年11月12日 - )… 沓掛 勇太(くつかけ ゆうた、1991年11月12日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー、ミッドフィールダー。 ジェフユナイテッド千葉の下部組織出身。U-18では3年時に主将を務めた。 関西学院大学を経て、2014年より藤枝MYFCへ入団。 2016年よりアスルクラロ沼津に完全移籍。 2018年12月5日、アスルクラロ沼津は契約期間の満了を発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場したが移籍先は決定せず、2019年1月、現役引退が発表された。
一森 純(いちもり じゅん、1991年7月2日 - )は、大… 一森 純(いちもり じゅん、1991年7月2日 - )は、大阪府泉佐野市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ガンバ大阪所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。 セレッソ大阪の下部組織出身で、扇原貴宏・永井龍らと同学年。 ジュニアユースのゼッセル熊取FC時代はGKとFWをこなしていたが、セレッソへ入団してからは基本的にGK専任となる。 第31回日本クラブユース選手権・Honda FCU-18戦で1年生ながら先発デビューを果たした。 3年生の時には第33回日本クラブユース選手権準決勝・対京都サンガF.C.U-18戦のPK戦に於いて2本のPKをストップするなど、チームの優勝に貢献した。 夏に左手の親指を骨折し、2009Jユースカップではセンターバックで出場した。
井林 章(いばやし あきら、1990年9月5日 - )は、広… 井林 章(いばやし あきら、1990年9月5日 - )は、広島県東広島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。ポジションはDF。 サンフレッチェ広島の提携スクールであるサンフレッチェびんご出身。当時の同期に岡本知剛がいる。 2006年、地元強豪校広島県立広島皆実高等学校へ進学する。1年先輩に増田卓也がいる。高校3年時にCBとしてレギュラーを掴み、第87回全国高等学校サッカー選手権大会優勝、決勝ではCBとして松岡と共に大迫勇也のマークを担当、大会優秀選手の一人としても選ばれている。 2009年、関西学院大学へ進学する。2012年に東京ヴェルディに特別指定選手として登録された。同年度関西学生選抜に選ばれている。
松永 拓也(まつなが たくや、1990年6月10日 - )は… 松永 拓也(まつなが たくや、1990年6月10日 - )は、京都府亀岡市出身のプロサッカー選手。ポジションはMF。 京都市立伏見工業高等学校卒業後、関西学院大学へ進学するも、サッカーに熱中するあまり単位が取れず中退。 DRIPを経て、友人の紹介で2011年FC北陸に入団。Jリーグクラブのトライアウトを受験するも入団に至らず、2016年にリトアニアのFKウテニス・ウテナへ移籍。 その後、JKタリナ・カレフ、KÍクラクスヴィークに在籍した。 2019年にインドネシアのカルテン・プトラFCに移籍。翌年、プルシプラ・ジャヤプラに移籍し、開幕節からスターティングメンバーとして出場した。 2022年、キルギスのFCドルドイ・ビシュケクに移籍し、キルギス・プレミアリーグ初の日本人選手としてプレーした。
阿部 浩之(あべ ひろゆき、1989年7月5日 - )は、奈… 阿部 浩之(あべ ひろゆき、1989年7月5日 - )は、奈良県北葛城郡上牧町出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。元日本代表。 妻はモデルの王子咲希。1児の父。 奈良県北葛城郡上牧町出身。小学1年生の頃から地元の少年団でサッカーを始め、中学時代は県下の強豪クラブである高田FCのジュニアユースチームに所属した。 高校は新たにサッカー部を創部した大阪桐蔭高校へ進学。3年生になると主将に就任し、チームを初のインターハイへ導くとともにベスト8まで進出する。サッカー部の同期には満生充がいたほか、野球部の中田翔とは3年間同じクラスだった。 高校卒業後は加茂周が監督を務める関西学院大学に進学。
野村 修(のむら おさむ、英:NOMURA Osamu、19… 野村 修(のむら おさむ、英:NOMURA Osamu、1989年6月26日 - )は、和歌山県御坊市出身 のサッカー審判員。AVAR担当審判員。 県立日高高校在学中に3級審判員の資格を取得する。関西学院大学に進学し、関西学生サッカー連盟審判部に所属。2級審判員として主に関西のインディペンデンス・リーグにて審判を担当する。 卒業後は三井住友銀行に就職し、2013年に23歳で1級審判員の資格を取得(同年の1級審判員認定者16名のうち最年少)。2014年に三井住友銀行を退職して地元の堀河屋林業に勤務。2016年にJ3リーグの試合を4試合(主審2試合、副審2試合)担当の後、2017年から正式に日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の審判員に登録された。
梶川 諒太(かじかわ りょうた、1989年4月17日 - )… 梶川 諒太(かじかわ りょうた、1989年4月17日 - )は、兵庫県高砂市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・藤枝MYFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 高砂市立荒井小学校、高砂市立荒井中学校、関西学院高等部から関西学院大学へ進学。大学の同級生に阿部浩之がいる。2008年に関西学生サッカーリーグ新人賞を獲得。その後も優秀選手賞3回、アシスト王2回を獲得し、チームの主力として活躍した。2011年に東京ヴェルディに特別指定選手として登録され、J2で3試合に出場した。2012年から正式に東京Vに入団 。2012年3月17日のJ2第3節カターレ富山戦で初先発、初得点を記録した。 2012年12月12日、湘南ベルマーレへの完全移籍が発表された。
松本 圭介(まつもと けいすけ、1988年6月17日 - )… 松本 圭介(まつもと けいすけ、1988年6月17日 - )は、愛知県出身のサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー。 関西学院大学を卒業。2016年、元日本代表・高原直泰が率いる、当時沖縄県3部リーグに属していた沖縄SVに移籍。2018年11月、退団が発表された。 2019年、FC徳島に加入。
堂柿 龍一(どうがき りゅういち、1988年1月8日 - )… 堂柿 龍一(どうがき りゅういち、1988年1月8日 - )は日本のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 小学校・中学校時代はガンバ大阪の下部組織に所属したが、ユースチームへは昇格せず誘いを受けた関西学院高等部サッカー部に進む。ジュニア、ジュニアユース時代の同期に安田理大などがいる。高校3年次の高校サッカー選手権兵庫県予選では、3回戦で後にセレッソ大阪でチームメートとなる山下達也擁する御影工業高校と対戦し、先制点を奪い決勝点をアシストするなどの活躍で、2-1で勝利。その後の決勝戦では、同じくチームメートとなる森島康仁擁する滝川第二高校と対戦。0-0のままPK戦となり、0-3で敗れて全国行きを逃した。
小松 塁(こまつ るい、1983年8月29日 - )は、高知… 小松 塁(こまつ るい、1983年8月29日 - )は、高知県出身の元プロサッカー選手で、サッカー指導者。セレッソ大阪スポーツクラブ所属。現役時代のポジションはフォワード(センターフォワード)。 関西学院大学時代の2005年にユニバーシアード日本代表に選ばれ、優勝に貢献。 2006年に前年特別指定選手として登録されていたセレッソ大阪に入団したが、シーズン途中の10月に全国地域リーグ決勝大会突破とJFL昇格を目指していた当時Kyuリーグ所属のV・ファーレン長崎に期限付き移籍する。全国地域リーグ決勝大会では小松と同様に期限付き移籍で加入した林祐征とツインタワーを組んでいた。[要出典] 2007年はC大阪に復帰。
橋本 卓(はしもと すぐる、1982年6月16日 - )は、… 橋本 卓(はしもと すぐる、1982年6月16日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 関西学院大学卒業後、国内のクラブからオファーはなくアルビレックス新潟の下部組織であるアルビレックス新潟シンガポールのテストを受け、2005年に入団。新潟Sでは主にゲームメイカーとして活躍して、2006年にはオールスターにも選ばれた。 2007年、新潟Sの元同僚の中島ファラン一生に続き、デンマーク・スーペルリーガのヴェイレBKへ移籍。しかし2年間の在籍中は、ほとんど出場機会が得られなかった。 2009年にJ2のFC岐阜へ加入し、司令塔としてレギュラーに定着した。2010年はリーグ戦出場は17試合にとどまり、シーズン中盤には右大腿内転筋の肉離れで約1カ月間チームを離脱。
岸田 裕樹(きしだ ひろき、1981年6月7日 - )は、兵… 岸田 裕樹(きしだ ひろき、1981年6月7日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元サッカー選手。ポジションは、FW。 サッカー選手の岸田茂樹は実兄。
青野 大介(あおの だいすけ、1979年9月19日 - )は… 青野 大介(あおの だいすけ、1979年9月19日 - )は、愛媛県周桑郡丹原町(現:西条市)出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションは、MF。 丹原東中学校卒業後、高校年代は愛媛FCユースに所属。当時の愛媛FCユースはトップチームより強いとされ、同期には不老伸行、吉村圭司がいた。1997年度の天皇杯では、1回戦でJFL所属の北陸電力に勝利したが、2種(高校)年代のチームが1種チームを破ったのは大会史上初めてのことだった。同試合で青野はVゴールを含む2得点をあげた。 関西学院大学(関西学院大学体育会サッカー部)卒業後、2002年にガンバ大阪に加入したが2年間在籍して公式戦の出場機会なし。
櫻井 庄吾(さくらい しょうご、1979年6月23日 - )… 櫻井 庄吾(さくらい しょうご、1979年6月23日 - )は、日本の元サッカー選手、指導者。旧姓元田(もとだ)。現役時代のポジションはGK。奈良県出身。 父は元プロ野球選手の元田昌義。 長崎県立国見高等学校から関西学院大学を経て、一般企業に就職したがサッカーへの夢を捨てきれず、SC鳥取のセレクションを受ける。練習生として2ヶ月ほど帯同した後、正式契約。主力として2年間プレーしていたが、家庭の事情により退団し地元・奈良のクラブへ移籍した。都築龍太は高校の1年先輩。 古巣・高田FCで1シーズン過ごした後にスタッフへ転身を果たし、2006年から高田FCで指導者を始め2008年から高田FC女子部門の監督を務めた。
山内 貴雄(やまうち たかお、1978年9月4日 - )は、… 山内 貴雄(やまうち たかお、1978年9月4日 - )は、日本の元サッカー選手。 1978年9月4日、兵庫県生まれ。関西学院大学卒業後、2001年にJ1リーグのクラブチームであったセレッソ大阪に入団。最初のシーズンからサイドバックとして多くの試合で活躍。しかし、クラブは最下位で同シーズンを終了し、 J2リーグに降格した。 2002年シーズンになると、山内の出場機会は減少し、同シーズンの終わりに引退した。
宮崎 健治(みやざき けんじ、1977年6月24日 - )は… 宮崎 健治(みやざき けんじ、1977年6月24日 - )は、福岡県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 国見高校、関西学院大学を卒業後、2000年にJ1リーグの京都パープルサンガに加入。1年目の開幕戦でデビューし、18試合に出場した。しかし、クラブはJ2リーグに降格。2001年は4試合に出場、シーズン終了後に退団した。
江口 倫司(えぐち ともじ、1977年4月22日 - )は、… 江口 倫司(えぐち ともじ、1977年4月22日 - )は、兵庫県出身の元Jリーグのサッカー選手(FW)、指導者。 1996年に関西学院大在学中にヴィッセル神戸でデビュー。 1997年の神戸がJの連敗記録を更新しかけたゲームで得点しチームを勝利に導いている。福岡移籍後の2002年7月24日のセレッソ大阪戦にてハットトリックを達成。 2003年に現役を引退後、休学中だった大学に復学。また2004年よりヴィッセル神戸のサッカースクール事業部コーチとなる。
加藤 光雄(かとう みつお、1953年1月22日 - )は、… 加藤 光雄(かとう みつお、1953年1月22日 - )は、日本出身の元サッカー選手。ポジションはMF。 関西学院大学から1976年に三菱重工業に加入。7シーズン在籍し日本リーグ通算61試合出場7得点を記録した。日本代表としては1979年8月のアムール・コモルスルチク戦(国際Cマッチ)戦で代表デビューを飾り初得点を記録。同月29日の北朝鮮戦で国際Aマッチ出場を果たした。
継谷 昌三(つぎたに しょうぞう、1940年6月25日 - … 継谷 昌三(つぎたに しょうぞう、1940年6月25日 - 1978年6月2日)は、兵庫県神戸市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 神戸市出身で実家は材木商を営んでいて、裕福であったとされる。関西学院中学部サッカー部では3年次の1955年に主将を務めた。関学高等部でもサッカー部に所属して関学高等部の黄金時代の中心的な役割を担った。 1959年に関西学院大学に入学しサッカー部に所属し、この年に開催されたAFCユース選手権1959の日本代表に選出された。また、大学3年次の1961年8月15日にはインドネシア代表戦で日本代表として初出場した。大学4年次は主将を務めた他、1962年のアジア大会の代表に選出され出場も果たした。
加茂 周(かも しゅう、1939年10月29日 - )は、兵… 加茂 周(かも しゅう、1939年10月29日 - )は、兵庫県芦屋市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 長兄の加茂豊は毎日放送元社員でゴールキーパーとして1958年アジア大会で日本代表に選出された経験を持ち、弟の加茂建は加茂商事(サッカーショップ加茂を展開、傘下にジャパン・スポーツ・プロモーション、ソル・スポーツマネージメント)の社長である。 なお、1936年ベルリンオリンピックサッカー日本代表の加茂健・加茂正五との血縁関係はない。 関西学院大学卒業後、ヤンマーディーゼルサッカー部(現:セレッソ大阪)での選手生活を経て、1967年に指導者に転じた。1974年に日本人初のプロ契約監督として日産自動車サッカー部(現:横浜F・マリノス)の監督に就任。
志治 達雄(しじ たつや、1938年10月20日 - )は、… 志治 達雄(しじ たつや、1938年10月20日 - )は、愛知県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 関西学院大学時代はFWとしてプレー。関学クラブ(現役、OBの混成チーム)の一員として1959年の全日本選手権大会の優勝に貢献した。また、在学中の1961年5月28日にマラヤ代表戦で日本代表として初出場初得点を上げた。国際Aマッチは1試合に出場して1得点を記録した。 1962年に大学を卒業後はトヨタ自動車工業に入社して、サッカー部に入部した。 1965年にトヨタ自動車工業の監督に就任。翌年には関学の後輩の西垣成美をコーチとして招き、全国社会人サッカー選手権大会優勝2回(1968年、1970年)、1972年に日本サッカーリーグ2部で初優勝し、翌1973年の1部昇格に導いた。
安達 貞至(あだち さだゆき、1938年4月4日 - )は、… 安達 貞至(あだち さだゆき、1938年4月4日 - )は、日本の兵庫県出身のサッカー選手、サッカークラブスタッフ。選手時代のポジションはゴールキーパー。次男の安達亮もサッカー選手および指導者 関西学院大学から1961年にヤンマーディーゼルに入社、ヤンマーディーゼルサッカー部でプレーした。大学の後輩にあたる加茂周は、安達に誘われる形でヤンマー入りした。釜本邦茂がヤンマーに加入すると、安達はマネージャーに身を転じて裏方としてチームを支えるようになった。社業においては1986年から1995年までヤンマー東日本の代表取締役社長を務めた。 1995年から1996年まで地元兵庫県のヴィッセル神戸(当時JFL)の強化部長、ゼネラルマネージャーを歴任。
北口 晃(きたぐち あきら、1935年3月8日 - )は大阪… 北口 晃(きたぐち あきら、1935年3月8日 - )は大阪府出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
岡本 久敬(おかもと ひさたか、1933年12月14日 - … 岡本 久敬(おかもと ひさたか、1933年12月14日 - )は日本出身の元サッカー選手。 選手時代は主に関西学院大学で活躍。全関学(現役、OBを含めた混成チーム)の一員として1953年、1955年の全日本サッカー選手権大会 (後の天皇杯全日本サッカー選手権大会)優勝に貢献した。 日本代表としては1955年1月の東南アジア遠征、1月2日のビルマで代表デビューを果たした。その年、国際Aマッチ5試合に出場した。
生駒 友彦(いこま ともひこ、1932年8月25日 - 20… 生駒 友彦(いこま ともひこ、1932年8月25日 - 2009年4月27日)は、日本の実業家、サッカー選手・指導者。選手時代のポジションはGK。 兵庫県立神戸高等学校を経て、関西学院大学に入学し、サッカー部に所属。全関学(現役、OBで構成される混成チーム)の一員として鴇田正憲らと共に1953年、1955年の全日本サッカー選手権大会 (後の天皇杯全日本サッカー選手権大会)優勝に貢献した。 大学卒業後に新三菱重工業(後の三菱重工業)へ加入。井上健や北口晃らと共に創設期の同サッカー部を牽引し、1956年の都市対抗選手権準優勝、1959年の全日本実業団サッカー選手権大会準優勝などに貢献した。 日本代表としては竹腰重丸監督時代の1955年の東南アジア遠征で代表デビュー。
平木 隆三(ひらき りゅうぞう、1931年10月7日 - 2… 平木 隆三(ひらき りゅうぞう、1931年10月7日 - 2009年1月2日)は、大阪府堺市浜寺出身の元サッカー選手(DF)・コーチ・監督。 1993年Jリーグ開幕当時の名古屋グランパスエイト監督。 実家は浜寺で鉄工所を経営し、5人兄弟の三男として生まれる。岸和田高校入学時の1948年から本格的にサッカーを始め、1950年には全国高等学校サッカー選手権大会に大阪府代表として出場し、インサイドFWでベスト4進出に貢献。高校卒業後は1951年に関西学院大学へ進学し、9月には早稲田大学との定期戦でレギュラーDFとなる。秋の関西学生リーグと12月の東西学生王座決定戦では優勝を飾るが、この時のFWに長沼健がいた。
水野 隆(みずの たかし、旧姓:徳弘(とくひろ)、1931年… 水野 隆(みずの たかし、旧姓:徳弘(とくひろ)、1931年4月28日 - 没年不明)は日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。 甲陽学院中学校在学中よりサッカーを始め、同中学4年修了後の1948年に関西学院高等部へ編入。 1950年に関西学院大学に入学してサッカー部に入部した。在学中の1953年に第33回天皇杯全日本サッカー選手権大会で全関学の一員として優勝に貢献。また、同年にドルトムントで開催された国際大学スポーツ週間(ユニバーシアードの前身)の日本学生選抜として井上健、木村現、平木隆三らと共に選出され、大会に出場した。 1954年に大学卒業後は湯浅電池に入社。なお、大学卒業後もサッカーを続け、1955年の第35回天皇杯全日本サッカー選手権大会で全関学の一員として、1958年の第38回天皇杯全日本サッカー選手権大会で関学クラブの一員としてそれぞれ優勝した。
杉本 茂雄(すぎもと しげお、1926年12月4日 - 20… 杉本 茂雄(すぎもと しげお、1926年12月4日 - 2002年4月2日)は兵庫県神戸市出身のサッカー選手、実業家。選手時代のポジションはHB、FB。 兵庫県立第一神戸中学校を経て関西学院大学法学部に入学。在学中はサッカー部に所属した。1948年3月に大学を卒業し、同年4月に京阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)に入社。 同社入社後もサッカーを続け、鴇田正憲らと共に「関学クラブ/全関学」(現役、OBで構成される混成チーム)の一員として1950年、1953年および1955年の全日本選手権大会 (現:天皇杯全日本サッカー選手権大会)の優勝に貢献した。 1951年2月11日の全関西戦で日本代表として初出場 し、1951年3月にインドで開催されたアジア競技大会、1954年3月の1954 FIFAワールドカップ・予選など国際Aマッチ3試合を6試合に出場した。