田中 公教(たなか とものり、1987年 - )は、日本の古… 田中 公教(たなか とものり、1987年 - )は、日本の古生物学者。兵庫県立大学自然・環境科学研究所准教授、兵庫県立人と自然の博物館主任研究員。古脊椎動物学会、日本古生物学会、Society of Avian Paleontology and Evolution(SAPE)所属。 1987年に京都府で生まれる。幼少期は博物館を好んでいた。大学進学を考える頃に生物の進化へ興味を持っていたことから「進化の道筋を解き明かすことができるDNA解析を勉強したい」と有機化学が学べる大学を目指していたが、受験の過程で地質学へ転向し、信州大学理学部地質科学科(現 理学部地球学コース)に合格。授業に苦難することはあったが、4年間もの間岩石や地層の勉強をする中で、化石や生物の進化への興味が高まった。
中村 隼明(なかむら よしあき 1983年9月20日 - )… 中村 隼明(なかむら よしあき 1983年9月20日 - )は、日本の農学者。 兵庫県神戸市生まれ。滝川高等学校卒業。信州大学農学部卒業。信州大学大学院農学研究科修士課程修了、信州大学大学院総合工学系研究科博士課程修了。博士(農学)。 動物を細胞レベルで保存することを研究テーマとする。液体窒素タンクの中で冬眠させられた生殖細胞を溶かし、その生殖細胞から固体を復元するという技術を開発し効率化させることを研究している。
小松 貴(こまつ たかし、1982年 – )は日本の昆虫学者… 小松 貴(こまつ たかし、1982年 – )は日本の昆虫学者である。 信州大学大学院総合工学系研究科 山岳地域環境科学専攻博士課程修了、博士(理学)。九州大学熱帯農学研究センターで日本学術振興会特別研究員、2017年から国立科学博物館で協力研究員。 アリと共生する好蟻性生物を研究しつつ、国内外で種々の生物を観察して撮影するフィールドワークを重ねている。 2015年に、アフリカ大陸へ調査遠征する目的で学術系クラウドファンディングサイト academistで費用支援を募るプロジェクト「謎多きアリの「居候」の多様性を調べたい!」を起案し、2月14日から2か月間の期限内で目標の130万円を超える155万7800円を集めた。
関谷 剛(せきや たかし、1968年-)は、医師・医学者、東… 関谷 剛(せきや たかし、1968年-)は、医師・医学者、東京大学未来ビジョン研究センターライフスタイル研究ユニット客員准教授。 東京都生まれ。信州大学医学部を1995年に卒業、東京大学大学院医学系研究科を2002年に卒業。医師として東京大学医学部附属病院アレルギーリウマチ内科・アレルギー外来をはじめ、国立国際医療センター、同愛記念病院などに勤務する。専門はアレルギー学、呼吸器学、免疫学、その他産業衛生、東洋医学など。産業医として企業の労務管理や生活習慣病予防セミナーの講師も行っている。 2018年〜2020年までは城西大学薬学部教授を務め、現在は埼玉医科大学病院や東京大学未来ビジョン研究センターライフスタイル研究ユニットの客員准教授等で勤務している。
鈴木 淳一(すずき じゅんいち、1965年 - )は、日本の… 鈴木 淳一(すずき じゅんいち、1965年 - )は、日本の医師、医学者。専門は循環器学。医学博士(信州大学)。東京大学大学院医学系研究科先端臨床医学開発講座特任准教授。神奈川県出身。
甕 隆博(もたい たかひろ、1959年9月 - )は、日本の… 甕 隆博(もたい たかひろ、1959年9月 - )は、日本の数学者、教育学者。専門は、解析学、数学教育学。 東京外国語大学国際日本学研究院准教授。博士(理学)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
濱田 州博(はまだ くにひろ、1959年 - ) は、日本の… 濱田 州博(はまだ くにひろ、1959年 - ) は、日本の化学工学者。元信州大学学長。元繊維学会副会長。元高等教育コンソーシアム信州会長。2023年4月から公立諏訪東京理科大学学長。 兵庫県神戸市で貨物船船員の家に生まれる。兵庫県立兵庫高等学校卒業後、1年間の大学受験浪人生活を経て、兄が博士課程に在学していた東京工業大学に進学し、高校の先輩がいた飯島俊郎研究室で高分子工学を専攻した。 1982年東京工業大学工学部高分子工学科卒業。1984年東京工業大学大学院理工学研究科高分子工学専攻修士課程修了。1987年に東京工業大学大学院理工学研究科高分子工学専攻博士課程修了後、飯島教授の紹介で通商産業省工業技術院繊維高分子材料研究所研究員に就任。
泉山 茂之(いずみやま しげゆき、1959年 - )は、日本… 泉山 茂之(いずみやま しげゆき、1959年 - )は、日本の哺乳類学者。 1959年北海道小樽市生まれ。信州大学農学部附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター教授。専門は、動物生態学、野生動物管理学で、南アルプス、霧ヶ峰などでのニホンジカ調査、長野県でのツキノワグマ、ニホンザルの生態調査や被害対策を実施している。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
西平 直(にしひら ただし、1957年2月10日 - )は、… 西平 直(にしひら ただし、1957年2月10日 - )は、日本の教育学者・哲学者。京都大学名誉教授。 山梨県生まれ。父は心理学者の西平直喜。信州大学人文学部卒業。卒業論文はマルティン・ハイデッガー。東京都立大学大学院にてハイデッガーを専攻修士課程修了、1991年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、「人間形成論への構図 -エリクソン研究序説」で教育学博士の学位を取得。博士論文の主査は堀尾輝久であった。フロイト、ユング、クライン、エリクソンらの精神分析学、シュタイナー、ウィルバーらの人間学を基礎に、アイデンティティ、ジェネラティヴィティ、スピリチュアリティなどの問題群を研究課題としている。また、京都に移ってからは、西田幾多郎を中心とした日本哲学研究にも力を注いている。
櫻井 茂男(桜井茂男 さくらい しげお、1956年6月2日 … 櫻井 茂男(桜井茂男 さくらい しげお、1956年6月2日 - )は、日本の発達心理学者、筑波大学名誉教授。 長野県生まれ。1981年信州大学教育学部小学校教員養成課程教育心理学科卒業。1986年筑波大学大学院博士課程心理学研究科心理学専攻修了、「内発的動機づけに関する自己評価的モデルの実証的研究」で教育学博士の学位を取得。1987年奈良教育大学助教授、筑波大学人間系心理学域助教授、教授。現、筑波大学名誉教授。
奥寺 敬(おくでら ひろし、1955年10月 - )は、日本… 奥寺 敬(おくでら ひろし、1955年10月 - )は、日本の医学者。専門は、救急医学・集中治療医学・脳神経外科学・危機管理学。学位は、博士(医学)。 中部国際医療センター救急部門集中治療部部長。富山大学名誉教授、福島県立医科大学特任教授。 信州大学医学部医学科卒業後、同大学脳神経外科学教室初代教授杉田虔一郎に師事、脳神経外科手術、手術機器開発として手術室用CTシステム、開頭術中赤外線画像計測等を開発、同時期に研修会やセミナーの創設・運営を学ぶ。『開頭手術用定位脳手術装置の開発』で学位(博士)(指導教授は同教室第二代教授小林茂昭)。 信州大学医学部附属病院救急部教官当時、1994年6月の松本サリン事件を医療サイドで経験、自宅は現場の至近であり被災地域でもある。
子安 和弘(こやす かずひろ、1955年 - )は、日本の動… 子安 和弘(こやす かずひろ、1955年 - )は、日本の動物学者。 千葉県生まれ。1980年信州大学理学部卒業、1981年愛知学院大学歯学部助手、1983年 - 1984年アジスアベバ大学客員研究員、歯学博士。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
若生 謙二(わこう けんじ、1954年 - )は、日本の造園… 若生 謙二(わこう けんじ、1954年 - )は、日本の造園学者。動物園研究者。大阪府出身。大阪芸術大学芸術学部環境デザイン学科長・教授。 1988年に開場した東京ドームの成功を受け、大阪財界も多目的ドームの建設を計画。建設用地の選定にあたった多目的ドーム建設検討委員会は1990年、西区の岩崎橋地区、此花区の住友金属工場跡地(現・ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)とともに、天王寺公園をドーム建設候補地の一つに選んだ。 藤井寺球場から本拠地を移転することになる近鉄バファローズにとっては、この3案のうち、大阪阿部野橋駅に近く、自社系列の近鉄百貨店やあべのアポロなどの商業施設が集中する「天王寺公園案」を支持した。
米山 高生(よねやま たかう、1953年 - )は、日本の経… 米山 高生(よねやま たかう、1953年 - )は、日本の経営学者。専門は、保険論・リスクマネジメント・経営史。一橋大学名誉教授。東京経済大学経営学部教授。生活経済学会会長。日本保険・年金リスク学会会長。元アジア太平洋リスク・保険学会(Asia-Pacific Risk and Insurance Association, APRIA)会長。日本郵政公社総裁表彰、簡易保険文化財団創立十周年記念優秀研究賞受賞。郵便事業の効率化に貢献したとして2022年に前島密賞を受賞。 一橋大学大学院経済学研究科での指導教官は高須賀義博。保険毎日新聞に、「みちくさ保険物語:画像に見る保険史」を連載中。2019年には総務省情報通信審議会郵政政策部会長や、同部会郵便局活性化委員会主査として、土曜休配などを内容とする郵便サービスのあり方に関する検討の答申案取りまとめにあたった。
大野 伸一(おおの しんいち、1951年 - )は、日本の医… 大野 伸一(おおの しんいち、1951年 - )は、日本の医学者。専門は解剖学。医学博士、山梨大学名誉教授。日本顕微鏡学会第56代会長。
大谷 元(おおたに はじめ、1949年12月12日 - )は… 大谷 元(おおたに はじめ、1949年12月12日 - )は日本の農学者。農学博士。信州大学名誉教授。専門は食品科学。兵庫県出身。 キーワード:機能性食品、免疫調節食品、アレルギー軽減食品、牛乳・乳製品 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
碇屋 隆雄(いかりや たかお、1948年8月27日 - 20… 碇屋 隆雄(いかりや たかお、1948年8月27日 - 2017年4月21日)は、日本の化学者。専門は有機金属化学。東京工業大学名誉教授。 長野県出身。信州大学繊維学部工業化学科卒業、昭和51年(1976年)東京工業大学大学院理工学研究科高分子工学専攻博士課程修了、工学博士。同年東京大学工学部助手、同54年(1979年)カリフォルニア工科大学博士研究員、同60年(1985年)NKK中央研究所研究員、平成3年(1992年)科学技術振興事業団野依分子触媒プロジェクト技術参事を経て、同9年(1997年)東京工業大学教授、同26年(2014年)退官、名誉教授。2011年フンボルト賞受賞。 この項目は、化学に関連した書きかけの項目です。
青木 歳幸(あおき としゆき、1948年 - )は、日本の歴… 青木 歳幸(あおき としゆき、1948年 - )は、日本の歴史学者、佐賀大学名誉教授・特命教授。 長野県生まれ。1971年信州大学人文学部卒業、長野県岩村田高等学校教諭、1978年長野県上田東高等学校教諭、1985年長野市立皐月高等学校教諭、1992年長野県教育委員会文化課指導主事、1994年10月財団法人長野県文化振興事業団長野県立歴史館専門主事、2001年長野県上田高等学校教諭、2003年「在村蘭学の研究」で専修大学博士(歴史学)。2006年佐賀大学地域学歴史文化研究センター教授、同センター長、特命教授、日本医史学会評議員、洋学史学会会長。
小寺 裕(こてら ひろし、1948年 - 2025年7月19… 小寺 裕(こてら ひろし、1948年 - 2025年7月19日 )は、日本の教育者、数学史家、和算家。 大阪府出身。信州大学理学部数学科卒。東大寺学園中学校・高等学校にて長く教鞭を取る。その折、小説『算法少女』を教材として採り上げ、その復刊に尽力する。2017年度をもって教師を退職。全国の算額の調査に取り組み、現在も継続中である。日本数学史学会運営委員長を務める。また二代目福田理軒の号を持つ和算家でもある。
梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。… 梶 幹男(かじ みきお、1947年 - )は、日本の農学者。専門は森林学。農学博士。東京大学名誉教授。
中島 厚(なかじま あつし, 1947年 - )は、日本の航… 中島 厚(なかじま あつし, 1947年 - )は、日本の航空宇宙工学者、制御・システム工学者。元宇宙航空研究開発機構(JAXA)主幹研究員、元信州大学特任教授。 長野県須坂市出身。1970年に信州大学工学部を卒業、同大学院工学研究科に学ぶ。 1972年、科学技術庁航空宇宙技術研究所(現在の宇宙航空研究開発機構)に入所。以後60歳まで在籍し、宇宙工学の研究に携わる。 画像解析によってスペースデブリなどの移動天体を検出する技術の研究を行っており、この技術は小惑星や彗星の発見にもつながる。2006年に入笠山光学観測所で小惑星やスペースデブリを捜索した際は、小惑星センターに発見者に登録されているだけで新しい小惑星を3個発見し、ほかにも多数の小惑星の発見にかかわった。
丹羽 公雄(にわ きみお、1946年5月21日 - )は、日… 丹羽 公雄(にわ きみお、1946年5月21日 - )は、日本の物理学者、天文学者。専門は素粒子物理学。名古屋大学名誉教授。 丹生潔の下で宇宙線の反応を記録した「原子核乾板」からチャームクォークを観測し、小林・益川理論のきっかけを与えた(1971年)。さらに、原子核乾板中の粒子の軌跡を自動で読み取る原子核乾板全自動走査機を開発(1975年)。これによって初めてタウニュートリノ反応の結果つくられたタウ粒子を直接観測することが可能になり(1998年)、タウニュートリノの存在が証明された(2000年)。
新 正幸(あたらし まさゆき、1945年12月24日 - )… 新 正幸(あたらし まさゆき、1945年12月24日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東北大学・論文博士・1985年)(学位論文「立法過程の憲法学的研究-立法過程法学序説-」)。金沢大学名誉教授。奈良県生まれ。 出典は略歴・業績目録による。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
中畑 龍俊(なかはた たつとし、1945年7月3日 - )は… 中畑 龍俊(なかはた たつとし、1945年7月3日 - )は、日本の医学者。京都大学iPS細胞研究所副所長・教授を経て、京都大学名誉教授。
一條 孝夫(いちじょう たかお、1945年〈昭和20年〉4月… 一條 孝夫(いちじょう たかお、1945年〈昭和20年〉4月25日 - )は、日本近現代文学研究者、帝塚山学院大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。1970年信州大学人文学部国文科卒、1973年旧・東京都立大学大学院国文学修士課程修了。1987年帝塚山学院短期大学専任講師、1989年助教授、1995年教授、1998年帝塚山学院大学文学部教授、リベラルアーツ学部教授。2013年退任、名誉教授。 大江健三郎を中心に研究。
小川 巌(おがわ いわお、1945年 - )は、日本の環境学… 小川 巌(おがわ いわお、1945年 - )は、日本の環境学者・生態学者・動物学者。専門は動物生態学、環境動物学、野生生物学。学位は、農学博士(北海道大学)。元・酪農学園大学農食環境学群環境共生学類環境動物学研究室教授。北海道出身。 北海道松前郡松前町生まれ。高校までを神奈川県横須賀市で送る。1969年信州大学農学部卒業。1971年北海道大学大学院農学研究科博士課程単位取得。1978年北海道庁生活環境部技師として入庁。1984年北海道庁を退職して野生生物情報センターを設立、代表委員。1992年4月にエコ・ネットワークを主宰。札幌学院大学非常勤講師を経て、酪農学園大学環境システム学部教授。2014年に酪農学園大学定年退職。
唐澤 豊(からさわ ゆたか、1945年 - )は日本の科学者… 唐澤 豊(からさわ ゆたか、1945年 - )は日本の科学者、農学者。信州大学理事・農学部長を経て、信州大学名誉教授。日本畜産学会名誉会員。農学博士。専門は動物栄養学、動物科学、畜産・獣医学。 学部長就任後は「フィールドに根ざし食と緑を科学する」を核に、豊な信州の自然の中でこそできる、これからの食と緑を扱う専門家の育成・命を育み健康を支える地域生活への貢献・資源循環型社会の構築を核とした。大学を「研究機関」としてだけでなく、時代に合わせて企業に必要とされるニーズにあった高度な技術を提供できる場とするため社会と大学の繋がりに重きをおく。 一般への研究実績公開の場、オリジナル商品を販売する場として、地元企業・機関各方面への協力を経て食と緑の資料館「ゆりの木」設置。
宮坂 勝之(みやさか かつゆき、1944年 - )は、日本の… 宮坂 勝之(みやさか かつゆき、1944年 - )は、日本の医学者・医師・麻酔科医。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1969年信州大学医学部卒業。1970年国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)麻酔科医員。1973年トロント大学医学部トロント小児病院(英語版)麻酔・ICUレジデント。1974年ペンシルベニア大学 医学大学院 フィラデルフィア小児病院(英語版)ICUフェロー。1975年トロント大学医学部麻酔学教室臨床講師。1976年米国小児科学会小児科専門医(FAAP)。1977年ハーバード大学マサチューセッツ総合病院集中治療部臨床フェロー、国立小児病院麻酔科医員、米国胸部疾患学会専門医(FCCP)。
酒井 秋男(さかい あきお、1943年12月5日 - )は、… 酒井 秋男(さかい あきお、1943年12月5日 - )は、日本の動物学者。専門は高地生物学、加齢医科学。 長野県伊那市西春近生まれ。1965年信州大学教育学部卒。「高所環境下にみられる右心室肥大の解明」で1978年4月、信州大学より医学博士の学位を取得。1985年アメリカ留学。 元松本大学人間健康学部スポーツ健康学科教授、2013年3月定年退職。元信州大学医学部助教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
清澤 研道(きよさわ けんどう、1943年 - )は日本の医… 清澤 研道(きよさわ けんどう、1943年 - )は日本の医学者。専門は内科学、肝臓病学。医学博士(信州大学)。元信州大学医学部附属病院院長。現在は相澤病院名誉センター長、長野赤十字病院名誉院長、信州大学名誉教授。長野県出身。 C型肝炎研究で、肝がんとの因果関係を世界で初めて明らかにした。
赤羽 啓栄(あかはね ひろしげ、1941年8月4日 - 20… 赤羽 啓栄(あかはね ひろしげ、1941年8月4日 - 2005年8月9日)は、日本の寄生虫学者。 旧満洲国生まれ。1963年3月、信州大学卒業、1965年3月まで志賀高原研究センターに勤務、1965年4月から1978年3月まで信州大学医学部寄生虫学講座に勤務。1978年4月から福岡大学医学部寄生虫学、微生物学、免疫学の部門で働いた。福岡大学医学部助教授で、ライギョ、ドジョウなどを媒介して顎口虫症の原因となる顎口虫の研究をおこなった。1963年から1966年まで、信州大学医学部の宮尾嶽雄らと哺乳類の形態や生態の研究論文を出版した。2005年逝去。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
白井 汪芳(しらい ひろふさ、1940年8月9日 - )は、… 白井 汪芳(しらい ひろふさ、1940年8月9日 - )は、日本の化学者。専門は高分子化学。信州大学名誉教授、元公立大学法人長野大学理事長、元佐久大学信州短期大学部学長、元繊維学会会長。工学博士。長野県小県郡長瀬村(現上田市)出身。
倉田 毅(くらた たけし、1940年 - )は、日本の医師、… 倉田 毅(くらた たけし、1940年 - )は、日本の医師、医学者。厚生労働省 国立感染症研究所 名誉所員。学位は医学博士(信州大学・1971年)。特定非営利活動法人 バイオメディカルサイエンス研究会 会長。専門は病理学、ウイルス学など。 国立感染症研究所 所長、日本ウイルス学会 理事長、国際医療福祉大学塩谷病院 感染症専門医(教授)などを歴任した。 日本の研究所、大学のみならず、インドとバングラデシュで世界保健機関の天然痘根絶計画に参加したほか、アフリカ西部のシエラレオネでラッサ熱の研究など世界各地で研究をおこなった。 長野県に生まれる。1959年 長野県松本深志高等学校 卒業。1966年 信州大学医学部 卒業。
有泉 學宙(ありいずみ のりおき、1940年 - )は、日本… 有泉 學宙(ありいずみ のりおき、1940年 - )は、日本の文学者(英文学)。静岡県立大学名誉教授。有泉 学宙(ありいずみ のりおき)の標記もある。 静岡女子大学文学部助教授、静岡県立大学国際関係学部教授などを歴任した。 信州大学文理学部人文科学科卒業、長野県長野工業高等学校教師として勤務。1971年立教大学大学院文学研究科英米文学専攻修士課程修了。東京立正女子短期大学、東海大学非常勤講師。のちに静岡女子大学文学部講師、助教授。併合により静岡県立大学国際関係学部教授。2006年定年退任。静岡県立大学名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
花村 肇(はなむら はじめ、1940年 - )は日本の哺乳類… 花村 肇(はなむら はじめ、1940年 - )は日本の哺乳類学者。 長野県生まれ。1963年信州大学教育学部卒。1977年愛知学院大学歯学部助教授(第2解剖学教室)、1993年愛知学院大学歯学部教授(第2解剖学教室)。 1974年愛知学院大学大学歯学博士論文の題は「ヒトおよび数種哺乳動物における臼歯歯冠近遠心径の相対的大きさについて」。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、… 山岸 哲(やまぎし さとし、1939年3月15日 - )は、日本の鳥類学者。山階鳥類研究所名誉所長。理学博士。 長野県須坂市に生まれる。長野県長野高等学校を経て、1961年信州大学教育学部卒業。大阪市立大学理学部教授、京都大学大学院理学研究科教授を歴任。1993~1997年日本鳥学会会長、次いで2002年に山階鳥類研究所所長に就任。 かたわら、2005年東京農業大学客員教授、2008年より新潟大学特任教授を務める。2010年3月山階鳥類研究所所長を退任し、名誉所長となる。2010年10月兵庫県立コウノトリの郷公園園長就任。 1999年 第8回山階芳麿賞受賞。 また、2003年5月1日から2004年4月30日にかけて、『朝日新聞』朝刊第1面にてコラム『けさの鳥』を連載していた。
小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学… 小宮山 淳(こみやま あつし、1939年 - )は日本の医学者(小児科学、血液学)。 長野県出身。長野県上田高等学校を経て、昭和39年(1964年)信州大学医学部卒業、同44年(1969年)同大学院医学研究科小児科学専攻博士課程修了、母校助手。同60年(1985年)医学部助教授、平成2年(1990年)教授、同7年(1995年)信州大学医学部附属病院長、同11年(1999年)医学部長、同15年(2003年)学長。同28年(2016年)瑞宝重光章受章。前・松本秀峰中等教育学校校長(2010年-2015年、2018年-2022年)。現・老人保健施設はびろの里施設長(2023年)。
野村 俊明(のむら としあき、1938年3月21日 - )は… 野村 俊明(のむら としあき、1938年3月21日 - )は、日本の化学者。信州大学名誉教授。専門は分析化学。 長野県東筑摩郡中川村(現・松本市)生まれ。1956年(昭和31年)長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1962年(昭和37年)信州大学文理学部大学院修了。 信州大学理学部助教授、教授を務めた後、2003年(平成15年)定年退官。信州大学名誉教授。 1998年(平成10年)から2002年(平成14年)の間、信州大学付属図書館館長を務る。日本分析化学会名誉会員。 退官後は、四賀村議会議員などを務めた。
小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は… 小林 茂昭(こばやし しげあき、1938年3月5日 - )は、日本の医学者、医師。専門は脳神経外科。米国脳神経外科学会専門医。前小諸厚生総合病院院長。相澤病院顧問、世界脳神経外科学会連盟名誉会長、信州大学名誉教授。 長野県千曲市出身。長野県上田高等学校を経て、1963年信州大学医学部卒業。脳神経外科を専攻し、在日米軍横須賀海軍病院でのインターンを経て、1965年から6年間メイヨー医科大学院に留学。帰国後は信州大学医学部附属病院で杉田虔一郎に師事し、脳神経外科の手術・研究に従事した。また、ロボット手術の機械を開発し、脳深部の腫瘍や動脈瘤の新たな手術方法を考案するなど脳外科分野の発展に大きく貢献し、米国脳神経外科学会の「国際功労賞」を日本人として初めて受賞。
飯森 嘉助(いいもり かすけ、1937年3月14日 - 20… 飯森 嘉助(いいもり かすけ、1937年3月14日 - 2012年5月27日)は、日本の学者。専門はアラビア語、中東文化。拓殖大学名誉教授。 長野県佐久市出身。1960年信州大学教育学部卒業。大学卒業後に一旦中学校教諭となるが、その後アラビアの語学や文化などに関心を持ちエジプトのアル=アズハル大学に留学し、1968年同大アラビア語学部歴史文明学科を卒業。 1970年拓殖大学非常勤講師、74年拓殖大学専任講師、1976年4月拓殖大学助教授、1983年4月拓殖大学政経学部教授を務め、2003年3月退職は、同年7月に拓殖大学名誉教授の称号を受ける。 中東では一般的な野菜であるモロヘイヤを日本に紹介し、モロヘイヤ普及協会を設立してその普及に努めた。
上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - … 上條 宏之(かみじょう ひろゆき、1936年1月17日 - 2023年2月7日)は、日本の歴史学者(郷土史家)・教育者。信州大学名誉教授。専攻は日本近代史。 長野県松本市出身。長野県松本深志高等学校を経て、1958年に東京教育大学文学部史学科を卒業。長野県内の公立高等学校教諭を経て、長野県県政史編纂室に勤務後、長野県短期大学助教授、信州大学教授を経て、長野県短期大学学長。 2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本… 田口 喜一郎(たぐち きいちろう、1935年 - )は、日本の医学者。医師。信州大学名誉教授。 1935年 (昭和10年)長野県松本市生まれ。1954年(昭和29年)長野県松本県ヶ丘高等学校を卒業、同年信州大学医学部医学研究科入学。1960年 (昭和35年)信州大学医学部医学研究科卒業 。以降、信州大学助教授、教授。1999年(平成11年)信州大学名誉教授。 現在、耳鼻咽喉科学の講義や講演のほか、独立行政法人 労働者健康安全機構 長野産業保健総合支援センターにて産業医の研修にも力を入れ、病める人を病気だけを治すということではなく、東洋医学の思考過程を通して全人格的に観察し、精神面も含めて全身的な改善を計ることの必要性を説き、中高年者の転倒、睡眠、男女の更年期障害 、メタボリック症候群、自律神経異常などの研究を行っている。
武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工… 武井 たつ子(たけい たつこ、1935年 - )は、日本の工学者。専門は電気工学。工学博士(信州大学)。工学部初の女性教授。日本女性科学者の会会員。
中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月1… 中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月19日)は、日本のドイツ文学者、教育者、信州大学名誉教授、松本大学名誉教授。松本大学の初代学長を務めた。 長野県松本市、ないし、岡谷市の出身。 信州大学文理学部から、東京都立大学 (1949-2011)(首都大学東京の前身のひとつ)大学院に進んでドイツ文学を学び、1963年に文学修士を取得。信州大学の教員となり、人文学部長、共通教育センター長などを務めた。 この間、おもにスイスのドイツ語作家ゴットフリート・ケラーの研究を行なった。 1999年に信州大学を定年退職し、松商学園短期大学学長に就任したが、当時は国立大学とはまったく異なる、教員も事務職員とともに高校訪問や就職支援業務にあたる私立大学の環境にカルチャーショックを受けたという。
宮尾 嶽雄(みやお たけお、1932年10月1日 - 201… 宮尾 嶽雄(みやお たけお、1932年10月1日 - 2016年)は、日本の哺乳類学者。元愛知学院大学教授。 東京生まれ、長野県出身。信州大学教育学部松本分校卒業。在学中、昆虫学者清水三雄の指導を受けるが、医学部解剖学教室に入局するにあたり、哺乳類の解剖を研究テーマとする。信州大学医学部第二解剖学教室助手、教授を経て、愛知学院大学教授。1968年、信州大学医学博士。論文の題は 「食性の身体諸器官発育および構造におよぼす影響 : 長野県産ネズミ類の種的特徴とその評価」。 日本各地における小型哺乳類の分布や生態に関する基礎研究を固めた。また、日本哺乳類学会の前身である日本哺乳動物学会の評議員や大会長を務めるなど、日本の哺乳類学の確立に貢献した。
中村 登流(なかむら のぼる、1931年3月7日 - 200… 中村 登流(なかむら のぼる、1931年3月7日 - 2007年11月19日)は、日本の鳥類学者、上越教育大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。長野県松本深志高等学校を経て、1953年に信州大学教育学部を卒業。長野県内で中学校教員として勤務したのち、1963年に信州大学医学部助手。その後、教育学部助教授として教育学部附属志賀自然教育研究施設に勤務。1971年、「エナガの個体群の行動圏構造」で京都大学より理学博士の学位を取得。1968年、日本野鳥学会賞受賞。1982年、信州大学退官、1983年、上越教育大学教授、上越教育大学附属中学校校長など。1996年、定年退官、名誉教授、山階芳麿賞受賞。日本野鳥の会、日本野鳥学会、日本生態学会会員。
永田 哲士(ながた てつじ、1931年2月5日 - 2024… 永田 哲士(ながた てつじ、1931年2月5日 - 2024年1月27日)は、日本の医学者。専門は解剖学。医学博士(信州大学)。中国承徳医学院名誉教授、河北医科大学名誉学長、信州大学名誉教授。
保刈 恒雄(ほかり つねお、1931年 - )は、日本の医学… 保刈 恒雄(ほかり つねお、1931年 - )は、日本の医学者。千葉大学名誉教授。
山田 喜紹(やまだ よしつぐ、1931年 - 2025年9月… 山田 喜紹(やまだ よしつぐ、1931年 - 2025年9月27日)は、日本の細菌学者、ウイルス学者、エイズ研究者。信州大学医療技術短期大学部名誉教授。医学博士。 1931年(昭和6年)、長野県松本市生まれ。1950年(昭和25年)、長野県松本県ヶ丘高等学校卒業。1953年(昭和28年)、信州大学文理学部自然科学学科卒。信州大学医学部大学院細菌学教室を経て、信州大学医療技術短期大学部教授。医学博士。信州大学医療技術短期大学部名誉教授。 エイズ研究の傍ら、地域のエイズ感染予防を訴え、講演活動を行っていた。 2025年9月27日、肺炎のため松本市里山辺で死去。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝小綬章を追贈された。
三輪 公忠(みわ きみただ、1929年7月25日 - )は、… 三輪 公忠(みわ きみただ、1929年7月25日 - )は、日本の国際政治学者、上智大学名誉教授。専門は、国際関係史。