玉目 陸(たまめ りく、2005年6月15日 - )は、日本… 玉目 陸(たまめ りく、2005年6月15日 - )は、日本の陸上競技選手。鹿児島県出水市出身。順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ健康科学科在学中。 出水市立西出水小学校、出水市立出水中学校、出水中央高等学校出身。 箱根駅伝予選会では総合10位で最後の1枠を掴んで本戦出場。11位の東京農業大学との差は僅か1秒という混戦だった。第101回箱根駅伝ではエース区間の2区を走ったが、区間16位にとどまった。
三浦 龍司(みうら りゅうじ、2002年(平成14年)2月1… 三浦 龍司(みうら りゅうじ、2002年(平成14年)2月11日 - )は、島根県浜田市出身の陸上競技選手、専門は中距離、長距離で主に3000mSC。浜田市立浜田東中学校、洛南高等学校、順天堂大学卒業。現在はSUBARU所属。2021年に東京オリンピック3000mSCに出場し、日本人初入賞となる7位入賞を果たす。 3000mSCの日本記録保持者で、日本学生記録、U20日本記録、U18日本記録、高2最高記録も保持。2000mSCのU20及びU18日本記録保持者。3000mのU20日本記録保持者。 小学1年から、陸上クラブの浜田JASに所属。小学校時代から負けず嫌いで体力があり、縄跳び競技で二重跳びを10分間飛び続け、優勝した時の記録は浜田市小学生記録で2021年現在も更新されていない。
四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - )… 四釜 峻佑 (しかま しゅんすけ、2001年1月7日 - ) は、山形県長井市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。山形中央高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部スポーツ科学科卒業。ロジスティード陸上競技部所属。 陸上競技を始めたのは、兄と姉の影響で小2からマラソン大会に出始めて、小5で初優勝して楽しかったから。 長井市立長井南中学校、山形中央高から順天堂大学に進み、大学3年時に関東インカレ1部ハーフマラソン日本人トップ(4位)および第98回箱根駅伝5区区間5位、大学4年時に全日本大学駅伝8区区間3位、第99回箱根駅伝5区区間2位(区間新)など主にロードで活躍した。順大の1学年先輩には、東京世界陸上マラソン11位の近藤亮太(三菱重工長崎)がいて、四釜の2年時には寮で同部屋だった。
泉谷 駿介(いずみや しゅんすけ、Shunsuke IZUM… 泉谷 駿介(いずみや しゅんすけ、Shunsuke IZUMIYA、2000年1月26日 - )は、日本の陸上競技選手。 専門は110mハードル、三段跳、走幅跳。2020年東京オリンピック、2022年世界陸上競技選手権大会の110mH日本代表。110mHの自己ベストは13秒04。 横浜市立緑が丘中学校、武相高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業、住友電工所属 小学校ではサッカーをしていたものの、「当時はあまり好きではなく、途中で飽きてしまった」と本人は語っている。 横浜市立緑が丘中学校への進学を機に陸上競技を始める。最初は短距離走を取り組んでいたが、1年時と2年時は補欠だった。3年時には出場枠が余っていた四種競技に取り組むも、県大会には到底届かないレベルだった。
津田 将希(つだ まさき、2000年1月22日 - )は、日… 津田 将希(つだ まさき、2000年1月22日 - )は、日本の陸上競技選手。福岡県福岡市出身。順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。西鉄陸上競技部所属。 福岡市立姪浜中学校、福岡大学附属大濠高等学校、順天堂大学出身。 3年時の第97回箱根駅伝で5区を走り、三大駅伝デビューを飾る。7位で襷を受け取り、順位をキープしたままフィニッシュしたが、終盤に失速し区間13位にとどまった。 4年時の第98回箱根駅伝では8区を担当。3位で襷を受け取ると、駒澤大学の鈴木芽吹を抜いて単独2位に浮上した。個人としても区間賞を獲得し、前年のリベンジを果たした。チームは最後まで順位をキープし、15年ぶりの表彰台となる2位でフィニッシュした 大学卒業後は西鉄に就職し、全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)にも出場している。
住所 大翔(じゅうしょ ひろと、2000年1月11日 - )… 住所 大翔(じゅうしょ ひろと、2000年1月11日 - )は、日本の競歩選手。兵庫県姫路市出身。富士通所属。兵庫県立飾磨工業高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。5000m競歩、10000m競歩の高校記録保持者である。 飾磨工業高校1年から競歩を始めた。高校卒業後は、順天堂大学スポーツ科学部に進学。 高校時代インターハイで2年連続入賞。3年では国体優勝、2月U20競歩大会の10km競歩でも優勝を飾り輝かしい実績を持つ。 大学進学後も、着実に力をつけると2022年7月開催の世界陸上オレゴン大会で8位入賞を果し9月には勢いそのままに、日本学生対校選手権(全日本インカレ)で学生日本一となる。
牧瀬 圭斗(まきせ けいと、1999年12月29日 - )は… 牧瀬 圭斗(まきせ けいと、1999年12月29日 - )は、日本の陸上競技選手。佐賀県伊万里市出身。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校、順天堂大学出身。 中学時代まではバスケットボールをしており、白石高校に入ってから陸上を始めた。高校時代は同校OBである松瀬元太の指導を受けるが全国高校駅伝への出場は叶わなかった。大学は順天堂大学に進学するも「力の劣る世代」と言われ続け、箱根駅伝への出場を果たしたのも主将となった4年時が最初で最後だったが、山下りの6区で区間賞を獲得しチームの準優勝に貢献した。 卒業後は実業団のトヨタ自動車九州に進んだ。第1回奥球磨駅伝2区、2022年九州実業団毎日駅伝3区では区間賞を獲得している。
近藤 亮太(こんどう りょうた、1999年10月5日 - )… 近藤 亮太(こんどう りょうた、1999年10月5日 - )は、日本の陸上競技選手。長崎県島原市出身。順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。三菱重工マラソン部所属。 島原市立第一中学校、長崎県立島原高等学校、順天堂大学出身。 大学時代は4年時に箱根駅伝(第98回大会)の10区に出場し、チームの15年ぶり表彰台となる2位でゴールテープを切ったものの、個人では区間14位にとどまるなど大きな実績はなかった。 2025年2月24日の第13回大阪マラソンでは2秒差で優勝は逃したものの、初マラソン日本最高記録の2時間05分39秒で日本選手1位になった。この結果によって2025年世界陸上男子マラソン代表に選手された。
村山 裕太郎(むらやま ゆうたろう、1998年9月29日 -… 村山 裕太郎(むらやま ゆうたろう、1998年9月29日 - )は、兵庫県川辺郡猪名川町出身の陸上選手。専門は競歩。兵庫県立川西緑台高等学校卒業。順天堂大学を経て富士通所属。 中学時代に長距離を始め、高校でも続けたが結果が出ず1年のときに競歩に転向、兵庫県3位となり近畿大会に出場する。3年次には2016年全国高等学校総合体育大会に出場し6位に入賞。駅伝大会にも精力的に出場し、3年時には競歩選手ながら、兵庫県大会で第3区 区間4位の成績を残している。 大学は順天堂大学スポーツ健康科学部に進学。インカレ、日本選手権、全日本競歩などの大会で常に上位争いする安定感を持っていた。 そのポテンシャルを認められ、2021年から富士通所属となる。
塩尻 和也(しおじり かずや、1996年11月8日 - )は… 塩尻 和也(しおじり かずや、1996年11月8日 - )は、群馬県伊勢崎市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。群馬県立伊勢崎清明高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。富士通陸上競技部所属。 中学時代はソフトテニス部に所属していた。 高校2年時の2013年、インターハイの男子3000mSCで5位入賞。1月の全国都道府県対抗駅伝では1区で12位という成績を残す。 高校3年時の2014年、5月の群馬県高校総体3000mSCで当時高校歴代6位の記録で優勝。6月の第98回日本選手権3000mSCで当時高校歴代4位の記録で7位入賞。7月にアメリカのユージーンで開かれた第15回世界ジュニア陸上競技選手権大会の3000mSC代表となり、8分45秒66の記録(当時高校歴代2位)で9位となった。
北川 貴理(きたがわ たかまさ、1996年9月5日 - )は… 北川 貴理(きたがわ たかまさ、1996年9月5日 - )は、福井県出身の陸上競技選手。専門は短距離走。400mの自己ベストは45秒48。2016年リオデジャネイロオリンピック男子4×400mリレーの日本代表。 福井県出身。敦賀市立粟野中学校、敦賀高等学校、順天堂大学(スポーツ健康科学部スポーツ科学科)卒業。富士通陸上競技部在籍。 小学生の時から足は速く、走るのは好きだった。しかし、当時の習い事は習字くらいで、スポーツはドッヂボールクラブに顔を出す程度だったという。中学に進学して陸上部に入るか迷っていたが、担任であり陸上部顧問の先生から「迷っているならとりあえず入ってみれば?」と言われ、陸上部に入部。
油井 快晴(ゆい かいせい、1996年2月6日 - )は、日… 油井 快晴(ゆい かいせい、1996年2月6日 - )は、日本の短距離走選手。400mを専門とする。静岡県出身。 焼津市立大井川中学校、浜松市立高等学校を経て順天堂大学に入学した。
栃木 渡(とちぎ わたる、1995年5月8日 - )は、栃木… 栃木 渡(とちぎ わたる、1995年5月8日 - )は、栃木県栃木市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。実業団では日立物流陸上部を経て現在はひらまつ病院陸上部に所属。 栃木市立大平中学校、佐野日大高等学校を経て順天堂大学に進む。大平中では2011年の全国都道府県対抗男子駅伝で2区を走り区間9位、栃木県の初優勝に貢献する。佐野日大高では全国都道府県対抗男子駅伝や全国高校駅伝に栃木県代表として出場。順天堂大では1年次から箱根駅伝のメンバーに起用される。1年次の第91回箱根駅伝では8区を走り区間15位、2年次の第92回箱根駅伝、3年次の第93回箱根駅伝ではともに4区を走り2年時は区間3位、3年次は区間賞を獲得した。
作田 直也(さくだ なおや、1994年12月17日 - )は… 作田 直也(さくだ なおや、1994年12月17日 - )は、日本の陸上競技選手。千葉県千葉市出身。順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。JR東日本所属。 千葉市立有吉中学校、千葉県立長生高等学校、順天堂大学出身。 一般入試で順天堂大学に入学し、2年時までは三大駅伝に出場することはできなかった。 三大駅伝デビューとなった3年時の第92回箱根駅伝では10区を走り、1時間10分33秒で区間2位だった。 4年時の第93回箱根駅伝でも10区を担当。5位で襷を受け取ると、4位を走っていた神奈川大学を抜いて4位に浮上する。3位を走る早稲田大学の清水歓太に迫ったが追いつくことはできず、4位でフィニッシュ。個人では区間賞を獲得した。
松枝 博輝(まつえだ ひろき、1993年5月20日 - )は… 松枝 博輝(まつえだ ひろき、1993年5月20日 - )は、神奈川県南足柄市出身の陸上競技選手。専門は、長距離種目。2020年東京オリンピック代表。妻は仲野春花。 相洋高校、順天堂大学スポーツ健康科学部を卒業。2020年現在は、富士通に所属している。 小学生の頃まではソフトボールのピッチャーを務めており、たまに地域のマラソン大会に出る程度であった。また、運動会ではヒーローでしたと後のインタビューで語っている通り、小学生の頃から常に夢を持って走ってきた。岩原小学校時代はソフトボール少年だったが、家族と一緒に箱根駅伝を観戦した時、小田原中継所で目にした初代「山の神」順天堂大学の今井正人選手が果敢に山登りに挑む姿に憧れを抱いた。
田中 秀幸(たなか ひでゆき、1990年10月9日 - )は… 田中 秀幸(たなか ひでゆき、1990年10月9日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中・長距離走。愛知県出身。豊川高校、順天堂大学卒業。現在はトヨタ自動車所属。
髙瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静… 髙瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静岡県静岡市葵区出身の陸上選手。 静岡市立長田東小学校、静岡市立長田南中学校卒。小学校4年生の時から静岡市陸上教室で陸上を始める。静岡市立長田南中学校時代の記録は100mが11秒8、200mが24秒2で、県大会予選落ちのレベルだった。 静岡県立静岡西高等学校卒。高校時代の実績は200mと400mでいずれもインターハイ準決勝敗退というものだった。 順天堂大学に進み、2007年の日本ジュニア選手権400mで全国大会初入賞の5位。2009年の日本選手権リレー400mリレーで3位、1600mリレーで優勝。2010年の日本選手権リレー400mリレーで優勝、1600mリレーで2位。
高瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静… 高瀬 慧(たかせ けい、1988年11月25日 - )は、静岡県静岡市葵区出身の陸上選手。
鈴木 雄介(すずき ゆうすけ、1988年1月2日 - )は、… 鈴木 雄介(すずき ゆうすけ、1988年1月2日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は競歩。2012年ロンドンオリンピック日本代表、20Km競歩において2011年世界陸上大邱大会8位入賞、2014年仁川アジア競技大会銀メダル獲得。50km競歩において世界陸上ドーハ大会優勝などの実績を持つ。 2025年2月に山西利和が更新するまで、男子20km競歩の世界記録保持者であった。 石川県能美郡辰口町(現能美市)出身。辰口町立辰口中学校時代から陸上競技を本格的に始め、競歩選手としてスタートした。中学校時代には3000m競歩で12分42秒34、5000m競歩では21分48秒49の中学最高記録をそれぞれマークした。
今関 雄太(いまぜき ゆうた、1987年9月6日 - )は、… 今関 雄太(いまぜき ゆうた、1987年9月6日 - )は、千葉県千葉市出身の陸上競技選手。専門はハードル競走の400mハードルで、49秒27の自己ベストを持つ。2011年大邱世界選手権の日本代表。現在は渋谷幕張高校一年(2025年現在)の教員で、Team Accelに所属。 渋谷教育学園幕張中学校時代はサッカー部に所属していたが、「駅伝で借り出されて練習した陸上部の雰囲気が良かったから」という理由から、渋谷教育学園幕張高校に進学後は陸上部に入部した。400mハードルは3年時(2005年)から取り組むと、地元開催となったインターハイでは3位に入った。 大学は順天堂大学に進学。大学3年までは高校時代の自己ベスト(51秒50)を更新できながったが、4年時(2009年)に一気に49秒66まで更新。
青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の… 青木梓(あおき あずさ、1987年7月1日 - )は、日本の陸上競技選手。2004年アジアジュニア陸上競技選手権大会日本代表。専門は棒高跳。群馬県高崎市出身。高崎経済大学附属高等学校、順天堂大学卒。
小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、… 小野 裕幸(おの ひろゆき、1986年10月3日 - )は、群馬県勢多郡富士見村(現・前橋市)出身の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走。富士見村立富士見中学校、前橋育英高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。日清食品グループ所属を経て慶應義塾大学競走部長距離ブロックのコーチを務める。2005、2007、2013年世界クロスカントリー選手権日本代表。 2004年に熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた第59回国民体育大会陸上競技少年男子A 5000mに出場し14分09秒92で6位入賞(日本人4位)。2005年にはフランス・サンテティエンヌサンガルミエで開催された第33回世界クロスカントリー選手権に日本代表として出場。
佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、… 佐藤 秀和(さとう ひでかず、1986年6月7日 - )は、日本の男子陸上競技選手(長距離種目)。宮城県加美町出身。仙台育英学園高等学校卒業、順天堂大学を経てトヨタ紡織に所属した。 2002年高校駅伝の新興校である仙台育英高校に入学、その後から本格的に陸上競技に取り組んだ。元々はサッカーをしていたが宮城県中学校総合体育大会の駅伝に出場していたところ、渡辺高夫監督により見出されたことが転向のきっかけであるという。練習ではサムエル・ワンジルと切磋琢磨し力をつけた。 高校3年時には、当時佐久長聖高校3年の佐藤悠基とともにインターハイ、国体、国内主要駅伝大会等においてレベルの高い競走を繰り広げて実業団でも十分通用するほどの突出した成績を残し、ダブル佐藤という言葉まで発生した。
松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は… 松岡 佑起(まつおか ゆうき、1986年1月14日 - )は、日本の陸上競技選手(長距離種目)、京都府綴喜郡田辺町(現・京田辺市)出身。身長176cm、体重59kg。洛南高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。大塚製薬所属。現在は引退し、大塚製薬のアシスタントコーチをしている。ユニバーシアードバンコク大会男子5000m2位。2009年東アジア競技大会男子5000m2位。2010年第94回日本陸上競技選手権大会男子5000m優勝者。 中学校では野球部に所属していたが、陸上の試合にも駆り出されていたといい、中学3年になって陸上に転向した。ラストスパートが持ち味である。双子の弟(悟史)は同じ中学・高校から龍谷大学進学ののち、揃って大塚製薬に就職。
菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は… 菅井 洋平(すがい ようへい、1985年8月30日 - )は、栃木県足利市久保田町出身の元陸上競技選手。専門は走幅跳で、自己ベストは日本歴代6位の8m18。2015年北京世界選手権の日本代表。 栃木県足利市久保田町出身。血液型はO型。足利市立久野小学校、足利市立愛宕台中学校、群馬県立太田工業高等学校、順天堂大学卒業。チームミズノアスレティック、ミズノトラッククラブに所属し、2017年に現役を引退。 小学生時代は野球に取り組んでいたが、中学1年時に「個人競技のほうが自分には向いているかな」と思い、陸上競技部へ入部して陸上競技を始めた。走幅跳(と短距離)に取り組み、3年時には全日本中学校選手権に出場を果たしている(結果は予選敗退)。
森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 -… 森岡 紘一朗(もりおか こういちろう、1985年4月2日 - )は、日本の競歩選手、競歩コーチ。ユニバーシアードの20km競歩で2005年、2007年の2大会連続で銅メダル。2006年アジア競技大会20km競歩銅メダル。2008年北京オリンピックの20km競歩に出場。広州アジア大会50km競歩で3時間47分41秒のタイムで銅メダル。日本選手権の20km競歩で2010年、2011年に優勝。現在はコーチ。富士通所属。 長崎県諫早市出身。長崎県立諫早高等学校卒業、順天堂大学卒業。もとは長距離ランナーだったが、高校2年のとき競歩に転向。2003年、地元の長崎で行われた長崎ゆめ総体5000m競歩決勝でトップでフィニッシュしたが、歩型違反により失格となった。
松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、… 松瀬 元太(まつせ げんた、1984年9月25日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離。佐賀県立白石高等学校-順天堂大学。大学卒業後は出身地の佐賀県で母校白石高校の教師をしている。2007年の箱根駅伝第83回大会10区で区間新記録を樹立、この記録は2020年に嶋津雄大(創価大学)が更新するまで破られなかった。2007年の九州一周駅伝に佐賀県代表として出場した。
髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は… 髙平 慎士(たかひら しんじ、1984年7月18日 - )は、北海道旭川市出身の陸上選手。富士通陸上競技部所属。
今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸… 今井 正人(いまい まさと、1984年4月2日 - )は、陸上競技(長距離走・マラソン)選手。福島県相馬郡小高町(現・南相馬市)生まれ。妻はRKB毎日放送元アナウンサーの川添麻美。トヨタ自動車九州所属。2024年3月に現役引退を表明し、同社で指導者。2024年4月から順天堂大学スポーツ健康科学部の非常勤講師を兼任。 小高町立小高中学校→福島県立原町高等学校→順天堂大学スポーツ健康科学部→トヨタ自動車九州所属。 小中学校時代、野球部に所属しながら、駅伝でも助っ人として活躍し、小高中3年の1999年度に中学生枠で都道府県対抗男子駅伝の福島県代表に選ばれ、区間3位の成績を残した。そこで、当時早大のエースで将来を嘱望された佐藤敦之(福島県出身)と出会った。
山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山﨑 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は、日本の男性陸上競技元選手。専門は競歩。オリンピックに2004年アテネ大会から3大会連続出場し、2008年北京大会では50キロメートル競歩で日本人初の7位入賞を果たした。日本選手権50キロメートル競歩では7連覇を含む通算8度優勝した。富山県出身。順天堂大学卒業。長谷川体育施設を経て、自衛隊体育学校に所属していた自衛官。 富山県立富山商業高等学校時代の2001年9月23日、5000m競歩にて日本高校新記録、日本Jr最高記録となる19分35秒79を記録。2002年1月の日本陸上競技選手権大会20キロメートル競歩では高校生ながら1時間20分43秒の日本ジュニア最高記録(当時)で優勝。
山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は… 山崎 勇喜(やまざき ゆうき、1984年1月16日 - )は日本の男性陸上競技選手。専門は競歩。50km競歩日本記録保持者。2008年北京オリンピックでは50Km競歩で7位入賞を果たした。富山県出身。長谷川体育施設を経て、現在は陸上自衛隊(自衛隊体育学校)に所属。階級は二等陸曹。
村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - … 村上 康則(むらかみ やすのり、1983年12月30日 - )は、日本の陸上競技選手。中・長距離種目専門。福島県いわき市出身。順天堂大学卒業、元富士通陸上競技部所属、身長 178cm、体重 64kg 。 1500m で、2005年、アジア選手権4位、2009年、東アジア競技大会金メダル、2010年、日本選手権優勝等で活躍、日本歴代6位の記録を残した。また、2006年、箱根駅伝の順天堂大学往路優勝時の4区区間賞など駅伝でも活躍。2016年3月、現役引退。 中学1年生の時、バスケットボール部に所属していたが、その足の速さと持久力の才能に目をつけた陸上競技部の先生から駅伝競走に誘われ、当時福島県でトップだった選手に迫る好記録を残し、その後3年間に県大会2位、東北大会にも出場した。
難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、… 難波 祐樹(なんば ゆうき、1983年7月10日 - )は、京都府亀岡市出身の日本の陸上競技元選手(中距離走・長距離走)、現指導者。順天堂大学卒業。元JALグランドサービス所属。大分東明高等学校女子駅伝部コーチを経て、現在は京都府立洛北高等学校陸上部監督を担当。 亀岡小学校、亀岡中学校時代はサッカーをして過ごした。1999年の第4回全国都道府県対抗男子駅伝競走大会に京都府代表選手として出場、6区3kmを8:51のタイムで走破し区間賞を獲得した。 中学卒業後は駅伝の名門、洛南高等学校へ入学し陸上部に所属。2000年の第63回中国山口駅伝には洛南高校の代表選手として出場し、6区15.9kmを50:21のタイムで走破し区間賞を獲得している。
佐藤 清治(さとう きよはる、1981年5月28日 - )は… 佐藤 清治(さとう きよはる、1981年5月28日 - )は、長野県佐久市出身の日本の元陸上競技選手(主に中距離種目)である。 もともとは短距離選手だったが、中距離に才能を見出された。佐久市立浅間中学校在学中から全国大会に出場するなど、名は馳せていた[要出典]。 1997年4月、当時は県内でも無名でまだ駅伝の強化を図りつつあった佐久長聖高校に入学。高校1年(1997年)でインターハイ1500m優勝、日本高校記録を更新するなど、めざましい勢いで成長していき、800m、1500m、3000m、5000mの4種目で高校記録を更新していった。1500mは高校3年時(1999年)で日本記録(当時)まで0秒25まで迫り、日本陸上競技選手権大会1500mで優勝していることから、当時低迷していた中距離種目に光をさすこととなる。
中川 拓郎(なかがわ たくろう、1981年1月20日 - )… 中川 拓郎(なかがわ たくろう、1981年1月20日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。岐阜県下呂町出身。順天堂大学卒業。息子の中川拓海も陸上競技選手(順天堂大学在学中)。 下呂市立下呂中学校、岐阜県立益田南高等学校(現:岐阜県立益田清風高等学校)、順天堂大学出身。 中学校入学と同時に陸上競技を始める。中学1年生の時から教員になりたいと思っていたため、大学は順天堂大学を志望した。インターハイの出場経験がなかったため順天堂大学からは声がかからず。監督の澤木啓祐(当時)に売り込みにいったという。 2年時まで大きな実績はなかった。第77回箱根駅伝では本人曰く、「みんな故障して自分が残っただけ。10番目の選手だった。
八幡 賢司(やはた けんじ、1980年11月4日 - )は、… 八幡 賢司(やはた けんじ、1980年11月4日 - )は、愛媛県出身の元陸上競技選手。専門は110mハードルで、自己ベストは日本歴代10位タイの13秒58。2007年大阪世界選手権の日本代表。 愛媛県出身。北区立滝野川紅葉中学校、修徳高等学校、順天堂大学、順天堂大学大学院卒業。モンテローザ所属。 陸上は中学から始める。 修徳高等学校時代には1998年インターハイで優勝して全国タイトルを獲得した。 1999年順天堂大学に進学。大学時代(大学院を含む)は全国タイトルを獲得できなかったが、日本インカレで2位になるなど活躍。大学4年時に自己ベストが13秒台に突入した。 2005年モンテローザに入社。1年目には自己ベストを13秒85に塗り替えた。
野口 英盛(のぐち ひでもり、1980年2月22日 - )は… 野口 英盛(のぐち ひでもり、1980年2月22日 - )は、日本の陸上競技選手、指導者。専門は長距離走。大阪府出身。[兵庫]清和台中学卒業。清風高等学校、順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。その後富士通を経て、競技生活引退後、積水化学女子陸上部監督。 1998年、順天堂大学に進学した。同学年の岩水嘉孝、坂井隆則、奥田真一郎、入船満(カネボウに所属する入船敏の実弟)と共に順大クインテットと呼ばれた[誰によって?]。1年時は故障に悩まされたが、2年時の関東インカレハーフマラソンでは1時間6分12秒を記録して5位に入賞、日本インカレでも4位に入賞した。初の大学駅伝となった第11回出雲駅伝4区(5.6 km)では区間賞を獲得し、順天堂大学の初優勝に貢献した。
岩水 嘉孝(いわみず よしたか、1979年6月20日 - )… 岩水 嘉孝(いわみず よしたか、1979年6月20日 - )は、日本の元陸上競技選手・現指導者。愛知県豊橋市出身、174 cm・53 kg。 3000m障害男子の元日本記録保持者。2003年世界陸上パリ大会男子3000m障害で決勝11位。2002年釜山アジア大会男子3000m障害で準優勝・銀メダル獲得。2004年アテネオリンピック・2008年北京オリンピック代表。 豊橋市立青陵中学校・豊川高等学校・順天堂大学・トヨタ自動車・富士通・資生堂ランニングクラブのアシスタントコーチ、ヘッドコーチを経て、監督に就任。 愛知・豊川高校時代にインターハイの3000m障害に優勝した。 順天堂大学在学中は全日本インカレで同種目優勝、箱根駅伝でも優勝メンバーに名を連ねる。
高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )… 高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )は、兵庫県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。報徳学園高校、順天堂大学出身。トヨタ自動車に所属した。 報徳学園高校時代は全国高校駅伝に2回出場。1年時の第45回大会では4区区間2位でチームの3位入賞に貢献。3年時の第47回大会で1区区間4位(日本人3位)と流れを作り、チームを優勝に導く。 順天堂大学進学後はエースとして頭角を現し、箱根駅伝では1年9区―2年9区―3年2区―4年9区と4年連続出場。2年時の第75回大会では自ら区間新記録(1時間09分17秒)の快走で駒澤大学を逆転し総合優勝。3年時の第76回大会ではライバル駒澤大学のエースで同郷の1年後輩にあたる神屋伸行と23kmに渡る激しい競り合い(ともに1時間08分51秒で区間2位)を演じ、チームは総合2位。
三代 直樹(みしろ なおき、1977年3月16日 - )は… 三代 直樹(みしろ なおき、1977年3月16日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技指導者。専門は長距離種目。島根県松江市出身。島根県立松江商業高等学校、順天堂大学卒業。富士通陸上競技部所属。世界陸上選手権エドモントン大会日本代表。身長166cm、体重53kg。 順天堂大学時代は長距離トラック種目を中心に優れた結果を残し、日本インカレではダニエル・ジェンガや小林雅幸、山本佑樹(日本大学)らと頂点を競い、4年時(1998年)には5000m・10000mともに優勝を飾った。駅伝では、箱根駅伝に1年(1996年)から出場し、2年時1997年以降順天堂大学のエースとして、当時の駒澤大学のエース藤田敦史、東海大学の諏訪利成らと名勝負を演じた[独自研究?]。
伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は… 伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は、1990年代後半から2000年代前半にかけて活躍した日本の陸上競技選手。1997年に初めて20秒台をマークした。2002年アジア選手権200m代表。群馬県出身。
上野 理恵(うえの りえ、1976年6月11日 - )は、日… 上野 理恵(うえの りえ、1976年6月11日 - )は、日本の元陸上競技選手。長距離走。熊本市立商業高等学校、順天堂大学卒業、積水化学に所属した。1999年日本陸上選手権1500m優勝者。
板倉 美紀(いたくら みき、1975年8月1日 - )は、日… 板倉 美紀(いたくら みき、1975年8月1日 - )は、日本の元陸上競技(競歩)選手。 石川県羽咋郡志賀町出身。金沢高校、順天堂大学卒。中学1年から陸上競技を始める。当時は中距離走選手。顧問教諭の勧めで中学2年から競歩に取り組み才能が開花。 1992年のバルセロナオリンピック日本代表選手に選ばれ、同年9月にソウルで行なわれた世界ジュニア陸上選手権では銅メダルを獲得したが、この年の12月に練習中に交通事故にあい重傷を負う。しかし、1993年には競技会に復帰した。 金沢学院大学教務助手を経て、2009年度より石川県立大聖寺高等学校講師。2009年11月29日に能美市内の会社員と結婚。 17歳3日はロンドンオリンピック で土井杏南が更新するまで20年間、日本のオリンピック陸上競技における戦後最年少出場者であった。
海老原 亘(えびはら わたる、1973年12月12日 - )… 海老原 亘(えびはら わたる、1973年12月12日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハンマー投。2000年アジア陸上選手権金メダリスト。2001年第3回東アジア大会銅メダリスト。千葉県立天羽高等学校、順天堂大学体育学部卒業。2007年、2008年に成田西中監督として、2012年には、ちはら台南中監督として、全日本中学校陸上競技選手権大会で女子4×100mリレーを優勝へと導いている現在も教員を続けている 5回転ターンの使い手として知られ、日本人4人目の70mスロワーとなった名選手である。 1996年から東日本実業団選手権5連覇。通算6回優勝。2000年の大会では67m64の大会新記録(当時)を樹立している。
鯉川 なつえ(こいかわ なつえ、1972年8月2日 - )は… 鯉川 なつえ(こいかわ なつえ、1972年8月2日 - )は、福岡県福岡市出身の日本の女子陸上競技元選手、指導者、スポーツ解説者。専門は長距離走・マラソン。 福岡市立長丘中学校時代はバレーボール部に所属しており、全日本中学校バレーボール選手権大会に出場している。 その後、筑紫女学園高等学校へと進学し、高校3年時には全国高等学校総合体育大会(宮城)3000mで高校記録を樹立したが、レース終盤まで先頭を走りながらラスト100mで早狩実紀(京都・南八幡3年)にかわされ2位であった。さらに続くとびうめ国体(福岡)少年A3000mでも、レースを引っ張りながらラスト100mでまたしても高校記録を樹立した早狩にかわされ2位であった。
小苗 久信(こなえ ひさのぶ、1972年7月28日 - )は… 小苗 久信(こなえ ひさのぶ、1972年7月28日 - )は、日本の陸上選手。110メートルハードルを専門とした。 1997年世界陸上競技選手権大会に出場した。 大阪府立市岡高等学校、順天堂大学出身。鐘紡に所属していた。
井上 将憲(いのうえ まさのり、1972年5月1日 - )は… 井上 将憲(いのうえ まさのり、1972年5月1日 - )は、日本の男子ボブスレー選手、陸上競技選手。千葉県八千代市出身。 東海大学付属浦安高等学校から順天堂大学へと入学。大学時代には日本学生陸上競技対校選手権大会の110mハードルで優勝している。大学卒業後はミズノトラッククラブへと所属し、ユニバーシアード福岡大会代表や日本選手権での2位を経験した。 1997年、母校である東海大学付属浦安高校に非常勤講師として採用され、同年には日本選手権での110mハードルにおいて初優勝した。また同年の6月からボブスレー競技を開始し、わずか8カ月の練習で1998年長野オリンピックボブスレー2人乗り代表に選ばれた。
本川 一美(ほんかわ かずみ、1972年1月12日 - )は… 本川 一美(ほんかわ かずみ、1972年1月12日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。熊本県出身。順天堂大学卒業。現在はSUBARU陸上競技部コーチを務める。 熊本県立熊本工業高等学校、順天堂大学出身。 1、2年時は地区予選で九州学院高等学校に敗れ、全国高校駅伝に出場することはできず。3年時は記念大会(第40回大会)の南九州地区代表として出場し、1区を走ったが、区間52位に終わった。 箱根駅伝は4年連続で2区を出走。1年時は区間6位だった。2年時の第68回大会では4年連続2区区間賞を狙ったジョセフ・オツオリを抑えて区間賞を獲得する活躍を見せた。 3年時の第69回大会では右足の疲労骨折で区間最下位に沈んだが、4年時の第70回大会では区間2位と再び好走した。
金子宗弘(かねこ むねひろ、1968年6月6日 - )は、日… 金子宗弘(かねこ むねひろ、1968年6月6日 - )は、日本の陸上競技選手。十種競技前日本記録保持者。ミズノ株式会社勤務。
岩崎 利彦(いわさき としひこ、1967年10月4日-)は群… 岩崎 利彦(いわさき としひこ、1967年10月4日-)は群馬県山田郡大間々町(現・みどり市)出身の元陸上競技選手。元110mハードル日本記録保持者。日本人初の電気計時14秒突破選手。1991年世界陸上競技選手権大会代表、1992年バルセロナオリンピック代表。