牛来 正夫(ごらい まさお、1916年5月4日 - 2002… 牛来 正夫(ごらい まさお、1916年5月4日 - 2002年2月4日)は、日本の地球科学者。専門は岩石学。学位は、理学博士(九州大学・1948年)(学位論文「岩石学的見地から見た斜長石双晶の研究」)。東京教育大学教授を歴任 福島県出身。東京高等師範学校卒業。東京文理科大学を経て東京教育大学理学部教授。 1948年、「岩石学的見地から見た斜長石双晶の研究」で、九州大学より理学博士の学位を取得。井尻正二の盟友として、地学団体研究会の創設に参加、その重鎮として岩石学分野の研究活動を指導。「斜長石双晶の型に関する岩石学的研究」で日本地質学会賞を受賞。この研究は国際的にも高い評価を受け、牛来の名を世界の岩石学界に知らしめた。
春田 正治(はるた まさはる、1916年4月29日 - 20… 春田 正治(はるた まさはる、1916年4月29日 - 2005年7月24日)は、日本の教育学者、教育者。和光学園理事長を務めた。 愛知県生まれ。東京文理科大学教育科卒。山梨教育研究所、1952-68年和光学園校長、和光大学人文学部教授、1983-97年和光学園理事長。全国生活指導研究協議会、日本生活教育連盟。社会科および生活指導について実践・研究した。
勝守 すみ(かつもり すみ、1916年4月16日 - 198… 勝守 すみ(かつもり すみ、1916年4月16日 - 1982年3月17日)は、日本の歴史学者。専門は日本中世史。 富山県富山市生まれ。富山県立富山高等女学校を経て、1937年に奈良女子高等師範学校文科を卒業し、金蘭会高等女学校教諭。1938年に富山市立富山高等女学校教諭となる。1940年東京文理科大学入学。国史学を専攻し、同期に津田秀夫らがいる。1942年に卒業。1943年、群馬師範学校助教授を経て、1946年同校教授。1951年に群馬大学学芸学部講師となり、1953年助教授、1972年に同大学教育学部教授。 勤務地である群馬県の地域史研究に務め、関東長尾氏や太田道灌の研究を進めた。
品川 不二郎(しながわ ふじろう、1916年4月15日 - … 品川 不二郎(しながわ ふじろう、1916年4月15日 - 2012年3月28日)は、日本の教育心理学者。東京学芸大学名誉教授。 東京文理科大学卒、1962年「知能とpersonality traitsとの構造的関連に関する研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。東京学芸大学助教授、教授、1980年定年退官、名誉教授、洗足学園短期大学教授。1989年勲三等旭日中綬章叙勲。妻の品川孝子も教育学者で、共著も多い。 2012年3月28日に死去した事が親族からの死亡届により判明した。
辻 昶(つじ とおる、1916年3月22日 - 2000年5… 辻 昶(つじ とおる、1916年3月22日 - 2000年5月15日)は、日本のフランス文学者。東京教育大学名誉教授。ヴィクトル・ユゴーを専門とし多くの翻訳を行った。 画家・辻永の長男として東京に生まれる。ドイツ文学者の辻瑆は弟。旧制武蔵高等学校卒、東京帝国大学仏文科卒、東京教育大学教授、1980年定年退官、名誉教授、白百合女子大学教授。 2000年、急性リンパ性白血病のため死去。
福田 陸太郎(ふくだ りくたろう、1916年2月9日 - 2… 福田 陸太郎(ふくだ りくたろう、1916年2月9日 - 2006年2月4日)は、日本の英米文学者、比較文学者、詩人、東京教育大学名誉教授。紫綬褒章・勲三等旭日中綬章受章。追叙従四位。 1916年、石川県羽咋市生まれ。1940年、東京文理科大学英文科を卒業した。 卒業後は東京高等師範学校に勤務。太平洋戦争後の1947年、東京教育大学助教授に就任した。のち教授に昇任。1948年には、太田三郎、中島健蔵らと共に日本比較文学会を創立。1949年から3年間ソルボンヌ大学に研究留学。1961年からはフルブライト交換教授として1年間米国の諸大学に派遣された。1977年に東京教育大学を定年退官し、名誉教授となった。
真篠将(ましの すすむ、しょう、1916年1月14日 - 2… 真篠将(ましの すすむ、しょう、1916年1月14日 - 2014年9月24日)は、日本の文部官僚・音楽教育学者。 山形県出身。1941年東京音楽学校甲種師範科卒、愛知第一師範学校教授、東京市永田町国民学校教諭、東京音楽学校講師、1948年東京文理科大学教育学科卒。文部省へ入り、教育行政に携わる。1975年岡山大学教授。1980年兵庫教育大学教授。86年定年退官、名誉教授。没後、従四位。
今井 文男(いまい ふみお、1916年1月9日 - 1995… 今井 文男(いまい ふみお、1916年1月9日 - 1995年12月16日)は、国文学者。専門は俳諧、文学表現。 1916年、愛知県犬山市に生まれる。1935年、青山師範学校本科二部を卒業。1936年、東京高等師範学校文科第二部(国語・漢文専攻)入学、諸橋轍次・垣内松三・能勢朝次の教えを受ける。1939年、東京高等師範学校を3年で修了し、東京文理科大学文学部国語学国文学専攻に入学。 1941年、東京文理科大学を卒業。1950年、金沢大学金沢高等師範学校教授、1952年、東海大学助教授、1954年、金城学院大学助教授、1956年、東京教育大学講師、1958年、金城学院大学教授を歴任。1975年、愛知淑徳大学設立に伴って同大学へ移籍、教授兼文学部長。
中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 20… 中田 祝夫(なかだ のりお、1915年11月30日 - 2010年4月13日)は、日本の国語学者、筑波大学名誉教授。 奈良県奈良市生まれ。東京文理科大学卒業。1958年「古点本の国語学的研究総論編」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。戦後、東京教育大学教授、筑波大学教授、1980年定年退官、名誉教授、愛知大学教授。1986年退職。1989年春、勲三等旭日中綬章受勲。 2010年、心不全のため94歳で死去。 漢文古訓点の権威で、『古語大辞典』編纂のほか、『日本霊異記』の全訳などで知られるが、専門は古辞書で、節用集諸本の影印作成、索引作成を行った。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
桜庭 信之(さくらば のぶゆき、1915年11月15日 -2… 桜庭 信之(さくらば のぶゆき、1915年11月15日 -2011年10月25日)は、日本の英文学者、東京教育大学・国際短期大学名誉教授。櫻庭信之が正しい表記。 中華民国・ハルビン市生まれ。秋田県で育つ。1937年東京高等師範学校英語科卒業。1943年(旧制)東京文理科大学英文科卒業。1945年東京文理科大学大学院修了後、1946年東京高等師範附属小学校教諭。1948年東京文理科大学附置東京高等師範学校教授。1952年東京教育大学文学部助教授。1954年ロンドン大学留学(1955年まで)。1967年1月「絵画と文学 ホガース論考」で東京教育大学で文学博士取得。1967年4月東京教育大学文学部教授。
間宮 武(まみや たけし、1915年10月20日 - 200… 間宮 武(まみや たけし、1915年10月20日 - 2000年1月6日)は、日本の心理学者。横浜国立大学名誉教授。 神奈川県生まれ。東京文理科大学心理学科卒。東京府立桜町高等女学校教諭、東京都立第七中学校教諭、神奈川師範学校教授、1950年横浜国大助教授、1961年「性差に関する心理学的研究」で広島大学より文学博士の学位を取得。1962年教授、1981年定年退官、名誉教授、共立女子大学教授、1986年退職。1989年日本心理学会名誉会員。2000年1月6日、肺炎のため死去。 性差心理学専攻、純潔教育を推進した。
板垣 清一郎(いたがき せいいちろう、1915年9月7日 -… 板垣 清一郎(いたがき せいいちろう、1915年9月7日 - 1993年10月2日)は、日本の政治家。元山形県知事(5期、在任期間:1973年10月 - 1993年2月)。山形県西村山郡左沢町(現在の大江町)出身。栄典は従三位・勲一等・瑞宝章。 左沢町議を3期務めた板垣米作の長男として生まれる。祖父・井上金太郎は製糸工場を経営し、左沢町長も務めた地域の有力者であった。NHK解説主幹を務めた板垣信幸は従甥。県立寒河江中学校(現在の山形県立寒河江高等学校)を卒業後、1934年東京高等師範学校に入学するが、2年後に腹肋膜炎を患い中退する。 両羽銀行(現在の山形銀行)行員、繊維会社経営を経て、1947年に山形県議会議員に初当選。
浅野 建二(あさの けんじ、1915年8月24日 - 199… 浅野 建二(あさの けんじ、1915年8月24日 - 1990年7月17日)は、日本の音楽学者、民謡・歌謡研究者。学位は、文学博士(東京教育大学・論文博士・1962年)(学位論文(「日本歌謡の研究」)。山形大学名誉教授。 宮城県仙台市生まれ。1941年東京文理科大学国文科卒、群馬県師範学校教諭、1943年群馬師範学校助教授、1947年教授、宮城県第二高等女学校教諭、1950年山形大学山形師範学校教授、山形大学教育学部助教授、1962年「日本歌謡の研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。1963年山形大学教授、1977年附属図書館長・評議員、1981年定年退官、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
真船 和夫(まふね かずお、1915年8月10日 - 200… 真船 和夫(まふね かずお、1915年8月10日 - 2006年2月4日)は、日本の理科教育学者。 東京出身。東京文理科大学生物学科植物学専攻卒。岡山師範学校教員をへて、東京学芸大学助教授、1971年教授。1979年定年退官。1954年科学教育研究協議会の創設に参加、科学教育に関与する。日本子どもの本学会会長。1966年「さ・え・ら伝記ライブラリー」で産経児童出版文化賞(出版社の受賞)。
清水 房雄(しみず ふさお、1915年8月7日 - 2017… 清水 房雄(しみず ふさお、1915年8月7日 - 2017年3月3日)は、日本の歌人。 千葉県生まれ。本名・渡辺弘一郎。東京文理科大学卒。大学で加藤楸邨と同期。1938年『アララギ』に入会、土屋文明・五味保義に師事、九州小倉で国語教師、のち予科練の教官になり、土浦、西宮、高野山と移り倉敷海軍航空隊で敗戦を迎える。戦後は都立高校で教え、東京都立九段高等学校教頭、東京都立北園高等学校校長、昭和女子大学教授などを歴任。そのかたわら『アララギ』編集に携わる。1990年から2008年まで読売歌壇選者。97年『アララギ』終刊後、『青南』編集委員。漢詩・漢籍に造詣が深く、宮中歌会始選者も務め、2005年には歌会始の召人も務めた。
和歌森 太郎(わかもり たろう、1915年(大正4年)6月1… 和歌森 太郎(わかもり たろう、1915年(大正4年)6月13日 - 1977年(昭和52年)4月7日)は日本の歴史学者、民俗学者。東京教育大学名誉教授。専門は日本の民衆史・修験道史。
中垣内 勝久(なかがいち かつひさ、1915年1月5日 - … 中垣内 勝久(なかがいち かつひさ、1915年1月5日 - 1991年7月2日)は、三重県出身のサッカー選手、サッカー指導者。 東京文理科大学附置東京高等師範学校体育科の在学中より蹴球部に所属。在学中の1935年6月に開催された全日本蹴球選手権大會(第15回天皇杯全日本サッカー選手権大会)に松永行らと出場して準優勝の成績を残した。 1939年に卒業して京都府庁で勤務。また、同時期に東京文理科大学教育学部に進学して、1945年に卒業している。なお、1940年6月に開催された紀元二千六百年奉祝東亜競技大会のサッカー日本代表に選出されたが、出場機会は無かった。なお、1951年12月に開催された親善試合のヘルシンボリIF戦で日本代表として出場を果たした。
津留 宏(つる ひろし、1915年(大正4年) - 1982… 津留 宏(つる ひろし、1915年(大正4年) - 1982年(昭和57年)10月13日)は、日本の心理学者。神戸大学名誉教授。発達心理学、青年心理学専攻。 東京生まれ。東京文理科大学心理学科卒。神戸大学教育学部助教授、教授、1979年定年退官、名誉教授。
大塚 徳郎(おおつか とくろう、1914年11月12日 - … 大塚 徳郎(おおつか とくろう、1914年11月12日 - 2002年9月16日)は、日本史学者。宮城教育大学名誉教授。平安時代政治史が専門。 東京府東京市(現・東京都渋谷区)出身。1939年東京文理科大学卒、1965年「平安初期政治史研究」で東京教育大学文学博士。 東北大学教養部助教授、宮城教育大学教授、1978年学長となり、のち名誉教授。1987年勲二等旭日重光章受勲。
松永 行(まつなが あきら、1914年9月21日 - 194… 松永 行(まつなが あきら、1914年9月21日 - 1943年1月20日)は、静岡県志太郡出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 静岡県志太郡東益津村(現焼津市)出身。松永信夫、松永碩は実弟。静岡県立志太中学校(現:静岡県立藤枝東高等学校)に入学してサッカー部に所属した。なお、笹野積次は志太中での1年先輩に当たる フォワードを務め、100メートルを10秒8台で走る俊足であったという。東京文理科大学附置東京高等師範学校に入学し、蹴球部に所属。在学中の1935年6月に開催された全日本蹴球選手権大會(第15回天皇杯全日本サッカー選手権大会)に中垣内勝久らと出場して準優勝の成績を残した。 1936年のベルリンオリンピックの日本代表に選出。
小林 茂(こばやし しげる、1914年9月10日 - 199… 小林 茂(こばやし しげる、1914年9月10日 - 1993年8月21日)は、歴史学者、部落解放運動家。 大阪府出身。東京文理科大学卒業。下関市立大学教授をへて、名古屋学院大学教授。 近世農業経済史、萩藩の明治維新史などを研究。部落解放研究所名誉理事を務めた。
金原勇(きんぱら いさむ、1914年8月22日- )は、日本… 金原勇(きんぱら いさむ、1914年8月22日- )は、日本の陸上競技選手・体育学者、筑波大学名誉教授。 旧姓・加島。東京文理科大学卒。1936年全日本陸上競技選手権大会走高跳優勝。1973年「筋の力の出し方に関する基礎的研究 Eccentricな筋力の特性について」で東邦大学医学博士。東京教育大学助教授、教授、スポーツ研究所長、筑波大学体育科学学系長。78年定年退官、筑波大学名誉教授。武蔵野体育研究所主宰。体育原理、バイオメカニクス、陸上競技、トレーニング、コーチングほか。
金子 孫市(かねこ まごいち、1914年5月2日 - 199… 金子 孫市(かねこ まごいち、1914年5月2日 - 1996年7月5日)は、日本の教育学者。東京教育大学名誉教授。 福島県生まれ。会津中学校(現福島県立会津高等学校)卒、1939年東京文理科大学卒、46年同大学助手、1951年東京教育大学助教授、教授、1978年定年退官、名誉教授、文教大学教授。85年退職、インターカルト日本語学校校長。
山本 荘毅(やまもと そうき、1914年5月1日 - 199… 山本 荘毅(やまもと そうき、1914年5月1日 - 1999年2月14日)は、日本の地理学者・陸水学者。専門は、地下水水文学。筑波大学名誉教授、東京成徳短期大学名誉教授。 1914年、千葉県銚子市に生まれた。千葉県立匝瑳中学校(現在の千葉県立匝瑳高等学校)、千葉県師範学校本科第2部、東京高等師範学校文科第四部(地歴)を経て、東京文理科大学地学科に入学した。地理学専攻で学び、1940年に卒業。 卒業後は南満州鉄道に就職して、地下水資源の開発にあたった。 戦後は農林省に技官として勤務し、アメリカ地質調査所へ留学。その後は地盤沈下調査事務所長も務めた。1952年、学位論文『満洲の地下水の水理地質学的研究』を東京大学に提出して理学博士を取得した。
杉本 尚雄(すぎもと ひさお 1914年4月16日 – 1… 杉本 尚雄(すぎもと ひさお 1914年4月16日 – 1970年8月10日 )は、日本の歴史研究者。 熊本県鹿本郡出身。1934年熊本師範学校を卒業し、1935年東京高等師範学校文科に入学。1938年に同校を卒業し、東京文理科大学国史学専攻に入学。1941年に同学を卒業。東京高等師範学校助教授などを経て、1944年東京第二師範学校教授。その後、熊本師範学校教授となり、1949年に熊本大学助教授、1960年に同教授。 専門は日本中世史で、武士団の祭祀組織や九州地方の宮座組織、肥後菊地氏の研究を進め、1961年「中世の神社と社領」により、東京教育大学から文学博士の学位を授与される。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
米山 寅太郎(よねやま とらたろう、1914年2月5日 - … 米山 寅太郎(よねやま とらたろう、1914年2月5日 - 2007年4月19日)は、日本の漢字学者。 長野県出身。東京文理科大学を卒業後、同校助手となる。1949年諸橋轍次編の『大漢和辞典』で、用例を充実する仕事を引き受ける。1960年の完成後、1966年から修訂作業を始め、1986年に完成させた。静嘉堂文庫長、静嘉堂文庫美術館長も務めた。 1986年に勲三等瑞宝章を受章した。2007年4月19日、呼吸不全のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小牧 治(こまき おさむ、1913年11月16日 - 200… 小牧 治(こまき おさむ、1913年11月16日 - 2000年5月21日)は、日本の倫理学者。東京教育大学名誉教授。専門は西洋哲学、特にイマヌエル・カントの哲学や実存主義、カント倫理学の研究で知られる。 京都府生まれ。東京文理科大学哲学科卒。フランクフルト大学に留学。1961年、「社会と倫理 カント倫理思想の社会史的考察」で東京教育大学文学博士。東京教育大学教授。1977年、退任、名誉教授。 2000年5月21日、急性心不全のため死去。
井坂 行男(いさか ゆきお、1913年(大正2年)10月12… 井坂 行男(いさか ゆきお、1913年(大正2年)10月12日 - 1994年(平成6年)8月10日)は、日本の教育学者。学位は、文学博士(東京教育大学)。筑波大学名誉教授。 茨城県生まれ。1938年東京文理科大学教育学科卒業。東京府立豊島師範学校教授、文部省事務官教育心理主任。第二次世界大戦後、東京教育大学助教授、教授、1962年「Kriminal pädagogikの研究」で、東京教育大学より文学博士の学位を取得。筑波大学教授、1977年定年退官、名誉教授。
馬場 四郎(ばば しろう、1913年9月19日 - 1972… 馬場 四郎(ばば しろう、1913年9月19日 - 1972年6月15日)は、日本の教育社会学者。 滋賀県出身。1942年東京文理科大学倫理学科卒業。1946年文部省教科書局局員となり、「社会科」教科の誕生に努め、小、中学校教師と協力、社会科教育のあり方を追求した。1950年東京教育大学助教授、教授。1962年「明治以降日本史教科書の研究 その類型とContent analysis」で東京教育大文学博士。コア・カリキュラム連盟(のち日本生活教育連盟)の運動、日教組の教育研究運動にも参加した。
齋藤 美洲(さいとう びしゅう、1913年8月10日 - 1… 齋藤 美洲(さいとう びしゅう、1913年8月10日 - 1997年8月26日)は、英文学者、東京教育大学名誉教授。 東京文理科大学卒。東京教育大学助教授、教授、1977年定年退官、名誉教授。大妻女子大学教授も務めた。 1997年8月26日、肺炎のため死去。
吉田 徳之助(よしだ とくのすけ、1913年7月25日 - … 吉田 徳之助(よしだ とくのすけ、1913年7月25日 - 2010年2月10日)は、日本の数学者。教育者。 1913年(大正2年)京都府に生まれる。1933年(昭和8年)京都師範学校、1936年(昭和11年)東京高等師範学校を卒業後、東京文理科大学数学科に入学。1939年(昭和14年)に卒業後、東京高等師範学校講師を務める。第二次世界大戦中は岡村博を責任者とした航空力学の研究にも携わった。 1945年(昭和20年)京都工業専門学校教授、1952年(昭和27年)京都工芸繊維大学教授、後に大阪工業大学教授を経て1978年(昭和53年)京都工芸繊維大学学長に就任。 兄の吉田梅次郎は、半導体工学の第一人者として芝浦工業大学教授などを務めた。
伊瀬 仙太郎(いせ せんたろう、1913年〈大正2年〉6月2… 伊瀬 仙太郎(いせ せんたろう、1913年〈大正2年〉6月23日 - 1999年〈平成11年〉12月17日)は、東洋史学者。東京学芸大学名誉教授。位階は従四位。勲三等瑞宝章。 1913年、香川県伊吹島(現観音寺市)で生まれた。香川師範学校、東京高等師範学校を経て、東京文理科大学を卒業。 卒業後は、母校の東京文理科大学副手に採用された。後に助手昇格。その後東京第一師範学校に転じ、1949年に同校が新制大学として東京学芸大学となってからは同大学助教授。その後教授昇格。1961年、学位論文『中国民族と周辺諸民族との交流に関する研究:特に隋唐時代を中心として』を東京教育大学に提出して文学博士号を取得。1978年に東京学芸大学を定年退官し、名誉教授となった。
三枝 三郎(さいぐさ さぶろう、1913年(大正2年)6月1… 三枝 三郎(さいぐさ さぶろう、1913年(大正2年)6月11日 - 2014年(平成26年)2月22日)は、日本の内務・警察官僚、政治家。衆議院議員(3期)、福田派。 白鳥大橋の建設に尽力した。 北海道、現在の室蘭市で生まれる。旧制室蘭中学校(現北海道室蘭栄高等学校)を経て、1939年(昭和14年)東京文理科大学哲学科を卒業。同年10月、高等試験行政科に合格。同年、内務省入省し大阪府属となる。 以後、三重県、福岡県で勤務。1945年(昭和20年)宮内省書記官、1946年(昭和21年)警視庁警備交通部警備課長、1954年(昭和29年)警視長・和歌山県警察本部長、1960年(昭和35年)初代内閣総理大臣官房広報室長、1964年(昭和39年)総理府特別地域連絡局長を歴任。
永沢 幸七(ながさわ こうしち、1913年3月24日 - 2… 永沢 幸七(ながさわ こうしち、1913年3月24日 - 2010年9月17日 )は、日本の心理学者、東京家政学院大学名誉教授。 宮城県古川市(現・大崎市古川)生まれ。宮城県古川高等学校卒業。東京文理科大学心理学科卒。(筑波大学卒。)同研究科修了。同大助手、非常勤講師をへて東京家政学院大学教授。1984年定年退任、国士舘大学教授。
北小路 健(きたこうじ けん、1913年1月25日 - 19… 北小路 健(きたこうじ けん、1913年1月25日 - 1991年10月22日)は、国文学者、古文書学者。本名は渡部 栄(わたなべ さかえ)。 1913年、福島県会津若松市生まれ。両親ともに教師。父親の転勤に従い渡満し、大連春日小学校、 大連一中を経て1931年に東京高等師範学校文科第二部国漢科(1934年東京文理科大学国文科に転入)に入学。能勢朝次、山岸徳平らに師事して「源氏物語」研究を志す。父の死後、父に世話になったという人から家宝だという古書の『源氏物語』54冊を贈呈され、それが従一位麗子本源氏物語であることを発見し、これを論文にした。 1937年、東京文理科大学国文科を卒業。召集されたものの、病のため除隊となり、満州で中学教師として勤める傍ら研究を続けた。
石塚 経雄(いしづか つねお、1913年1月12日 - 19… 石塚 経雄(いしづか つねお、1913年1月12日 - 1992年11月25日)は、日本の哲学研究者。 徳島県生まれ。1938年東京文理科大学哲学科卒。1975年「実存的人格主義と弁証法的自己否定の倫理 N・ベルジャーエフを巡って」で東京教育大学文学博士。静岡大学教養部助教授、65年教授。71年同附属図書館長、76年定年退官、名誉教授、浜松短期大学教授、学長。
吉田 正俊(よしだ まさとし、1913年 - 1998年11… 吉田 正俊(よしだ まさとし、1913年 - 1998年11月8日)は、日本の英文学者。 東京生まれ。1940年東京文理科大学英文科卒。福原麟太郎に師事。共立女子大学助教授、教授、1984年定年、名誉教授。フランス文学者・吉田城は息子。
多賀 秋五郎(たが あきごろう、1912年10月19日 - … 多賀 秋五郎(たが あきごろう、1912年10月19日 - 1990年5月15日)は、日本の東洋史学者。 岐阜県出身。1949年東京文理科大学史学科東洋史卒、東京教育大学大学院教育研究科博士課程教育史専攻満期退学、1962年「宗譜の研究」で文学博士。中央大学文学部助教授、1959年教授、1983年定年、名誉教授、国士舘大学教授。1978年紫綬褒章、1983年勲三等瑞宝章受勲。1985年「中国宗譜の研究」で日本学士院賞受賞。アジア教育史、中国の同姓・血縁の集団である宗族の系譜、ほか郷里の飛騨史も研究した。
阿部 俊子(あべ としこ、1912年9月2日 - 1993年… 阿部 俊子(あべ としこ、1912年9月2日 - 1993年)は日本の国文学者。学習院名誉教授(元学習院女子短期大学教授)、元大正大学教授。『伊勢物語』の研究で著名。 岡山県出身。1934年(昭和9年)、東京女子高等師範学校卒業。1937年(昭和12年)、東京文理科大学国語学国文学科卒業。国文学(古代)専攻。1964年(昭和39年)、「大和物語を中心とした歌物語の研究」で文学博士(東京教育大学)。1955年学習院女子短期大学着任、1978年退職、学習院名誉教授、のち大正大学教授等を務める。夫は文学者の阿部秋生。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大崎 正次(おおさき しょうじ、 1912年9月 - 199… 大崎 正次(おおさき しょうじ、 1912年9月 - 1996年7月23日)は、日本の東洋史学・天文学史家。 1912年9月東京に生まれる。東京文理科大学(現在の筑波大学)史学科(東洋史学)を卒業した。東京大学史料編纂所所員、日本学士院嘱託を経て、東京都立九段高等学校教諭となる。天文学に関しては、中学生の頃から野尻抱影、神田茂に師事し、星に親しんだという 。 『天文方関係史料』では、「天文方代々記」をはじめ重要な天文方資料を多く翻刻している。神田茂編の『日本天文史料』の調査では、広瀬秀雄と共に大崎が重要な貢献をした。また、『近世日本天文史料』は、神田が残した17世紀以降の史料リストの原稿を大崎らが古本屋で偶然入手し整理・増補して出版したものである(同書の序文、および日本天文学会『天文月報』の書評)。
須甲 鉄也(すこう てつや、1912年8月30日 - 199… 須甲 鉄也(すこう てつや、1912年8月30日 - 1998年4月19日)は、日本の動物学者。専門は甲殻類の発生学や、河川の生態学(特に環境破壊による動物相の年代的遷移)。 長野県長野市出身。東京文理科大学卒業。1938年理学博士。1941年埼玉師範学校教授、1964年埼玉大学文理学部教授、教養部教授、学生部長、教育学部長から1978年名誉教授、1980年から1987年まで学長。 国立大学協会教養課程特別委員会長、天然記念物北海道犬保護会長、埼玉県環境アセスメント会長、さいたま緑のトラスト協会理事、埼玉県立自然博物館協会長など多数の役職を歴任した。勲二等旭日重光章。 著書には「動物発生学実験法」、「大学教養生物学」などがある。
佐伯 正一(さえき しょういち、1912年(大正元年)8月2… 佐伯 正一(さえき しょういち、1912年(大正元年)8月2日 - 2007年(平成19年)9月)は、日本の教育学者。京都教育大学名誉教授。 島根県生まれ。1942年東京文理科大学教育学科卒。1965年「産業革命期イギリスにおける民衆教育発展の実態とその問題点についての研究」で東京教育大学より教育学博士の学位を取得。奈良学芸大学助教授、京都学芸大学助教授、校名変更で京都教育大学教授、1976年定年退官、名誉教授、関西外国語大学教授、1983年退職。1985年勲三等旭日中綬章受勲。2007年9月死去、95歳。 長男は思想史学者の佐伯啓思。
橋本 武(はしもと たけし、1912年7月11日 - 201… 橋本 武(はしもと たけし、1912年7月11日 - 2013年9月11日)は、日本の国語教師、国文学者、元灘校(灘中学校・高等学校)教頭。京都府宮津市出身。中学の3年間をかけて中勘助の『銀の匙』を1冊読み上げる国語授業「『銀の匙』授業」で知られる。
西山 松之助(にしやま まつのすけ、1912年6月28日 -… 西山 松之助(にしやま まつのすけ、1912年6月28日 - 2012年1月8日)は、日本の歴史学者。東京教育大学名誉教授。弟子に歴史学者の竹内誠がいる。 1912年、兵庫県赤穂市有年村で生まれた。1932年に姫路師範学校を卒業し、東京高等師範学校に進んだ。1937年に高等師範学校を卒業し、東京文理科大学史学科に入学。国史学を専攻し、1940年に卒業。在学中の1935年から臨済禅の修業をし、1937年、「蔵雲」の道号を授けた。 卒業後は母校・東京高等師範学校の助手となり、1944年に同助教授、1949年に教授に昇格。1949年5月に新制東京教育大学の発足とともに東京高等師範学校は包摂されることとなったため、1950年より東京教育大学助教授となった。
酒井 忠夫(さかい ただお、1912年3月25日 - 201… 酒井 忠夫(さかい ただお、1912年3月25日 - 2010年2月19日)は、日本の中国史学者。 1912年、福井県坂井郡棗村小幡(現・福井市)で生まれた。東京高等師範学校を経て、東京文理科大学東洋史学科に進学。1935年に卒業。 修了後は、中華民国・東亜研究所に勤務。敗戦で引き揚げ帰国。 1961年、学位論文『中国善書の研究』を東京教育大学に提出して文学博士号を取得。東京教育大学教授を務め、1975年に定年退官し、東京教育大学名誉教授となった。その後は、シンガポール南洋大学客員教授。1976年より立正大学教授を務め、1982年に退任した。2010年に死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
大瀬 久市(おおせ きゅういち、1912年(明治45年)2月… 大瀬 久市(おおせ きゅういち、1912年(明治45年)2月24日 - 1949年(昭和24年)4月10日)は、昭和前期の教育者、公吏(地方公務員)、政治家。衆議院議員。 長崎県北松浦郡出身。長崎県師範学校を卒業し、長崎県公立小学校訓導、東京市王子小学校訓導、赤羽小学校訓導を務めた。 その後苦学して1939年(昭和14年)東京文理科大学(のち東京教育大学)教育学科を卒業した。東京市役所に入り、同書記、東京都属、同主事を歴任した。 1947(昭和22年)4月の第23回衆議院議員総選挙に長崎県第2区から民主党公認で出馬して次点で落選。1949(昭和24年)1月の第24回総選挙では無所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。
高橋 貞一(たかはし さだいち、1912年〈明治45年〉2月… 高橋 貞一(たかはし さだいち、1912年〈明治45年〉2月20日 - 2003年〈平成15年〉3月14日)は、日本の国文学者。 香川県出身。東京文理科大学卒、1961年論文「軍記物語の研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。京都府立の高等学校教諭、立命館大学教授を経て、佛教大学文学部教授。1982年定年退任、名誉教授となる。中古・中世文芸、軍記物語が専門。『保元物語』の著者を葉室時長とする説がある。
西沢 一俊(にしざわ かずとし、1912年2月3日 - 20… 西沢 一俊(にしざわ かずとし、1912年2月3日 - 2012年10月10日)は、日本の化学者、東京教育大学名誉教授。 長野県更級郡布施村(現・長野市)出身。長野県諏訪中学校(現・長野県諏訪清陵高等学校)を経て、1933年東京高等師範学校三年修了、1936年東京文理科大学生物学科植物学専攻卒、1948年「Studien uber die enzymatische Spaltung von Galaktosiden (ガラクトシドの酵素分解に関する研究) 」」で理学博士。 1936年東京文理科大学副手、1945年上田繊維専門学校講師、1949年信州大学繊維学部助教授、1957年から1959年まで州立アラバマ大学に留学し糖質化学を学ぶ。
阿部 三亥(あべ かずい、1911年11月23日 - 196… 阿部 三亥(あべ かずい、1911年11月23日 - 1964年7月9日)は、日本の保健医療学者である。医学博士。 福島県に生まれ、1940年東京文理科大学心理学科卒。1943年東京慈恵会医科大学医学科卒。東京教育大学教授。学校保健に関して様々な著作を残す。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
尾留川 正平(びるかわ しょうへい、1911年9月13日 -… 尾留川 正平(びるかわ しょうへい、1911年9月13日 - 1978年1月21日)は、日本の地理学者。専門分野は農業地理学。村落の開拓過程や農業地域形成論、地域調査論を主な研究テーマとした。学位は、理学博士(東京教育大学・論文博士・1953年)。筑波大学名誉教授。日本地理学会第14代会長。旧姓は原(はら)。 岐阜県吉城郡船津町(現・飛驒市)生まれ。1941年、東京文理科大学地学科地理学専攻卒。1951年、同助教授。1952年、東京教育大学助教授。1953年、「裏日本海岸砂丘の地理学的研究 開拓及び土地利用とその因子」で東京教育大学より理学博士の学位を取得。1965年、教授。1972年 - 1974年、日本地理学会会長。