渡邉 守邦(わたなべ もりくに、1937年11月2日 - 2… 渡邉 守邦(わたなべ もりくに、1937年11月2日 - 2022年11月24日)は、日本の国文学者。専門は日本近世文学。実践女子大学名誉教授。 1961年、東京教育大学文学部国語国文学専攻卒業。1967年、同大学大学院博士課程日本文学専攻単位取得退学。1967年、大妻女子大学専任講師、1970年、同助教授。1977年、国文学研究資料館助教授、1984年、同教授。1989年、国文学資料館を退職、同名誉教授、実践女子大学教授。2007年、実践女子大学を定年退職、名誉教授。
もっと読む
塚田 紀美子(つかだ きみこ、1937年(昭和12年)10月… 塚田 紀美子(つかだ きみこ、1937年(昭和12年)10月26日 - )は、日本の体操選手。現姓は望月。 愛知県名古屋市出身。東京教育大学卒。大学卒業後、東芝レコード(現・EMIミュージック・ジャパン)に入社。 1960年ローマオリンピックに出場し、女子団体総合4位、個人総合21位だった。 その後大妻女子大学、淑徳保育生活文化専門学校で講師を務める。1986年、NHKの番組『さわやかシェイプアップ』に講師で出演していた小野清子が同年7月6日に行われた第14回参議院議員通常選挙に立候補したことにより同番組を降板したため、その後任で講師・体操振付・インストラクターとして出演していた。 娘は同じ体操選手の望月のり子。
もっと読む
姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は… 姫田 光義(ひめた みつよし、1937年10月2日 - )は、日本の歴史学者。専門は中国現代史、中国共産党史。中央大学経済学部名誉教授。筆名=武内 香里(タケウチ カオリ)。アジア政経学会、日本平和学会会員。「撫順の奇蹟を受け継ぐ会」会員。映像民俗学者の姫田忠義は兄。 兵庫県神戸市出身。東京教育大学文学部東洋史学科卒。東京教育大学大学院東洋史学専攻博士課程修了。1967年、日本国際問題研究所所員。1972年、香港総領事館特別研究員(~1973年10月)。1975年、中央大学助教授。1977年、同教授。1993年、同学生部長(~1995年)。2008年、同退職、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
もっと読む
竹内 善徳(たけうち よしのり、1937年 <昭和12年> … 竹内 善徳(たけうち よしのり、1937年 <昭和12年> 8月27日 - 2006年 <平成18年> 5月14日)は、日本の柔道家。1962年全日本選手権の覇者。国際柔道連盟副会長、筑波大学名誉教授らを歴任。叙従四位、授瑞宝中綬章。 北海道札幌市出身。北海道札幌東高等学校で本格的に柔道をはじめ、北海道チャンピオンとなる。高校卒業後は柔道の道を志し東京教育大学(のちの筑波大学)へ進学。大学での同級生に学生初の全日本選手権覇者となる猪熊功がいたが、2人の先輩にあたる長谷川博之(埼玉県柔道連盟副会長)は「荒武者でファイターの猪熊に対し、竹内は理論派で紳士」と語っている 1960年に大学を卒業すると、大分の大分上野丘高校にて教師に。
もっと読む
久保田 成子(くぼた しげこ、1937年8月2日 - 201… 久保田 成子(くぼた しげこ、1937年8月2日 - 2015年7月23日)は、新潟県西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)出身でニューヨークを拠点に活動した美術家・映像作家である。映像と彫刻を組み合わせた「ヴィデオ彫刻」の先駆的な存在として国際的に評価された。夫は同じ美術家のナム・ジュン・パイク。 1937年、新潟県西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)に生まれる。 母方久保田家の曾祖父・十代右作(久保田右作)は貴族院議員、地元小千谷市の発展に尽力した。母方の祖父・久保田彌太郎は水墨画家(雅号は翁谷)。成子は祖父の影響で芸術的な雰囲気の家庭に育つ。高校から新潟大学教授に絵を習い、在学中「二紀展」に入選。高校の美術教員が彫刻家であったことと、女性の彫刻家が少なかったという理由から、久保田は彫刻の道を志すようになる。
もっと読む
島田 良夫(しまだ よしお、1937年7月23日 - )は、… 島田 良夫(しまだ よしお、1937年7月23日 - )は、日本の男性アナウンサー。東京都新宿区出身。東京教育大学卒業。中部日本放送を退社後、テレビ東京に入社。その後、同社を定年退職。 テレビ東京時代、2003年3月まで31年間続いた「早指し将棋選手権」・「早指し新鋭戦」(プロ将棋の公式棋戦)の司会を、初年度から最終年度まで務め上げた。最後の6年間は、定年退職後での司会である。番組冒頭での定番の台詞は、「テレビ将棋対局の時間でございます。朝のひとときを早指し将棋でお楽しみください。」である。 将棋大賞の選考委員も務め、選考会議におけるやりとりの様子は「将棋世界」誌に掲載された。 2008年、70歳のときに、第15回「大山康晴賞」を日本将棋連盟から授与された。
もっと読む
藤井 英嘉(ふじい ひでよし、1937年(昭和12年)6月1… 藤井 英嘉(ふじい ひでよし、1937年(昭和12年)6月10日 - )は、日本の教育学者・体育学者。北海道教育大学10代学長。現在、北海道教育大学名誉教授、びわこ成蹊スポーツ大学スポーツ学部教授・学部長、大阪成蹊女子高等学校校長を経て、札幌ベルエポック美容専門学校学校長。福岡県出身。 東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、北海道伊達高等学校体育教諭に着任。北海道教育委員会を勤めたのち、1968年(昭和43年)北海道教育大学教育学部講師。その後、同教育学部助教授。同教育学部教授。1988年(昭和63年)同釧路校主事。1995年(平成7年)北海道教育大学学長。1999年(平成11年)北海道教育大学停年退官。
もっと読む
遠藤 幸雄(えんどう ゆきお、1937年(昭和12年)1月1… 遠藤 幸雄(えんどう ゆきお、1937年(昭和12年)1月18日 - 2009年(平成21年)3月25日)は、日本の元体操競技選手。日本大学名誉教授。 秋田県秋田市広面字谷内佐渡出身。秋田工業高校から東京教育大学(現筑波大学)卒業。 広面小3年生の時に母親を亡くし、久保田中1年 の冬から養護施設感恩講で育つ。中学2年の時、先生の勧めで体操部に入部し、市内大会では数々の表彰台に上がる。 同じ秋田県出身の小野喬を目標に競技を続け、東京教育大学在学時代から体操競技日本代表選手に選ばれてオリンピック、世界選手権など数々の国際大会に出場した。1964年東京オリンピックでは日本選手としては初めてとなる個人総合優勝を果たした。
もっと読む
倉持 晴美(くらもち はるみ、1937年1月7日 - )は、… 倉持 晴美(くらもち はるみ、1937年1月7日 - )は、日本の英文学者、共立女子大学名誉教授。 東京教育大学英文科卒、1967年東京都立大学大学院人文科学研究科英文学専攻博士課程を満期退学。東京成徳短期大学講師、助教授、教授、1990年共立女子大学教授。2007年定年、名誉教授。18 - 19世紀の英国小説、特に女性作家が専門。夫は英文学者の倉持三郎。
もっと読む
萱原 昌二(かやはら しょうじ、1937年 - )は、日本の… 萱原 昌二(かやはら しょうじ、1937年 - )は、日本の教育学者。専門は、日本史教育。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む
木本 至(きもと いたる、1937年 - )は日本の文芸・文… 木本 至(きもと いたる、1937年 - )は日本の文芸・文化・歴史評論家。群馬県出身。 1959年、東京教育大学教育学科卒業。光文社で『女性自身』『二人自身』の編集を手がけ、1966年退社。 以後、書評、評論に活躍。伝記物と性文化論などを得意とする。 おもな著書に『にっぽん先駆者物語』『オナニーと日本人』『医の時代-高松凌雲の生涯』『評伝・宮武外骨』『雑誌で読む戦後史』など。
もっと読む
小林 一美(こばやし かずみ、男性、1937年 - )は、日… 小林 一美(こばやし かずみ、男性、1937年 - )は、日本の中国史学者、神奈川大学名誉教授。長野県生まれ。1969年東京教育大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。75年名城大学助教授、86年神奈川大学外国語学部教授。2005年退職。中国近代史、特に義和団の乱について研究。
もっと読む
小松 聰(こまつ そう、さとし、1937年 - )は、マルク… 小松 聰(こまつ そう、さとし、1937年 - )は、マルクス経済学者。専門は国際経済論、経済政策論。宇野理論に基づく現状分析を手掛けた。 静岡県生まれ。1956年静岡県立浜松北高等学校卒業。1960年東京教育大学文学部経済学科卒業。1965年同大学大学院文学研究科経済学専攻博士課程修了。学部・大学院で大島清に師事。1986年「ニューディールの経済体制 : 失業救済政策を中心として」経済学博士(北海道大学)。松山商科大学講師、経済学部助教授、筑波大学社会科学系助教授、教授。筑波大学を停年前に退職後、東京家政学院筑波女子大学教授。のち東日本国際大学経済学部教授。
もっと読む
鈴木 智夫(すずき ともお、1937年 - 2025年)は、… 鈴木 智夫(すずき ともお、1937年 - 2025年)は、日本の歴史学者。元愛知学院大学教授。専門は東洋史、中国近代史(社会経済史)。博士(文学)。
もっと読む
古澤 邦夫(ふるさわ くにお、1937年 ‐ 2016年)は… 古澤 邦夫(ふるさわ くにお、1937年 ‐ 2016年)は日本の化学者。専門は、コロイド・界面化学。筑波大学教授。第27回日本油化学会論文賞受賞。世界に先駆けDLVO(Derjaguin-Landau-Verway-Overbeek)理論の実験的証明を行ったことで名高い。 1937年 栃木県で生まれる。 1967年 東京教育大学(現筑波大学)大学院理学研究科(博士)修了。理学博士。 1967年 東京教育大学(現筑波大学)大学院理学研究科助手。 1971年 ワーゲニンゲン大学 (オランダ) 研究員。Hans Lyklema教授と親交を深める。 1976年 筑波大学化学系助教授。 1993年 第27回日本油化学会論文賞受賞。
もっと読む
丹 喬二(たん きょうじ、1937年 - 2011年1月3日… 丹 喬二(たん きょうじ、1937年 - 2011年1月3日)は、日本の歴史学者。元日本大学文理学部教授。専門は宋代社会経済史を中心とした中国前近代史。 東京教育大学卒業。修士(文学)。日本大学文理学部で2007年前学期まで教授。 コーヒー、タバコ、風呂、散歩、孫と遊ぶことが好きである。[独自研究?] この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
もっと読む
飛高隆夫(ひだか たかお、1936年12月22日-2020年… 飛高隆夫(ひだか たかお、1936年12月22日-2020年10月16日)は、日本近代文学研究者。大妻女子大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1959年東京教育大学文学部国文科卒、1965年同大学院文学研究科博士課程満期退学、1967年大妻女子大学文学部専任講師、1970年助教授、1982年教授。1997年退職、名誉教授、皇學館大學教授、2005年退職。
もっと読む
笠原 成元(かさはら しげよし、1936年11月3日 - )… 笠原 成元(かさはら しげよし、1936年11月3日 - )は、東京都出身のバスケットボール指導者である。筑波大学名誉教授、中村学園大学教授。 1959年東京教育大学(現在の筑波大学)卒業。ヤシカで1960年熊本国体に出場し、引退後の1961年より学習院大学専任講師となり指導者に転じる。1964年に東京オリンピックで吉井四郎のアシスタントコーチを務め、1972年ミュンヘンオリンピックで監督として指揮を執った。またユニバーシアード、世界選手権などでもコーチを務めた。 筑波大学の監督や日本バスケットボールコーチコミッティの会長を務めた後、秋田銀行女子バスケット部ヘッドコーチを2010年から2011年まで務めた。
もっと読む
功力 靖雄(くぬぎ やすお、1936年 10月21日- )は… 功力 靖雄(くぬぎ やすお、1936年 10月21日- )は、日本の野球指導者。東京都出身。東京都立駒場高等学校、東京教育大学卒業。 元筑波大学硬式野球部監督。22年間、43シーズン指揮をとり、チームを首都大学野球連盟で3度の優勝に導く。1987年には第18回明治神宮野球大会にて優勝し、国立大学初の日本一を達成。教え子の中からは多くの指導者も誕生し、全国で活躍。大学の地元茨城県では、秋に筑波大学野球部出身者が野球部監督・部長を務める高校が参加する功力杯という大会が行われ、功力の功績を讃えている。筑波大学名誉教授。
もっと読む
宮田 登(みやた のぼる、1936年〈昭和11年〉10月14… 宮田 登(みやた のぼる、1936年〈昭和11年〉10月14日 - 2000年〈平成12年〉2月10日)は、日本の民俗学者。学位は、文学博士(東京教育大学・1976年)。筑波大学名誉教授。元・日本民俗学会会長。国文学者の藤沢袈裟雄は実父。 神奈川県横浜市生まれ。1960年(昭和35年)東京教育大学文学部卒業。同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1976年(昭和51年)、「ミロク信仰の研究 : 日本における伝統的メシア観」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。 東京教育大学助手、東京学芸大学助教授、筑波大学歴史人類学系助教授、同教授を経て、退官後に神奈川大学経済学部教授。 国立歴史民俗博物館客員教授、文化庁文化財保護審議会専門委員などもつとめた。
もっと読む
築地 美孝(つきじ よしたか、1936年9月16日 - )は… 築地 美孝(つきじ よしたか、1936年9月16日 - )は、熊本県玉名郡長洲町出身のマラソンランナー、スポーツ指導者。 熊本県立玉名高等学校を経て、1959年、東京教育大学体育学部卒。 大学卒業後、東京急行電鉄陸上部監督を経て,東急鯱パスKK勤務の傍ら数々のマラソンランナーの育成に努める。 経歴が日本マラソンの父である金栗四三と同一である。
もっと読む
長尾 高明(ながお たかあき、1936年8月6日 - 200… 長尾 高明(ながお たかあき、1936年8月6日 - 2008年2月26日)は、日本の国文学者・国語教育学者。 東京出身。東京教育大学文学部卒業。宇都宮大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
もっと読む
北原 保雄(きたはら やすお、1936年8月4日 - 202… 北原 保雄(きたはら やすお、1936年8月4日 - 2024年2月22日)は、日本の国語学者・言語学者。位階は従三位。学位は文学博士(筑波大学・1981年)(学位論文「日本語助動詞の研究」)。筑波大学名誉教授・元学長。新潟産業大学名誉学長。独立行政法人日本学生支援機構元理事長、文化審議会委員(国語分科会会長)。 新潟県柏崎市出身。新潟県立柏崎高等学校、1960年、東京教育大学卒業。1968年、同大学大学院文学研究科国語学博士課程中退。東京都公立学校教員、和光大学講師、助教授を経て、1974年に筑波大学文芸・言語系助教授。1981年「日本語助動詞の研究」で筑波大学より文学博士の学位を取得。1984年に同大学教授に就任。
もっと読む
清水 寛(しみず ひろし、1936年7月29日 - 2026… 清水 寛(しみず ひろし、1936年7月29日 - 2026年1月27日)は、日本の教育学者。知的障害児教育が専門。埼玉大学名誉教授。 東京生まれ。1960年東京教育大学教育学部特殊教育学科卒業、同大学院博士課程満期退学。埼玉大学教育学部講師、助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授。全国障害者問題研究会委員長、顧問。2002年『セガン 知的障害教育・福祉の源流』(編著)で第24回社会事業史学会文献賞受賞。2017年秋の叙勲で、瑞宝中綬章受章。
もっと読む
大槻 義彦(おおつき よしひこ、1936年6月18日 - )… 大槻 義彦(おおつき よしひこ、1936年6月18日 - )は、日本の物理学者(放射線物性、核物性、大気電気学)。早稲田大学名誉教授。理学博士(東京大学、1965年)。テレビタレント。 身長169センチメートル。宮城県角田市出身(その後茨城県古河市に在住し、東京都に拠点を持つ)。 球電(プラズマ)の物理学的研究の第一人者。1990年、電磁波で火の玉を作ることに世界で初めて成功。それまで鬼火、狐火などと呼ばれ心霊的現象とされてきた火の玉(怪火)が科学現象である可能性の一つを提示した。 超常現象のひとつとして一時期話題となった「ミステリーサークル」という呼称の先駆者でもある。 長男の大槻東巳は、父親同様に物理学者(東京大学理学部卒、上智大学理工学部物理学科教授)。
もっと読む
栗田 子郎(くりた しろう、1936年5月16日 - 201… 栗田 子郎(くりた しろう、1936年5月16日 - 2019年8月22日)は、日本の植物学者。千葉大学名誉教授。理学博士(東京都立大学 (1949-2011))。日本植物学会、アメリカ植物学会、国際シダ学会他、会員。 静岡県掛川市に生まれた。1958年に東京教育大学理学部生物学科を卒業し、1962年に、千葉大学文理学部生物学科助手、1971年に理学部生物学科助教授、1992年に教授となった。シダ植物の染色体の構造を観察し、シダ植物の進化の道筋とその仕組みのを明らかにする研究などを行った。研究室の学生が種子を作らず球根の分裂で繁殖する日本産のヒガンバナを研究テーマに選び、日本各地の集団間の染色体の変異の有無を調べる研究を行うことになったことから、東アジアのヒガンバナ科の研究を行い、その経緯と成果を一般向けの科学書『ヒガンバナの博物誌』として発表した。
もっと読む
桑原 敏明(くわはら としあき、1936年5月5日 - 20… 桑原 敏明(くわはら としあき、1936年5月5日 - 2019年7月27日)は、日本の教育制度学者、筑波大学名誉教授。フランス教育制度の研究を専門とする。愛媛県生まれ。 1960年東京教育大学教育学部卒、1966年東京教育大学大学院教育学研究科博士課程中退。同年東京教育大学教育学部助手に就任し、1968年から愛知教育大学教育学部講師・助教授・教授を経て、1975年に東京教育大学教育学部助教授。1976年に筑波大学教育学系助教授、1986年に教授を経て、筑波大学副学長の後に定年退官。昭和女子大学教授も務めた。日本教育制度学会創設に尽力し、1999年から会長。日本フランス教育学会理事も歴任。2019年7月27日、心不全のため死去。
もっと読む
市村 緑郎(いちむら ろくろう、1936年4月21日 - 2… 市村 緑郎(いちむら ろくろう、1936年4月21日 - 2014年4月27日)は、茨城県下妻市出身の彫刻家、日本芸術院会員。 茨城県立下妻第一高等学校卒業。1961年、日展初入選。1962年、東京教育大学教育学部芸術学科彫塑専攻卒業、同大学院に進むが6月に中退。 1977年、文部省在外研究員として渡欧。1983年、埼玉大学教授。1986年、白日会会務委員、1987-1992年・彫刻部事務局長。1987年、日展審査員。2001年、日展評議員。2002年、埼玉大学定年退官、名誉教授。崇城大学美術学科教授。 2005年、さいたま市文化賞。2006年、日展理事。日本芸術院賞受賞。2008年、日本芸術院会員。
もっと読む
高橋 均(たかはし ひとし、1936年3月- )は、日本の中… 高橋 均(たかはし ひとし、1936年3月- )は、日本の中国文献学者、東京外国語大学・大妻女子大学短期大学部名誉教授。 神奈川県に生まれる。東京教育大学文学部漢文学科卒業、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。日中学院講師、東京教育大学文学部助手、鹿児島大学教育学部助教授、東京外国語大学外国語学部教授、2005年定年退官、名誉教授、大妻女子大学短期大学部教授。2016年退職、名誉教授。2014年「論語義疏の研究」で博士(文学・筑波大学)。妻は高橋由利子。 (たかはし ゆりこ、1948年ー2021年7月27日)は、中国文献学者。 愛媛県出身。お茶の水女子大学卒、同大学院中退。上智大学助教授、教授。
もっと読む
田口 和夫(たぐち かずお、1936年2月13日 - )は、… 田口 和夫(たぐち かずお、1936年2月13日 - )は、国文学者、文教大学名誉教授。埼玉県岩槻市末田生まれ、1958年東京教育大学国文科卒、1962年同大学院博士課程満期退学、東京都立赤羽高等学校教諭、東京学芸大学附属高等学校教諭、静岡英和女学院短期大学専任講師、助教授、教授、文教大学教授、法政大学能楽研究所所員、98年「能・狂言研究 中世文芸論考」で法政大学文学博士。2007年文教大学を定年退任、名誉教授。
もっと読む
小野 清子(おの きよこ、1936年〈昭和11年〉2月4日 … 小野 清子(おの きよこ、1936年〈昭和11年〉2月4日 - 2021年〈令和3年〉3月13日)は、日本の体操選手、政治家。位階は従三位。勲等は旭日大綬章。旧姓は大泉。 参議院議員(3期)、環境政務次官(第2次海部改造内閣)、社団法人日本音楽著作権協会理事長、国家公安委員会委員長(第69・70代)、内閣府特命担当大臣(青少年育成及び少子化対策担当、食品安全担当)、参議院予算委員長、独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長、笹川スポーツ財団理事長などを歴任した。 宮城県岩沼市に生まれ、その後秋田県秋田市に移る。幼少時、病弱だったため体操を始めた。 1952年の国民体育大会で後の夫となる同じ秋田県出身で4学年上の体操選手の小野喬と知り合った。
もっと読む
天野 清(あまの きよし、1936年 - 2022年)、日本… 天野 清(あまの きよし、1936年 - 2022年)、日本の心理学者。東京教育大学教育学研究科(実験心理学専攻)博士課程単位修得退学。国立国語研究所、九州大学教育学部、国立教育研究所を経て、中央大学文学部教授。教育学博士。専門は教育心理学。 幼児のかな文字の読みの習得の過程を明らかにし、日本教育心理学会から城戸奨励賞を受賞した。 ロシア語に堪能で、1972-1973年はモスクワ大学留学、1975-1976年はソ連邦科学アカデミー心理学研究所派遣研究員として旧ソビエト連邦に滞在し、モスクワ大学のアレクサンドル・ルリア教授とも親交を深めていた。 ソビエト心理学に系譜を持つ活動理論に関しては国際的な活躍を示し、ISCAR(International Society of Cultural-Historical Activity Research)の前身であるISCRAT(International Standing Committee for Research on Activity Theory)の委員を務めた他、ISCARでは理事(2002-2005)を務めた。
もっと読む
泉谷 周三郎(いずみや しゅうざぶろう、1936年 - )は… 泉谷 周三郎(いずみや しゅうざぶろう、1936年 - )は、日本の哲学研究者。横浜国立大学名誉教授。 東京生まれ。1955年秋田県立横手高等学校卒、東京教育大学卒、1966年同大学院博士課程中退、福島工業高等専門学校講師、横浜国立大学教育人間科学部助教授、教授、附属横浜中学校校長、2000年定年、中部大学教授、聖学院大学客員教授。
もっと読む
田中 真澄(たなか ますみ、1936年 - )は、日本の社会… 田中 真澄(たなか ますみ、1936年 - )は、日本の社会教育家。 福岡県大牟田市出身。1959年、東京教育大学を卒業し、日本経済新聞社に入社する。販売の第一線を経験し、日米合弁会社「日経マグロウヒル社」に出向。「日経ビジネス」の創刊業務に従事。書店を経由せず、すべて直販。しかも「読者を選ぶ」という、それまで日本にはない販売方法を確立し、同誌を我が国の代表的雑誌に導く。1979年、同社を退社。ヒューマンスキル研究所を設立した。 日本初のモチベーショナル・スピーカーとして、全国の企業、商工会、学校で講演を行っており、その数は7,500回を超えている。全国に熱狂的な「田中ファン」がいて、リピート講演が絶えない。
もっと読む
長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月… 長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月26日)は、日本の国文学者・国語教育学者。 東京出身。東京教育大学文学部卒業。宇都宮大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
もっと読む
鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本… 鷺 只雄(さぎ ただお、1936年 - 2018年)は、日本近代文学の研究者、都留文科大学名誉教授。文学博士。 福島県いわき市生まれ。東京教育大学文学部国文科卒業。都留文科大学教授を務め、2002年定年退官。中島敦、芥川龍之介、壺井栄を研究。腎不全で闘病し、姉から腎臓移植を受けた経験を描いた『姉から贈られたいのち』がある。2012年日本児童文学学会特別賞受賞。2013年『評伝壺井栄』でやまなし文学賞受賞。2018年9月20日、82歳で逝去。[要出典]
もっと読む
江連 隆(えづれ たかし、1935年12月19日‐2003年… 江連 隆(えづれ たかし、1935年12月19日‐2003年3月22日)は、日本の国語・漢文教育学者、弘前大学名誉教授。 栃木県生まれ。東京教育大学卒、同大学院修士課程修了。都内で高校教諭の後、1971年弘前大学教育学部助教授、国語教育と漢文を担当。のち教授、2000年定年退官、名誉教授。高校国語教科書・国語辞典・漢和辞典の編集に携わる。
もっと読む
宗内 敦(むねうち あつし、1935年12月8日 - )は、… 宗内 敦(むねうち あつし、1935年12月8日 - )は、日本の臨床心理学者。都留文科大学名誉教授、随筆家。日本教育心理学会終身会員。日本ペンクラブ会員。生徒指導と性格検査法を専攻。 東京教育大学教育学部心理学科を卒業後、東京家庭裁判所調査官、都留文科大学助教授・教授、明星大学教授(2006年3月まで)。 生徒指導ではとりわけ教師権威の教育臨床心理学的問題を考究、投影法性格検査ではカラー・ピラミッド・テスト(CPT)の日本における標準化などを行い、CPTの権威である。 1992年、教育・文芸同人誌『琅』を興し、それに拠って、さまざまな社会的発言をなしている(2016年10月現在、第31号まで発行。
もっと読む
天野 正治(あまの まさはる、1935年11月23日- )は… 天野 正治(あまの まさはる、1935年11月23日- )は、日本の教育学者、筑波大学名誉教授。教育哲学、比較・国際教育学専攻。 満州奉天生まれ。広島県出身。1958年東京教育大学卒。64年同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1965年「Spranger陶冶理想論の研究」で教育学博士。ベルリンのマックス・プランク教育研究所に留学。1966年国立教育研究所所員、1973年東京教育大学教育学部助教授兼任、ボン大学客員教授、1984年国立教育研究所第一研究部長、1985年筑波大学教育学系教授、99年定年退官、名誉教授、聖徳大学教授、2006年退職。
もっと読む
柚木 馥(ゆのき ふく、1935年11月22日 - 2007… 柚木 馥(ゆのき ふく、1935年11月22日 - 2007年1月30日)は、日本の障害児教育研究者。岐阜大学名誉教授。 群馬県出身。1958年東京教育大学教育学部特殊教育専攻卒、1965年北海道大学大学院教育学研究科博士課程満期退学、岐阜大学教育学部講師、助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、桜花学園大学教授。1999年「知的障害者の法外小規模施設における教育実践」で北海道大学より博士(教育学)の学位を取得。
もっと読む
石野 倬(いしの あきら、1935年8月22日 - 2012… 石野 倬(いしの あきら、1935年8月22日 - 2012年7月2日)は、元NHKアナウンサー。 香川県出身。高松高校、東京教育大学卒業後の1958年入局。囲碁や将棋関係の番組を担当したほか、大河ドラマ「勝海舟」などのナレーションを担当した。2000年頃までアナウンサーとして活動し、その後桐蔭横浜大学工学部教授を務めた。
もっと読む
峰岸 明(みねぎし あきら、1935年6月29日 - 201… 峰岸 明(みねぎし あきら、1935年6月29日 - 2012年6月23日)は、日本の国語学者。横浜国立大学名誉教授。 埼玉県出身。東京教育大学卒。妻は児童文学作家の安房直子。東洋大学助教授を経て、1984年、横浜国立大学教授。「平安時代古記録の国語学的研究」で、1986年、新村出賞、1987年、角川源義賞を受賞。1999年、定年退官、名誉教授。2012年6月23日、死去。
もっと読む
横浜 康継(よこはま やすつぐ、1935年6月2日 - 20… 横浜 康継(よこはま やすつぐ、1935年6月2日 - 2018年8月13日)は、日本の海藻学者、元筑波大学教授。 東京府(現東京都足立区)出身。1958年東京教育大学理学部植物学科卒。1964年同大学院博士課程修了、「光発芽種子の光要求性に関する変異の解析」で理学博士。1965年東京教育大理学部附属臨海実験所助手、1972年講師、1975年助教授、1976年筑波大学下田臨海実験センター助教授、教授、2001年定年退官、志津川町自然環境活用センター、南三陸町自然環境活用センター研究員。潜水士。2011年海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)を受賞。
もっと読む
深谷 和子(ふかや かずこ、1935年5月14日 - 202… 深谷 和子(ふかや かずこ、1935年5月14日 - 2024年1月2日)は、日本の臨床心理学者、東京学芸大学名誉教授。幼児臨床心理学が専門。夫は教育学者の深谷昌志。 東京出身。東京教育大学教育学部心理学科卒業、1963年同大学院教育学研究科博士課程満期退学、同大学教育相談所勤務、1974年東京学芸大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、東京成徳大学人文学部教授、同心理・教育相談センター長。2006年退任。 2024年1月2日、死去。88歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む
内田 勝(うちだ まさる、1935年4月22日 - 2008… 内田 勝(うちだ まさる、1935年4月22日 - 2008年5月30日)は、日本の雑誌編集者。北海道生まれ。 講談社発行の漫画雑誌『週刊少年マガジン』第3代編集長。 1935年北海道に出生し、小学6年生から埼玉県越生町へ転居する。地元の小中学校を卒業後、川越高校を経て東京教育大学へ入学する。在学中に結核を患い、1年間休学した。1959年に講談社を受験し、一度は身体検査で不合格となったが、大学の主任教授梅根悟の推薦状で入社を許された。 『週刊少年マガジン』には創刊時から携わり、1965年に第3代編集長に就任する。怪獣ものの企画で同誌の売上を伸ばし、30万部だった発行部数を1年で50万部に増大させた。
もっと読む
角替 弘志(つのがえ ひろし、1935年4月19日 - )は… 角替 弘志(つのがえ ひろし、1935年4月19日 - )は、日本の教育学者(社会教育学)。静岡大学名誉教授。 静岡大学教育学部教授、静岡大学教育学部附属浜松小学校校長、静岡大学教育学部学部長、常葉学園大学教育学部教授、常葉学園大学大学院国際言語文化研究科研究科長、常葉学園大学副学長、常葉学園大学学長などを歴任した。 静岡県清水市(のちの静岡市)出身。岡国民学校の初等科に通っていたが、太平洋戦争の空襲により校舎が焼失したため、庵原郡両河内村の知り合いの家に疎開することになった。終戦に伴い、母と二人で、小笠郡佐束村の父方の伯父の下に身を寄せることになった。伯父の家から佐束村国民学校の初等科に通うことになったが、のちに佐束村での生活を振り返って「つらい思い出、楽しい思い出が、この時期に一杯詰っている。
もっと読む
松村 多美(まつむら たみ、1935年3月12日 - )は、… 松村 多美(まつむら たみ、1935年3月12日 - )は、日本の俳人。 東京生まれ。1957年東京教育大学国文科卒。高校教師となる。俳人大野林火・野沢節子に師事。1993年6月主宰誌「四葩(よひら)」創刊。俳誌「四葩」主宰。文京学院大学非常勤講師、文京学院大学生涯学習センター講師。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
もっと読む
下宮 忠雄(しもみや ただお、1935年3月7日 - )は、… 下宮 忠雄(しもみや ただお、1935年3月7日 - )は、日本の言語学者。ゲルマン語学・比較言語学分野を専門とし、学習院大学名誉教授。 東京都出身。1961年早稲田大学第二文学部卒業(英語文学)、1964年東京教育大学修士号(ゲルマン語学・比較言語学)取得。ボン大学、サラマンカ大学に留学。弘前大学講師、助教授、学習院大学助教授、教授を歴任し、現在、同名誉教授。
もっと読む
三浦 仁(みうら ひとし、1935年1月21日 - )は、日… 三浦 仁(みうら ひとし、1935年1月21日 - )は、日本近代文学研究者。山梨県立女子短期大学教授を歴任。 茨城県生まれ。東京教育大学国文科卒、1966年同大学院博士課程単位修得。山梨県立女子短期大学国文科教授を務めた。
もっと読む
深澤 秀男(ふかざわ ひでお、1935年1月5日 - )は、… 深澤 秀男(ふかざわ ひでお、1935年1月5日 - )は、東洋史学者、岩手大学名誉教授。 東京生まれ。東京教育大学史学科卒、同大学院東洋史専攻修士課程修了。1958年共立女子高等学校教諭、1966年四国学院大学講師、助教授、1974年教授、1979年岩手大学教授、1999年定年退官、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
もっと読む