スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
西澤 洋和(にしざわ ひろかず、1955年6月23日 - )… 西澤 洋和(にしざわ ひろかず、1955年6月23日 - )は元NHKアナウンサー。 群馬県出身。群馬県立高崎高校、早稲田大学卒業後1979年入局。初任地は帯広。徳島、甲府、仙台、室蘭、東京アナウンス室、帯広、札幌、2006年室蘭局に放送部長(のち副局長)として異動し、現場を離れたがアナウンス代行を務めたこともあった。2009年函館と勤務。2013年アナウンスルームの一覧から消去される。現在は退職。
三澤 洋史(みさわ ひろふみ、1955年〈昭和30年〉3月3… 三澤 洋史(みさわ ひろふみ、1955年〈昭和30年〉3月3日 - )は、日本の指揮者、作曲家。指揮者デビュー当時は、新字体の三沢洋史と表記していた。 群馬県多野郡新町(現・高崎市新町)出身。群馬県立高崎高等学校卒業。国立音楽大学声楽学科卒業。声楽を原田茂生、中村健に、作曲を増田宏三、和声学を島岡譲に師事。在学中より指揮者を志し、指揮法を山田一雄に学ぶ。1981年(昭和56年)渡独、ベルリン芸術大学指揮科でハンス=マルティン・ラーベンシュタインに師事し、1984年(昭和59年)同大学を首席で卒業。同年9月ベルリン・カラヤン・コンクールにファイナリストとして入選。1985年の「東京の夏音楽祭」でブリテン『カーリュー・リバー』でオペラ指揮者としてデビューを果たす。
角皆 優人(つのかい まさひと、1955年1月26日 - )… 角皆 優人(つのかい まさひと、1955年1月26日 - )は、日本のフリースタイルスキー選手(モーグル・エアリアル・アクロなど)・水泳選手、スキー指導者、作家。 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎高等学校卒業、青山学院大学中退。 高校までは水泳選手として活動し、1972年200メートル個人メドレー群馬県優勝他。高校の同級生に指揮者 三澤洋史、政治家 下村博文がいる。 青山学院大学在学時代フリースタイルスキーに取り組み、学内にフリースタイルスキーチームを創設、初代部長を務める。 1978年~1986年、全日本フリースタイルスキー選手権大会総合優勝7回、種目別優勝35回(全日本フリースタイルスキー協会主催・全日本スキー連盟主催大会)。
菊池誠一(きくち せいいち、1954年12月16日 - )は… 菊池誠一(きくち せいいち、1954年12月16日 - )は、日本の考古学者、昭和女子大学名誉教授。ベトナム考古学専攻。博士(学術) 群馬県高崎市滝川地区(旧滝川村)生まれ。群馬県立高崎高等学校卒業。1983年学習院大学大学院人文科学研究科修士課程修了。群馬県立吉井高等学校教諭など群馬県内の高校教員を歴任。1996年昭和女子大学大学院研究所国際文化研究所所員、1999年、国際協力事業団(現、JICA)派遣短期専門家(ベトナム)。2007年から昭和女子大人間文化学部教授。2011年から国際文化研究所副所長。2014年筑波大学大学院博士課程単位取得退学。2020年3月、昭和女子大学定年退職。昭和女子大学名誉教授。
下村 博文(しもむら はくぶん、1954年〈昭和29年〉5月… 下村 博文(しもむら はくぶん、1954年〈昭和29年〉5月23日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)。 文部科学大臣(第18代・第19代)、内閣官房副長官、文部科学大臣政務官、法務大臣政務官などを歴任。自由民主党では政務調査会長(第59代)、選挙対策委員長(第7代)、憲法改正推進本部長、幹事長代行(第4代)、総裁特別補佐、副幹事長、国会対策副委員長、東京都連会長、国会では、衆議院法務委員長、議院運営委員会理事などを歴任。あしなが育英会の副会長を務めた。全日本剣道道場連盟現全日本剣道道場連盟会長。 群馬県群馬郡倉渕村(現・高崎市)で生まれ、現住所は東京都板橋区西台4丁目に置く。
羽鳥 光彦(はとり みつひこ、1954年 - )は、日本の国… 羽鳥 光彦(はとり みつひこ、1954年 - )は、日本の国土交通技官。第23代気象庁長官。 群馬県出身。1972年群馬県立高崎高校卒業。1982年3月25日、東北大学大学院理学研究科博士課程修了、論文「風波の発達における非線形過程の実験的研究」で東北大学理学博士。同年気象庁入庁、舞鶴海洋気象台配属。2000年大阪管区気象台技術部長。観測部管理課長、総務部企画課長等を経て、2007年福岡管区気象台長、2009年4月予報部長、2011年1月18日第23代気象庁長官に就任。2014年3月末で退官した。同年一般財団法人気象業務支援センター理事長。2024年、瑞宝重光章受章。
中島 政希(なかじま まさき、1953年8月13日 - )は… 中島 政希(なかじま まさき、1953年8月13日 - )は、日本の政治家、政治史研究家。元衆議院議員(1期)。公益財団法人「友愛」理事。一般財団法人「東アジア共同体研究所」評議員長。政治団体「政党政治研究所」代表。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。大学院では政治外交史を専攻、指導教授は大畑篤四郎。同時期の大畑研究室の先輩に多賀秀敏(早稲田大学教授)、後輩に篠原初枝(早稲田大学教授)がいた。 大学院在学中の1977年11月から自由民主党の石田博英の政策担当秘書を務める。当時は公設政策担当秘書制度がない時代で、政策専門の秘書をもつ政治家は稀だった。
渡辺 章悟(わたなべ しょうご、1953年 - )は、日本の… 渡辺 章悟(わたなべ しょうご、1953年 - )は、日本の仏教学者。東洋大学名誉教授。 1953年、群馬県多野郡吉井町(現・高崎市)生まれ。群馬県立高崎高等学校を経て、1977年に法政大学文学部哲学科を卒業し、1983年に東洋大学大学院文学研究科仏教学専攻博士課程を満期退学する。2005年に『金剛般若経の研究』で東洋大学より博士(文学)の学位を取得する。 1992年にインド・デリー大学 St. Stephan’s College哲学科客員研究員、1995年に東洋大学文学部インド哲学科助教授を経て、同大学教授に就任。その間、東京大学、国際仏教学大学院大学、早稲田大学大学院非常勤講師、大正大学総合仏教学研究所講師を歴任。
清水 一彦(しみず かずひこ、1952年2月17日 - )は… 清水 一彦(しみず かずひこ、1952年2月17日 - )は、日本の演出家、NHKのエグゼクティブディレクター。
深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本… 深井 隆(ふかい たかし、1951年8月6日 - )は、日本の彫刻家。 1951年、群馬県高崎市に生まれる。1970年群馬県立高崎高等学校卒業。浪人時代は早稲田の古本屋街をうろちょろし、BTや美術書を買い漁っていた。 1976年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。1978年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。1984年より東京藝術大学彫刻科専任講師。 1988年第19回中原悌二郎賞優秀賞、1989年第14回平櫛田中賞、同年第13回上毛芸術奨励賞特別賞受賞。2005年東京藝術大学美術学部彫刻科教授、2019年より東京藝術大学名誉教授、COI拠点特任教授。2013年に紫綬褒章を受章、2014年に板橋区民文化特別賞を受賞した。
吉野 大作(よしの だいさく、1951年 - )は、日本のシ… 吉野 大作(よしの だいさく、1951年 - )は、日本のシンガーソングライター。河合塾漢文科講師。群馬県出身。
佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )… 佐藤 良明(さとう よしあき、1950年10月13日 - )は、日本のアメリカ文学・ポピュラー音楽研究者、翻訳家。東京大学名誉教授。元放送大学教授。 山梨県生まれ、群馬県高崎市育ち。兄は、多摩美術大学名誉教授でグラフィックデザイナーの佐藤晃一。 トマス・ピンチョン研究でデビューし、1980年代に人類学者グレゴリー・ベイトソンの研究や翻訳を軸とした評論活動を行う。 1990年代は、東京大学教養学部における英語教育改革を柴田元幸らと主導。全学共通の英語テキスト『The Universe of English』(東京大学出版会)シリーズは学内外から反響を呼んだ。 2000年以降は、ポピュラー音楽研究に主軸を移し、また『リトル・チャロ』等の放送教材製作に関わり、新潮社『トマス・ピンチョン全小説』の翻訳を完結に導く。
仙波 憲一(せんば けんいち、1950年7月14日 - )は… 仙波 憲一(せんば けんいち、1950年7月14日 - )は、日本の経済学者。青山学院大学名誉教授・第17代学長(2011年 - 2015年)。専門は理論経済学、マクロ経済学、ミクロ経済学、経済・経営数学。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、青山学院大学経済学部経済学科卒業。同大学院経済学研究科修士課程修了、博士課程単位取得満期退学(専攻:理論経済学)。青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科専任講師、助教授などを経て、1993年より教授。 2015年12月まで青山学院大学学長を務める。 2017年4月より青山学院大学地球社会共生学部教授。2019年3月に同大学を定年退職し、名誉教授の称号を授与される。
山田 道郎(やまだ みちお、1950年〈昭和25年〉6月13… 山田 道郎(やまだ みちお、1950年〈昭和25年〉6月13日 - )は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。学位は、博士(法学)(明治大学・論文博士・2006年)(学位論文「証拠の森:刑事証拠法研究」)。明治大学教授。群馬県安中市出身。
井出 洋一郎(いで よういちろう、1949年(昭和24年)5… 井出 洋一郎(いで よういちろう、1949年(昭和24年)5月8日 - 2016年(平成28年)10月19日)は、日本の美術評論家。府中市美術館館長、群馬県立近代美術館館長を歴任。 1949年群馬県高崎市生まれ。1968年群馬県立高崎高等学校卒業。1972年上智大学外国語学部フランス語学科卒業、1978年早稲田大学大学院文学研究科西洋美術史専攻博士課程満期退学。 山梨県立美術館に勤務し、初代「ミレー番」学芸員を務める。1987年退職。上智大学講師、明星大学助教授、東京純心女子大学芸術文化学科教授、2009年府中市美術館館長、2015年群馬県立近代美術館館長。 2013年から日本テレビのルーヴル美術館特番の監修を務める。
石山 照明(いしやま てるあき、1949年〈昭和24年〉4月… 石山 照明(いしやま てるあき、1949年〈昭和24年〉4月7日 - )は、日本の実業家。初代新日鉄マテリアルズ代表取締役社長や、初代新日本電工代表取締役社長を務めた。 群馬県藤岡市生まれ。群馬県立高崎高等学校を経て、1973年一橋大学経済学部卒業、新日本製鐵入社。進藤孝生日本製鉄代表取締役会長や、弁護士の一木剛太郎元新日本電工監査役は大学の同期。1996年新日本製鐵室蘭製鐵所総務部長。2002年新日本製鐵新素材事業部長。2005年新日本製鐵参与新素材事業部長。 2006年新日本製鐵新素材事業部が分社化され、新たに設立された新日鉄マテリアルズ代表取締役社長に就任。 中期経営計画の初年度に合わせ2011年日本電工代表取締役社長に着任。
浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - … 浜名 優美(はまな まさみ、男性、1947年11月5日 - 2020年2月25日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。南山大学名誉教授。フェミニズムなども研究した。 群馬県群馬郡久留馬村生まれ。1966年群馬県立高崎高等学校卒業。1971年早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業、1977年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士後期課程満期退学。1979年までパリ第3大学に留学。南山大学文学部助教授、1991年教授。1995年ブローデル『地中海』で日本翻訳文化賞受賞。2000年南山大学総合政策学部教授および副学長を務めた。2010年南山学園常務理事。2011年南山大学附属小学校学監。 妻の浜名エレーヌは椙山女学園大学教授。
富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月2… 富岡 賢治(とみおか けんじ、1946年(昭和21年)8月20日 - )は、日本の政治家、文部官僚。群馬県高崎市長(3期)。国立教育研究所所長、日本国際教育協会理事長、群馬県立女子大学学長等を歴任した。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1969年、大学を卒業し文部省(現文部科学省)に入省した(日本ユネスコ国内委員会事務局文化課)。1970年4月、日本ユネスコ国内委員会事務局総務課。1976年4月、初等中等教育局中学校教育課生徒指導係長。1978年4月、岐阜県教育委員会学校指導課長。1981年、外務省へ出向し、駐フランス日本大使館で一等書記官を務める。
中島 公司(なかじま こうじ 1945年〈昭和20年〉8月1… 中島 公司(なかじま こうじ 1945年〈昭和20年〉8月17日 - )は、中部日本放送の元アナウンサーで元役員。 群馬県出身。群馬県立高崎高等学校、早稲田大学卒業。学生時代に尊敬していた先輩たちが新聞社、放送局に次々と就職したのを追うようにアナウンサーになったという。 かつてペプシコーラをコカコーラと言い間違えたことがあり、その時に本人曰く「アナウンサー生命を問われた」とのことである。 アナウンス部長などを経て、2003年6月27日から常務取締役、2005年6月29日から2007年6月28日から専務取締役、その後は関連会社の社長を務めた。
永山 國昭(ながやま くにあき、1945年7月22日 - )… 永山 國昭(ながやま くにあき、1945年7月22日 - )は、日本の物理学者・生物物理学者・電子顕微鏡学者。理学博士(東京大学)。総合研究大学院大学名誉教授、生理学研究所名誉教授。建築家の永山祐子は娘。 1990年から1995年までERATO永山たん白集積プロジェクトを主宰し、微粒子集積技術を確立した。その成果を基に1997年2月にロンドン王立研究所で「ファラデー金曜講話」を行った。2001年に位相板位相差電子顕微鏡を実用化した。また、スマホやタブレットに装着するスマホ顕微鏡を開発し(2014年 グッドデザイン賞「スマート顕微鏡 エルアイ」)、教育や市民科学への普及活動をFacebookの公開グループLife is smallと非公開グループLife is small Projectsを通じて行っている。
丑木 幸男(うしき ゆきお、1944年3月17日 - )は、… 丑木 幸男(うしき ゆきお、1944年3月17日 - )は、日本の地方史学者、国文学研究資料館・総合研究大学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、東京教育大学文学部史学科日本史学専攻卒業。群馬県立武尊高等学校、群馬県立渋川女子高等学校、群馬県立中央高等学校、群馬県史編纂室を経て、国文学研究資料館史料館長・教授・総合研究大学院大学教授。2006年定年退官、名誉教授。94年「石高制確立と在地構造 上州沼田藩を事例として」で筑波大学文学博士。日本近代地方政治史の研究を専門とする。
塚田 佳男(つかだ よしお、1944年2月 - )は、声楽作… 塚田 佳男(つかだ よしお、1944年2月 - )は、声楽作品を中心とする伴奏ピアニスト。 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎高等学校在学中の1961年に実施された「高崎市歌」の作曲部門で入選する。東京藝術大学音楽学部声楽科を卒業後、伴奏ピアニストに転身して小林道夫に師事。 1968年、東京藝術大学大学院オペラ科の伴奏助手として奉職する傍ら二期会の研究生となる。1969年に発足した東京室内歌劇場のオペラ公演に出演。荒削りだが雄大な演奏を披露し注目を浴びる。1970年、日本大学芸術学部音楽科伴奏法講師に就任。1975年にはドイツ・デトモルトに留学、1977年帰国。1979年に再び東京藝術大学大学院の畑中良輔教授講座、現代ドイツ・リート、日本歌曲講座の伴奏助手となるも、1989年に辞職し、フリーになる。
加納 國雄(かのう くにお、1944年 - )は、一般社団法… 加納 國雄(かのう くにお、1944年 - )は、一般社団法人 国際観光文化推進機構 [ITCO]名誉理事 https://yamatogokoro.jp/inbound_interview/4745/ 群馬県生まれ。群馬県立高崎高等学校卒業、米国ブリガムヤング大学マーケティング専攻学士号取得、米国サンフランシスコ州立大学にて国際経営学修士号(MBA)取得。 1972年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行入社。 1982年 同銀行証券駐在事務所設立、マネージング兼駐日代表に就任。 1987年 同銀行証券会社設立、マネージングディレクター兼副支店長に就任。 1991年 ロイヤルドルトン・ドッドウェル株式会社代表取締役社長を経て、1995年 香港政府観光局 日本・韓国地区局長に就任[https://iss.ndl.go.jp/sp/show/R000000004-I4328861-00/]。
土方 邦夫(ひじかた くにお、1943年〈昭和18年〉9月1… 土方 邦夫(ひじかた くにお、1943年〈昭和18年〉9月12日 - 1997年〈平成9年〉5月18日)は、日本の機械工学者。元東京工業大学教授。元カリフォルニア大学バークレー校Springer卓越教授。日本機械学会熱工学部門長在任中急逝した。 群馬県高崎市出身。1962年群馬県立高崎高等学校卒業。1966年東京工業大学理工学部機械工学科卒業。1971年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程機械工学専攻修了、東京工業大学工学部機械物理工学科助手。1978年東京工業大学工学部機械物理工学科助教授。1982年カリフォルニア大学バークレー校研究員。森康夫(東京工業大学名誉教授)の研究室を継いで1987年東京工業大学工学部機械物理工学科教授。
高木 賢(たかぎ まさる、1943年〈昭和18年〉8月14日… 高木 賢(たかぎ まさる、1943年〈昭和18年〉8月14日 - 2024年〈令和6年〉11月24日)は、日本の農林官僚。第33代食糧庁長官。弁護士。
舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は… 舛岡 富士雄(ますおか ふじお、1943年5月8日 - )は、日本の電子工学研究者。フラッシュメモリの発明者として知られており、1980年代にNOR型フラッシュメモリおよびNAND型フラッシュメモリを開発した。1988年には、初期の非平面型3Dトランジスタ(英語版)である初のGate-all-around(英語版)(GAA)MOSFET(GAAFET(英語版))も発明している。 元東芝社員。東北大学名誉教授。現在は日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)として、Surrounding Gate Transistor(SGT)の開発を行っている。紫綬褒章、文化功労者、瑞宝重光章。
吉川 廣和(よしかわ ひろかず、1942年10月25日 - … 吉川 廣和(よしかわ ひろかず、1942年10月25日 - 2015年7月8日)は、日本の実業家。DOWAホールディングス相談役。過去に、内閣府参与などを歴任。群馬県群馬郡箕郷町(現:高崎市)生まれ。 『吉』の字は正確には上の『士』が『土』。 群馬県立高崎高等学校を経て、1966年に東京大学教育学部教育行政学科を卒業後、同和鉱業に入社。同社新素材本部長、常務取締役、代表取締役副社長等を経て、2002年、代表取締役社長に就任。2006年、後任に河野正樹を指名し、自身は会長に就任。2011年相談役に就任。2010年3月、行政刷新会議民間委員に就任(稲盛和夫の後任)。2011年5月、政府の東京電力に関する経営・財務調査委員会委員に就任。
田村 和之(たむら かずゆき、1942年〈昭和17年〉7月4… 田村 和之(たむら かずゆき、1942年〈昭和17年〉7月4日 - )は、日本の行政法学者、広島大学名誉教授。 群馬県多野郡藤岡町(現・藤岡市)生まれ。1961年群馬県立高崎高等学校卒業。1966年大阪市立大学法学部法律学科卒業、68年同大学院法学研究科修士課程修了。高知短期大学講師、助教授、72年広島大学教養部講師、総合科学部講師、助教授、教授、2004年定年退官、名誉教授、龍谷大学法科大学院教授。2013年定年退任。 保育所行政が専門で、多くの保育所廃止にまつわる行政訴訟、原爆被災者行政に関する訴訟に関わった。
溝尾 良隆(みぞお よしたか、1941年9月7日 - )は、… 溝尾 良隆(みぞお よしたか、1941年9月7日 - )は、日本の観光学者、理学博士。立教大学名誉教授、公益財団法人日本交通公社評議員。立教大学教授、城西国際大学教授、帝京大学教授を歴任。地域観光学、観光地理学を専門とし、川越市、群馬県新治村等における地域研究の実績がある。観光に関する各地のシンポジウム、フォーラム等にも多数参加。 東京都港区浜松町生まれ、群馬県碓氷郡松井田町育ち。1960年群馬県立高崎高等学校卒業。1964年東京教育大学理学部地学科地理学専攻卒業、理学博士、財団法人日本交通公社主席研究員を経て、1989年より立教大学社会学部教授、1998年観光学科の独立(学部に昇格)により観光学部教授、観光学部長(2001年4月‐2004年3月)、城西国際大学観光学部ウェルネスツーリズム学科教授(2007年4月‐2009年3月)、帝京大学経済学部観光経営学科教授(2009年4月‐)。
反町 勝夫(そりまち かつお、1940年8月12日 - )は… 反町 勝夫(そりまち かつお、1940年8月12日 - )は、日本の実業家。弁護士(弁護士法人LEC社員)・弁理士(反町特許事務所)・税理士(税理士法人LEC)・会計士補(会計士補反町会計事務所)・社会保険労務士(社会保険労務士法人LEC代表社員)の資格を持つ。東京リーガルマインド(LEC)創立者で代表取締役会長。LEC東京リーガルマインド大学院大学(LEC会計大学院)元学長。「日本教育再生機構」代表委員。雑誌「法律文化」の出版者。LECの全株式を保有する。
大木 紀元(おおき きげん、1940年 - )はデザイナー。… 大木 紀元(おおき きげん、1940年 - )はデザイナー。創造学園大学教授。群馬県出身。群馬県立高崎高等学校、武蔵野美術大学卒業。 大学在学中にダッコちゃんを手がけ、卒業後に大紀デザインを設立。 日本で初めて週刊誌にピンナップフォトページを導入した。また、電車の中吊りポスターを立体でデザインした。 FM・OZE解説員をつとめる。
須藤 眞志(すどう しんじ、1939年8月6日 - )は、日… 須藤 眞志(すどう しんじ、1939年8月6日 - )は、日本の歴史学者。京都産業大学名誉教授。専門は日米関係史。 群馬県高崎市生まれ。群馬県立高崎高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程を修了し、1987年「日米開戦外交の研究 日米交渉の発端からハル・ノートまで」で、法学博士の学位を取得。
上野 公成(うえの こうせい、1939年〈昭和14年〉7月2… 上野 公成(うえの こうせい、1939年〈昭和14年〉7月23日 - )は、日本の建設官僚、政治家。都市再生研究所理事長。参議院議員(2期)、通商産業政務次官、内閣官房副長官(政務担当)などを歴任した。 群馬県高崎市出身。父は医師・上野大成。1958年に群馬県立高崎高等学校を卒業後、1966年に東京大学工学部都市工学科の第1期生として卒業[要出典]。同年、建設省に入省。 建設省では住宅関連の業務に携わることが多かった。群馬県土木部住宅課長、建設省住宅局住環境整備室長、大臣官房政策企画官、住宅生産課長、住宅建設課長などを歴任した。1991年、建設省を退官。 1992年、第16回参議院議員通常選挙において、群馬県選挙区から福田宏一後継の新人として立候補し当選した。
平田 正(ひらた ただし、1939年6月24日 - )は群馬… 平田 正(ひらた ただし、1939年6月24日 - )は群馬県出身の実業家。協和醗酵工業会長。
木村 久(きむら ひさし、1938年11月4日 - )は、群… 木村 久(きむら ひさし、1938年11月4日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手。 高崎高校から日本大学を経て1961年に阪急ブレーブスへ入団。1963年に引退。
岡田 義弘(おかだ よしひろ、1938年〈昭和13年〉10月… 岡田 義弘(おかだ よしひろ、1938年〈昭和13年〉10月5日 - )は、日本の政治家。元群馬県安中市長(2期)、群馬県議会議員(3期)、安中市議会議員(5期)。 1938年、安中市野殿の名主の家柄に、7人兄弟の末子として生まれる。1956年に群馬県立高崎高等学校通信制を中退し、家業の農業に従事する。 1975年に安中市議会議員に初当選し、以後連続5期務める。市議として東邦亜鉛の安中公害問題に取り組む。この間市議会議長、県市議会議長会会長、関東市議会議長会副会長、全国市議会議長会理事や、安中市社会福祉協議会会長を務める。 1995年の群馬県議会議員選挙に安中市選挙区から出馬し初当選、3期務める。
金 鶴泳(きん かくえい、キム・ハギョン、김학영、Kim H… 金 鶴泳(きん かくえい、キム・ハギョン、김학영、Kim Hak Young、1938年〈昭和13年〉9月14日 - 1985年〈昭和60年〉1月4日)は、日本の小説家。本名は金 廣正(キム・クァンジョン)。吃音者・在日朝鮮人二世という苦悩の中、独自の世界を描いた。 1938年(昭和13年)、群馬県多野郡新町(現・高崎市新町)に8人きょうだいの長男として生まれる。新町小学校、新町中学校を経て、群馬県立高崎高等学校で学ぶ。1963年(昭和38年)東京大学工学部工業化学科卒業。大学生時代に読んだ志賀直哉の『暗夜行路』が文学に関心を寄せる契機となる。東京大学大学院化学系研究科へ進み、1965年(昭和40年)『新思潮』に参加、「金鶴泳」を筆名として用いる。
堀川 とんこう(ほりかわ とんこう、本名・堀川 敦厚(ほりか… 堀川 とんこう(ほりかわ とんこう、本名・堀川 敦厚(ほりかわ あつたか)。1937年5月24日 - 2020年3月28日)は、日本のテレビドラマのプロデューサー・演出家ならびに映画監督である。群馬県吾妻郡中之条町出身。妻は脚本家、ノンフィクション作家の高木凛。エッセイスト・イラストレーターの中山庸子は従妹である。 群馬県吾妻郡の中之条町立中之条中学校から群馬県立高崎高等学校に進学。その後、東京大学に入学し文学部英文科へ進む。また、第84代内閣総理大臣の小渕恵三とは小、中学校時代同級生で幼馴染であった。中之条を離れ大学は違ったが、学生時代は山手線の中で時の話題や文学を語り合った。友としての親交は小渕が亡くなるまで続いていた。
半田 富久(はんだ とみひさ、1937年〈昭和12年〉 - … 半田 富久(はんだ とみひさ、1937年〈昭和12年〉 - 2017年〈平成29年〉4月20日)は、日本の巨石彫刻家。
紋谷 暢男(もんや のぶお、1936年8月21日- 2016… 紋谷 暢男(もんや のぶお、1936年8月21日- 2016年4月23日)は、日本の法学者。専門は知的財産権法。学位は、法学博士(東京大学・課程博士・1967年)。成蹊大学名誉教授。 1936年東京都千代田区霞が関生まれ。1955年群馬県立高崎高等学校卒業。1960年東京大学法学部第一類(私法コース)卒業、1962年同法学部三類(政治コース)卒業、1967年同大学院法学政治学研究科博士課程修了(総代[要出典])、東京大学より法学博士の学位を取得(学位論文「実用新案客体論-ドイツ・日本の沿革を中心として-」。1967年、成蹊大学法学部助教授。1975年、教授。2004年、法科大学院教授。2007年、定年、名誉教授。
大澤 豊(おおさわ ゆたか、1935年〈昭和10年〉11月1… 大澤 豊(おおさわ ゆたか、1935年〈昭和10年〉11月15日 - 2020年〈令和2年〉1月1日)は、日本の映画監督。有限会社こぶしプロダクション代表。 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎高等学校、群馬大学教育学部卒業。太平洋戦争中の疎開を描いた『ボクちゃんの戦場』(原作:奥田継夫、出演:前田吟・藤田弓子)で1985年(昭和60年)ベルリン国際映画祭児童映画部門3賞を受賞した。 そのほか、1997年(平成9年)日本映画ペンクラブ賞を、2000年手話をテーマにした『アイ・ラヴ・ユー』で日本アカデミー賞特別賞を、2011年『いのちの山河〜日本の青空II〜』で岩手県いのちの灯文化賞を受賞した。 東京都葛飾区在住。
本間 三郎(ほんま さぶろう、1935年〈昭和10年〉9月4… 本間 三郎(ほんま さぶろう、1935年〈昭和10年〉9月4日 - 2006年〈平成18年〉12月15日)は、日本の物理学者。 1935年群馬県高崎市生まれ。1954年群馬県立高崎高等学校卒業。1959年東北大学理学部物理学科卒業。東北大学大学院理学研究科修士課程および博士課程を修了し、1964年理学博士号取得。 1967年東北大学理学部助手、米国マサチューセッツ工科大学原子核研究所研究員を経て、1970年東京大学理学部講師、1971年同大原子核研究所助教授、1984年教授。1996年定年退官、名誉教授となる。 1997年学校法人読売理工学院の読売江東理工専門学校校長、同学院理事に就任。1998年6月、読売東京理工専門学校(現・読売理工医療福祉専門学校)校長も兼務する。
黒岩 達介(くろいわ たつゆき、1935年〈昭和10年〉1月… 黒岩 達介(くろいわ たつゆき、1935年〈昭和10年〉1月15日 - 2013年〈平成25年〉11月5日[要出典])は、日本のスキー指導者。 群馬県高崎市に生まれる。実家は万座温泉の旅館。群馬県立高崎高等学校を中退。兄の死去により旅館を継ぐために東京・銀座の料亭で修業し四条流庖丁式を身に付け、ふぐ調理師資格を取得した。 1958年(昭和33年)に万座を訪れたオーストリアのルディ・マット(ドイツ語版)のスキー術に感銘を受けスキー指導者を志す。オーストリアに留学し、シュテファン・クルッケンハウザー(ドイツ語版)に師事。1966年(昭和41年)に杉山進に次いで日本人2人目となるオーストリア国家検定スキー教師の資格を得る。
長谷川 端(はせがわ ただし、1934年1月27日 - )は… 長谷川 端(はせがわ ただし、1934年1月27日 - )は、日本の日本中世文学研究者、中京大学名誉教授。中世軍記物語が専門。 1934年群馬県高崎市生まれ。1952年群馬県立高崎高等学校卒業。1956年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。1959年同大学院修士課程修了。1962年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 椙山女学園大学短期大学部、中京大学などで非常勤講師。 1987年「太平記の研究」で文学博士の学位を取得(慶應義塾大学)。 1989年3月から5月、国際交流基金より、カイロ大学文学部の客員教授として派遣され、3・4年生の学生を対象に日本中世文学の集中講義を実施。 中京大学文学部助教授、教授、2007年定年退任、名誉教授。
須藤 良太郎(すどう りょうたろう、1933年〈昭和8年〉1… 須藤 良太郎(すどう りょうたろう、1933年〈昭和8年〉1月1日 - )は、日本の農水官僚、政治家。元参議院議員(2期)。 群馬県安中市の農家の出身で、両親は教員を勤めていた。群馬県立高崎高等学校を経て、1955年(昭和30年)東京大学農学部農業工学科を卒業後、農林省に入省。新潟県農地部農地建設課長、農林省構造改善局建設部整備課長、同部設計課長、同部長を歴任し、構造改善局次長を歴任。農学博士号を取得した後、1987年(昭和62年)に農林省を退官。 1989年(平成元年)、第15回参議院議員通常選挙で自由民主党の後補として比例区から出馬し初当選。竹下派に属した。その後の竹下派分裂騒動では、小渕恵三側につき、小渕派に属した。
神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 20… 神宮 輝夫(じんぐう てるお、1932年2月26日 - 2021年8月4日)は、日本の児童文学者・翻訳家・研究家。青山学院大学名誉教授。 群馬県高崎市生まれ。旧制・群馬県立高崎中学校、旧制・第一早稲田高等学院を経て、早稲田大学第一文学部英文科卒業、早稲田大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。在学中から早大童話会に参加し、鳥越信、古田足日、山中恒らと活躍。「小さい仲間」の同人となる。 英国児童文学の翻訳を精力的に続け、アーサー・ランサム全集のほか、リチャード・アダムズ『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』、ジョン・ロウ・タウンゼンド『アーノルドのはげしい夏』、ウィリアム・メイン、ロイド・アリグザンダー、アラン・ガーナーなど、戦後の代表的な作品の多くを手がけた。
伊上 勝(いがみ まさる、本名:井上 正喜()、1931年7… 伊上 勝(いがみ まさる、本名:井上 正喜()、1931年7月14日 - 1991年11月16日)は、日本の脚本家。群馬県出身。他に「井上 勝」、「森 利夫」などの筆名があった。 長男は脚本家の井上敏樹。孫は脚本家の井上亜樹子。 群馬県立高崎高等学校を卒業後、明治大学に進学。文学部でフランス文学を専攻し、27歳で卒業。広告代理店宣弘社に入社。 東芝商事がテレビ・ラジオ用脚本を募集しているのを知り『遊星王子』の脚本を一晩で書き上げて応募したところ入選。テレビドラマとなったこの『遊星王子』(日本テレビ)の原作・脚本を務めてデビュー。 以後『豹の眼』(TBS)・『快傑ハリマオ』(日本テレビ)など、宣弘社のテレビ冒険活劇物の脚本を執筆した。
永井 憲一(ながい けんいち、1931年〈昭和6年〉6月15… 永井 憲一(ながい けんいち、1931年〈昭和6年〉6月15日 - 2024年〈令和6年〉10月10日)は、日本の法学者。専門は憲法・教育法。学位は、法学博士(早稲田大学・1978年)(学位論文「教育法学の目的と任務」)。法政大学名誉教授。日本スポーツ学会代表理事、子どもの人権連代表理事。 1931年、群馬県群馬郡車郷村(箕郷町を経て現・高崎市)生まれ。群馬県立高崎中学校を経て、1953年早稲田大学法学部卒業。1956年、同大学院修士課程修了。 1956年玉川大学文学部講師。1961年立正大学経済学部助教授、1966年同教授。1979年法政大学教授。2002年、定年退職、法政大学名誉教授、国士舘大学大学院法学研究科客員教授、愛知学院大学大学院法学研究科教授。
新井 章(あらい あきら、1931年〈昭和6年〉1月2日 -… 新井 章(あらい あきら、1931年〈昭和6年〉1月2日 - 2025年〈令和7年〉1月27日)は、日本の法学者、弁護士。茨城大学名誉教授。 群馬県高崎市末広町に生まれる。高崎市立北小学校、旧制高崎中学校(現・群馬県立高崎高等学校)、旧制第一高等学校を経て、1954年(昭和29年)に東京大学法学部を卒業。1953年(昭和28年)司法試験に合格し、1956年(昭和31年)第二東京弁護士会登録の弁護士となる。1959年(昭和34年)から日本教職員組合の顧問弁護士。 砂川事件・朝日訴訟・堀木訴訟・全逓中郵事件・家永教科書裁判など数々の憲法裁判に携わる。茨城大学人文学部教授、1996年定年退官、名誉教授。
中島 誠(なかじま まこと、1930年7月2日 - 2012… 中島 誠(なかじま まこと、1930年7月2日 - 2012年1月14日)は、日本の文芸評論家。 東京生まれ。戦時中は両親の郷里である群馬県の安中へ疎開し、群馬県立高崎高等学校を卒業(48回生)。1955年、早稲田大学英文科卒業。当初社会評論を書いたがのち時代・歴史小説を主として論じた。第17回大衆文学研究賞受賞。 2012年1月14日、肺炎のため死去。81歳没。