岡村 泰孝(おかむら やすたか、1929年6月13日 - 2… 岡村 泰孝(おかむら やすたか、1929年6月13日 - 2011年12月22日)は、大阪市生まれの戦後第17代検事総長。弁護士。位階は正三位。
大阪府立住吉高等学校:74人
岡村 泰孝(おかむら やすたか、1929年6月13日 - 2… 岡村 泰孝(おかむら やすたか、1929年6月13日 - 2011年12月22日)は、大阪市生まれの戦後第17代検事総長。弁護士。位階は正三位。
正田 昭(しょうだ あきら、1929年4月19日 - 196… 正田 昭(しょうだ あきら、1929年4月19日 - 1969年12月9日)は、日本の元死刑囚、小説家である。バー・メッカ殺人事件の主犯。 正田は裕福な中流家庭で兄3人と姉2人の末っ子として大阪府に生まれる。弁護士だった父親は石川県から横浜英語学校に学び、21歳で渡米、ハウスボーイから身を立てカリフォルニア州立大学を経て、サクラメントで法律事務所を経営する人物だったが、昭が生後5ヶ月のときに54歳で他界し、昭は高校の体育教師だった母親によって育てられる。母親は4人の息子たちを早稲田大、フィレンツェ大、東大、慶応大に進学させ、娘2人も女子大に進ませた。賢母だったが印鑑と銀行の貸金庫の鍵を肌身離さず持つなど金に対する執着が強く、そのような母に耐えられなかった長兄が家庭内暴力をするようになる。
金子 俊彦(かねこ としひこ、1929年(昭和4年) - )… 金子 俊彦(かねこ としひこ、1929年(昭和4年) - )は、日本のテレビプロデューサー・放送作家。 1929年東京都生まれ。9歳のときに大阪府に転居。 1942年(昭和17年)に、大阪府立住吉中学卒業後、神戸経済大学(現・神戸大学)経営専門学部入学。 1949年(昭和24年)同大学を中退後、1955年に新日本放送(現・MBSメディアホールディングス)へ入社。 1965年に社名変更後の毎日放送テレビ制作部へ異動し、ディレクター・プロデューサーとして数々のクイズ番組を手掛けた。 その後毎日放送制作局テレビ制作部長を歴任し、1984年に同社を定年退職して以後、フリーの放送作家などに携わる。 1985年より泉放送制作の取締役大阪支社長も務めた後、株式会社イングスの社長も2001年まで務めた。
下村 脩(しもむら おさむ、1928年(昭和3年)8月27日… 下村 脩(しもむら おさむ、1928年(昭和3年)8月27日 - 2018年(平成30年)10月19日)は、生物学者(有機化学・海洋生物学)。 学位は理学博士(名古屋大学、1960年)。位階は従三位。ボストン大学名誉教授、ウッズホール海洋生物学研究所特別上席研究員、名古屋大学特別教授。 有機化学・海洋生物学を専門とする生物学者、中でも生物発光研究の先駆者であり第一人者。旧制長崎医科大学、名古屋大学、プリンストン大学、ボストン大学、ウッズホール海洋生物学研究所などに在籍し、発光生物についての研究を継続。その中の一つ、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の発見は、その後生命科学、医学研究用の重要なツールに発展して2008年(平成20年)のノーベル化学賞受賞に結びついた。
島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 201… 島津 忠夫(しまづ ただお、1926年9月18日 - 2016年4月16日)は、日本の国文学者。瑞宝中綬章受章。 1926年、大阪府大阪市生まれ。住吉中学校、大阪第一師範学校を経て、京都大学文学部に進学。1950年、同大学を卒業。 卒業後は、市岡高校、住吉高校で教諭を務め、その後、佐賀大学文理学部助教授に就いた。愛知県立大学助教授に転じ、後に教授に昇任。その後、大阪大学教授に就任。1978年、学位論文『連歌史の研究』を大阪大学に提出して文学博士の学位を取得。大阪大学を退任後は、名誉教授となった。その後は武庫川女子大学で教鞭をとった。 自身も歌人として歌を詠み、歌誌『マグマ』、『日本歌人』に所属。
吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 201… 吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 2015年4月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪女子大学名誉教授。関西チェコ / スロバキア協会顧問。 大阪府生まれ。。旧制大阪府立住吉中学校、旧制大阪高等学校、広島高等学校を経て、1951年に京都大学独文科卒。岡山大学講師、大阪女子大学助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。 トーマス・マンやホーフマンスタールなど主に20世紀のドイツ語作家について研究した。フランツ・カフカが専門。新潮社「全集」版では膨大な手紙を訳・担当した。大阪女子大学時代の弟子・中堂恒朗によれば、その訳業は学会でも高く評価されたという。 1963年から、大阪府立大学と大阪女子大学との混声合唱団EWA CHORで顧問を務めた。
阪田 寛夫(さかた ひろお、1925年10月18日 - 20… 阪田 寛夫(さかた ひろお、1925年10月18日 - 2005年3月22日)は、日本の詩人、小説家、児童文学作家として、小説・詩・作詞など幅広く執筆した。 大阪府大阪市に生まれた。阪田家は、代々紺屋の屋号であり安芸国忠海(現:広島県竹原市忠海)で海運業を営んでいた。寛夫の祖父・阪田恒四郎が38歳の時、広島から大阪に出て興したのが阪田インキ製造所(後のサカタインクス)。寛夫の父・素夫は同社の二代目社長であった。600坪の屋敷で3人兄弟の末弟として育つ。 熱心なキリスト教徒の家庭に育ち、母・京は同志社女子専門学校英文科の卒業生で、アメリカから来た教師に西洋料理をたくさん学んだハイカラな女性だった。
左藤 恵(左藤 惠、さとう めぐむ、1924年2月28日 -… 左藤 恵(左藤 惠、さとう めぐむ、1924年2月28日 - 2021年1月9日)は、日本の政治家、弁護士(大阪弁護士会所属)。位階は正三位。 衆議院議員(10期)、国土庁長官、郵政大臣、法務大臣を歴任した。 大阪府大阪市出身。旧制大阪府立住吉中学校(現:大阪府立住吉高等学校)卒業。旧制高知高等学校を経て、1945年9月京都帝国大学法学部卒業。同年10月、逓信院入省。郵政省に所属し、大臣官房文書課長補佐、外務省出向(ジュネーブ領事)、貯金局国際業務部長、電波監理局放送部長、松山郵政局長などを歴任。 1969年、大阪府知事であった父・左藤義詮の在任中に旧大阪6区から自民党公認で立候補し初当選。衆議院議員連続当選10回(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・奥田敬和・渡部恒三・綿貫民輔・塩崎潤・森喜朗・村田敬次郎・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。
小野田 隆(おのだ たかし、1923年8月20日 - 200… 小野田 隆(おのだ たかし、1923年8月20日 - 2009年7月25日)は、元東京都新宿区長。
福井 崇時(ふくい しゅうじ、1923年(大正12年)8月1… 福井 崇時(ふくい しゅうじ、1923年(大正12年)8月19日 - 2018年(平成30年)5月4日)は、日本の物理学者。名古屋大学名誉教授。1957年、高エネルギー荷電粒子の飛跡を観測する「放電箱」(ディスチャージチェンバー、後のスパークチェンバー)を開発、1961年仁科記念賞、1962年朝日賞(文化賞部門)を、いずれも宮本重徳とともに受賞。1985年紫綬褒章、1993年勲三等旭日中綬章、2001年イタリア共和国功労賞コメンダトーレ三等騎士勲章。著書に『身近な物理の世界』(1991年)、『粒子物理計測学入門』(1992年)がある。 また1966年のノーベル物理学賞の候補に挙がっていたことが判明している 。
庄野 潤三(しょうの じゅんぞう、1921年(大正10年)2… 庄野 潤三(しょうの じゅんぞう、1921年(大正10年)2月9日 - 2009年(平成21年)9月21日)は、日本の小説家。位階は従四位。 大阪府生まれ。庄野英二の弟。九州大学東洋史学科卒。『愛撫』で認められ、『プールサイド小景』で芥川賞受賞。「第三の新人」の一人と目され、『静物』『夕べの雲』など、都市生活者の不安定な日常を、穏やかな描写と叙述で深く彫り上げた作品を多く発表した。晩年は、老夫婦の生活や孫とのふれあいをテーマに連作を書き継いだ。日本芸術院会員。 大阪府東成郡住吉村(現・大阪市)出身。帝塚山学院小学校・大阪府立住吉中学校を経て、1941年(昭和16年)12月に大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)英語科を卒業。
高橋 勇夫(たかはし いさお、1920年3月11日 - 19… 高橋 勇夫(たかはし いさお、1920年3月11日 - 1998年)は、日蓮宗の僧、仏教学者。 大阪市西成区生まれ。大阪府立住吉中学校(現大阪府立住吉高等学校)卒業、東洋大学文学部仏教学科卒業。兵役をへて、1948年大谷学園教諭。1964年から1977年東大谷高等学校副校長、大谷女子短期大学教授などを務めた。日蓮本宗正福寺住職。個人誌『菩提樹』主宰。
佐野 誠三(さの せいぞう、1920年2月7日 - 1976… 佐野 誠三(さの せいぞう、1920年2月7日 - 1976年6月10日)は、大阪府出身のプロ野球選手。 住吉中学校から1938年に南海軍へ入団。 チームの一年後輩に、戦後、名将として名を馳せる鶴岡一人がいた。一軍での出場機会が少ないまま、召集され、シベリア抑留後、復員したものの、1947年に引退、以後、マネージャー、スコアラー、ビデオマンとして南海を裏から支え水島新司の漫画『あぶさん』でも「VTRの誠さん」として取り上げられたことがあり、その際、氏の回想に巨人との試合で鶴岡が沢村栄治からライト前ヒットを放つシーンが描かれているが、鶴岡が南海に入団する前年、沢村は最初に召集され、昭和15年、18年と復帰、終戦前年、戦死しているのに対し、鶴岡は入団翌年、召集されたまま、終戦まで、チームに戻ることなく、実際、職業野球で対戦することはなかった。
土山 牧羔(つちやま ぼっこう、1919年8月12日 - 2… 土山 牧羔(つちやま ぼっこう、1919年8月12日 - 2013年1月28日)は、日本の教育者である。 1919年(大正8年)大阪府で出生。大阪府立住吉中学校卒業後、アメリカ合衆国へ渡りグリーンビル大学哲学教育学科、1945年(昭和20年)にプリンストン神学大学大学院進学、修士課程を修了。1946年(昭和21年)にシアトルパシフィック大学専任講師を勤めた後に帰国。1948年(昭和23年)に大阪キリスト教学院教授、1952年(昭和27年)大阪キリスト教短期大学学長、1965年(昭和40年)近畿大学講師、1966年(昭和41年)大阪薫英女子短期大学講師などを歴任。 1971年4月1日 社会福祉法人愛の園こひつじ保育園を大阪府堺市にて創立。
西垣 脩(にしがき しゅう、1919年5月19日 - 197… 西垣 脩(にしがき しゅう、1919年5月19日 - 1978年8月1日)は、俳人、国文学者。 大阪市東区住吉町に生まれる。帝塚山学院小学校から大阪府立旧制住吉中学校(現在の大阪府立住吉高等学校)に進む。1937年、旧制松山高等学校(現在の愛媛大学)に入学。このとき、教授の一人川本臥風の指導を受け、松山高校俳句会で活躍。1940年に松山高校を卒業して東京帝国大学文学部国文科に入学。在学中は臼田亜浪に学び、二五会において大野林火、中村草田男、加藤楸邨らと句作に励んだ。1942年、大学を繰上卒業して出征するも、病気入院中に所属部隊がサイパンで玉砕し、九死に一生を得る。 復員後、帝塚山学院女学部教諭、東京都立武蔵丘高等学校教諭を経て、1954年に明治大学助教授。
磯村 哲(いそむら てつ、1914年12月9日 - 1997… 磯村 哲(いそむら てつ、1914年12月9日 - 1997年8月23日)は、日本の法学者。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1976年)(学位論文「市民法学-社会法学の展開と構造-」)。京都大学名誉教授。兵庫県出身。 息子は、神戸大学名誉教授・早稲田大学大学院法務研究科教授の磯村保。
釜洞 醇太郎(かまほら じゅんたろう、1911年2月23日 … 釜洞 醇太郎(かまほら じゅんたろう、1911年2月23日 - 1977年4月13日)は、日本の病理学者。元大阪大学総長。大阪市生まれ。 旧制大阪府立住吉中学校(現・大阪府立住吉高等学校)、旧制大阪高等学校を経て1936年、大阪帝国大学医学部卒業。同年12月、陸軍軍医に任命。1946年の復員まで中国戦線に従軍。1949年、大阪大学医学部講師。1952年、大阪大学微生物病研究所助教授、翌年同教授。1958年~69年、同所長を務めた。1969年〜75年、大阪大学総長。1977年4月13日、心筋梗塞のため死去。叙従三位、勲一等瑞宝章追贈。 1969年より大阪大学第9代総長を務めた。当時の大学紛争に対しては毅然と対処した一方、改革を推進し、人間科学部、溶接工学研究所、言語文化部、文学部日本学講座を創設した。
外山 軍治(とやま ぐんじ、1910年〈明治43年〉3月24… 外山 軍治(とやま ぐんじ、1910年〈明治43年〉3月24日 - 1999年〈平成11年〉9月7日)は、日本の東洋史学者。大阪外国語大学名誉教授。位階は正四位。 1910年、大阪府大阪市で生まれた。本籍は徳島県板野郡土成町(現・阿波市)。大阪府立住吉中学校、大阪高等学校で学び、京都帝国大学文学部に進学。史学科(東洋史学専攻)で学び、羽田亨に師事した。1933年に卒業し、その後は羽田の指導の下、外務省文化事業部助成金を得て満蒙文化の研究に従事した。 戦後、大阪外国語大学教授に就いた。1962年に学位論文『金朝史の研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1974年に大阪外国語大学を定年退官し、名誉教授となった。
アン ミカ は、テンカラット所属の女性ファッションモデル。本… アン ミカ は、テンカラット所属の女性ファッションモデル。本名(韓国名):アンミガ(안미가)。
みきさえ(12月12日 - )は大阪府立住吉高等学校、大阪キ… みきさえ(12月12日 - )は大阪府立住吉高等学校、大阪キリスト教短期大学出身の日本のイラストレーター・漫画家。旧ペンネームは美奇 めぐみ(みき めぐみ)。 『命の足あと』シリーズ連載中(第一シリーズ:2006年-2020年,第二シリーズ:2020年-連載中) 1986年、第6回オールマーガレット新人漫画大賞にてホープ賞受賞、同年少女漫画雑誌『週刊マーガレット』(集英社)でデビュー。当時のペンネームは「美奇 めぐみ」であったが、1996年現在のペンネームである「みきさえ」に改名。
加藤 ヒロユキ(かとう ヒロユキ)は、日本のテノール歌手、ラ… 加藤 ヒロユキ(かとう ヒロユキ)は、日本のテノール歌手、ラジオパーソナリティ、作詞家、作曲家、作家。 京都市生まれの大阪育ち。大阪府立住吉高等学校から京都大学に進学する。京都大学経済学部在学中に、テノール歌手としてデビュー。 1987年から1990年渡米。ジャズヴォーカルからベルカント発声へと異色の転向。 帰国後、大阪樂友協会 主催オペレッタ『ジプシー男爵』のデュパン役で バリトン・デビュー。 神戸オペラ協会主催オペレッタ『天国と地獄』のプルート役でテノールへと転身。 関西を拠点に活躍し、レパートリーは小粋なジャズピアノの弾き語りから雄大なオペラアリアまで多彩。テノール歌手という肩書きにとらわれずコンサートによってジャンルを即座に変えて表現することができる数少ない歌手である。
野間 督司(のま とくし)は、日本の弁護士、近畿合同法律事務… 野間 督司(のま とくし)は、日本の弁護士、近畿合同法律事務所所属。 1985年4月から2010年10月まで、NHK「バラエティー生活笑百科」に出演する。 1962年、大阪府立住吉高等学校卒業。1966年、司法試験合格。1967年、大阪大学法学部卒業。1969年、司法修習修了(21期)、大阪弁護士会登録。下村末治法律事務所(現近畿合同法律事務所)入所。大阪家庭裁判所堺支部参与員・家事調停委員。
益岡 了(ますおか りょう)は、日本のデザイン学者。大阪工業… 益岡 了(ますおか りょう)は、日本のデザイン学者。大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部空間デザイン学科教授。学術博士(京都工芸繊維大学)。日本デザイン学会元第四支部長・元理事。第64回意匠学会大会2022実行委員。 専門は、UXデザイン・インタフェースデザイン・情報デザイン(CG、Adobe XDなど)、プロダクトデザイン・デザイン理論。 1985年大阪府立住吉高等学校卒業。1990年京都工芸繊維大学工芸学部意匠工芸学科卒業。1992年同大学大学院工芸科学研究科造形工学専攻修士課程修了。1997年同研究科機能設計専攻博士後期課程にて、学術博士(京都工芸繊維大学)。その後、福井工業大学講師、岡山県立大学デザイン学部准教授などを経て、2020年大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部空間デザイン学科教授。
みや なおこ NaokoMiya(みや なおこ、日本の女優。… みや なおこ NaokoMiya(みや なおこ、日本の女優。所属事務所はofficeNAO。2024年個人事務所を設立。演劇企画ユニットDONNA・DONNA代表。 キューブ・リコモーションに1982年から2022年まで在籍。 血液型B型。大阪府立住吉高等学校、同志社大学経済学部卒業。劇団そとばこまち出身。 大阪出身。同志社大学経済学部卒業。東京在住。 在学中より、生瀬勝久、山西惇と共に関西の劇団そとばこまちの看板女優として、ほとんどの作品に出演(1982~2001)。 退団以降も多くのプロデュース公演に客演。 NHK連続テレビ小説「いちばん太鼓」で、主人公の初恋相手・松子役で本格ドラマデビュー。