スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
南 俊行(みなみ としゆき、1958年4月6日 - )は、日… 南 俊行(みなみ としゆき、1958年4月6日 - )は、日本の総務官僚。総務省情報流通行政局長、内閣官房内閣審議官兼郵政民営化推進室長を経て、NTTドコモ副社長執行役員CRO。 兵庫県神戸市生まれ。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1982年東京大学法学部卒業、郵政省入省。2012年総務省大臣官房審議官(情報流通行政局担当)。2014年総務省政策統括官(情報通信担当)。2016年総務省情報流通行政局長。2017年内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、内閣官房郵政民営化推進室長、郵政民営化委員会事務局長。2019年東京海上日動火災保険顧問、日本ITU協会理事長。2020年NTTドコモ常務執行役員 サステナビリティ推進担当。
中島 明彦(なかじま あきひこ、1957年12月3日 - )… 中島 明彦(なかじま あきひこ、1957年12月3日 - )は、日本の防衛官僚。2018年12月より、在アラブ首長国連邦大使を務めた。 岡山県出身。甲陽学院高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。東大法学部第2類在学中に国家公務員上級(法律)試験に合格。
岩田 圭一(いわた けいいち、1957年10月11日 - )… 岩田 圭一(いわた けいいち、1957年10月11日 - )は日本の実業家。住友化学株式会社代表取締役会長。 大阪府出身。甲陽学院高等学校を経て、1982年3月に東京大学法学部卒業。同年4月住友化学工業(現住友化学)入社。 情報電子化学業務室部長、代表取締役 専務執行役員、代表取締役社長などを経て、2025年4月1日から代表取締役会長。
西 和彦(にし かずひこ、1956年〈昭和31年〉2月10日… 西 和彦(にし かずひこ、1956年〈昭和31年〉2月10日 - )は、日本のエンジニア・クリエーター・ビジネスマン・教育者。日本のパーソナルコンピューターの黎明期に活躍した人物でASCIIの創業者、MSXの生みの親である。 学校法人須磨学園学園長、NPO法人IoTメディアラボラトリー特別顧問、日本先端工科大学(仮称)設置準備委員会特別顧問。 兵庫県神戸市生まれ。須磨学園創立者・西田のぶの孫。 父の西邦大は須磨学園前理事長。関西大学商学部卒業。万世特攻基地で終戦を迎える。神戸銀行に入行。退行して須磨学園に奉職。商業科教諭、理事長を務めた。 母の西都は西田音吉とのぶの3女。奈良女子高等師範学校家政科卒業。
松富 重夫(まつとみ しげお、1955年10月19日 - )… 松富 重夫(まつとみ しげお、1955年10月19日 - )は、日本の外交官。駐イスラエル特命全権大使、駐ポーランド特命全権大使を務めた。 兵庫県出身。甲陽学院中学校・高等学校(55回)を経て、外務公務員採用上級試験に合格。1978年東京大学法学部卒業後、外務省へ入省。在パキスタン日本国大使館、在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官(経済担当)、在ニュージーランド日本国大使館を経て、1995年1月に外務省アジア局南東アジア第一課長、1997年7月に外務省経済局開発途上地域課長、2001年3月に在トルコ日本国大使館参事官(公使)、2002年9月に経済協力開発機構日本政府代表部公使。 外務省大臣官房参事官、外務省国際情報局参事官を経て、2008年7月に外務省大臣官房総括審議官、2010年に中東アフリカ局長に就任。
山村 隆 (やまむら たかし、1955年10月18日 - )… 山村 隆 (やまむら たかし、1955年10月18日 - )は、日本の医師(神経内科専門医)、医学博士。独立行政法人国立精神・神経医療研究センター神経研究所特任研究部長、および、多発性硬化症センター・センター長。京都大学大学院医学研究科特任教授。専門は神経内科(多発性硬化症の病態と治療法開発)、免疫学、神経免疫学。妻はノンフィクション作家の中丸美繪。世界でもっとも早期から脳神経疾患における「腸―免疫―脳」の関係を提示し、その分野を国際的に発展させた研究者の一人である。また臨床診療を行いながら基礎研究によって医療を進歩させるトランスレーション研究の先駆けであり、視神経脊髄炎(NMOSD)の新薬開発に成功したことでも知られる。
川本 正一郎(かわもと しょういちろう、1955年1月28日… 川本 正一郎(かわもと しょういちろう、1955年1月28日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省住宅局長、国土交通省都市局長、内閣官房地域活性化統合事務局長等を歴任した。 兵庫県出身。1968年麻布中学校から甲陽学院中学校に編入。1973年甲陽学院高等学校卒業。1977年東京大学法学部卒業、建設省入省。2005年国土交通省大臣官房審議官。2008年国土交通省国土計画局長。2009年から国土交通省住宅局長を務め、賃貸管理業務適正化などにあたった。2012年国土交通省都市局長。2013年内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)(命)内閣官房地域活性化統合事務局長。2014年国土交通省大臣官房付、退官。
鈴木 創士(すずき そうし、1954年4月8日 - )は、日… 鈴木 創士(すずき そうし、1954年4月8日 - )は、日本のフランス文学者、作家、評論家、翻訳家、ミュージシャン、兵庫県神戸市出身。 甲陽学院高等学校卒。その後、渡仏。帰国後、サバト館(顧問 生田耕作)の編集者でもあった。 伝説のカルト的ニューウェイヴ・バンドEP-4の初期オリジナル・キーボード奏者でもある。作家活動のほか、ミュージシャンとしてEP-4 、及び本隊からの別働隊として EP-4 unitP などでも活動。
上田 隆穂(うえだ たかほ、1953年〈昭和28年〉12月 … 上田 隆穂(うえだ たかほ、1953年〈昭和28年〉12月 - )は、日本の経営学者。専門はマーケティング論。学習院大学経済学部教授。学習院大学経済学部学部長、日本商業学会副会長、日本消費者行動研究学会会長等を歴任。 三重県四日市市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1978年東京大学経済学部卒業、東燃入社。1982年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。1985年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。マーケティング論の田内幸一に師事 1985年一橋大学商学部助手。1986年学習院大学経済学部専任講師。1987年同助教授。カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員を経て、1992年(平成4年)学習院大学経済学部教授。
北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月1… 北橋 健治(きたはし けんじ、1953年〈昭和28年〉3月19日 - )は、日本の政治家。元福岡県北九州市長(第12・13・14・15代)、民社協会専務理事。衆議院議員(6期)、大蔵政務次官(羽田内閣)、衆議院環境委員長を務めた。 兵庫県西宮市生まれ。母親は広島で被爆したため、北橋自身は被爆二世である。甲陽学院高等学校、東京大学法学部卒業。東京大学在学中、ヨーロッパの社会民主主義を研究するため、学内に社会思想研究会を設立した。同会のメンバーには国際自由労働組合総連盟のアジア太平洋組織の書記長を務めた鈴木則之がいる。東大卒業後、1977年から民社党に勤務する。 1986年、第38回衆議院議員総選挙に民社党公認で旧福岡2区(定数5)から出馬し、得票数3位で初当選した。
池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月1… 池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月12日 - )は、日本の警察官僚。初代原子力規制庁長官。第88代警視総監。 1953年、兵庫県神戸市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1976年京都大学法学部卒業。 大学在学中に大学紛争を目の当たりにし、「正義の味方になりたい」と思い、1976年に警察庁に入庁。警視庁総務部広報課長、警備第一課長時代には、読売新聞記者であった作家堂場瞬一から取材を受けていた。 警察官僚としては主に交通警察、警備警察の分野を中心に歩む。大阪府警察本部警備部長時代の1995年1月に阪神・淡路大震災に遭遇し、兵庫県警察本部と連携して事後処理にあたった。また警察庁警備局長在任中には、2008年7月の第34回主要国首脳会議(北海道・洞爺湖サミット)警備の指揮を執っている。
石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフ… 石田 英敬(いしだ ひでたか、1953年 - )は、日本のフランス文学者、メディア情報学者。東京大学名誉教授。記号論・メディア論専攻。フランスの思想家、ミシェル・フーコーの研究者として知られている。 千葉県生まれ。1972年甲陽学院中学校・高等学校卒業、東京大学入学、教養学部二年生時に世田谷区東大生内ゲバ殺人事件で友人二人を喪う。同大学文学部卒業。1975年パリ第4大学留学、1976年パリ第3大学留学、1983年パリ第10大学大学院修士課程修了、1985年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、同博士課程退学、1989年パリ第10大学大学院博士課程修了(人文科学博士)。 同志社大学専任講師、助教授を経て、東京大学教養学部助教授。
杉原 達(すぎはら とおる、1953年 - )は、日本の歴史… 杉原 達(すぎはら とおる、1953年 - )は、日本の歴史学者、日本学、文化史研究者。経済学博士。大阪大学大学院文学研究科教授を経て、大阪大学名誉教授。 京都市生まれ。帝国主義時代のドイツ経済史研究から出発し、日本・アジア関係史、日本学を専門とする。在日朝鮮人史、中国人強制連行問題など近代の文化・経済の交流や移動、越境に関する研究がある。 父は経済学者(経済学史研究)の杉原四郎、実兄は経済史家(アジア圏貿易史研究)の杉原薫。
加登 豊(かと ゆたか,1953年 - )は,日本の会計学者… 加登 豊(かと ゆたか,1953年 - )は,日本の会計学者。専攻は、管理会計・原価計算。学位は、博士(経営学)(神戸大学・1992年)。神戸大学名誉教授。同志社大学教授。バンドー化学株式会社取締役(2010年-)・神戸大学大学院経営学研究科長兼経営学部長(2008年4月-2010年3月)・日本原価計算研究学会学会長(2007年-2009年)・公認会計士試験問題作成委員(2006年-2008年度)を歴任。兵庫県西宮市生まれ。
縄田 修(なわた おさむ、1952年11月 - )は、日本の… 縄田 修(なわた おさむ、1952年11月 - )は、日本の警察官僚。大阪府警察本部長などを歴任。 東京都出身。甲陽学院高等学校を経て(52回卒)、京都大学法学部卒業。 1975年警察庁入庁。高知県警察本部長、警視庁刑事部長、警察庁長官官房首席監察官などを歴任し、2005年7月から警察庁刑事局長を務めた。2007年9月3日大阪府警察本部長就任。2009年3月31日退官。 大阪府警察本部刑事部捜査第二課長時代に豊田商事事件を担当し、印象深い事件として述懐している。
麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - … 麻生 香太郎(あそう こうたろう、1952年10月7日 - 2018年3月6日)は、日本の作詞家・音楽評論家・エンターテインメント評論家。大阪府大阪市曾根崎生まれ、兵庫県出身。 甲陽学院中学校・高等学校、東京大学文学部卒業。 東大を卒業しながらサラリーマンになるのが嫌な「就職試験逃避型」の人間で、作詞家になった。 1980年代半ばよりエンタテインメント・ジャーナリストに転身し、『1992年から1995年には週刊朝日でコラム「麻生香太郎の芸能みなと町」を連載し、日経エンタテインメント!』スーパーバイザーを務めていた。 『TVステーション』でも連載を務め、麻生もSEYMOURのペンネームでTM NETWORKや中森明菜に作詞を提供。
河内 厚郎(かわうち あつろう、1952年10月- )は、日… 河内 厚郎(かわうち あつろう、1952年10月- )は、日本の文化プロデューサー。演劇評論家、コラムニスト、書評家。 兵庫県西宮市生まれ。甲陽学院高等学校、一橋大学法学部卒業(西洋法制史専攻、勝田有恒ゼミ)卒。 舞台芸術学院(夜間)卒。 多数の文化イベントのプロデュースを手がけるほか、行政、マスコミ、経済団体等でさまざまな公職を務める。[要出典] 夙川学院短期大学教授(2001〜2012)、神戸夙川学院大学教授(2012~2015)。追手門学院大学客員教授(~2016)。大阪樟蔭女子大学客員教授(2010年10月1日~2016年3月末)。 『演劇界』の歌舞伎劇評公募で最終候補に残り(1982)演劇評論家として執筆業に入る。
小溝 裕一(こみぞ ゆういち、1950年 - )は、日本の溶… 小溝 裕一(こみぞ ゆういち、1950年 - )は、日本の溶接・接合工学研究者。工学博士。大阪大学名誉教授。 1950年、兵庫県西宮市に生まれる。甲陽学院高等学校卒業。京都大学工学部金属加工学科卒業。住友金属工業総合技術研究所副所長を経て、2004年大阪大学接合科学研究所教授。 2015年、定年退職後、(公財)高輝度光科学研究センター特別研究員・大阪大学名誉教授。 2009年、文部科学大臣表彰(研究分野)。 2017年、紫綬褒章を受章。
宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学… 宇野 隆夫(うの たかお、1950年 - )は、日本の考古学者。文学博士(大阪大学・論文博士・1992年)。国際日本文化研究センター名誉教授[リンク切れ]。帝塚山大学文学部客員教授。 熊本県出身。甲陽学院高等学校卒、1974年京都大学文学部史学科卒業、1977年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、京都大学埋蔵文化財研究センター助手。1985年富山大学人文学部助教授、1992年「律令社会の考古学的研究 -北陸を舞台として」で大阪大学より文学博士の学位を取得。1993年教授、1999年10月国際日本文化研究センター教授となり、2012年、副所長。2013年3月末もって退任、同年4月より帝塚山大学人文学部教授となり、その後は現職。
黒田 章裕(くろだ あきひろ、1949年9月28日 - )は… 黒田 章裕(くろだ あきひろ、1949年9月28日 - )は、日本の実業家。コクヨ代表取締役会長。祖父はコクヨ創業者の黒田善太郎、実父は黒田暲之助、叔父は黒田靖之助。 大阪府大阪市出身。甲陽学院高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。1972年にコクヨへ入社。1977年に同社取締役、その後常務取締役、専務取締役を経て、1987年に副社長に就任。1989年、叔父で三代目社長黒田靖之助の急逝に伴い、39歳で社長に就任。2015年3月27日付けで、現職。後任社長には長男の黒田英邦が務める。 2013年大阪日米協会会長。その他には全日本紙製品工業会副理事長などを務める。 2017年5月より関西経済同友会代表幹事及び2025日本万国博覧会誘致委員会副会長を丸一鋼管会長の鈴木博之やりそな銀行副会長の池田博之とともに務めた。
笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )… 笠谷 和比古(かさや かずひこ、1949年8月15日 - )は、日本の歴史学者。国際日本文化研究センター名誉教授。専攻は日本近世史・武家社会論。博士(文学)(京都大学、1994年)(学位論文「近世武家社会の政治構造」)。 兵庫県神戸市出身。甲陽学院高等学校卒業、1973年京都大学文学部史学科卒業、1978年同大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位取得退学、国文学研究資料館史料館助手。1988年『主君「押込」の構造』でサントリー学芸賞を受賞、1989年国際日本文化研究センター助教授、1996年教授。2015年定年退官、名誉教授。帝塚山大学教授、2016年退職。2018年4月大阪学院大学法学部教授、2021年3月退職。
矢野 和之(やの かずゆき、1949年 - )は日本の財務官… 矢野 和之(やの かずゆき、1949年 - )は日本の財務官僚。 兵庫県西宮市出身。甲陽学院高等学校を経て、1974年一橋大学経済学部卒業、大蔵省入省(証券局資本市場課)。廿日市税務署長、ハーバード大学留学(国税庁長官官房付)、大蔵省主計局主計官補佐(労働係主査)、日本証券経済研究所ニューヨーク事務所長、コロンビア大学客員研究員を経て、2001年中国財務局長。2003年ヴェリタス取締役会長。2019年聡研プランニング顧問。同年瑞宝中綬章受章。日本プロゴルフ協会理事、ワイズテーブルコーポレーション顧問、リスト顧問、アイア顧問、永伸商事顧問、デジタルアイデンティティ顧問、テモナ顧問、SKR顧問、リファー顧問、湘南美容外科顧問、HGホールディングス監査役、旅酒相談役、ユニバース顧問、Orchestra Holdings顧問等も歴任した。
風見 梢太郎(かざみ しょうたろう、1948年9月21日 -… 風見 梢太郎(かざみ しょうたろう、1948年9月21日 - )は、日本の小説家。 福井県敦賀市東洋町生まれ。キリスト幼稚園、市立南小学校から同気比中学に進む。父親の転勤により関西に移住後、甲陽学院高等学校から京都大学工学部に進学する。 1971年4月、電電公社(当時)の電気通信研究所に入所。1983年、日本民主主義文学同盟(現日本民主主義文学会)に加盟。主に研究所を舞台とした小説を発表。2008年1月~6月、甲陽学院高等学校をモデルにした長編小説『浜風受くる日々に』をしんぶん赤旗に連載し、10月、新日本出版社から刊行した。他の主な著作は『海岸隧道』(民主文学自選叢書)、『けぶる対岸』(新日本出版社)、『海蝕台地』(ケイ・アイ・メディア)、『神の与え給いし時間』(ケイ・アイ・メディア)など。
杉原 薫(すぎはら かおる、1948年8月3日 - )は、日… 杉原 薫(すぎはら かおる、1948年8月3日 - )は、日本の男性経済史家(アジア経済史)。大阪大学教授、京都大学教授、東京大学教授を歴任。定年後、政策研究大学院大学特別教授を経て、総合地球環境学研究所特任教授。 1980年代半ばに「アジア間貿易」論を提唱、その後のアジア経済史に大きな影響を及ぼす。近年ではグローバルヒストリーを中心とした研究を行う。1996年、東京大学より博士(経済学)(論題「アジア間貿易の形成と構造」)。 経済学者(経済学史研究)の杉原四郎は父、歴史学者の杉原達は弟である。妻は歴史学者の長崎暢子である。 1996年『アジア間貿易の形成と構造』、日本経済新聞経済図書文化賞、サントリー学芸賞受章。
吉川 研一(よしかわ けんいち、1948年7月25日 - )… 吉川 研一(よしかわ けんいち、1948年7月25日 - )は、日本の工学者。日本の非線形物理学の実験的研究の第一人者の一人。近年はソフトマター物理学の実験的研究を行っている。同世代の研究者として太田隆夫、小貫明などがいる。京都大学大学院理学研究科教授を経て、2012年4月より、同志社大学生命医科学部教授。甲陽学院高等学校卒業。
今田 高俊(いまだ たかとし、1948年4月6日 - )は、… 今田 高俊(いまだ たかとし、1948年4月6日 - )は、日本の社会学者。東京工業大学名誉教授。日本学術会議会員(2005年~2014年)。日本学術会議連携会員(2014年~) 兵庫県神戸市生まれ。東京工業大学において、文理融合の大学院である社会理工学研究科づくりに中心的な役割を果たした。1986年、サントリー学芸賞受賞。1988年、組織学会高宮賞受賞。2008年、紫綬褒章受章。2021年、瑞宝中綬章受章。 ニクラス・ルーマンのオートポイエーシスを「自己組織化」の概念で彫琢する。2012年と2015年、日本学術会議の高レベル放射性廃棄物の処分に関する検討委員会委員長として国に政策提言をおこなった。
東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )… 東野 治之(とうの はるゆき、1946年12月20日 - )は、日本の歴史学者。専攻は日本古代史、文化財史料学。大阪大学名誉教授。奈良大学名誉教授。教授。東京国立博物館客員研究員。日本学士院会員。博士(文学)(東京大学)。紫綬褒章受章。 1946年、兵庫県西宮市で生まれた。甲陽学院中学校・高等学校を卒業(46回卒業生)。甲陽学院中学時代からすでに漢文に親しみ、白文で読むことができたという。大阪市立大学文学部に進学し、1969年に卒業。同大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1971年に修士課程を修了した。 1970年から奈良文化財研究所文部技官として勤務。その後、奈良大学助教授に転じた。1982年、大阪大学教養部助教授に就任。
野口 善國(のぐち よしくに、1946年 - )は、日本の弁… 野口 善國(のぐち よしくに、1946年 - )は、日本の弁護士。神戸連続児童殺傷事件の弁護団長を務めた。兵庫県弁護士会子どもの権利委員会委員長。東京都出身。 1965年甲陽学院高等学校卒。1970年東京大学法学部卒。卒業後は刑務官として法務省矯正局で働く。1980年に弁護士登録、矯正局時代の経験を活かして少年事件を多く担当する。2008年、永年の保護司としての貢献で藍綬褒章を受章。 少年法改正反対と死刑廃止の運動に精力的に取り組み、それぞれの実務で体験した立場から意見を述べられる弁護士として各地の講演に招かれている。少年法改正には、矯正局の経験を踏まえて厳罰化は非行抑止にはならないと批判し、死刑廃止運動では刑務官として死刑執行の場に居合わせた体験を語っている。
佐治 信忠(さじ のぶただ、1945年11月25日 - )は… 佐治 信忠(さじ のぶただ、1945年11月25日 - )は、日本の実業家。サントリーホールディングス代表取締役会長兼取締役会議長。日本アドバタイザーズ協会理事長。ACジャパン元理事長。学校法人慶應義塾評議員・理事。一般財団法人日本ウズベキスタン・シルクロード財団評議員。2020年フォーブス日本長者番付4位。保有資産額は2020年4月時点で、94億米ドル(約1兆60億円)。 平成21年7月にキリンホールディングスとの経営統合が日本経済新聞によってリークされたが、平成22年2月8日に破談が発表された。サントリーの株式の約9割を握る創業一族の位置付けなどを巡って紛糾した。統合比率に関してキリン側が事前合意を覆す強硬な条件を提示したことが原因と言われている。
樋渡 利秋(ひわたり としあき 1945年8月4日 - )は… 樋渡 利秋(ひわたり としあき 1945年8月4日 - )は、第24代検事総長。TMI総合法律事務所顧問(第一東京弁護士会所属)。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校卒業し東大法学部に入学。第1類在学中に司法試験に合格。大学卒業後、司法修習を経て検事に任官し、日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件で主任検事を務める。また社会を震撼させた女子高生コンクリート詰め殺人事件では、第一審判決が事件内容を鑑みても軽すぎると控訴趣意書を提出し、控訴審を担当する。そしてバブル期真っ只中に起こり、政界・官界・報道機関を大きく揺るがすことになった戦後最大の汚職事件であるリクルート事件では文部省に流れた賄賂ルートの担当検事を務める。
豊下 楢彦(とよした ならひこ、1945年 - )は、日本の… 豊下 楢彦(とよした ならひこ、1945年 - )は、日本の政治学者。専門は、国際関係論・外交史。学位は、博士(法学)(京都大学・論文博士・1995年)。前関西学院大学法学部教授。 兵庫県生まれ。甲陽学院高等学校、京都大学法学部卒業。 京都大学法学部助教授、立命館大学法学部教授、関西学院大学法学部教授を歴任。1995年、京都大学より博士(法学)の学位を取得。京都大学では立川文彦に師事した。 『安保条約の成立』で、首相だった吉田茂が講和条約・安保条約締結をめぐる交渉の中で米国に対して安易に妥協を行い、その国益を損なったとして吉田の外交手腕に疑念を提示し、同時期に発表され、同じく否定的な吉田評価を行った三浦陽一の研究と共に論争を呼んだ。
門口 正人(もんぐち まさひと、1945年 - )は、日本の… 門口 正人(もんぐち まさひと、1945年 - )は、日本の元裁判官。兵庫県西宮市出身。甲陽学院高等学校(45回卒)を経て東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。元名古屋高等裁判所長官。 現在は昭和女子大学理事。
千草 宗一郎(ちぐさ そういちろう、1944年〈昭和19年〉… 千草 宗一郎(ちぐさ そういちろう、1944年〈昭和19年〉2月3日 - )は、日本のテレビプロデューサー。関西テレビ放送顧問、元代表取締役社長、相談役、メディアプルポ代表取締役会長。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校を経て、慶應義塾大学文学部卒業。慶應義塾大学野球部出身。 1969年4月に関西テレビ入社。同期には桑原征平、杉山一雄、上沼真平(元制作局長で上沼恵美子の夫)、荒田静彦(のち鹿児島テレビ代表取締役社長)がいる。報道局、スポーツ局などを経て、制作部へ配属された。 1986年に深夜の人気番組『エンドレスナイト』のプロデューサーとなる。番組では「シーチャカ」のあだ名で人気を得て番組にもたびたび出演し、「エンドレスにシーチャカあり」と言われるほどになった。
藤本 勝司(ふじもと かつじ、1943年(昭和18年)7月2… 藤本 勝司(ふじもと かつじ、1943年(昭和18年)7月28日 - )は、日本の実業家。日本板硝子社長を務めた。 兵庫県出身。甲陽学院高等学校、京都大学工学部工業化学科を経て、同大大学院工学研究科を修了。1968年(昭和43年)4月、日本板硝子に入社。 2004年(平成16年)に社長に昇格し、後ろ盾となった出原洋三会長とともに最大手の旭硝子(現・AGC)に対抗してグローバル化を推し進めたが、後任に据えた外国人社長が相次いで辞任するなどの人事上の混乱を招き、またリーマンショックなどの影響で巨額の赤字を計上する事態となり、12年にはムーディーズ・ジャパンからグループ全体の信用格付けがBa3に引き下げられた。
宮崎 恒彰(みやざき つねあき、1943年2月9日 - )は… 宮崎 恒彰(みやざき つねあき、1943年2月9日 - )は、日本の実業家。元阪神電気鉄道取締役、阪神タイガースの元オーナー、取締役。 1961年、甲陽学院高等学校卒業(42回卒)。1965年、神戸大学経営学部卒業後、同年、阪神電気鉄道へ入社。経理・企画部門などを経て、1988年、関連企業の山陽自動車運送に出向後、1996年に本社取締役、2000年に常務、社長室副室長、2004年に代表取締役専務を歴任した。2002年6月に阪神コンテンツリンク代表取締役社長、7月に阪神タイガース取締役に就任。2006年から2008年6月25日まで阪神タイガースのオーナーを務めた。その他には朝日放送取締役も務めた。
青井 秀夫(あおい・ひでお、1943年2月4日 - )は、日… 青井 秀夫(あおい・ひでお、1943年2月4日 - )は、日本の法学者(法哲学)。弁護士。東北大学名誉教授。岡山商科大学名誉教授。博士(法学)。 主要な研究テーマは法学方法論(法の適用と解釈)、法理論、現代正義論、医事法、ドイツ現代法思想史など。著書『法理学概説』は実定法や外国法との関係性に配慮しつつ、歴史的なパースペクティブから法理学を展望するものであり、ドイツ語圏の法概念論と法解釈方法論を詳細に説明している点で類書がない。2009年より弁護士。2023年、瑞宝中綬章受章。
辻 卓史(つじ たかし、1942年10月3日 - )は、日本… 辻 卓史(つじ たかし、1942年10月3日 - )は、日本の実業家。鴻池運輸代表取締役社長や、同社代表取締役会長を務め、東京証券取引所一部上場を実現した。 中華民国上海租界生まれ。本籍は広島県広島市。兵庫県芦屋市出身。一橋大学商学部を卒業し、中安閑一の誘いで宇部興産(現:UBE)に入社。同社のニューヨーク駐在員などを経て、1983年に妻の実父が会長を務める鴻池運輸に転じる。1989年代表取締役社長に就任。2003年より同社代表取締役会長。売上高を4倍以上に伸ばし、2013年には東京証券取引所一部上場を実現した。 この間、加藤産業監査役、成田航空ビジネス専門学校名誉校長、大阪府トラック協会会長、全日本トラック協会副会長、関西経済同友会幹事、大阪商工会議所運輸部会副部会長、在大阪ブータン王国名誉領事、日越関西友好協会理事、日本物流団体連合会理事、関西生産性本部特別顧問、大阪通関業会顧問、日本通関業連合会名誉顧問等も歴任した。
柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈… 柄谷 行人(からたに こうじん(ゆきと)、本名:柄谷 善男〈からたに よしお〉、1941年〈昭和16年〉8月6日 - )は、日本の哲学者、文学者、文芸批評家。兵庫県尼崎市出身。戦後日本を代表する批評家である。 筆名は夏目漱石の小説『行人』にちなむとされているが、本人は「kojin」という語感と響きから偶然思いついたと語っている。「国家」「資本」「ネーション」とは区別されるものとして、近年は「アソシエーション」という言葉を強調している。 『意識と自然ー漱石試論』(1969年)で論壇に登場。言葉と人間との関係を追究し、近代を読み直す。著書に『意味という病』(1975年)、『坂口安吾と中上健次』(1996年)、『トランスクリティーク カントとマルクス』(2001年)、『哲学の起源』(2012年)、『帝国の構造』(2014年)、『世界史の構造』(2015年)など。
北川 公一(きたがわ こういち、1941年6月29日 - )… 北川 公一(きたがわ こういち、1941年6月29日 - )は、兵庫県出身の元プロ野球選手(外野手)。
北村 惣一郎(きたむら そういちろう、1941年〈昭和16年… 北村 惣一郎(きたむら そういちろう、1941年〈昭和16年〉1月8日 - )は、日本の医学者、医師。国立循環器病センター名誉総長。奈良県立医科大学名誉教授。堺市立病院機構理事。地方独立行政法人堺市立病院機構理事長。心臓血管外科専門医認定機構代表幹事、日本胸部外科学会会長。兵庫県西宮市出身。 川崎病外科治療の開発に貢献した。また、日本での心臓移植の再開に尽力し、脳死移植法下での国内第2例、第3例を執刀。(第1例は大阪大学第一外科の松田教授)
高口恭行(正確には髙口恭行。たかぐち やすゆき(僧侶としては… 高口恭行(正確には髙口恭行。たかぐち やすゆき(僧侶としては"きょうぎょう")1940年6月13日 - )は、大阪にある浄土宗寺院一心寺の長老。工学博士。大阪を代表する建築家の一人であったが、現在は引退。元奈良女子大学家政学部教授。長男は現住職の高口恭典(元獣医)。次男は早稲田大学教授の高口洋人。三男は俳優の高口真寤。
菅谷 定彦(すがや さだひこ、1939年1月7日 - )は、… 菅谷 定彦(すがや さだひこ、1939年1月7日 - )は、日本の新聞記者、実業家。日本経済新聞記者、同専務取締役後、テレビ東京社長、同会長を経て、現在は学校法人渡辺学園(東京家政大学等を運営)理事長。 兵庫県出身。妻は清泉女子大学副学長を務めた菅谷孝子。 中学校から大学までテニス選手として活躍し 、1957年には広瀬均(後にデビスカップ日本代表選手、監督)とのコンビで全日本ジュニアテニス選手権男子ダブルスで優勝している。 テレビ東京の社長としては、月1回のペース(年9 - 10回)で行われる社長定例会見において、本来経営者としてタブーであるライバル局への攻撃や個人としての私見などの発言をすることで有名であった。
難波 精一郎(なんば せいいちろう、1932年4月4日 - … 難波 精一郎(なんば せいいちろう、1932年4月4日 - )は、日本の心理学者。専攻は音響心理学、環境心理学。文学博士。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。 時間経過に伴って変化する音の印象を捉える「カテゴリー連続判断法」と独自の実験装置の開発により、旧来の定常音研究の枠を超えて複雑な変動音と機械音の研究に道を拓いた。また、多次元的で解析が困難であった音色に関する研究では、各種の音源に関する言語的記述の国際比較など、実験と調査を駆使した多面的なアプローチによって先駆的かつ広範な成果を挙げた。さらに、機械的騒音の評価には騒音レベルだけでなく音色が大きく影響することを明らかにして、機械音の改善を推進した。
林 成年(はやし なりとし、1931年9月14日 - 200… 林 成年(はやし なりとし、1931年9月14日 - 2008年2月6日)は、日本の俳優。京都府京都市伏見区出身。慶應義塾大学文学部卒業。本名は長谷川 寿(はせがわ ひさし)。父は俳優の長谷川一夫。女優の長谷川季子、長谷川稀世は妹。妻は上田吉二郎の養女。 1937年、大阪歌舞伎座で初舞台、同年に父・一夫主演の映画『土屋主悦』で映画デビューした。大学卒業後は大映に入社し、『新・平家物語』、『赤胴鈴之助』シリーズなど数多くの映画に出演。1960年に大映を退社し、1962年、東宝に移った。以降は東宝歌舞伎にレギュラー出演するなど、舞台を中心に活躍した。他に杉良太郎などの舞台に客演した。 2008年2月6日、心不全のため死去、76歳だった。
水野 隆(みずの たかし、旧姓:徳弘(とくひろ)、1931年… 水野 隆(みずの たかし、旧姓:徳弘(とくひろ)、1931年4月28日 - 没年不明)は日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。 甲陽学院中学校在学中よりサッカーを始め、同中学4年修了後の1948年に関西学院高等部へ編入。 1950年に関西学院大学に入学してサッカー部に入部した。在学中の1953年に第33回天皇杯全日本サッカー選手権大会で全関学の一員として優勝に貢献。また、同年にドルトムントで開催された国際大学スポーツ週間(ユニバーシアードの前身)の日本学生選抜として井上健、木村現、平木隆三らと共に選出され、大会に出場した。 1954年に大学卒業後は湯浅電池に入社。なお、大学卒業後もサッカーを続け、1955年の第35回天皇杯全日本サッカー選手権大会で全関学の一員として、1958年の第38回天皇杯全日本サッカー選手権大会で関学クラブの一員としてそれぞれ優勝した。
花房 秀三郎(はなふさ ひでさぶろう、1929年12月1日 … 花房 秀三郎(はなふさ ひでさぶろう、1929年12月1日 - 2009年3月15日)は日本のウイルス学者。ロックフェラー大学名誉教授、大阪バイオサイエンス研究所名誉所長。兵庫県西宮市生まれ。 ニワトリにがんを起こす「ラウス肉腫ウイルス」を使った研究で、正常な細胞の中にがん遺伝子の原形が存在し、それをウイルスが取り込み、がんを引き起こす遺伝子(がん遺伝子)に作りかえることを実証した。また、複数のがん遺伝子に共通する構造も見つけた。がんは細胞の遺伝子変異で起きるという発がんの基本的な概念を確立した。
五十嵐 喜芳(いがらし きよし、1928年9月8日 - 20… 五十嵐 喜芳(いがらし きよし、1928年9月8日 - 2011年9月23日)は、日本の声楽家(テノール歌手)。マネージメント協力はジャパン・アーツ。 日本オペラ振興会の常任理事、昭和音楽大学学長、宝塚音楽学校のカリキュラム編成アドバイザー(声楽)などを歴任し、日本におけるオペラ発展に尽力した。また、音楽活動のみならず、TBSのワイドショー『3時にあいましょう』の司会やドラマ『コメットさん』に出演し幅広く活躍した。
吉田 文雀(よしだ ぶんじゃく、本名:塚本 和男、1928年… 吉田 文雀(よしだ ぶんじゃく、本名:塚本 和男、1928年6月8日 - 2016年8月20日)は、人形浄瑠璃文楽の人形遣い。東京都出身。 父、祖父の影響で幼少の戦前から文楽や歌舞伎に触れてきた、戦時中は好きが高じて文楽の楽屋に出入りし戦中多くの遣いが疎開や戦地に赴いた為、人手が足りなかった為舞台に立つことになる。1945年8月に文楽座入りし、2代目吉田玉市の預かり弟子で吉田和夫を名乗る。翌年正式に南座で初舞台。1950年に3代目吉田文五郎の正式な門下になり2代目中村扇雀(後の4代目坂田藤十郎)と仲がよかったので師である文五郎の「文」と扇雀の「雀」を合わせて文雀となる。1991年紫綬褒章受章。1994年、重要無形文化財(人間国宝)認定。
嶋本 昭三(しまもと しょうぞう、1928年1月22日 - … 嶋本 昭三(しまもと しょうぞう、1928年1月22日 - 2013年1月25日)は、日本の芸術家、現代美術家。京都教育大学名誉教授、宝塚造形芸術大学教授、日本障害者芸術協会会長、具体美術協会会員。 長男はジャズトランペッターの嶋本高之(しまもと たかし、1964年 - )。二男はバリトン歌手の嶋本晃(しまもと あきら、1969年 - )。 大阪府生まれ。関西学院大学文学部卒業。 1954年、戦後日本の現代美術を代表する「具体美術協会」の創立メンバーとなる。「具体」という名の提案者。以降主な具体全展に出品。具体美術展に出展した、瓶詰した絵具を画面上で炸裂させる大砲絵画パフォーマンスや、ヘリコプターよりペイントを落としての絵画制作パフォーマンスなどが有名。
木谷 恭介(こたに きょうすけ、1927年11月1日 - 2… 木谷 恭介(こたに きょうすけ、1927年11月1日 - 2012年12月9日)は、日本の推理作家、放送作家。本名:西村 俊一(にしむら しゅんいち)。 大阪府生まれ、兵庫県出身。旧制甲陽中学校(現・甲陽学院中学校・高等学校)卒。 劇団「新風俗」「三木トリロー文芸部」などを経て、ルポライター。また、ラジオ番組『小沢昭一の小沢昭一的こころ』の台本を執筆。そのかたわら、若者向け旅行ガイドを執筆。 1977年、『俺が拾った吉野太夫』で第1回小説クラブ新人賞受賞。以後作家生活に入り、トルコ風呂などを舞台とした官能小説、あるいはトルコガイドブックなどを執筆していたが、1983年の『赤い霧の殺人行』から、旅情ミステリーに専念。