スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
対馬 康子(つしま やすこ、1953年10月22日 - )は… 対馬 康子(つしま やすこ、1953年10月22日 - )は、日本の俳人。 香川県高松市に生まれる。小学校高学年より詩に興味を持ちはじめ、香川県立高松高等学校時代は文芸部に所属。1972年日本女子大学文学部国文学科に入学、文芸部に入部し同人誌に詩や短文を執筆。東大学生俳句会と文芸部との合同ハイキングで西村我尼吾と出会い俳句を作り始める。 1973年、国文学科教授中島斌雄が主宰する「麦」入会。同時に東大学生俳句会に学外参加し、東大ホトトギス会にて山口青邨の選を受ける。1976年「麦」同人。大学卒業後、日本女子大学学生課に勤務。1978年我尼吾と結婚。1981年より我尼吾のイェール大学留学に伴いコネティカット州ニューヘブンに1983年まで住む。
真鍋 精志(まなべ せいじ、1953年10月21日 - )は… 真鍋 精志(まなべ せいじ、1953年10月21日 - )は、日本の実業家。西日本旅客鉄道(JR西日本)相談役。 香川県出身。香川県立高松高校を経て、1976年に東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、日本国有鉄道に入社。最初の配属先は茨城県の常陸多賀駅(常磐線)。好きなスポーツは野球。学生時代は理論派のキャッチャーを務めた。 2005年4月に発生したJR福知山線脱線事故の際には、執行役員財務部長という立場で50日間会社に泊まり込み、遺族支援の枠組みを作り上げた。 この項目は、鉄道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:鉄道/PJ鉄道)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
梶 正治(かじ まさはる、1953年(昭和28年)1月21日… 梶 正治(かじ まさはる、1953年(昭和28年)1月21日 - )は、日本の政治家。香川県丸亀市長(2期)。元香川県議会議員(4期)。 香川県丸亀市出身。下関市立名池小学校、高松市立勝賀中学校、香川県立高松高等学校、神戸大学経済学部卒業。1975年(昭和50年)4月、香川県庁に入庁。医務課、県立病院勤務のさながら自治労運動に参加。1990年(平成2年)、香川県庁を退職。衆議院議員の加藤繁秋の公設秘書となる。 1995年(平成7年)4月、香川県議会議員選挙に出馬するも、落選。1996年(平成8年)、行政書士試験に合格し開業。1998年(平成9年)8月30日執行の香川県議会議員補欠選挙に出馬するも、落選。
中村 良平(なかむら りょうへい、1953年 - )は、都市… 中村 良平(なかむら りょうへい、1953年 - )は、都市経済、地域経済を専門とする日本の経済学者、岡山大学社会文化科学研究科教授。 香川県高松市に生まれ、幼い時期は岡山市、新居浜市、丸亀市などに住んだ。香川県立高松高等学校を卒業し、補習科を経て京都大学に進んだ。 1977年に京都大学工学部衛生工学科を卒業し、筑波大学大学院社会工学研究科に進んで都市・地域計画学を専攻し、1984年に「Econometric analysis of urban agglomeration economies and amenity values(都市における集積の経済とアメニティ価値に関する計量経済分析)」により筑波大学から学術博士を授与された。
西條 辰義(さいじょう たつよし、Tatsuyoshi Sa… 西條 辰義(さいじょう たつよし、Tatsuyoshi Saijo、1952年8月6日 - )は、日本の経済学者。香川県大川郡出身。 オハイオ州立大学経済学部講師、カルフォルニア大学サンタバーバラ校助教授、筑波大学社会工学系教授、大阪大学社会経済研究所教授、一橋大学経済研究所教授、高知工科大学マネジメント学部教授、人間文化研究機構総合地球環境学研究所特任教授などを経て京都先端科学大学フューチャー・デザイン研究センター・センター長。専門はフューチャー・デザイン、実験経済学、環境経済学など。メカニズムデザインの基本定理であるマスキンの定理を証明する。被験者を用いる実験を開始し、日本人が他国の人々と比較し、「いじわる」の度合いが強いことを発見。
稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日… 稲富 祐香子(いなとみ ゆかこ、1952年7月 - )は、日本のソプラノ歌手。香川県東かがわ市(旧大川郡白鳥町)出身。香川県立高松高等学校、東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。元徳島文理大学音楽学部教授。
植田 和弘(うえた かずひろ、1952年3月14日 - )は… 植田 和弘(うえた かずひろ、1952年3月14日 - )は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は環境経済学。学位は、工学博士(大阪大学・論文博士・1983年)、博士(経済学)(京都大学・論文博士・1997年)。学位論文はそれぞれ、「金属利用の社会的評価に基づくリサイクル計画に関する基礎的研究:鉛を中心にして」、「廃棄物制御の財政理論」。日本における環境経済学の草分け的存在。香川県生まれ。 1995年の『環境経済・政策学会』設立に発起人として尽力し、社会経済システムとしての地球環境問題研究の中心的学会に育てた。2005年から2010年に同学会の会長を務める。第一線の研究者・教育者であると同時に、「オーガナイザー」として京都大学を日本における「地球環境問題研究」の拠点に育てた中心的人物。
高谷 時彦(たかたに ときひこ、1952年 - )は、日本の… 高谷 時彦(たかたに ときひこ、1952年 - )は、日本の建築家。東京都調布市に事務所を構える。元東北公益文科大学大学院特任教授。東北公益文科大学大学院非常勤講師。 香川県立高松高等学校、東京大学工学部都市工学科卒業。東大時代は大谷幸夫に師事。槇総合計画事務所勤務の後、独立。槇文彦の著作『見えがくれする都市』(鹿島出版会SD選書)では、共著者の一人として「道の構図」担当。長岡造形大学、神奈川大学、工学院大学、東京大学、芝浦工業大学などの非常勤講師を歴任し、東北公益文科大学大学院特任教授を経て東北公益文科大学大学院非常勤講師。
山地 憲治(やまじ けんじ、1950年2月25日 - )は、… 山地 憲治(やまじ けんじ、1950年2月25日 - )は、日本のエネルギー学者。東京大学名誉教授。 専門は地球温暖化問題やエネルギー問題に関するモデル分析。工学博士。
加藤 秀樹(かとう ひでき、1950年1月5日 - )は、日… 加藤 秀樹(かとう ひでき、1950年1月5日 - )は、日本の大学教授。大蔵官僚、一般社団法人構想日本代表理事、公益財団法人四国民家博物館理事長。 東京大学公共政策大学院実務家教員。行政刷新会議事務局長(2009年 - 2012年)。その他、全国で選挙の際の公開討論会を進めるNGOリンカーン・フォーラム代表などを兼任。元公益財団法人東京財団理事長。 祖父は元労相加藤常太郎。妻は元広島県知事・宮澤弘(元首相・宮澤喜一の弟)の娘。香川県出身。 香川県立高松高等学校、京都大学経済学部卒業後、1973年大蔵省入省。同期には金田勝年(法務大臣)、佐藤隆文(金融庁長官)、新井将敬(衆議院議員)、牧野治郎(国税庁長官)、井戸清人(日本銀行理事)、花角和男(税務大学校長)、森信茂樹(財務省財務総合政策研究所長)、柏木茂雄(財務省財務総合政策研究所次長)などで、東大紛争による東大入試中止の年次に当たる(同期で東大卒は新井(経済)、牧野(経済)、竹内洋(法)の3人)。
多田羅 譲治(たたら じょうじ、1949年〈昭和24年〉11… 多田羅 譲治(たたら じょうじ、1949年〈昭和24年〉11月11日 - )は、香川県坂出市出身の政治運動家。NPO法人「明日に架ける橋」代表、福祉生協かがわ専務理事。
木村 周市朗(きむら しゅういちろう、1949年9月19日 … 木村 周市朗(きむら しゅういちろう、1949年9月19日 - )は、日本の社会学者、思想史学者。専攻は社会政策・社会経済思想史。成城大学教授。日本学士院賞受賞。 香川県生まれ。1968年香川県立高松高等学校卒業、1973年一橋大学社会学部社会学科卒業、1975年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、1978年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。指導教官は大陽寺順一。1976年より成城大学。1989年成城大学経済学部教授。成城大学図書館長や経済学部長、学校法人成城学園評議員を歴任。2002年「ドイツ福祉国家思想史」で一橋大学より博士(社会学)の学位を取得。審査員は藤田伍一、渡辺雅男、一條和生。
浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月2… 浅野 健一(あさの けんいち、1948年〈昭和23年〉7月27日 - )は、日本のジャーナリスト。「人権と報道・連絡会」世話人。元同志社大学教授。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1972年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学新聞研究所修了後、共同通信社入社。1984年「犯罪報道の犯罪」を発表。1989年から1992年までジャカルタ支局長、スハルト政権を批判したため国外追放された。他に、編集局社会部記者、外信部デスクなど歴任。1994年3月退社し、同年4月から同志社大学文学部社会学科教授(新聞学専攻)、同大学大学院文学研究科新聞学専攻博士課程教授。2002 - 2003年、英ウエストミンスター大学客員研究員。
脇 明子(わき あきこ、1948年2月6日 - )は、日本の… 脇 明子(わき あきこ、1948年2月6日 - )は、日本の英国ファンタジー研究者・翻訳家。ノートルダム清心女子大学名誉教授。 祖母は北原白秋門下の歌人・脇須美。母の脇和子とは絵本の共著がある。夫は児童文学研究者、翻訳者の歌崎秀史。 香川県出身。香川県立高松高等学校を経て、1971年東京大学教養学科科学史・科学哲学専修卒業、同大学院比較文学比較文化専修に進み、修士論文として泉鏡花論を『幻想の論理』として刊行。 その後はデ・ラ・メア、ル=グウィンなど英語圏のファンタジーに専門を移行し、翻訳を多く刊行している。ノートルダム清心女子大学助教授、教授を歴任。
砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月… 砂川 敏文(すながわ としふみ、1948年(昭和23年)1月21日 - )は、日本の政治家・元官僚。元北海道帯広市長(3期)。 香川県大川郡志度町(現・さぬき市)出身。高松高校を経て、1970年帯広畜産大学畜産学部卒業。同年、農林水産省農地局入省。その後、北海道開発局と北海道開発庁を交互に渡り歩き、北海道開発庁大臣秘書官、北海道開発局帯広開発建設部次長、北海道開発庁考査主幹等を歴任し、1997年北海道開発局官房調整官を最後に退官。その後、1998年4月の帯広市長選挙に出馬し当選。以後連続3期当選。 2010年の市長選に出馬せず引退。 「環境に対する配慮と、福祉におけるユニバーサルデザインの推進」を掲げ、市の行財政改革にも着手。
松本 一路(まつもと いちろ、1947年10月29日 - )… 松本 一路(まつもと いちろ、1947年10月29日 - )は、NHKの元エグゼクティブアナウンサーで、2007年11月から嘱託職、現在日本体育大学体育学部講師を兼務。 香川県立高松高等学校、早稲田大学教育学部卒業。1971年NHK入局。スポーツアナウンサーとして野球中継を中心に担当した。1992年9月11日に延長15回引き分け・6時間26分の激闘となった阪神タイガース対ヤクルトスワローズの実況を担当した際には、「十五万語喋ったアナウンサー」として翌日の新聞にも掲載された。
高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は… 高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は、香川県高松市出身の作家。本名は若狭雅信。 香川大学学芸学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、京都大学文学部言語学科卒業。京都の出版社に勤務。 1977年、「榧の木祭り」で新潮新人賞を受賞、同作で同年下半期(1978年1月)芥川賞を受賞。当時は山科区で学習塾経営をしていた。 芥川賞受賞後は小説を書く機会は減り、京都に関するエッセイや古代史関連の著作が中心になっている。連歌会の宗匠としても活動する。
岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、… 岩田 喜美枝(いわた きみえ、1947年4月6日 - )は、日本の実業家、元官僚。厚生労働省雇用均等・児童家庭局長を経て、資生堂代表取締役副社長、公益財団法人21世紀職業財団会長を歴任。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、東京大学教養学部を卒業後、1971年、労働省に入省。大阪婦人少年室長を経て、1991年労政局勤労者福祉部福祉課長、1992年婦人局婦人政策課長、1994年労働大臣官房国際労働課長、1995年労働大臣官房秘書課長、1998年労働大臣官房総務審議官、2001年厚生労働省雇用均等・児童家庭局長。 2003年、厚生労働省を退官し、2003年株式会社資生堂に入社。同年常勤顧問、2004年同社取締役執行役員CSR部長、2007年取締役執行役員常務を経て、2008年に代表取締役執行役員副社長に就任。
森棟 公夫(もりむね きみお、1946年6月30日 - )は… 森棟 公夫(もりむね きみお、1946年6月30日 - )は、日本の経済学者。専門は、計量経済学・統計学。経済学博士(京都大学・論文博士・1985年)。京都大学名誉教授、椙山女学園大学名誉教授。2009年よりEconometric Society・フェロー。2012年紫綬褒章受章、2025年瑞宝中綬賞。学校法人椙山女学園理事長等を歴任。
水口憲人(みずぐち のりひと、1945年8月10日- )は、… 水口憲人(みずぐち のりひと、1945年8月10日- )は、日本の政治学者。大阪市立大学教授・龍谷大学教授・立命館大学教授を経て、立命館大学名誉教授。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校卒業、1968年京都大学法学部卒業、73年同大学院法学研究科博士課程中退、大阪市立大学法学部助手、74年助教授、86年教授、1992年龍谷大学法学部教授。1998年立命館大学政策科学部教授、2010年定年、名誉教授。87年「現代都市の行政と政治」で京都大学より法学博士の学位を取得。
眞部 利應(まなべ としお、1945年5月11日 - 、略字… 眞部 利應(まなべ としお、1945年5月11日 - 、略字で「真部利応」とも)は、日本の実業家。元九州電力社長、顧問であり、九州通信ネットワークの初代会長である。やらせメール事件が発覚した当時の社長であり、玄海原発の再稼働を強行に推進した。 また、 肥後銀行社外取締役でもある。 趣味はゴルフ、尺八、将棋。 香川県 三木町 井戸村生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1968年3月京都大学工学部電気工学科卒業。
佐藤 英彦(さとう ひでひこ、1945年4月25日- )は… 佐藤 英彦(さとう ひでひこ、1945年4月25日- )は、日本の警察官僚。第19代警察庁長官を務めた。弁護士 (第一東京弁護士会登録)。 北海道函館市出身。香川県立高松高等学校を経て、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業後、1968年 (昭和43年)、警察庁に入庁。元々は内科医を志望していたが、警察も「社会の医者」であることから、警察に入ったという。 刑事畑が長く、入庁後は高知県警察本部刑事部鑑識課長、栃木県警察本部刑事部捜査第一課長、警視庁本富士警察署長、警視庁警務部教養課長、大阪府警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁刑事部捜査第二課長、内閣法制局第二部参事官、警察庁長官官房総務課長、警視庁刑事部長などを歴任。
竹内 信夫(たけうち のぶお、1945年1月31日 - 20… 竹内 信夫(たけうち のぶお、1945年1月31日 - 2026年2月3日[要出典])は、日本のフランス文学者、空海研究家、東京大学名誉教授。四国新聞客員論説委員。 大阪に生まれるが、米軍空襲下だったため、本籍地の香川県で育つ。香川県立高松高等学校を経て、1970年東京大学文学部仏文科卒業、1972年同大学院人文科学研究科修士課程修了。1973年から1976年までパリ第4大学に留学。 東大文学部助手、明治学院大学専任講師、東京工業大学助教授、1983年東大教養学部助教授(フランス語・フランス文学担当)を経て、教授となる、2000年から2年間、比較文学比較文化研究室主任。その他、東大比較文学会会長を務めた。
香川 征(かがわ すすむ、1944年12月18日 - 202… 香川 征(かがわ すすむ、1944年12月18日 - 2021年4月7日 )は、日本の医学者。徳島大学名誉教授。元国立大学法人徳島大学長。専門は泌尿器科学。香川県高松市出身。徳島大学医学部卒業。
佐々木 茂夫(ささき しげお、1944年(昭和19年)10月… 佐々木 茂夫(ささき しげお、1944年(昭和19年)10月12日 - )は、日本の検察官。弁護士(弁護士法人御堂筋法律事務所)。元大阪高等検察庁検事長。 1969年(昭和44年)検事任官。最高検公判部長、同総務部長、大阪地検検事正等を経て、2004年(平成16年)に札幌高検検事長。その後、2005年(平成17年)福岡高検検事長、2006年(平成18年)大阪高検検事長を歴任し、2007年(平成19年)に退官。2015年、瑞宝重光章受章。 関西を中心に異動を繰り返す「関西検察」の一員で、退官後は弁護士登録し、関西系の各種企業役員等を務め、関西電力監査役も務めていていたが、同社の幹部が森山栄治元部落解放同盟福井県連書記長から多額の金品を受け取っていた問題で、監査役が取締役会に報告していなかったことが2019年(令和元年)に発覚し、日本監査役協会会長の岡田譲治は「おかしいと思う」と対応に疑問を呈した。
田中 調(たなか みつぐ、1944年6月17日 - )は、東… 田中 調(たなか みつぐ、1944年6月17日 - )は、東映フライヤーズ、ヤクルトアトムズに所属した元プロ野球選手(投手)。香川県出身。
橋本 勝隆(はしもと かつたか、1944年5月5日 - )は… 橋本 勝隆(はしもと かつたか、1944年5月5日 - )は、香川県高松市出身の元プロ野球選手(投手)。
林 康子(はやし やすこ、1943年7月19日 - )は、ソ… 林 康子(はやし やすこ、1943年7月19日 - )は、ソプラノ歌手。香川県東かがわ市出身。夫はバス歌手のジャンニコラ・ピリウッチ。藤原歌劇団団員。 香川県立高松高等学校から東京芸術大学を経て同大学院修了後、ミラノ・ヴェルディ音楽院、スカラ座のオペラ研修所に留学。柴田睦陸、ニコラ・ルッチ、リア・グァリーニに師事。 1968年日伊声楽コンコルソ第一位、1970年モンティキァーリ国際コンクールおよびパルマ国際オペラ歌手コンクール第一位、1971年ロニーゴ国際コンクール第一位、1972年イタリア国営放送ロッシーニ生誕180周年記念コンクール第一位。1982年イタリア金の射手座賞、1983年毎日芸術賞、1988年サントリー音楽賞を受賞。
内井 惣七(うちい そうしち、1943年2月3日 - )は、… 内井 惣七(うちい そうしち、1943年2月3日 - )は、京都大学名誉教授。Ph.D.(ミシガン大学、1971年)。 香川県高松市生まれ。1961年、香川県立高松高等学校卒業。1965年 京都大学工学部精密工学科卒業、京都大学文学部哲学科学士入学。1967年、京都大学文学部哲学科卒業、京都大学人文科学研究所助手。 1968年からフルブライト奨学金を得てミシガン大学大学院に留学し、1971年にPh.D.取得。 1979年、大阪市立大学文学部講師。1981年、同助教授。 1990年、京都大学文学部哲学科教授(倫理学講座)。1993年、京都大学文学部文化行動学科教授(科学哲学科科学史講座)。1996年、京都大学大学院文学研究科教授(現代文化学専攻 現代文化学講座)。
内海 善雄(うつみ よしお、1942年〈昭和17年〉8月14… 内海 善雄(うつみ よしお、1942年〈昭和17年〉8月14日 - )は、日本の郵政官僚。郵政審議官、国際電気通信連合事務総局長を歴任した。 郵政省時代 通信の自由化の際の担当課長、第2種通信事業自由化の実現 ITU事務総局長時代 IP電話に対する国際合意の実現 国連情報社会サミット(WSIS) の開催 インターネット管理(ICANN)の国際化
國重 純二(くにしげ じゅんじ、1942年1月20日 - 2… 國重 純二(くにしげ じゅんじ、1942年1月20日 - 2013年12月14日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 満洲国生まれ。香川県立高松高等学校卒業、1966年東京大学文学部英文科卒業、1972年同大学院博士課程中退、千葉大学教養部講師、1974年助教授、1975年東京都立大学助教授、1986年東大教養学部助教授、1992年教授。1998年から2年間、日本アメリカ文学会会長、1999年から2年間、日本英文学会会長。2001年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授。2012年退職。 2013年12月14日、肝細胞癌のため死去。71歳没。 リチャード・バックの『かもめのジョナサン』の翻訳は、國重が訳したものに五木寛之が手を入れたものであることが、同書2015年の新版で明かされている。
布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴… 布引 敏雄(ぬのびき としお、1942年 - )は、日本の歴史学者、大阪観光大学名誉教授。 満洲国ハイラル市生まれ。戦後、引揚げて山口県小野田市に住む。1965年大阪大学文学部卒業。香川県立高松高等学校に勤める。66年退職して大阪大学大学院文学研究科へ進学、68年同修士課程修了後、山口県文書館に勤務。山口県立山口農業高等学校秋穂分校・山口県立萩高等学校・山口県立山口中央高等学校教諭を経て、1985年大阪明浄女子短期大学講師、助教授、2000年大阪明浄大学観光学部教授。2006年校名変更で大阪観光大学教授、2013年定年、名誉教授。
大西 大介(おおにし だいすけ、1941年(昭和16年)6月… 大西 大介(おおにし だいすけ、1941年(昭和16年)6月25日 - )は、日本の実業家。香川県高松市出身の名士。元カナック代表取締役会長・社長・相談役、名誉顧問、元カマタマーレ讃岐代表取締役会長、カマタマーレ讃岐後援会会長、元浜田恵造後援会会長、元玉翠会会長、元稲門会香川県支部支部長、西日本土木株式会社監査役、高松市トライアスロン協会名誉会長、盛和塾香川世話人、114あぐら会会長、香川県経営者協会会長、香川県経済同友会代表幹事、香川県ゴルフ協会会長 などを歴任した。 1960年3月(昭和35年) 高松高校卒業 (玉翠会会長) 1965年3月(昭和40年) 早稲田大学理工学部卒業 (稲門会香川県支部支部長) 1966年5月(昭和41年) 関西電業株式会社(現株式会社カナック)取締役 1988年5月(昭和63年) 株式会社カナック代表取締役社長 2007年5月(平成19年) 株式会社カナック代表取締役会長 2008年6月(平成20年) 株式会社カナック相談役 2014年6月(平成26年) 株式会社カナック名誉顧問(現任)
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2024年まで石油資源開発会長(2007年6月25日付で同社副社長、2008年6月25日付で社長。同時に棚橋祐治社長が会長に)。2016年から2020年まで石油鉱業連盟会長を務めた。ニックネームはナベシュウ。 愛媛県新居浜市出身。香川県立高松高等学校から東京大学法学部第2類(公法コース)を経て、1964年に通商産業省入省。同期には細川恒(通商産業審議官)、熊谷弘、中田哲雄、大角恒生(人事院公平局長)、横田捷宏、山口務(九州通産局長、地域振興整備公団副総裁)、高津義典(四国通産局長、香川大学工学部教授)などがいる。
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2007年6月25日付で石油資源開発副社長、2008年6月25日付で社長になった。同様に棚橋祐治も社長から会長になった。ニックネームはナベシュウ。
真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日… 真鍋 武紀(まなべ たけき、1940年〈昭和15年〉4月3日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。香川県知事を務めた。 日本統治下の朝鮮の京畿道京城府(ソウル市)生まれ。香川県木田郡下高岡村(現三木町)出身。香川県立高松高等学校、東京大学法学部卒業。1963年(昭和38年)4月農林省に入省。農林水産省大臣官房企画室長、水産庁漁政部長、環境庁水質保全局長、農林水産審議官などを務め、1996年(平成8年)7月退官。同年8月国際協力事業団副総裁に就任。1998年(平成10年)9月、香川県知事に就任。 県知事としては、大的場健康体育センター、津田病院、栗林公園動物園の閉鎖や公共事業の縮小、県職員の人件費カットなどによる行財政改革に取り組んだ。
小西 淳二(こにし じゅんじ、1940年 - )は、日本の臨… 小西 淳二(こにし じゅんじ、1940年 - )は、日本の臨床研究者。甲状腺の研究を基盤とし、核医学の分野で大きな足跡を残した。京都大学医学部核医学講座教授および京都大学医学部附属病院放射線部長を歴任した後、京都大学名誉教授、杉田玄白記念公立小浜病院 名誉院長、公益財団法人体質研究会顧問を務める。 1940年香川県高松市生まれ。1958年香川県立高松高等学校卒業、1958年京都大学医学部入学、1964年京都大学医学部附属病院にて実地修練を行う。 1965年京都大学第2内科大学院(三宅儀教授)に入学し、甲状腺の診療と研究に携わる。鳥塚莞爾 以下13名の甲状腺グループで、「バセドウ病のアイソトープ治療に関する研究」をテーマとし、晩発性甲状腺機能低下症の発症機序を探る臨床研究を進めた。
鈴木 八朗(すずき はちろう、1937年2月25日 - 20… 鈴木 八朗(すずき はちろう、1937年2月25日 - 2005年12月29日)は、日本のアートディレクター。 1937年香川県生まれ。 高松市立二番丁小学校、高松市立紫雲中学校、香川県立高松高等学校卒業。1961年マッキャンエリクソン博報堂入社。コカ・コーラの日本上陸キャンペーンに従事。1963年桑沢デザイン研究所卒業。1968年東京芸術大学美術学部インダストリアルデザイン科卒業。同年電通クリエイティブ局入社。電通のアートディレクターとして多数の作品を手がける。17年担当した日本国有鉄道(JNR)の各種キャンペーンでは「エキゾチックジャパン」や「フルムーン」などのキャッチコピーを生み出した。1997年電通退職、八朗ART&AD設立。
池田 守男(いけだ もりお、1936年〈昭和11年〉12月2… 池田 守男(いけだ もりお、1936年〈昭和11年〉12月25日 - 2013年〈平成25年〉5月20日)は、株式会社資生堂相談役、資生堂美容技術専門学校理事長、東洋英和女学院理事長・院長、株式会社小松製作所社外取締役、教育再生会議座長代理、日本基督教団銀座教会員。香川県高松市出身。神学部卒の異色経営者として知られた。
西岡 喬(にしおか たかし、1936年5月3日- )は、日… 西岡 喬(にしおか たかし、1936年5月3日- )は、日本の経営者。三菱重工業社長、会長を務めた。 東京都生まれ。小学6年のときに高松に移り住む。香川県出身。香川県立高松高校を経て、1959年に東京大学工学部航空学科を卒業した後に三菱重工業に入社した。 1992年6月に取締役に就任し、常務を経て、1998年6月に副社長に就任した。1999年6月に社長に昇格し、2003年6月から2008年6月までに会長を務め、2008年6月から相談役を務めた。 2009年から2013年までに日本郵政会長を務め、三菱自動車工業会長や東京電力監査役や日本経済団体連合会副会長なども歴任した。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。
石野 倬(いしの あきら、1935年8月22日 - 2012… 石野 倬(いしの あきら、1935年8月22日 - 2012年7月2日)は、元NHKアナウンサー。 香川県出身。高松高校、東京教育大学卒業後の1958年入局。囲碁や将棋関係の番組を担当したほか、大河ドラマ「勝海舟」などのナレーションを担当した。2000年頃までアナウンサーとして活動し、その後桐蔭横浜大学工学部教授を務めた。
森田 一(もりた はじめ、1934年〈昭和9年〉5月17日-… 森田 一(もりた はじめ、1934年〈昭和9年〉5月17日- )は、日本の政治家、官僚。 運輸大臣(第77代)、北海道開発庁長官(第71代)、衆議院議員(8期)を歴任。香川県坂出市出身。 香川県坂出市出身。父は内科の開業医で、森田は3人兄弟の長男であった。地元の坂出高校に入学したが、大学受験を考慮し、香川県内では最難関の進学校である高松高校へ転校した。 森田は東京大学理科二類に入学し、法学部に進んだ。 東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後の1957年大蔵省に入省(官房文書課配属)。東海財務局、アジア経済研究所出向(1960年-1961年メルボルン大学留学)、外相秘書官、国際金融局課長補佐、主計局主計官補佐、銀行局保険第二課長、理財局資金第二課長などを歴任。
穴吹 義雄(あなぶき よしお、1933年5月6日 - )は、… 穴吹 義雄(あなぶき よしお、1933年5月6日 - )は、香川県香川郡香川町(現・高松市香川町)出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)・監督。現在は少年硬式野球チーム「大阪南海ボーイズ」の会長をつとめる。
平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月1… 平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月12日)は、日本の映画評論家、作家、翻訳家、エッセイスト。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、慶應義塾大学文学部を卒業後、大映に入社。7年間のアメリカ大映総支配人、のち映画評論やプロ野球、競馬エッセイなどを書くほか翻訳を多く行う。
岡田 寛(おかだ ひろし、1932年〈昭和7年〉1月30日 … 岡田 寛(おかだ ひろし、1932年〈昭和7年〉1月30日 - 2025年〈令和7年〉11月)は、香川県高松市出身・在住の音楽評論家・ディスクジョッキー。愛称「カンさん」。 早稲田大学政治経済学部卒業。1954年に高島屋飯田に入社するが、家業の旅館業を継ぐために1年で帰郷する。 クラシック音楽・タンゴに特に造詣が深く、地元のラジオ香川→RNCラジオ(西日本放送)が開局した当初(1953年11月)から2017年10月29日まで日曜に放送されていたタンゴ音楽の専門番組「タンゴアルバム」は番組開始当初に構成作家として参加したのち、1955年よりパーソナリティーとなる。番組はじめの「タンゴファンの皆様こんにちは(後に「こんばんは」)。
平井 卓志(ひらい たくし、1931年〈昭和6年〉11月22… 平井 卓志(ひらい たくし、1931年〈昭和6年〉11月22日 - 2009年〈平成21年〉7月16日)は、日本の政治家、実業家。 労働大臣、参議院議員(5期)、四国新聞社社主、同取締役会長、西日本放送代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)などを歴任。旧姓は穴吹。 香川県高松市に生まれる。東京都立第四中学校(現東京都立戸山高等学校)に入学。香川県立高松高等学校へ転校し、1950年3月、同校を卒業。 1955年、学習院大学政経学部政治学科卒業。参議院議員平井太郎の秘書となる。間もなく太郎の長女温子と結婚し、女婿となる。1958年、太郎が社長を務めていた四国新聞社に入社。1966年、同社の常務取締役に就任。
藤本 孝雄(ふじもと たかお、1931年〈昭和6年〉1月17… 藤本 孝雄(ふじもと たかお、1931年〈昭和6年〉1月17日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(10期)、沖縄開発庁長官、厚生大臣、内閣官房副長官、農林水産大臣などを歴任した。 香川県高松市出身。香川県立高松高等学校、東京大学法学部卒業。証券会社、日本電信電話公社勤務を経て、1963年衆院選に初当選。(当選同期に小渕恵三・橋本龍太郎・小宮山重四郎・伊東正義・田中六助・渡辺美智雄・藤尾正行・佐藤孝行・中川一郎・三原朝雄・鯨岡兵輔・西岡武夫・奥野誠亮など)。通算当選10回。自民党内では三木→河本派に属し沖縄開発庁長官、厚生大臣、内閣官房副長官、農林水産大臣などを歴任。農水大臣時代は、諫早干潟事業続行決定に対して環境破壊との批判があった。
咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年… 咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年4月24日)は、日本の小説家。 香川県高松市出身。 旧制高松中学、海軍兵学校、旧制高松中学、旧制六高を経て、東京大学法学部を卒業後、住友倉庫に入社し、1976年に退社。1977年に企業小説「左遷」を発表し、中間管理職の哀歓を描いて話題となる。サラリーマン小説を多く書き、のち歴史小説も書いた。1988年に58歳で他界。
辻 義文(つじ よしふみ、1928年2月6日 - 2007年… 辻 義文(つじ よしふみ、1928年2月6日 - 2007年2月11日)は、香川県生まれの日本の経営者。日産自動車の社長、会長、日本自動車工業会会長、日本経済団体連合会副会長を歴任。日産リバイバルプラン以前、1990年代の経営危機において、日産自動車座間工場閉鎖を始め大規模なリストラを敢行した。 香川県高松市出身。旧制高松中学、東京大学工学部を卒業後、1954年に日産自動車入社。生産畑を歩み、1992年同社社長就任、1996年に塙義一を後継社長として会長となり、日本自動車工業会の会長や日本経済団体連合会副会長も務めた。 石原俊、久米豊ら歴代日産社長の拡大路線による失敗を受けて社長となり、1990年代にかけて経営危機に陥った日産のリストラを推し進めた。
松原 義治(まつばら よしはる、1925年 - 2010年3… 松原 義治(まつばら よしはる、1925年 - 2010年3月23日)は、日本の化学者。近畿大学名誉教授。広島市生まれ。 1948年大阪理工科大学卒業、日本テルペン株式会社取締役研究部長を経て、1969年近畿大学理工学部応用化学科教授就任。理工学部長、近畿大学評議員、大学院部長、中央図書館長などを歴任。1996年近畿大学名誉教授。理学博士。専門は有機合成化学。2010年、肺気腫のため84歳で死去。 実兄は紀伊國屋書店名誉会長の松原治。