市原 弘道(いちはら ひろみち、1933年-1988年10月… 市原 弘道(いちはら ひろみち、1933年-1988年10月)は高校野球指導者。 1967年、習志野高校野球部が千葉県勢として初めて全国制覇した時の監督。
1933年(昭和8年)生まれ:1,212人
市原 弘道(いちはら ひろみち、1933年-1988年10月… 市原 弘道(いちはら ひろみち、1933年-1988年10月)は高校野球指導者。 1967年、習志野高校野球部が千葉県勢として初めて全国制覇した時の監督。
小林 恵(こばやし けい、1933年 - 2016年9月30… 小林 恵(こばやし けい、1933年 - 2016年9月30日)は、キルトを紹介した日本のジャーナリスト。 北海道旭川市出身。本名小林恵子。北海道旭川北高等学校卒、専門学校北海道ドレスメーカー学院で学び、上京して杉野学園デザイン科・製帽科卒。ベルモード、アンディンケンで帽子デザイナーとして勤務ののちケイシャポーアトリエを主宰。 1964年にニューヨークに渡り、装身具の販売店を起こす。1983年に店を撤収、フリーのライターとなり、アメリカの暮らしの文化を日本に紹介し、キルトなどを普及させた。
遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作… 遠藤 公男(えんどう きみお、1933年 - )は、日本の作家、動物研究家。日本野鳥の会名誉会員。 岩手県一関市生まれ。岩手県立一関第一高等学校卒業。小学校の教師として働きながら活動を続ける。 1974年、教師を退職して作家生活に入る。岩手県宮古市在住。 著書『野鳥売買 メジロたちの悲劇』では、中国での野鳥売買の現場を調査している(「中国の環境問題」を参照)。
松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2… 松木 正利(まつのき まさとし、1933年(昭和8年) -2018年(平成30年) )は、日本の園芸家、ダリア研究家、東北ダリア作出家協会会長、鶴岡ダリア研究会会長、元荘内日報社編集局長。 庄内農業高等学校在学中にダリアの研究を始め、卒業後は、農業荘内社『農業荘内』主幹、荘内日報社編集局長経て、1952年に「鶴岡ダリア研究会」を発足させて会長に就任、1956年には「東北ダリア作出家協会」を発足して会長に就任し、協会本部を自宅に置いた。 1947年から1965年までの間に、種苗商によって発表・発売された4874品種の全品種を、植物学者の芳賀卓(現・北海道教育大学名誉教授)と共に、カードに書き込んで「ダリア・リスト」を完成させた。
高久 晃(たかく あきら、1933年 - 2015年)は、日… 高久 晃(たかく あきら、1933年 - 2015年)は、日本の医学者。専門は、脳神経外科学。学位は、医学博士。富山医科薬科大学医学部脳神経外科学教室教授(初代1980年-1997年)、富山医科薬科大学学長(1997年-2003年)。 脳神経外科顕微鏡手術に優れ脳神経外科手術の治療成績と安全性の向上、国内外の若手医師の指導など幅広く脳神経外科の発展に寄与する。2016年3月27日、富山市シティホールにて富山大学脳神経外科同門会・高久家合同お別れの会が開催された。
栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の… 栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の翻訳家、元早稲田大学教授。 茨城県出身。茨城県立土浦第一高等学校を経て、早稲田大学文学部卒。勤務のかたわら文芸作品の翻訳を行い、のち早大法学部教授を2002年まで務めた。羽成行央の別名での翻訳もある。
武田 文和(たけだ ふみかず、1933年- 2022年4月3… 武田 文和(たけだ ふみかず、1933年- 2022年4月3日)は、日本の外科医師。埼玉医科大学客員教授。がん疼痛治療の第一人者。 埼玉県熊谷市で出生。埼玉県立熊谷高等学校、群馬大学医学部医学科(昭和32年)卒業。 1973年、群馬大学医学部脳神経外科助教授。 1975年、埼玉県立がんセンター手術部長。 1989年、同センター病院長。 1993年、同センター総長。 1982年 - 2000年、WHO専門家諮問部会委員(がん疼痛担当)。『WHO方式がん疼痛治療法』の作成メンバーのひとり。 2000年、日本麻酔学会社会賞受賞。
岡田 直之(おかだ なおゆき、1933年 - )は、日本の社… 岡田 直之(おかだ なおゆき、1933年 - )は、日本の社会学者。専門領域はマスコミ論・世論研究。世論の概念をめぐって議論を概括し、量的世論調査においてもその概念を問うことの意義を主張した。現在名は高橋直之。東京出身。 1951年千葉県立佐倉第一高等学校(現千葉県立佐倉高等学校)卒業、1956年東京教育大学(現筑波大学)文学部卒業、1961年東京大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程満期退学、1962年成城大学文芸学部講師、助教授、教授、1991年-2003年東洋大学社会学部教授。1994年「マスコミ研究の視座と課題」で東洋大学社会学博士(高橋直之)。
平山寿三郎(ひらやま じゅさぶろう、1933年 - )は、日… 平山寿三郎(ひらやま じゅさぶろう、1933年 - )は、日本の時代小説家。 1933年、東京都生まれ。千葉県立佐倉高等学校卒業後、出版販売業や外食産業に従事し、1993年、定年退職後執筆活動をはじめる。1998年に『東京城残影』(講談社刊)で第9回・時代小説大賞を受賞。
藤井 浩二(ふじい こうじ、1933年 - )は、日本の鉄道… 藤井 浩二(ふじい こうじ、1933年 - )は、日本の鉄道技術者、鉄道ダイヤ作成者、鉄道愛好家、元京成電鉄鉄道本部運輸部運転課長である。 千葉県成田市出身。京成電鉄で駅務員や乗務員を歴任後、事務職となり許認可申請や運行計画を担当した。その後運輸部運転課計画係長を歴任し、坪田實の後任として運転課長に昇格した。 乗務員時代には自費で京成社員向けに運転/鉄道車両関連の研究発表の冊子を作成していた時期もあった。また電気車研究会発行の『電気車の科学』などの専門雑誌に投稿。日本鉄道運転協会発行の『運転協会誌』にも多数の研究発表を行った。 運転課に配属された当時は、いずれも同業他社では本格的に実施されていなかった事例を考案し、実施したものもあった。
岡本 信治郎(おかもと しんじろう、1933年 - 2020… 岡本 信治郎(おかもと しんじろう、1933年 - 2020年4月8日)は、日本の画家。 漫画やアニメーションを取り入れた「日本のポップアートの先駆的作家」として知られる。 ユーモラスな形態のなかにもニヒルさを込めたシリーズの制作を手がけ、主題としては下町の大衆文化から美術、宗教、歴史など幅広く選んでいる。 水彩画から始めているが、リトグラフやシルクスクリーン、立体絵画、オブジェといった様々なジャンルの作品も残している。 21世紀には、自身の戦争体験と2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件をテーマにした連作を発表する、岡本自身が「見る絵画・読む絵画・笑う絵画として機能する」と語るように、その作品は常に社会とともにあり、ユーモアのなかに社会への評言を客観的な視点をもっている。
早間 玲子(はやま れいこ、Reiko Hayama、193… 早間 玲子(はやま れいこ、Reiko Hayama、1933年 - 2025年1月20日)は日本人初のフランス政府公認建築家営業権収得によるフランスの建築家。 1933年東京に生まれる。世界第二次大戦中、学童集団疎開により青森県まで戦火を逃れたが、帰郷して目前に現れた東京の一面焼け野原の跡に大きな衝撃を受ける。このとき、人間の環境を築きたいという衝動にかられる。都立第三女子高等学校(都立駒場高等学校)卒業、1958年横浜国立大学工学部建築学科を卒業。 *写真4点は、写真家ファブリス・ランベール撮影 (4photos par Fabrice RAMBERT, Photographe)
三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15… 三木 太郎(みき たろう、1933年 - 2002年2月15日)は、日本の歴史学者。駒澤大学名誉教授。専門は日本古代史。 東京都出身。駒澤大学高等学校(1期生)、駒澤大学文学部地理歴史学科卒業。1956年、駒澤大学高校の教諭(日本史)に着任。その後、駒澤大学北海道教養部教授に就任。 2002年2月15日、脳出血のため北海道岩見沢市の自宅で死去。
安田 辰昭(やすだ たつあき、1933年 - 2008年2月… 安田 辰昭(やすだ たつあき、1933年 - 2008年2月21日)は、日本の高校野球指導者、教員。小千谷高野球部監督、新発田農高野球部監督、新潟県高校野球連盟理事長などを歴任した。
竹中 敬一 (たけなか けいいち、1933年 - )は、日本… 竹中 敬一 (たけなか けいいち、1933年 - )は、日本のテレビディレクター。 1933年(昭和8年)福井県小浜市生まれ。1952年(昭和27年)、福井県立若狭高等学校卒。1957年(昭和32年)、早稲田大学第一文学部美術史科卒、中部日本放送(CBC)に入社。以後、主にドキュメンタリーを中心にテレビ番組を制作する。受賞作品に1968年(昭和43年)『列車糞尿譚』日本民間放送連盟賞報道社会部門金賞、『木曽の四季』文部省芸術祭優秀賞、『淡墨の桜よ!宇野千代と子供たち』前島賞ほか多数。
木下 謙治(きのした けんじ、1933年 - )は、日本の社… 木下 謙治(きのした けんじ、1933年 - )は、日本の社会学者、教育者。山口大学名誉教授である。 1933年、静岡県で生まれる。1943年、戦火を避けるため、福岡県に移住。福岡県立京都高等学校を卒業。1958年3月、九州大学文学部卒業し、同大学院文学研究科社会学専攻博士課程に進むが、1963年に中退。その後、1986年に山口大学人文学部教授、1996年-1997年に九州大学文学部教授に就任する。続いて、1997年-1998年筑紫女学園大学文学部教授、1998年-1999年に福岡県立大学人間社会学部教授、2001年に筑紫女学園大教授、2004年-2006年まで宇部フロンティア大学人間社会学部教授に歴任。
岩﨑 四郎(いわさき しろう、1933年 - 2010年3月… 岩﨑 四郎(いわさき しろう、1933年 - 2010年3月4日)は、日本の法務官僚、刑務官。元名古屋矯正管区長。退官後は長崎原爆の研究に取り組んだ。 1933年生まれ。12歳の時に長崎市で被爆した。1956年に九州大学法学部を卒業後、法務省に採用され入省。矯正研修所教官、法務総合研究所研究官を務め、刑事政策に関する論文を多く著した。福岡矯正管区長、広島矯正管区長、名古屋矯正管区長などを歴任して、1993年に退官。2003年に勲三等瑞宝章を受章した。退官後は長崎原爆について研究し、投下に至った経緯を検証するとともに、核軍縮や反戦を訴えた。2010年に腹部大動脈瘤破裂のため死去。
吉田 佳広(よしだ よしひろ、1933年 - 2016年3月… 吉田 佳広(よしだ よしひろ、1933年 - 2016年3月15日)は、日本のグラフィックデザイナー。日本グラフィックデザイナー協会会員。長崎県出身。 1933年ソウル生まれ。長崎県立長崎東高等学校を経て、中央大学法学部卒業後、高橋正人デザイン研究所を修了した。日本アートデザインへの勤務を経て、1966年に吉田佳広デザイン研究室を設立した。ヴィジュアルデザイン研究所、岡山大学教育学部、東京造形大学で講師を務めたほか、実用技能検定協会理事、日本フォントコンテンツ文化協会理事、レタリング技能検定中央試験委員長などを歴任した。 東京アートディレクターズクラブ(ADC)賞、全日本シーエム放送連盟(ACC)賞、ニューヨークタイプディレクターズクラブ展(N.Y.TDC展)入賞、電通賞、日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク賞などデザインに係わる賞のほか、文部科学省から社会教育功労者賞を受けた。
鬼木 甫(おにき はじめ、1933年 - )は、日本の経済学… 鬼木 甫(おにき はじめ、1933年 - )は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授・大阪学院大学名誉教授。専攻は経済学、理論経済学。 東京都生まれ。1952年に熊本県立熊本高等学校を卒業後、東京大学経済学部に進学、同大学院社会科学研究科、スタンフォード大学大学院で学ぶ。 スタンフォード大学大学院研究助手、東北大学経済学部助教授、ハーバード大学経済学部助教授、クイーンズ大学経済学部助教授、大阪大学社会経済研究所教授などを経て、現職。この間関西大学客員教授、国際大学GLOCOM上席客員研究員も務める。
溝口 薫平(みぞぐち くんぺい、1933年 - )は、大分県… 溝口 薫平(みぞぐち くんぺい、1933年 - )は、大分県由布市の由布院温泉で旅館由布院玉の湯を経営する実業家。株式会社玉の湯代表取締役会長。大分県豊の国づくり塾運営委員長、湯布院商工会長、財団法人人材育成ゆふいん財団理事長。 1966年に妻の実家であった由布院玉の湯の経営に参加。 1970年7月にゴルフ場建設計画が持ち上がると、『由布院の自然を守る会』を結成して反対運動を行い、ゴルフ場建設を阻止。1971年には、亀の井別荘の中谷健太郎らとともに50日間にわたりヨーロッパ各地の観光地や温泉保養地を私費で視察してまちづくりを学んだ。 1975年4月21日の大分県中部地震により、実際には被害が小さかった由布院温泉が風評被害を受け、観光客が低迷すると、ゆふいん音楽祭、湯布院映画祭、牛喰い絶叫大会等のイベントを企画するとともに、由布院のまちづくりに貢献し、由布院温泉を国内有数の温泉地に育てた。
後藤 昭八郎(ごとう しょうはちろう、1933年 - 200… 後藤 昭八郎(ごとう しょうはちろう、1933年 - 2009年12月11日)は、日本の経済学者、明治大学名誉教授。研究分野は経済政策。 1933年、宮崎県生まれ。1952年3月、宮崎県立延岡恒富高等学校(現在の県立延岡高校)卒業。1956年3月、明治大学政治経済学部経済学科卒業。1958年3月、明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻修士課程修了、経済学修士。1961年3月、明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻博士課程単位取得満期退学。赤松要門下。1976年3月25日、明治大学より経済学博士を授与される。明治大学政治経済学部専任助手、専任講師、助教授を経て、明治大学政治経済学部教授。2003年3月、明治大学政治経済学部定年退職。
東 公平(ひがし こうへい、1933年 - )は、日本の将棋… 東 公平(ひがし こうへい、1933年 - )は、日本の将棋観戦記者でチェスプレーヤー。
徳山 明(とくやま あきら、1933年〈昭和8年〉 - )は… 徳山 明(とくやま あきら、1933年〈昭和8年〉 - )は、元・富士常葉大学学長、静岡大学及び兵庫教育大学名誉教授。日本の地質学者。理学博士(東京大学)。東京都出身。
春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学… 春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学者。早稲田大学名誉教授。文学博士(早稲田大学)。
小林 和夫(こばやし かずお、1933年 - )は、日本の牧… 小林 和夫(こばやし かずお、1933年 - )は、日本の牧師、神学校教師。東京聖書学院名誉院長。
普勝 清治 (ふかつ せいじ、1933年 - 2014年9月… 普勝 清治 (ふかつ せいじ、1933年 - 2014年9月18日)は、日本の実業家。元全日本空輸社長。
吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護… 吉田 豊(よしだ ゆたか、1933年 - )は、日本の・弁護士。民法学者。東京学芸大学及び中央大学名誉教授。東京都出身。川村泰啓門下。
上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月… 上里 一郎(あがり いちろう、1933年 - 2011年7月29日)は、日本の臨床心理学者、臨床心理士、教育学博士。広島大学名誉教授。元日本学術会議会員。専門は臨床心理学・健康心理学。
佐藤康彦(さとう やすひこ、1933年- )は、ドイツ文学者… 佐藤康彦(さとう やすひこ、1933年- )は、ドイツ文学者、京都大学名誉教授。近代オーストリア文学、東欧ユダヤ系ドイツ語文学専攻。
内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日… 内記良一(ないき りょういち、1933年-1994年7月7日)は、日本のアラビア語学者。 京都市出身。大阪外国語大学アラビア語学科卒業。京都大学大学院文学研究科言語学専攻修士課程修了。東京外国語大学アラビア語学科助教授、教授を務めた。在職中に死去。
竹谷 正(たけたに ただし、1933年 - 2022年4月2… 竹谷 正(たけたに ただし、1933年 - 2022年4月2日)は日本の推理作家。大阪府生まれ。『宝石』、『別冊宝石』、『幻影城』に短編が掲載されている。 大阪市立大学医学部卒、同大学院修了。医学博士。同大学の眼科講師を経て、東大阪市で眼科医院を開業した。 1955年には推理小説誌『宝石』、翌年には『別冊宝石』で短編推理小説が入選し、それぞれ「新人二十五人集」の1編として掲載された。1977年の第2回幻影城新人賞小説部門に投じた「一流保険」は、受賞は逃したものの「推薦新人」の作として掲載された(入選作なし、佳作は加藤公彦、辻蟻郎、霜月信二郎)。 藤澤桓夫『文学雑誌』の同人。また、幻影城新人賞の受賞者を中心に結成された「影の会」のメンバーであり、『幻影城の時代 完全版』(講談社、2008年12月)では、影の会についてのエッセイを執筆し、資料として影の会メンバーが作成していた「影の会通信」を提供している。
富田 富貴雄(とみた ふきお、1933年〈昭和8年〉 - 2… 富田 富貴雄(とみた ふきお、1933年〈昭和8年〉 - 2022年〈令和4年〉6月26日)は、日本の書家、書写・書道教育学者。岡山大学名誉教授、四国大学名誉教授。専門は書写・書道教育、書学書道史。位階勲等は従四位瑞宝小綬章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
東 清二(あずま きよじ、1933年 - 2018年11月2… 東 清二(あずま きよじ、1933年 - 2018年11月28日)は、日本の昆虫学者。琉球大学名誉教授。 沖縄県石垣市白保出身。九州大学農学部卒、1977年「沖縄におけるサトウキビ重要害虫の生態学的研究,特にサトウキビ品種の変遷と害虫の発生消長について」で農学博士。琉球大学農学部助教授、教授、1997年定年退官、名誉教授。ヨナグニサンの人工飼育に成功した。
横山 哲夫(よこやま てつお、1933年 - 2026年5月… 横山 哲夫(よこやま てつお、1933年 - 2026年5月6日)は、日本の化学者。研究分野は、高分子化学。福岡県出身。 元玉木女子短期大学及び長崎大学学長。 2026年5月6日午前9時21分、食道がんなどのため長崎市の病院で死去。92歳没。
沖野 教郎(おきの のりお、1933年〈昭和8年〉 - 20… 沖野 教郎(おきの のりお、1933年〈昭和8年〉 - 2023年〈令和5年〉12月9日)は、日本の工学者(生産システムの情報化/知能化)。京都大学・北海道大学・滋賀県立大学名誉教授。 工学博士(京都大学)。徳島県出身。 専門は、京都大学大学院当時、ころがり摩擦の研究であり、とりわけ高速でのころがり摩擦の研究により学位を得た。助手時代の病気療養中、設計工学分野での3次元空間において連立不等式で与えられる集合による形状記述法の着想を得、助教授昇格後、全く斬新な研究の場を求め、北海道大学精密工学科へ赴任。「3次元CAD/CAMシステム TIPS-1の開発」を嘉数侑昇、久保洋などの協力を得て構想を具体化し、システムを設計、FORTRANで記述した。
おかだ えみこ(1933年~1934年 - 2023年11月… おかだ えみこ(1933年~1934年 - 2023年11月20日)は、日本の映画評論家、アニメーション研究家、CMプランナー。 本名、岡田英美子。公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団評議員。 兵庫県芦屋市出身。1957年、慶應義塾大学文学部図書館学科卒業。横山隆一のアニメーション制作会社「おとぎプロダクション」、東映のCMプランナーを経て、フリーとなる。傍ら「映画評論」での執筆をスタート、以後、アニメーション評論家として活躍。 著書に「人形アニメーションの魅力」「歴史をつくったアニメ・キャラクターたち」、共著に「僕らの実戦アニメ塾」「アニメの世界」「ひとりから始めるアニメの作り方」などがある。
平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月1… 平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月12日)は、日本の映画評論家、作家、翻訳家、エッセイスト。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、慶應義塾大学文学部を卒業後、大映に入社。7年間のアメリカ大映総支配人、のち映画評論やプロ野球、競馬エッセイなどを書くほか翻訳を多く行う。
宮本 匡章(みやもと まさあき、1933年 - 2026年1… 宮本 匡章(みやもと まさあき、1933年 - 2026年1月28日)は、日本の会計学者。大阪大学名誉教授。元高岡短期大学学長。元金沢学院大学学園長。元日本原価計算研究学会会長。 1957年、神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。 大阪府立大学経済学部助手、大阪府立大学経済学部講師、大阪大学経済学部講師、大阪大学経済学部助教授を経て、1972年、大阪大学経済学部教授。1988年、大阪大学経済学部長。 1992年、大阪大学名誉教授、高岡短期大学学長。 1994年、日本原価計算学会会長。 1998年、金沢学院大学経営情報学部教授。 2000年、金沢学院大学学長。 2004年、金沢学院大学学園長。 2010年、瑞宝中綬章受章。
向井 芳樹(むかい よしき、1933年 - 2010年5月6… 向井 芳樹(むかい よしき、1933年 - 2010年5月6日)は、日本近世文学演劇(特に近松門左衛門)研究家。同志社大学名誉教授。 1955年神戸大学文学部国文専攻卒業、1959年東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1962年同博士課程退学。 1955年神戸大学文学部助手、1957年同退職。その後地方公務員となり1962年西宮市立西宮高等学校教諭、退職後1963年帝塚山学院短期大学専任講師、1964年同助教授。1968年帝塚山学院大学助教授、1971年同教授。1977年4月同志社大学教授、2003年同定年退職、名誉教授。このほか、武漢大学外籍教授、中国戯曲学院外籍教授などを務める。武漢大学、中国戯曲学院に滞在した関係で、伝統演劇を中心とした日中演劇交流にも勉める。
小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7… 小泉 宜右(こいずみ よしあき、1933年 - 2019年7月7日 )は、日本の歴史学者。 1955年に卒業論文「東寺領播磨国矢野庄とその悪党について」をまとめ、國學院大學を卒業。同大学大学院に進み、論文「悪党の研究〔東寺領を中心として〕」を提出し、修士課程を修了。その後、東京大学史料編纂所に勤め、卒業論文の指導を受けた奥野高廣のもと、大日本史料第8編の編さんに従事する。1975年に同所助教授、1982年に教授となる。1993年に定年退職し、名誉教授となる。 本務に加えて、史料纂集では三箇院家抄、経覚私要鈔、政覚大僧正記の校訂を行い、岐阜県史、海老名市史、厚木市史にも携わった。また、学生時代から悪党の研究を続け、1981年にはその成果を『悪党』(教育社歴史新書)にまとめた。
中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月1… 中野 和朗(なかの かずお、1933年 - 2026年5月19日)は、日本のドイツ文学者、教育者、信州大学名誉教授、松本大学名誉教授。松本大学の初代学長を務めた。 長野県松本市、ないし、岡谷市の出身。 信州大学文理学部から、東京都立大学 (1949-2011)(首都大学東京の前身のひとつ)大学院に進んでドイツ文学を学び、1963年に文学修士を取得。信州大学の教員となり、人文学部長、共通教育センター長などを務めた。 この間、おもにスイスのドイツ語作家ゴットフリート・ケラーの研究を行なった。 1999年に信州大学を定年退職し、松商学園短期大学学長に就任したが、当時は国立大学とはまったく異なる、教員も事務職員とともに高校訪問や就職支援業務にあたる私立大学の環境にカルチャーショックを受けたという。
津田 三郎(つだ さぶろう、本名:樋口 雄介、1933年 -… 津田 三郎(つだ さぶろう、本名:樋口 雄介、1933年 - 2011年11月11日)は、日本の作家。 東京府出身。中央大学卒業。新聞記者・雑誌編集者を経て作家活動に入る。1979年小説『雑兵物語』で第1回1000ドル賞を受賞。 2011年11月11日、京都市東山区の自宅で火災のため死去。78歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
許萬元(ホ・マンウォン、朝鮮語: 허만원、1933年 - 2… 許萬元(ホ・マンウォン、朝鮮語: 허만원、1933年 - 2005年8月25日)は、日本の哲学研究者。弁証法を専門とした。元立命館大学文学部教授。 1933年、朝鮮済州道生まれ。東京都立朝鮮人高等学校在学中、林光徹校長にすすめられ、中央大学文学部哲学科で学ぶ。東京都立大学大学院人文科学研究科に進み、寺沢恒信教授を指導教員として指導を受ける。1968年、博士課程を修了。東京都立大学に博士論文を提出し、文学博士号を取得。東京都立大学では初めての哲学分野での文学課程博士であった。 卒業後は東京都立大学助手になる。東京都全体としては初めての在日韓国・朝鮮人からの任用となった。1983年に立命館大学へ移る。
飯田瑞穂(いいだ みずほ、1933年―1991年4月13日)… 飯田瑞穂(いいだ みずほ、1933年―1991年4月13日)は、日本史学者。 横浜市生まれ。1952年(昭和27年)、茨城県立水戸第一高等学校卒業。東京大学大学院で坂本太郎に師事し、博士課程中退。宮内庁書陵部編集課、中央大学文学部助教授、教授。没後、名誉教授を追贈。息子は正倉院事務所の日本古代史学者・飯田剛彦。古代日本の律令制下の政治体制について天皇の貴族に対する優位性を説き、吉川真司がこれを受け継いだ。『常陸国風土記』など郷土史研究でも知られ、『茨城県史料』の校訂にも携わった。
野村 健二(のむら けんじ、1933年〈昭和8年〉 - 20… 野村 健二(のむら けんじ、1933年〈昭和8年〉 - 2016年〈平成28年〉10月23日)は宗教家で世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者。統一思想研究院の初代院長。 石川県生まれ。1958年東京大学文学部卒業。1965年東京大学大学院人文科学研究科心理学専攻博士課程満期退学後、東洋大学講師を2年半務めた。 1966年、統一教会に入信し、1969年、統一教会の合同結婚式に参加した。 2016年没。聖和式・帰歓式が行われた。 世界基督教統一神霊協会の年表 全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)
広淵 升彦(ひろぶち ますひこ、1933年(昭和8年) - … 広淵 升彦(ひろぶち ますひこ、1933年(昭和8年) - 2023年(令和5年)4月10日)は、日本のジャーナリスト、国際ジャーナリスト。元共栄大学特任教授。 戸籍名は新字体の「広淵」であるが、旧字体の「廣淵」表記も見られる。 和歌山県出身。東京大学文学部卒業。テレビ朝日ニューヨーク・ロンドン両支局長、ニュースキャスター、関東学院大学講師、湘南短期大学客員教授、横須賀市教育長などを歴任。 『スヌーピーたちのアメリカ』(新潮社)、『スヌーピーと仲間たちの心と時代』(講談社、のちに『スヌーピーたちの心と時代』と改題)、『スヌーピーたちの言葉は泉のように』(講談社)などの著作を通じて、Peanuts に見られるアメリカ人のエートスの研究を行った。
松本 滋(まつもと しげる、1933年 - 2010年3月1… 松本 滋(まつもと しげる、1933年 - 2010年3月19日)は、日本の宗教学者、聖心女子大学名誉教授。 1933年、東京生まれ。祖父の代からの天理教の信者であった。1955年、東京大学宗教学科を卒業。1962年、ハーヴァード大学大学院に留学して学び、1967年に博士号を取得した。帰国後は天理大学専任講師となる。1969年、聖心女子大学助教授に着任。のち教授に昇進。2004年に聖心女子大学を定年退任し、名誉教授となった。学外では、天理教谿郷分教会長を務めた。
西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月… 西村暢夫(にしむら のぶお、1933年 - 2024年12月6日)は、イタリア文化研究家、書籍輸入業者、翻訳家。(財)日伊協会評議員。 京都市生まれ。1956年東京外国語大学イタリア語科卒業。1975年国際交流基金の派遣で日本語講師としてヴェネツィアに滞在。株式会社文流取締役社長をへて会長。書籍の輸入、翻訳を行い、イタリアに日本人のための料理学校を設立し、日本でのイタリア料理普及など、日伊文化交流に尽くした功績で、1980年サンドロ・ペルティーニ大統領から教育・文化・芸術銀賞を授与され、99年イタリア政府から大騎士の称号を授かる。
岩崎 博(いわさき ひろし、1933年 - 2015年2月2… 岩崎 博(いわさき ひろし、1933年 - 2015年2月24日)は、日本の物理学者。島根県松江市出身。放射光科学、結晶学の発展に貢献した。日本放射光学会会長、日本結晶学会会長などを歴任した。 1956年、東京教育大学理学部物理学科卒業。1958年に東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了後、博士課程途中で退学し、東北大学金属材料研究所小川四郎研究室で助手を務めた。1964年に東北大学助教授、1975年に教授となった。 1986年、高エネルギー物理学研究所に教授として着任し、1991年から1994年まで、フォトン・ファクトリー施設長を務めた。 1994年、総合研究大学院大学名誉教授。同年立命館大学理工学部に教授として着任し、SRセンターの立ち上げに尽力した。
鈴木 善次(すずき ぜんじ、1933年 - 2024年1月2… 鈴木 善次(すずき ぜんじ、1933年 - 2024年1月24日)は、日本の生物学者、科学史家。大阪教育大学名誉教授。専門は科学史、科学教育。 神奈川県横浜市生まれ。1956年東京教育大学理学部卒業、1958年同農学部卒業。山口大学教養部助教授、同大学教授、1985年頃、大阪教育大学教育学部教授を歴任。1997年定年退官、同大学名誉教授となる。また、神奈川大学非常勤講師も務めた。 2024年1月24日に死去。