高野 勇斗(たかの はやと、1982年8月1日 - )は、日… 高野 勇斗(たかの はやと、1982年8月1日 - )は、日本の政治家・実業家。立憲民主党所属の江東区議会議員(1期)。株式会社チャプターエイトの代表取締役社長。 北海道函館市生まれ。高校卒業まで函館市で過ごし、早稲田大学を卒業後、2007年にインターネット広告代理店大手のアドウェイズに入社。2015年に株式会社チャプターエイトを創業。2023年4月の江東区議会議員選挙で初当選。
小泉 秀輔(こいずみ しゅうすけ、1978年(昭和53年)8… 小泉 秀輔(こいずみ しゅうすけ、1978年(昭和53年)8月2日 - )は日本の政治家。寒川町議会議員(2期)、寒川町議会元副議長。 北海道函館市出身。千葉県立船橋高校卒業、滋賀県立大学中退。エンジニアとしてIT系大手メーカーにて勤務しながらゲームのシナリオライターとしても活動。2008年、コンテンツ文化研究会を発起人として設立。活動の中で保坂展人衆議院議員や阿部知子衆議院議員のボランティアに従事。2015年から阿部知子衆議院議員の秘書を経て、2017年の寒川町議会議員選挙に無所属で臨み初当選。2015年に大田区議会議員選挙に当選した荻野稔に続き、コンテンツ文化研究会からは2人目の地方議員となった。
高井 崇志(たかい たかし、1969年〈昭和44年〉9月26… 高井 崇志(たかい たかし、1969年〈昭和44年〉9月26日 - )は、日本の政治家、郵政・総務官僚。れいわ新選組副幹事長。 衆議院議員(4期)、旧立憲民主党岡山県連合代表、れいわ新選組幹事長(初代)を歴任。 北海道函館市生まれ。生い立ちについて高井自身は、決して裕福な家庭ではなかったが、1歳年下の弟と共に質素ながらも幸せに育った、と記している。父が転勤族のため転居を繰り返し、小学校は4度転校。中学校時代に読んだ『官僚たちの夏』に影響を受け、国家公務員を志す。 前橋市立若宮小学校、前橋市立第四中学校、函館ラ・サール高校、東京大学経済学部卒業。卒業論文のテーマが「NTT分離分割論」であったため電気通信行政に関心を持つ。
三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 … 三遊亭 洋楽(さんゆうてい ようらく、1958年6月24日 - 2017年12月28日)は、日本の落語家、政治家。円楽一門会所属。函館市議会議員(1期)。 北海道函館市生まれ。北海道北斗市育ち。北海道函館西高等学校で2年間学び転校、札幌大学経済学部卒業。
大崎 誠子(おおさき せいこ、1956年8月28日 - )は… 大崎 誠子(おおさき せいこ、1956年8月28日 - )は、日本の政治家。元アナウンサー・報道記者。自由民主党所属の元北海道議会議員(4期)。 北海道函館市出身。遺愛女子高等学校[要出典]、明治学院大学社会学部卒業。1979年、北海道文化放送(UHB)にアナウンサーとして入社。「テレビ道新6:30」→「UHBイブニングニュース」→「UHBスーパータイム」を始めとした各種番組の司会者、キャスターとして活動。 1986年にはアメリカ合衆国へ語学留学し一時休職。1991年にテレビ北海道(TVh)に報道記者として転籍し、北海道の行政・経済を中心に取材。一時期は『TVh道新ニュース』の土曜日のキャスターも担当したことがある。
井上 博司(いのうえ ひろし、1936年(昭和11年)9月7… 井上 博司(いのうえ ひろし、1936年(昭和11年)9月7日 - 2019年(令和元年)9月17日)は、日本の政治家。北海道函館市長(2期)。位階は正六位。旭日小綬章。 北海道函館市出身。北海道函館西高等学校卒業後、1955年函館市役所に入る。商工観光、企画、市民の各部長を経て、助役となる。1999年、当時の函館市長木戸浦隆一が病気のため辞職。これに伴う市長選挙に立候補して当選した。2003年に再選。2007年の市長選では3選を目指したが、元助役の西尾正範に敗れた。2019年春の叙勲で旭日小綬章を受章。同年9月死去。死没日付をもって正六位に叙された。
笹野 貞子(ささの ていこ、1933年5月27日 - )は、… 笹野 貞子(ささの ていこ、1933年5月27日 - )は、日本の政治家、法学者。元参議院議員(2期)、京都創政塾理事長。 北海道函館市出身。北海道釧路江南高等学校、同志社大学法学部卒業。1962年、同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。その後、堺女子短期大学教授などを務め、憲法学を教えた。 1978年から毎日放送『スタジオ2時』に出演。1980年、京都府明るい選挙推進協議会長に就任。 1989年、第15回参議院議員通常選挙に向けて、日本労働組合総連合会を支持母体とする「連合の会」(日本社会党・公明党・民社党・社会民主連合推薦)が結成され、全国で多数候補者が擁立される。笹野は連合の会公認で立候補し、長年、「自共指定席」と呼ばれた京都府選挙区で自民党新人西田吉宏や日本共産党現職佐藤昭夫を凌ぎトップで初当選した。
柴田 彰(しばた あきら、1932年(昭和7年)11月13日… 柴田 彰(しばた あきら、1932年(昭和7年)11月13日 - 2014年(平成26年)1月26日)は、日本の政治家。北海道函館市長(1期)。 北海道函館市出身。1951年、北海道函館中部高等学校卒。卒業後は函館市役所に入る。1953年には市役所内の富士銀行出張所に勤めていた銀行員と結婚、後に2児をもうける。市役所では民生課、総務課、秘書室に勤務し、その後、秘書係長、秘書課長補佐、秘書課長、市長公室次長、市長公室長、企画室長を歴任した。 1983年、矢野康函館市長の勇退に伴い、函館市長選挙に立候補して当選した。しかし、健康問題を理由に1986年に市長を辞職した。 高校時代からハンドボールを始め、全日本代表選手にも選ばれた。
奥野 一雄(おくの かずお、1926年5月26日 - 199… 奥野 一雄(おくの かずお、1926年5月26日 - 1992年2月17日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期、日本社会党)。 北海道函館市出身。1944年札幌逓信講習所卒。のち、北海道函館商業高等学校で学ぶ。函館郵便局や電電公社函館通信部に勤務し、全電通函館支部を結成して、委員長となる。その後、函館市議や北海道議となる。1979年と1983年の函館市長選挙に立候補したが落選した。1983年の第37回衆議院議員総選挙で北海道3区から日本社会党公認で立候補して当選。以来連続2期務める。1990年の第39回衆議院議員総選挙で落選した。1992年2月17日死去、65歳。死没日をもって勲三等旭日中綬章追贈、正五位に叙される。
田中 元(たなか はじめ、1912年〈大正元年〉8月24日 … 田中 元(たなか はじめ、1912年〈大正元年〉8月24日 - 1953年〈昭和28年〉8月28日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。 北海道函館区(現函館市)で生まれる。北海道庁立函館中学校(現北海道函館中部高等学校)を経て、1939年(昭和14年)東京歯科医学専門学校(現東京歯科大学)を卒業した。興亜院嘱託となり、同技手、在北京大使館技手、同技師を歴任した。 その後、日本興行取締役、函館ミツワ商会取締役会長、大洋貿易社長、函館ドック顧問などを務めた。 1949年(昭和24年)1月、第24回衆議院議員総選挙で北海道第3区から民主自由党所属で出馬して初当選。第25回総選挙で自由党所属で出馬するも次点で落選。
菊川 君子(きくかわ きみこ、1905年(明治38年)9月1… 菊川 君子(きくかわ きみこ、1905年(明治38年)9月18日 - 1990年(平成2年)10月17日)は、日本の婦人運動家、政治家。衆議院議員(1期)。旧姓・巽。 北海道亀田郡戸井村汐首(現函館市)で生まれる。1924年、函館大谷女学校を卒業した。 その後上京して、看護婦見習いなど多くの職業に従事し、社会運動に関わるようになった。全国婦人同盟、無産婦人同盟の結成に加わり、無産婦人同盟常任委員、同財務部長を務めた。1931年、中野区に中野組合病院の設立に尽力し、会計を担当した。 戦後、日本社会党の結党に加わる。1947年の衆院選に夫の菊川忠雄が旧東京4区から社会党公認で立候補し初当選した。君子は党の婦人部員として運動を推進し、婦人問題研究会常任理事、東京家庭裁判所調停委員を務めた。
小橋 栄太郎(こばし えいたろう、1865年3月30日(元治… 小橋 栄太郎(こばし えいたろう、1865年3月30日(元治2年3月4日) - 1932年(昭和7年)8月14日)は、日本の政治家、実業家。衆議院議員。 箱館で商業・小橋宗七の子息として生まれる。1882年、函館商船学校を卒業。その後、東京に出て近藤塾で学んだが、当時の自由民権運動に共鳴し政治の世界に身を投じた。1883年、先輩と共に北海自由党を結成しようとしたが、当局からの妨害を受けて実現できなかった。1889年、『日刊北辰』を創刊。1894年1月、改めて政事新聞『めざまし』を創刊し、1898年、『函館日日新聞』と改題した。 1900年、平出喜三郎に協力して立憲政友会函館支部を創立して、その幹部に就任。
2代佐藤 栄右衛門(さとう えいえもん、1862年8月14日… 2代佐藤 栄右衛門(さとう えいえもん、1862年8月14日(文久2年7月19日) - 1917年(大正6年)1月23日)は、日本の政治家、漁業家、実業家。衆議院議員。幼名・幾太郎。 蝦夷地箱館(現・函館市)で佐藤重三郎の息子として生まれる。明治2年6月(1869年)、歌棄郡(現・寿都郡)の漁業家、初代・佐藤栄右衛門の養子となる。1885年に養父の隠退に伴い家督を相続し栄右衛門を襲名。歌棄郵便局長、歌棄水産物営業人組合納税委員、歌棄村惣代人、歌棄郡惣代人、歌棄水産組合頭取、学務委員、寿都外三郡聯合漁業組合副会長、歌棄水産税区会議員、歌棄水産組合組長、寿都外三郡水産組合聯合会組長、歌棄村会議員、寿都銀行頭取、寿都汽船取締役、寿都倉庫重役、後志興農監査役、北海道会議員などを歴任。