岡崎 憲(おかざき けん、1880年〈明治13年〉11月30… 岡崎 憲(おかざき けん、1880年〈明治13年〉11月30日 - 1942年〈昭和17年〉7月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)。 宮城県仙台市生まれ。1907年(明治40年)東京高等商船学校(現東京海洋大学)卒。東洋汽船に入り、外国航路の船長になる。同時に海軍予備員となり、少佐となる。1920年(大正9年)にイタリアのジェノバで開かれた第2回ILO総会に出席。帰国後は海員組合の創立委員となり、顧問に就任。その後社会民衆党の結成に参加し、中央委員となる。1936年(昭和11年)の第19回衆議院議員総選挙で当時の神奈川1区から社会大衆党公認で立候補して当選した。翌年の総選挙でも再選。いずれもトップで当選した。
真山 青果(まやま せいか、旧字体:眞山 靑果、1878年(… 真山 青果(まやま せいか、旧字体:眞山 靑果、1878年(明治11年)9月1日 - 1948年(昭和23年)3月25日)は、日本の劇作家・小説家。本名は、真山 彬(まやま あきら)。日本芸術院会員。 宮城県仙台市裏五番町三番地に生まれる。父・寛は旧伊達藩士の士族で小学校の校長だった。1895年宮城県尋常中学校を中退。1896年に上京し、1897年日本中学校を卒業。同年、第二高等学校医学部に入学するも、小説や詩の習作に熱中して落第。1904年、佐藤紅緑に師事し「青果」の号を与えられる。翌年には小栗風葉門下となる。1907年、仙台市に近い農村を舞台とした農民文学の『南小泉村』(「新潮」1907年5月号)で注目されるも、1908年原稿二重売り事件を起こす。
井上 達三(いのうえ たつぞう、1877年〈明治10年〉8月… 井上 達三(いのうえ たつぞう、1877年〈明治10年〉8月29日 - 1950年〈昭和25年〉7月8日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 井上成美海軍大将の実兄。妻は荒城二郎海軍中将(海兵29期、米内光政海軍大将とクラスメートかつ親友)の妹。井上達三の家族関係については、井上成美#親族を参照。 本記事の出典は、特記ない限り、井上成美伝記刊行会編著 『井上成美』 井上成美伝記刊行会、1982年(昭和57年)、17-19頁。 宮城県仙台に生まれる。小学校時代は山梨勝之進海軍大将と同級。 東北学院を経て、陸軍士官学校に進んだ。士官候補生(士候)11期、1899年(明治32年)11月卒業。陸軍砲兵少尉に任官。
四竈 孝輔(しかま こうすけ、1876年10月26日 - 1… 四竈 孝輔(しかま こうすけ、1876年10月26日 - 1937年12月12日)は、日本海軍の軍人。最終階級は海軍中将。宮城県仙台市出身。
相馬 黒光(そうま こっこう、1876年(明治9年)9月12… 相馬 黒光(そうま こっこう、1876年(明治9年)9月12日 - 1955年(昭和30年)3月2日)は、夫の相馬愛蔵とともに新宿中村屋を起こした実業家、社会事業家である。旧姓は星、本名は良(りょう)。 旧仙台藩士・星喜四郎、巳之治(みのじ)の三女として仙台に生まれた。星家の婿養子だった父は仕事のため別居していた。8歳のときに一家の柱であった漢学者の祖父が死去、十代前半には姉の発狂、父親の癌発病、弟の病気による右足切断が立て続けて一家を襲い、笑わない子となる。少女期より横浜バンド出身である押川方義の教会「仙台日本基督教会」へ通い、14歳で洗礼を受けた。 小学校初等科卒業後、裁縫学校に進むが、進学を強く希望し、1891年に、学費の安かったミッションスクール宮城女学校(現・宮城学院中学校・高等学校)に入学が叶った。
平山 清次(ひらやま きよつぐ、1874年(明治7年)10月… 平山 清次(ひらやま きよつぐ、1874年(明治7年)10月13日 - 1943年(昭和18年)4月8日)は、日本の天文学者。 宮城県仙台市出身。寺尾寿の弟子で、天体力学及び古暦の研究で有名。小惑星の「族」を発見した功績により月の裏側のクレーターに「ヒラヤマ」と名づけられた。ヒラヤマは清次と同姓の天文学者・平山信(太陽の理論的な研究、小惑星の観測や発見及び軌道決定、日食観測、天体物理学・恒星天文学及び測地学に多大な業績を残した)の2人の名前に由来しているが、清次と信の間には血縁・姻戚関係はない。墓所は仙台市泰心院。 平山清次の門下生には萩原雄祐、鏑木政岐、広瀬秀雄らがいる。
中目 覚(なかのめ あきら、1874年5月23日 - 195… 中目 覚(なかのめ あきら、1874年5月23日 - 1959年3月27日)は、宮城県仙台市出身の地理学者、言語学者、教育行政官、エスペランティスト。 1874年、仙台藩一家 十七家の一つ中目氏の一族として宮城県仙台市に生まれる。9歳で宮城師範学校付属小学校に入学し、14歳で退学、宮城県尋常中学校に入学する。翌年同校を退学し、第二高等中学校に入学する。23歳で同校を卒業し、帝国大学文科大学独逸文学科に入学する。 1899年(明治32年)、東京帝国大学を首席卒業。恩賜の銀時計を授与。第四高等学校(後の金沢大学)でドイツ語教授をしていたが、1903年(明治36年)、30歳の時に創立された広島高等師範学校(後の広島大学)でドイツ語と地理学を三ヶ月ほど教えたのち、3年間オーストリア・ハンガリーへの留学を文部省から命じられる。
中村 幸之助(なかむら こうのすけ、明治5年6月16日(18… 中村 幸之助(なかむら こうのすけ、明治5年6月16日(1872年7月21日) - 昭和20年(1945年)1月11日)は、日本の電気工学者。 宮城県仙台市出身。第二高等学校を経て、1898年(明治31年)に東京帝国大学工科大学電気工学科を卒業し、大学院に進んだ。1899年(明治32年)、東京工業学校教授となり、翌年から欧米諸国に留学した。1902年(明治35年)に帰国後は、東京高等工業学校教授に特許局審査官、東京高等工業学校附設工業教員養成所主事、特許局技師などを兼ねた。1919年(大正8年)、工学博士の学位を得た。1926年(大正15年)、東京高等工業学校校長に就任し、翌年には財団法人協調会東京工業専修学校校長も兼ねた。
戸津 高知(とつ たかとも、明治5年1月13日(1872年2… 戸津 高知(とつ たかとも、明治5年1月13日(1872年2月21日) - 1959年12月30日)は、日本の政治家、教育者。学校法人北海学園元理事長であり、札幌商業学校(現・北海学園札幌高等学校)の創設者。 1872年、伊達藩士の長男として仙台に生まれた。北海英語学校を経て、1890年に札幌農学校に進学。 卒業後は、札幌尋常中学校に教諭として勤務。1901年、浅羽靖に望まれて北海英語学校中等部教頭に就いた。1915年、北海中学校校長に就任。また同1915年からは財団法人北海中学校理事(1923年まで)。 1920年、札幌商業学校(戦時中、札幌豊陵工業学校と改名)が創設となると、初代校長に就任。
佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(… 佐藤 亀八郎(さとう かめはちろう、1871年11月20日(明治4年10月8日) - 1936年(昭和11年)7月15日)は、日本の政治家、実業家。貴族院多額納税者議員、宮城県農工銀行頭取、宮城県販売購買組合理事長。 仙台県名取郡柳生村(宮城県名取郡中田村を経て現仙台市太白区柳生)で、素封家・佐藤惣十郎の長男として生まれる。1889年(明治22年)宮城農学校、1896年(明治29年)和仏法律学校(現法政大学)を卒業。1903年(明治36年)に家督を相続し、同年、宮城県会議員(-1927年(昭和2年))に当選する。その他、中田村会議員、宮城県農会長、同県産米改良協会会頭、帝国農会議員、仙台商業会議所常議員などを務めた。
志賀 潔(しが きよし、1871年2月7日(明治3年12月1… 志賀 潔(しが きよし、1871年2月7日(明治3年12月18日) - 1957年(昭和32年)1月25日)は、日本の医学者・細菌学者。赤痢菌の発見者として知られる。朝鮮総督府医院長・京城医学専門学校校長・京城帝国大学総長などを歴任。 赤痢菌の発見とともに化学療法を研究し、明治時代の日本の近代化の中で世界に通用する科学研究の成果を成し遂げた先駆者と評される。赤痢菌の学名(属名)は志賀に因む Shigella であるが、これは主要な病原細菌の学名に日本人の名前が冠されている殆ど唯一の例となった。数々の名誉を得ながらも清貧を貫き、質素な暮らしに徹した。 1871年(明治3年)、仙台藩領・陸前国宮城郡仙台(現在の仙台市)で、佐藤信の三男として生まれた。
吉田 信太(よしだ しんた、1870年3月27日(明治3年2… 吉田 信太(よしだ しんた、1870年3月27日(明治3年2月26日) - 1954年12月24日)は、日本の音楽教師、作曲家。宮城県仙台市出身。1894年に東京音楽学校本科師範部卒業。横浜在住時にルドルフ・ディットリヒに師事。 東京音楽学校分教場、広島高等師範学校(1902年 - 1913年)、神奈川県立第一中学校、神奈川県立第三中学校、神奈川県立高等女学校、東京女子高等師範学校などで教鞭を執る。後に、神奈川県視学。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
岩崎卓爾(いわさき たくじ、明治2年10月17日(1869年… 岩崎卓爾(いわさき たくじ、明治2年10月17日(1869年11月20日) - 昭和12年(1937年)5月18日)は日本の気象観測技術者。石垣島において気象観測を通じ台風の研究を行った一方、沖縄県八重山地方の生物や民俗、歴史に関する研究も行い、著書などを通じて、それまであまり世に知られていなかった同地を広く世に知らしめた。南方熊楠同様、当時としては珍しい地方に根を下ろした多面的文化人といえる。 号は糸数原主人、袋風荘(たいふうそう)主人、蝶仙、蝶翁。 明治2年10月17日(1869年11月20日)、仙台藩士の子として宮城県仙台市に生まれる。第二高等中学校(現 東北大学)へ入学するも在学中に気象技師を志し中退。
戸板 関子(といた せきこ、明治2年4月19日(1869年5… 戸板 関子(といた せきこ、明治2年4月19日(1869年5月30日) - 昭和4年(1929年)1月14日)は、日本の教育者。戸板学園の創立者。 1869年(明治2年)、仙台藩士で漢学者の戸板善内の一人娘として仙台北5番町で生まれた。生まれた年に父を亡くし、母の手で育てられた。 仙台の松操女学校で学び、18歳で小学校教員となった。自らの知識を磨くために上京し、横浜のフェリス女学校に入学する一方、フェリス女学校、東洋英和女学校、東京女学館で裁縫教師を務めた。1893年、鳥居坂教会の武田芳三郎牧師と結婚し家庭に入るが、教育への情熱から夫と離れて戸板姓に戻った。後に芳三郎と和解し、芳三郎が戸板家に入ることとなった。
玉虫 一郎一(たまむし いちろういち、慶應4年4月6日(18… 玉虫 一郎一(たまむし いちろういち、慶應4年4月6日(1868年4月28日) - 昭和17年(1942年))は、日本の教育者。 宮城県仙台市出身。1895年(明治28年)、東京帝国大学文科大学英文科を卒業し、東京高等師範学校附属中学校英語歴史科講師となる。1896年(明治29年)、愛媛県尋常中学校教諭となり、1898年(明治31年)に宮城県尋常中学校教諭に転じた。1901年(明治34年)、第二高等学校教授となり、1928年(昭和3年)に校長に就任した。1932年(昭和7年)に退官し、名誉教授の称号を受けた。
相原 祐弥(あいはら すけや、元治元年11月4日(1864年… 相原 祐弥(あいはら すけや、元治元年11月4日(1864年12月2日) - 没年不詳)は、日本の裁判官。 宮城県仙台市出身。小野祐治の二男として生まれ、相原安治の養子となった。1891年(明治24年)、東京帝国大学法科大学を卒業し、司法官試補となる。秋田地方裁判所判事、前橋地方裁判所判事、東京地方裁判所、東京控訴院判事、東京控訴院部長、名古屋控訴院部長を歴任した。 大審院判事を務めた後、台湾総督府法院判官に転じ、高等法院長に就任した。
石川 喜三郎(いしかわ きさぶろう、文久3年12月16日(1… 石川 喜三郎(いしかわ きさぶろう、文久3年12月16日(1864年1月24日) - 昭和7年(1932年)2月5日)は、正教会の神学者。陸奥国仙台(現宮城県仙台市)出身。聖名はペートル(ペトル)。 生涯で活発に著述活動を行った。 1892年、日本ハリストス正教会の機関誌『正教新報』の編集人となる。亜使徒聖ニコライ大主教からセルギイ・チホミーロフ主教(肩書当時、のち府主教)に日本正教会の長が代わった際に『正教新報』は『正教時報』となるが、その編集人・発行人であり主筆であった。 1917年のロシア革命により母教会からの日本正教会への財政的援助が途絶え教会財政が逼迫する中、1923年の関東大震災により編集場所もなくなり、『正教時報』も縮小を余儀なくされ主筆の石川以外の人員が全て解雇され、石川の仮住居がそのまま正教時報社となるといった多大な困難にあって、石川は編集、発送、会計など全ての事務を担い続け『正教時報』発行継続に全力を尽くした。
一力 健治郎(いちりき けんじろう、文久3年9月25日(18… 一力 健治郎(いちりき けんじろう、文久3年9月25日(1863年11月6日) - 昭和4年(1929年)11月5日)は、日本の実業家。河北新報社創業者(社主)。旧姓鈴木。宮城県平民。 河北新報元社長の一力次郎の父。元河北新報社社主の一力一夫の祖父。河北新報社社長の一力雅彦の曾祖父。囲碁棋士の一力遼の高祖父。 太町の唐物商の鈴木作兵衛の四男として生まれた。後に隣家の茶商である一力松治郎の養子となる。東華学校、第二高等中学校を卒業後、上京。国民英学会にて学ぶ。また、第二高等中学在学中には、くまじ夫人との間にすでに、一男一女をもうけていた。 仙台での書店経営で実業界入りし、植林会社(宮城植林株式会社)を興し創業。
伊澤 平左衛門(いさわ / いざわ へいざえもん、1862年… 伊澤 平左衛門(いさわ / いざわ へいざえもん、1862年12月28日(文久2年11月8日) - 1934年(昭和9年)6月9日)は、日本の実業家、政治家。衆議院議員(2期)。貴族院多額納税者議員。 仙台に醸造家伊澤平藏(3代目)の長男に生まれる。父の跡を継ぎ、1907年に仙台市会議員、その後、同参事会員などを務めた。1915年に宮城貯蓄銀行、1919年に塩釜銀行の各頭取に、1920年に仙台ガス社長に就任した。 同年の総選挙では立憲政友会から出馬を要請されたが、一族に反対された。しかし、政友会本部は岡崎邦輔を仙台に派遣し、伊澤を説き伏せ、正式に立候補となった。これにより、憲政会の村松亀一郎との争いになり、当選し、激しい選挙戦を制した。
荒井 泰治(あらい たいじ、1861年6月23日〈文久元年5… 荒井 泰治(あらい たいじ、1861年6月23日〈文久元年5月16日〉- 1927年〈昭和2年〉3月3日)は、日本の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員(1911年 - 1918年)。日本統治時代の台湾で事業を興し財を成した。 仙台に町奉行であった荒井加右衛門の分家に生まれる。宮城県士族荒井盛行の長男。明治維新後、東京に出て法律とフランス語を学びながら新聞記者となる。1885年(明治18年)には大阪新報社編集長。中江兆民の門下となる。 日本銀行総裁で同郷の富田鉄之助に見い出されて日本銀行に入り、富田の秘書となったが、富田が日本銀行を去ると荒井も去った。その後、鐘淵紡績に入り、1890年(明治23年)には鐘淵紡績支配人となる。
石母田 正輔(いしもだ しょうすけ/まさすけ、1861年3月… 石母田 正輔(いしもだ しょうすけ/まさすけ、1861年3月6日(文久元年1月25日) - 1941年(昭和16年)5月8日)は、宮城県石巻町長、初代石巻市長。二男に歴史学者・石母田正、五男に政治家・石母田達がいる。 石母田家は仙台藩の重臣で多くの勘定奉行を輩出し、3,000石の知行地を与えられていた。祖父石母田寛衆は筆頭勘定奉行を勤めており、その知行地である陸奥国宮城郡大沢村芋沢(現・宮城県仙台市青葉区)に生まれる。宮城師範学校を卒業し、卒業後は奥羽日日新聞に入り、記者となるが、低収入のため官界に入る。茨城県龍ヶ崎警察署長、茨城、島根両県の警察部勤務を経て、台湾台南県蕃薯藔弁務署長を務めた。その後、台湾時代に知り合った同郷の荒井泰治の誘いを受け、北海道に渡り、札幌の電灯会社の社長に就任した。
岩崎 総十郎(いわさき そうじゅうろう、安政7年2月5日(1… 岩崎 総十郎(いわさき そうじゅうろう、安政7年2月5日(1860年2月26日) - 大正9年(1920年)5月2日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、弁護士。 仙台市出身。岡鹿門が開いた私塾「麟経堂」で学んだ後、専修学校(現在の専修大学)で法学・経済学を学んだ。1881年(明治14年)に専修学校を卒業すると、明治法律学校(現在の明治大学)に進み、翌年に卒業した。その後判事補に任ぜられ、大阪地方裁判所に勤務したが、やがて官を辞し、弁護士を開業した。 1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第13回衆議院議員総選挙でも再選された。 その他に塩水港精糖拓殖株式会社、七十七銀行、仙台瓦斯株式会社、大崎水電株式会社の監査役を務めた。
中島 鋭治(なかじま えいじ、1858年11月17日〈安政5… 中島 鋭治(なかじま えいじ、1858年11月17日〈安政5年10月12日〉 - 1925年〈大正14年〉2月17日)は、日本の土木技術者。宮城県仙台市生まれ。東京帝国大学名誉教授。工学博士、日本の近代上水道の父・近代衛生工学の父などと呼ばれる人物。駒沢給水塔(東京都世田谷区弦巻2丁目41番16号)の設計者として知られる。明治31年以降、旧東京市技師長、内務省技師、中央衛生会委員、都市計画調査会委員をつとめる。 箱根宮ノ下御用邸への給水引き込みの設計協力を行い、また東宮御所の水道施設をはじめ日本や満州の多くの近代水道施設を手がける。 1858年(安政5年)10月12日 - 仙台城下支倉通り(現宮城県仙台市青葉区支倉町)に生まれる。
新井 奥邃(あらい おうすい、1846年5月29日(弘化3年… 新井 奥邃(あらい おうすい、1846年5月29日(弘化3年5月5日) - 1922年(大正11年)6月16日)は、元仙台藩士で、「有神無我」を唱え、自らを「クライストの志願奴隷」と定義した明治後期から大正時代の特異なキリスト教思想人。 戊辰戦争後に森有礼に認められ、1871年1月23日(明治3年12月3日)、米国に渡る。アメリカでキリスト教系新興宗教団体教祖トマス・レイク・ハリスの弟子となり、労働と冥想の日々を送る。 1899年(明治32年)、53歳のとき、英語の自著Inward Prayer and Fragments(『内観祈祷録』)一冊を携えて帰国する。 1904年(明治37年)、巣鴨に「謙和舎」を開き、奥邃独特の伝道生活に入る。
横山 亜紀子(よこやま あきこ、12月6日 - )は、日本の… 横山 亜紀子(よこやま あきこ、12月6日 - )は、日本のフリーアナウンサー。ライムライト所属。 宮城県仙台市出身。成蹊大学法学部政治学科卒業。 2007年4月から2010年3月までNHK仙台放送局の契約キャスターを務めた後、2010年4月からフリーアナウンサーとして活動している。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
安蒜 真里子(あんびる まりこ、11月8日 - )は、日本の… 安蒜 真里子(あんびる まりこ、11月8日 - )は、日本の女性J-POP歌手。宮城県仙台市生まれ、東京育ち。血液型A型。 以降、都内を中心としたライブ活動をマイペースに行っている。 玩具のピノチオ(株式会社アガツマ) アンパンマンシリーズ 匿名や別名義での録音も多数ある。(コンピレーション・アルバムやパチスロ機のサウンドトラックでのボーカル社歌など) この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
曽世 海司(そぜ かいじ、10月18日 - )は、宮城県出身… 曽世 海司(そぜ かいじ、10月18日 - )は、宮城県出身の日本の俳優。所属は劇団 Studio Life。
美星 帆那(みせい はんな、10月8日 - )は、宝塚歌劇団… 美星 帆那(みせい はんな、10月8日 - )は、宝塚歌劇団宙組に所属する娘役。 宮城県仙台市、仙台白百合学園中学校出身。身長158cm。愛称は「ちっち」、「あゆほ」。 2017年、宝塚音楽学校入学。 2019年、音楽学校卒業後、宝塚歌劇団に105期生として入団。入団時の成績は24番。宙組公演「オーシャンズ11」で初舞台。その後、宙組に配属。 2023年、真風涼帆・潤花トップコンビ退団公演となる「カジノ・ロワイヤル」で、新人公演初ヒロイン。
阿部 夕起(あべ ゆき、8月26日 - )は、宮城県仙台市出… 阿部 夕起(あべ ゆき、8月26日 - )は、宮城県仙台市出身のローカルタレント。宮城県を中心に活動している。 現在は「阿部 侑生」という名前で活動している。A型。
齋藤 彰俊(さいとう あきとし、8月8日 - )は、日本の元… 齋藤 彰俊(さいとう あきとし、8月8日 - )は、日本の元男性プロレスラー。宮城県仙台市出身。最終所属プロレスリング・ノア。血液型B型。 水泳(平泳ぎ)が得意でジュニアオリンピック優勝(学童新記録)、仙台市立五橋中学校生時代に全国大会で2位の実績を残し、中京高校進学。松永光弘は同級生であった。この頃には極真会館で空手の鍛錬も積んでいた。中京大学進学後も水泳を続け、インターハイ、インカレ、国体、日本選手権で優勝し、ユニバーシアード、パンパシフィックの日本代表、オリンピックの強化選手にもなった。当時から長州力のファンで、パワーホールで選手入場したこともあったという。ソウルオリンピックの代表選考会は5着となり五輪出場を果たせず競泳を引退し、名古屋市のスポーツ関連団体に就職した。
池山田 剛(いけやまだ ごう、5月25日 - )は、日本の漫… 池山田 剛(いけやまだ ごう、5月25日 - )は、日本の漫画家。女性。宮城県仙台市生まれ、神奈川県横浜市育ち。血液型はA型。 2002年、小学館の『少女コミック』本誌15号にて掲載された、「GET GOAL!!」でデビュー。 当初、この作品は読み切り掲載のみの予定だったが、読者からの反響が大きく人気が高かったため、その後に続編を数回同じく読み切りという形で掲載された。しかし、当時の編集長からの「まだ新人なのでデビュー作以外のキャラも描いたほうがいい」という判断から、この作品で初連載とはならなかった。 2003年、上記のことから『オオカミなんかコワくないっ!?』で短期初連載。 同年『オオカミなんかコワくないっ!?』連載終了後、「GET GOAL!!」を『GET LOVE!!〜フィールドの王子さま〜』として連載開始。
金子 英彦(かねこ ひでひこ、5月5日 - )は、日本の男性… 金子 英彦(かねこ ひでひこ、5月5日 - )は、日本の男性声優。宮城県仙台市出身。青二プロダクション所属。 青二塾東京校22期生。東北学院大学文学部史学科卒業。 資格・免許は高等学校教諭一種免許(地理・歴史)、中学校教員一種免許(社会)、普通自動車免許。 趣味はサッカー観戦。特技はテニス、野球、ダーツ。方言は仙台弁。 太字はメインキャラクター。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
内海 安希子 は、日本の声優。元宝塚歌劇団月組の娘役。
佐藤 久朋(さとう ひさとも)は、宮城テレビ 常務取締役 総… 佐藤 久朋(さとう ひさとも)は、宮城テレビ 常務取締役 総務局・子会社 担当。ミヤギテレビサービス 非常勤取締役。
タノタイガは、東京都中央区在住の美術家。東京生まれ、仙台育ち… タノタイガは、東京都中央区在住の美術家。東京生まれ、仙台育ち。宮城県仙台第二高等学校、東京造形大学造形学部卒業、東北芸術工科大学大学院芸術工学研究科芸術文化専攻彫刻コース修士課程修了。作品を通して社会に埋もれている矛盾を浮き彫りにする。 立体造形、映像、パフォーマンス等、多様な表現手法によって、社会制度やルールや法律などの記号性と媒体性を誇張した風刺的表現を行う。ときに作者自身を媒体化し、日常に埋もれた社会や集団の倫理性を表出させ、作品の中にはユーモアと毒を兼ね備える。 「ニューアートコンペティションオブみやぎ2004 入選出展 (せんだいメディアテーク)」「7th SICF (青山スパイラルギャラリー) オーディエンス賞受賞」「コネクティング・ワールド (NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])」「アートみやぎ2007(宮城県美術館)」「青葉縁日2 おもしろ改造工場の夏祭り(せんだいメディアテーク)」「WANAKIO2008(前島アートセンター)」「T+ANONYMOUS(現代美術製作所)」「現代美術も楽勝よ。
咲嬉 は、日本の実業家、資産形成コンサルタントとして金融分野… 咲嬉 は、日本の実業家、資産形成コンサルタントとして金融分野で活躍。1級ファイナンシャル・プランニング技能士(国家資格)を持ちながら、女優、タレント活動を行う。株式会社プリエ―ヴ(アパレル会社)代表取締役、一児の母、夫はミュージカル俳優で歌手の田代万里生。
伊達 さゆり は、日本の女性声優。Liella!のメンバー。… 伊達 さゆり は、日本の女性声優。Liella!のメンバー。宮城県仙台市出身。Apollo Bay所属。
大友 愛 は、日本の元女子バレーボール選手。現在の戸籍名は秋… 大友 愛 は、日本の元女子バレーボール選手。現在の戸籍名は秋本 愛。
山谷 祥生 は、日本の男性声優。宮城県仙台市出身。フリー。
梅津 晃大 は、福島県福島市生まれ、宮城県仙台市若林区出身の… 梅津 晃大 は、福島県福島市生まれ、宮城県仙台市若林区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。
早坂 敦 は、日本の政治家。
佐藤 聡美 は、日本の女性声優、歌手。宮城県仙台市出身。アク… 佐藤 聡美 は、日本の女性声優、歌手。宮城県仙台市出身。アクセルワン所属。夫は、同じく声優の寺島拓篤。
早坂 梢依 は、日本の元女子バレーボール選手。
青木 陽菜 は、日本の女性声優。宮城県出身。響所属。
荒川 美穂 は、日本の女性声優。東京俳優生活協同組合所属。宮… 荒川 美穂 は、日本の女性声優。東京俳優生活協同組合所属。宮城県仙台市出身。
氏家 ト全(うじいえ とぜん、12月24日 - )は、日本の… 氏家 ト全(うじいえ とぜん、12月24日 - )は、日本の漫画家。宮城県仙台市出身。 2001年に『別冊ヤングマガジン』(講談社)掲載の読み切り『妹は思春期』でデビューし、同作が『週刊ヤングマガジン』(同)で連載化して連載デビュー。代表作に『妹は思春期』・『妹はひまわり組』・『女子大生家庭教師濱中アイ』・『生徒会役員共』・『プチプチたんたんプチたんたん』がある。 『生徒会役員共』にて自身の作品では初のテレビアニメ化となった。ペンネームは戦国時代の武将・氏家卜全(ぼくぜん)になぞらえている。 『妹は思春期』を投稿し、担当から電話をもらう。その後FAXにて何度もやり取りをした結果、2001年に『別冊ヤングマガジン』に(代原として)同タイトルでデビュー。
阿部 洋子(あべ ひろこ、8月23日 - )は、日本の構成作… 阿部 洋子(あべ ひろこ、8月23日 - )は、日本の構成作家、ナレーター。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。宮城県仙台市出身。 仙台放送で栗原はるみの料理番組などを担当するディレクターをしていたが退職し、上京。オフィスクレッシェンドに入社した。2008年より現所属。インタビュアーなども手掛けている。 ベジタブル&フルーツマイスター(野菜ソムリエ)、幼稚園教諭、保育士の資格を持つ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
阿部川 キネコ(あべかわ キネコ、8月6日 - )は、日本の… 阿部川 キネコ(あべかわ キネコ、8月6日 - )は、日本の漫画家。宮城県仙台市出身。しし座のB型。 商業誌デビュー作は、『魔動王グランゾート』のパロディショート作品「3月うさぎは恋してる」。現在は一般誌を中心とした活動をしているが、2000年頃まではショタ・BLモノ中心での活動であった。『辣韮の皮〜萌えろ!杜の宮高校漫画研究部〜』や『ビジュアル探偵明智クン』のようなギャグを中心とした作品、『WAKIWAKIタダシさん』『ミス&ミセス』などのほのぼのとした作品、『お菓子な片思い』のシリアスな描写など掲載誌によって書き分ける幅広い作風を持つ。また絵柄の幅がかなり広く、『お菓子な片思い』では少女漫画風の絵柄、『パンクかあさんとロリータむすめ』では切り絵風、『ミス&ミセス』では高野文子を彷彿させるような描画をしている。
庄子 久子(しょうじ ひさこ、7月31日 - )は、宮城県出… 庄子 久子(しょうじ ひさこ、7月31日 - )は、宮城県出身のラジオDJ。 エフエム石川入社後、KANAZAWA HOT 100、Ken Rock Station、T's AIRの番組を担当。2008年にエフエム石川を退社後、仙台市に帰郷して、Date fmなどで番組を担当している。 宮城学院女子大学卒業。 南カリフォルニア大学を留学。卒業後、エフエム石川に入社。KANAZAWA HOT 100などの番組を歴任。2008年3月31日のT's AIRの番組を最後にエフエム石川を退社後、地元の仙台市に戻る。2008年4月2日よりDate fmでフリーアナウンサーとして活躍している。
仙道 ますみ(せんどう ますみ、7月4日 - )は、日本の漫… 仙道 ますみ(せんどう ますみ、7月4日 - )は、日本の漫画家。女性。宮城県仙台市出身。多摩美術大学卒業。夫は漫画家の紅林直。代表作は『リベンジH』、『あい。』、『ワタシハペット』、『えっち』。2017年でデビュー25周年を迎えた。 2019年6月4日、実写映画『アルキメデスの大戦』を上映する「漫画家特別試写会」に参加。原作者の三田紀房から漫画家仲間に試写を案内され、参加表明を受けた。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。