佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山… 佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山形県寒河江市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 寒河江市立南部小学校では小学校4年生時に寒南ガッツで野球を始め、寒河江市立陵南中学校では軟式野球部に所属。 山形中央高校進学後、1年夏からベンチ入りし、2年夏には主力投手として活躍。山形県大会決勝まで進んだが、日大山形高校に敗れ、甲子園には届かなかった。3年夏は山形県大会3回戦で新庄北高校に敗れた。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、東北楽天ゴールデンイーグルスから5位指名を受け、契約金3000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は61。 2019年は、イースタン・リーグで2試合に登板し、0勝0敗、防御率0.00を記録した。
細谷 翔馬(ほそや しょうま、2000年2月13日 - )は… 細谷 翔馬(ほそや しょうま、2000年2月13日 - )は、日本の陸上競技選手。山形県寒河江市出身。帝京大学医療技術部スポーツ医療学科卒業。ロジスティード陸上部所属。 寒河江市立陵東中学校、東北高等学校、帝京大学出身。 1、2年時は大きな活躍はなかったが、3年時には3000m障害で、地元・山形県開催のインターハイに出場している (予選敗退)。 1、2年時は三大駅伝の出場は出来なかったが、3年時の2020年11月1日に行われた第52回全日本大学駅伝で三大駅伝デビューを飾る。8区を区間9位で走り、総合7位でシード権を獲得した。翌年1月に開催された第97回箱根駅伝では5区で区間賞を獲得し、8位から4位まで順位を上げた。
横山 岳(よこやま がく、1994年8月22日 - )は、山… 横山 岳(よこやま がく、1994年8月22日 - )は、山形放送(YBC)のアナウンサー。 山形県寒河江市出身。 大学卒業後、愛媛県のあいテレビでアナウンサーとして活躍した。 あいテレビ退社後、2024年4月に山形放送に入社。同期に、中田妃那がいる。 Category:山形放送のアナウンサーを参照 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
大沼 美琴(おおぬま みこと、1993年5月2日 - )は、… 大沼 美琴(おおぬま みこと、1993年5月2日 - )は、山形県寒河江市出身のバスケットボール選手である。ニックネームは「リト」。ポジションはシューティングガード。デンソーアイリスに所属していた大沼美咲は姉。 姉の後を追うようにバスケットボールを始め、姉と同じ山形市立商業高校への進学。 高校では1年次に第1回U-16アジア選手権の日本代表に選ばれ準優勝、2年次にも第1回U-17世界選手権出場を果たす。3年次には主将を務め、姉も成し遂げなかったウィンターカップ決勝進出を果たし、敗れて準優勝に終わったものの、ベスト5に選ばれた。 卒業後の2012年、JXサンフラワーズに加入。 2014年、仁川アジア大会に出場する日本代表に選出され銅メダル獲得。
タツキ・マイアミ(本名及び旧芸名:髙橋 竜基、1991年12… タツキ・マイアミ(本名及び旧芸名:髙橋 竜基、1991年12月2日 - )は、日本のお笑い芸人、筋肉タレント、元プロレスラー。山形県寒河江市出身。 芸人としてはグレープカンパニーに所属し、2021年5月31日まで吉村和彬とお笑いコンビ「あがすけ」として活動していた。 プロレスラーとしてはココ夏三郎(ココなつさぶろう)の名前で活動していた。 2012年、山形南高校の同級生である吉村和彬と「あがすけ」を結成。 事務所ライブをはじめ、単独ではVシネマに出演していたが、芸人とは思えぬ筋肉量から、日清シスコ「ココナッツサブレ」発売50周年を記念したキャンペーンキャラクター「ココ夏三郎」の中の人に就任決定。
大沼 美咲(おおぬま みさき、1990年10月2日 - )は… 大沼 美咲(おおぬま みさき、1990年10月2日 - )は、山形県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。175cm。ニックネームは「カイ」。妹の大沼美琴もバスケットボール選手。 山形商業高校で全国大会に出場。3年のインターハイでは2回戦で阿部幸音擁する聖カタリナの前に敗退。ウィンターカップでは3位決定戦で聖カタリナと当たるも接戦を制して3位。阿部らとともにベスト5に選ばれる。一方で、女子U-18日本代表に選出され、U-18アジア選手権初優勝に貢献する。 卒業後の2009年、阿部とともにデンソーアイリスに加入。同年のU-19世界選手権にも出場した。2013年引退。引退後はチームスタッフに転身し、2015年アシスタントコーチに就任。
佐藤 唯(さとう ゆい、1986年3月29日 - )は、日本… 佐藤 唯(さとう ゆい、1986年3月29日 - )は、日本の女性タレント・アイドル、女優。山形県寒河江市出身。サンミュージックプロダクション所属。
犬飼 春美(いぬかい はるみ、1986年 )は、NHK山形放… 犬飼 春美(いぬかい はるみ、1986年 )は、NHK山形放送局の元契約キャスター。 山形県寒河江市出身。山形県立山形東高等学校を経て東京都内の大学を卒業後、2009年入局。 山形局では長らく、藤田千枝が地元出身の契約キャスターとして在籍し、『今夜はなまらナイト』の“女将”としてすっかり定着していたが、結婚などの理由からか山形を離れることとなったために、その後任として採用された。従って、入局当初から『なまらナイト』シリーズを主な担当としていた。当然、藤田同様ニュース以外では方言丸出しで、ブログでも表現は方言であった。 2010年、藤田が出られなくなる状態が生じたため、本格的に本編での活動を強化。
堀内 大輔(ほりうち だいすけ、1985年4月21日 - )… 堀内 大輔(ほりうち だいすけ、1985年4月21日 - )は、日本のサッカー選手。ポジションはFW。
片桐 千晶(かたぎり ちあき、1982年11月23日 - )… 片桐 千晶(かたぎり ちあき、1982年11月23日 - )は、グリーンメディア所属のフリーアナウンサー。 山形県立寒河江高等学校、筑波大学比較文化学類卒業後、2005年秋田テレビに入社。当番アナウンサーで出演の「やばせ本町どまん中!」の2006年9月22日放送で、メインMCの石垣政和作詞・作曲による、本人のテーマソング「笑顔のど真ん中」が作られている。2007年2月には非売品のDVD-Videoも作られており、視聴者プレゼントされた。2007年7月20日放送の「やばせ本町どまん中」で、アイドル化計画第2弾の発表が行われた。真夏の海をテーマにしたバラード調の曲となっている。2007年の第62回国民体育大会(秋田わか杉国体)の際には、開会式の進行を司るフィールドアナウンサーを菅原実(当時秋田放送アナウンサー)とともに担当。
安藤 美冬(あんどう みふゆ、1980年1月9日 - )は、… 安藤 美冬(あんどう みふゆ、1980年1月9日 - )は、日本の作家、コメンテーター。 山形県寒河江市生まれ、東京都三鷹市育ち。世界史の教師をしている父と海外文学が好きな母の間に生まれる。 1998年4月に慶應義塾大学法学部政治学科入学後、国際交流事業「世界青年の船」への参加や、オランダ・アムステルダム大学への交換派遣留学(2001年8月〜2002年6月)、海外バックパック旅などを行い、数多くの国を旅した。 2004年3月に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業し、同年4月に集英社へ入社。広告部や宣伝部で勤務した後、2010年9月に退職。以後、フリーランスとして活動し、「新しい働き方のパイオニア」「元祖ノマドワーカー(ノマドワーカーの先駆け)」と呼ばれた。
川越 こず恵(かわごえ・こずえ、1976年6月12日-)は、… 川越 こず恵(かわごえ・こずえ、1976年6月12日-)は、フリーアナウンサー。
荒木 準也(あらき じゅんや、1971年 - )は、山形県寒… 荒木 準也(あらき じゅんや、1971年 - )は、山形県寒河江市出身の元アマチュア野球選手(外野手)、野球指導者。 日大山形高校では高校2年生の時に1988年の夏の甲子園に出場した経験がある。高校卒業後に東北福祉大学に進学して硬式野球部に所属し、1993年の全日本大学野球選手権大会では同じ4年の関根裕之、三野勝大投手を擁してチームはベスト4まで進んだ。 大学卒業後は、社会人野球のプリンスホテルに入団し、東京スポニチ大会で新人賞。1995年の「'95ワールド・ベースボール・ウィーク・イン・ジャパン」の全日本メンバーにも選ばれた。1年先輩の宮本慎也や小林幹英、星野智樹らとプレー。 2000年にチームが解散したのを機に、故郷に戻り、家業の鋼材リサイクル会社で勤務していたが、2002年からは母校の日大山形高校の監督を務めており、2013年の夏の甲子園ではチームを県勢初のベスト4に導いた。
鈴木 淳史(すずき あつふみ、1970年 - )は、日本のク… 鈴木 淳史(すずき あつふみ、1970年 - )は、日本のクラシック音楽評論家、文芸評論家。鈴木敦史(すずき あつし)とも表記されることがある。自ら『売文業』と称し、主にクラシック音楽の「私批評」を行っている。 山形県寒河江市生まれ。山形県立寒河江高等学校、法政大学文学部日本文学科卒業。『クラシック批評こてんぱん』(洋泉社)で音楽評論を批評したり、『わたしの嫌いなクラシック』(洋泉社)、『萌えるクラシック』(洋泉社)など既存の音楽評論に囚われないユニークな批評を行ったりしている。Jリーグ・モンテディオ山形のファン。2007年~2011年にわたって、青弓社のムック『クラシック・スナイパー』(vol.1~8)の編者を許光俊とともに務める。
佐藤 正樹(さとう まさき、1966年6月8日 - )は日本… 佐藤 正樹(さとう まさき、1966年6月8日 - )は日本の糸作家であり、山形県寒河江市にある紡績・ニットメーカー佐藤繊維株式会社の代表取締役である。 また、Sato-S2株式会社の代表取締役社長、月山紡績株式会社の代表取締役、山形整染株式会社の代表取締役社長、クマムレース株式会社の代表取締役社長も務める。 1966年6月8日に山形県寒河江市に生まれる。自身の曽祖父が創業した紡績ニットメーカーの佐藤繊維株式会社にて幼少期から糸やその原料に触れて育つ。その後、地元の中学校を卒業し、日本大学山形高等学校へ入学。中学から始めたボクシングに夢中になり、将来はプロボクサーになることを夢に見るが挫折。高校卒業後はファッションに興味があったため1989年4月に文化服装学院へ入学。
布川 弘(ぬのかわ ひろし、1958年2月5日 - 2019… 布川 弘(ぬのかわ ひろし、1958年2月5日 - 2019年9月27日)は、日本の歴史学者。専門は日本近現代史。 山形県寒河江市生まれ。山形県立寒河江高等学校卒業、1980年金沢大学法文学部卒。1982年同大学院文学研究科修士課程修了、1990年神戸大学大学院文化学研究科博士後期課程単位取得退学。1996年広島大学総合科学部助教授、2006年同大学院総合科学研究科教授。 2019年9月27日、頭頸部癌により神戸市中央区の病院で死去、61歳没。
鬼海 弘雄(きかい ひろお、1945年 - )は、写真家。山… 鬼海 弘雄(きかい ひろお、1945年 - )は、写真家。山形県寒河江市生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。
大沼 保義(おおぬま やすよし、1942年(昭和17年)10… 大沼 保義(おおぬま やすよし、1942年(昭和17年)10月8日 - )は、日本の造り酒屋経営者。千代寿虎屋酒造株式会社社長(第3代)・会長。日本酒造組合中央会顧問。山形県酒造組合会長(第7代・5期)。寒河江市商工会会長。寒河江市教育委員会委員長。社団法人寒河江青年会議所理事長(第10代)。趣味は将棋(五段)。
中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は、日本の歴史… 中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は、日本の歴史小説作家。山形県寒河江市生まれ。東北大学文学部哲学科卒業。山形市芸術文化協会理事。 1986年(昭和61年)直江兼続の軍略と生涯を描いた『大軍師直江山城守』にてデビュー。主に史実に取材した歴史小説を手掛ける。『量の次代』『諸行無常の歌』で青鷗賞準賞受賞。明治以降の政治家・軍人の生涯を描いた小説作品が多く、古典作品の現代語訳も手掛ける。 ※ 単行本の刊行順に記す。
黒田 喜夫(くろだ きお、1926年2月28日 - 1984… 黒田 喜夫(くろだ きお、1926年2月28日 - 1984年7月10日)は、日本の詩人。 山形県寒河江の生まれ。高等小学校卒業後、上京して京浜工業地帯で工場労働者として働く。戦後は日本共産党に入党、郷里で農民運動に参加するが胸を病み、療養しながら詩作を行う。関根弘、菅原克己らの同人誌『列島』や新日本文学会の雑誌『現代詩』などに参加、注目される。1959年、第1詩集『不安と遊撃』を刊行、翌年H氏賞を受賞する。プロレタリア詩と前衛詩の結合において戦後詩の一つの極北を示す詩人である。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鈴木 貞敏(すずき ていびん / さだとし、1925年〈大正… 鈴木 貞敏(すずき ていびん / さだとし、1925年〈大正14年〉8月12日 - 2009年〈平成21年〉10月24日)は、日本の警察官僚、政治家。第11代警察庁長官、参議院議員(2期、自由民主党)。位階は従三位。勲等は勲二等。 山形県寒河江市生まれ。両親は昭和の頭に満州に渡り、地元にとどまる。 山形県立寒河江中学校(18期)を経て、東京帝国大学に進学するも数日で学徒出陣し、前橋陸軍予備士官学校に入学(砲兵第2中隊第4区隊)。1945年6月に卒業後、独立山砲第12連隊に配属され間もなく終戦を迎えた。 戦後復学し、1948年(昭和23年)東京大学法学部政治学科を卒業。 同年4月、国家地方警察に入る。
奥山 儀八郎(おくやま ぎはちろう、1907年(明治40年)… 奥山 儀八郎(おくやま ぎはちろう、1907年(明治40年)2月17日 - 1981年(昭和56年)10月1日)は、日本の木版画家。山形県出身。主に商業広告版画・創作版画を手がけた。広告版画のパイオニア。 1907年山形県西村山郡寒河江町(現・寒河江市)に生まれる。子供の頃から木版画に親しみを持ち、1928年に日本創作版画協会展に初入選を果たした。同年その技量を買われて日本毛織宣伝部の広告作家として数々の商業広告を手がけ、後に大高重治とともにニッカウヰスキーのポスター・ウイスキーラベルのデザインも木版画で制作した。1936年に浮世絵研究家の石井研堂に師事し、伝統的技法の復興に注力した。また、自らのコーヒー好きが高じて歴史等を研究しコーヒーの多様な呼び方を表した木版画「かうひい異名熟字一覧」を制作した。
安孫子 藤吉(あびこ とうきち、1904年2月22日 - 1… 安孫子 藤吉(あびこ とうきち、1904年2月22日 - 1992年4月6日)は、日本の農林官僚、政治家。位階は正三位、勲等は勲一等。山形県知事(公選第3-7代)、自由民主党参議院議員を務めた。 山形県寒河江市出身。旧制鎌倉中学(現:鎌倉学園)、旧制山形高校を経て、1929年 東京帝国大学法学部法律学科卒業後、農林省に入省(畜産局嘱託)。米穀局外地・内地課長、大臣官房会計課長、食糧管理局次長等を歴任。 1949年に初代食糧庁長官に就任。長官在任時にコメの統制撤廃を打ち出した吉田内閣の方針に強く反対して退官した。 退官後の1955年、三選を目指した村山道雄知事が繰り上げ辞任で選挙にのぞむことに県政界が反発。
軽部 慈恩(かるべ じおん、1897年〈明治30年〉7月14… 軽部 慈恩(かるべ じおん、1897年〈明治30年〉7月14日 - 1970年〈昭和45年〉10月16日)は日本の考古学者。山形県寒河江市出身。太平洋戦争以前に朝鮮半島に住んで古代百済の遺跡を研究し、敗戦により日本に戻ったあとは、日本大学で教鞭をとりつつ静岡県三島市に住み、伊豆地方の遺跡研究を行った。 1897年(明治30年)に、現在の山形県寒河江市である旧西村山郡醍醐村慈恩寺に生まれる。現在の静岡県伊豆市である旧田方郡修善寺町の修禅寺に来て仏門の修行に入る。以後「慈恩」と名乗る。 1925年(大正14年)に早稲田大学を卒業し、百済研究のため、日本統治時代の朝鮮半島に渡って現地の学校教員をしつつ、公州の三国時代の遺跡を発掘した。
小錦 八十吉(こにしき やそきち、1887年(明治20年)1… 小錦 八十吉(こにしき やそきち、1887年(明治20年)10月15日 - 1943年(昭和17年)3月3日)は、山形県西村山郡三泉村(現:山形県寒河江市)出身で二十山部屋に所属した大相撲力士。本名は後藤 鶴松(ごとう つるまつ)。最高位は小結。 1887年10月15日に山形県西村山郡三泉村(現:山形県寒河江市)で生まれる。上京して二十山部屋へ入門後、1901年5月場所で初土俵を踏んだ。四股名は出身地に因んで「山泉」と名乗った。当初は苦戦して出世まで時間が掛かったが、両國國技館(初代)のこけら落としとなった1909年6月場所で新入幕を果たし、この場所で7勝2敗1預の好成績を収めると、1910年1月場所では梅ヶ谷藤太郎(2代)を破って金星を獲得するなど、上位に通用するまでに力を付けた。
12代 工藤 八之助(くどう はちのすけ、1871年3月23… 12代 工藤 八之助(くどう はちのすけ、1871年3月23日(明治4年2月3日)- 1928年(昭和3年)8月21日)は、明治から昭和初期の地主、政治家、実業家。貴族院多額納税者議員。幼名・松吉、旧名・郁之助。 出羽国村山郡米沢村(山形県西村山郡高松村を経て現寒河江市米沢)で、素封家・先代工藤八之助(五八)の長男として生まれる。格知学舎で国史、国文、漢学などを学んだ。1900年(明治33年)家督を相続し12代八之助を襲名した。 1900年以降、高松村会議員、村山郡会議員、同議長、村山郡農会長、高松村長、山形県会議員、同参事会員などを務めた。 実業界では、羽前製糸社長、庄内電気社長などを務めた。