松本 卓也(まつもと たくや、1996年5月4日 - )は、… 松本 卓也(まつもと たくや、1996年5月4日 - )は、元アナウンサー。 広島県大竹市出身。身長178cm。血液型はA型。 東洋大学法学部企業法学科卒業後、2019年4月に青森放送に入社した。 大学在学中の2018年には、Mr. TOYO Contest 2018にて準グランプリを獲得している。 2018年5月5日に放送された日本テレビ『マツコ会議』にて、アナウンサーを目指す就活生として出演。その後同年9月8日放送の「強烈美女のその後SP」にて青森放送から内定をもらったことを報告し、実際に青森放送へ出向き、研修という名のドッキリを仕掛けられた模様が放送された。 2022年7月31日付で青森放送を退職すること及び、アナウンサーも引退して同年8月より東京都内の一般企業会社員として再出発することを明らかにした。
緋真 煉(ひさな ねる、1991年12月2日 - )は、広島… 緋真 煉(ひさな ねる、1991年12月2日 - )は、広島県大竹市出身の日本の女性モデル、女優、カメラマン、元イラストレーター、元漫画家アシスタント。 2014年にLyu:Lyu(のちのCIVILIAN)のドラムイラストを担当した。 書籍の表紙モデルとして、中村文則作「その先の道に消える」(緊縛:Hajime Kinoko)を、湊かなえ作「カケラ」を担当した。PAKUTASOではフリー素材モデルを務める。
赤谷 奈緒子(あかたに なおこ、1990年11月14日 - … 赤谷 奈緒子(あかたに なおこ、1990年11月14日 - )は、日本の女性ファッションモデル。TENCARAT Plume所属。 広島県大竹市で3兄妹の末っ子(姉と兄がいる)として生まれる。 2004年、女子中高生向けファッション雑誌『Seventeen』のオーディションで「ミスセブンティーン2004」に選ばれ、同年から同誌専属モデルとして活動した。ちなみに「ミスセブンティーン2003」のオーディションでも、最終選考まで残っていたがこのときは落選している。 2010年3月発売の『Seventeen』4月号で同誌を卒業。同年4月より雑誌『non-no』の専属モデルとして活動した。 2014年12月31日をもって10年間所属したフロスツゥーを辞めて、2015年からテンカラットに所属する。
ゴッホ向井ブルー(ゴッホむかいブルー、1990年2月22日 … ゴッホ向井ブルー(ゴッホむかいブルー、1990年2月22日 - )は、松竹芸能に所属する日本のピン芸人。
正木 聖賢(まさき せいけん、1974年11月19日 - )… 正木 聖賢(まさき せいけん、1974年11月19日 - )は、広島県大竹市出身の競艇選手、書家。登録番号3920。 高校時代に親戚に連れられた宮島競艇場で、市川哲也の走りに衝撃を受け競艇選手を志す。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
二階堂 和美(にかいどう かずみ、1974年2月14日 - … 二階堂 和美(にかいどう かずみ、1974年2月14日 - )は、日本のシンガーソングライター。広島県大竹市出身。 父は僧侶、母は教師。自身も浄土真宗本願寺派僧侶の資格を持つ。広島井口高校~山口大学大学院美術教育修了。 1998年から2004年まで東京を拠点に活動したが帰郷し、現在は広島県大竹市に在住している。 テニスコーツのさやとのユニット、にかさや(ex.にかスープ&さやソース)としても活動。1999年、初のアルバム『にかたま』発表。 2006年、アンジェリーナ・ジョリー出演の資生堂「インテグレイト」のCMソング、2007年、日産・マーチCMソング「ハミング・スイッチ」を担当した。 2012年、NHK『おかあさんといっしょ』に「ショキ ショキ チョン」を提供。
山元 真由美(やまもと まゆみ、1969年7月23日 - )… 山元 真由美(やまもと まゆみ、1969年7月23日 - )は、日本の元女子プロレスラー。身長165cm、体重63kg、血液型O型。広島県大竹市出身。 この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJプロレスラー)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
一柳 信行(いちりゅう のぶゆき、1967年5月31日 - … 一柳 信行(いちりゅう のぶゆき、1967年5月31日 - )は、中国放送(RCC)のアナウンサー。広島県大竹市出身。 広島県立廿日市高等学校、福岡大学法学部法律学科卒業後、1990年に入社。 スポーツアナウンサーとしてプロ野球(広島東洋カープ)や陸上競技などの実況中継、レポーターなどを担当している。
岩田 忠久(いわた ただひさ、1966年2月10日 - )は… 岩田 忠久(いわた ただひさ、1966年2月10日 - )は、日本の高分子材料学者。東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は、高分子材料学・生分解性プラスチック・高分子構造学。 バイオマスから生産され、環境中で生分解する「生分解性バイオマスプラスチック」の開発に精力的に取り組んでいる。 多糖類や植物油などを出発原料として、微生物発酵や化学合成の手法を用いて環境にやさしいプラスチックを生産する合成技術の開発に加え、高性能フィルムや高強度繊維、耐衝撃性や耐熱性に優れた部材への成形加工技術の開発、X線や大型放射光を用いた成形体の構造解析、分解酵素によるプラスチック分解機構の解明、山・川・海・深海環境下での実環境生分解試験、河川水や海水を用いた実験室内生分解性試験(BOD試験)を行い、合成から分解まであらゆる観点からの研究に取り組んでいる。
中丸 啓(なかまる ひろむ、1963年(昭和38年)11月1… 中丸 啓(なかまる ひろむ、1963年(昭和38年)11月17日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。著書などで中丸 ひろむの表記も使っている。 広島県大竹市生まれ。広島市立五日市観音小学校、広島市立五日市中学校を経て、広島県立廿日市高等学校卒業。その後、メディア夢工房(テレビ新広島グループ)などに勤務。 2011年、たちあがれ日本に入党。2012年の第46回衆議院議員総選挙で広島3区に日本維新の会から立候補。自由民主党現職の河井克行に大差で敗れるも比例中国ブロックで復活し初当選。衆議院安全保障委員会理事、党広報委員会副委員長、党広島県総支部代表などを務めた。 2014年6月5日、日本維新の会の分党決定に伴い山田宏を座長とする新党準備会に参加。
棚田 徹(たなだ とおる、1961年11月7日 - )は、フ… 棚田 徹(たなだ とおる、1961年11月7日 - )は、フリーアナウンサー。元テレビ新広島(TSS)のアナウンサー。広島県大竹市出身。 広島県立広島観音高等学校(観音31期)を経て、広島大学を卒業し、1984年にテレビ新広島へ入社、主にニュースなど報道番組を担当。2022年4月現在、朝の生活情報番組『ひろしま満点ママ!!』のキャスターを務める。「棚ちゃん」の愛称で親しまれている。TSSアナウンス部長を務めていたが、2022年3月に定年退職でTSSを退社し、4月からフリーアナウンサーとなった。また、2017年頃、子会社・TSSプロダクションの非常勤取締役も務めていた。 アクターズスクール広島・広島校で講師を務め、定年退職後も継続している。
長谷川 純一(はせがわ じゅんいち、1961年1月 - )は… 長谷川 純一(はせがわ じゅんいち、1961年1月 - )は、日本の実業家。Amazon.com社が日本でAmazon.co.jpをオープンした当時のアマゾンジャパン社長。日本オラクル執行役員。広島県大竹市出身。 1983年、東京工業大学工学部制御工学科卒。ニチメン(現・双日)入社。1985年、人工知能やコンピュータグラフィックス(CG)開発で知られるアメリカ・シンボリックス社の日本シンボリックスに出向し立ち上げに関与。 1987年、国際電気通信基盤技術研究所を経て、1991年マサチューセッツ工科大学(経営学)修士課程修了(MBA)。その後ニチメンデータシステム(現・テクマトリックス)を経て、1996年、ERPパッケージ(統合業務パッケージ)ベンダー、ピープルソフトジャパン(現・日本ピープルソフト)を共同で設立。
大井 成元(おおい なりもと、1960年3月20日 - )は… 大井 成元(おおい なりもと、1960年3月20日 - )は、広島県大竹市出身の元サッカー選手(MF)・監督。 5歳上の兄・一成の影響で小学5年からサッカーを始め、中学卒業後の1975年に県立広島工高へ入学。兄の薦めもあり、当時広島で一番の強豪校で憧れの県工サッカー部で、松田輝幸監督から指導を受けてサッカーが上達したいという思いから入学したが、練習の厳しさは想像を絶していた。春に70名程いた新入部員が、夏には30名に減っていったほどで、大井もその厳しい練習に何とか付いて行く。2学年上の金田喜稔や1学年上の木村和司ら一流選手のプレーを手本にできたことで、徐々に上達していった。3年次の1977年には猿沢茂、沖野隆幸、中本邦治、沖宗敏彦、木村ら強力メンバーが揃って社会人や大学生を含んだ全広島大会で優勝し、県内ではJSLの東洋工業を除いて敵なしの力を誇った。
高元 勝彦(たかもと かつひこ、1958年5月4日 - )は… 高元 勝彦(たかもと かつひこ、1958年5月4日 - )は、広島県大竹市出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。 廿日市高校から1976年プロ野球ドラフト会議で中日ドラゴンズから5位指名され入団。1軍での登板は1年目の1試合だけとなり1980年に現役引退。 現役引退後は、妻の地元である山口県岩国市に移住し、公務員に転身した。
遊川 和彦(ゆかわ かずひこ、1955年10月24日 - )… 遊川 和彦(ゆかわ かずひこ、1955年10月24日 - )は、日本のテレビドラマの脚本家。東京都出身。広島県大竹市育ち。修道高等学校、広島大学政経学部卒業。 既婚。
鈴賀 レニ(すずか レニ、1952年2月19日 - )は、日… 鈴賀 レニ(すずか レニ、1952年2月19日 - )は、日本の漫画家。本名は村中 志津枝(むらなか しずえ)。広島県大竹市出身。鈴賀 れにと表記する場合もある。 幼少のころは近所友達と虫取り、チャンバラごっこをしていた。その頃に漫画にはまり小学生、中学生時代から漫画雑誌をよく読むようになった。高校時代の雑誌への漫画投稿を経て、1972年に講談社の『なかよし増刊』に『ダイアナの湖』でデビュー。1年後に上京した。1980年代には小学館の学年誌などで作品を発表していた。中国語が好きで北京に留学もして1993年に日本語教師として香港に行った。1994年から2001年にかけて香港漫画出版社に勤務した。代表作は『ミキとアキ』。
日域 究(じついき きわむ、1952年 - )は、日本の政治… 日域 究(じついき きわむ、1952年 - )は、日本の政治家。広島県大竹市議会議員(5期)。 広島県大竹市出身、東洋大学卒業。学校法人大竹学園理事長、大竹中央幼稚園園長。2003年(平成15年)大竹市議会議員に初当選、以降5期連続当選。 2014年(平成26年)と2018年(平成30年)に、透明性のある市政運営を掲げて、大竹市長選挙に出馬するも、現職の入山欣郎に敗れる。 大竹市が大願寺山に造成した市有地を、鑑定評価額の半額以下で売却したのは違法として、日域をはじめとする住民らが、市長の入山欣郎に対して3億6,300万円の損害賠償を求める住民訴訟が起こした。広島地方裁判所の1審判決では原告が訴えを退けられ、住民側が判決を不服として控訴した。
國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月1… 國廣(国広) 敏文(くにひろ としふみ 、1950年11月19日 - )は、日本の政治学者。専門は、政治学、政治社会学、比較政治、フランス現代政治。立命館大学名誉教授。 広島県大竹市生まれ。1969年3月、私立崇徳高等学校卒業。1975年3月、明治大学政治経済学部政治学科卒業。その後、同大学院政治経済学研究科政治学専攻修士課程修了、同専攻博士課程単位取得退学。明治大学では田口富久治教授(名古屋大学名誉教授)に師事。1990年4月より立命館大学産業社会学部助教授、1998年に教授、2016年3月定年退職。続いて2021年3月まで特別任用教授。
所 賢一(ところ けんいち、1949年3月15日 - )は、… 所 賢一(ところ けんいち、1949年3月15日 - )は、日本の元競泳選手。競泳指導者。広島県大竹市出身。 1949年に広島県に生まれる。広島県立大竹高等学校に進学。第20回国民体育大会に出場。広島県高等学校選手権に出場し、400m、1500m自由形優勝。中国高等学校選手権に出場し、400mリレー4位。第21回国民体育大会に出場。 中央大学に進学。日本選手権水泳競技大会に出場し400m自由形5位。中央大学水泳部主将になる。日本学生選手権水泳競技大会に出場し、400m自由形2位、1500m自由形3位。 和歌山県立伊都高等学校教師になる。第26回国民体育大会に出場し400m自由形教員部優勝(大会新記録)。
田中 俊雄(たなか としお、1948年7月28日 - )は、… 田中 俊雄(たなか としお、1948年7月28日 - )は、中国放送(RCC)の元アナウンサー、フリーパーソナリティ。広島県大竹市出身。 日本大学芸術学部放送学科を卒業後、1971年RCCに入社。血液型はO型、星座はしし座。今までにレコードを三枚出しており、「大竹ひとり」「今が青春」はともに6,000枚以上の売上を記録した。「歌えるアナウンサー」というキャッチフレーズを持っている。2008年9月30日にRCCを定年退職したが、担当中の番組には引き続き出演していた。2008年10月1日から2012年9月30日まではRCC契約アナウンサー、2012年10月1日からはフリーパーソナリティ。2018年3月24日の放送をもって全てのRCCの番組から卒業した。
入山 欣郎(いりやま よしろう、1946年〈昭和21年〉9月… 入山 欣郎(いりやま よしろう、1946年〈昭和21年〉9月15日 - )は、日本の地方政治家。広島県大竹市長(5期)。2024年9月市議会定例会で今季限りでの退任の表明した。 広島県大竹市出身。1969年(昭和44年)3月、早稲田大学理工学部卒業。同年4月、三菱商事に就職。1970年(昭和45年)、実家の泉産業株式会社に転職。 2006年(平成18年)6月25日に行われた大竹市長選挙に自民党・民主党・公明党・国民新党の推薦を受けて立候補。現職の中川洋、神尾徹生元市長の二男の神尾光輝らを破り初当選した。 2018年(平成30年)、元市議の日域究を破り4選。2021年(令和3年)12月に5期目を目指し出馬を表明。
轟 謙二(とどろき けんじ、1932年11月21日 - )は… 轟 謙二(とどろき けんじ、1932年11月21日 - )は、日本の俳優。本名は佐戸正男、現芸名は轟謙司。 広島県大竹市出身。広島県立大竹高校から広島大学に進むが中退。 1952年、市川右太衛門に弟子入りし、轟謙二の芸名をもらう。同年、東映京都に入り、1954年の『旗本退屈男 謎の百萬両』でデビュー。その後、多数の時代劇に端役で出演。 1957年には東映東京に移り、『月光仮面 魔人(サタン)の爪』(1958年)を皮切りに、現代劇映画に多数出演した。テレビドラマは、1959年の『七色仮面』第二部(毎日放送)に初出演。1961年11月にスタートした『特別機動捜査隊』(NET)では桃井刑事役で11年間レギュラーを務め、これをきっかけにテレビドラマに専念するようになった。
児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10… 児玉 辰春(こだま たつはる、1928年 - 2019年10月14日)は、日本の児童文学作家。 戦争を語り継ぐ絵本『まっ黒なおべんとう』の著者として知られる。 広島県大竹市出身。山口県立岩国工業高等学校、神奈川大学工学部卒業。 1954年より中学校の教師として勤務した。その頃から、子供たちへの平和活動を始める。1988年、広島市立三和中学校を最後に退職し、創作活動を開始した。 1990年に「よっちゃんのビー玉」が日本子どもの本研究会選定図書、1992年に「伸ちゃんのさんりんしゃ」日本図書館協会選定図書と全国学校図書館協議会「夏休みの本」に選ばれた。 2001年、戦争の悲惨さを語り継ぐ「新世紀に戦争を語り継ぐ会」を創設した。
石本 美由起(いしもと みゆき、男性、1924年〈大正13年… 石本 美由起(いしもと みゆき、男性、1924年〈大正13年〉2月3日 - 2009年〈平成21年〉5月27日)は、日本の作詞家。本名は美幸。 荒廃した戦後の日本に希望に満ちた歌詞で永遠に歌い継がれる名曲を生んだ、昭和の歌謡界を代表する作詞家の一人である。広島県大竹市立戸出身。 幼少から喘息を患い、家に閉じこもるような生活を送る。生家は宮島や江田島など瀬戸内海を見渡せる風光明媚な場所に建ち、幾分救われる。そばにある文学は全て読んだが、なかでも北原白秋やゲーテを読みふけった。1944年、海軍大竹海兵団に入隊するが、すぐ体調を崩して岩国海軍病院に入院。慰問に来た東海林太郎の歌声に戦争に傷ついた兵士たちが瞳を輝かせるのを見て歌の魅力を知った。
山西 義政(やまにし よしまさ、1922年(大正11年)9月… 山西 義政(やまにし よしまさ、1922年(大正11年)9月1日 - 2020年(令和2年)4月1日)は、日本の実業家。イズミ創業者。 生まれは広島県佐伯郡玖波村(現大竹市玖波町)、のちに広島市宇品(現南区)へ移り住む。最終学歴は宇品尋常高等小学校(広島市立宇品小学校)卒業。 貧しい家庭に育ち、父親は呑んだくれで母親は病弱、それに妹と4人で暮らしていた。その他にも兄弟はいたが、養子や親戚に出されていた。尋常高等小時代の11歳か12歳ぐらいから働き始め、新聞配達とシジミやハマグリの行商で家計を支えた。自分が稼いだ金で二重焼き(今川焼きの広島での通名)を2つ買って食べることが最高の贅沢だった。 父親が亡くなったこともあり、尋常高等小卒業後は進学せず、昼は軍需工業、夜は荷物運びと働き続けた。
大熊 宗清(おおくま むねきよ、1920年1月15日 - 1… 大熊 宗清(おおくま むねきよ、1920年1月15日 - 1991年2月11日)は、広島県大竹市元町出身で熊ヶ谷部屋に所属した大相撲力士。本名は和田 宗清(わだ むねきよ)。現役時代の体格は182cm、100kg。最高位は西前頭6枚目(1947年11月場所)。 実家は農家で、地元に住んでいた大相撲の世話人に勧められて、16歳の時に熊ヶ谷部屋へ入門。1937年1月場所で、初土俵を踏んだ。 幕下時代は、神風正一や輝昇勝彦とともに「幕下三羽烏」と呼ばれた。番付に初めて付いて以来1度も負け越しなしで、1941年1月場所にて十両に昇進した。 この地位でも勝ち越しを続け、1942年5月場所にて、22歳で新入幕を果たした。
正木 智海(まさき ちかい、1917年(大正6年)9月30日… 正木 智海(まさき ちかい、1917年(大正6年)9月30日 - 1991年12月8日)は、日本の洋画家。広島県大竹市生まれ(実家:智海山西念寺)。 福岡県八幡中学校卒業、広島県宮島駅に勤務しながら、野口弥太郎に師事を仰ぐ。 1934年、第2回西日本美術展に最年少17歳(当時)で入選。 1937年、広島県美術展入選。 1938年6月4日、中支派遣井上剛部隊として渡支。その後、華中鉄道会社営業課宣伝に勤務。 この時期、彫刻家石井鶴三、日本画家小杉放庵、田中青坪の知遇を得ると同時に、1936年以来に独立美術展への出品を続ける。 1940年、第11回独立美術展に西日本地区としては最年少(当時)で入選を果たす。
正木 亮(まさき あきら、1892年3月25日 - 1971… 正木 亮(まさき あきら、1892年3月25日 - 1971年8月22日)は、昭和期(戦前〜戦後)の監獄学・刑事政策の実践的法学者。戦後は死刑廃止の提唱者として日本における死刑廃止運動の中心的役割を担った。 広島県佐伯郡玖波村(現・大竹市玖波)出身。旧制三次中学校(のち三次高等学校)から第二高等学校を経て1918年、東京帝国大学法科大学法律学科(ドイツ法)卒。 大学在学中から牧野英一の教育刑論やトルストイの影響を受け、監獄の改善に強い関心を持つ。1916年(大正5年)1月1日、巣鴨監獄を参観。音羽の護国寺から田圃や雑木林を通り、はるか彼方に見える高い壁のそこに至るまでには一軒の農家さえなかったという。
田端 八十吉(たばた やそきち、1885年(明治18年)3月… 田端 八十吉(たばた やそきち、1885年(明治18年)3月17日 - 1968年(昭和43年)8月20日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。 広島県佐伯郡玖波村(玖波町を経て現大竹市玖波)で生まれた。陸軍士官学校第17期卒業。1922年(大正11年)8月15日に陸軍歩兵少佐、1926年(大正15年)8月6日に陸軍歩兵中佐に進級し、1930年(昭和5年)に歩兵第70連隊附となり、神戸商業大学兼神戸商業大学附属商学専門部服務となった。1932年(昭和7年)に陸軍歩兵大佐に進級し、第4師団司令部附となる。1933年(昭和8年)3月18日に東京陸軍幼年学校附を経て、8月1日に東京陸軍幼年学校訓育部長に就任した。
正木 義太(まさき よしもと、1871年12月7日(明治4年… 正木 義太(まさき よしもと、1871年12月7日(明治4年10月25日) - 1934年(昭和9年)10月29日)は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。 広島県佐伯郡玖波村(現・大竹市玖波)の豪農正木富次と長谷川シモの次男として生まれる。正木家は伊予松前城発祥の家系で、関ヶ原の戦い後福島正則の家臣となったが、改易されたため帰農した。父の富次は、同町の正則後裔という福島家から正木庄蔵の養子となっている。 (明治27年)11月、海軍兵学校(21期)を卒業し、少尉候補生として「大和」に乗り組み日清戦争に出征。1895年(明治28年)12月に海軍少尉に任官し佐世保鎮守府海兵団分隊士となる。 1899年(明治32年)9月、「比叡」分隊長兼航海長(豪州回航)となり、「鳥海」分隊長、同航海長、呉水雷団第2水雷艇隊艇長、「橋立」分隊長、艦政本部副官などを歴任。
二階堂 三郎左衛門(にかいどう さぶろうざえもん、1867年… 二階堂 三郎左衛門(にかいどう さぶろうざえもん、1867年1月28日(慶応2年12月23日) - 1944年(昭和19年)4月16日)は、明治から大正時代の政治家、実業家、銀行家。貴族院多額納税者議員。前名は熊七郎。 安芸広島藩領佐伯郡大竹村(現・大竹市)出身。望戸清四郎の長男として生まれ、先代二階堂三郎左衛門寿光の養嗣子となり、襲名する。1890年(明治23年)25歳にして大竹郵便局長となる。ついで大竹町油見村組合会議員、大竹貯蓄銀行頭取、芸防抄紙社長、広島県農工銀行、日本紙業各取締役などを経て、広島県多額納税者として補欠選挙で貴族院議員に互選され、1918年(大正7年)5月3日から1925年(大正14年)9月28日まで務めた。
水穂 しゅうし(みずほ しゅうし、本名:石本 瑞穂)は、日本… 水穂 しゅうし(みずほ しゅうし、本名:石本 瑞穂)は、日本の漫画家。広島県大竹市出身。血液型はO型。 ペンネームは、「水穂」は本名から、「しゅうし」はいろいろな所に行きたいという意味の「周士」からつけた。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。