茂木 仙子(もぎ のりこ、1978年12月8日 -)は、茨城… 茂木 仙子(もぎ のりこ、1978年12月8日 -)は、茨城県北相馬郡出身の日本の元柔道選手。現役時代は57kg級の選手。身長159cm。得意技は内股、大内刈。2025年3月までは夫である富士学苑高等学校柔道部監督の矢嵜雄大(2002 釜山アジア大会90キロ級で優勝)と共に富士学苑高等学校柔道部外部コーチとして指導していた。 柔道は小学校2年生の時に始めた。しかし、八千代松陰高校時代まで際立った活躍は見られなかった。1997年に住友海上へ入社すると力を付け始め、1998年の実業個人選手権57kg級で優勝を飾った。2000年には全国女子体重別で2位になると、福岡国際では福岡県警の日下部基栄に敗れるが2位となった。
古根川 実(こねがわ みのる、1978年11月11日 -)は… 古根川 実(こねがわ みのる、1978年11月11日 -)は奈良県出身の日本の柔道家。現役時代は60kg級の選手。身長161cm。2015年現在は大阪府警に所属している。また、全日本男子代表コーチも務めている。
大村 昌弘(おおむら まさひろ、1978年11月5日 - )… 大村 昌弘(おおむら まさひろ、1978年11月5日 - )は、埼玉県出身の日本の柔道選手である。階級は100kg超級。身長182cm。 小学校1年の時に体が大きかったことから、近所の道場で柔道を始めた。秩父第一中学から沼津学園高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権の無差別で3位になった。1997年には中央大学へ進学して元中量級世界チャンピオンである津沢寿志の指導を受けることになった。2年と3年の時に優勝大会では3位に入った。4年の時にはチームの主将に選ばれた。優勝大会では決勝で明治大学と対戦すると相手エースの棟田康幸に警告で敗れるも、チームは5-1で勝利して実に24年ぶりの優勝を勝ち取ることになった。
斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )… 斉藤 紀江(さいとう のりえ、1978年10月24日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家及びレスリング選手。身長172cm。柔道時代は70kg級と72kg級の選手。レスリング時代は67kg級と72kg級の選手。 柔道の他にレスリングにも取り組むと、土浦日大高校2年の時には全日本選手権の70kg級に出場して、決勝で浜口京子にフォール勝ちを収めて優勝を飾った。柔道では高校選手権72kg級の3回戦で九州学院高校2年の松崎みずほに敗れた。3年の時には金鷲旗の準決勝で福岡工大附属高校と対戦すると、延長戦で61kg級の日下部基栄に技ありで敗れて3位にとどまった。インターハイ団体戦では決勝で一本勝ちするなど、高校生でアトランタオリンピック66kg級代表に選ばれた同級生の一見理沙とともに活躍してチームの優勝に貢献した。
筒井 宏樹(つつい ひろき、1978年10月23日 - )は… 筒井 宏樹(つつい ひろき、1978年10月23日 - )は三重県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は189cm。 稲生高校から天理大学へ進学すると、3年の時には優勝大会と体重別団体で3位になった。4年の時には優勝大会と体重別団体及び正力杯90kg級でそれぞれ3位になった。オーストリア国際では2位だった 2001年には平成管財の所属となると、2002年の日本国際柔道大会では5位だったが、講道館杯では決勝で明治大学2年の泉浩を破って優勝を飾った。その後階級を100kg級に上げると、2003年の実業個人選手権では決勝で日本道路公団の深川幸太郎を破って優勝した。2005年には実業個人選手権の決勝で綜合警備保障の近野貞治を破って2年ぶり2度目の優勝を果たした。
日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )… 日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )は、福岡県福岡市出身の日本の元柔道選手。現役時代は福岡県警察所属で大外刈などのパワフルな技を得意とし、シドニー五輪(柔道女子57 kg級)の銅メダルを獲得。のちに福岡大学女子柔道部の監督を務める。身長160 cm。 日下部の父親は機動隊に所属する警察官で、子供の頃にネフローゼ症候群で幼稚園も殆ど行けず入退院を繰り返していた。小学校1年生の時に兄の通う東福岡柔道教室を見学し、そこで3歳年上の小さな女子が男子を引きずり回して圧倒するのに感動し、日下部も自ら柔道を始める。なお、この少女は後に世界選手権を6連覇する田村亮子であった。日下部は柔道を始めて半年後には初めて出た大会でいきなり優勝。
大石 いづみ(おおいし いづみ、1978年9月27日 -)は… 大石 いづみ(おおいし いづみ、1978年9月27日 -)は愛知県大府市出身の日本の柔道家。52kg級及び57kg級の選手。現役時代の身長は158cm。 バルセロナオリンピック78kg級金メダリストの吉田秀彦や63kg級でオリンピック2連覇の谷本歩実を輩出したことで知られる大石道場の指導者である大石康の次女。姉の大石愛子は広島アジア大会の66kg級で優勝している。兄の大石公平は大成高校女子柔道部の監督を務める。 大府北中学3年の時には全国中学校柔道大会の52kg級決勝で松葉中学3年の小坂知己を破って優勝した。1994年には福岡県の柳川高校へ進んだ。2年先輩には後のアテネオリンピック78kg級金メダリストの阿武教子がいた。
森島 直美(もりしま なおみ、1978年9月26日 - )は… 森島 直美(もりしま なおみ、1978年9月26日 - )は京都府出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長174cm。 桂中学から京都学園高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権72kg級で2位となった。2年の時も決勝まで進むが、小杉高校の田上貴子から大内刈で技ありを先取しながら、勢いあまって田上の下になってしまったために崩袈裟固で抑え込まれて逆転負けを喫した。3年の時には世界ジュニア代表選考会で優勝するが、世界ジュニアでは初戦で敗れた。1997年に埼玉大学に進学すると、1年の時にハンガリー国際の78kg級で優勝した。2年の時には優勝大会では4年生の天尾美貴や1年生の古賀幸恵とともに活躍して、決勝では筑波大学との国立大学同士の対戦を制して、国公立大学では初となる今大会での優勝を勝ち取った。
庄司 武男(しょうじ たけお、1978年9月12日 - )は… 庄司 武男(しょうじ たけお、1978年9月12日 - )は、神奈川県藤沢市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg級の選手。身長177cm。組み手は右組み。得意技は大内刈。 柔道は4歳の時に水心塾で始めた。御所見中学時代は柔道部がなかったのでバスケットボール部に所属していた。埼玉栄高校に進むと、インターハイ軽重量級で5位になった。日本大学へ進むと、1年生の時には優勝大会で優勝を飾った。しかし、2年生からは3年連続で5位にとどまった。その後、神奈川県警察の所属となると、2002年には講道館杯100kg級で優勝を飾った。2003年の嘉納杯では3位だった。アジア選手権では2年連続3位だった。2005年の講道館杯では決勝で国士舘大学1年で後に北京オリンピック金メダリストとなる石井慧に合技で敗れた。
森 大助(もり だいすけ、1978年8月23日 -)は北海道… 森 大助(もり だいすけ、1978年8月23日 -)は北海道旭川市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長187cm。体重110kg。得意技は小外刈。 柔道は8歳の時に始めた。北都中学から旭川大高校に進むと、3年の時にインターハイ軽重量級と全日本ジュニアの95kg級でそれぞれ3位となった。1997年に天理大学へ進学すると、全日本学生柔道優勝大会では1年生から4年連続で3位、学生体重別団体では3年生から2年連続3位になるなど団体戦では一定の活躍を示したが、個人戦では際立った活躍が見られなかった。2001年には北海道警察所属となり、全国警察柔道選手権大会100kg級で優勝した。2003年の全日本選手権では準決勝で世界チャンピオンである綜合警備保障の井上康生と対戦すると、先に谷落で技ありと小外刈で有効を取るなど大きくリードする健闘を見せたが、その後背負投で逆転負けを喫したものの、3位入賞を果たした。
生田 秀和(しょうだ ひでかず、1978年8月15日 - )… 生田 秀和(しょうだ ひでかず、1978年8月15日 - )は、神奈川県出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長185cm。体重120kg。組み手は右組み。段位は六段。現在は綜合警備保障でコーチを務めている。また、2016年からは全日本の男子ジュニアコーチにも就任した。 小学校5年の時に床屋へ行ったら、神奈川県警に務める人物に体の大きさを見込まれて朝飛道場を紹介されたことがきっかけで柔道を始めた。栗田谷中学3年の時には全国中学校柔道大会78kg超級に出場すると決勝までオール一本勝ちの圧勝で勝ち進み、決勝では大宮中学の井上康生とのそれぞれ10年に1人の逸材と高く評価されていた超中学級同士による争いとなったものの、上四方固で敗れて2位に終わった。
中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は… 中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。 大島中学3年の時に全国中学校柔道大会52kg級に出場するが、決勝トーナメント1回戦で敗れた。土浦日大高校2年の時に全国高校選手権の52kg級決勝で夙川学院高校2年の長谷川円に敗れるも2位になった。3年の時には世界ジュニア代表選考会で長谷川を破って優勝した。続く世界ジュニアでは寝技を中心に決勝まで勝ち上がると、ベルギーの選手との対戦では効果と有効を先取されるものの終盤に一本背負い投げで技ありを取って逆転勝ちでの優勝を飾った。なお、インターハイ団体戦には出場しなかったが、高校生ながらアトランタオリンピックに出場した中谷の同級生の一見理沙などの活躍によりチームも優勝した。
五味川 みどり(ごみかわ みどり、1978年8月5日 -)は… 五味川 みどり(ごみかわ みどり、1978年8月5日 -)は、日本の柔道家。福岡県出身。現役時代の階級は52kg級。身長は155cm。得意技は体落。 甘木中学1年の時に初開催となった全国中学校柔道大会の56kg級で決勝まで進むが、明光中学3年の柳田恭子に敗れて2位だった。2年の時には52kg級に出場して3位となった。1994年には柳川高校へ進んだ。2年先輩には後のアテネオリンピック78kg級金メダリストの阿武教子がいた。1年の時には高校選手権52kg級の3回戦で敗れた。2年の時には金鷲旗で同級生の大石いづみや南千草などとともに活躍してチームの大会6連覇に貢献した。高校選手権では2回戦で敗れた。 1997年には純真女子短大へ進学した。
野瀬 英豪(のせ えいごう、1978年7月7日 -)は埼玉県… 野瀬 英豪(のせ えいごう、1978年7月7日 -)は埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の日本の柔道家。現役時代は81kg級の選手。身長は177cm。得意技は内股、腕挫十字固。 父親はロサンゼルスオリンピック86kg級銅メダリストである野瀬清喜。大久保中学から桐蔭学園高校へ進んだ。 2年の時にハワイでの合宿に参加した際に、ロサンゼルスオリンピック78kg級銀メダリストであるイギリスのニール・アダムスに十字固を伝授された。それまでは寝技を一切やってこなかったが、十字固を身に付けたことで技の幅が広がったという。 3年の時には井上康生率いる東海大相模高校を神奈川県予選で破ると、インターハイでも決勝で国士舘高校を破って優勝を果たした。
北田佳世(きただ かよ、1978年7月7日 - )は、和歌山… 北田佳世(きただ かよ、1978年7月7日 - )は、和歌山県出身の元女子柔道選手(階級は48キロ級)。和歌山県立田辺高等学校→日本体育大学卒、ミキハウス柔道部所属(2001年入社)。2006年4月23日、現役引退を発表。修徳高等学校教諭を経て結婚・出産をし、現在は結婚相手である一般男性が主催している町道場で指導者をしている。婚姻後の氏名は宮田佳世。身長150cm。得意技は背負投。令和2年度 生涯スポーツ功労者賞受賞 2004年と2005年のフランス国際大会の48kg級を連覇している。 アテネオリンピック48キロ級銀メダリストでフランスのフレデリク・ジョシネに対戦成績で3勝1敗と勝ち越すなど、実力的にオリンピックと世界選手権で金メダルを狙える選手であったが、同階級に谷亮子がいるためにオリンピックと世界選手権のいずれも出場できなかった。
内柴 正人(うちしば まさと、1978年6月17日 - )は… 内柴 正人(うちしば まさと、1978年6月17日 - )は、日本の柔道家、格闘家、柔術家。アテネオリンピック・北京オリンピック柔道男子66kg級金メダリスト。九州看護福祉大学元女子柔道部コーチ、同大学元客員教授、元キルギス柔道連盟総監督。 熊本県菊池郡合志町(現・合志市)出身、同県八代市在住。9歳で柔道を始める。そのきっかけは「兄に喧嘩で勝つ為」だった。得意技は巴投。尊敬する選手は柔道家の野村忠宏。身長157cm、体重66kg。血液型はB型。 国士舘高等学校を経て国士舘大学体育学部卒業後、旭化成に入社した。2004年に開催されたアテネオリンピックや、2008年に開催された北京オリンピックでは、それぞれ柔道男子66kg級にて金メダルを獲得した。
北川 勝広(きたがわ かつひろ、1978年5月18日 - )… 北川 勝広(きたがわ かつひろ、1978年5月18日 - )は広島県出身の日本の柔道家。66kg級の選手。身長は168cm。組み手は左組み。得意技は足技。 柔道は7歳の時に始めた。崇徳中学から崇徳高校へ進むと、2年の時に全日本ジュニア65kg級で2位になった。 1997年には東海大学へ進学すると、3年の時には新設された体重別団体の決勝で国士舘大学に敗れた。講道館杯66kg級の決勝では大学の5年先輩である横浜そごうの鳥居智男に敗れるも2位となった。4年の時には体重別と講道館杯で3位になった。正力杯では優勝を飾った。 2001年にはダイコロの所属となると、体重別では3位だったが講道館杯では決勝で綜合警備保障の小見川道浩を破って優勝を飾った。
井上 康生(いのうえ こうせい、1978年〈昭和53年〉5月… 井上 康生(いのうえ こうせい、1978年〈昭和53年〉5月15日 - )は、宮崎県宮崎市出身の日本の柔道家(七段)、柔道指導者。東海大学教授。 妻はタレントの東原亜希。 2000年(平成12年)のシドニーオリンピックで金メダルを獲得。2001年(平成13年)の全日本選手権では絶対的エースであった篠原信一を決勝で破り初優勝。その後、大会3連覇を果たす。 2004年(平成16年)のアテネオリンピックでは日本選手団の主将に選ばれた。周囲からはシドニー大会に次ぐ五輪二連覇を期待されたが、準々決勝でオランダのエルコ・ファンデルヘーストに背負投で一本負けを喫した。敗者復活戦に回るも、三回戦でアゼルバイジャンのモブルド・ミラリエフに大内刈を返されて一本負け。
一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨… 一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨城県ひたちなか市出身の日本の柔道家。階級は63 kg級と66 kg級。身長167 cm。得意技は大外刈。 柔道は大島中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会の56 kg超級で決勝まで進むも、夙川学院中学1年の薪谷翠に横四方固で敗れた。土浦日本大学高等学校に入学後、高校2年の時に全国女子体重別66 kg級で住友海上の木本奈美を判定で破って優勝したことにより、オリンピック代表候補として一躍脚光を浴びることになった。続く全国高等学校柔道選手権大会では決勝で旭川南高校2年の上野雅恵を腕挫十字固で破って優勝した。 3年の時には、選抜体重別の決勝で横浜そごうの松尾徳子を指導で破って優勝したことにより、高校生ながらアトランタオリンピック代表に選出された。
奈木 宏昌(なぎ ひろまさ、1977年12月13日 - )は… 奈木 宏昌(なぎ ひろまさ、1977年12月13日 - )は、兵庫県南あわじ市出身の日本の柔道家。柔道指導者。六段。身長186cm。血液型O型。組み手は右組み。得意技は大外刈、内股。 大学卒業後、兵庫県立津名高等学校、淡路市立津名中学校、そして母校である南あわじ市立南淡中学校を経て、令和4(2022)年度から、南あわじ市立沼島中学校の教員。 南淡中学校の監督として 第47回・50回全国中学校柔道大会男子団体3位(2016年・2019年) 第22回・24回マルちゃん杯近畿少年柔道大会 男子団体優勝(2017年・2019年) 第21回・23回マルちゃん杯近畿少年柔道大会 男子団体準優勝(2016年・2018年) マルちゃん杯全国少年柔道大会男子団体 5年連続出場(2015年〜2019年) (2020年~2021年コロナ禍により中止) 沼島中学校の監督として 全日本少年柔道大会男子団体5位(2022年) 第27回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体優勝(2022年) 第28回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体3位(2023年) 第29回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体準優勝(2024年) マルちゃん杯全国少年柔道大会男子団体 3年連続出場中(2022年〜 ) 嘉納治五郎杯ウラジオストク カデ国際柔道大会 日本代表監督、コーチを務める。
岡崎 綾子(おかざき あやこ、1977年11月30日 - )… 岡崎 綾子(おかざき あやこ、1977年11月30日 - )は、島根県益田市出身の女子柔道選手(五段)。元全日本女子B指定選手。得意技は内股。
廣川 充志(ひろかわ みつし、1977年11月20日 -)は… 廣川 充志(ひろかわ みつし、1977年11月20日 -)は、富山県高岡市出身の日本の柔道家。現役時代は81kg級及び90kg級の選手。身長は183cm。趣味はギターと将棋。現在は桐蔭横浜大学の講師で柔道部の監督。妻は桐蔭学園高校の女子柔道部監督の廣川真由美。 小杉南中学から桐蔭学園高校へ進むと、2年の時にインターハイの軽重量級で5位になった。一方で、団体戦では1つ年下の井上康生率いる東海大相模高校に後一歩のところで阻まれ続けて、インターハイ団体戦と高校選手権には出場することができなかった。 1996年には中央大学へ進むと、2年の時には全日本ジュニアの決勝で国士舘大学2年の斎藤制剛に敗れるも2位となった。
貝山 仁美(かいやま ひとみ、1977年10月27日 -)は… 貝山 仁美(かいやま ひとみ、1977年10月27日 -)は岩手県出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長163cm。得意技は内股。現在は三井住友海上のコーチを務めている。
小室 宏二(こむろ こうじ、1977年7月29日 - )は、… 小室 宏二(こむろ こうじ、1977年7月29日 - )は、日本の男性柔道家、ブラジリアン柔術家。東京都北区出身。身長163cm、体重70kg。RJJ(Real Japan Judo)所属、既婚。通称コムロック(komlock、5669とも)。 足立第三中、足立学園高等学校、筑波大学、同大学修士課程コーチ学専攻。講道館職員。2001年から2004年まで了徳寺学園に所属。2009年4月、講道館を退職し、東京都市大学付属中学校・高等学校の体育教諭を勤める。 袖車絞および自身の名前を冠したコムロックを得意技とする。 中井祐樹より柔術黒帯を授与されている。 2018年4月より早稲田実業学校(中・高等部)に勤務、同校柔道部監督に就任。
塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )… 塘内 将彦(ともうち まさひこ、1977年7月13日 - )は、日本の元柔道選手。階級は81kg級。福岡県大牟田市出身。大牟田高等学校、国士舘大学卒業。旭化成柔道部に所属していた。身長175 cm。大舞台にめっぽう弱く、オリンピック及び世界選手権で計4度も代表に選出されながら際立った成績を残していない。 1999年には体重別の初戦で敗れるが、嘉納杯、フランス国際などで優勝した実績が評価されて世界選手権代表に選ばれたものの、初戦で敗れた。 2004年4月には、体重別男子81kg級の準決勝で秋山成勲に優勢勝ち、決勝では瀧本誠に袖釣り込み腰で一本勝ちしてアテネオリンピック代表を掴むが初戦で敗れ、敗者復活戦でも初戦で敗れた。
飛塚 雅俊(とびつか まさとし、1977年6月25日 - )… 飛塚 雅俊(とびつか まさとし、1977年6月25日 - )は、90kg級の柔道家。身長184cm。得意技は大外刈、小外刈
水谷 有希(みずたに ゆき、1977年6月16日 - )は愛… 水谷 有希(みずたに ゆき、1977年6月16日 - )は愛知県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。現役時代は身長165cm。体重98kg。 八開中学2年と3年の時に全国中学校柔道大会56kg超級で5位になった。桜丘高校に進むと、2年の時に全国高校選手権72kg超級で優勝を飾った。1996年に拓殖大学へ進むと、1年の時に優勝大会で3位となった。2年の時には選抜体重別で決勝まで進むが、日体大4年の二宮美穂に敗れて2位だった。3年の時には正力杯で3位にとどまるも、無差別で争われる全日本学生選手権で優勝を飾った。さらには、世界学生の無差別でも優勝を成し遂げた。 (出典、JudoInside.com)
植田 裕子(うえだ ゆうこ、1977年6月16日 - )は、… 植田 裕子(うえだ ゆうこ、1977年6月16日 - )は、奈良県出身の日本の柔道家。57kg級と63kg級の選手。身長161cm。得意技は内股。 奈良教育大学附属中学から天理高校を経て、天理大学へ進学した。2年の時には選抜体重別61kg級の2回戦でアトランタオリンピック金メダリストである恵本裕子に合技で一本勝ちするなどして3位になった。3年の時には63kg級で3位となった。4年の時には正力杯で優勝を飾った。2000年にミキハウスの所属となると、全国女子体重別で3位に入った。2001年のオーストリア国際では2位だった。2002年には実業個人選手権の決勝で三井住友海上の徳久瞳を破って優勝した。全国女子体重別では3位となった。
各務 耕司(かかむ こうじ、1977年6月7日 - )は、日… 各務 耕司(かかむ こうじ、1977年6月7日 - )は、日本の柔道家、柔道指導者。現サウジアラビアオリンピック委員会柔道競技ヘッドコーチ。小学生時代に柔道を始め、中学、高校、大学を通じて数々の大会で活躍。その後、愛知県警察や全日本柔道連盟でのコーチとしても多くの功績を残している。特にジュニア選手の育成に尽力し、多数の選手を国際大会でのメダリストに導いた。 岐阜県瑞浪市出身。小学3年生のとき、腕の骨折をきっかけに柔道を勧められ瑞浪修徳館で柔道を始める。 小学6年生では、全国少年柔道大会(団体戦)で全国3位に入賞し、優秀選手賞を受賞。個人戦でもベスト8入りを果たす。 瑞浪中学校に進学。中学3年生時には、全中予選で岐阜県優勝、全国大会でベスト8、東海大会では2位となる。
斎藤 制剛(さいとう せいごう、1977年5月4日 - )は… 斎藤 制剛(さいとう せいごう、1977年5月4日 - )は、北海道札幌市出身の柔道家。1995年、第23回札幌市民スポーツ賞受賞者。 小学校、中学校、高校までは北海道代表として全国大会で活躍し、高校3年時には得意の内股、大内刈、寝技を武器にインターハイの中量級で優勝。北海高等学校卒業後は国士舘大学に進学し、国士舘大学が全国制覇した際には主将としてチームを牽引した。 大学卒業後は旭化成に籍を置き、個人戦で講道館杯を4連覇、全日本選抜体重別選手権で2連覇、全日本実業個人選手権で3連覇するなど同階級の第一人者として活躍した。 しかし、大学4年時と社会人1年目に相次いで両膝を故障(靱帯損傷)した影響により、それまでの正攻法の柔道から肩車・朽木倒・返し技などの変則柔道に偏重していった事や、同階級に飛塚雅俊、矢嵜雄大、泉浩といった強豪が揃っていたなど数々の不運もあり、オリンピックや世界選手権に個人代表として出場する事は無かった(2005年には全日本選抜体重別選手権で優勝するも、「外国人選手を相手に結果を残していない」という理由で同年の世界選手権代表には選ばれなかった)。
大塚 雅子(おおつか まさこ、1977年1月28日 -)は埼… 大塚 雅子(おおつか まさこ、1977年1月28日 -)は埼玉県出身の日本の柔道家。56kg級及び57kg級の選手。現役時代の身長は158cm。 柔道は6歳の時に2歳年上の麻子に続いて始めた。常盤中学3年の時に全国中学校柔道大会の56kg級で3位になった。埼玉栄高校へ進むと、1年の時には金鷲旗の準決勝で柳川高校の阿武教子に袈裟固で敗れて3位だった。高校選手権の決勝では湊川女子高校2年の植田庸子を破って優勝を果たして、61kg級の赤岡志保、66kg級の清原織恵とともに埼玉栄勢が3階級を制することとなった。2年の時には体重別と強化選手選考会で3位なった。高校選手権では決勝で土浦日大高校2年の西部幸代を破って2連覇を達成した。
磯崎 祐子(いそざき ゆうこ、1976年12月9日 - )は… 磯崎 祐子(いそざき ゆうこ、1976年12月9日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級及び52kg級の選手。身長156cm。得意技は寝技。 10歳の時に柔道を始めた。大島中学3年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で2位になった。土浦日大高校1年の時には全国高校選手権で決勝まで進むものの、福岡工大付属高校2年の田村亮子に0-3の判定で敗れた。2年の時には選抜体重別で3位になった。強化選手選考会では決勝で埼玉大学の長井淳子に敗れた。全国高校選手権では準々決勝で敗れた。3年の時には世界ジュニアに出場するものの5位に終わった。筑波大学へ進むと、1年の正力杯では長井に敗れて2位だった。
廣瀬 誠(広瀬 誠、ひろせ まこと、1976年11月22日 … 廣瀬 誠(広瀬 誠、ひろせ まこと、1976年11月22日 - )は、愛知県西尾市出身の日本の柔道家。視覚障害者柔道60kg級の選手。身長166cm。愛知県立名古屋盲学校の教員。 柔道は西尾東高校に入ってから始めた。運動好きではあったが、運動神経はそこまでよくはなく、高校入学時に部活を選択する際「球技でも団体競技でもないもの」を選ぼうとして、消去法で柔道を始めたものだったが、どんどんのめりこんでいったという。しかし、2年の時に視神経萎縮となるレーベル病を患ったことで生活が著しく不便になり、孤独を感じたこともあった。しかしながら、柔道仲間が心の支えになったという。 高校卒業後はあん摩マッサージ指圧師・鍼灸師の免許取得のため、岡崎市の盲学校に進学。
江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )… 江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )は、日本の柔道家。野村忠宏と同じく長く日本の60kg級を代表する選手。得意技は背負い投げ、釣込腰。 福岡県行橋市出身、福岡工業大学附属城東高等学校・天理大学卒。 アジア大会やアジア選手権で優勝経験があるほか、2005年と2007年の世界柔道選手権大会にも出場している。2008年、嘉納治五郎杯東京国際柔道大会ワールドグランプリ2008優勝。 拓殖大学柔道部特別コーチとして指導も行なっていた。 1994 愛知国体柔道競技少年男子(福岡チーム先鋒) 優勝 1995 全日本ジュニア柔道選手権大会 優勝 1998 グルジア国際柔道選手権大会 優勝 1998 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 1999 嘉納治五郎杯国際柔道選手権大会 2位 1999 アジア柔道選手権大会 (温州) 3位 1999 フランス国際柔道選手権大会 2位 1999 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 1999 熊本国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 1999 韓国国際柔道選手権大会 3位 1999 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 2000 全日本選抜柔道体重別選手権大会 2位 2000 韓国国際柔道選手権大会 3位 2000 ロシア大統領杯国際柔道大会(団体) 3位 2000 アジア柔道選手権大会(東京) 優勝 2001 アジア柔道選手権大会(ウランバートル) 3位 2001 ハンガリー国際柔道選手権大会 優勝 2001 チェコ国際柔道選手権大会 3位 2001 宮城国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 2002 日本国際柔道選手権大会 2位 2002 ロシア国際柔道選手権大会 優勝 2002 エストニア国際柔道選手権大会 優勝 2002 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 2002 ワールドカップ国別団体柔道大会(スイス・バーゼル) 優勝 2002 モスクワグランプリ国際柔道選手権大会 優勝 2002 講道館杯全日本体重別選手権大会 優勝 2003 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位
猿渡 琢海(さるわたり たくみ、1976年10月16日 - … 猿渡 琢海(さるわたり たくみ、1976年10月16日 - )は、福岡県出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。身長188cm。体重120kg。 小学校1年の時に柔道を始めた。柳川高校ではアテネオリンピック78kg級金メダリストの阿武教子と同級生だった。2年の時にはインターハイ県予選でライバルの大牟田高校2年の高森啓吾を破って本戦に出場するも、予選リーグで敗れた。3年の時には全日本ジュニアに出場して2位となった。1995年には阿武と同じく明治大学に進んだ。2年の時には全日本学生柔道優勝大会で2位となった。正力杯では決勝で日本大学2年の上口孝太に敗れた。講道館杯でも決勝で警視庁の真喜志慶治に敗れた。
村田 龍一(むらた りゅういち、1976年8月27日 - )… 村田 龍一(むらた りゅういち、1976年8月27日 - )は、千葉県出身の日本の柔道家。現役時代は78kg級と81kg級の選手。身長は173cm。 旭中学から八千代松陰高校へ進むと、2年の時には全国高校選手権の団体戦で、エースである95kg超級の吉永喜史とともに活躍してチームを3位に押し上げた。 1995年には日本大学へ進むと、1年の時には全日本ジュニアの78kg級で3位になった。2年の時にも全日本ジュニアで3位になった。世界ジュニアでは決勝でフランスのセドリク・クラベリに大外刈で敗れた。3年の時には優勝大会決勝の国士舘大学戦で勝利するなどして、チームの12年ぶりの優勝に貢献した。4年の時には体重別81kg級で3位になった。
天尾 美貴(あまお みき、1976年8月22日 -)は新潟県… 天尾 美貴(あまお みき、1976年8月22日 -)は新潟県西蒲原郡出身の日本の柔道家。現役時代は70kg級の選手。身長164cm。得意技は内股、大内刈。
外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は… 外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は72kg超級及び78kg級の選手。身長164cm。体重84kg。 柔道は明光中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級の準決勝で阿武教子と対戦するが、送襟絞で敗れて3位だった。土浦日大高校へ進むと、2年の全国高校選手権72kg超級決勝では柳川高校2年の阿武に注意で敗れた。3年の選抜体重別では準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった。金鷲旗決勝の柳川高校戦では副将として大将の阿武と対戦するが、あと10秒守りきれば引き分けとなってチームが優勝するという場面で注意を与えられると、終了1秒前には内股で投げられた。
藤原 康博(ふじわら やすひろ、1976年7月8日 - )は… 藤原 康博(ふじわら やすひろ、1976年7月8日 - )は、徳島県出身の、日本の柔道選手である。階級は90kg級と100kg級。身長187cm。得意技は内股、払腰。 阿波高校から京都産業大学へ進むと、4年の時に正力杯の90kg級で3位となった。1999年に大学を卒業して大阪府警の所属となると、講道館杯の100kg級で3位だった。2000年には全日本選手権に初出場を果たすと、内股で2試合を一本勝ちするなど予想外の活躍で準決勝まで進むが、今大会3連覇を達成した100kg超級と無差別の世界チャンピオンである旭化成の篠原信一に教科書のような内股で投げられたものの、3位入賞を果たした。2003年の全国警察柔道選手権大会で3位となった。
上口 孝太(うえぐち こうた、1976年6月16日 - )は… 上口 孝太(うえぐち こうた、1976年6月16日 - )は、神奈川県川崎市出身の日本の柔道家。現役時代は100kg超級の選手。195 cm。145 kg。得意技は払巻込。父は軽重量級で活躍していた上口孝文。 小学校の時は野球をやっていたが、向丘中学に入ると柔道と相撲を始めた。高校は近畿大学附属福山高校に進学すると、2年の時に金鷲旗で3位となった。大学は日大に進むと、2年の時には正力杯95kg超級で優勝を果たした。さらには無差別の学生選手権でも優勝を成し遂げた。しかし学生2冠を達成しながら、全日本ジュニアの決勝では東海大相模高校の井上康生に背負投で一本負けを喫して2位に終わった。その後の世界学生ではオール一本勝ちで優勝を飾った。
阿武 教子(あんの のりこ、1976年5月23日 - )は、… 阿武 教子(あんの のりこ、1976年5月23日 - )は、山口県阿武郡福栄村(のちの萩市)出身の女子柔道家。女子72kg超級、78kg級で活躍。2004年アテネオリンピック柔道女子78kg級金メダリスト。 現役引退後に結婚し、園田教子に。 小学生のころから3歳年上の姉である美和ともども、柔道界では有名な選手であった。明治大学文学部卒業。学位は学士(文学)(明治大学)。その後、警視庁に入庁。警官としての階級は警部補であり、オリンピック金メダリストとなった後に昇進した。栄典は紫綬褒章受章。その他の賞歴は世界柔道選手権優勝記録多数、アテネオリンピック柔道女子78kg級金メダル、警察功労章受章など。1996年までは当時の最重量級である72kg超級の選手だったが、その後階級の区切りが変更となったことに伴い、1997年は72kg級、1998年以降は78kg級の選手となった。
高橋 宏明(たかはし ひろあき、1976年4月12日 - )… 高橋 宏明(たかはし ひろあき、1976年4月12日 - )は、日本の柔道家(七段)。東京都出身。 得意技の内股や大外刈を武器に現役時代はアジア選手権優勝や全日本選手権ベスト8という成績を残し、引退した現在は講道館等の指導員を務める。娘の高橋瑠璃は2019年の世界ジュニア78㎏超級で優勝した。 東京都江戸川区出身。国士舘中学校・高等学校を経て、大学は中央大学へ。 当時の中央大学は津沢寿志監督のもと柔道部強化の盛りで、高橋らが入学した頃から全日本学生優勝大会でも上位の常連となった。また個人戦でも全日本学生体重別選手権で1995年,96年と3位に入り、4年次の1997年には決勝戦で日本大学の上口孝太を破り優勝を果たした。
堤 時貞(つつみ ときさだ、1976年4月6日 - )は、福… 堤 時貞(つつみ ときさだ、1976年4月6日 - )は、福岡県出身の日本の柔道選手である。階級は60kg級。身長162cm。 曽根中学2年と3年の時に全国中学校柔道大会の55kg級で2連覇を達成した。国士舘高校へ進むと、3年の時にはインターハイの軽量級で優勝した。1995年に国士舘大学へ進学すると、1年の時には正力杯60kg級の決勝で東海大学3年の徳野和彦に敗れるも2位となった。続くジュニア体重別では3位だったが、正力国際では決勝で日体大2年の関口幸三を破って優勝を飾った。2年の時には正力杯、講道館杯、チェコ国際でそれぞれ3位になった。世界ジュニアでは7位に終わった<3年の時には体重別で3位になるが、講道館杯では決勝で神奈川県警の徳野に敗れた。
高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡… 高森 啓吾(たかもり けいご、1976年4月3日 -)は福岡県大牟田市出身の日本の柔道家、総合格闘家。現役時代は95kg超級及び100kg超級の選手。身長180cm。体重120kg。 柔道は幼稚園の時に始めた。歴木中学2年の時には全国中学校柔道大会の団体戦で3位に入った。3年の時には全国中学校柔道大会の78kg超級で決勝まで進むが、国士舘中学3年の小塚義隆に1-2の微妙な判定で敗れた。マルちゃん杯の個人戦では優勝した。なお、この時期には大宮中学1年の井上康生に勝ったこともあるが、その際に井上が父親に正座をさせられて厳しく叱責されていたのを見て、「(2歳年上で全国2位である)俺に負けたんだからしょうがねぇじゃないかよ、そんな怒んなよ」と思ったという。
山本 恵(やまもと めぐみ、1976年3月24日 -)は、香… 山本 恵(やまもと めぐみ、1976年3月24日 -)は、香川県出身の日本の柔道家。72kg超級及び78kg超級の選手。現役時代の身長は177cm、体重110kg。 寒川高校2年と3年の時にインターハイの団体戦に同級生の新谷美津子らとともに出場するが、ともに予選リーグで敗れた。1994年に京都産業大学へ新谷とともに進学すると、1年の時には無差別で争われる全日本学生選手権の準決勝で筑波大学2年の吉田早希に合技で敗れるも、新谷ともども3位入賞を果たした。4年の時には正力杯の72kg超級で優勝すると、3人制で争われる優勝大会の2部でも優勝を成し遂げた。1998年には大阪府警の所属となると、全日本選手権では準決勝で今大会2連覇を達成したコマツの二宮美穂に敗れるも3位になった。
坂本 大記(さかもと だいき、1976年3月12日 -)は、… 坂本 大記(さかもと だいき、1976年3月12日 -)は、宮崎県東臼杵郡門川町出身の日本の柔道家。95kg級の選手。身長170cm。得意技は小内刈。 柔道は小学校1年の時に兄の影響で始めた。門川中学から宮崎日大高校を経て、1994年には國學院大學へ進学すると、3年の時に正力杯95kg級の準決勝で繁昌久哲に体落で敗れるも3位となった。講道館杯では3回戦でアトランタオリンピック7位である旭化成の中村佳央をパワーで押し捲り、中村の右肘を脱臼させて棄権負けに追いやった。準決勝では世界選手権3位である新日鉄広畑の岡泉茂を小内刈の技ありで破ると、決勝でも正力杯で敗れた繁昌に小内巻込で一本勝ちするなどの活躍で優勝を飾った。
藤田 博臣(ふじた ひろおみ、1976年2月23日 - )は… 藤田 博臣(ふじた ひろおみ、1976年2月23日 - )は、青森県五所川原市出身の日本の柔道家。現役時代は86kg級の選手。身長185cm。得意技は浮落、内股、大外刈。 柔道は父親の勧めで五所川原第三中学に入ってから始めた。 中学3年の時に全国中学校柔道大会78kg級で2位となった。東海大相模高校に進むと、1年の全国高校選手権では2位だったが、2年の時には優勝を飾った。 3年のインターハイ団体戦では優勝したが、個人戦中量級では5位にとどまった。 全日本ジュニアでは優勝を飾った。 東海大学に進むと、1年の時に世界ジュニアに出場するが、5位に終わった。 その後ケガなどもあってスランプに陥り、一時は柔道への情熱も失いかけたが、総監督の佐藤宣践による気遣いなどもあって立ち直ると、3年の時には正力杯で中央大学の近藤秀作を浮落で破って優勝し、全日本学生柔道優勝大会でも優勝した。
関口 幸三(せきぐち こうぞう、1976年2月9日 - )は… 関口 幸三(せきぐち こうぞう、1976年2月9日 - )は、埼玉県出身の、日本の柔道選手である。階級は60kg級。身長167cm。得意技は背負投。 安行東中学から八潮高校へ進むと、2年の時にはインターハイ軽量級の決勝トーナメント1回戦、3年の時には予選リーグでそれぞれ敗れた。日体大へ進学すると、2年の時には正力杯の60kg級で3位になった。正力国際では決勝で国士舘大学1年の堤時貞に敗れて2位だった。3年の時には正力杯の決勝で東海大学4年の徳野和彦に敗れて2位だった。世界学生では決勝でフランスのヤシヌ・ドゥマを豪快な袖釣込腰で破って優勝を飾った。4年の時にはアジア柔道選手権で優勝を飾った。正力杯でも決勝で大学の2年後輩である石井一行を破って優勝した。
中村 友栄(なかむら ともえ、1976年2月1日 - )は大… 中村 友栄(なかむら ともえ、1976年2月1日 - )は大分県出身の日本の柔道家。現役時代の階級は70kg級及び72kg級。身長は171cm。得意技は内股、大外刈。 2010年の世界選手権100kg級で優勝した穴井隆将などを輩出した、1965年の世界選手権中量級2位の山中圏一が指導する秀鋭館道場で6歳の時に柔道を始めた。東陽中学から湊川女子高校へ進むと、2年の時には高校選手権の66kg級決勝で埼玉栄高校2年の清原織恵に判定で敗れた。3年の時には金鷲旗の決勝で柳川高校と対戦して阿武教子と引き分けるが、他のメンバーが敗れて2位にとどまった。 1994年にはこの年に女子柔道部が新設された帝京大学へ進学した。
羽田野 龍丈(はだの りゅうじょう、1976年 - )は、日… 羽田野 龍丈(はだの りゅうじょう、1976年 - )は、日本の柔道整復師。はしもと接骨院の創業者で株式会社HSGの代表者。神奈川県相模原市出身。 日本大学第三中学校、日本大学第三高等学校から高野山大学へ進学。その後日体柔整専門学校で学び、2008年にはしもと接骨院を創業。日本大学第三高等学校柔道部OB。2013年2月に特定非営利活動法人日本電気治療協会を設立。