渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 201… 渡辺 実(わたなべ みのる、1926年8月19日 - 2019年12月6日)は、日本の国語学者・国文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 京都市生まれ。1948年、京都大学文学部卒業。1962年、「国語構文論」で文学博士(京都大学)。大阪女子大学助教授、京都大学教養部助教授、教授、1985年退官、名誉教授、上智大学教授、1997年退任。1991年6月から3年間、国語学会代表理事を務めた。 2019年12月6日20時56分、肺炎のため、神奈川県藤沢市の病院で死去。93歳没。
小澤 重男(小沢 重男、おざわ しげお、1926年8月18日… 小澤 重男(小沢 重男、おざわ しげお、1926年8月18日 - 2017年3月21日)は、日本のモンゴル語学者。 東京生まれ。1947年東京外事専門学校蒙古科卒業。1951年東京大学文学部言語学科卒業。1951年東京外国語大学講師、助教授、教授、1977年「中世蒙古語形態論の研究」で東洋大学文学博士。89年東京外大を定年退官、名誉教授。モンゴル語の研究に従事。モンゴル国立ウランバートル大学名誉教授、内蒙古大学名誉教授、モンゴル科学アカデミー海外会員・国際モンゴル学会会長・日本モンゴル学会名誉会長。
奥津 敬一郎(おくつ けいいちろう、1926年〈大正15年〉… 奥津 敬一郎(おくつ けいいちろう、1926年〈大正15年〉8月6日 - 2017年〈平成29年〉9月8日)は、日本の言語学者。東京都立大学名誉教授。文学博士。 神奈川県横浜市出身。1950年に東京文理科大学哲学科卒、1955年に同大学院修了。 米国国務省外務研究所専任講師、1962年に国際基督教大学専任講師、助教授、教授をへて、1973年に東京都立大学教授、1987年に定年退官、名誉教授となり、日本女子大学文学部教授。1992年に神田外語大学教授。1999年に退任。 いわゆる「うなぎ文」という呼称を定着させた人物である。
大塚 光信(おおつか みつのぶ、1926年4月20日 - 2… 大塚 光信(おおつか みつのぶ、1926年4月20日 - 2016年3月3日)は、日本の国語学者。京都教育大学名誉教授。 岡山県生まれ。1952年京都大学文学部卒業。卒業論文は「ドチリナ・キリシタン考」。「中世国語の国語史的研究」を研究課題として同大学大学院に進学し、1956年に修了。その後、尾道女子短期大学講師、京都教育大学教授、1990年定年退官、名誉教授。梅花女子大学教授、1992年から1995年まで学長。2004年春瑞宝中綬章受勲。
水谷 静夫(みずたに しずお、1926年3月25日 - 20… 水谷 静夫(みずたに しずお、1926年3月25日 - 2014年7月2日)は、日本の国語学者、言語学者。東京女子大学名誉教授。 1926年、東京浅草で生まれた。東京大学文学部国文学科で学び、1948年に卒業。 1949年より国立国語研究所に勤務。1964年、東京女子大学教授に就いた。1991年に東京女子大学を定年退職し、名誉教授となった。 2014年7月2日午後10時47分、肺炎のため東京都板橋区の病院で死去。88歳没。 早くから、言語学に統計学的手法を導入して論ずる計量言語学、さらには数理言語学、計算言語学の分野を国語学においても確立するため、コンピュータの導入による日本語の自然言語処理を論じ、その普及に貢献した(計量国語学会の記事も参照のこと)。
国原 吉之助(國原 吉之助、くにはら きちのすけ、1926年… 国原 吉之助(國原 吉之助、くにはら きちのすけ、1926年2月27日 - 2017年4月25日)は、日本の言語学者・西洋古典学者。名古屋大学名誉教授。広島県生まれ。 専門はラテン語とラテン文学で、多数の原典史書を訳し専門辞書の編纂を行った。 1953年京都大学文学部卒業。京都学芸大学(現:京都教育大学)助教授を経て、名古屋大学文学部教授、1988年に定年退官し名誉教授、その後は椙山女学園大学教授も務めた。
小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 200… 小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 2009年12月18日)は、日本の言語学者、文学者(ウラル語学、フィンランド文学研究)。勲等は瑞宝中綬章。学位は博士(文学)(東京大学・論文博士・1995年)。関西外国語大学名誉教授。 静岡県立静岡高等学校教諭を経て、静岡女子短期大学に勤務し、ヘルシンキ大学講師、静岡女子大学文学部教授、大阪外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学国際言語学部教授、関西外国語大学国際言語学部学部長、学校法人関西外国語大学理事などを歴任した。 静岡県出身でウラル語学を専攻する言語学者、文学者である。ウラル語の母音体系や母音調和に関する研究や、音韻理論の日本語への適用などに取り組んだ。
日野 資純(ひの すけずみ、1926年(大正15年)1月1日… 日野 資純(ひの すけずみ、1926年(大正15年)1月1日 - 2019年(令和元年)8月22日)は、日本の国語学者・方言学者。伯爵。静岡大学名誉教授。 東京出身。日野家の末裔で、父は伯爵・日野捷郎(ドイツ文学者・実吉捷郎)。1931年に父が隠居したため(間もなく離婚し、日野家を出た)、同年3月17日、5歳で伯爵を襲爵した。 1951年に東京大学文学部国文科卒、同助手となる。1954年に弘前大学講師、1958年に駒澤大学講師、1959年に静岡大学助教授、1972年に教授となり、1989年に定年退官、名誉教授、静岡英和女学院短期大学教授を務め、1996年に退職。
渡辺 武(わたなべ たけし、1926年 - )は、日本の言語… 渡辺 武(わたなべ たけし、1926年 - )は、日本の言語学者、図書館短期大学名誉教授。 東京市神田区(現千代田区)生まれ。法政大学卒。コトバの会会員。日本ジャーナリスト専門学校講師をへて、図書館短期大学教授、1980年定年退官、名誉教授。主に話し方について教えた。
堀井 令以知(ほりい れいいち、1925年11月5日 - 2… 堀井 令以知(ほりい れいいち、1925年11月5日 - 2013年3月10日)は、日本の日本語学者・言語学者。関西外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。父は兄の印刷所に勤め、1936年に独立して堀井欧文印刷所を経営していた。京言葉を中心に、語源の研究や言語比較など幅広く研究活動をおこなった。ドラマなどでの京言葉指導、御所言葉指導も数多く手がける。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
築島 裕(つきしま ひろし、1925年10月12日 - 20… 築島 裕(つきしま ひろし、1925年10月12日 - 2011年4月11日)は、日本の国語学者。東京大学文学部名誉教授。文学博士。日本学士院会員。鉄道切符の収集家。
坂井 健一(さかい けんいち、1925年10月1日 - 20… 坂井 健一(さかい けんいち、1925年10月1日 - 2020年11月12日)は、日本の中国語・日本語学者。 新潟市生まれ。1950年東京文理科大学漢文学科卒。1952年同研究科退学。1952年東京都立小松川高等学校教諭、1962年日本大学文理学部講師、1965年助教授、1971年教授。1995年定年、名誉教授。1979年「魏晋南北朝字音研究 経典釈文所引音義攷」で日本大学文学博士。2006年瑞宝中綬章受勲。
佐藤 喬(さとう たかし、1925年(大正14年)8月23日… 佐藤 喬(さとう たかし、1925年(大正14年)8月23日 - 2020年(令和2年)8月4日)は、日本の英語学者、慶應義塾大学名誉教授。 東京生まれ。1953年東京教育大学文学部卒業。1961 - 62年フルブライト奨学生としてミシガン大学に学ぶ。1964年慶應義塾大学法学部講師、70年助教授、75年教授、1990年定年退任、名誉教授、明海大学教授。日本英語教育研究所所長、日本国連協会理事。 2020年8月4日、脳梗塞のため東京都中野区の病院で死去、94歳没。
奥村 三雄(おくむら みつお、1925年7月2日 - 199… 奥村 三雄(おくむら みつお、1925年7月2日 - 1998年4月19日)は、日本の国語学者。九州大学名誉教授。専門は古典語、方言学。 京都府出身。1949年京都大学文学部国文科卒。1978年「平曲譜本の国語学的研究」で九州大学文学博士。京大助手、1956年岐阜大学講師、1958年助教授、1969年九州大学文学部助教授を経て、1978年教授となる。1989年定年退官、名誉教授。
黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 20… 黒柳 恒男(くろやなぎ つねお、1925年6月2日 - 2014年8月30日)は、日本のペルシャ語学者・ペルシャ文学者、翻訳家。日本国におけるペルシア語・ペルシア文学研究の礎を築き、普及に努めた。アラビア語・ペルシア語・ウルドゥー語の辞書を編纂した。 東京外事専門学校卒。東京外国語大学助教授、教授、1989年定年退官、名誉教授、大東文化大学教授。
古田 東朔(ふるた とうさく、1925年5月23日 - 20… 古田 東朔(ふるた とうさく、1925年5月23日 - 2013年8月1日)は、日本の国語学者。東京大学教養学部教授を経て、東京大学名誉教授。放送大学・鶴見大学教授も務めた。 1925年、愛媛県生まれ。東京大学文学部国文学科で学び、1950年に卒業した。 1954年、福岡女子大学助教授に就いた。1963年からは星美学園短期大学教授となった。1964年、東京大学教養学部助教授に転じた。1971年に教授昇格。1986年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は同年から放送大学教授。1991年から1997年まで鶴見大学文学部教授も務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
杉崎 一雄(すぎさき かずお、1925年(大正14年)4月2… 杉崎 一雄(すぎさき かずお、1925年(大正14年)4月28日 - 1998年(平成10年)4月6日)は、日本の国語学者である。 東京府(現在の東京都)に生まれる。國學院大學卒業後、同大学の助教授として活動した。その後は共立女子短期大学や中京大学等に勤務しそれぞれ教授として活動した。この頃に大学教授としての傍ら、古代から現代までの文法における謙譲語を中心とした敬語法の研究に携わった。 また、この頃に池上秋彦や金田弘、鈴木丹士郎らと共に国語辞典の『大辞泉』の編纂に携わり、同委員の敬語専門として活動した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
川本 崇雄(かわもと たかお、1925年〈大正14年〉3月2… 川本 崇雄(かわもと たかお、1925年〈大正14年〉3月23日- 2020年〈令和2年〉2月8日)は、日本の言語学者、上越教育大学・創価大学名誉教授。 群馬県碓氷郡安中町(現・安中市)生まれ。東京高等師範学校を経て、東京文理科大学英文学科卒。群馬県立太田高等学校教諭、近畿大学講師、奈良教育大学助教授、上越教育大学教授、89年定年退官、名誉教授、創価大学教授、2000年退任、名誉教授。日本語について、アルタイ系の基層語の上に南島系言語が重なったと推定している。 2020年2月8日、肺炎のため八王子市内の病院にて死去。94歳没。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。
斎賀 秀夫(齋賀 秀夫、さいが ひでお、1925年1月3日 … 斎賀 秀夫(齋賀 秀夫、さいが ひでお、1925年1月3日 - 2022年7月30日)は、日本の国語学者。位階は正五位。 大妻女子大学名誉教授、国立国語研究所名誉所員。 香川県生まれ。東京文理科大学国語国文科卒業。1948年国立国語研究所創立当初からの所員、大妻女子大学教授、1996年定年、名誉教授。東京成徳大学教授。文化庁国語審議会委員。 2022年7月30日、老衰のため死去。97歳没。死没日付をもって正五位に叙される。
大野 透(おおの とおる、1925年 - )は、日本語学者。… 大野 透(おおの とおる、1925年 - )は、日本語学者。 第一高等学校理科から東京大学理学部物理学科へ進学。 『漢文法の溯源的研究I』で1985年に九州大学より、『万葉仮名の研究』で1987年に國學院大學より、それぞれ文学博士号を取得した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
和田 利政(わだ としまさ、1925年 - 2022年6月1… 和田 利政(わだ としまさ、1925年 - 2022年6月19日)は、日本の国語学者、國學院大學名誉教授。専攻は国語学、特に敬語史研究。『旺文社国語辞典』の編纂者。 東京八王子生まれ。1951年國學院大學国文科(旧制)卒業。同大学助手、講師、助教授、1969年教授、1996年定年退任、名誉教授。
王 宏(おう こう、1925年 - )は、中国の日本語学者。… 王 宏(おう こう、1925年 - )は、中国の日本語学者。元の名は「王康緒」。 1925年、台湾で生まれた。1932年の夏、家族で満洲国新京に移り、1939年北京日本中学校に入学。1943年に同校を卒業した。1944年10月、東亜同文書院大学予科に進学したが、翌年中退し、北京を経て新四軍の勢力圏に入った。 戦後は北平の華北学院商学院経済系に学び、1948年卒業すると華北軍政大学台湾隊で学んだ。1949年10月1日の中華人民共和国開国大典には華北軍政大学台湾隊として参列している。朝鮮戦争では中国人民志願軍に志願し従軍した。 1960年、上海外貿学院、上海外語学院の日本語教員となり、1972年には上海外国語大学の日本語教員、同大の日本語学部の初代主任となった。
外間 守善(ほかま しゅぜん、1924年(大正13年)12月… 外間 守善(ほかま しゅぜん、1924年(大正13年)12月6日 - 2012年(平成24年)11月20日)は、日本の言語学者・沖縄学研究者。沖縄学研究所所長、法政大学名誉教授。伊波普猷の後継者であり、琉球文学・文化研究の第一人者。 1924年(大正13)、沖縄県那覇市に生まれ。 1939年(昭和14)那覇尋常高等小学校高等科卒業後、同年沖縄県立水産学校入学。1940年(昭和15)沖縄県師範学校入学。 1944年(昭和19)8月、妹の静子は学童疎開で対馬丸の犠牲となった。1945年(昭和20)1月、守善は19歳の沖縄師範学校在学中に、沖縄戦で現地入隊となり、第24師団歩兵第32連隊第2大隊(志村大隊)に配属される。
西宮 一民(にしみや かずたみ、1924年7月18日 - 2… 西宮 一民(にしみや かずたみ、1924年7月18日 - 2007年5月6日)は、日本の国文学者・国語学者。皇學館大学元学長。 奈良県桜井市出身。生家は談山神社の社家であった。 1942年に奈良県立奈良中学校を卒業。1944年に神宮皇學館大學予科修了、神宮皇學館大學古典科専攻入学と同時に陸軍特別幹部候補生となる。1946年に神宮皇學館大學が廃学となったので、京都帝国大學文学部転入学。澤瀉久孝に師事。1949年に卒業後、京都大学大学院入学、近畿大学附属高等学校教諭となる。 1952年に帝塚山学院短期大学講師、1954年に京都大学大学院退学、帝塚山学院短期大学助教授。1962年に皇學館大学教授。1994年に皇學館大学学長、「古事記の研究」で博士(文学)(京都大学)の学位を取得。
塚原 鉄雄(つかはら てつお、1924年〈大正13年〉6月2… 塚原 鉄雄(つかはら てつお、1924年〈大正13年〉6月25日 - 1993年〈平成5年〉12月13日)は、日本の国語学者・国文学者。大阪市立大学名誉教授。
松延 市次(まつのぶ いちじ、1924年5月3日 - )は、… 松延 市次(まつのぶ いちじ、1924年5月3日 - )は、日本の国語学者である。宮本武蔵の著書『五輪書』の国語学的研究でも知られている。福岡県八女郡出身。剣道教士七段。
林 巨樹(はやし おおき、1924年4月26日 - 2012… 林 巨樹(はやし おおき、1924年4月26日 - 2012年1月8日)は、日本の日本語学者。青山学院大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部国語国文学科卒、青山学院大学助教授、教授、1985年定年退任、名誉教授、帝京大学教授。2000年春、勲三等瑞宝章受勲。2012年1月8日、脳梗塞のため死去。87歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
松浪有(まつなみ たもつ、1924年3月11日-1994年1… 松浪有(まつなみ たもつ、1924年3月11日-1994年12月29日)は、日本の英語学者。 大阪府出身。1945年(昭和20年)東京帝国大学文学部英文科卒。大阪大学文学部助手、同文学部助教授を経て、1965年(昭和40年)「英語における現在分詞の機能的発達 古英語現在分詞本来の統語法的機能」で東京大学文学博士。神戸大学助教授、1961年(昭和36年)九州大学文学部助教授、1967年(昭和42年)関西大学助教授、東京都立大学教授および同大学図書館長、1987年(昭和62年)定年退官、名誉教授、青山学院大学文学部教授。
王育徳(おう いくとく、台湾語: Ông Io̍k-tek、… 王育徳(おう いくとく、台湾語: Ông Io̍k-tek、1924年1月30日 – 1985年9月9日)は、台湾出身の言語学者。日本で台湾語や中国語諸言語の研究をおこなうかたわら、国民党独裁政権下で台湾独立運動をおこなった。明治大学講師、のちに同大学商学部教授。1969年から死去まで東京外国語大学の台湾語講座も担当した。 王育徳は1924年(大正13年)、日本統治下の台湾台南市で生まれた。台北高校を卒業後、1943年10月に東京帝国大学文学部支那哲文科に入学したが、太平洋戦争激化のために翌年台湾に戻り、そこで終戦をむかえた。 第二次世界大戦後は台湾の台南第一中学で教壇に立つかたわら、台湾語による演劇活動を行っていた。
尾崎 知光(おざき さとあきら、1924年1月25日 - )… 尾崎 知光(おざき さとあきら、1924年1月25日 - )は、日本の国語学者・国文学者。専攻は国語学史・国学・古代文学。愛知県立大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。尾崎忠征、尾崎良知の子孫。1949年東京大学文学部国文学科卒業。1949年名古屋大学文学部文部教官三級、1955年愛知県立女子短期大学助教授、1957年愛知県立女子大学助教授、1961年同大学教授、1966年愛知県立大学教授。1988年、定年退職、愛知県立大学名誉教授、愛知淑徳大学文学部教授。1999年、定年退職。
宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本… 宮地 裕(みやじ ゆたか、1924年1月14日- )は、日本の国語学者、大阪大学名誉教授。妻の宮地敦子(故人)も国語学者(元関西学院大学教授・龍谷大学名誉教授)。
寿岳 章子(じゅがく あきこ、1924年1月2日 - 200… 寿岳 章子(じゅがく あきこ、1924年1月2日 - 2005年7月13日)は、日本の国語学者・エッセイスト・社会活動家。 寿岳文章・寿岳しづ夫妻の長女として京都府に生まれる。弟は天文学者の寿岳潤。 旧制京都府立第一高等女学校、旧制京都府立女子専門学校を経て、1946年(昭和21年)に東北帝国大学法文学部を卒業、京都大学大学院へ進学。京都府立大学助教授、教授として同大学に36年間勤務。 墓所は南禅寺慈氏院。 寿岳の研究業績としては、室町時代の口語資料である抄物の研究が挙げられる。寿岳は抄物の語句や文章形態や文法構造について、抄物を語った人物の声として捉えようとした。あくまでも生きた人間の言葉に目を向け、抄物それ自体の言葉に深く切り込んで、その性格を解明して資料性を保証したのである。
外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11… 外山 滋比古(とやま しげひこ、1923年〈大正12年〉11月3日 - 2020年〈令和2年〉7月30日)は、日本の英文学者、言語学者、評論家、エッセイスト。文学博士。お茶の水女子大学名誉教授。全日本家庭教育研究会元総裁。 東京文理大英文科卒。専門の英文学にとどまらず、言語学・修辞学・教育学などを広範に研究。言葉のまとまった意味は、視覚に認められる現象と同じような作用によると考えた『修辞的残像』(1961年)を出発点として、日本語の論理、読者論などに新説を出し続けた。『シェイクスピアと近代』(1977年)では、読者論を実践的に示した。また、『異本論』(1978年)、『古典論』(2001年)などでは、従来否定的に扱われてきた異本の積極的な機能を再評価した。
田島 宏(たじま ひろし、1923年8月7日 - 2004年… 田島 宏(たじま ひろし、1923年8月7日 - 2004年2月4日)は、日本のフランス語学者。 東京浅草生まれ。東京外事専門学校卒、1949年京都帝国大学文学部仏文科卒。1951年東京大学大学院(旧制)修了、東京外国語大学講師、助教授、教授。84年定年退官、名誉教授、明治大学教授。1985-89年日本フランス語フランス文学会会長。2000年、勲三等旭日中綬章受章。墓所は多磨霊園。
鈴木一彦(すずき かずひこ、1923年6月25日 - 200… 鈴木一彦(すずき かずひこ、1923年6月25日 - 2000年)は、日本の日本語学者。山梨大学名誉教授。勲三等旭日中綬章受章。 東京出身。東京大学文学部国語国文科卒。東大文学部助手、山梨大学教育学部助教授、教授、学部長、1987年定年退官、名誉教授、東洋大学教授、1994年退職。1999年勲三等旭日中綬章受勲。専門は日本語文法。妻は国文学者の鈴木雅子(1928- )。
丹羽 義信(にわ よしのぶ、1923年4月12日 - 201… 丹羽 義信(にわ よしのぶ、1923年4月12日 - 2019年12月23日)は、日本の英語学者、名古屋大学名誉教授。 愛知県生まれ。名古屋大学文学部言語学科卒、同大学院修士課程修了。1975年「古代英語動詞接頭辞Ge-の研究」で名大文学博士。名古屋大学教育学部附属中学校・高等学校教諭、名古屋大学教養部助教授、同言語文化部教授、1987年定年退官、名誉教授、中部大学教授、名古屋女子大学教授。1988-94年外国語教育メディア学会会長。2000年勲三等旭日中綬章受勲。 2019年12月23日、老衰のため、愛知県岩倉市の病院で死去。96歳没。死没日をもって正四位に叙される。
吉田 金彦(よしだ かねひこ、1923年3月23日 - 20… 吉田 金彦(よしだ かねひこ、1923年3月23日 - 2022年9月19日)は、日本の国語学者。姫路獨協大学名誉教授。 香川県満濃町(現まんのう町)生まれ。京都帝国大学文学部国語国文学科卒業。京都大学大学院博士課程(旧制)修了。静岡女子短期大学助教授、愛媛大学助教授、京都府立大学短期大学部教授、大阪外国語大学教授。1987年、定年退官、姫路獨協大学教授、退職、名誉教授。日本語語源研究会主宰。日本語語源研究所を私設。2000年勲三等瑞宝章受章。 2022年9月19日に死去、99歳没。
郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月… 郡司 利男(ぐんし としお、1923年 <大正12年> 3月10日 - 1999年 <平成11年> 10月4日)は、日本の英語学者、言語学者、言語文化研究者、翻訳家。明治学院大学教授、同・言語文化研究所所長、筑波大学教授、同・附属図書館長、獨協大学教授、鹿児島女子大学(現・志學館大学)教授、同・学長等を歴任した。筑波大学および獨協大学の名誉教授。位階は正五位。 本名の利男のほか、筆名として郡司 外史(ぐんし がいし)、俳号として酔眼(すいがん)を用いた。 1923年3月10日、鹿児島県囎唹郡志布志町(現・志布志市)に生まれる。 郵便局通信事務員を経て、1943年、中央大学第二予科(英法)に入学するが翌1944年除籍。
佐野 泰彦(さの やすひこ、1923年2月16日 - 199… 佐野 泰彦(さの やすひこ、1923年2月16日 - 1996年12月5日)は、日本の歴史学者、ポルトガル語学者。 福岡県北九州市生まれ。父の死で叔父を頼って上京し東京・赤坂で育つ。東京帝国大学卒。ブラジルへ留学し、東京外国語大学ポルトガル語助教授、上智大学外国語学部助教授、教授、1992年定年、名誉教授。
杉山 忠一(すぎやま ちゅういち、1923年(大正12年)2… 杉山 忠一(すぎやま ちゅういち、1923年(大正12年)2月5日 - 2014年(平成26年)3月30日)は、日本の英語学者、東京大学名誉教授。位階は従四位。 東京出身。1948年東京帝国大学文学部英文科卒業。第一水産講習所講師、東京大学教養学部助教授を経て、1969年教授に就任。1983年定年退官し、名誉教授号を授与。同年、電気通信大学教授に就任。他、帝京大学文学部英文科教授等を歴任。1999年勲三等旭日中綬章受勲。 2014年3月30日午前11時25分、誤嚥性肺炎のため東京都港区の病院で死去。91歳没。歿日付で従四位。
森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 20… 森重 敏(もりしげ さとし、1922年10月15日 - 2007年5月28日)は、日本の国語学者、国文学者、奈良女子大学名誉教授。 鹿児島県鹿児島市生まれ。1945年京都帝国大学国文科卒。京都女子大学助教授、奈良女子大学助教授、教授、1986年定年退官、名誉教授、天理大学教授、1996年退任。 1999年、勲三等旭日中綬章を受章。2007年5月28日、肺癌のため死去。没後正四位叙勲。
安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 19… 安田 一郎(やすだ いちろう、1922年9月27日 - 1992年)は、日本の英語学者、英文学者、成城大学名誉教授。NHKラジオ『続・基礎英語』の講師として知られる。 東京入谷生まれ。1944年9月東京外国語学校英語部卒。1947年埼玉県経済部倍賞課嘱託、1949年埼玉地方経済調査庁経済調査官、1952年埼玉県地方行政観察局総理府事務官、埼玉大学教育学部附属中学校教官、1962年東京教育大学指導主事課程修了、1963年から64年にかけてフルブライト留学生としてミシガン大学に学び研修修了、帰国後に成城大学短期大学部講師、1965年NHK英語講座『続・基礎英語』講師(-1980年)、1967年成城短大助教授、1976年教授、1977年成城大学法学部教授(英語)、1978年大学評議員、1983年から87年図書館長、1990年成城大学定年退職、名誉教授、調布学園女子短期大学教授。
野元菊雄(のもと きくお、1922年9月10日 - 2006… 野元菊雄(のもと きくお、1922年9月10日 - 2006年7月31日)は、日本の言語学者。
中山 時子(なかやま ときこ、1922年(大正11年)7月1… 中山 時子(なかやま ときこ、1922年(大正11年)7月13日 - 2016年1月22日)は、日本の中国文学者・中国語学者。中国近代文学のほか、中華料理も研究対象にした。お茶の水女子大学名誉教授。 北京に育ち、1942年北京大学文学院中国文学系入学、1949年東京帝国大学文学部中国文学科卒、1949年東京女子高等師範学校、お茶の水女子大学助教授。1974年同教授。1988年定年退官、名誉教授。外務省研修所講師、明海大学教授、東亜学院講師、中山時子中国語研修所所長、日中文学文化研究学会会長。1998年、勲三等瑞宝章受章。従四位。
岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年〈大正11年〉… 岩﨑 英二郎(いわさき えいじろう、1922年〈大正11年〉4月29日 - 2017年〈平成29年〉7月11日)は、日本の言語学者(ドイツ語学)。慶應義塾大学名誉教授。日本学士院会員。姓の「﨑」はいわゆる「たつさき」であるが、JIS X 0208に収録されていないため、岩崎 英二郎(いわさき えいじろう)と表記されることもある。 東京大学文学部助手、旧制成蹊高等学校教授、成蹊高等学校教諭、埼玉大学文理学部講師、東京教育大学文学部助教授、東京大学教養学部教授、慶應義塾大学文学部教授、慶應義塾大学言語文化研究所所長、獨協大学外国語学部教授などを歴任した。 1922年4月29日、東京府にて生まれた言語学者である。
羽田 三郎(はねだ さぶろう、1922年4月28日 - 20… 羽田 三郎(はねだ さぶろう、1922年4月28日 - 2005年11月6日)は、英語学者、青山学院大学名誉教授。 1922年(大正11年)大阪市生まれ。1943年(昭和18年)大阪外国語学校英語部卒業。大阪外国語大学教授を経て1969年(昭和44年)青山学院大学教授。1991年(平成3年)退任、名誉教授。日本商業英語学会理事長、相談役。 2005年11月6日、慢性呼吸不全のため死去。
天満美智子(てんま みちこ、1922年4月26日 - 202… 天満美智子(てんま みちこ、1922年4月26日 - 2021年10月10日)は、日本の言語学者・英語学者。津田塾大学名誉教授。専門は言語心理学。 ウラジオストク生まれ。1944年津田塾専門学校英文科卒、1950年南カリフォルニア大学大学院、1961年ミシガン大学大学院を経て、国際基督教大学講師、1968年津田塾大学教授、1988-1996年学長、名誉教授。1997年、勲三等宝冠章を受章。
永野 賢(ながの まさる、1922年3月5日 - 2000年… 永野 賢(ながの まさる、1922年3月5日 - 2000年10月3日)は、日本の国語学者。山本有三研究家、東京学芸大学名誉教授。 千葉県生まれ。1944年に東京帝国大学国文科を卒業。同国語研究室副手、同大学院特別研究生、1949年に国立国語研究所所員、1966年頃に東京学芸大学助教授、のち教授。1985年に定年退官、名誉教授。山本有三は妻の父である。 国語教育、文法、国語学史などの研究をおこない、1980年から「山本有三評伝」を『解釈と鑑賞』に連載し、1983年に完結。1987年『山本有三正伝 上』を刊行したが、「下」は未完に終わった。 1953年に論文「表現文法の問題:複合辞の認定について」を『金田一博士古稀記念言語民族論』に寄稿、「複合辞」という概念を提起し、学界の関心を寄せた。
風間 力三(かざま りきぞう、1922年2月7日 - )は、… 風間 力三(かざま りきぞう、1922年2月7日 - )は、日本の国語学者、甲南大学名誉教授。 岡山県津山市生まれ。1947年東北帝国大学法文学部文学科国語専攻卒、甲南大学助教授、教授、1986年定年退任、名誉教授、大手前女子大学文学部教授。
片岡 孝(かたおか たかし、1921年(大正10年)11月3… 片岡 孝(かたおか たかし、1921年(大正10年)11月30日 - 1999年(平成11年)8月13日)は、大阪外国語大学の外国語学部(ロシア語科)名誉教授で、ロシア語学者。号は枕流(ちんりゅう)。 1720年(享保5年)、片岡氏は出石郡香住村(現 豊岡市香住)から出石城下に移り居住した。