上場 雄也(あげば ゆうや、1983年9月30日 - )は、… 上場 雄也(あげば ゆうや、1983年9月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、ビーチバレーボール選手。 千葉県松戸市出身。松戸市立常盤平中学校、松戸六実高校を経て、中央学院大学を卒業。東京ヴェルディでプレーしたのち、2008年11月につくばユナイテッドSun GAIAへ入団した。初の国際大会を経験した2009年の第5回東アジア競技大会では銀メダルを獲得した。 2010年、Vチャレンジリーグの選手として唯一全日本代表登録メンバーに初選出され、アジア競技大会で金メダルを獲得。同年につくばユナイテッドを退団し、VプレミアリーグのFC東京へ移籍した。 2012年7月31日付でFC東京を退団。
小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本… 小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県さいたま市出身。さいたま市立七里中学校1年時からバレーボールを始める。このころの同級生に金丸晃大がいる。その後埼玉県立深谷高等学校へ進学、同級の金丸や石島雄介と共に数々の栄冠に輝き、2001年3年生時には春高バレー・インターハイ・国体と3冠達成した。 2002年、順天堂大学へ進学。2004年には全日本インカレ猛打賞受賞。2005年にはユニバーシアード代表に選ばれインスブルック大会に出場し準優勝。 2006年、JTサンダーズへ加入。同期に中山大祐。2008年、ゴードン・メイフォースによエースに抜擢される。
宮川 紗麻亜(みやがわ さまあ、1983年8月17日 - )… 宮川 紗麻亜(みやがわ さまあ、1983年8月17日 - )は、日本の元女子インドアバレーボール選手、ビーチバレー選手。 山梨県韮崎市出身。八王子実践高校在学中の2000年には第31回春高バレー準優勝、2001年の第32回春高ベスト4などに大きく貢献した。 日本女子体育大学を経て、グリーン・サポート・システムズに入社。レフトエースとしてGSSサンビームズをVチャレンジリーグへ導いた。 2010年をもって同社を退社し、ビーチバレーに転向。2011年度のJBAツアー新人賞を獲得し、2013年の全日本メンバーに登録された。 2015年はビーチバレージャパン初代チャンピオン熊田康則の娘、熊田美愛と組む。
前田 和樹(まえだ かずき、1983年8月17日 - )は、… 前田 和樹(まえだ かずき、1983年8月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 石川県七尾市出身。金沢商業高校を経て、早稲田大学卒業後、2006年4月にNECブルーロケッツへ入団。186cmと小柄ながらセッター対角を務め、2008年の第57回黒鷲旗大会準優勝に貢献し、敢闘賞受賞とベスト6に選出された。 2009年5月のNECの無期限休部に伴い、8月にFC東京へ移籍。2009年度全日本代表登録メンバーに初選出され、2009年ワールドリーグで代表デビューを飾った。2012年5月の第61回黒鷲旗大会でもチーム初となる準優勝に大きく貢献し敢闘賞を受賞した。 2014年3月16日のパナソニックパンサーズ戦(フルセットでFC東京の勝ち)をもって現役引退。
興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、… 興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 宮崎県西臼杵郡高千穂町出身。中1の頃、家族の影響を受けてバレーボールを始める。 宮崎県立高千穂高等学校、愛知学院大学を経て、2006年、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部)に所属していたジェイテクトSTINGSに入団。 2014年にチームがV・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)に昇格。 2018-19シーズン、2019年1月13日の豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)戦でVリーグ通算230試合出場達成となったため、Vリーグ栄誉賞を受賞した。 2019-20シーズンになると、後輩の本間隆太のリベロとしての出場機会が増え、興梠の出場機会が少なくなる。
井上 裕介(いのうえ ゆうすけ、1983年8月5日 - )は… 井上 裕介(いのうえ ゆうすけ、1983年8月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 灘崎小学校バレー部(灘崎フリッパーズ)監督の勧誘を受け、小学3年よりバレーボールを始める。 国際武道大学を卒業後、2006年に入団した大分三好ヴァイセアドラーでは2年連続サーブレシーブ賞、2008年に移籍した堺ブレイザーズでは2年連続ベストリベロ賞を受賞した。 2008年、全日本代表に選出され、ワールドリーグに出場。 2009年、ワールドグランドチャンピオンズカップに出場した。 2018年の第67回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会をもって現役を引退し、同年6月にV.LEAGUE DIVISION1 WOMENに所属するJTマーヴェラスのコーチに就任した。
山口 舞(やまぐち まい、女性、1983年7月3日 - )は… 山口 舞(やまぐち まい、女性、1983年7月3日 - )は、日本のプロバレーボール選手。三重県志摩郡志摩町(現志摩市)出身。ニックネームはユメ、パール。プレミアリーグ・岡山シーガルズに所属。
馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、… 馬場 大拓(ばば だいたく、1983年6月30日 - )は、日本のバレーボール指導者。 兵庫県美方郡新温泉町出身。 兵庫県立浜坂高等学校から日本体育大学に進学し、1年生の6月から女子バレーボール部のコーチを務める。大学卒業後は日本体育大学大学院に進学。 神戸学院大学女子バレーボール部やベトナムのクラブチームのコーチを経て、2015年にJTマーヴェラスのコーチに就任。 2018年からは中田久美が監督を務める日本女子代表のコーチとなった。 2020年9月、埼玉上尾メディックスのコーチに就任。2024年5月の第72回黒鷲旗をもって退団。 2024年6月、PFUブルーキャッツ石川かほくの監督に就任した。
米村 信子(よねむら のぶこ、1983年〈昭和58年〉6月1… 米村 信子(よねむら のぶこ、1983年〈昭和58年〉6月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 大阪府大阪市東淀川区出身。幼なじみの友人に誘われて小学3年よりバレーボールを始める。大阪国際滝井高校時代はインターハイ(全国高等学校総合体育大会)などで活躍し、2002年(平成14年)Vリーグのシーガルズ(現・岡山シーガルズ)に入団。 サーブレシーブの要として、チームに貢献。2008年公私ともに絶好調の26歳の時、「足に違和感を覚え」ながらも「体が限界にきていることに鈍感になっていた」ため練習に臨み、右アキレス腱を断裂。リハビリテーションの末1年後、リベロからアタッカーとして復帰したが、ジャンプ力が負傷前の高さに戻らず、2011年5月に退団した。
角田 辰徳(かくだ たつのり、1983年5月24日 - )は… 角田 辰徳(かくだ たつのり、1983年5月24日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 熊本県菊池市出身。法政大学卒業後、2006年に東レアローズに入団。2007年のユニバーシアードに出場した。東レではレフトで活躍。 2014年5月の黒鷲旗大会をもって勇退し、社業専念とされたが、同年6月にジェイテクトSTINGSに移籍と発表された。2016年、同年度の黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会終了をもって現役引退し社業に専念。 2024年9月、この年に発足した熊本Virexのコーチに就任した。
都築 有美子(つづき ゆみこ、女性、1983年5月11日 -… 都築 有美子(つづき ゆみこ、女性、1983年5月11日 - )は、日本のバレーボール選手。ニックネームはレグ。
鈴木 寛史(すずき よしふみ、1983年3月31日 - )は… 鈴木 寛史(すずき よしふみ、1983年3月31日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 玉縄中学1年よりバレーボールを始める。 全日本ユース代表、ジュニア代表を経験し、2005年、サントリーサンバーズに入団した。 入団1シーズン目となる2005/06シーズン、Vリーグに出場し、Vリーグデビューを果たした。 2006年、日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。2010年、世界選手権に出場。以降も日本代表としてワールドリーグやワールドカップの国際大会に出場した。 2015年2月21日の豊田合成トレフェルサ戦に出場し、通算出場試合数が230試合となり、Vリーグ栄誉賞の受賞資格を得た。 2019年、2018-19シーズンの2018-19 V.LEAGUE DIVISION1 MEN終了をもって現役を引退した。
嶋田 美樹(しまだ みき、1983年3月29日 - )は、日… 嶋田 美樹(しまだ みき、1983年3月29日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 和歌山県新宮市出身。小学校5年生からバレーボールを始める。四天王寺高校入学時には身長が180cmを超え、将来の全日本選手として嘱望されていた。春高バレー・インターハイ等に出場し、1999年世界ユース選手権で優勝を経験。当時東洋紡の監督をしていた柳本晶一に注目され、2001年に入社した。 2002年、東洋紡が廃部となり、V1リーグ(チャレンジリーグ)の三洋電機大阪に移籍。2005年、第7回V1リーグでチーム初優勝に貢献し、V1チーム所属選手史上初の全日本代表に選出。同年のワールドグランプリ、アジア選手権に出場した。
福島 政則(ふくしま まさのり、1983年2月17日 - )… 福島 政則(ふくしま まさのり、1983年2月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。長崎県雲仙市出身。ポジションはオポジット。 ユース代表として2000年のアジアユースに出場。長崎日大高校を経て、法政大学を卒業後の2005年に豊田合成トレフェルサに入団した。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。 2012年に現役引退。
長江 晃生(ながえ あきお、1983年1月25日 - )は、… 長江 晃生(ながえ あきお、1983年1月25日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。大阪体育大学体育学部准教授。 徳島県徳島市出身。城東高校を卒業後、大阪体育大学へ進学。大学卒業後の2005年に堺ブレイザーズへ入団。大阪体育大学大学院に通いながらプレーしていた。 2007年に大分三好ヴァイセアドラーへ移籍。2009年には大分三好のコーチも兼任し、2009-2010年Vプレミアリーグで主力選手として活躍した。 2010年の全日本代表登録メンバーに選出され、アジア競技大会で金メダル獲得。2012年5月の黒鷲旗大会をもって勇退。 2014年から大阪体育大学の教員として、女子バレーボール部の監督に就任している。
田中 聖美(たなか まさみ、1982年12月22日 - )は… 田中 聖美(たなか まさみ、1982年12月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 父は元全日本の選手・監督の田中幹保。 四天王寺高等学校からJTマーヴェラス(現・大阪マーヴェラス)に加入。 2004-05シーズンを以って一度引退しアメリカの大学に進学するが1年で中退し、復帰を目指して渡欧。フランス2部リーグのVBチュール・ナーヴで現役復帰した。 翌シーズンはポーランドプロリーグのSSKカリシア・カリシュでプレー。 2009年に帰国し、堺ブレイザーズスクールコーチを務めるとともに、ヨガスクールも開講した。 2014年からフリーのヨガ講師とバレーボール指導者として活動する。
北島 武(きたじま たけし、1982年12月16日 - )は… 北島 武(きたじま たけし、1982年12月16日 - )は、日本の男子元バレーボール選手。ポジションはウイングスパイカー。Vプレミアリーグの堺ブレイザーズに所属していた。
五十嵐 元(いがらし げん、1982年12月12日 - )は… 五十嵐 元(いがらし げん、1982年12月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、バレーボール指導者、体育学者。 北海道苫小牧市出身。東海大四高校を卒業後、順天堂大学へ進学。大学卒業後の2005年に豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)へ入団した。 2009年に豊田合成を退団し、大分三好ヴァイセアドラーへ移籍した。2012年5月の黒鷲旗大会をもって勇退。同年10月、つくばユナイテッドSun GAIAに移籍。 つくばでの選手生活を送りながら、2014年からは筑波大学大学院人間総合科学研究科に在籍。同時期に在籍していた人物に吉井理人がいる。 2015/16シーズン終了後、現役を引退した。
久保 雅(くぼ みやび、1982年11月23日 - )は、日… 久保 雅(くぼ みやび、1982年11月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県都城市出身。2001年、JTマーヴェラス入団。入団直後から度々故障に悩まされるも、悪い流れを断ち切るスーパーサブや、ムードメーカーとしても非常に重宝されている。劣勢時の途中出場や、ワンポイントでの起用で結果を度々残している。 第10回Vリーグ、2004年1月18日福岡大会・NECレッドロケッツ戦、同年1月24日海老名大会・シーガルズ戦において途中出場から結果を残し、翌日25日日立佐和リヴァーレ戦にて初スタメンを勝ち取ると、このシーズン終了までスタメンとして定着する。 第11回Vリーグでは、高木理江の成長により、出場機会に恵まれなかった。
近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は… 近藤 茂(こんどう しげる、1982年11月23日 - )は、日本の男子元バレーボール選手。静岡県掛川市出身。ポジションはセッター。Vプレミアリーグの東レ・アローズ所属。
金丸 将大(かなまる まさとも、1982年11月10日 - … 金丸 将大(かなまる まさとも、1982年11月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。埼玉県さいたま市出身。ポジションはオポジット。Vチャレンジリーグの警視庁フォートファイターズに所属していた。 亜細亜大学を卒業後、2005年、東レアローズに入団した。2008年に現役生活3年で引退した。 2009年警視庁フォートファイターズに入団し、現役復帰。2016年まで在籍した。 ジェイテクトSTINGSに所属していた金丸晃大は実弟である。
枩田 優介(まつた ゆうすけ、1982年10月31日 - )… 枩田 優介(まつた ゆうすけ、1982年10月31日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 福井県福井市出身。越廼中学1年のときにバレーボールをはじめる。 全日本ジュニア代表、ユニバーシアード代表などを経験し、東海大在学中の2001年にワールドグランドチャンピオンズカップで全日本入り。2004年にパナソニックパンサーズの内定選手になり、2005年入団。10シーズンプレーした。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
大槻 めぐみ(おおつき めぐみ、1982年10月6日 - )… 大槻 めぐみ(おおつき めぐみ、1982年10月6日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 京都府綾部市出身。母親がママさんバレーをしていた影響で、小学3年よりバレーボールを始める。 京都成安高卒業後、東レアローズに入団。2006年5月に東レを退団し、その後四国Eighty 8 Queenに加入。2007年、エイティエイツのチャレンジリーグ昇格に貢献。チームの主将も務めた。 その後も香川県内の企業に勤めながらプレミアリーグ昇格を目指して活動していたが2009/10シーズン終了をもってエイティエイツを勇退した。 Vリーグ引退後は短大を経て小学校教諭に転身し、地元の綾部市で勤務している。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
冨田 寧寧(とみた ねね、1982年9月30日 - )は、日… 冨田 寧寧(とみた ねね、1982年9月30日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都大田区出身。小学校5年生からバレーボールを始める。両親は中国のバスケットボール選手だったが、実父とは早くに死別し、母が日本で再婚した。東京・成徳中から宮城・古川東中へ転校し、宮城県大崎市古川(旧・古川市)にあるバレーボールの強豪古川商高では1年時に春高バレー優勝を経験し、その後全日本ジュニアに選出された。 「投稿!特ホウ王国」で「日本一背の高い小学生」として紹介された。小学6年生(11歳)当時で身長177.1cmであった。 2001年、日立に入社したが、直後にバレー部が廃部になったため、東レアローズに移籍。
勝野 裕士(かつの ひろし、1982年9月30日 - )は、… 勝野 裕士(かつの ひろし、1982年9月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。長野県大町市出身。ポジションはリベロ。Vプレミアリーグの東レ・アローズに所属していた。
鈴木 健太(すずき けんた、男性、1982年9月13日 - … 鈴木 健太(すずき けんた、男性、1982年9月13日 - )は、日本の元バレーボール選手。宮城県亘理郡亘理町出身。ポジションはミドルブロッカー。 東北高校を卒業後、東海大学へ進学。2003年東西インカレでブロック賞、2004年東日本インカレで最優秀選手賞を受賞した。ユース代表としてアジアユースに出場し、2005年のユニバーシアードで準優勝を経験した。 大学卒業後の2005年4月、NECブルーロケッツに入団。2005年の全日本代表登録メンバーにも選出された。 2009年5月、NECの無期限活動停止による廃部に伴い、現役を引退した。
松﨑 さ代子(まつざき さよこ、1982年8月23日 - )… 松﨑 さ代子(まつざき さよこ、1982年8月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都世田谷区出身。小学校4年生よりバレーボールを始める。都立駒場高校を経て、2001年NECレッドロケッツに入団。2002年全日本代表に初選出され、同年ワールドグランプリに出場した。 2005年第12回Vリーグでは途中から大友愛が離脱したため、それまでのレフトからセンターにコンバートした。慣れないポジションにもかかわらず、ブロック決定率ではリーグ6位、得点ではチーム2位の成績を収めた。副主将として若手選手を牽引した。 2010年6月、現役引退。
加賀 龍哉(かが たつや、1982年8月19日 - )は、日… 加賀 龍哉(かが たつや、1982年8月19日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。VプレミアリーグのFC東京に所属していた。 北海道余市郡余市町出身。小学校時代、余市沢町小学校野球少年団のエースとして活躍し、全道大会に出場。中学校時代も野球部に所属しエースだった。中学3年で加賀のセンスを見抜いた野球部主将の薦めにより急遽バレー部へ入部、北海道選抜に選ばれた。 その後、東海大四高校を経て、早稲田大学を卒業後の2005年にFC東京へ入団。2007-2008年VチャレンジリーグのFC東京の優勝に貢献し、ブロック賞を初受賞した。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。2013/14シーズンをもって退部。
谷村 孝(たにむら こう、1982年8月15日 - 2017… 谷村 孝(たにむら こう、1982年8月15日 - 2017年9月3日)は、日本の元男子バレーボール選手。 福岡県飯塚市出身。筑穂中学1年よりバレーボールを始める。 中央大学在学中の2004年に全日本代表に初選出、同年ワールドリーグに出場した。2004年にパナソニックパンサーズの内定選手となった。 川村慎二とは同じポジションで助け合いながらプレーしてきて、川村が監督になってからは、計算できるベテランプレーヤーだった。 2015年2月21日の堺ブレイザーズ戦に出場し、通算出場試合数が230試合となり、Vリーグ栄誉賞の受賞資格を得た。 2016年に現役を引退。 2017年9月3日昼、心室細動による急性循環不全により死去。
黒羽 桂子(くろは けいこ、1982年7月13日 - )は、… 黒羽 桂子(くろは けいこ、1982年7月13日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 茨城県常陸太田市出身。実姉の影響でバレーボールを始めた。 1999年、第30回春高バレーにおいて準優勝に大きく貢献し、東北福祉大学に進学。大学卒業後は、2005年にVプレミアリーグ(当時)の日立佐和リヴァーレに入団し、2007年から2年間主将を務めた。 2009年5月日立佐和を退団し、同年7月デンソーエアリービーズに移籍、2010年9月に現役引退し、デンソーエアリービーズのマネージャーに就任した。 2012年5月末をもって退部。
和久山 志恵里(わくやま しえり、1982年7月9日 - )… 和久山 志恵里(わくやま しえり、1982年7月9日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都板橋区出身。小学校1年生よりバレーボールを始める。成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)、イトーヨーカドーを経て武富士バンブーに入団した。 2008年7月、同社勇退が発表された。
佐田 樹理(さだ じゅり、現姓:宮下、1982年6月18日 … 佐田 樹理(さだ じゅり、現姓:宮下、1982年6月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 福岡県三井郡大刀洗町出身。大林素子にあこがれて、小学校3年生からバレーを始める。熊本信愛女学院高校時代、春高バレー・インターハイ等に出場。1999年世界ユース選手権優勝、アジアユース選手権準優勝、2000年アジアジュニア選手権準優勝を経験した。 卒業後はJTマーヴェラスに所属し、レフト、ライト、リベロと様々なポジションをこなせるユーティリティープレイヤーとして活躍し、2003年、代表入り。2005年に退部。 その後、当時日立佐和の監督であった吉田國昭に直接懇願されて、日立佐和リヴァーレに移籍する。
西尾 太作(にしお だいさく、1982年6月10日 - )は… 西尾 太作(にしお だいさく、1982年6月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 先生に勧誘されて鹿屋中学1年よりバレーボールを始める。中学時代、オリンピック有望選手に選ばれる。 鹿屋農業高校では九州大会優勝など実績を上げ、盛重龍(豊田合成トレフェルサ)と鹿児島の2大エースとして活躍した。 国際武道大学卒業後の2005年に堺ブレイザーズへ入団。2008年の黒鷲旗大会でベスト6に選出された。 2010年、全日本代表登録メンバーに初選出された。 2012年7月末を以て堺を退団し、FC東京に移籍した。 2015年、FC東京を退団した。 2016年からは和歌山県立和歌山北高等学校教員として勤務している。
高橋 賢行(たかはし まさゆき、1982年6月7日 - )は… 高橋 賢行(たかはし まさゆき、1982年6月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。岩手県滝沢村(現・滝沢市)出身。ポジションはオポジット。Vチャレンジリーグの東京ヴェルディバレーボールチームに所属していた。
山本 英之(やまもと ひでゆき、1982年6月5日 - )は… 山本 英之(やまもと ひでゆき、1982年6月5日 - )は、日本の男子バレーボール選手。和歌山県有田市出身。ポジションはミドルブロッカー。Vチャレンジリーグの近畿クラブスフィーダ所属。口癖は『ポッ』。最近の口癖は『バーベキューをしたい』。
田中 飛鳥(たなか あすか、1982年5月19日 - )は、… 田中 飛鳥(たなか あすか、1982年5月19日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 岐阜県高山市出身。中学1年の時にバレーボールをはじめる。早稲田大学を経て、2005年堺ブレイザーズに入団した。 2007年6月に退団し、ジェイテクトSTINGSで1シーズンのプレーを経て、岐阜県高校教員(バレー部顧問)となった。 教員となってからもプレーを継続している。2009年度・2012年度の全日本クラブカップ選手権大会では岐阜クラブを優勝に導き、最優秀選手に選ばれている。また、2012年のぎふ清流国体に出場し、第4位となっている。
中西 了将(なかにし りょうすけ、1982年5月7日 - )… 中西 了将(なかにし りょうすけ、1982年5月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 北海道帯広市出身。東海大四高校を卒業後、法政大学へ進学。2004年の第16回アジア太平洋カップ登録メンバーに選出され、優勝を経験した。 大学卒業後の2005年4月にNECブルーロケッツに入団。練習中に半月板損傷のアクシデントに見舞われ、入団1年目は膝の手術によりVリーグ出場を果たせなかった。 2009年5月、NECの無期限活動停止による廃部に伴い、現役引退し社業に専念。Vリーグでは在籍4年で通算4セットの出場に留まった。 社業の営業職で多忙な日々を過ごし、同年10月に当時V・チャレンジリーグの東京ヴェルディに選手登録したが、試合出場がないまま2011年に登録抹消となった。
石倉 弘士(いしくら ひろし、1982年5月2日 - )は、… 石倉 弘士(いしくら ひろし、1982年5月2日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 島根県八束郡東出雲町(現:松江市)出身。揖屋小学校6年(揖屋VBC)よりバレーボールを始める。 島根県立安来高等学校を経て早稲田大学へ進学。その年の関東大学2部リーグでサーブ賞と新人賞を獲得し、チームの1部リーグ昇格に貢献。2004年には早稲田大学男子バレーボール部の主将を務めた。同年6月の第16回アジア太平洋カップ登録メンバーに選出され、優勝を経験した。 大学卒業後の2005年4月、NECブルーロケッツに入団。2009年5月、NECの無期限休部に伴い、現役引退した。 2022年、母校である早稲田大学の男子バレーボール部のコーチに就任した。
Kico(キコ)こと林田 季子(はやしだ きこ、本名:林田 … Kico(キコ)こと林田 季子(はやしだ きこ、本名:林田 咲子(はやしだ さきこ)、1982年4月28日 - )は、日本の元プロバレーボール選手。
木内 学(きうち まなぶ、1982年4月26日 - )は、日… 木内 学(きうち まなぶ、1982年4月26日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。 長野県佐久市出身。実兄の影響で、浅間中学校1年よりバレーボールを始めた。 岡谷工業高校、国際武道大学卒業後、2006年にVプレミアリーグの堺ブレイザーズに入団した。 2011年3月31日、現役引退。 引退後の2011年からは、堺ブレイザーズにてキッズバレーボールスクールコーチ・堺ジュニアブレイザーズコーチ等で指導・普及活動を行う。 現在は興國高等学校教諭、バレーボール部監督を務めている。
大道 大輔(おおみち だいすけ、1982年4月2日 - )は… 大道 大輔(おおみち だいすけ、1982年4月2日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 聖隷クリストファー高校を経て、東亜大学を卒業後、2005年にVプレミアリーグの堺ブレイザーズに入団。珍しい左利きのミドルブロッカーで、2009-2010年Vプレミアリーグではシーズンを通してチームに貢献した。 2013年5月31日付で堺を退団し、Vチャレンジリーグの大分三好ヴァイセアドラーに移籍した。 2015年3月23日、所属チームより引退が発表された。
髙橋 幸造(たかはし こうぞう、1982年3月21日 - )… 髙橋 幸造(たかはし こうぞう、1982年3月21日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 愛媛県松山市出身。松山工業高校を卒業後、近畿大学へ進学。松山工業時はスパイカーとして活躍し、高校選抜にも選ばれたりしたが、近畿大学時に監督の薦めもありセッターへと転向した。大学卒業後にV1リーグのTOYO TIRESに入団し、2期連続でサーブ賞を獲得した。 TOYO TIRESの廃部に伴い、2005年にV・プレミアリーグの豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)へ移籍。2009年と2010年に2期に渡り全日本代表メンバーに選出された。 2011年5月、黒鷲旗大会終了をもって退団を発表。退団後、地元の愛媛大学大学院で学びながら、近畿クラブスフィーダでプレーした。
井上 真弥(いのうえ しんや、1982年3月6日 - )は、… 井上 真弥(いのうえ しんや、1982年3月6日 - )は、日本の男子ビーチバレーボール選手。ペボニア・ボタニカ所属。 京都府出身。東山高等学校から大阪学院大学に進学。小3から始めたインドアのバレーボールを続けながら、大学4年時に出場したビーチバレーの全国大学選手権大会で優勝。卒業後、ビーチバレーに転向した。 長谷川徳海とペアを組み、2011年のビーチバレーJBVツアー年間王者となり、2012年のビーチバレージャパンでは優勝を果たした。
森田 亜貴斗(もりた あきと、1982年2月5日 - )は、… 森田 亜貴斗(もりた あきと、1982年2月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 奈良県大和郡山市出身。添上高校を経て、近畿大学在学中にジュニア代表に選ばれ、世界ジュニア、アジアジュニアに出場。大学卒業後の2004年にVリーグの松下電器・パナソニックパンサーズに入団し、ミドルブロッカーとしてプレーした。2013/14シーズンをもって現役引退。 引退後はV・チャレンジリーグの近畿クラブスフィーダで監督となり、2017/18シーズンから監督を2シーズン務めた。コーチ時代は天理高等学校女子、天理大学女子、近畿大学男子のコーチも務めていた。2019年2月に大阪国際大学女子バレーボール部監督に就任し1年間指揮。
岩田 正之(いわた まさゆき、1982年1月30日 - )は… 岩田 正之(いわた まさゆき、1982年1月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 奈良県桜井市出身。纏向小学3年(上牧ウイングス)よりバレーボールを始める。 全日本ユース代表やジュニア代表を経験、パナソニックパンサーズに入団。2008年、全日本に初選出された。 2010年1月に一身上の都合でパナソニックを退団した。
小菅 真弓(こすげ まゆみ、1982年1月20日 - )は、… 小菅 真弓(こすげ まゆみ、1982年1月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 千葉県船橋市出身。母親の影響で中学1年よりバレーボールを始める。2000年にシーガルズに入団。 2011年、KUROBEアクアフェアリーズに移籍し、1シーズンプレー。2012年5月、現役引退が発表された。 2016年1月から2020年3月までインドハリヤナ州グルガオンに滞在。2019年8月に全米ヨガアライアンスが定める200時間のヨガインストラクター養成コースを修了。RYT200を取得する。
及川 英香(おいかわ えいか、1981年12月20日 - )… 及川 英香(おいかわ えいか、1981年12月20日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 岩手県一関市出身。母親がバレーボールをしていたのがきっかけで中学1年生からバレーボールを始める。岩手県立花巻南高等学校、東海大学を経て、2004年、当時V1リーグだったトヨタ車体に入団。2006年のVリーグ (現・プレミアリーグ)昇格に貢献した。 プレミアリーグ昇格後も闘志あふれるプレーでチームを鼓舞した。2008年夏、故障を理由にチームを一度退部しながら、葛和伸元監督の要望も有って復帰。1シーズンプレーした後の2009年6月、トヨタ車体クインシーズを退部し、現役引退。
横山 雅美(よこやま まさみ、1981年12月12日 - )… 横山 雅美(よこやま まさみ、1981年12月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 東京都江東区出身。小学校2年生よりバレーボールを始める。成徳学園高校時代は春高バレー等に出場。嘉悦女子短大では、2001年ユニバーシアード日本代表、2000年・2001年学生選抜東西対抗戦メンバーに選出された。 2002年デンソーエアリービーズに入団。2003年ユニバーシアード日本代表に再び選出され主将を務めた。2005年、第11回Vリーグではチームを3位へ導いた。2008年、2007/08Vプレミアリーグにおいてチーム初となる準優勝に貢献。同年5月開催の第57回黒鷲旗大会では初優勝を果たした。 2010年6月にデンソーを退部し、8月日立リヴァーレに移籍した。
中尾 巴美(なかお ともみ、1981年11月27日 - )は… 中尾 巴美(なかお ともみ、1981年11月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県都城市出身。小学校5年生よりバレーボールを始める。都城西中時代に宮崎県選抜に選ばれる。延岡学園高校を経て、第一幼児教育短大では同期の有田佳織らと共にインカレ準優勝を経験した。 2002年、上尾メディックスに入部。主将としてチームを牽引し、2008年、2007-08チャレンジリーグにおいて日本人トップのアタック決定率46.9%を記録した。同年9月、第1回アジアカップ女子大会の全日本代表メンバー に選出された。 2009年7月、現役引退。
山本 雄史(やまもと ゆうじ、1981年11月18日 - )… 山本 雄史(やまもと ゆうじ、1981年11月18日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 開智高校を経て、立命館大学を卒業後の2004年にFC東京へ入団。2008-2009年VチャレンジリーグのFC東京の優勝に貢献し、最優秀選手賞とスパイク賞を獲得した。2015年、2014/15シーズン終了をもって退団した。