土井 宏昭(どい ひろあき、1978年12月2日 - )は、… 土井 宏昭(どい ひろあき、1978年12月2日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハンマー投。大阪世界選手権日本代表。釜山アジア大会ハンマー投げ銀メダリスト、ドーハアジア大会ハンマー投げ銅メダリスト。千葉県印西市出身。身長180cm、体重113kg。 本埜中学校、東京学館総合技術高等学校、中京大学体育学部卒業。2003年4月にファイテン株式会社に入社。その後2008年12月31日付でファイテン陸上部が廃部になり、チームミズノアスレティックを経て、千葉陸上競技協会に所属。2011年シーズンはITカンファー投擲部所属。。2012年4月より流通経済大学に職員として勤務。 2000年から日本インカレ3連覇。
田村 育子(たむら いくこ、1978年9月24日 - )は、… 田村 育子(たむら いくこ、1978年9月24日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は中距離走。元1500m日本記録保持者。元1マイル走日本最高記録保持者。 香川県出身。香川県立高松商業高等学校卒業。現役時代は、藤田信之監督が率いるワコール、グローバリーに所属していた。 1998年秋、解任された藤田に従いワコールを退社し、京都市内のアパートで野口みずきと共同生活を送り、失業保険をもらいながら職業安定所に通う日々を過ごす。1999年春に藤田・真木和・野口らとともにグローバリー所属となる。 2000年、日本選手権で1500mに出場し優勝。2001年、日本選手権で1500mに出場し優勝。2連覇を達成した。
笹野 浩志(ささの ひろし、1978年9月23日 - )は、… 笹野 浩志(ささの ひろし、1978年9月23日 - )は、日本の中距離走選手。 愛知県出身。犬山市立犬山中学校、愛知県立丹羽高等学校、立命館大学卒業。2002年に富士通に入社し、富士通陸上競技部に所属していた。2008年に競技から引退した。2025年4月1日に同社の陸上競技部のゼネラルマネージャーに就任した。
新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は… 新妻 拓弥(にいつま たくや、1978年9月19日 - )は、日本の元陸上競技選手(長距離走)。東京大学在学中に学生陸上界で活躍し、「東大史上最強ランナー」と称されることもある。現在はENEOSのゼネラルマネージャー(ロンドン在住)として、水素・合成燃料・持続可能航空燃料などの脱炭素事業開発に従事している。 岩手県盛岡市出身。中学3年生の夏に野球部を引退後、同級生に誘われて陸上競技を始め、中学駅伝で全国大会出場を果たす。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学工学部化学システム工学科に進学。在学中は東京大学陸上運動部に所属し、3年生以降に学生トップクラスの成績を記録。10000mで28分45秒62などの大学記録を残した。
高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )… 高橋 謙介(たかはし けんすけ、1978年5月30日 - )は、兵庫県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。報徳学園高校、順天堂大学出身。トヨタ自動車に所属した。 報徳学園高校時代は全国高校駅伝に2回出場。1年時の第45回大会では4区区間2位でチームの3位入賞に貢献。3年時の第47回大会で1区区間4位(日本人3位)と流れを作り、チームを優勝に導く。 順天堂大学進学後はエースとして頭角を現し、箱根駅伝では1年9区―2年9区―3年2区―4年9区と4年連続出場。2年時の第75回大会では自ら区間新記録(1時間09分17秒)の快走で駒澤大学を逆転し総合優勝。3年時の第76回大会ではライバル駒澤大学のエースで同郷の1年後輩にあたる神屋伸行と23kmに渡る激しい競り合い(ともに1時間08分51秒で区間2位)を演じ、チームは総合2位。
山中 美和子(やまなか みわこ、1978年5月24日 - )… 山中 美和子(やまなか みわこ、1978年5月24日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は長距離走。現ダイハツ女子陸上部監督。 奈良県香芝市出身。香芝市立香芝中学校から奈良県立添上高等学校、筑波大学を経てダイハツで選手生活を送る。 添上高校時代は、全国高校女子駅伝に1年時の1994年第6回大会から3年間エース区間の1区を走った。2学年上のエスタ・ワンジロ(仙台育英 )や千葉真子(宇治)、1学年上で3年時に1区だった川島亜希子(須磨学園)、同学年で2・3年時に出場しいずれも1区区間賞だったアン・ワムチ(仙台育英)、3年時に1区だった秦由華(市立船橋)、2・3年時に出場しいずれも1区14位・3位だった渋井陽子(那須拓陽)らを相手に3位(19:59)・3位(19:51)・2位(19:19)と快走した。
川畑伸吾(かわばた しんご、1978年5月15日 - )は、… 川畑伸吾(かわばた しんご、1978年5月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。身長175cm、体重70kg。鹿児島県出身。鹿児島城西高等学校、法政大学、群馬綜合ガードシステム(現在のALSOK群馬)を経て、現在は東京工学院専門学校スポーツビジネス科教員。 鹿児島城西高の3年時に、インターハイと国体(少年男子A)の100mを制して2冠を達成した。 2000年9月2日に東京都国立競技場で行われた第69回日本インカレの100m決勝において、10秒11の日本学生新記録(当時)と大会新記録(当時)を樹立して優勝した。また、この記録は日本歴代3位(当時)のタイムであり、国立競技場における日本人最速記録である。
為末 大(ためすえ だい、1978年5月3日 - )は、広島… 為末 大(ためすえ だい、1978年5月3日 - )は、広島市佐伯区出身の男子元陸上競技選手。400mハードル日本記録保持者で、現在はスポーツコメンテーター・タレント・指導者などで活動中。株式会社R.project取締役。株式会社侍 代表取締役。東京大学先端科学技術研究センター教授。 2001年世界陸上エドモントン大会・2005年世界陸上ヘルシンキ大会の男子400mハードルにおいて、世界陸上選手権の2大会で銅メダルを獲得。またオリンピックには、2000年シドニー・2004年アテネ・2008年北京と、3大会連続で出場した。身長170cm、体重66kg。 広島市立五日市中学校から広島県立広島皆実高等学校を経て法政大学経済学部卒。
ジュリアス・ギタヒ(Julius Gitahi、1978年4… ジュリアス・ギタヒ(Julius Gitahi、1978年4月29日 - ) は、日本を拠点に活躍していたケニア出身の男子陸上競技選手(長距離種目)。仙台育英学園高等学校卒業の後、日清食品グループ陸上競技部に所属していた。身長163cm、体重53kg。血液型O型。 ケニア中央州キリニャガ県ケルゴヤ出身。ケニア在住当時は片道約10km離れた中学校まで走って登校し、お昼時には家に帰って食事を摂り再び登校していた。仙台育英学園高等学校に留学後は、日の出と共に起床し朝食前に10kmほどランニング。一日の練習量は多い日には30km。一週間に100kmは走っていたという。ジュニア時代の実力は世界に通用するもので、全国高等学校駅伝競走大会の1区区間記録を保持している。
佐藤 美保(さとう みほ、旧姓:杉森、1978年4月14日 … 佐藤 美保(さとう みほ、旧姓:杉森、1978年4月14日 - )は、日本の女子陸上競技選手。800mの室内アジア記録保持者、4×400mリレー、800m、1500m、1000mの元日本記録保持者である。 三重県伊勢市で生まれ、埼玉県大宮市(現在のさいたま市西区)で育つ。大宮市立土屋中学校、星野女子高等学校を経て、東京学芸大学卒業後、京セラに入社。 入社後、中距離の才能を見出した監督の大森国男に800mへの転向を勧められるまでは、主にロングスプリントに取り組んでいた。当初は400mに未練があったのでシフトしなかったが、スーパー陸上の400mで53秒台を出してからは未練がなくなり、800mに転向する形となった[要出典]。
小林 史和(こばやし ふみかず、1978年3月21日 - )… 小林 史和(こばやし ふみかず、1978年3月21日 - )は、日本の元陸上競技選手。1000m、2000m日本記録保持者。岐阜県高山市出身。中京商業高等学校(現在の中京高等学校)、拓殖大学卒業。NTN所属。現在は愛媛銀行女子陸上部監督。 1993年4月、中京商業高等学校入学。3年連続、全国高等学校駅伝競走大会に出場。1年生時(1993年)は、2区(3 km)区間8位(8分31秒)、2年生時(1994年)は、1区(10 km)区間13位(30分36秒)、3年生時(1995年)は、1区(10 km)区間9位(30分8秒)の成績を修める。中京商業3年時(1995年)に鳥取インターハイ5000m13位、ふくしま国体少年A5000m4位入賞。
前田 康弘(まえだ やすひろ、 1978年2月17日 - … 前田 康弘(まえだ やすひろ、 1978年2月17日 - )は、陸上競技指導者(駅伝競走)、元選手。現國學院大學陸上競技部監督。 駒澤大学卒業。 千葉県の市立船橋高校を卒業後、駒澤大学に進学。現役時代の箱根駅伝では2、3年ともに7区を走り3位、4年時は主将として4区を走り区間8位で駒澤大学の総合優勝に貢献した。卒業後は富士通の実業団を経て、家業の電気工事会社の現場で働くも父の急死で会社は閉鎖。以降陸上競技の指導者として実績を積んだ異色の経歴を持つ。 2007年(平成19年)に國學院大學陸上競技部のコーチに就任し、2009年(平成21年)に監督に昇格。2回の出雲駅伝優勝や全日本大学駅伝優勝、箱根駅伝総合2位など好成績へと國學院大學陸上競技部を導く。
平田 栄史(ひらた えいし、1978年 -)は、愛媛県八幡浜… 平田 栄史(ひらた えいし、1978年 -)は、愛媛県八幡浜市出身の近代五種選手。1996年に愛媛県立八幡浜高等学校を卒業後、自衛隊体育学校で本格的に近代五種を始める。2006年アジア選手権、2007年世界選手権の日本代表に選出された。現在は引退し、自衛隊体育学校で指導に携わっている。 小学校の時から水泳を始め、中学3年時には愛媛県中学総体200mバタフライで優勝、高校進学後も順調に記録を伸ばし、四国高等学校選手権大会では400m自由形、200mバタフライで優勝を果たす。 その後も全日本実業団選手権で決勝に進出するなど、しばらくは競泳選手として活動していたが、スカウトを受けて自衛隊体育学校入りと同時に近代五種を始める。
大西 雄三(おおにし ゆうぞう、1977年12月26日 - … 大西 雄三(おおにし ゆうぞう、1977年12月26日 - )は、日本の陸上競技選手。福井県大飯郡高浜町出身。福井県立美方高等学校、駒澤大学卒業。 大学時代に箱根駅伝第76回大会で優勝する。卒業後、日清食品の実業団に12年間マラソンランナーとして所属し、2012年、34歳で引退。現在は、地元高浜町役場で勤務している。
安井 章泰(やすい あきひろ、1977年10月2日 - )は… 安井 章泰(やすい あきひろ、1977年10月2日 - )は、日本の元短距離走選手。 滋賀県出身。滋賀県立八幡高等学校、龍谷大学卒業。その後、スズキ陸上競技部に所属した。 その後は指導者となり、滋賀県の近江兄弟社高等学校の陸上部顧問、滋賀陸協の短距離コーチを務めた。2024年4月1日よりびわこ成蹊スポーツ大学の陸上競技部の短距離コーチに就任した。
古田 哲弘(ふるた てつひろ、1977年9月16日 - )は… 古田 哲弘(ふるた てつひろ、1977年9月16日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中・長距離走。陸上日本代表。1996年世界ジュニア陸上競技選手権大会10000m銅メダリスト。 磐田郡竜洋中学(現磐田市立竜洋中学)出身。静岡県立浜松商業高等学校、山梨学院大学出身。 1994年の第45回全国高校駅伝では2年生ながら最長区間である花の1区を務め、ダニエル・ジェンガに次ぐ区間2位(日本人トップ)の好走。翌1995年の第46回全国高校駅伝でも2年連続の1区を務め、ジュリアス・ギタヒに次ぐ区間2位(日本人トップ)で、29分15秒のタイムをマーク。これは2003年に上野裕一郎(佐久長聖高等学校)が28分54秒を記録するまで、日本人選手区間最高記録であった。
家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は… 家谷 和男(いえたに かずお、1977年8月25日 - )は、兵庫県たつの市出身の陸上競技選手・指導者。専門は長距離種目。 姫路商業高校卒業後、1996年に山陽特殊製鋼に入社。 2001年の全日本実業団ハーフマラソン大会で2位入賞。同年の東アジア競技大会では日本代表としてハーフマラソンに出場、優勝を飾る。 2005年の世界ハーフマラソン選手権では、日本代表としてトップの8位入賞。日本の団体3位に貢献した。同年のアジア陸上競技選手権では10000mに出場し5位に入賞している。 ニューイヤー駅伝では、2002年と2005年に当時の最長区間であった2区で区間3位と好走した。 2014年をもって現役を引退。
信岡 沙希重(のぶおか さきえ、1977年8月24日 - )… 信岡 沙希重(のぶおか さきえ、1977年8月24日 - )は、短距離走専門の日本の陸上競技選手、陸上競技指導者。山口県下関市出身。伊奈学園総合高等学校、早稲田大学卒業。女子200mの前日本記録保持者(23秒33)である。 小学校時代から抜群の俊足を見せ、中学校から陸上留学した。早大では、中心選手として活躍。大学卒業後、ミズノに入社。2001年、エドモントン世界選手権4×400mR代表に選出された。2004年、アテネオリンピック出場は逸したが、この頃から徐々に日本のトップ選手に成長。2004年に日本選手権の200mで優勝し以後2008年まで5連覇。特に、2006年の日本選手権では圧倒的な強さを見せ、100m・200mで2冠を達成した。
猫 ひろし(ねこ ひろし、本名:タキザキ クニアキ(Taki… 猫 ひろし(ねこ ひろし、本名:タキザキ クニアキ(Takizaki Kuniaki、クメール語: តាគីហ្សាគី គឹនិអាគិ)、日本国籍時代の氏名(カンボジアへの帰化後にこの表記を通名として取得):瀧﨑 邦明(たきざき くにあき)、1977年8月8日 - )は、お笑い芸人、日系カンボジア人の男性陸上競技選手。専門はマラソン。2016年リオデジャネイロオリンピックカンボジア代表。2011年(平成23年)よりカンボジア国籍取得。 千葉県市原市出身。2001年に目白大学人文学部言語文化学科卒業。2026年に順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科スポーツ健康科学専攻博士前期課程(修士課程)修了。
和田 伸也(わだ しんや、1977年7月9日 - )は、視覚… 和田 伸也(わだ しんや、1977年7月9日 - )は、視覚障害の陸上競技・マラソン選手。 IPC 世界パラ陸上競技クラス T11 、大阪府出身、長瀬産業所属、身長 176cm 、体重 62kg 。 2012年、ロンドン・パラリンピックの 5000m で銅メダルを獲得。2013年、IPC 陸上競技世界選手権大会マラソン銀メダル、2014年、アジアパラ競技大会 800m 、 1500m 、 5000m 金メダルの三冠、2017年、世界パラ陸上競技マラソン・ワールド・カップ金メダル等で活躍。クラス T11 の 800m 、 5000m 、 10000m 、マラソンのアジア記録、日本記録を樹立、 1500m の日本記録を樹立した。
鈴木 亜弓(すずき あゆみ、旧姓:島崎、1977年5月31日… 鈴木 亜弓(すずき あゆみ、旧姓:島崎、1977年5月31日‐)は、日本の陸上競技選手である。愛知県名古屋市出身、御幸山中学校卒業。市邨学園高等学校(現・名古屋経済大学市邨高等学校)卒業。中央大学卒業。スズキ入社。 2004年の日本選手権は、日本屈指の高速トラックといわれる布勢陸上競技場[要出典]で行われた。そんな中、女子100mでは追い風にも恵まれるなど、大会史上空前のハイレベルのレースとなった[要出典]。準決勝で鈴木は、それまでの自己ベスト11秒61を大きく上回る11秒45を記録。これは当時日本歴代3位タイの記録で、準決勝を1位通過した。決勝では小島初佳と坂上香織がともに自己ベストとなる11秒39の同タイム同着で優勝。
石田 智子(いしだ ともこ、1977年5月12日 - )は、… 石田 智子(いしだ ともこ、1977年5月12日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は短距離走。埼玉県新座市出身。新座市立第六中学校、埼玉県立伊奈学園総合高等学校、埼玉大学教育学部卒業。長谷川体育施設所属。4×100mリレーの元日本記録保持者。 石田は地元の国立大学である埼玉大学の出身である。強豪選手が有力私大に集中する状況の中で、石田の存在は、群馬大学出身の磯貝美奈子や島根大学出身の荒井悦加らと並ぶ稀有な存在であるといえる[要出典]。2012年10月の国体をもって23年間の競技生活に終止符を打った。
西田 隆維(にしだ りゅうい、1977年4月26日 - )は… 西田 隆維(にしだ りゅうい、1977年4月26日 - )は、日本の元陸上競技選手、俳優。本名:西田 隆維(にしだ たかゆき)。 栃木県足利市出身。佐野日本大学高等学校から駒澤大学に進み、大学時代に4年連続で箱根駅伝に出場。4年生の時には9区の区間新(当時)をマークし、初優勝に貢献した。ヱスビー食品、JALグランドサービスを経て、2009年2月の別府大分毎日マラソンを最後に現役引退。その後、役者として活動開始。2011年9月1日より法名でもある西田隆維(にしだ りゅうい)に改名。従兄弟の家が寺院であることから駒澤大学進学時は僧侶を志しており、2001年の世界選手権に出場した際にはTBSで「走る修行僧」のキャッチコピーがつけられた。
豊永 陽子(とよなが ようこ、1977年4月15日 - )は… 豊永 陽子(とよなが ようこ、1977年4月15日 - )は、日本の陸上競技選手。2005年ヘルシンキ世界陸上選手権女子砲丸投代表、2007年大阪世界陸上選手権女子砲丸投代表。現在、生光学園中学校・高等学校講師を務める。徳島県板野郡松茂町出身。
小鳥田 貴子(ことりだ たかこ、1977年4月2日 - )は… 小鳥田 貴子(ことりだ たかこ、1977年4月2日 - )は、元陸上競技選手。長距離走。デオデオに所属し、ハーフマラソン、10000mや駅伝競走等で活躍した。広島県立熊野高等学校卒業。広島市立沼田高等学校コーチ。現在の姓は山田。
三代 直樹(みしろ なおき、1977年3月16日 - )は… 三代 直樹(みしろ なおき、1977年3月16日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技指導者。専門は長距離種目。島根県松江市出身。島根県立松江商業高等学校、順天堂大学卒業。富士通陸上競技部所属。世界陸上選手権エドモントン大会日本代表。身長166cm、体重53kg。 順天堂大学時代は長距離トラック種目を中心に優れた結果を残し、日本インカレではダニエル・ジェンガや小林雅幸、山本佑樹(日本大学)らと頂点を競い、4年時(1998年)には5000m・10000mともに優勝を飾った。駅伝では、箱根駅伝に1年(1996年)から出場し、2年時1997年以降順天堂大学のエースとして、当時の駒澤大学のエース藤田敦史、東海大学の諏訪利成らと名勝負を演じた[独自研究?]。
中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都… 中田 有紀(なかた ゆき、1977年3月10日 - )は京都府出身の日本の陸上競技選手。七種競技および五種競技日本記録保持者。中京大学大学院、日本保育サービス所属。2004年のアテネオリンピックでは五輪の七種競技史上初の日本人選手として出場。2002年~2009年の日本選手権では七種競技で8連覇を果たす。身長167cm。愛称は「カメ」。
畑山茂雄(はたけやま しげお、1977年3月9日 - )は、… 畑山茂雄(はたけやま しげお、1977年3月9日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は円盤投。2007年世界選手権日本代表。青森県立黒石高等学校、日本体育大学卒業。青森県出身。 日体大卒業後ゼンリンに入社。2000年、日本選手権で優勝。以後勝ち続け、2004年に日本選手権5連覇を達成した。2006年の日本選手権では7連覇がかかっていたが、若手選手の小林志郎に僅差で敗れ、連勝記録はストップした。2007年6月3日、第3桑員地区記録会で60m10の日本歴代2位の記録をマークし、川崎清貴以来の60m投擲者となった。日本選手権では小林志郎らを退けて優勝。地元開催の世界選手権への出場を果たした。 2016年12月、現役引退を表明。
室伏 由佳(むろふし ゆか、1977年〈昭和52年〉2月11… 室伏 由佳(むろふし ゆか、1977年〈昭和52年〉2月11日 - )は、日本の元陸上競技選手、大学教員。女子ハンマー投の日本歴代2位記録保持者。 日本選手権で円盤投げ:優勝12回、ハンマー投:優勝5回。父はアジアの鉄人室伏重信、兄は2004年アテネオリンピック金メダリスト室伏広治。 愛知県豊田市出身。2004年アテネオリンピックハンマー投げ 金メダリストの室伏広治の実妹。豊田市立東保見小学校、豊田市立西保見小学校(新設のため校区変更により自動転校)、豊田市立保見中学校、名古屋経済大学市邨高等学校、中京大学を経て、現在はミズノ所属。 円盤投を専門とし、名経大市邨高校から中京大学に進むと、日本インカレを4連覇(1995年-1998年)、日本学生選手権を2連覇(1997年-1998年)するなど、学生・ジュニアのタイトルを次々に獲得した。
油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山… 油谷 繁(あぶらや しげる、1977年2月8日 - )は、山口県長門市出身の中国電力陸上競技部所属の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手、現指導者。山口県立美祢工業高等学校-中国電力。愛称は「あぶさん」。 主な実績に男子マラソンの種目で、2004年アテネオリンピック5位入賞、2001年世界陸上エドモントン大会・2003年世界陸上パリ大会二大会連続5位入賞など。息子の油谷颯太は元陸上競技選手で、現在は法政大学陸上競技部でマネージャーを務める。 美祢工業時代はほとんど無名。高校3年の時、広島であった全国高校総体中国地区予選に出場。同大会を中国電力の坂口泰監督が全国的に有名だった島根・松江商業の三代直樹(現・富士通)を見るため視察。
諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29… 諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手・現指導者である。群馬県佐波郡東村(現伊勢崎市)出身。身長178センチメートル、体重58キログラム。 主な実績に、2004年アテネオリンピック6位入賞、2007年世界陸上大阪大会7位入賞(共に男子マラソン)。 2004年限りで伊勢崎市に吸収された東村最初で最後の名誉村民である。
道下 美里(みちした みさと、1977年1月19日 - )は… 道下 美里(みちした みさと、1977年1月19日 - )は、日本の陸上競技選手(女子マラソン、ブラインドマラソン)。山口県下関市出身。既婚者、旧姓は中野。福岡県太宰府市在住。 2016年リオデジャネイロパラリンピック 陸上 女子マラソンT12 銀メダリスト。2021年開催の東京パラリンピック 陸上 女子マラソンT12 金メダリスト。2024年開催のパリパラリンピック 陸上 女子マラソンT12 銅メダリスト。 小学校4年の時に膠様滴状角膜ジストロフィーを発病し中学生になって角膜移植手術を受けたが右目を失明。福岡工業短期大学卒業後、地元山口で働きながら調理師の免許を取得、これからというときに、左目も発症し失明。
福本 幸(ふくもと みゆき、1977年1月4日 - )は、日… 福本 幸(ふくもと みゆき、1977年1月4日 - )は、日本の陸上競技選手。旧姓は青山。専門は走高跳である。大阪府出身。夙川学院高等学校、甲南大学卒業、中京女子大学大学院修了。世界陸上選手権大阪大会およびモスクワ大会女子走高跳日本代表。甲南学園AC所属。
細山 恵里(ほそやま えり、1977年 - )は、平成時代の… 細山 恵里(ほそやま えり、1977年 - )は、平成時代の日本の陸上競技選手。第79回日本陸上競技選手権大会女子砲丸投優勝者。
櫻井 健一(さくらい けんいち、1976年12月26日 - … 櫻井 健一(さくらい けんいち、1976年12月26日 - )は、日本の陸上競技選手で、現在は国際武道大学体育学部体育学科助教。セビリア世界選手権男子110mハードルの日本代表選手。日本選手権1998年第82回大会と2002年第86回大会で2位入賞の成績を残した。千葉県出身。千葉県立大多喜高等学校、国際武道大学体育学部卒業。身長180cm、体重74kg。 高校時代はインターハイに出場できず無名の存在であったが、国際武道大学に入学したことで110mハードル選手としての才能が開花した。1997年の3年時には関東インカレで優勝、日本学生選手権2位、日本インカレ4位、日本選手権5位と全国区の競技者となる。
嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )… 嶋原 清子(しまはら きよこ、1976年12月22日 - )は、日本の女子陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。山口県大島郡周防大島町出身。高水高等学校、国士舘大学卒業。身長154cm、体重43kg。1999年4月、資生堂ランニングクラブに入部し、その後8年間所属していたが、2007年4月1日をもってセカンドウィンドAC(SWAC)に移籍した。 2010年5月、当時陸上競技の現役選手で佐久長聖高等学校・陸上部コーチ(2011年3月より同校陸上部監督就任)の高見澤勝と結婚、その後ミセスランナーとしても活躍した。2012年1月29日の大阪国際女子マラソンで現役引退。2012年12月6日、第一子となる男子を出産した。
佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22… 佐藤 由美(さとう ゆみ、1976年(昭和51年)12月22日 - )は、山形県鶴岡市出身の、元陸上競技(中距離走・長距離走・マラソン・駅伝)女子選手。現役時代は資生堂ランニングクラブ所属で、2009年3月まで同クラブのキャプテンを務めていた(2009年4月より藤永佳子と交替)。
伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は… 伊藤 辰哉(いとう たつや、1976年12月21日 - )は、1990年代後半から2000年代前半にかけて活躍した日本の陸上競技選手。1997年に初めて20秒台をマークした。2002年アジア選手権200m代表。群馬県出身。
村上 佳宏(むらかみ よしひろ、1976年11月26日 - … 村上 佳宏(むらかみ よしひろ、1976年11月26日 - )は、静岡市出身の近代五種競技選手である。海上自衛隊呉教育隊所属。1等海尉。静岡県沼津学園高校(現飛龍高等学校)、日本体育大学卒業。 5歳で水泳を始め、沼津学園高3年でインターハイ400メートルリレー4位に輝く。 日体大進学後も自由形でインカレに出場し活躍。しかし日本選手権には出場できず。 卒業後は自衛隊体育学校に入り近代五種を始める。 2002年アジア大会団体で銅メダル獲得。しかし2004年アジア選手権では6位でアテネ五輪は逃す。 2006年12月の全日本選手権で初優勝。 2007年5月のアジア選手権で5位に入り、上位5人(1か国・地域2人まで)に与えられる北京オリンピック出場権を獲得。
小島 忠幸(おじま ただゆき、1976年11月22日 - )… 小島 忠幸(おじま ただゆき、1976年11月22日 - )は、旭化成陸上部所属の元陸上競技選手、現指導者。兵庫県丹波篠山市出身。篠山中学校・西脇工業高校卒。1999年にセビリアで開催された世界陸上競技選手権大会のマラソン日本代表。1学年上の兄・小島宗幸も旭化成に所属していた。
藤田敦史(ふじた あつし、1976年11月6日 - )は、福… 藤田敦史(ふじた あつし、1976年11月6日 - )は、福島県白河市(旧:西白河郡東村)出身の陸上競技元選手・現指導者。長距離走・マラソンが専門。清陵情報高等学校、駒澤大学経営学部卒業。世界陸上選手権セビリア大会6位入賞、およびエドモントン大会男子マラソン日本代表(12位)。男子マラソン前日本記録保持者。
明石 顕(あかし けん、1976年11月6日 - )は東京都… 明石 顕(あかし けん、1976年11月6日 - )は東京都出身の陸上競技選手。専門は競歩。2005年ヘルシンキ世界陸上選手権日本代表、2007年大阪世界陸上選手権日本代表。
瀬戸智弘(せと ともひろ、1976年10月19日 - )は、… 瀬戸智弘(せと ともひろ、1976年10月19日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は、長距離走。京都府生まれ、延暦寺学園比叡山高校出身。 高校卒業後、目標とする高岡寿成が所属するカネボウ陸上競技部に入部。2012年3月びわ湖毎日マラソンにて引退[要出典]。引退後も、2017年の「ももクロ夏のバカ騒ぎ2017 -FIVE THE COLOR Road to 2020-」で男子1500mに出演している。 大津市立田上中学校卒業。3年生の時には、3000mで全日本中学校陸上競技選手権大会出場しているが、予選落ちしている。 延暦寺学園比叡山高校進学後、2年生の時に全国高校駅伝に3区で出場している。3年生の時に全国インターハイ、1500mと5000mの2種目に出場。
石本 文人(いしもと ふみひと、1976年8月22日 - )… 石本 文人(いしもと ふみひと、1976年8月22日 - )は、日本の元お笑い芸人、元陸上競技選手で、現在はランニングイベントを主催する「TeamZero」代表。 兵庫県神戸市出身。元吉本興業所属。神戸市立横尾中学校、兵庫県立西脇工業高等学校を経て中央大学卒業。陸上競技の指導者として活動している。 現在は、ランニングイベントを主催する「TeamZero」代表として、たまねぎリレーマラソンを全国で開催している。 2006年の吉本新喜劇『第2個目金の卵オーディション』にて、森田まりこらとともに合格。1年で笑いの殿堂・なんばグランド花月の舞台に立つ。2008年に退団。 同期の小島忠幸(のち西脇工業)らとともに中学時代から全国トップレベルの中・長距離ランナーとして活躍。
野口 安忠(のぐち やすただ、1976年8月11日 - )は… 野口 安忠(のぐち やすただ、1976年8月11日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は砲丸投。福岡県出身、元日本記録保持者。八幡西高等学校(現自由ケ丘高等学校)、日本大学卒。身長182cm、体重106kg。
高橋 和裕(たかはし かずひろ、1976年7月27日 - )… 高橋 和裕(たかはし かずひろ、1976年7月27日 - ) は、日本の陸上競技選手。奈良県出身。200m元日本記録、100m元日本ジュニア記録・元日本高校記録保持者。200m元日本高校記録保持者。 高橋の“高”は、はしごの髙。 1994年、奈良県立添上高等学校在学時、日本陸上選手権大会で200mに出場し、伊東浩司に勝利。近畿インターハイにおいて、200mで20秒57のタイムを出し日本記録保持者(当時)となった。富山インターハイで100mを10秒24の高校新となる記録で優勝、200mも大会記録(20秒90、当時)で優勝、4×100mリレーの準決勝で40秒23を記録し高校新(当時)となる。また、専門外ながら初めて4×400mリレーで一走を務め優勝しインターハイ初の四冠王に輝いた。
菅原 由美子(すがわら ゆみこ、1976年7月17日 - )… 菅原 由美子(すがわら ゆみこ、1976年7月17日 - )は、日本の陸上競技選手。 神奈川県横浜市出身。横浜国立大学教育学部卒業。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
中澤 晃(なかざわ あきら、1976年7月13日 - )は、… 中澤 晃(なかざわ あきら、1976年7月13日 - )は、日本の元陸上競技選手。群馬県出身。神奈川大学法学部法律学科卒業。 前橋育英高等学校、神奈川大学出身。 大学3年時の第29回全日本大学駅伝では3区を区間3位で走り、神奈川大学の連覇に貢献した。第74回箱根駅伝では6区を走り、箱根駅伝デビューを飾る。往路2位の駒澤大学と13秒差の首位で芦ノ湖をスタートすると、後続を引き離し区間新記録で区間賞を獲得した。レース後のインタビューで記録が伝えられると「今初めて知りましたけど嬉しいですね。」と答えた。神奈川大学はその後トップを譲らず、2年連続の総合優勝を達成した。 4年時の第75回箱根駅伝では再び6区に登場。
大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )… 大坪 隆誠(おおつぼ たかのぶ、1976年6月15日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・駅伝競走など。
北島 良子(きたじま りょうこ、1976年6月12日 - )… 北島 良子(きたじま りょうこ、1976年6月12日 - )は、秋田県秋田市出身の女子陸上競技(長距離走・マラソン)選手・指導者・トレイルランナー。 秋田県立秋田北高等学校、城西短期大学卒業。 短大卒業後、みずほ銀行(入社当時は富士銀行)へ入社し陸上競技部に所属するも、2004年に陸上競技部が廃部。その後ヤマダ電機女子陸上部へ移籍。 初マラソンは1998年のベルリンマラソンで2時間36分55秒で8位。4年後の2002年大阪国際女子マラソンで2時間29分20秒で6位。2年後の2004年大阪国際女子マラソンは2時間31分18秒で再び6位。 2004年2月に結婚し、姓名登録を北島から「江田(えだ)良子」へ変更。