鈴木 充美(すずき みつよし/すずき じゅうび、安政元年6月… 鈴木 充美(すずき みつよし/すずき じゅうび、安政元年6月16日(1854年7月10日)- 昭和5年(1930年)5月23日)は、日本の政治家、外交官、弁護士。旧姓・木村。 伊勢国河曲郡神戸(現三重県鈴鹿市)で、神戸藩士・木村家の二男として生まれ、鈴木公充の養子となる。藩選抜により上京し、慶應義塾を経て、1881年(明治14年)、東京大学法学部を卒業。 学習院教授兼監事、外務省御用掛などを務める。1886年(明治19年)2月、朝鮮国仁川在勤領事に就任。1889年(明治22年)3月、香港在勤領事に転じ、1890年(明治23年)2月まで務めた。 第9代内務次官として1898年(明治31年)7月から10月まで勤める。
高平 小五郎(たかひら こごろう、1854年1月29日〈嘉永… 高平 小五郎(たかひら こごろう、1854年1月29日〈嘉永7年1月1日〉- 1926年〈大正15年〉11月28日)は、日本の外交官。男爵。貴族院議員等を務めた。日露講和会議で小村寿太郎とともに全権委員を務め、日露戦争後の日米関係を定めた高平・ルート協定を締結した。 現在の岩手県一関市の生まれ。陸奥国一関藩の藩士田崎三徹の三男であったが、同藩士高平真藤の養子となった。1868年の戊辰戦争には奥羽越列藩同盟側として従軍した。1870年(明治3年)貢進生として大学南校(現在の東京大学)に入学し、1873年(明治6年)には同校を卒業して工部省に出仕した。1876年(明治9年)以降は外務省に出仕し、1879年(明治12年)には在米国公使館在勤。
大山 綱介(おおやま つなすけ、嘉永6年1月22日〈1853… 大山 綱介(おおやま つなすけ、嘉永6年1月22日〈1853年3月1日〉 - 1911年〈明治44年〉8月21日)は、日本の外交官。駐イタリア公使。 薩摩国川辺郡加世田村(現・鹿児島県南さつま市)出身。1875年(明治8年)、外務省に出仕。西南戦争の際には柏田盛文・安楽兼道と共に警視として西郷軍に対して説得を試みた。その後、オーストリア・ハンガリー帝国公使館臨時代理公使、イタリア公使館附、フランス公使館附、外務書記生、外務書記官、公使館書記官、外務大臣秘書官、弁理公使を歴任。1899年(明治32年)より駐イタリア公使を務めた。ジャコモ・プッチーニはオペラ蝶々夫人を制作するにあたり、綱介の妻・久子に話を聞くことで日本の事情を取材していた。
栗野 慎一郎(くりの しんいちろう、嘉永4年11月7日(18… 栗野 慎一郎(くりの しんいちろう、嘉永4年11月7日(1851年11月29日) - 昭和12年(1937年)11月15日)は、明治・大正期の日本の外交官。初代駐フランス特命全権大使。
林 董(はやし ただす、嘉永3年2月29日(1850年4月1… 林 董(はやし ただす、嘉永3年2月29日(1850年4月11日) - 大正2年(1913年)7月20日)は、江戸時代末期(幕末)の幕臣、明治時代の日本の外交官、政治家。伯爵。蘭方医佐藤泰然の5男で初代陸軍軍医総監・男爵の松本良順は実兄。幼名は信五郎、名は董三郎(とうさぶろう)とも。変名、佐藤 東三郎(さとう とうさぶろう)。
梶山 鼎介(かじやま ていすけ、1848年11月15日(嘉永… 梶山 鼎介(かじやま ていすけ、1848年11月15日(嘉永元年10月20日)- 1933年(昭和8年)3月25日)は、幕末の長府藩士、明治期の陸軍軍人・外交官・政治家。最終階級は陸軍歩兵中佐。衆議院議員。初名・喜代三郎。 長門国豊浦郡(現山口県下関市)で、長府藩士・梶山伴右衛門栄作の長男として生まれる。慶応元年2月14日(1865年3月11日)に長府藩報国隊が結成され斥候兼応接役となる。同年3月25日(4月20日)同志2名と長府藩保守派、藩目付役・林郡平を自宅で暗殺し、同年11月(12月-1966年1月)に捕縛され角島に流罪となった。その後、赦免され戊辰戦争で北陸の戦闘に報国隊軍監として従軍した。
園田 孝吉(そのだ こうきち、弘化5年1月19日(1848年… 園田 孝吉(そのだ こうきち、弘化5年1月19日(1848年2月23日) - 大正12年(1923年)9月1日)は、日本の外交官、実業家。男爵。 1848年、薩摩藩士・宮内健吉の長男として大隅国太良村(現・鹿児島県伊佐市)に生まれる。藩内のお家騒動(平佐崩れ)により父親が処罰を受けたため、同藩士・園田沢右衛門の養子となる。鹿児島の洋学校「開成所」で、有島武らとともに英学を学ぶ。維新後は大学南校に学んだ後、1871年10月に外務省に出仕。翌1874年から約15年もの間、外交官としてイギリスに派遣された。1879年には一旦帰国し、卿補付書記心得として井上馨外務大臣の秘書となり、井上の紹介で富永銈子と結婚。
市川 文吉(いちかわ ぶんきち、1847年8月3日(弘化4年… 市川 文吉(いちかわ ぶんきち、1847年8月3日(弘化4年6月23日) - 1927年(昭和2年)7月30日)は、明治時代のロシア語通訳、外交官、教育家。幼名は秀太郎。 1847年、広島藩士・市川兼恭の長男として江戸神田新白銀町で生まれる。1860年(安政7年)、蕃書調所の仏学稽古人となり、1864年(元治元年)、開成所の仏学科教授手伝並に任ぜられた。 かねてより駐日ロシア領事ヨシフ・ゴシケーヴィチは幕府にロシアへ留学生を送ることを提案していた。1865年(慶応元年)、幕府は提案を採り上げ、遣露留学生を送ることを決定。当時開成所教授で、ロシアとロシア語に関心を持っていた父の推薦で留学生に選ばれた。
正木 退蔵(まさき たいぞう、弘化3年10月24日(1846… 正木 退蔵(まさき たいぞう、弘化3年10月24日(1846年12月12日) - 1896年(明治29年)4月5日)は、明治時代の教育者、外交官。旧萩藩士で、維新後ロンドンに留学し、開成学校講師で化学を教えた。その後、同校留学生監督として再び渡英し、帰国後東京職工学校初代校長に就任、晩年は在ハワイ王国総領事を務めた。正五位勲六等。 弘化3年(1846年)10月24日、長門国萩城外土原村渡り口筋で、萩藩大組士正木治右衛門の三男として生まれた。間もなく佐伯丹下の養子となったが、後に正木姓に復した。 安政5年(1858年)松下村塾で数ヶ月間吉田松陰に学んだ後、毛利元徳小姓として長州正義派に与し、大村益次郎の三兵学科塾で蘭学、兵学、三田尻海軍学校で英学を学んだ。
池田 寬治(いけだ かんじ/ひろはる、1846年(弘化3年)… 池田 寬治(いけだ かんじ/ひろはる、1846年(弘化3年) - 1881年(明治14年))は、明治時代の日本の外交官、幕末長崎の阿蘭陀通詞。別名は池田 政懋(いけだ まさよし)、呉 常十郎(ご じょうじゅうろう)。大学南校大助教や岩倉使節団四等書記官等を経て、のちに初代在天津領事や大蔵省長崎税関長を務めた。 1846年(弘化3年)、長崎の唐通事呉家に生まれる。1861年(文久元年)稽古通詞。1864年(元治元年)小通詞末席。フランス語を修め、阿蘭陀通詞からフランス語教員に転じ、1868年(明治元年)から長崎府仏学助教、仏学教授、仏学教導を歴任し、済美館や長崎府広運館(のちの長崎英語学校、長崎県立長崎中学校)で教鞭を執った。
上野 景範(うえの かげのり、1845年1月8日(天保15年… 上野 景範(うえの かげのり、1845年1月8日(天保15年12月1日) - 1888年(明治21年)4月11日)は明治時代の日本の外交官。通称、敬助、敬介。13歳で長崎に赴き、まず蘭学、ついで英学を修めた。 薩摩国鹿児島郡出身。英学に明るく、明治維新後にハワイの元年者移民問題などに当たり、駐米・英・墺などの全権公使を歴任。後に元老院議官となった。趣味は油絵。明治6年(1873年)5月、内閣に提議した李氏朝鮮との修好条約締結問題における意見書は、征韓論の端緒となり、明治六年政変を引き起こすこととなる。 天保15年(1844年)12月1日、薩摩国鹿児島近在塩屋村(現在の鹿児島県鹿児島市甲突町)にて唐通事・泰助と雪夫妻の長男として出生。
中村 博愛(なかむら ひろなり / ひろやす、天保14年12… 中村 博愛(なかむら ひろなり / ひろやす、天保14年12月29日〈1844年2月17日〉 - 1902年〈明治35年〉10月30日)は、幕末の薩摩藩士、明治期の外交官・官僚・政治家。元老院議官、貴族院勅選議員、錦鶏間祗候。旧名・宗見、変名・吉野清左衛門。 根占郷の麓集落(現鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北)生まれ。薩摩藩士の家に生まれる。長崎の長崎養生所でオランダ軍医・アントニウス・ボードウィンから医学を学ぶ。帰藩し開成所で英学を学ぶ。薩摩藩第一次英国留学生に選ばれ、元治2年3月22日(1865年4月17日)吉野清左衛門と変名して鹿児島から密出国し、イギリスで化学を学ぶ。慶応2年1月(1866年)シャルル・ド・モンブラン伯爵の勧めで田中静洲と共にフランスへ留学。
竹添 進一郎(たけぞえ しんいちろう、1842年4月25日〈… 竹添 進一郎(たけぞえ しんいちろう、1842年4月25日〈天保13年3月15日〉- 1917年〈大正6年〉3月31日)は、日本の外交官、漢学者。名は漸、字は光鴻(こうこう、みつあき)、号は井井(せいせい)と称した。甲申政変時の朝鮮弁理公使であり、後に漢学者として活躍した。日本学士院賞受賞。熊本県近代文化功労者。 肥後国天草(現・熊本県上天草市大矢野町)生まれ。父である小田順左衛門(竹添筍園)は、肥前国島原出身の医者(熊本藩医)で、天草大矢野島に移り住み、上八幡宮の宮司二上出雲の娘である美加と結婚した。順左衛門は儒学者広瀬淡窓門下十八傑の一人でもあり、進一郎が幼い頃より儒学を教えた。 1855年(安政2年)15歳の時、天草より熊本に出て儒学者木下韡村の門下生となった。
建野 郷三(たての ごうぞう、1842年1月12日(天保12… 建野 郷三(たての ごうぞう、1842年1月12日(天保12年12月1日) - 1908年(明治41年)2月16日)は、幕末の小倉藩士、明治期の官僚・外交官・実業家。大阪府知事、元老院議官。旧名・牧野弥次左衛門。 豊前国京都郡延永村(現:行橋市延永)に生まれる。小倉藩士・建野建三の養子となり「郷三」と改名。第二次長州征討において長州藩との戦いに従軍した。明治3年(1870年)、イギリスに留学し法律学を学んだ。 1877年(明治10年)11月、宮内省御用掛三等侍補心得となる。以後宮内権大書記官、兼太政官権大書記官を歴任。1879年(明治12年)、グラント前米国大統領の来日に当たり接伴掛を務めた。 1880年(明治13年)5月、大阪府知事に就任し約9年間在任、在任中に大阪府と堺県の合併を実現させた。
太田 資政(おおた すけまさ、1835年5月15日(天保6年… 太田 資政(おおた すけまさ、1835年5月15日(天保6年4月18日) - 1895年(明治28年)4月11日)は、幕末の通訳(長崎の唐通事)、外交官、武士(幕臣)。明治時代の官僚。通称は源三郎、諱は資政、号は耕煙。 肥前国(現在の長崎県)長崎で、代々唐通事の太田家に生まれる。その祖は徳川氏で、南洋各国を周遊していたが、長崎に落ち着いたという。いつからか太田氏を名乗る。幼少にして中国語を学び、通詞となる。安政6年(1859年)の横浜開港時に横浜に派遣され、30俵格の御家人となり通訳に従事した。万延元年(1860年)、新設された神奈川奉行所の役人として、唐通詞ほか2名、オランダ通詞6名とともに支配翻訳方となる。
寺島 宗則(てらしま むねのり、1832年6月21日〈天保3… 寺島 宗則(てらしま むねのり、1832年6月21日〈天保3年5月23日〉- 1893年〈明治26年〉6月6日)は、日本の外交官・政治家。元は松木 弘安(まつき こうあん)、別字に弘菴、弘庵、洪庵。通称は寺島改姓後に陶蔵と名乗った。日本の電気通信の父と呼ばれる。第4代外務卿として活躍した。 天保3年(1832年)、薩摩国出水郡出水郷脇本村字槝之浦(現:鹿児島県阿久根市脇本字槝之浦)の郷士・長野成宗の次男として生まれる(幼名徳太郎、後に藤太郎)。5歳のとき、跡継ぎがいなかった伯父で蘭方医の松木宗保の養嗣子となり、長崎で蘭学を学ぶ。 弘化2年(1845年)、江戸に赴き伊東玄朴、川本幸民より蘭学を学び、安政2年(1855年)より中津藩江戸藩邸の蘭学塾(慶應義塾の前身)に出講する。
鹿野 軍勝(かの ぐんかつ)は、日本の元外交官。コロンビア、… 鹿野 軍勝(かの ぐんかつ)は、日本の元外交官。コロンビア、バチカン大使。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
城守 茂美(じょうもり しげみ)は、日本の外交官。ミラノ総領… 城守 茂美(じょうもり しげみ)は、日本の外交官。ミラノ総領事、スロベニア駐箚特命全権大使などを歴任した。 外務省国際協力局政策課民間援助連携室長、儀典調整官、在ミラノ総領事を経て、スロベニア大使。
足木 孝(あしき たかし)は、日本の外交官。リビア駐箚特命全… 足木 孝(あしき たかし)は、日本の外交官。リビア駐箚特命全権大使、中東・北アフリカ担当特命全権大使を経て、クウェート駐箚特命全権大使。
杉原 千畝 は、岐阜県生まれの領事館員のち外交官(1943年… 杉原 千畝 は、岐阜県生まれの領事館員のち外交官(1943年)。
松原 昭(まつばら あきら、 - 2016年)は、日本の外交… 松原 昭(まつばら あきら、 - 2016年)は、日本の外交官。2012年(平成24年)10月11日から、マリ共和国駐箚特命全権大使。 東京都出身。関西学院高等部を経て、1973年(昭和48年)関西学院大学商学部を卒業し、1976年(昭和51年)外務省に入省した。国際機関人事センター室長を経て、2008年(平成20年)3月、外務省研修所指導官。2012年(平成24年)10月11日から、マリ共和国駐箚特命全権大使。2013年1月16日にアルジェリア人質事件が発生。治安の悪化のため1月23日から在マリ日本国大使館を一時閉鎖し、27日から在フランス日本国大使館で大使業務を行った。2016年5月13日死去。
井口 武夫 は、日本の外交官。尚美学園大学名誉教授。専攻は外… 井口 武夫 は、日本の外交官。尚美学園大学名誉教授。専攻は外交史、国際海洋法。位階勲等は従三位勲二等。父は元外交官の井口貞夫。
河上 謹一 は、戦前日本の外交官、実業家。岩国藩出身。東京大… 河上 謹一 は、戦前日本の外交官、実業家。岩国藩出身。東京大学法科大学第一期卒生。農商務省・文部省書記、東京商業学校校長、上海総領事、アメリカ合衆国領事、外務省通商局長、日本銀行理事、住友本店理事、南満洲鉄道監事。
道井 緑一郎 は、日本の外交官。出入国在留管理庁審議官、内閣… 道井 緑一郎 は、日本の外交官。出入国在留管理庁審議官、内閣官房内閣審議官等を経て、駐オランダ特命全権大使。
浅野 長勲(あさの ながこと)は、日本の江戸時代末から昭和初… 浅野 長勲(あさの ながこと)は、日本の江戸時代末から昭和初期の大名、政治家、外交官、実業家、社会事業家。
前田 正裕 は、日本の外交官。
永井 慎也 は、日本の外交官。
竹若 敬三 は、日本の外交官。
水城 幾雄(みずき いくお)は、日本の外交官。
高橋 礼一郎(たかはし れいいちろう)は、日本の外交官。ニュ… 高橋 礼一郎(たかはし れいいちろう)は、日本の外交官。ニューヨーク総領事。元アフガニスタン特命全権大使。
鈴木 一泉(すずき かずみ)は、日本の外交官。グアテマラ、コ… 鈴木 一泉(すずき かずみ)は、日本の外交官。グアテマラ、コロンビア駐箚特命全権大使。
野川 保晶(のがわ やすあき)は、日本の外交官。在ジュネーヴ… 野川 保晶(のがわ やすあき)は、日本の外交官。在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部大使、外務省研修所所長を経て、駐ニュージーランド特命全権大使。
伊藤 忠一(いとう ちゅういち)は、日本の法務官僚、外交官。… 伊藤 忠一(いとう ちゅういち)は、日本の法務官僚、外交官。リオデジャネイロ総領事、駐ネパール特命全権大使等を経て、日本ネパール協会会長を務めた。 岩手県生まれ。岩手県立一関第一高等学校を経て、1955年東北大学文学部卒業。1956年法務省入省。1962年外務省入省。1974年外務大臣官房領事移住部旅券課長。1978年在中華人民共和国日本国大使館参事官。1980年在ペルー日本国大使館参事官、リマ総領事。1983年リオ・デ・ジャネイロ総領事。1987年駐エティオピア特命全権大使。同年勲五等双光旭日章受章。1990年駐ネパール特命全権大使。退官後、日本ネパール協会(日ネ協会)会長や、セブンサミッツ持続社会機構特別顧問を務めた。
高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニュ… 高橋 正太郎(たかはし しょうたろう)は、日本の外交官。ニューヨーク総領事や、駐イラン特命全権大使、駐フィンランド特命全権大使を務めた。 秋田県北秋田郡鷹巣町(現北秋田市)出身。旧制秋田県立能代中学校(現秋田県立能代高等学校)、旧制東京商科大学(現一橋大学)を経て、1943年外務省入省。 バンコク、ワシントンでの大使館勤務を経て、科学技術庁原子力局国際協力課長や、外務省アメリカ局安全保障課長、駐連合王国大使館公使、駐クウェート特命全権大使、1977年ニューヨーク総領事、1981年駐イラン特命全権大使、1983年北海道担当特命全権大使(駐道大使)を歴任し、1984年から1987年まで駐フィンランド特命全権大使を務め、マウノ・コイヴィスト第9代フィンランド大統領の来日の際には、昭和天皇への進講を行うなどした。
塚原 大貮(塚原 大弐、つかはら だいに)は、日本の外交官。… 塚原 大貮(塚原 大弐、つかはら だいに)は、日本の外交官。2012年(平成24年)10月11日からベナン駐箚特命全権大使。 福島県出身。福島県立会津高等学校を経て、1975年(昭和50年)上智大学文学部フランス文学科を卒業する。1976年(昭和51年)外務省に入省した。ザイール(現在のコンゴ民主共和国)勤務、在ストラスブール日本国総領事館領事、在ギニア日本国大使館参事官、外務省研修所指導官などを経て、2010年(平成22年)1月、マルセイユ総領事。2012年(平成24年)10月11日からベナン駐箚特命全権大使。2025年、瑞宝中綬章受章。
鏡 武(かがみ たけし)は、日本の外交官。シリア駐箚特命全権… 鏡 武(かがみ たけし)は、日本の外交官。シリア駐箚特命全権大使、アイルランド駐箚特命全権大使などを経て、査察担当大使を最後に退官。公益財団法人中東調査会副理事長および副会長を経て同会参与。 川越市立川越第一小学校、川越市立川越第一中学校を経て、1962年(昭和37年)埼玉県立川越高等学校卒業。昭和42年度外務公務員採用上級試験に合格し、1968年(昭和43年)に一橋大学法学部卒業後、外務省に入省。1969年(昭和44年)9月、英語研修で英国ケンブリッジ大学に留学。1971年(昭和46年)6月、同大学経済学部を卒業。 その後、外務本省では、情報文化局、経済協力局、国際情報局等で勤務し、その後国際報道課長、官房文書課長を歴任。
柴崎 二郎(しばさき じろう)は、日本の外交官。2010年か… 柴崎 二郎(しばさき じろう)は、日本の外交官。2010年から2012年まで、ニカラグア駐箚特命全権大使。 埼玉県出身。外務省領事局政策課上席専門官を務め、在チリ日本大使館参事官、領事サービス部長、マナウス総領事等を経て、2010年ニカラグア駐箚特命全権大使。
篠塚 保(しのつか たもつ)は、日本の外交官。バングラデシュ… 篠塚 保(しのつか たもつ)は、日本の外交官。バングラデシュ駐箚特命全権大使を経て、2011年(平成23年)から国際テロ対策・組織犯罪対策協力担当大使、2012年(平成24年)からはサイバー政策担当大使も兼務する。
大島 弘輔(おおしま ひろすけ)は、日本の外交官。内閣官房内… 大島 弘輔(おおしま ひろすけ)は、日本の外交官。内閣官房内閣審議官兼インドシナ難民対策連絡調整会議事務局長等を経て、1991年(平成3年)から1994年(平成6年)までグアテマラ駐箚特命全権大使を務めた。 東京都立新宿高等学校を経て、1958年外交官領事官採用上級試験合格。1959年東京大学法学部卒業、外務省入省。在アルゼンチン日本国大使館一等書記官を経て、1975年在ブラジル日本国大使館一等書記官。1977年在メキシコ日本国大使館参事官。1979年外務省アジア局調査官兼経済局。同年外務大臣官房領事移住部移住課長。 1981年在アルゼンチン日本国大使館参事官。1984年在イタリア日本国大使館公使兼在マルタ日本国大使館公使。
木宮 憲市(きみや けんいち)は、日本の外交官。2016年(… 木宮 憲市(きみや けんいち)は、日本の外交官。2016年(平成28年)から2018年(平成30年)まで、初代ソロモン諸島駐箚特命全権大使を務めた。 東京都立川市出身。東京都立国立高等学校を経て、1975年創価大学法学部卒業。1978年外務省入省。国際開発高等教育機構事務局長兼研究部長、在モザンビーク日本国大使館参事官、在パプアニューギニア日本国大使館大使、在ソロモン日本国大使館参事官を経て、2016年から初代ソロモン駐箚特命全権大使を務め、日本戦没者遺骨収集推進協会の設立を受け、ガダルカナル島の戦いの遺骨収集事業を進めるなどした。
宮坂 祐介(みやさか ゆうすけ )は、日本の国土交通官僚・外… 宮坂 祐介(みやさか ゆうすけ )は、日本の国土交通官僚・外交官。内閣官房内閣審議官、内閣府政策統括官等を経て、バルバドス駐箚特命全権大使。 長野県出身。1986年長野県屋代高等学校卒業。1990年東北大学法学部卒業、建設省入省。 建設省建設経済局建設振興課課長補佐、国土交通省土地・建設産業局不動産市場整備課不動産投資市場整備室長等を経て、2014年内閣府参事官(防災計画担当)(政策統括官(防災担当)付)、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、内閣官房国土強靭化推進室参事官。2015年国土交通省大臣官房付。2016年国土交通省土地・建設産業局国際課長。2019年国土交通省都市局総務課長。 国土交通省総合政策局海外プロジェクト推進課長を経て、2020年退官、首都高速道路経営企画部長。
黒宮 貴義(くろみや たかよし)は、日本の外交官、経済学博士… 黒宮 貴義(くろみや たかよし)は、日本の外交官、経済学博士。元在アフガニスタン・イスラム共和国日本国大使館大使。 愛知県弥富市出身。愛知県立旭丘高等学校卒業。東京大学法学部卒業。1996年外務省入省。一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程を経て、2015年に同大学から博士(経済学)の学位を取得。 エジプトでアラビア語研修を受け、在ヨルダン日本国大使館、在イラク日本国大使館、資源エネルギー庁出向等を経て、2004年外務省中東アフリカ局中東第一課課長補佐。 外務省国際協力局国別開発協力第二課課長補佐を経て、2010年外務省国際情報統括官付第一国際情報官室首席事務官。2013年在カンボジア日本国大使館参事官。
横田 順子(よこた じゅんこ)は、日本の外交官。 愛知県出身… 横田 順子(よこた じゅんこ)は、日本の外交官。 愛知県出身。名古屋市立菊里高等学校を経て、1972年(昭和47年)南山大学外国語学部英米科を卒業する。1972年4月、外務省に入省した。 南東アジア第1課地域調整官、官房調査官を経て、2007年3月からチェンマイ総領事。 2010年(平成22年)から3年間、ラオス駐箚特命全権大使。2024年、瑞宝中綬章受章。
海部 篤(かいふ あつし)は、日本の外交官。儀典長、外務省軍… 海部 篤(かいふ あつし)は、日本の外交官。儀典長、外務省軍縮不拡散・科学部長を経て、在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使、包括的核実験禁止条約機関準備委員会議長。 岐阜県出身。1984年愛知県立一宮西高等学校卒業。1988年一橋大学法学部卒業、外務省入省。外務省アジア局北東アジア課課長補佐、外務省北米局安全保障条約課首席事務官、外務省総合外交政策局総務課外交政策調整官、外務省欧州局中・東欧課長、外務省国際法局経済条約課長兼法務省司法試験考査委員、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付兼内閣総務官室、国家戦略室室員)、在アメリカ合衆国日本国大使館公使等を経て、2016年在ドイツ日本国大使館公使。
中川 幸子(なかがわ ゆきこ)は、日本の外交官。2008年(… 中川 幸子(なかがわ ゆきこ)は、日本の外交官。2008年(平成20年)6月17日から2010年(平成22年)9月10日までマリ共和国駐箚特命全権大使。勲等は瑞宝小綬章。 三重県出身。1964年(昭和39年)に三重県立上野高校卒業。パリ大学大学院修了。 1987年(昭和62年)在マダガスカル大使館勤務。在モロッコ大使館一等書記官を経て、2006年(平成18年)2月から駐ドミニカ共和国兼ハイチ大使館一等書記官(駐ハイチ臨時代理大使)。2008年(平成20年)6月17日から2010年(平成22年)9月10日までマリ共和国駐箚特命全権大使を務め、同年11月19日辞職した。 2020年(令和2年)春の叙勲で、瑞宝小綬章を受章した。
松本 和朗(まつもと かずお)は、日本の外交官。 在ギリシャ… 松本 和朗(まつもと かずお)は、日本の外交官。 在ギリシャ、在ハンガリー 特命全権大使を歴任後、関東学園大学および大阪学院大学で教授を務めた。 1941年(昭和16年)2月5日生。1959年(昭和34年)3月京都府立桃山高等学校卒業。1963年(昭和38年)3月京都大学法学部卒業。 1964年(昭和39年)4月外務省入省、在ドイツ日本国大使館公使を経て、1995年(平成7年)1月参議院事務局渉外部長。1998年(平成10年)1月在ギリシャ国駐箚特命全権大使、2000年(平成12年)2月特命全権大使(大阪担当)、2001年(平成13年)2月在ハンガリー日本国大使館駐箚特命全権大使、2003年(平成15年)11月退官。
甲斐 紀武(かい のりたけ)は、日本の外交官。宮内庁式部官や… 甲斐 紀武(かい のりたけ)は、日本の外交官。宮内庁式部官や、駐チュニジア特命全権大使、日本国際フォーラム所長、東アジア共同体評議会常任副議長、法務省難民審査参与員等を歴任した。 大阪府立天王寺高等学校を経て、1964年一橋大学法学部卒業後、外務省に入省し、フランス語研修を受けた。国際科学技術博覧会協会外事部長や、アフリカ第一課長、大臣官房儀典官兼式部官、在メキシコ日本国大使館公使、在イタリア日本国大使館公使、駐パナマ特命全権大使、駐レバノン特命全権大使、駐チュニジア特命全権大使を経て、2003年鹿児島県立短期大学教授。2004年から日本国際フォーラム参与を務め、伊藤憲一理事長の補佐にあたった。
水野 達夫(みずの たつお)は、日本の外交官。2007年から… 水野 達夫(みずの たつお)は、日本の外交官。2007年からネパール駐箚特命全権大使。大阪府大阪市阿倍野区出身。 大阪府立天王寺高等学校出身。東京大学文学部社会学科在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。1973年(昭和48年)東大を卒業し、外務省に入省した。
高岡 正人(たかおか まさと)は、日本の外交官。2012年(… 高岡 正人(たかおか まさと)は、日本の外交官。2012年(平成24年)9月11日から2013年(平成25年)までイラク駐箚特命全権大使。2013年からシドニー総領事、2016年(平成28年)からモンゴル駐箚特命全権大使、2019年(令和元年)からクウェート駐箚特命全権大使。2022年退官。 兵庫県氷上郡山南町(現在の丹波市山南町)出身。和田小学校、和田中学校、兵庫県立柏原高等学校で学ぶ。
林 克好(はやし かつよし)は、日本の外交官。2012年(平… 林 克好(はやし かつよし)は、日本の外交官。2012年(平成24年)10月11日からイエメン駐箚特命全権大使。 和歌山県海南市出身。海南市立内海小学校、海南市立第三中学校、和歌山県立海南高等学校を経て、1972年(昭和47年)上智大学外国語学部を中退して、外務省に入省した。入省後はエジプトでアラビア語研修を受けたのち、外務省中近東アフリカ局中近東第一課、アルジェリア、南イエメン、シリアなどで勤務。パレスチナ自治政府日本政府代表、外務省中東アフリカ局中東第二課地域調査官などを経て、2年間半の駐トルコ大使館公使参事官を経て、2008年(平成20年)4月、イスタンブール総領事。2012年(平成24年)10月11日からイエメン駐箚特命全権大使。