數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、… 數原 顕子(すはら あきこ、1994年3月20日 - )は、兵庫県多可郡多可町出身の女子ソフトボール選手(外野手)。2019年日本リーグ最高殊勲選手(MVP)。 兄の影響で多可町立八千代北小学校4年生の時に軟式野球を始める。多可町立八千代中学校に進学後はソフトボールに転向。 夙川学院高等学校、甲賀健康医療専門学校を経て、2014年に日本リーグ1部のシオノギ製薬に入団。2シーズン目の2015年は2部リーグで戦うことになったが、打率.472・本塁打5・打点11の好成績を残して2部リーグのMVPを獲得。チームも1シーズンで1部リーグ復帰を果たした。 2017年には8本塁打を放ち、ホンダリヴェルタの森山遥菜と本塁打王のタイトルを分け合った。
坂東 瑞紀(ばんどう みずき、1994年3月15日 - )は… 坂東 瑞紀(ばんどう みずき、1994年3月15日 - )は、日本の元女子プロ野球選手(投手)、野球指導者。2024年から広島県内の女子野球チーム・はつかいちサンブレイズに所属。 尾道市内の小学校で少年野球チームに入団する。地元の公立中学校に通い、女子硬式野球部がある駒沢学園女子高校、至学館大学へ進学する。 2016年埼玉アストライアへ入団。同年途中に兵庫ディオーネへ移籍。 2018年京都フローラへ移籍。 2019年からは愛知ディオーネへ復帰した。 2020年シーズン限りで女子プロ野球を退団、2021年から始動する女子硬式クラブチーム「阪神タイガース Women」に所属することが発表された。背番号は15。
今村 信貴(いまむら のぶたか、1994年3月15日 - )… 今村 信貴(いまむら のぶたか、1994年3月15日 - )は、大阪府四條畷市出身の元プロ野球選手(投手)。 小学1年から投手として野球を始める。四條畷南中時代は、生駒シニアに所属。 太成学院大学高等学校では、1年時の秋からエースとなる。2年時の秋に大阪大会ベスト8に進出し注目され、「近畿No.1左腕」の異名を取るようになる。3年時の夏は、初戦の守口東高戦で5回参考ながらノーヒットノーランを達成。しかし、4回戦の金光大阪高戦で8回14安打7失点と打ち込まれ敗退した。夏の大会後も練習を続け、入学時に120km/h台だったストレートが最速149km/hまで伸びた。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから2位指名を受け、契約金6000万円、年俸600万円で入団に合意した(金額は推定)。
樋口 菜美(ひぐち なみ、1994年3月11日 - )は、徳… 樋口 菜美(ひぐち なみ、1994年3月11日 - )は、徳島県出身の女子ソフトボール選手(外野手)。 兄の影響で7歳から野球を始めた。高校からソフトボールに転向。徳島県立徳島商業高等学校、園田学園女子大学を卒業後、2016年に伊予銀行ヴェールズに入団。 2016年から2021年まで伊予銀行ヴェールズでプレー。2020年の日本リーグでは、主に1番打者または4番打者として全11試合に出場して打率.286(リーグ20位タイ)、4本塁打(同1位タイ)、6打点(同12位タイ)の記録を残し、本塁打王とベストナイン賞(指名選手)のタイトルを獲得した。 2022年にタカギ北九州ウォーターウェーブに移籍。初年度からJDリーグのレギュラーシーズン全29試合に出場して打率.304(西地区8位)、10本塁打(同1位)、26打点(同1位タイ)を記録し、西地区の最多本塁打賞、最多打点賞、ベストナイン(外野手)を受賞した。
沼田 拓巳(ぬまた たくみ、1994年3月4日 - )は、愛… 沼田 拓巳(ぬまた たくみ、1994年3月4日 - )は、愛知県名古屋市守山区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学5年生の夏から野球を始め、森孝東小学校在学時は「守山ボーイズ」、森孝中学校在学時は「守山クラブ」に所属した。中学時代までのポジションは投手兼中堅手。 高校からは投手に専念。大垣日大高校在学中、高校は第82回と第83回選抜高等学校野球大会に出場しているが、エースに葛西侑也がいたため、沼田自身は予選には出場したものの本戦はベンチ外で甲子園出場実績はない。高校時代の1年先輩には阿知羅拓馬がいる。 高校卒業後は愛知大学野球の2部リーグに所属する名古屋産業大学に進学したが、その年の夏に中退。
中川 皓太(なかがわ こうた、1994年2月24日 - )は… 中川 皓太(なかがわ こうた、1994年2月24日 - )は、大阪府富田林市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 富田林市立高辺台小学校時代は3年生からジュニア金剛に所属。富田林市立葛城中学校時代は富田林ブルーウェーブに所属。 広島県の山陽高等学校では県大会準優勝が最高で、甲子園出場歴はなし。硬式野球部での2学年先輩に森原康平がいる。 東海大学では1年春からリーグ戦に出場。4年次の第46回明治神宮野球大会ではベスト4。リーグ通算16勝1敗、防御率1.31。同期に田中俊太、渡辺勝、吉田侑樹、1学年上に大城卓三、1学年下に丸山泰資がいる。 2015年10月22日に行われたドラフト会議で読売ジャイアンツから7位指名を受けた。
横山 雄哉(よこやま ゆうや、1994年2月21日 - )は… 横山 雄哉(よこやま ゆうや、1994年2月21日 - )は、山形県東村山郡中山町出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)。 中山町立長崎小学校2年時に軟式野球を始めると、同町立中山中学校時代に「中山ベースボールクラブ」へ所属。山形中央高校への進学後は、「菊池雄星2世」という評価を受けた。2年生の時には、エースとして、春夏連続で甲子園球場の全国大会に出場したが、いずれも初戦で敗退。春の第82回選抜高等学校野球大会では、日大三高との対戦で、18安打13得点の猛攻を受けた。在学中の1学年後輩に、齋藤友貴哉がいる。 高校3年時の秋にプロ志望届を提出したが、2011年のドラフト会議でどの球団からも指名されなかったため、卒業後に新日鐵住金鹿島へ入社した。
吉田 侑樹(よしだ ゆうき、1994年2月16日 - )は、… 吉田 侑樹(よしだ ゆうき、1994年2月16日 - )は、大阪府寝屋川市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
茂木 栄五郎(もぎ えいごろう、1994年2月14日 - )… 茂木 栄五郎(もぎ えいごろう、1994年2月14日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する東京都小金井市出身のプロ野球選手(内野手)。
中野 花菜(なかの かな、1994年2月12日 - )は、鹿… 中野 花菜(なかの かな、1994年2月12日 - )は、鹿児島県日置市出身の女子ソフトボール選手(投手)。 神村学園中等部時代に全国中学校ソフトボール大会を3連覇している。 神村学園高等部卒業後、2012年にルネサス高崎に入団。同年の日本リーグ新人賞に選ばれた。2014年には日本代表に選出。2019年限りで現役引退。 2021年、地元鹿児島県のMORI ALL WAVE KANOYAで現役復帰。2024年シーズン終了後に現役引退。
坂本 友梨(さかもと ゆり、1994年2月9日 - )は、日… 坂本 友梨(さかもと ゆり、1994年2月9日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。兵庫県出身の内野手。右投げ右打ち。 小学2年から少年軟式野球チームで野球を始める。中学は陸上部に、兵庫県立高砂高校ではソフトボール部に所属。2011年に日本女子プロ野球機構による第3回合同トライアウトを受験し合格。プロ1年目の2012年は、兵庫スイングスマイリーズに所属。3月26日の京都アストドリームス戦(京セラドーム大阪)で初出場、6月10日の大阪ブレイビーハニーズ戦(明石トーカロ球場)で初ヒットを記録している。翌2013年はノース・レイアの選手としてプレー。同シーズン後、来期の契約を結ばないことが発表された。
松田 遼馬(まつだ りょうま、1994年2月8日 - )は、… 松田 遼馬(まつだ りょうま、1994年2月8日 - )は、長崎県島原市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 島原市立第四小学校2年生の時から、杉谷トータスでソフトボールを始める。島原市立第一中学校で軟式野球部に所属すると、投手を務めるようになった。中学3年生の時には、硬式野球で県内屈指の強豪校である長崎県立清峰高等学校への進学を目指していた。しかし結局は、自力で甲子園での全国大会出場を実現すべく、同じ県立の波佐見高校を進学先に選択した。 波佐見高校への進学後は、1年生の夏から背番号「11」でベンチ登録。3年生春の第83回選抜高等学校野球大会で、全国大会への出場を果たした。この大会では、1回戦で横浜高校の柳裕也らとの投げ合いに制し5-1で勝利したが、2回戦で兵庫県立加古川北高に0-2で敗退。
上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は… 上沢 直之(うわさわ なおゆき、1994年2月6日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 幼少期はサッカーに興じていた。松戸市立第一中学校に入学すると野球部に入部したが、それほど強いチームではなく、全国的にも無名な選手だった。 専大松戸高校進学後は1年からベンチ入りを果たし、エースとなった2年春の千葉県大会では2回戦で春の選抜に出場した東海大望洋と激突。先発した上沢は7回12奪三振の好投、打線も爆発してコールド勝ちを収め、その後チームはベスト8に進出し、投打ともに総合力が高い専大松戸ナインに注目が集まるようになった。2年夏は甲子園出場こそ逃すも県ベスト4入り、2年秋の千葉県大会でもベスト4に入った。
大貫 晋一(おおぬき しんいち、1994年2月3日 - )は… 大貫 晋一(おおぬき しんいち、1994年2月3日 - )は、神奈川県横浜市青葉区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 神奈川県横浜市出身。横浜市立奈良小学校、横浜市立奈良中学校卒。小学校3年生の時に野球を始める。中学時代は、硬式野球の横浜青葉シニアに所属していた。シニア時代はチームの出場メンバーに入ることができないこともあったという。 中学卒業後は地元を離れ、静岡県の桐陽高等学校に進学。在学中に右肘痛を発症したが、3年時の夏にはエースとしてチームを18年ぶりの静岡大会ベスト8に導いた。ただ、甲子園出場はならなかった。なお、森川夕貴(テレビ朝日アナウンサー)は高校の同級生である。
遊馬 ジェシー(あすま ジェシー、1994年1月31日 - … 遊馬 ジェシー(あすま ジェシー、1994年1月31日 - )は、日本の元プロ野球選手、野球指導者。 アメリカ合衆国ハワイ州出身。本名は同じ。 埼玉県立南稜高校を経て埼玉大学で学ぶ。大学卒業後、小学校の教員を務めていた。 2018年に独立リーグのベースボール・ファースト・リーグ(略称:BSL、2019年より関西独立リーグ)に加盟する兵庫ブルーサンダーズ(現:兵庫ブレイバーズ)に練習生として入団する[要出典]。 2019年に支配下登録され、選手兼任コーチにも就任したが、[要出典]6月28日付で退団した。2020年より同じリーグの06BULLS(現:大阪ゼロロクブルズ)に入団。14試合に出場して規定未到達ながら打率.421を記録する。
北方 悠誠(きたがた ゆうじょう、1994年1月25日 - … 北方 悠誠(きたがた ゆうじょう、1994年1月25日 - )は、佐賀県唐津市出身の元プロ野球選手(投手)。 友人の誘いで、小学2年時から遊撃手として軟式野球を始めた。唐津市立湊中学校時代には、軟式野球部で遊撃手と投手を務めた。 佐賀県立唐津商業高等学校への進学後は、1年時夏からのベンチ入りを経て、2年時の春からエースの座を確保。夏の選手権佐賀大会では初戦で敗れたが、秋の佐賀県大会では、全5試合で完投勝利を挙げてチームを優勝に導いた。3年夏の第93回全国高等学校野球選手権大会では、佐賀大会で通算57イニング(888球)を投げ抜いた末に優勝。準々決勝では、延長15回を完投したばかりか、引き分けで迎えた翌日の再試合も完投した。
鈴木 康平(すずき こうへい、1994年1月21日 - )は… 鈴木 康平(すずき こうへい、1994年1月21日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 オリックス・バファローズ時代の2018年から2022年までの登録名はK-鈴木(ケイすずき)。 小学生時代に鎌ヶ谷ライオンズへ所属、6年時に主将を務めた。中学生時代には陸上部で活動するかたわら、鎌ヶ谷シニアで野球を続けた。 千葉明徳高校への進学後は、2年の春からベンチ入りを果たした。3年夏の千葉県大会では2回戦で強豪・専大松戸と対戦。上沢直之と投げ合い、延長11回を終えても6-6と決着がつかず、大会規定により引き分け再試合になった。翌日の再試合にも2番手で登板するが、2-5で敗北した。
中村 沙織(なかむら さおり、1994年1月18日 - )は… 中村 沙織(なかむら さおり、1994年1月18日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。神奈川県出身。捕手、右投げ右打ち。 蒲田女子高校出身。2011年に日本女子プロ野球機構による第3回合同トライアウトを受験し合格、2012年は、京都アストドリームスで、2013年はイースト・アストライアでプレー。同シーズン後、自由契約。
高橋 周平(たかはし しゅうへい、1994年1月18日 - … 高橋 周平(たかはし しゅうへい、1994年1月18日 - )は、神奈川県藤沢市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。現在は中日ドラゴンズに所属。
神里 和毅(かみざと かずき、1994年1月17日 - )は… 神里 和毅(かみざと かずき、1994年1月17日 - )は、沖縄県島尻郡南風原町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 いわゆる「スポーツ一家」の第二子(長男)として出生した。小学校3年時まで、軟式野球と陸上競技を掛け持ちをしていた。自身の意思で、小学校4年時から野球に専念。南星中学校在学中のポジションは内野手であった。 沖縄県立糸満高等学校への入学後に硬式野球部で外野手へ転向すると、2年秋からレギュラーに定着した。3年夏の第93回全国高等学校野球選手権大会でチームを史上初の全国大会出場へ導いたが、初戦(1回戦)の英明高戦に1-4で敗戦。「1番・中堅手」として出場した神里も、松本竜也から無安打に抑えられた。
小林 大誠(こばやし だいせい、1994年1月15日 - )… 小林 大誠(こばやし だいせい、1994年1月15日 - )は、青森県平川市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 5歳から野球を始める。平賀西中学校では「弘前シニア」でプレーした。野辺地西高校では3年時に故障したエースに代わって背番号「2」ながらも投手を務めた。夏の青森大会では6試合全てにおいて完投し、決勝で姉妹校の光星学院に敗れたものの準優勝に大きく貢献した。 2013年のBCリーグドラフトによって富山サンダーバーズに指名され入団。2013年、2014年は打撃面において結果が残せず、出場機会にも恵まれなかった。2014年シーズン終了後、選手分配ドラフトによって新球団である武蔵ヒートベアーズに移籍。
齋藤 俊介(さいとう しゅんすけ、1994年1月7日 - )… 齋藤 俊介(さいとう しゅんすけ、1994年1月7日 - )は、千葉県佐倉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 佐倉市立千代田小学校時代から軟式野球を始めると、佐倉市立臼井南中学校時代には佐倉ボーイズに所属。 成田高等学校2年の夏に全国高等学校野球選手権千葉大会でのチーム20年ぶりの優勝を経て、第92回全国高等学校野球選手権大会にも控え投手としてベンチ入りを果たした。チームは58年ぶりに準決勝へ進出したが、自身の登板機会はなかった。翌年はエースとして夏の千葉県大会に臨んだが、4回戦で館山総合に延長15回サヨナラ負けを喫した。 立教大学では、1年時の東京六大学春季リーグ戦から中継ぎで登板。1年の秋季リーグ戦から先発へ転向すると、東京大学とのリーグ最終戦で初勝利を挙げた。
井口 和朋(いぐち かずとも、1994年1月7日 - )は… 井口 和朋(いぐち かずとも、1994年1月7日 - )は、神奈川県横浜市緑区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ベラクルス・イーグルス所属。 小学校1年生のときにDMファイターズで野球を始め、遊撃手や捕手など複数のポジションを任され、打順では4番を争った。5年生のときに熊本県へ引っ越し、熊本市立健軍小学校時代は熊本中央リトルシニアでプレー。中学入学と同時に緑区へ戻り、横浜市立中山中学校時代は横浜都筑ボーイズでプレーし、3年生に上がってから投手に挑戦した。 神奈川・武相高等学校では2年秋からエースとなる。野球部には同期に塩見泰隆、1学年下にXENO(お笑い芸人、金の国)がおり、XENOとバッテリーを組んでいた。
陳 傑憲(チェン・ジェシェン、1994年1月7日 - )は、… 陳 傑憲(チェン・ジェシェン、1994年1月7日 - )は、台湾(中華民国)の高雄県出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。CPBLの統一ライオンズ所属。 高校時代は日本の岡山県共生高等学校に留学。一学年上には後に日本プロ野球でプロ入りすることになる呉念庭と廖任磊がいた。日本でプロ野球志望届を提出するも、同年のドラフト会議では指名漏れ。高校卒業後は帰台し、台湾電力に入社。2016年のドラフトで統一セブンイレブン・ライオンズから2位指名を受け入団。 2017年開幕前の「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」のチャイニーズタイペイ代表に選出されたが、同月の第4回ワールド・ベースボール・クラシックの代表選出はならなかった。
乙坂 智(おとさか とも、本名:乙坂・ルーセロ・智・ニコラス… 乙坂 智(おとさか とも、本名:乙坂・ルーセロ・智・ニコラス〈おとさか・ルーセロ・とも・ニコラス〉、1994年1月6日 - )は、神奈川県横浜市栄区出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。現在はアトランティックリーグのヨーク・レボリューション所属。 アイスホッケー選手だったアメリカ人の父と、日本人の母との間に出生。小学1年時から野球を始めると、横浜市立庄戸中学校(現在は横浜市立上郷中学校)への進学後に中本牧シニアへ所属した。子どもの頃から横浜スタジアムにもよく通うベイスターズファンで、石井琢朗や金城龍彦に憧れていた。 2009年に横浜高校に入学し、硬式野球部で1年生の秋からレギュラーとなる。なお、同期に近藤健介がいた。
堀越 美紀(ほりこし みき、1993年12月25日 - )は… 堀越 美紀(ほりこし みき、1993年12月25日 - )は、日本の元女子プロ野球選手(投手、捕手)。 花咲徳栄高校で女子硬式野球部に所属。2011年の日本女子プロ野球機構第3回トライアウトに合格し、2012年に兵庫スイングスマイリーズに所属。2013年はノース・レイアに所属し、シーズン後に契約解除されるが、翌2014年にレイアに復帰。2015年シーズン終了後に引退。2012年、2013年は投手として、2014年、2015年は捕手としてプレーした。2016年より南九州短期大学の女子硬式野球部監督に就任している。
柴田 竜拓(しばた たつひろ、1993年12月16日 - )… 柴田 竜拓(しばた たつひろ、1993年12月16日 - )は、岡山県岡山市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。
青柳 晃洋(あおやぎ こうよう、1993年12月11日 - … 青柳 晃洋(あおやぎ こうよう、1993年12月11日 - )は、神奈川県横浜市鶴見区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 2021年開催の東京オリンピック野球金メダリスト。NPB史上初の2年連続最多勝・最高勝率の同時獲得者。 小学校5年生の頃「寺尾ドルフィンズ」で野球を始めると、6年生の頃に肩が強かったことから投手を始め、指導者の勧めでサイドスローに取り組む。生麦中学校で軟式野球部に所属すると、1年生当時、松坂大輔に憧れ自らオーバースローに転向するもすぐに肘を痛め、サイドスローに戻した。 川崎工科高校へ進学すると、1年生秋から主力投手としてチームをけん引する。3年生夏の神奈川県大会2回戦では横浜隼人高校の左澤優に投げ勝ったが、5回戦では桐蔭学園高校の茂木栄五郎から本塁打を打たれた末に敗退し、全国大会出場は叶わなかった。
國場 翼(こくば つばさ、1993年12月5日 - )は、沖… 國場 翼(こくば つばさ、1993年12月5日 - )は、沖縄県具志川市(現・うるま市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 「國」の字は旧字体であるため、メディアではしばしば「国場 翼」と表記される。 小学生時代は学童野球チーム・天願フェニックスに所属していた。 沖縄県立具志川高等学校では甲子園出場はなかった。 第一工業大学では1年生時からリーグ戦に出場。3年生時、第92回九州地区大学野球選手権大会・鹿児島地区の最優秀投手賞を受賞し、ベストナイン(投手)に選ばれた。 2015年10月12日に行われたプロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから8巡目で指名を受け、契約金1500万円、年俸600万円(金額は推定)で仮契約を結んだ。
青木 昴(あおき すばる、1993年12月4日 - )は、長… 青木 昴(あおき すばる、1993年12月4日 - )は、長野県出身の日本のプロ野球審判員。審判員袖番号は12(2020年までは62)。 松本県ヶ丘高校から大分県の専門学校九州総合スポーツカレッジに進み、在学中に四国アイランドリーグplusの審判員となる。 2013年の第1回NPBアンパイア・スクールに派遣され、2014年3月7日に日本野球機構審判部に入局、同年4月に育成審判員として採用された。このときスクール卒業生から育成審判員・研修審判員には4人が採用されたが、その中で1軍公式戦出場可能な審判員に最初に昇格したのは青木で、2016年だった。 2019年4月10日の埼玉西武ライオンズ対東北楽天ゴールデンイーグルス2回戦(メットライフドーム)で1軍公式戦初出場(三塁塁審)。
中川 誠也(なかがわ せいや、1993年12月3日 - )は… 中川 誠也(なかがわ せいや、1993年12月3日 - )は、三重県多気郡明和町出身の元プロ野球選手(投手)。
田中 豊樹(たなか とよき、1993年12月1日 - )は、… 田中 豊樹(たなか とよき、1993年12月1日 - )は、佐賀県伊万里市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は北海道日本ハムファイターズに所属。
船越 涼太(ふなこし りょうた、1993年11月26日 - … 船越 涼太(ふなこし りょうた、1993年11月26日 - )は、千葉県流山市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。妹は女子野球日本代表でプレー経験のある船越千紘。 流山市立江戸川台小学校時代は地元の少年野球チーム(初石クーガーズ)に所属。小学校6年生のときにはエースで4番でキャプテンとして臨んだ第2回CUP選抜学童軟式野球大会(関東大会)にて優勝の経験がある。さらに同年にはマリーンズJrに選出され、第1回NPB12球団ジュニアトーナメント準優勝に貢献。この時のチームメートに髙山俊、近藤健介らがいる。流山市立北部中学校では軟式野球部に所属。 柏市立柏高校野球部では遊撃手として1年次からレギュラーとして活躍し、2年夏の大会は5番打者として全試合に出場し、8強入り。
守屋 功輝(もりや こうき、1993年11月25日 - )は… 守屋 功輝(もりや こうき、1993年11月25日 - )は、阪神タイガースに所属する岡山県倉敷市出身のプロ野球選手(投手)。
坂本 誠志郎(さかもと せいしろう、1993年11月10日 … 坂本 誠志郎(さかもと せいしろう、1993年11月10日 - )は、阪神タイガースに所属する兵庫県養父市出身のプロ野球選手(捕手)。
釜田 佳直(かまた よしなお、1993年10月26日 - )… 釜田 佳直(かまた よしなお、1993年10月26日 - )は、石川県小松市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在は東北楽天ゴールデンイーグルスに所属。
山足 達也(やまあし たつや、1993年10月26日 - )… 山足 達也(やまあし たつや、1993年10月26日 - )は、大阪府枚方市出身の元プロ野球選手(内野手)・コーチ。右投右打。 野球を始める前の2歳時から器械体操に取り組んでいた。枚方市立蹉跎(さだ)西小学校在学中の6歳時に、父の影響でキングシャイアンスで野球を始め、蹉跎中学校時代は、オール枚方ボーイズに所属しジャイアンツカップ優勝など全国大会3冠を経験。 大阪桐蔭高等学校に進学すると、1年秋から左翼手のレギュラーを獲得。2年春の選抜では、1回戦の東海大望洋戦で5打数3安打1打点を記録し勝利するも、2回戦で大垣日大に敗れた。2年秋からは遊撃手に転向したが、3年夏は大阪府大会決勝で石川慎吾を擁する東大阪大柏原にサヨナラで敗れ、甲子園出場は2年春のみに終わった。
桜井 俊貴(さくらい としき、1993年10月21日 - )… 桜井 俊貴(さくらい としき、1993年10月21日 - )は、兵庫県神戸市垂水区出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(投手)。右投右打。 神戸市立多聞東小学校4年生から軟式野球を始めた。神戸市立多聞東中学校では軟式野球部に所属し、3年時には神戸市大会準優勝の成績を収めた。中学野球部の1年先輩には福敬登がいる。 高校進学時には地元の強豪私学からも勧誘されたが、「途中まで勉強を頑張っていたし、野球だけに切り替えたら後悔するなと。高校は勉強で入って、勝負しようと思った」ことから、野球では無名に近い公立の兵庫県立北須磨高等学校に進学し、2年時にはエースとして夏の兵庫大会において同校では24年ぶりとなるベスト16入りを果たした。
古村 徹(こむら とおる、1993年10月20日 - )は、… 古村 徹(こむら とおる、1993年10月20日 - )は、神奈川県平塚市出身の元プロ野球選手(投手)。 2012年にNPBの横浜DeNAベイスターズへ入団したが、2014年の戦力外通告を経て、2015年に打撃投手へ転身した。2016年に四国アイランドリーグplus(四国IL)の愛媛マンダリンパイレーツで現役に復帰すると、2017年まで愛媛でプレー。ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の富山GRNサンダーバーズを経て、2019年から2020年まで現役の投手としてDeNAに再び所属していた。 小学校2年時に軟式野球を始めると、平塚市立中原中学校で軟式野球部に所属。エースとして活躍した。 高校進学時には強豪の桐蔭学園高校からも誘われたが、まだ野球だけに打ち込むかどうか決めかね、茅ヶ崎西浜高校に進学した。
熊原 健人(くまばら けんと、1993年10月19日 - )… 熊原 健人(くまばら けんと、1993年10月19日 - )は、宮城県角田市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 実家は室町時代から18代にわたって続く深山(しんざん)神社で、長らく神主を務めていた実父の三男として出生。幼稚園から北郷小学校5年時まで水泳を習っていたが、軟式野球チームの桜ドラゴンズの選手募集チラシを見たことがきっかけで、同チームへ入団した。ただし、入団3日目に右手首を骨折したため、実際にプレーを始めたのは6年時の春からである。 北角田中学校時代には軟式野球部で主に遊撃を守っていたが、柴田高校への入学後は、自身の希望で投手へ本格的に転向。高校では春夏とも甲子園球場での全国大会と無縁で、家族も実家で神職を継ぐことを望んでいたが、地元の仙台大学から誘いを受け、同大学へ進んだ(詳細後述)。
岡田 明丈(おかだ あきたけ、1993年10月18日 - )… 岡田 明丈(おかだ あきたけ、1993年10月18日 - )は、東京都練馬区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。 東京都練馬区の強豪・大泉第二中学校の軟式野球部で三塁手として野球を始める。中学3年の時に両親が離婚し、高校入学のタイミングで母の実家がある大阪へ転居する。 大阪商業大学高等学校で投手に転向。3年夏にストレートの球速が140km/hを記録し背番号10ながら先発を任される。準々決勝の大阪桐蔭戦で先発したが5回で0対10とコールド負けを喫し、甲子園出場はなかった。 大阪商業大学に進学し、1年春からリーグ戦に出場するも、その後3年の春まで登板機会がなかった。登板機会がなかった原因としては故障などではなく、絶対的エース(近藤大亮)を起用して好成績を残したいというチーム事情と岡田の実力不足という要因があった。
松本 直樹(まつもと なおき、1993年10月17日 - )… 松本 直樹(まつもと なおき、1993年10月17日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学生の時、金山野球スポーツ少年団で野球を始める。香川大学教育学部附属坂出中学校では長尾健司監督の指導の下、放課後の練習時間が1時間弱という環境の中、四国大会準優勝を達成した。 丸亀高時代は3年夏の全国高等学校野球選手権香川大会決勝戦で松本竜也擁する英明高に完封負け。立教大学に一般入試で進み、硬式野球部ではリーグ戦通算13試合に出場(フル出場は3試合)したが、無安打に終わった。 社会人の西濃運輸では1年目から正捕手の座を掴むなど急成長を遂げ、都市対抗野球8強入りに貢献。
小宮 志織(こみや しおり、1993年10月14日 - )は… 小宮 志織(こみや しおり、1993年10月14日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。滋賀県出身の投手、三塁手。右投げ右打ち。 2011年に日本女子プロ野球機構による第3回合同トライアウトを受験し合格、2012年に大阪ブレイビーハニーズで投手としてプレー。プロ2年目の2013年にはサウス・ディオーネで、投手の他三塁手としてもプレーし、10月5日にプロ初勝利を挙げるが、同シーズン後自由契約。
渡辺 勝(わたなべ まさる、1993年10月14日 - )は… 渡辺 勝(わたなべ まさる、1993年10月14日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 姓の表記は、ドラフト指名時点では旧字体を用いた「渡邊」とされていたが、プロ入り以降の登録名は新字体を用いた「渡辺」となっている。 横浜市立丸山台中学校時代は戸塚シニアに所属し、荒川博の主宰する「荒川道場」で打撃指導を受けた。 東海大相模高校に進学後、1年秋から1番で活躍。1学年先輩のエース一二三慎太、大城卓三らを擁して、1年春の第82回選抜高等学校野球大会、2年夏の第92回全国高等学校野球選手権大会に出場。特に第92回大会では打率.429を記録し、準優勝に貢献した。
吉永 健太朗(よしなが けんたろう、1993年10月13日 … 吉永 健太朗(よしなが けんたろう、1993年10月13日 - )は、東京都日野市出身の元社会人野球選手(投手)、ベースボール5選手。右投右打。 日野市立南平小学校時に南平アトムズで野球を始める。日野市立七生中学校時には調布シニアに所属。 3年時には全国大会で春夏ベスト8の成績を残す。 2009年、日大三高に進学。1年秋よりベンチ入りし、2年生となった第82回選抜高等学校野球大会では控え投手として登板。秋からはエースとなり、第41回明治神宮野球大会ではチームを優勝に導いた。 3年時の第83回選抜高等学校野球大会ではベスト4、第93回全国高等学校野球選手権大会では優勝と結果を残した。選手権後、2011年8月28日から開催の第9回AAAアジア野球選手権大会に日本代表の一員に選ばれ、最優秀防御率賞を獲得し、オールスターチーム(ベストナイン)に選出された。
山本 泰寛(やまもと やすひろ、1993年10月10日 - … 山本 泰寛(やまもと やすひろ、1993年10月10日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 読売ジャイアンツ(巨人)、阪神タイガース、中日ドラゴンズのセントラル・リーグ3球団に現役選手として在籍した初の人物である。妻は元毎日放送アナウンサーの辻沙穂里。愛称は「ヤス」。 台東区立根岸小学校時代に荒川ジャンプで軟式野球を始めると、荒川区立諏訪台中学校では世田谷西シニアに所属。当時は投手で、世田谷西シニア時代には全国大会での優勝を経験している。 慶應義塾高等学校1年時に投手から遊撃手へ転向すると、2年夏の全国高等学校野球選手権神奈川大会から正遊撃手に定着した。
木下 雄介(きのした ゆうすけ、1993年10月10日 - … 木下 雄介(きのした ゆうすけ、1993年10月10日 - 2021年8月3日)は、大阪府大阪市平野区出身のプロ野球選手(投手、右投右打)。 大阪市立加美中学校時代はボーイズリーグの加美ウイングスボーイズ(現在の大阪加美ボーイズ)でプレーした。徳島県の生光学園高等学校に進学し、3年の時は全国高等学校野球選手権徳島大会決勝で延長戦の末、徳島県立徳島商業高等学校に敗れ、全国選手権出場を逃した。高校野球四国選抜チームに選ばれてハワイ遠征に参加。 翌年、駒澤大学に進学するが肘を故障し、1年で中退した。大阪でアルバイト生活を送り、フィットネスジムのトレーナーを経て2014年からは不動産会社で営業の仕事に就いていた。
佐村・トラヴィス・幹久(さむら・トラヴィス・みきひさ、199… 佐村・トラヴィス・幹久(さむら・トラヴィス・みきひさ、1993年10月9日 - )は、沖縄県宜野湾市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 実父はアフリカ系アメリカ人。 小学6年から軟式野球を始めた。普天間中学では、3年時から投手を務めた。 沖縄県立浦添商業高等学校に進学すると、2年時夏の沖縄県予選で初登板し最速142km/hをマークした。しかし、秋以降は成長痛の影響もあり登板が減少。3年時夏の沖縄県予選では、背番号16で主にリリーフとして登板。自己最速の144km/hをマークするも、チームは3回戦で中部商業高に延長13回の末に4-5で敗退した。 2011年10月27日、プロ野球ドラフト会議で横浜ベイスターズから6巡目で指名。
児玉 龍也(こだま りゅうや、1993年10月9日 - )は… 児玉 龍也(こだま りゅうや、1993年10月9日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属しているプロ野球選手(投手・育成選手)。
丸山 高明(まるやま たかあき、1993年9月30日 - )… 丸山 高明(まるやま たかあき、1993年9月30日 - )は、岡山県岡山市出身の元社会人野球選手(外野手)。 岡山市立福島小学校3年からソフトボールを始め、岡山市立福南中学校から「岡山メッツ」で投手兼外野手として硬式野球を始め、主将を務める。 高校は玉野光南高校に進み、2年の夏に7番レフトで出場し岡山大会準優勝、3年の夏は1番センターで出場し8強。副主将を務める。 その後、東都大学野球の亜細亜大学に進学、大学在学時には8シーズン中6度のリーグ優勝を経験。全日本大学選手権大会で2度の準優勝、明治神宮野球大会で2度の優勝をして日本一を経験し、4年生の明治神宮大会では3番ライトで出場し優勝に輝いた。