中村 彰久(なかむら てるひさ、1971年1月12日 - )… 中村 彰久(なかむら てるひさ、1971年1月12日 - )は、宮城県仙台市出身のバスケットボール指導者である。現在はBリーグ、仙台89ERSを運営する仙台スポーツリンク代表取締役。2009年まではゼネラルマネージャーも兼務。 仙台二高では3年で全国大会に出場し4位となる。 一浪の末、東京大学に進学。籠球部で主将を務め、卒業後は東京大学大学院へ進み籠球部コーチとなる。修士課程修了後、東京大学大学院教育学研究科へ進学。アメリカ合衆国のペンシルベニア大学にコーチ留学。 帰国後の1997年、東京海上ヘッドコーチに就任。日本リーグ2部で2位の成績を収める。2001年退社。その後は大学の先輩との会社共同経営をしつつ、千葉バジャーズのヘッドコーチを務める。
窪田 夕子(くぼた ゆうこ、女性:1970年12月8日 - … 窪田 夕子(くぼた ゆうこ、女性:1970年12月8日 - )は、愛媛県川之江市(現・四国中央市)出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード。170cm。 新居浜商業高校卒業後、シャンソン化粧品に入社。オールジャパン・日本リーグ4度優勝に貢献する。全日本にも選出され、1993年東アジア競技大会に出場した。 1995年、シャンソン化粧品を退社し、教員を目指すべく大阪体育大学に入学。在学中に1995年福岡ユニバーシアードで銅メダル獲得。 卒業後は母校である新居浜商業高校に赴任。バスケットボール部顧問・監督を務める一方、クラブチームでプレーを続け、国体にも出場した。
山口 里美(やまぐち さとみ、旧姓:中野、1970年11月1… 山口 里美(やまぐち さとみ、旧姓:中野、1970年11月16日 - )は、福岡県出身の元バスケットボール選手・コーチである。ニックネームは「トップ」。現役時代のポジションはガード。2010年までJOMOサンフラワーズコーチを務めていた。
村上 睦子(むらかみ ちかこ、1970年10月10日- )は… 村上 睦子(むらかみ ちかこ、1970年10月10日- )は、元バスケットボール選手。現姓・岩屋。愛知県常滑市出身。愛称は「ミチ」。 常滑市立三和小学校、常滑市立青海中学校、星城高等学校卒業後、1989年にシャンソンVマジックに入団。 身長165cmと小柄ながら多くの試合に出場、ポイントガードとして活躍し、シャンソンのWリーグ10連覇に貢献。新人賞、MVP、ベスト5など多数受賞。1996年のアトランタオリンピックに日本代表として出場。1999年に引退。切れ味鋭いドライブインやペネトレイトが持ち味であった。
福島 雅人(ふくしま まさと、1970年9月22日 - )は… 福島 雅人(ふくしま まさと、1970年9月22日 - )は、大阪府出身の元バスケットボール選手・プロバスケットボール指導者である。 洛南高校在学中、インターハイ・ウィンターカップを経験。また、全日本ジュニアにも選出される。 その後は京都産業大学を経て三菱電機に入社。選手として活躍後、1997年現役引退。アシスタントコーチに就任。2002年、ヘッドコーチに昇格。2度のプレーオフ進出に導く。 2006年、三菱電機を退社。同年よりbjリーグに参戦する富山グラウジーズのヘッドコーチに就任。2008年11月退任。 2009-2010シーズンは埼玉ブロンコスのヘッドコーチに就任。同チームにおいてbjリーグ発足後初の外部招聘となる。
東野 智弥(ひがしの ともや、1970年9月9日 - )は、… 東野 智弥(ひがしの ともや、1970年9月9日 - )は、石川県出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者、経営者である。ニックネームは「クラッシャー」。現役時代のポジションはシューティングガード。 北陸高校では、佐古賢一、高柳信也、塩屋清文らとともに全国大会優勝に貢献。 その後、早稲田大学を経て、1993年にアンフィニ東京(さいたまブロンコスの前身)に入社、全日本実業団選手権準優勝に貢献。 3シーズンプレーした後退社し渡米。半年の語学留学を経て、ルイス&クラーク大学でアシスタントコーチに就任。2シーズン目には、カンファレンスチャンピオン・全米NAIAトーナメントベスト8となる。 1998年10月に帰国し、三井生命ファルコンズのアシスタントコーチに就任。
阿部 理(あべ おさむ、1970年8月24日 - )は、福井… 阿部 理(あべ おさむ、1970年8月24日 - )は、福井県小浜市生まれ、宮城県仙台市出身のバスケットボール選手である。 バスケットボールとの出会いは、1981年仙台市立桜丘小学校5年生の時。バスケットボールに熱心だった先生が作ったチームに誘われて、バスケットボールを始めた。当時、阿部は野球少年だったが、たちまちバスケットボールの虜となり、1日4時間は練習をするほどのめり込んだ。 1982年、6年生の時、チームは宮城県大会で優勝、福岡で開かれた第14回全国ミニバス教室交歓会に出場する。 1983年、桜丘中学に進むと、バスケットボール部でセンターとして活躍。第15回全国中学校大会でチームを準優勝に導く。
塩屋 清文(しおや きよふみ、1970年7月31日 - )は… 塩屋 清文(しおや きよふみ、1970年7月31日 - )は、山口県出身の元バスケットボール選手である。現役時代のポジションはパワーフォワード。 北陸高校3年時にインターハイ優勝と全日本ジュニアを経験。 日本大学でも4年時に同期の折茂武彦らとともにインカレ優勝を経験。 卒業後、東芝、ゼクセル、アイシン精機、いすゞ自動車、横浜ギガキャッツでプレー。全日本メンバーとしてシドニー五輪アジア予選にも出場した。 引退後は健康美容関係の通信販売業((株)ワンネス代表取締役会長、2005年設立、福岡市)を営んでいる。
佐藤 信長(さとう のぶなが、1970年7月29日 - )は… 佐藤 信長(さとう のぶなが、1970年7月29日 - )は、東京都東久留米市出身のパナソニックトライアンズなどに所属していた元バスケットボール選手・指導者である。現役時代のポジションはPG。
佐古 賢一(さこ けんいち、1970年(昭和45年)7月17… 佐古 賢一(さこ けんいち、1970年(昭和45年)7月17日 - )は、日本の元男子プロバスケットボール選手、指導者。現役時代の公式的なプロフィール上では神奈川県横浜市戸塚区出身。 現役時代のポジションはポイントガード。そのプレイの正確さ・卓越さから「ミスター・バスケットボール」と呼ばれた。 生まれは山口県岩国市。祖母が広島県大竹市出身で、両親が岩国市出身。息子は山梨学院高校で夏の甲子園に出場し、神奈川大学硬式野球部に在籍していた。2021‐2023はレバンガ北海道にHCとして所属。2023‐24はシーホース三河にてシニアプロデューサーとして在籍をしている。デンソーアイリス所属の佐古瑠美は姪。
神保 康広(じんぼ やすひろ、1970年6月16日 - )は… 神保 康広(じんぼ やすひろ、1970年6月16日 - )は、車椅子バスケットボール選手。東京都墨田区生まれ。 生活をおくった。18歳で車椅子バスケと出会い、1990年から車椅子バスケットチーム「千葉ホークス」に所属する。1992年~2004年と4期連続パラリンピック出場。2000年始めからダスキン奨学金を受け、1999年年末に千葉市役所を退職し、単身、アメリカアラバマ州レイクショア財団の研修生として1年間留学、「ストーム」の一員としてD2でNMBA(全米車椅子協会)へ参戦。2001年春にD2で優勝、ベスト5に選出。2001年~2002年シーズンは同チームでD1へ昇格。2002年~2003年はD1の強豪チーム「テンバー”ローリング”ナゲッツ」に移籍、最終成績は全米選手権ベスト4。
折茂 武彦(おりも たけひこ、1970年〈昭和45年〉5月1… 折茂 武彦(おりも たけひこ、1970年〈昭和45年〉5月14日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。埼玉県上尾市出身。ポジションはシューティングガード。B.LEAGUE・レバンガ北海道代表。 現在のさいたま市で生まれ、蕨市を経て小学4年から上尾市に移り、兄の影響を受け中学でバスケを始める。上尾市立上平小学校、上尾市立上平中学校、埼玉栄高校から日本大学に進み、4年次にはインカレ優勝に貢献した。[要出典]卒業後の1993年、トヨタ自動車に入社。同年全日本入りを果たし、広島アジア大会や1998年・世界選手権など、国際大会を数多く経験した。トヨタでも中心選手としてタイトルにも貢献する。正確な3Pは日本一と称される[要出典] 2006年世界選手権では4年ぶりに全日本のメンバー入りを果たし、最年長としてチームを支えた。
脇 将典(わき まさのり、1970年4月27日 - )は、千… 脇 将典(わき まさのり、1970年4月27日 - )は、千葉県出身の元バスケットボール選手である。現役時代のポジションはフォワード。 北陸高校から専修大学を経て、トヨタ自動車に入社。 1995年には福岡ユニバーシアードの準優勝メンバーとして名を連ねる。 熊本県スポーツ振興事業団職員に転じ、国体にも出場した。 娘の脇梨奈乃、息子の脇真大もバスケットボール選手。
江嶌 猛(えじま たけし、1970年4月26日 - )は、愛… 江嶌 猛(えじま たけし、1970年4月26日 - )は、愛知県豊田市出身の元バスケットボール選手。 現役時代のポジションはフォワード。 清水ナショナルトレーニングセンター・J-STEP、静岡市清水庵原球場、草薙総合運動場勤務を経て、駿府城公園管理事務所所長。 東海工業高校(現・愛知産業大学工業高等学校)から筑波大学を経て、トヨタ自動車に入社。 2003年、静岡国体に出場し準優勝。その後は選手兼コーチとして活動。
萩原 美樹子(はぎわら みきこ、1970年4月17日 - )… 萩原 美樹子(はぎわら みきこ、1970年4月17日 - )は、福島県福島市出身の元プロバスケットボール選手、バスケットボール指導者である。ニックネームは王様の「オー」。早稲田大学第二文学部歴史民族系専修卒業、学位(文学士)(早稲田大学)、早稲田大学大学院人間科学研究科博士前期課程修了。 蓬萊小学校4年生の時に、バスケット選手だった父の影響でミニバスケットボールを始める。伝統校福島女子高校時代には、インターハイ、国体ともに2回出場した。 卒業後の1989年に共同石油に入社、バスケットボール部に所属。かつて共石で活躍していた竹山とよ子に憧れており、念願を叶える形になった。1993年から4年連続で得点王に輝いた。
三浦 祐司(みうら ゆうじ、1970年4月 - )は岩手県出… 三浦 祐司(みうら ゆうじ、1970年4月 - )は岩手県出身の元バスケットボール選手。
小川 忠晴(おがわ ただはる、1969年12月20日 - )… 小川 忠晴(おがわ ただはる、1969年12月20日 - )は、山口県出身のプロバスケットボール選手・コーチである。選手としては1992年にいすゞ自動車に入社し、以後bjリーグの新潟アルビレックスBB、大分ヒートデビルズでプレイし、2008年に引退した。ポジションはセンター・フォワード。身長194cm、体重94kg。
浜口 炎(はまぐち ほのお、1969年12月17日 - )は… 浜口 炎(はまぐち ほのお、1969年12月17日 - )は、東京都出身のプロバスケットボール指導者である。 東京都立向丘高等学校ではガードとして活躍。 愛知学泉大学に進学し、指導者の道へ。 卒業後、母校のコーチ、米国留学などを経て、2004年にトヨタ自動車アルバルクのアシスタントコーチに就任。 2005年、bjリーグに参戦する仙台89ERSの初代ヘッドコーチに就任。「熱血指揮官」として知られ、試合では、テクニカルファウルも恐れず、抗議をすることも少なくない。プロバスケ! bjリーグtvの特集では「選手がプレーでミスをした」場合は怒らないが、「選手が気持ちのこもったプレーをしていない」と、怒るという。
一乗 アキ(いちじょう アキ、1969年11月13日- )は… 一乗 アキ(いちじょう アキ、1969年11月13日- )は、元バスケットボール選手である。現姓・清川。元日本代表選手。身長180cm。
伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄… 伊佐 勉(いさ つとむ、1969年11月2日 - )は、沖縄県宜野湾市出身のプロバスケットボール指導者である。 興南高校で1年時に選抜大会準優勝に導きベスト5を受賞。翌年には地元開催の国体で優勝に貢献。[要出典]高校の同期に元プロボクサーのピューマ渡久地。現バスケットボール部監督の井上公男は2年後輩に当たる。 専修大学進学後も新人戦でアシスト王を獲得。4年時には主将を務める。[要出典]同期にはユニバーシアード準優勝メンバーだった脇将典がいる。 卒業後は地元に戻り、大米クラブ(現・レキオスBasket)に入団し選手兼任監督としてプレー。[要出典] 2001年には全日本クラブ選手権で優勝を果たし、オールジャパンにも出場。
細野 真(ほその まこと、1969年9月14日 - )は、北… 細野 真(ほその まこと、1969年9月14日 - )は、北海道出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。身長178cm, 体重65kg。 東海大四高ではインターハイベスト4に貢献し、日本体育大学でもインカレ3連覇を経験。 卒業後の1992年、ジャパンエナジーに入社。バスケットボール部に所属。同期には同じ北海道出身の石橋貴俊がいる。 1996年、Jエナジーの先輩鈴木貴美一が指揮を執るアイシン精機へ移籍するも2シーズンのみで愛知機械工業へ移籍し日本リーグ2部全勝優勝の立役者になるが、廃部となった。 2000年、愛知機械のチームメイト平岡富士貴とともに日本初のプロバスケットボールチーム、新潟アルビレックスBBに入団。
村松 麻理子(むらまつ まりこ、1969年8月7日 - )は… 村松 麻理子(むらまつ まりこ、1969年8月7日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。東京都出身。昭和学院高等学校卒業。現役時代はシャンソン化粧品に所属していた。 全日本として1990年女子世界選手権に出場した。
小野 壮二郎(おの そうじろう、1969年3月24日 - )… 小野 壮二郎(おの そうじろう、1969年3月24日 - )は、東京都出身の元バスケットボール選手である。現役時代のポジションはF。 小金井市立緑小学校、小金井市立緑中学校、日大明誠高校(同級生に木田優夫)から拓殖大学を経て、トヨタ自動車に入社。 1995年より全日本候補に選ばれ、1998年の東アジア大会出場を果たす。 2001年にはスーパーリーグ優勝に貢献。 2005年に発足された福岡レッドファルコンズに移籍しプロ契約をするが、シーズン途中で解散したため引退。母校である拓大に戻りアシスタントコーチを務める一方、2007年4月より、総合学園ヒューマンアカデミー横浜校のバスケットボールカレッジ開校に伴い、専任講師という立場でプロ養成の指導者として活動をしている。
三宅 学(みやけ まなぶ、1969年2月24日 - )は、神… 三宅 学(みやけ まなぶ、1969年2月24日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身の元バスケットボール選手、指導者である。ポジションはポイントガード。 神奈川県横浜市戸塚区出生兼出身。横浜市立汲沢中学校、相模工大高校から日本体育大学に進み、卒業後、NKKに入社。 1994年には広島アジア大会に出場する日本代表に選出される。 1999年の休部後は松下電器に移籍し、2003年引退。 2005年、横浜清風高校に体育教師として赴任。以降2026年現在まで男子バスケットボール部監督を務めている。
石橋 貴俊(いしばし たかとし、1968年9月26日 - )… 石橋 貴俊(いしばし たかとし、1968年9月26日 - )は、北海道石狩支庁浜益郡浜益村(現:石狩市)出身のプロバスケットボール選手、指導者。身長210cm、体重140kg、ポジションはセンター。選手としては1992年から2007年までプレイし、アトランタ五輪予選の日本A代表に選ばれた。引退後は指導者に転身し、2017年1月より東京八王子トレインズの指揮を執る。
宮田 幸典(みやた ゆきのり、1968年8月20日 - )は… 宮田 幸典(みやた ゆきのり、1968年8月20日 - )は、千葉県出身のバスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。 柏市立柏高等学校から筑波大学を経て、三井生命に入社。 1994年には広島アジア大会に出場する日本代表に選出される。 1999年の休部後は引退し、社業に専念していたが、2002年にクラブチーム「neoうめや」が発足されると、初代メンバーに加わった。
田中 輝明(たなか てるあき、1968年7月16日 - )は… 田中 輝明(たなか てるあき、1968年7月16日 - )は、福岡県出身の元バスケットボール選手・指導者である。 福大大濠高校3年次、2冠(選抜・インターハイ)の主力として活躍、選抜ベスト5選出。ジュニア代表に選ばれる。 日本大学4年次、インカレ準優勝。卒業後、東芝に入社。 2004年現役引退。アシスタントコーチに転じる。 2007年、前任者鎌田光顕の退任に伴いヘッドコーチに昇格。
祐木 毅(ゆうき たけし、1968年7月6日 - )は、新潟… 祐木 毅(ゆうき たけし、1968年7月6日 - )は、新潟県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。200cm。今は松山高校「天下の松高、比企の東大」体育教師を務めている 新潟南高校、筑波大学から熊谷組に入社。 休部後は、アイシン、ボッシュと渡り歩く。 全日本のメンバーとして1994年アジア競技大会や1998年世界選手権に出場。 ボッシュ休部を機に第一線から退き、埼玉県立浦和北高等学校の教諭を務め、教員連盟の大会にも参加している。
山崎 昭史(やまざき あきふみ、1968年6月5日 - )は… 山崎 昭史(やまざき あきふみ、1968年6月5日 - )は、愛媛県出身の元バスケットボール選手。ポジションはセンター。216cm、112kg。 松山市立椿小学校、松山市立東中学校、松山城南高、京都産業大学卒業後、松下電器に入社。1994-95シーズンにはルーキーの長谷川誠らとともに二冠に貢献。主将も務めた。 全日本のメンバーにも選ばれ、1994年アジア競技大会や1998年世界選手権にも出場。 翌年にはシドニー五輪アジア予選を兼ねたアジア選手権で主将に選ばれるが、大会直前に左ヒジ亀裂骨折を負い、本来の力を発揮できず、期待された五輪切符を逃した。 2002年現役引退。 現在はスカイ・A sports+の解説者を務める一方で、普及活動も行っている。
原田 裕花(はらだ ゆか、1968年6月5日 - )は、山口… 原田 裕花(はらだ ゆか、1968年6月5日 - )は、山口県周南市(旧・新南陽市)出身の元バスケットボール選手、スポーツコメンテーター、バスケットボール女子日本リーグ会長である。ポジションはガード。 藤蔭高校で主将として活躍。全日本ジュニアにも選ばれる。 1987年、共同石油(現ENEOSサンフラワーズ)入社。1シーズン目より2冠に貢献し新人王を獲得。入社とともに全日本チーム加入。 1988年に靭帯断裂で戦線離脱を余儀なくされるも、翌シーズン復帰しカムバック賞を受賞。 ジャパンエナジー黄金時代の中心選手として活躍し、ベスト5やなど個人タイトルも多数獲得。 全日本でも1994年の世界選手権に出場。
鈴木 克彦(すずき かつひこ、1968年5月15日 - )は… 鈴木 克彦(すずき かつひこ、1968年5月15日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者。現在は人財育成会社を経営している。 私立宇都宮学園高等学校でインターハイ国体に出場。栃木県から初めての日本選抜のメンバーにも選ばれる。 その後拓殖大学に進学し、活躍。 卒業後、熊谷組に入社。1992オールジャパン優勝。1993日本リーグ優勝、1994オールジャパン準優勝などを経験。 1994年、熊谷組休部に伴いアイシン精機に移籍。1994-1995日本リーグ2部準優勝ながら1部昇格に貢献。 1997年、所沢ブロンコスに移籍。1998全日本実業団バスケットボール競技大会準優勝ながら日本リーグ2部昇格に貢献。
参河 紀久子(みかわ きくこ、1968年4月29日 - )は… 参河 紀久子(みかわ きくこ、1968年4月29日 - )は、京都府出身の元バスケットボール選手である。現姓:成住。ポジションはシューター。日本におけるシューターの第一人者として活躍した。 明徳商業から共同石油(現・ENEOS)に入社。オールジャパン優勝4回、日本リーグ優勝3回の黄金時代を支え、個人でも3ポイント賞を受賞。 1989年に全日本チーム入り。2度の世界選手権などを経験。 1996年のアトランタ五輪にも出場。大会後現役引退。 現在は主婦業の傍ら全国で後身の指導に当たる。また、JOMOの同期で親友でもある原田裕花とコミュニティーサイトも運営している。
浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 -… 浦上 幸二郎(うらかみ こうじろう、1968年3月19日 - )は、新潟県出身のバスケットボール選手・指導者である。 坂井輪中学校、新潟工業高校から順天堂大学を経て、住友金属に入社。バスケットボール部に所属。 1998年の休部ととも地元である新潟支社に配属。一方、新潟工業OBチームでプレーを続け、国体にも出場した。 2004年、社員の肩書きのまま新潟アルビレックスBBのアシスタントコーチに就任。bjリーグ発足後も変わらず。 2008年、アドバイザリーコーチとなる。同年の大分国体では新潟県の監督を務めた。 プロ野球、阪神タイガースの熱烈なファンである。
塩屋透(しおや とおる、1968年1月9日 - )は、秋田県… 塩屋透(しおや とおる、1968年1月9日 - )は、秋田県秋田市出身の日本のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはフォワード。3ポイントシューター。キャリア晩年は登録名を「塩屋トオル」とした。
金子 寛治(かねこ ひろはる、 (1967-11-22) 1… 金子 寛治(かねこ ひろはる、 (1967-11-22) 1967年11月22日(49歳) - )は、日本の元バスケットボール選手、指導者。東京都出身。身長193cm。
山根 謙二(やまね けんじ、1967年10月11日 - )は… 山根 謙二(やまね けんじ、1967年10月11日 - )は、北海道出身の元バスケットボール選手、プロバスケットボール指導者である。 東海大学付属第四高等学校(現東海大学付属札幌)ではインターハイベスト8、東海大学進学後もインカレベスト8を経験。 卒業後の1989年、マツダオート東京(1991年よりアンフィニ東京)に入社。1991年のオールジャパン2位に貢献。1993年日本リーグオールスター出場。アンフィニ東京廃部後発足した所沢ブロンコスにも選手として2シーズン所属。 2000年現役引退。 2006年7月、bjリーグ埼玉ブロンコスのヘッドコーチとして古巣に復帰。プレイオフこそ逃したものの、前シーズン最下位のチームを浮上させたが契約満了に伴い、退任。
小嶋 裕二三(こじま ひろふみ、1967年7月23日 - )… 小嶋 裕二三(こじま ひろふみ、1967年7月23日 - )は、神奈川県出身のバスケットボール指導者。女子バスケットボールWリーグ、アランマーレ秋田ヘッドコーチ。 中和田南小学校でバスケを始め、泉が丘中学校、松陽高校を経て青山学院大学に進学。1988年インカレで準優勝。 卒業後は指導者の道を進み、NECでコーチキャリアを始める。 1998年、女子日本代表アシスタントコーチに就任し、1998年アジア競技大会で金メダルに導く。 その後、鷺宮製作所を経て実業団連盟の山形銀行でヘッドコーチ就任、2006年のじぎく兵庫国体優勝。 2008年、デンソーコーチに就任。 2010年、ヘッド昇格。2013-14シーズンにはチーム最高となるWリーグ準優勝に導く。
安達 康(あだち やすし、1967年6月10日 - )は、日… 安達 康(あだち やすし、1967年6月10日 - )は、日本の元バスケットボール選手、指導者。宮城県出身。身長192cm。 バスケットボールの名門秋田県立能代工業高等学校から日本体育大学を経て、日本鉱業に入社。 1993年オールジャパン優勝に貢献。 1992年 日本リーグ年間ベスト5 1993年 オールジャパン ベスト5 1994年 日本リーグ年間ベスト5 1987年 ユニバーシアード この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
廣瀬昌也(ひろせ まさや、1967年5月4日 - )は、茨城… 廣瀬昌也(ひろせ まさや、1967年5月4日 - )は、茨城県出身のバスケットボール選手・指導者である。 明大中野高校から青山学院大学に進学。1989年にインカレで優秀選手に選出される。 卒業後は熊谷組に入社。1992年には2冠に貢献する。 休部に伴い、大和証券に移籍。 1998年に現役引退し、アシスタントコーチに就任。翌年にヘッドコーチに昇格。同年にはABSL日本代表のアシスタントコーチも務める。 2000年、大和証券休部により発足された新潟アルビレックスの初代ヘッドコーチに就任。なお、新潟スポーツプロモーションの社員として契約を行っていた。 2001年、日本リーグコーチオブザイヤー受賞。同年、日本代表アシスタントコーチ、同年と2003年にはユニバーシアード日本代表コーチも務める。
外山 英明(とやま ひであき、1967年3月13日 - )は… 外山 英明(とやま ひであき、1967年3月13日 - )は、東京都生まれ千葉県出身の元プロバスケットボール選手、指導者である。身長197cm、体重85kg。 千葉敬愛高校在籍時はインターハイ・国体に、青山学院大学在籍時はユニバーシアードに出場。大学卒業後は熊谷組に入社し、新人王を獲得するなど活躍。全日本にも選ばれ、アジア選手権などにも出場した。 熊谷組バスケ部休部後は大和証券(現・新潟アルビレックスBB)に移籍。1997年にはプロ契約を結び、長谷川誠(当時ゼクセル)とともに日本人プロ第1号となった。夏にはアメリカに渡りサマーリーグにも参加していた。 1999年に大和証券を解雇された後、神戸のクラブを経て2000年に鈴木貴美一ヘッドコーチの誘いを受けアイシンシーホースに移籍しタイトルに貢献した。
棟方 公寿(むなかた こうじゅ、1967年1月10日 - )… 棟方 公寿(むなかた こうじゅ、1967年1月10日 - )は、青森県出身のバスケットボール選手・指導者である。現役時代のポジションはガード。 鶴田町生まれ。弘前実業高校から拓殖大学を経て、1989年に日本鉱業(後のジャパンエナジー、現・JX金属)に入社しバスケットボール部に所属。 1993年、オールジャパン優勝に貢献。 1998年、ジャパンエナジー休部に伴い、トヨタ自動車ペイサーズ(現アルバルク)に移籍。主将も務め、スーパーリーグ2001-02優勝に貢献。 2005年、選手兼任アシスタントコーチに就任。 2度の年間ベスト5賞など個人タイトルも獲得し、スーパーリーグ2005-06優勝を花道に引退。
黒田 麻由美(くろだ まゆみ、1966年11月30日 - )… 黒田 麻由美(くろだ まゆみ、1966年11月30日 - )は、日本の元女子バスケットボール選手である。東京都出身。東京成徳短大附高校卒業。現役時代は日立戸塚に所属していた。 全日本として1990年女子世界選手権に出場した。
中原 雄(なかはら たけし、1966年〈昭和41年〉11月1… 中原 雄(なかはら たけし、1966年〈昭和41年〉11月10日 - )は、日本の元バスケットボール選手、指導者。福岡県出身。アシスタントコーチとして福井ブローウィンズ所属。妻の中原(旧姓加藤)貴子も元バスケットボール選手。 福岡大学附属大濠高等学校から専修大学を経て、1989年にいすゞ自動車に入社。主将としてリーグ4連覇に導く。 1999年に現役引退。母校・専修大学のアシスタントコーチに就任。2004年にヘッドコーチ昇格。大学史上初のインカレ制覇などに導く。2018年退任。 2020年、京都ハンナリーズテクニカルアドバイザー就任。 2023年、京都のTAを退任し、福井ブローウィンズのACに就任。
天日 謙作(てんにち けんさく、1966年10月21日 - … 天日 謙作(てんにち けんさく、1966年10月21日 - )は、大阪府羽曳野市出身のバスケットボール選手・指導者である。
田邉 広子(たなべ ひろこ、1966年10月14日 - )は… 田邉 広子(たなべ ひろこ、1966年10月14日 - )は、愛知県名古屋市出身の女子バスケットボール選手・指導者である。ポジションはG。コートネームは「キビ」。 名古屋市立守山中学校では井上眞一コーチの元、連覇に貢献、「スーパー中学生」として名を馳せた。高校は当時無名だった名古屋短大高(現・桜花学園)に進み、2年時に地元で開催されたインターハイで母校の全国大会初出場に導く。 卒業後は日立戸塚に入社。 1986年には全日本にも選ばれ、1990年世界選手権にも出場した。 その後、積水化学に移籍。1991-92シーズンはアシスタントコーチも兼任。 1996年現役引退。中学時代の恩師である井上の誘いを受け、母校の名古屋短大高にてアシスタントコーチを務め、高校三冠に導いた。
東 英樹(ひがし ひでき、1966年10月5日 - )は、青… 東 英樹(ひがし ひでき、1966年10月5日 - )は、青森県青森市出身のバスケットボール選手・指導者・解説者である。現在はWリーグ・新潟アルビレックスBBラビッツのヘッドコーチ。息子はバスケットボール選手の東宏輝である。 青森県立青森高等学校から筑波大学に進み、シックスマン(スーパーサブ)として活躍。全日本学生選手権2位の成績を残す。卒業後は、三井生命ファルコンズ。 当時の監督は後のbjリーグコミッショナーの河内敏光。河内監督の下、大学時代同様シックスマンとして活躍し、1992年度全日本実業団選手権大会優勝、1993年度全日本総合選手権大会2位、 1994 年度全日本総合選手権大会3位の成績を残す。
後藤 敏博(ごとう としひろ、1966年9月10日 - )は… 後藤 敏博(ごとう としひろ、1966年9月10日 - )は福岡県福岡市出身のバスケットボール選手・指導者である。ポジションはG。
梅嵜 周毅(うめざき しゅうき、1966年3月31日 - )… 梅嵜 周毅(うめざき しゅうき、1966年3月31日 - )は、福岡県出身のバスケットボール選手・指導者。アイシン ウィングスヘッドコーチの梅嵜英毅は一つ上の兄。 福岡大大濠高校(1年後輩に中原雄)から明治大学を経て、豊田通商に入社し選手として活躍。 引退後の1995年、日立那珂のコーチに就任。日本リーグ昇格に導いた。 その後はケンタッキー大学へのコーチ留学、津島女子高校コーチを経て、2000年、中川文一ヘッドコーチの元、シャンソン化粧品のアシスタントコーチに就任。鄭周鉉に変わっても引き続き務め、2005年にWリーグ優勝。 鄭ヘッドの退任により2006年、ヘッドに昇格。 U-19日本代表のアシスタントコーチも務めた。
小川 直樹(おがわ なおき、1965年10月28日 - )は… 小川 直樹(おがわ なおき、1965年10月28日 - )は、日本の元男子バスケットボール選手。神奈川県川崎市出身。現役時代は日本鋼管に所属。Bリーグ、横浜ビー・コルセアーズ初代ゼネラルマネージャー。 日体大荏原高校、日本体育大学卒業後、日本鋼管に入社。全日本にも選ばれる。 1998年、現役引退。実業団チームで指導を始める。 1999年、知的障害者バスケットボールの日本FIDバスケットボール連盟理事に就任。シドニーパラリンピックなどの国際大会でヘッドコーチとして指揮を執った。連盟理事長も務めた。 2011年、bjリーグに新規参入する横浜ビー・コルセアーズの初代GMに就任。 2017年オフ、GM退任。
阿部達也(あべ たつや、1965年10月26日 - )は、日… 阿部達也(あべ たつや、1965年10月26日 - )は、日本の大阪府茨木市出身の元バスケットボール選手で、Bリーグ大阪エヴェッサGM(ジェネラルマネジャー)、ブラインドサッカー女子日本代表チーム部長、京都大学発スタートアップベンチャー株式会社ヘルステック研究所 代表取締役。 1965年大阪府に生まれる。茨木市立東雲中学校では大阪3位[要説明]、大阪府立茨木高等学校では大阪3位、その後進学した京都大学工学部衛生工学科では関西7位、関西選抜大会・2年連続得点王、7帝戦・3年連続得点王となる。 1988年、京都大学卒業後に株式会社リクルート(現:株式会社リクルートホールディングズ)へ入社、2005年に退社。