入江 隆則(いりえ たかのり、1935年9月19日 - )は… 入江 隆則(いりえ たかのり、1935年9月19日 - )は、日本の文学研究者・評論家。明治大学名誉教授。専門は英米文学・比較文化論。日本会議代表委員。 1935年、神奈川県横浜市で生まれた。京都大学文学部英文学科で学び、1961年に卒業。 1961年から1964年まで岩波映画製作所に勤務して、シナリオ執筆を担当。東京都立大学大学院に入学し、佐伯彰一に師事。1966年に修士課程を修了。 1966年、東京医科大学専任講師に就いた。1969年、明治大学商学部専任講師。1972年、明治大学商学部助教授。1977年、明治大学商学部教授に昇格。この間、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院、オーストラリア国立大学太平洋アジア研究所・モナシュ大学日本研究センターなどでも客員研究員を務めた。
森 啓(もり けい、1935年9月11日 - )は、日本の自… 森 啓(もり けい、1935年9月11日 - )は、日本の自治体学の研究者であり、自治体学会の創設者の1人。専門は、自治体学、自治体政策論。 北海道自治体学会代表運営委員(1995年 - 1999年)や、日本自治体学会運営委員、北海道地方自治土曜講座実行委員長(1995年 - 2010年、2014年 - 2018年)、自治体政策研究所所長(2008年 - 2018年)も務めた。 その他に、北海道自治体学会相談役・日本聞き書き学会副会長・日本文化行政研究会代表などの要職も務めていた。 松下圭一(法政大学名誉教授)により打ち出された自治体理論を発展させ、自治体学の理論化や実践に尽力している。また、全国文化行政シンポジュウム(1979)、全国文化の見えるまちづくりフォーラム(1991)を開催するなど文化行政の全国展開と文化行政理論の形成に努めた。
上地 ちづ子(かみち ちづこ、1935年(昭和10年)8月1… 上地 ちづ子(かみち ちづこ、1935年(昭和10年)8月16日 - 2000年11月20日)は、日本の紙芝居作者、児童文学作家、児童文化研究者。東京生まれ。共立女子大学文芸学部卒。雑誌記者、コピーライターなどをへて紙芝居作者、児童文学作家、児童文化研究者となる。子どもの文化研究所・紙芝居研究会代表。日本児童文化史研究会事務局長。1977年「しょくどうは8かい」で高橋五山賞奨励賞・作家賞、89年「がんばれ!勇くん」で同脚本賞受賞。
清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - … 清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - 2006年3月4日)は、日本の哲学者、哲学史研究者、青山学院大学文学部名誉教授。社会学者・評論活動で著名だった清水幾太郎の長女。子に、明治大学教授の清水真木。 1960年に東京大学文学部を卒業。1966年同大学院博士課程を単位取得満期退学。1977年「スピノザ研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。女子栄養大学を経て、1970年に青山学院大学専任講師、助教授、教授を経て同大名誉教授。日本哲学会などの学会に所属した。墓所は八王子市高尾霊園。
森田 稔(もりた みのる、1935年6月19日 - )は、日… 森田 稔(もりた みのる、1935年6月19日 - )は、日本のロシア音楽研究者、宮城教育大学名誉教授。 満州国奉天市(現中国瀋陽市)生まれ。東京外国語大学ロシヤ語科、東京藝術大学楽理科卒業。東京都立高校教諭、弘前大学講師、宮城教育大学助教授、教授を務め2001年定年退官。2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。
船戸 満之(ふなと みつゆき、1935年6月 - )は、ドイ… 船戸 満之(ふなと みつゆき、1935年6月 - )は、ドイツ思想の研究者、獨協大学名誉教授。 1935年、東京で生まれた。東京大学文学部独文科で学び、1962年に卒業。同大学大学院に進学し、1965年に修士課程を修了した。 その後は文芸評論家として活動した。後に獨協大学助教授に就き、教授昇格。2006年に獨協大学を定年退任し、名誉教授となった。 エルンスト・ブロッホを専門とする。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
畑山 博(はたやま ひろし、1935年5月18日 - 200… 畑山 博(はたやま ひろし、1935年5月18日 - 2001年9月2日)は、東京府出身の小説家、文学研究者。
川田忠樹(かわだ ただき、1935年5月2日- 2022年1… 川田忠樹(かわだ ただき、1935年5月2日- 2022年10月24日)は、橋梁研究者、川田テクノロジーズ相談役。 富山県福野町に、川田工業社長・会長を歴任した川田忠雄の子として生まれる。富山県立福野高等学校卒、東京外国語大学卒。 1958年3月、川田工業株式会社に入社。 1971年から2017年までプレビーム振興会会長。 1977年6月、川田工業株式会社 代表取締役社長に就任。 1996年6月、川田工業株式会社 代表取締役会長に就任。 2001年から2005年まで財団法人富山県経営者協会会長。 2002年「近代吊橋における二律背反相克の歴史 経済性と剛性」で東京大学工学博士。 2010年6月、川田工業株式会社 相談役に就任。
柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )… 柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。俳人として柏原眠雨。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院哲学科博士課程中退。1972年、東北大学助教授、教授。1998年、定年退官、名誉教授。放送大学教授、客員教授。2007年、退職。眠雨の号をもつ俳人で、仙台を拠点に俳誌『きたごち』を主催する。2000年、宮城県芸術選奨受賞。2014年、瑞宝中綬章受章。2015年、句集『夕雲雀』で第55回俳人協会賞受賞。
石丸 晶子(いしまる あきこ、1935年4月26日 - )は… 石丸 晶子(いしまる あきこ、1935年4月26日 - )は、日本の日本文学研究者。東京経済大学名誉教授。 福岡県生まれ。1965年東京大学文学部美術史学科卒業、1968年同大学文学部国語国文学科卒業。1971年同大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1975年同博士課程単位取得満期退学。同年東洋女子短期大学英文学科専任講師、1977年東京経済大学経営学部専任講師、1978年同助教授、1984年同教授。1991年『式子内親王伝』で紫式部文学賞を受賞。2006年定年退職、名誉教授。 本来の専門は近代文学、とくに有島武郎だが、日本古典について数多くの著作がある[要出典]。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
清水 廣一郎(しみず こういちろう、1935年4月2日- 1… 清水 廣一郎(しみず こういちろう、1935年4月2日- 1988年4月29日)は、日本の歴史学者、イタリア史研究者。専攻はイタリア中世社会経済史。元一橋大学経済学部教授。サントリー学芸賞受賞。 東京府生まれ。東京外国語大学外国語学部イタリア語科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。増田四郎門下。東京教育大学文学部講師、同助教授、広島大学総合科学部助教授、同教授、東京都立大学人文学部教授。1982年『中世イタリア商人の世界』でサントリー学芸賞受賞。その後一橋大学経済学部教授。在職中に死去し正五位。 『中世イタリア商人の世界』では、ジョヴァンニ・ヴィッラーニの生涯とその著書『新年代記』(en:Nuova Cronica)を通し、イタリア商人たちの世界を論じた。
松岡 享子(まつおか きょうこ、1935年3月12日 - )… 松岡 享子(まつおか きょうこ、1935年3月12日 - )は、日本の翻訳家、児童文学研究者。ビバリー・クリアリーの「ゆかいなヘンリーくんシリーズ」(学習研究社)や、マイケル・ボンドの「くまのパディントンシリーズ」(福音館書店)の翻訳で知られる。
岡崎 正孝(おかざき しょうこう、1935年3月8日 - 2… 岡崎 正孝(おかざき しょうこう、1935年3月8日 - 2022年)は、ペルシア文学者、イラン研究者、大阪外国語大学名誉教授。 福井県出身。1957年京都大学文学部(東洋史学専攻)卒業、1960年同大学大学院東洋史学科修士課程修了。アジア経済研究所、大阪外国語大学助教授、教授、2000年定年退官、名誉教授。
豊田 裕(とよだ ゆたか、1935年(昭和10年)3月8日 … 豊田 裕(とよだ ゆたか、1935年(昭和10年)3月8日 - 2021年(令和3年)5月28日)は、日本の研究者・教育者。帯広畜産大学名誉教授。栃木県芳賀郡二宮町出身。 1953年栃木県立真岡高等学校、1957年東京大学農学部畜産学科を卒業、1962年同大学院生物系研究科(現・理学系研究科)博士課程を修了(農学博士)。同年東北大学農学部助手(家畜繁殖学講座・竹内三郎教授)。1967年~1968年米国・ウースター実験生物学研究所(英語版)に留学し、M.C.チャン(英語版)の指導を受ける。1968年北里大学畜産学部助教授、1971年教授、1987年東京大学医科学研究所教授、1995年定年退職、帯広畜産大学原虫病分子免疫研究センター教授、1998年名誉教授。
藤木宏幸(ふじき・ひろゆき、1935年3月5日 - 2003… 藤木宏幸(ふじき・ひろゆき、1935年3月5日 - 2003年12月24日)は日本近現代演劇研究者、演劇評論家。 東京都出身。1957年日本大学芸術学部卒業、1960年同大学院研究科修了。日大在学中に秋庭太郎の教えを受け、秋庭太郎の日本演劇研究での数少ない弟子とされる。1967年共立女子大学専任講師。同助教授、教授を経て同大学名誉教授。近代日本のイプセン受容研究で業績をあげる。「戦争と平和」戯曲全集を源五郎、今村忠純と共に編集。日本演劇学会理事も務める。 2003年12月24日、大動脈瘤破裂のため自宅で死去。68歳没。 藤木宏幸氏死去 演劇評論家(共同通信)
杉田 弘子(すぎた ひろこ、1935年〈昭和10年〉3月 -… 杉田 弘子(すぎた ひろこ、1935年〈昭和10年〉3月 - 2024年〈令和6年〉6月16日)は、日本の比較哲学研究者。武蔵大学名誉教授。 愛媛県松山市生まれ。愛知県立刈谷高等学校卒、1957年東京大学法学部卒業、文化放送勤務ののち1962年東大大学院比較文学比較文化修士課程入学、1968年同博士課程満期退学。1969年7月東大教養学部助手(ドイツ語)、1971年7月退任、西ドイツ・ハンブルク大学、1974年イタリア、米国で滞在研究。1976年帰国、武蔵大学人文学部教授、2000年定年退任、特任教授、2001年名誉教授。2011年『漱石の「猫」とニーチェ』で和辻哲郎文化賞受賞。 2024年6月16日に老衰のため死去。
安川 寿之輔(やすかわ じゅのすけ、1935年(昭和10年)… 安川 寿之輔(やすかわ じゅのすけ、1935年(昭和10年)2月21日 - )は、日本の市民運動家、社会思想史研究者。専門は近代日本社会(教育)思想史。名古屋大学名誉教授、不戦兵士・市民の会副代表理事、日本戦没学生記念会元事務局長、イラク派兵違憲訴訟の原告(東京地方裁判所)。韓日平和100年市民ネット共同代表。<声明>「韓国は「敵」なのか」賛同者。 2001年(平成13年)4月21日の朝日新聞に掲載された安川の論説「福沢諭吉 アジア蔑視広めた思想家」に、静岡県立大学国際関係学部の平山洋が反論「福沢諭吉 アジアを蔑視していたか」(5月12日付同紙)を掲載したことで、「安川・平山論争」が始まった。 同年5月21日に安川は慶應義塾大学で講演を行い、講演資料で「福沢論争 批判は事実に基づいて」という再反論を掲載した。
倉塚 曄子(くらつか あきこ、1935年1月25日 - 19… 倉塚 曄子(くらつか あきこ、1935年1月25日 - 1984年7月17日)は、日本の女性史研究者。夫は宗教学者の倉塚平。 東京生まれ。旧姓・森田。父の転勤に従い上海、青島などを転々とする。14歳で父を失い極貧の中、1958年お茶の水女子大学卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院国文科進学。1960年博士課程進学、倉塚平と結婚。1963年東京都立荒川工業高等学校国語科教諭、西郷信綱を中心とする研究会に出席し、古代女性史に関して多くの論文を書く。1965年退職し、1968年夫が西ドイツ・ミュンスター大学に留学していたため渡独。各大学の非常勤講師を勤めながら研究を続け、1972年心臓発作で倒れ心臓に異常が見つかる。
三浦 仁(みうら ひとし、1935年1月21日 - )は、日… 三浦 仁(みうら ひとし、1935年1月21日 - )は、日本近代文学研究者。山梨県立女子短期大学教授を歴任。 茨城県生まれ。東京教育大学国文科卒、1966年同大学院博士課程単位修得。山梨県立女子短期大学国文科教授を務めた。
河井 徳治(かわい とくはる、1935年1月17日 - )は… 河井 徳治(かわい とくはる、1935年1月17日 - )は、日本の哲学研究者、大阪産業大学名誉教授。 大阪生まれ。1955年大阪大学理学部入学、60年同文学部哲学科卒業。65年同大学院博士課程満期退学。75-76年ハイデルベルク大学に学ぶ。1993年「スピノザ哲学論攷」で筑波大学文学博士。1977年大阪産業大学教養部教授、86年教養部長、97-2001年図書館長、2001年人間環境学部教授。2005年退任、客員教授、特任教授、名誉教授。
中澤 孝之(なかざわ たかゆき、1935年1月 - )は、日… 中澤 孝之(なかざわ たかゆき、1935年1月 - )は、日本のジャーナリスト、ロシア・ソ連研究家。 大連市生まれ。長野県南佐久郡佐久穂町に育つ。長野県野沢北高等学校を経て、東京外国語大学ロシア語科国際関係課程卒業。時事通信社入社、本社経済部記者、シンガポール、クアラルンプール、モスクワ特派員、モスクワ支局長、外信部次長、整理部次長、外信部長、県立新潟女子短期大学国際教養学科教授、長岡短期大学教授、長岡大学産業経営学部教授などを務めた。モスクワ勤務の期間は通算9年強。妻幸子(ゆきこ)との間に3人の子供がいる。長男は「なかざわひでゆき」の名前で、映画と音楽の評論執筆活動を行う(http://angeleyes.dee.cc/)かたわら、随時、TVチャンネル「WOWOWプライム」の木曜夕方の番組「ザ・プライムショー」に出演中。
豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学… 豊国 孝(とよくに たかし、1935年 - )は、日本の文学研究者・イギリス文学者。小樽商科大学名誉教授。主な研究対象はイギリス文学(D・H・ローレンス)。 北海道出身。1958年北海道大学文学部英米文学科卒業。1962年旭川工業高等専門学校講師。1967年室蘭工業大学講師、1970年同大学助教授を経て、1979年小樽商科大学商学部助教授。1981年小樽商科大学商学部教授に就任。1991年に同大学言語センター教授。1999年に小樽商科大学名誉教授の称号を授与される。なお、1999年から札幌大学外国語学部教授、現在札幌大学外国語学部研究科非常勤講師。2008年3月退職。2015年11月瑞宝中綬章を受章。
太田 義弘(おおた よしひろ、1935年(昭和10年) - … 太田 義弘(おおた よしひろ、1935年(昭和10年) - 2024(令和6)年9月6日)は、日本の社会福祉学の研究者、大阪府立大学名誉教授。ソーシャルワークを専門にしている。 1958年関西学院大学文学部社会事業学科卒、1960年同大学院文学研究科社会学専攻修士課程修了。関西学院大学社会学部助手、北星学園大学文学部助教授、大阪府立大学教授、社会福祉学部長・大学院社会福祉学研究科長、1993年「ソーシャル・ワーク実践とエコシステム」で関西学院大学社会学博士。1998年定年退官、名誉教授、龍谷大学教授、2003年関西福祉科学大学教授。2013年退職。日本社会福祉学会名誉会員、日本ソーシャルワーク学会名誉会員、日本社会福祉教育学会名誉会員。
酒井 董美(さかい ただよし、1935年 - )は、日本の民… 酒井 董美(さかい ただよし、1935年 - )は、日本の民話研究者。島根大学名誉教授。 島根県松江市出身。1957年島根大学教育学部卒業。その後、玉川大学文学部通信教育課程卒業。 島根県の中学校・高等学校に勤務した後、島根大学法文学部助教授、教授を務め、1999年に定年退官、名誉教授となる。その後、鳥取女子短期大学(現・鳥取短期大学)教授となり、2006年に退職した。 松江市大庭町にある出雲かんべの里館長に就任した。 山陰両県の口承文芸を収録・研究しており、2005年より山陰民俗学会会長となる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉田 祐夫(よしだ すけお、1935年(昭和10年) - )… 吉田 祐夫(よしだ すけお、1935年(昭和10年) - )は、日本の研究者、専門は経営工学、生産工学。
岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッ… 岡本 達明(おかもと たつあき、1935年 - )は、元チッソ社員の水俣病研究者。 東京生まれ。1957年東京大学法学部卒業、新日本窒素肥料(現・チッソ)入社。1970-1977年チッソ水俣工場第一組合委員長。1990年チッソ退社。水俣病市民会議会員。 1990年『聞書 水俣民衆史』(松崎次夫共編)にて第44回毎日出版文化賞(特別賞)を受賞。その後2001年には西村肇との共著『水俣病の科学』にて、第55回毎日出版文化賞(第3部門)を受賞。
赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1… 赤松 宏(あかまつ ひろし、1935年 - 2025年6月1日)は、日本の哲学者、ドイツ哲学研究者。名古屋大学名誉教授。 神戸市生まれ。1960年東京大学文学部哲学科卒業。1963年同大学院修士課程修了。1967年関西大学大学院博士課程中退。 1966年名城大学講師。1967年名古屋工業大学講師。1973年名古屋工業大学助教授。1973年文部省内地研究員として京都大学へ留学。1975年ボン大学(西ドイツ)へ留学。1981年名古屋工業大学教授。1987年名古屋大学文学部教授、1999年定年退官、名誉教授。2000年愛知産業大学教授。 専門は、西洋哲学(現代哲学)―ハイデッガー、マルセル、サルトルなど。
三上 茂(みかみ しげる、1935年 - 2022年12月2… 三上 茂(みかみ しげる、1935年 - 2022年12月23日)は、西洋中世哲学研究者。南山大学名誉教授。中世哲学。 福岡市出身。九州大学教育学部卒、同大学院、南山大学助教授、教授、2004年定年退職、名誉教授。
大田 嘉弘(おおた よしひろ、1935年 - 2015年8月… 大田 嘉弘(おおた よしひろ、1935年 - 2015年8月10日)は、日本の歯科医師、軍事史研究者。 九州歯科大学を卒業。竹原・豊田歯科医師会会長、広島県歯科医師会理事、竹原市教育委員長などを歴任。 厚生労働大臣賞、文部科学大臣賞、防衛大臣賞等を受賞した。2010年に瑞宝双光章を受章。 軍事研究としては、沖縄戦・インパール作戦に関する著作を残した。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
加藤 邦男(かとう くにお、1935年 - 2019年3月3… 加藤 邦男(かとう くにお、1935年 - 2019年3月31日)は建築史家、建築論研究者。京都大学名誉教授。専門は建築史、建築論、建築設計。森田慶一、増田友也の流れを受ける建築論研究の第一人者である。工学博士。大阪府生まれ。 ポール・ヴァレリー『エウパリノス または建築家』、『列柱のうた』に長い間魅惑された著者が、ヴァレリーに関する徹底的な建築論的研究を行う。 1958年京都大学工学部建築学科卒業。京都大学大学院工学研究科を経て、1959‐62年フランス国立美術学校建築学科エルベ‐アルベール教室に留学。 1962‐64年、ミッシェル・エコシャール都市建築設計事務所都市計画部門主任。 1964年以降、京都大学工学部助手、講師、助教授を経て、1990年同教授、1999年同停年退官。
高柳 良治(たかやなぎ りょうじ、1935年 - 2014年… 高柳 良治(たかやなぎ りょうじ、1935年 - 2014年4月8日)は、哲学研究者。國學院大學名誉教授。ドイツ社会思想史。 群馬県沼田市生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。國學院大學経済学部助教授、教授。2006年定年退職、名誉教授。
渡辺信一郎(わたなべ しんいちろう、1934年12月23日 … 渡辺信一郎(わたなべ しんいちろう、1934年12月23日 ‐ 2004年2月4日)は、江戸庶民文化研究者、古川柳研究者。別名・蕣露庵主人。 東京生まれ。早稲田大学卒業。東京都立高校で国語教諭を務めるかたわら、20代から古川柳の研究を始め、多数の著書を著す[要出典]。1992年から1995年まで東京都立深沢高等学校校長[要出典]。近世庶民の生活文化、特に性的な面に関する一般向け書物の著者としては花咲一男と並ぶ第一人者である[要出典]。
坂井秀寿(さかい ひでひさ、1934年12月1日 - 199… 坂井秀寿(さかい ひでひさ、1934年12月1日 - 1994年1月16日)は、日本の哲学研究者。 東京都出身。東京都立日比谷高等学校卒、1957年東京大学文学部哲学科卒、同大学院修士課程修了、東海大学助教授、東京都立大学助教授、1978年東大教養学部助教授。1988年退職。1994年1月16日、肺炎のため死去。
中村 悦子(なかむら えつこ、1934年11月26日 - )… 中村 悦子(なかむら えつこ、1934年11月26日 - )は、日本の児童文学研究者、保育学者、大妻女子大学名誉教授。 栃木県生まれ。1957年津田塾大学英文学科卒業。57-64年お茶の水女子大学家政学部児童学科研究生および研究員。65-66年キブツの研究でイスラエル滞在。1967年作新学院女子短期大学幼児教育科助教授、教授、1981年大妻女子大学家政学部児童学科教授。2003年定年、名誉教授、宇都宮短期大学人間福祉学科非常勤講師。2009年退職。1989年『幼年絵雑誌の世界』で日本児童文学学会賞奨励賞受賞。
米田 佐代子(よねだ さよこ、1934年9月3日 - )は、… 米田 佐代子(よねだ さよこ、1934年9月3日 - )は、日本の、女性史研究者、ノンフィクション作家。NPO平塚らいてうの会会長。らいてうの家館長。 1934年9月3日、6人兄弟姉妹の4番目、次女として東京で生まれる。父親は旧逓信省に勤めていた。1950年、それまで男子校だった長野北高校に入学。クラスでただ1人の女子だったという。高校2年で父の転勤で都立戸山高校に転入。しかし、1952年に父が亡くなる。1958年東京都立大学人文学部(史学専攻)卒業後、同大学助手を経て1990年より山梨県立女子短期大学教授、2000年3月定年退職。専攻は日本近現代女性史。平塚らいてうを中心に近代日本の女性運動と女性思想を研究した他、女性史を中心にノンフィクション著書多数。
岡部 陽二(おかべ ようじ、1934年8月16日 - )は、… 岡部 陽二(おかべ ようじ、1934年8月16日 - )は、日本の国際金融マン、医療経済研究者。 住友銀行(現:三井住友銀行)入行。取締役国際投融資部長、常務取締役ロンドン支店長、専務取締役を歴任。同行退職後、明光証券(現:SMBC日興証券)代表取締役会長、広島国際大学医療福祉学部医療経営学科および同大学院教授を経て、医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構副所長を歴任。
松田 存(まつだ たもつ、1934年〈昭和9年〉7月27日 … 松田 存(まつだ たもつ、1934年〈昭和9年〉7月27日 - 2022年〈令和4年〉)は、日本の能楽研究者、二松學舍大学名誉教授。 岡山県出身。1958年(昭和33年)二松學舍大学文学部国文科卒、1970年(昭和45年)同大学院修士課程修了、同大学講師、助教授、教授。2005年定年。
内田 道雄(うちだ みちお、1934年7月7日 - )は、日… 内田 道雄(うちだ みちお、1934年7月7日 - )は、日本の日本近代文学研究者、東京学芸大学名誉教授。 新潟県生まれ。1957年東京大学文学部国文科卒。1964年同大学院博士課程単位取得満期退学。1966年山梨大学助教授、1972年東京学芸大学助教授、1981年教授、1999年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授、2007年退職。1998年『内田百閒』でやまなし文学賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011… 川名 登(かわな のぼる、1934年6月13日 - 2011年6月11日)は、日本の経済史学者、河川水運史研究者、千葉経済大学名誉教授。 千葉県銚子市生まれ。犢橋村立犢橋中学校、千葉県立千葉第一高等学校を経て、千葉大学文理学部史学科日本史学専攻に入学。1957年千葉大学文理学部史学科日本史学専攻卒業。1962年明治大学大学院文学研究科日本史学専攻修士課程修了。明治大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。横須賀市博物館、千葉経済大学短期大学教授、1987年に千葉経済大学経済学部が設置されると教授に就任し、2005年定年退任、名誉教授。 1993年『日本近世河川水運史の研究』で文学博士(明治大学)。
桝井 寿郎(ますい としろう、1934年5月24日 - 20… 桝井 寿郎(ますい としろう、1934年5月24日 - 2011年6月19日)は、日本文学研究者、作家、梅花短期大学名誉教授。 大阪市に生まれる。1953年大阪府立清水谷高等学校卒。川端康成の指導を受ける。1957年甲南大学経済学部から文学部国文科に転じ、1958年卒業。朝日新聞大阪本社嘱託、淀川製鋼所勤務を経て、寿屋代表取締役。1985年受洗、1987年梅花短大教授、2002年定年退職。 1967年西鶴文学会を創設。95年井原西鶴賞を創設。西鶴のほか大阪出身の文学者を広く研究している。川端康成生誕の地も確定した。 2011年6月19日、心不全により死去。
野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 20… 野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 2014年12月9日)は、経済学者、タイ研究者。 愛知県生まれ。1961年東京大学農学部農業経済学科卒業、アジア経済研究所入所。1965年タイ王国カセサート大学留学。1977年アジア経済研究所バンコク事務所代表。1979年JICA専門家としてタイ国メイズ開発計画に参加。1990年チュラロンコン大学客員研究員。1992年アジア経済研究所理事。1997年川崎医療福祉大学客員教授。1983年、『農村開発顛末記』により日本翻訳文化賞受賞。 2014年12月9日、前立腺癌のため死去。
山崎 正和(やまざき まさかず、英語: Masakazu Y… 山崎 正和(やまざき まさかず、英語: Masakazu Yamazaki、1934年〈昭和9年〉3月26日 - 2020年〈令和2年〉8月19日)は、日本の劇作家、評論家、演劇研究者。文化功労者、文化勲章受章者。 関西大学文学部教授、大阪大学文学部教授、東亜大学学長、文部科学省中央教育審議会会長(第4期)、LCA大学院大学学長、サントリー文化財団副理事長、大阪大学名誉教授、経済産業省参与、日本芸術院会員などを歴任した。 『世阿弥』(1963年)、『後白河法皇』(1966年)、『冬の花火』(1968年)など多数の話題作を発表し、劇作家としての地位を築く。一方、評論の分野でも活動。『劇的なる日本人』(1971年)では、従来劇的でないとされてきた日本人の生活の中に、西洋とは異質の劇的精神があることを指摘した。
山形 和美(やまがた かずみ、男性、1934年3月19日 -… 山形 和美(やまがた かずみ、男性、1934年3月19日 - 2019年5月21日)は、日本の文学研究者、翻訳家。筑波大学名誉教授。専門は、近代イギリス文学、日本・欧米比較文学及び文学理論、日本近代キリスト教文学。 1934年、山口県で生まれた。1957年、西南学院大学文学部を卒業。東京教育大学大学院文学研究科(英文学専攻)に進学し、1959年に修士課程を修了。博士課程に進学したが、中途退学。 1959年、母校の西南学院大学短期大学部助手に採用された。1960年より同大学文学部専任講師。1963年に専修大学法学部専任講師となり、1967年に助教授、後に教授昇格。1973年、フェリス女学院大学文学部助教授に転じ、後に教授昇格。
秋定 嘉和(あきさだ よしかず、1934年3月16日 - 2… 秋定 嘉和(あきさだ よしかず、1934年3月16日 - 2021年8月9日)は、日本の差別問題研究者、池坊短期大学名誉教授。京都部落問題研究資料センター所長。 兵庫県生まれ。立命館大学文学部卒、同大学院修士課程修了、兵庫県立尼崎工業高等学校教諭ののち、京都大学人文科学研究所、同志社大学人文科学研究所で共同研究に参加、のち池坊短期大学教授。大阪人権博物館館長。京都部落問題研究資料センター所長。2021年8月9日死去。享年87歳。
渡邊 文麿(わたなべ ふみまろ、1934年3月11日 - 1… 渡邊 文麿(わたなべ ふみまろ、1934年3月11日 - 1990年3月7日)は、パーリ仏教研究者(Ph.D)である。 山口県小野田市に生まれる。高等学校を卒業後、龍谷大学文学部、龍谷大学大学院でパーリ仏教を学ぶ。1965年、カナダに留学し、トロント大学大学院に入学する。パーリ仏教研究者のA.K.WarderやH.Saddhatissaの指導を受け、1976年にPh.Dの学位を授与される。その後、近畿大学(言語学)の教授を経て、愛知学院大学文学部国際文化学科の教授となる。 また、1979年からPali Text Societyの日本代表を務め、海外の仏教研究者との交流にも力を注いだ。 1990年3月7日、胃ガンのため他界。
奥田 陸子(おくだ りくこ、むつこ、1934年〈昭和9年〉3… 奥田 陸子(おくだ りくこ、むつこ、1934年〈昭和9年〉3月10日 - )は、日本の研究者。 東京府東京市淀橋区(東京都新宿区)百人町生まれ。富山大学薬学部専攻科修了。大学卒業後は研究員となる。 1960年(昭和35年)、結婚に伴い名古屋市に移住。翌年の1961年(昭和36年)から1963年(昭和38年)にはフランスに生物化学研究のために留学。帰国後すぐ双子を出産。子供をもうけたことにより、研究者としてのキャリアは断念するも、翻訳を生業とすることで薬学や生物化学との関係を継続することを選択する。また、子供の生育環境、また、それに関わるまちづくりの分野に興味をもつようになる。 奥田が居住したのは、名古屋市内とはいえ未だ人間の手が入っていない自然が残る地域であり、また公共図書館も近くにないような場所であり、「天白ミニ文庫」と称して自宅を開放する活動をはじめた。
柏木 英彦(かしわぎ ひでひこ、1934年2月9日 - )は… 柏木 英彦(かしわぎ ひでひこ、1934年2月9日 - )は、中世西洋哲学の研究者。金沢大学名誉教授。文学博士(慶應義塾大学にて取得。)。 東京都生まれ。1985年慶應義塾大学大学院博士課程修了、「ラテン中世の言語と精神」で文学博士。山口大学人文学部助教授、同大学教授を歴任し、金沢大学文学部教授。1997年定年退官、同大学名誉教授。1974年『イスラーム哲学史』で日本翻訳文化賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、哲学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:哲学)。
長谷川 端(はせがわ ただし、1934年1月27日 - )は… 長谷川 端(はせがわ ただし、1934年1月27日 - )は、日本の日本中世文学研究者、中京大学名誉教授。中世軍記物語が専門。 1934年群馬県高崎市生まれ。1952年群馬県立高崎高等学校卒業。1956年慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒業。1959年同大学院修士課程修了。1962年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 椙山女学園大学短期大学部、中京大学などで非常勤講師。 1987年「太平記の研究」で文学博士の学位を取得(慶應義塾大学)。 1989年3月から5月、国際交流基金より、カイロ大学文学部の客員教授として派遣され、3・4年生の学生を対象に日本中世文学の集中講義を実施。 中京大学文学部助教授、教授、2007年定年退任、名誉教授。
小島 麗逸(こじま れいいつ、1934年1月23日 -202… 小島 麗逸(こじま れいいつ、1934年1月23日 -2024年12月7日 )は、日本の経済学者・中国研究者。中国の経済建設・日本植民史・アジア経済を研究。大東文化大学名誉教授。アジア経済研究所調査研究部次長を経て、学校法人大東文化学園理事・北京大学光華管理学院客員教授・現代中国学会理事などを務めた。 長野県下伊那郡下久堅村(現飯田市)出身。長野県飯田高松高等学校(現長野県飯田高等学校)を経て、1960年一橋大学経済学部卒。種瀬茂ゼミ出身。同年アジア経済研究所入所。山梨県大月市で農耕や、牧畜、植林に従事しながらアジア経済研究所に通い、石川滋一橋大教授の指導の下で研究に従事。1978年からアジア経済研究所主任研究員。
鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 202… 鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 2020年2月29日)は、日本の歴史学者・日本近現代史研究者。東京大学名誉教授。立憲政治体制や歴史の相互理解を研究する。 東京市目黒区出身。東京都立大学附属高等学校卒、1958年東京大学文学部国史学科卒業。1961年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程中退し、同年東京大学教養学部助手、1964年専任講師、1967年助教授、1982年同教授となる。1994年に定年退官し、名誉教授、中央大学教授。2004年定年退職。2007年、第2期日韓歴史共同研究委員会・日本側委員長。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」では監修(脚本諮問委員)を務めた。