早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2… 早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2023年11月7日)は、日本のドイツ文学者、名古屋大学名誉教授。 大阪府生まれ。本籍・石川県。本名・早﨑良久。1948年第八高等学校理科甲類卒、1952年東京大学文学部独乙文学科卒。同志社大学助教授、名古屋大学教養部助教授、同教授、語学センター教授、同センター長事務代理、総合言語センター教授、1990年定年退官、名誉教授。愛知工業大学客員教授。妻の早﨑ふき子(1929-2020)は、『カフカの椅子』(角川書店 2006)等の歌集および『美の四重奏』(春日井建論、山中智恵子論、馬場あき子論、塚本邦雄論)(雁書館 1993)等の作家論集を著わした歌人で、2008年梨郷賞(中部日本歌人会大賞)受賞。
島田 良二(しまだ りょうじ、1926年4月3日 - 200… 島田 良二(しまだ りょうじ、1926年4月3日 - 2005年7月1日)は、日本の文学者。千葉大学名誉教授。 旧制松本高等学校文科、東京大学文学部を経て1957年、東京大学大学院文学研究科博士課程修了。千葉県立佐倉高等学校教諭、茨城大学人文学部助教授、千葉大学教養部教授を歴任。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018… かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018年5月2日)は、日本の絵本作家、児童文学者、工学博士、技術士(化学)。本名は中島 哲(なかじま さとし)。ペンネームの「里子」は俳号。 福井県今立郡国高村(後の武生市、現在の越前市)に生まれ、8歳より東京府東京市(現在の東京都)板橋区に育った。東京府立第九中学校(現在の東京都立北園高等学校)、旧制成蹊高等学校から、東京大学工学部応用化学科に学ぶ。成蹊高校時代の教師に中村草田男がいた。1945年、疎開先の三重県で終戦。この年の9月より大学の授業が再開された。1946年、演劇研究会に入り、舞台装置デザイン・作製子供向けの演劇脚本を書き始める。
加古 里子(かこ さとし、1926年3月31日 - )は、日… 加古 里子(かこ さとし、1926年3月31日 - )は、日本の絵本作家、児童文学者。工学博士、技術士(化学)。本名は、中島 哲(なかじま さとし)。ペンネームの「里子」は俳号。かこさとし名義でも活動している。
生地竹郎(おいじ たけろう、1926年3月21日-1980年… 生地竹郎(おいじ たけろう、1926年3月21日-1980年7月14日)は、日本の中世英文学者。 広島生まれ。父は陸軍主計少将・生地竹之助。1951年東北大学文学部英文科卒、山形大学講師、東北大学教養部助教授、上智大学文学部教授。1974年『ウィリアムスの見た農夫ビアズの夢』で日本翻訳文化賞受賞。
宮崎 雄行(みやざき ゆうこう、1926年3月13日 - 2… 宮崎 雄行(みやざき ゆうこう、1926年3月13日 - 2006年12月14日)は、日本のイギリス文学者、詩人である。武蔵大学名誉教授。 イギリス文学の研究・教育を進めるとともに、小川国夫らの雑誌『青銅時代』に参加して詩の創作活動を行う。 詩集に、『黄金の雨』(1975年)、『泉聲』(1983年)、『幻の塔』(1990年)、『海山の光』(1996年)がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
松本 隆信(まつもと りゅうしん、1926年3月11日 - … 松本 隆信(まつもと りゅうしん、1926年3月11日 - 1993年2月16日)は、日本の国文学者、書誌学者、慶應義塾大学名誉教授。 東京市麻布区(現・東京都港区元麻布)生まれ。1943年に慶應義塾普通部(旧制)修了、1948年に慶應義塾大学文学部文学科(国文学専攻)卒業。 1959年に同大学専任講師、1961年に同大学附属研究所斯道文庫専任講師、1965年に助教授、1974年に教授。1975年に「中世における本地物の研究」で文学博士。1982年から1987年まで斯道文庫長、1988年に定年退任、名誉教授。1989年に『室町時代物語大成』の編纂で角川源義賞受賞。 1993年、肺炎のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
岩佐 美代子(いわさ みよこ、1926年(大正15年)3月1… 岩佐 美代子(いわさ みよこ、1926年(大正15年)3月1日 - 2020年(令和2年)1月17日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(立教大学)。鶴見大学名誉教授。 父は法学者の穂積重遠。兄は西洋史学者の穂積重行。父方の祖父は法学者の穂積陳重。母方の祖父は陸軍軍人、政治家の児玉源太郎。父方の曾祖父は実業家の渋沢栄一。一家の間では渋沢似の顔と言われる。 1930年(昭和5年)頃から昭和天皇の第1皇女・照宮成子内親王に「宮仕え」し、前田美意子らとともに特に親しい学友のひとりだった。なお、学友として出仕するにあたり宮内省から辞令がくだされていた。1945年(昭和20年)女子学習院高等科卒業。 その後、厚生省勤務の医師岩佐潔(1922年(大正11年) - 1972年(昭和47年))と結婚、2児を儲けるが、1962年(昭和37年)国文学研究を志す。
植野 修司(うえの しゅうじ、1926年3月1日 - 200… 植野 修司(うえの しゅうじ、1926年3月1日 - 2008年5月13日)は、日本のロシア文学者。京都大学名誉教授。文学博士。 滋賀県出身。1949年3月京都大学文学部言語学科卒。同年8月、同大学院博士課程満期退学、同月京都大学第三高等学校講師。1950年3月京都大学講師(吉田分校,兼ねて宇治分校勤務)、1956年4月同教養部助教授、1967年「ロシア諸年代記に於ける「過ぎし年月の物語」研究」で京大文学博士。1968年4月同教授。1989年定年退官、名誉教授。 日本ロシア文学会の創設に参画し、理事や関西支部長を歴任した。日本におけるロシア文学研究と、ロシア語教育をリードした功績により、2006年11月、瑞宝中綬章を受賞。
小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 200… 小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 2009年12月18日)は、日本の言語学者、文学者(ウラル語学、フィンランド文学研究)。勲等は瑞宝中綬章。学位は博士(文学)(東京大学・論文博士・1995年)。関西外国語大学名誉教授。 静岡県立静岡高等学校教諭を経て、静岡女子短期大学に勤務し、ヘルシンキ大学講師、静岡女子大学文学部教授、大阪外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学国際言語学部教授、関西外国語大学国際言語学部学部長、学校法人関西外国語大学理事などを歴任した。 静岡県出身でウラル語学を専攻する言語学者、文学者である。ウラル語の母音体系や母音調和に関する研究や、音韻理論の日本語への適用などに取り組んだ。
山下 主一郎(やました かずいちろう、1926年2月17日 … 山下 主一郎(やました かずいちろう、1926年2月17日 - )は、日本の英文学者、中央大学名誉教授。 東京生まれ。1950年東京大学文学部英文科卒。同大学院、山梨大学学芸学部助教授、中央大学経済学部助教授、69年教授。96年定年、名誉教授。1984年『イメージ・シンボル事典』で日本翻訳出版文化賞受賞。英国文学を専門としたが、のち西洋文化のイメージ・シンボルを研究、翻訳した。
清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は… 清水 克彦(しみず かつひこ、1926年2月16日 - )は、日本の国文学者、京都女子大学名誉教授。妻は国文学者で関西大学名誉教授の清水好子。 京都府出身。1948年京都帝国大学文学部国文科卒。京都女子大学講師、助教授、教授、91年定年退任、名誉教授、佛教大学教授。96年退職。『万葉集』を専門とする。
元田 脩一(もとだ しゅういち、1926年2月15日 - 1… 元田 脩一(もとだ しゅういち、1926年2月15日 - 1977年1月17日)は、日本のアメリカ文学者。 1951年九州大学文学部英文科卒、北九州大学講師、九州大学助教授、教授。50歳で死去。
松室 三郎(まつむろ さぶろう、1926年2月15日 - 2… 松室 三郎(まつむろ さぶろう、1926年2月15日 - 2007年6月6日)は、日本のフランス文学者。立教大学名誉教授。 長崎県生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。立教大学助教授・教授、1992年定年退任し、名誉教授。ステファヌ・マラルメを軸にフランス象徴主義・詩学を研究した。 2007年6月6日、急性骨髄性白血病のため死去。
長谷川 孝士(はせがわ たかし、1926年(大正15年)2月… 長谷川 孝士(はせがわ たかし、1926年(大正15年)2月6日 - 2011年(平成23年)11月3日)は、国語教育学者、国文学者、愛媛大学名誉教授。 広島県生まれ。広島文理大学文学部卒業、広島大学附属高等学校教諭、1966年愛媛大学教育学部教授、1991年定年退官、名誉教授、兵庫教育大学教授、松山東雲女子大学教授、1996年 - 2002年松山市立子規記念博物館館長。 2011年11月3日、肺癌のため死去。
吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 201… 吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年2月 - 2015年4月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪女子大学名誉教授。関西チェコ / スロバキア協会顧問。 大阪府生まれ。。旧制大阪府立住吉中学校、旧制大阪高等学校、広島高等学校を経て、1951年に京都大学独文科卒。岡山大学講師、大阪女子大学助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。 トーマス・マンやホーフマンスタールなど主に20世紀のドイツ語作家について研究した。フランツ・カフカが専門。新潮社「全集」版では膨大な手紙を訳・担当した。大阪女子大学時代の弟子・中堂恒朗によれば、その訳業は学会でも高く評価されたという。 1963年から、大阪府立大学と大阪女子大学との混声合唱団EWA CHORで顧問を務めた。
福岡 星児(ふくおか せいじ、1926年2月 - 2003年… 福岡 星児(ふくおか せいじ、1926年2月 - 2003年1月22日)は、日本の文学者。北海道大学教授としてロシア語、ロシア文学、スラヴ文献学の研究および教育に加えて北海道大学スラブ研究センターの発展にも貢献し、ロシア中世文学、ウクライナ文学、ポーランド文学などの分野でも優れた翻訳や研究論考を遺した。北海道大学名誉教授。 大正15年(1926年)兵庫県神戸市に生まれ、後に北海道札幌市に転居して札幌二中(現在の札幌西高)を卒業した後、満州国立大学哈爾浜学院(ハルピン学院)でロシア語を学ぶ。 1947年に北海道大学法文学部に第一期生として入学し、木村彰一の指導を受けてロシア文学、スラヴ文献学の研究を始めた。
北村 正利(きたむら まさとし、1926年1月10日 - 2… 北村 正利(きたむら まさとし、1926年1月10日 - 2012年7月13日)は、日本の天文学者(天体物理学)。理学博士。東京大学名誉教授。 現在の高知県南国市久礼田に生まれる。旧制高知県立高知城東中学校(現・高知県立高知追手前高等学校)を経て、1950年、東京大学理学部天文学科卒業。東京大学附属東京天文台助手、講師、助教授を経て1971年教授に就任。1986年定年退官し東京大学名誉教授となった。 北村は古畑正秋とズデネク・コパルの弟子であり、門下生には山崎篤磨、中村泰久、岡崎彰、西城恵一らがいる。 戦後、日本では早期に光電測光を古畑正秋と共に開始。ツアイス製65cm屈折望遠鏡に光電測光装置を取付けて天体の測光を行った。
窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003… 窪田 般彌(くぼた はんや、1926年1月6日 - 2003年1月22日)は、日本のフランス文学者・詩人・翻訳家。早稲田大学名誉教授。 早稲田大学フランス文学科卒。早稲田大学教授を務めた。カサノヴァの「回顧録」、伝記ほか、アポリネール、象徴主義詩などの訳書多数。またフランス文学、フランス史他、近代日本の象徴詩人関連についても著作多数。カミュ『異邦人』の翻訳で知られる窪田啓作は兄。
三好 行雄(みよし ゆきお、1926年〈大正15年〉1月2日… 三好 行雄(みよし ゆきお、1926年〈大正15年〉1月2日 - 1990年〈平成2年〉5月20日)は、日本の国文学者。東京大学名誉教授。近代文学を幅広く研究し、学界の中心的存在と目された。作品論の提唱者とされる。 福岡県飯塚町(現・飯塚市)に生まれる。第五高等学校理科卒業、九州帝国大学理学部入学ののち、新制東京大学文学部国文学科に入学。同大学大学院修了後、1955年(昭和30年)より共立女子大学専任講師、助教授、1959年(昭和34年)立教大学助教授を経て、1962年(昭和37年)東大国文科助教授となる。東大国文科で初めての近代専攻の教員だった。1972年(昭和47年)同教授。1981年(昭和56年)文学部長。
高畠 穣(たかばたけ じょう、1926年- )は、日本の中国… 高畠 穣(たかばたけ じょう、1926年- )は、日本の中国文学者。穣次の名を用いることもある。 福岡生まれ。九州大学文学部卒。中国文学専攻。1951年6月から1955年3月にかけて福岡県立修猷館高等学校で教諭を務めた。 中国史上の人物の考え方・生きざまを現代人の生き方に投影させる一般向けの本を多く出す。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
遠藤 哲夫(えんどう てつお、1926年 - )は、日本の漢… 遠藤 哲夫(えんどう てつお、1926年 - )は、日本の漢文学者、岩手大学名誉教授。 1926年、東京で生まれた。東京大学文学部中国哲学科で学び、1952年に卒業。 卒業後は岩手大学教授を務めた。1990年に岩手大学を定年退官し、名誉教授となった。 専門は中国古代思想で、漢文教育にも著作がある。
邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)… 邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治大学名誉教授。 広島県生まれ。東京大学文学部卒業、専修大学助教授から、のち明治大学商学部教授を務め、定年後名誉教授。 現代アメリカ文学の翻訳を行うほか、大江健三郎などに関する評論も書いた。特にアイザック・バシェヴィス・シンガーを始めとするイディッシュ文学を翻訳、評論した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
武藤 禎夫(むとう さだお、1926年 - )は、日本の国文… 武藤 禎夫(むとう さだお、1926年 - )は、日本の国文学者。 東京に生まれる。1952年に東京大学国文科を卒業した。朝日新聞社に入り、日本古典全書などを編纂、近世文学の研究を行い、共立女子短期大学教授。近世舌耕芸、落語、笑話を中心に研究している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立… 江河 徹(えがわ とおる、1926年 - )は、英文学者、立教大学・フェリス女学院大学名誉教授。 大分県日田市生まれ。1962年東京都立大学 (1949-2011)大学院英文学専攻博士課程修了。立教大学助教授、教授、1992年フェリス女学院大学教授。2002年定年、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月2… 猪狩 博(いかり ひろし、1926年 - 2008年10月21日)は、日本の翻訳家、英文学者。 東京出身。1944年、東京府立第六中学校(現都立新宿高等学校)卒業。東京外国語大学英語科卒。高輪高等学校教諭を経て千葉商科大学教授、1997年定年退任、名誉教授。 代々木ゼミナール英語科講師、旺文社大学受験ラジオ講座講師も務めた。『新クラウン和英辞典』(三省堂)の編者。 奥田俊介らとともに、アンブローズ・ビアスの翻訳などを発表(奥田とは、千葉商科大学・代々木ゼミナール両方での同僚)。J・D・サリンジャーに関する論文もある。 代ゼミ同僚の英語講師、潮田五郎、青木義巳とは、5年違いで全員東京外国語大学の先輩・後輩であったことから、「あいう」のトリオとも言われた(年齢が高い順に猪狩、潮田、青木)。
水田 紀久(みずた のりひさ、1926年 - 2016年12… 水田 紀久(みずた のりひさ、1926年 - 2016年12月21日)は、日本の国文学者。関西大学名誉教授。主に日本近世学芸を専攻する。 幼少から大阪在住。大谷大学文学部卒。1978年「近世後期大阪学芸研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。金蘭短期大学教授、関西大学教授、97年定年、名誉教授、大谷大学講師。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
本田 司(ほんだ つかさ、1926年 - 没年月日不明)は、… 本田 司(ほんだ つかさ、1926年 - 没年月日不明)は、日本の西洋文学者。九州国際大学名誉教授。 ジョージ・オーウェル、アーサー・ケストラー、ウィリアム・モリス、ロバート・ブラウニング、オーブリー・ビアズリーなどの作品における政治性、女性観、芸術観などの問題研究と学会発表が多数ある。
小林 茂美(こばやし しげみ、男性、1926年-2009年5… 小林 茂美(こばやし しげみ、男性、1926年-2009年5月12日)は、日本の国文学者。 山形県生まれ。國學院大學文学部文学科卒業。同大学院博士課程修了、1978年「王朝文学の伝承構造論的研究」で文学博士。國學院大學文学部教授。97年定年退職、名誉教授。
猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日… 猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、音楽評論家。 茨城県生まれ。1951年東京大学独文科卒。富山大学講師、金沢大学助教授、慶應義塾大学経済学部助教授、教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12… 内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12月20日 - 1989年(平成元年)8月17日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、演劇・音楽評論家、舞台演出家、オペラ演出家。東京大学名誉教授。 京都府京都市に生まれる。京都第一中学校(旧制)、第一高等学校(旧制)を経て、1950年(昭和25年)京都大学文学部ドイツ文学科卒。1951年(昭和26年)に東京大学教養学部助手となり、1953年(昭和28年)戦後初めてのドイツ学術交流会招聘留学生としてハンブルクにおいて研究を続け、以後ドイツ文学、ドイツ演劇、比較文学、比較演劇の講師、助教授、教授を務め、1986年定年退官。 ドイツ文学のエキスパートとして古典から現代までの数多くの文学作品や戯曲を翻訳し出版しているのみならず、研究領域はドイツ演劇に加え、ドイツオペラから新劇や伝統芸能に至るまで舞台芸術全般に及んだ。
黒川 洋一(くろかわ よういち、1925年12月15日 - … 黒川 洋一(くろかわ よういち、1925年12月15日 - 2004年9月23日)は、日本の中国文学者。大阪大学名誉教授。 広島県出身。京都大学文学部中国文学科で、吉川幸次郎・小川環樹に師事。 四天王寺女子大学助教授、大阪大学教養部教授、1979年「杜甫の研究」で、京都大学より文学博士の学位を取得。89年定年退官、名誉教授、奈良女子大学教授。近世漢文学の研究論考もある。 2004年9月23日、肺炎のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
清水 茂(しみず しげる、1925年12月8日 - 2008… 清水 茂(しみず しげる、1925年12月8日 - 2008年2月3日)は、日本の中国文学者。京都大学名誉教授。 1925年、京都府宇治市で生まれた。京都大学文学部を卒業。同・大学院に進み吉川幸次郎に師事した。 1952年、京都大学文学部助手に採用された。以後、助教授、教授に昇格。師の吉川が手掛けた『水滸伝』の翻訳を引き継ぎ、長年かけ訳した。1989年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
望月 芳郎(もちづき よしろう、1925年12月6日 - 2… 望月 芳郎(もちづき よしろう、1925年12月6日 - 2003年4月5日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。中央大学名誉教授。 東京府生まれ。松本高等学校文科甲類を経て、1950年9月東京大学仏文科卒。1956年ころから中央大学に勤務し、教授を1996年まで務めた。ル・クレジオの研究・翻訳で知られるが、ジャプリゾなどの推理小説も訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
渡辺 守順(わたなべ もりみち/しゅじゅん、1925年12月… 渡辺 守順(わたなべ もりみち/しゅじゅん、1925年12月5日 - )は、日本の仏教史学者、国文学者、叡山学院名誉教授。姓は旧字体で渡邊とも書かれる。 滋賀県出身。大正大学文学部国文科卒業。滋賀県立彦根東高等学校教諭、滋賀県立能登川高等学校教諭、滋賀県立東大津高等学校教諭、四天王寺国際仏教大学教授、叡山学院教授。2002年名誉教授。
大木 健(おおき たけし、1925年〈大正14年〉12月2日… 大木 健(おおき たけし、1925年〈大正14年〉12月2日 - 1990年〈平成2年〉7月13日)は、日本のフランス文学者。 東京生まれ。東京高等学校(旧制)卒、新潟医科大学中退。1950年東京大学文学部仏文科卒、東北大学助手、1952年教養部講師、1962年助教授、1969年教授、1969年「シモーヌ・ヴェイユにおける不幸の意味に関する研究」で東北大学文学博士。1989年定年退官、名誉教授、東北学院大学教授。
今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 -… 今成 元昭(いまなり げんしょう、1925年11月30日 - 2020年1月10日)は、日本文学者、立正大学名誉教授、日蓮宗勧学院勧学職、立正大学常任理事などを歴任した。息子今成元信(1959年生)も僧侶で、高校教師である。 専攻は仏教文学、軍記物語、説話文学。平家物語を中心とした軍記物語研究で多くの著作がある。国文学者であり宗門僧侶として日蓮研究も著した。 東京生まれ。1948年早稲田大学文学部卒業。1951年早稲田大学大学院(旧制)修了。国士舘大学助教授、教授、1980年立正大学教授、1983年11月「平家物語流伝考」で早大文学博士。2005年11月29日、自身の満80歳の誕生日を機に今成組組頭を勇退。
藤井 昇(ふじい のぼる、1925年(大正14年)11月28… 藤井 昇(ふじい のぼる、1925年(大正14年)11月28日 - 2003年(平成15年)4月12日)は、日本のラテン文学者。 1925年、東京府東京市芝区(現在の東京都港区)高輪に生まれる。妻妾同居の家庭で妾に育てられ、実母を慕う。 1942年、横浜ハリストス正教会で日本正教会の小野帰一主教により受洗。聖名はマトフェイ。1943年、慶應義塾普通部4年を修了、慶應義塾大学予科に進学。しかし戦局の悪化により、1944年、三重県第一気象連隊に入隊。戦後復学し、1948年に慶應義塾大学文学部英文科を卒業。卒業後は助手となる。その後、商学部助教授、1966年より教授、1974年より同言語文化研究所教授。
源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2… 源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2020年3月30日)は、日本のドイツ文学者、専修大学名誉教授。中学校の社会科教員(勤務校:箕面市立第一中学校など)も務めた[要出典]。 島根県に生まれる。学徒出陣し、復員後京都帝国大学文学部哲学科を経て、同大学院(旧制)を修了する。[要出典] 専修大学文学部助教授を経て、経済学部教授に就任し、1996年に定年で退職、名誉教授となる。 この間、私生活では妻が胃癌を発症、その病床生活を綴った『青い水底で眠りたい ガン患者の病床覚書』を(共著として)1990年に刊行している。 2020年3月30日に死去(満94歳没)。
小池 銈(こいけ けい、1925年11月17日 - 2004… 小池 銈(こいけ けい、1925年11月17日 - 2004年)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学教養学部教授を経て、同名誉教授。 東京出身。本名・銈次。1952年東京大学文学部英文科卒、1951年東京大学教養学部助手、助教授、教授、1986年定年退官、名誉教授。1981年から1984年にかけて日本英文学会会長を務めた。アイザイア・バーリンなど思想史的な翻訳を行ったほか、深井 淳(ふかい じゅん)の筆名でミステリーの翻訳がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩崎 武夫(いわさき たけお、1925年(大正14年)11月… 岩崎 武夫(いわさき たけお、1925年(大正14年)11月8日 - 2012年(平成24年)2月19日)は、国文学者。元東京医科歯科大学教授。 東京生まれ。法政大学文学部日本文学科を卒業し、法政大学大学院修士課程を修了する。専攻は日本中世・近世文学。法政大学講師を経て東京医科歯科大学教授、千葉経済大学教授を務めた。特に説経節の研究で知られる。著書に『さんせう太夫考-中世の説経語り』(平凡社、1973年)、『続さんせう太夫考-説経浄瑠璃の世界』(平凡社、1978年)がある。 2012年2月19日、前立腺がんのため、神奈川県茅ヶ崎市の病院で死去。86歳であった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は… 鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は、日本のフランス文学者、作家、中央大学名誉教授。
繁尾 久(しげお ひさし、1925年10月26日 - 199… 繁尾 久(しげお ひさし、1925年10月26日 - 1993年10月17日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治学院大学名誉教授。 J・D・サリンジャー、ソール・ベローなどを研究・翻訳。イギリス文学作品も翻訳した。 1925年、東京・渋谷生まれ。慶應義塾大学を卒業。明治学院大学教授を務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
伊藤 漱平(いとう そうへい、1925年10月20日 - 2… 伊藤 漱平(いとう そうへい、1925年10月20日 - 2009年12月21日)は、日本の中国文学者。東京大学名誉教授、二松學舍大学名誉教授。 1925年、愛知県碧海郡に生まれた。刈谷中学校、第一高等学校を経て、東京帝国大学支那哲文学科を卒業、大学院に進学した。1949年に大学院博士課程を退学。同1949年に北海道大学助手として着任した。 1955年、島根大学講師に就任。1960年より大阪市立大学助教授。1970年より北海道大学中国文学科教授。1977年より東京大学中国文学科教授となった。1986年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は二松學舍大学教授として教鞭をとった。また、1989年から1993年にかけて第6代二松學舍大学学長を務め、国際政治経済学部の設置に尽力した。
海野 和三郎(うんの わさぶろう、1925年10月2日 - … 海野 和三郎(うんの わさぶろう、1925年10月2日 - 2023年11月7日)は、日本の天文学者(理論天体物理学)。理学博士(東京大学・論文博士・1955年)。東京大学教名誉教授。埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身。 旧制松本高等学校時代より、東京帝国大学を目指す。松本高等学校では物理の向井正幸教授の影響を受け、物理学者を志したが、戦時中入試のできない年にぶつかり、入学の比較的容易な天文学科に志望を変更した。ここで、師となる萩原雄祐と出会い、理論天文学分野での活躍を始める。特に、萩原に薦められて、旧来の天文学に量子力学視点を取り入れた研究及び講義は難解という評価がなされている。 1955年、東京大学理学博士。
辻 邦生(つじ くにお、1925年(大正14年)9月24日 … 辻 邦生(つじ くにお、1925年(大正14年)9月24日 - 1999年(平成11年)7月29日)は、日本の小説家・フランス文学者。学習院大学教授も務めた。位階は正五位。 東京市・駒込に生まれた。信州・長野の信州旧制松本高校で敗戦の前後を過ごしたことが、精神上大きな糧となる。 東京大学仏文科卒業後、渡仏。その時の日記『パリの手記』(1973年 - 1974年)は、辻文学の素材と風土を語る貴重な資料である。滞仏中にギリシア旅行をし、パルテノンの神殿に永遠の人間のあり方を見、『見知らぬ町にて』(1967年)を執筆した。1961年、帰国の途中で書きはじめた『廻廊にて』(1963年)で近代文学賞を受賞。
高橋 正治(たかはし しょうじ、1925年9月6日 - 19… 高橋 正治(たかはし しょうじ、1925年9月6日 - 1995年12月26日)は、日本の国文学者。元清泉女子大学文学部教授。また、駿台予備校の古文講師も担当。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
星野 徹(ほしの とおる、1925年8月25日-2009年1… 星野 徹(ほしの とおる、1925年8月25日-2009年1月13日)は、日本の詩人、英文学者、茨城大学名誉教授。 1925年、茨城県生まれ。茨城大学文学部英文科を卒業。1957年より詩誌『白亜紀』を創刊し、編集発行人となる。一時歌誌「アララギ」にも属した。研究の面では英国詩を研究テーマとした。 1962年に茨城大学助教授となった。1973年に教授昇任。1991年に茨城大学を定年退職し、名誉教授となった。その後も、茨城キリスト教大学教授として教鞭をとり、2001年に退職した。
須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 201… 須山 静夫(すやま しずお、1925年7月22日 - 2011年7月10日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家、小説家。 静岡市出身。1943年、静岡県立静岡中学校卒業。横浜工業専門学校造船科卒業後、1947年、農林省水産局漁船課に入省。1952年より、ガリオア資金による留学生としてアメリカに渡り、ミシガン大学で1年間学ぶ。ここで妻となる越川さち(後、共立女子大学教授)と知り合う。その後、明治大学文学部夜間三年に編入学し、青沼一郎の教えを受け、1954年、ハーマン・メルヴィル「モービー・デイック」論により卒論提出。明治大学大大学院に進学。越川さちと結婚、農林省水産庁退職。1956年、明治大学文学部助手。
中村 義雄(なかむら よしお、1925年〈大正14年〉7月1… 中村 義雄(なかむら よしお、1925年〈大正14年〉7月15日 - 1993年〈平成5年〉3月21日)は、日本の国文学者。中古文学を専攻し、『源氏物語絵巻』などの「絵詞文学」を専門とする。学位は、文学博士(筑波大学)(学位論文『絵巻物詞書の研究』)。 1925年(大正14年)、群馬県太田市に生まれる。父が群馬県庁職員として勤めていたため、前橋市石川町の官舎に住み、桃井尋常小学校に通った。旧制前橋中学校を経て、東京高等師範学校に学ぶ。山岸徳平に師事。 1952年(昭和27年)東京大学文学部卒業。池田亀鑑に師事。1955年(昭和30年)に東京大学大学院国文学科修了。池田亀鑑「源氏物語大成」「図録篇」作成に従事。