米田 利昭(よねだ としあき、1927年1月6日 - 200… 米田 利昭(よねだ としあき、1927年1月6日 - 2000年4月13日)は、昭和・平成期の歌人、日本文学研究者。 東京府北豊島郡滝野川町(現・東京都北区西ヶ原)生まれ。1948年東京大学文学部国文学科卒業。東京大学時代は、東大アララギ会を中心としたグループ「芽」の中心人物で、岡井隆などと交友を持った。後に未来短歌会に参加。東大大学院を経て、東京都立北園高等学校教諭、宇都宮大学助教授、教授、名誉教授を歴任。1992年定年、駒沢女子大学教授を務めた。闊達な語り口で「リショー氏」と呼ばれた。 斎藤茂吉、土屋文明など主にアララギ系の詩歌を論じた。1968年に発表した『戦争と歌人 渡辺直己の生涯と芸術』では、日中戦争で戦死したアララギ歌人・渡辺直己の戦争詠が、ニュース映画や『西部戦線異状なし』等の戦争映画に影響されたフィクションであったことを実証し、アララギのリアリズムを問い直す問題提起を行った。
大山 陽生(おおやま はるお、1927年 - 2015年)は… 大山 陽生(おおやま はるお、1927年 - 2015年)は、日本の造園研究者。明治大学農学部農学科で造園学研究室や緑地意匠学研究室を主宰し後進育成にあたる。専門は綠地意匠学。 著書に『住宅の造園 - 住環境と庭』(鹿島出版会、1980年)『造園美学―場の造形と構成』(誠文堂新光社、1969年)『緑空間の計画技法』(彰国社、1987年)『緑地と環境緑化計画』(監修、景観緑地研究会編、フジ・テクノシステム, 1992年)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
杉﨑 善治郎(すぎさき ぜんじろう、1927年(昭和2年)-… 杉﨑 善治郎(すぎさき ぜんじろう、1927年(昭和2年)- 2013年(平成25年))は、日本の農芸化学研究者。東京理科大学名誉教授。農学博士。 1927年(昭和2年)、千葉縣東葛飾郡野田町(現千葉県野田市)出身。 (旧制)東葛飾中學校、海軍兵學校、東京帝國大學、東京物理學校卒業。 1957年(昭和32年)、野田産業科学研究所(キッコーマン)研究員を経て、 1976年(昭和51年)、東京理科大学理工学部応用生物科学科教授に就任。 東京理科大学生命科学研究所員、東京理科大学図書館長、東京理科大学理事を歴任。 2007年(平成19年)、永年にわたる研究で多くの功績を挙げ、名誉教授の称号を授与された。
田中 元(たなか げん、1927年 - )は、日本の哲学研究… 田中 元(たなか げん、1927年 - )は、日本の哲学研究者、工学院大学名誉教授。 東京出身。東京大学文学部哲学科卒。工学院大学助教授、教授を務めて1998年定年退任、名誉教授。2009年瑞宝中綬章受章。
所 雄章(ところ たけふみ、1927年 - 2012年)は、… 所 雄章(ところ たけふみ、1927年 - 2012年)は、日本の哲学研究者、中央大学名誉教授。デカルト研究が専門。
槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 20… 槌田 満文(つちだ みつふみ、1926年12月3日 - 2011年5月31日)は、ジャーナリスト、日本近代文学の研究者、武蔵野大学名誉教授。
川端 晶子(かわばた あきこ、1926年10月25日 - )… 川端 晶子(かわばた あきこ、1926年10月25日 - )は、日本の食品学・食文化研究者。東京農業大学名誉教授。 福井県出身。1947年日本女子大学家政学部卒、1965年から1967年までフランス国立農学研究所客員研究員(フランス政府給費留学)、1970年東京農業大学助教授、1977年「果実ペクチンの化学的性状ならびに物性に関する研究」で東農大農学博士、同年教授、1997年定年退任、名誉教授。1982年フィリピン大学食品工学研究所客員教授、1996年食学研究所設立。日本家政学会賞、日本応用糖質学会賞、日本調理科学会賞受賞。
将積 茂(しょうじゃく しげる、1926年10月9日-201… 将積 茂(しょうじゃく しげる、1926年10月9日-2014年1月22日)は、日本の哲学研究者。愛知教育大学名誉教授。 愛知県豊橋市出身。旧姓・高柳。1951年、名古屋大学文学部哲学科卒業。愛知学芸大学助教授、愛知教育大学教授。1989年7月1日から1995年6月30日まで同大学学長を務めた。同大学名誉教授。専門はヘーゲルだが、ヒトラーの『わが闘争』の翻訳で知られる。
野村 博(のむら ひろし、1926年9月22日 - )は、日… 野村 博(のむら ひろし、1926年9月22日 - )は、日本の哲学研究者、佛教大学名誉教授。 京都府生まれ。京都大学文学部哲学科卒、同大学院博士課程満期退学。佛教大学助教授、社会学部教授。97年定年退任、名誉教授。バートランド・ラッセルなど英米哲学を研究した。
都築 忠七 (つづき ちゅうしち、1926年9月18日 - … 都築 忠七 (つづき ちゅうしち、1926年9月18日 - 2020年4月1日) は、日本の社会思想史研究者。一橋大学名誉教授、オックスフォード大学博士、ケンブリッジ大学博士。日本学士院賞・恩賜賞受賞。 一橋大学社会学部長、ケンブリッジ大学海外招聘フェロー、オックスフォード大学客員教授、シェフィールド大学客員教授等を歴任し、イギリス労働運動史研究においてヨーロッパで高い評価を得た。2020年逝去。 1992年 - 19世紀後半のイギリス社会主義思想および運動の研究で日本学士院賞・恩賜賞を受賞。1997年 - 勲二等瑞宝章
相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの… 相馬 庸郎(そうま つねお、1926年8月30日 - )はの日本の日本文学研究者。元神戸大学教授。専門は日本近代文学。 新潟県中条町(現・胎内市)に生まれる。1942年に新潟県立新発田中学を卒業し、1945年に海軍経理学校を卒業する。戦後、法政大学文学部日本文学科(通信教育課程)を卒業し、1961年に東京都立大学大学院博士課程を修了する。1962年から東京都立大学附属高等学校の国語科教諭、1967年から神戸大学教育学部助教授、1975年から神戸大学文学部教授を務め、1987年に退職する。主に自然主義や正岡子規、高浜虚子、柳田國男、深沢七郎など明治期から現代に架けての日本近代文学の研究に努めた。2001年に『深沢七郎』でやまなし文学賞(研究評論部門)を受賞。
内川 芳美(うちかわ よしみ、1926年8月28日 - 20… 内川 芳美(うちかわ よしみ、1926年8月28日 - 2004年11月17日)は、日本のマス・コミュニケーション研究者。マス・メディア史、マス・コミュニケーション史の分野において『マス・メディア法政策史研究』(1989年)に代表される業績を残した。また、放送制度研究にも業績を残し、2004年には「『20世紀放送史』編集への指導・助言」などを理由にNHK放送文化賞を受賞した。 佐賀県生まれ。1948年、東京大学法学部を卒業し、大学院(旧制)に進んで岡義武に師事した。1949年5月31日に東京大学新聞研究所が設立された後、8月30日付で助手に採用され、以降、1954年に助教授、1964年に教授と昇任した。
逸見 久美(いつみ くみ、1926年7月12日 - 2025… 逸見 久美(いつみ くみ、1926年7月12日 - 2025年11月3日)は、日本の歌人・日本近代文学研究者。特に与謝野鉄幹・晶子の研究では第一人者である。 翁久允の三女として兵庫県芦屋に生まれる。1947年青山学院女子専門部国文科卒、1950年早稲田大学文学部国文科卒、1953年同大学院修士課程修了、1973年実践女子大学大学院国文科博士課程終了、1977年「評傳與謝野鐵幹晶子」で文学博士の学位を取得する。女子聖学院短期大学教授、徳島文理大学教授、聖徳大学教授。 1948年に金沢の百貨店「大和」の出版部勁草書房設立の際の中心人物だった逸見俊吾(富山県出身、1923-2002)の妻。俊吾はのち青林書院を設立するが1961年倒産、青林書院新社(1984年青森書院に改称)となり、1964年社長に復帰、のち会長。
木幡順三(こばた じゅんぞう、1926年6月29日-1984… 木幡順三(こばた じゅんぞう、1926年6月29日-1984年9月20日)は、日本の美学研究者。 大阪府出身。第三高等学校卒、1952年東京大学文学部美学美術史学科卒、同大学院をへて、東洋大学助教授、教授、1976年慶應義塾大学文学部教授。妻は木幡瑞枝。
萱野 茂(かやの しげる、1926年6月15日 - 2006… 萱野 茂(かやの しげる、1926年6月15日 - 2006年5月6日)は、日本のアイヌ文化研究者、政治家。アイヌ文化、アイヌ語の保存・継承のために活動を続けた。アイヌ初の国会議員(1994年から1998年まで参議院議員)。 息子の萱野志朗は、萱野茂二風谷アイヌ資料館館長、世界先住民族ネットワーク・AINU代表、FMピパウシ運営者、世界先住民族サミット2008の実行委員会最高責任者。 1926年、 北海道沙流郡平取町二風谷に生まれた。当時、アイヌ語を自在に操れる話者は少なくなっていたが、アイヌ語を母語とする祖母テカッテに育てられたため、2つの言語を母語として身につけた。青年期はアイヌであることから逃避するために出稼ぎに出て、炭焼きや測量士などで生計を立てる。
久司 道夫(くし みちお、1926年5月17日 - 2014… 久司 道夫(くし みちお、1926年5月17日 - 2014年12月28日)は、アメリカ合衆国のボストンを拠点に自然食のマクロビオティックの研究、発展、普及に努めた。アメリカ国内を起点としてヨーロッパ、日本でも活動した。健康が世界平和の鍵だとした。クシインスティチュートインターナショナル代表、久司財団会長、イーストウエスト財団会長、社団法人日本緑十字社社長。和歌山県紀の川市(旧:粉河町)出身。 1926年5月17日、和歌山県紀の川市(旧:粉河町)にて生誕する。幼少期から世界平和に関心を持っており東京大学にて政治学・法学を学ぶ。東京大学法学部政治学科卒業。同大学院国際政治学修了。 東京大学在学中に、食養研究家・思想家の桜沢如一の世界政府運動に関わる。
鈴木 理生(すずき まさお、1926年5月9日 - 2015… 鈴木 理生(すずき まさお、1926年5月9日 - 2015年3月4日)は、日本の歴史学研究者・歴史学者である。本名は鈴木昌雄。江戸を対象にした歴史研究をすすめ、地質学や考古学の知見をも活かした実証的な都市史研究をおこなった。とくに、徳川家康が幕府を開く以前の江戸について、あらたな歴史像を提示した。 法政大学高等師範部を卒業、東京都職員となる。 千代田図書館に1986年まで勤務したのち、東京都市史研究所理事、東京地縁社会史研究所理事などを歴任した。 編纂に携わった東京都中央区立京橋図書館編『中央区沿革図集-月島篇』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1994年3月)、同編『中央区沿革図集-日本橋篇』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1995年3月)、同編『中央区沿革図集-京橋編』(東京都中央区立京橋図書館・東京都中央区教育委員会、1996年3月)で、地名文化賞を受賞。
落合 東朗(おちあい はるろう、1926年〈大正15年〉5月… 落合 東朗(おちあい はるろう、1926年〈大正15年〉5月4日 - 生没不詳)は、日本のロシア文学研究者、評論家。 北海道根室郡和田村字落石()(現・根室市落石)生まれ。1945年7月満州ハルビンの関東軍第263部隊に入営。同地で敗戦を迎え、シベリアに抑留。1949年舞鶴に帰還した。1955年早稲田大学第一文学部露文科卒業。早大広報課に勤務、広報課長、早稲田大学出版部(wikidata)代表取締役を務めた。また、早稲田大学総長室調査役のほか同大理工学部講師も務めた。1986年11月退職。ロシア文学などについて著述を行った。
土田 衞(つちだ まもる、1926年3月23日 -2023年… 土田 衞(つちだ まもる、1926年3月23日 -2023年5月4日)は、日本の演劇研究者。専門は近世期の演劇。大阪女子大学名誉教授。河竹賞受賞。 大阪市生まれ。1948年京都帝国大学文学部国文科卒業、大阪府立池田高等学校教諭。1961年京都大学文学部大学院退学、愛媛大学文理学部助教授。1971年同教授。1975年大阪女子大学学芸学部教授、1989年退職、名誉教授、佛教大学教授。 1989年『歌舞伎絵尽し年表』(須山章信共編)で河竹賞受賞。2004年4月、瑞宝中綬章受章。
瀬在 良男(せざい よしお、1926年(大正15年)2月20… 瀬在 良男(せざい よしお、1926年(大正15年)2月20日 - 2001年(平成13年)4月15日)は、日本の哲学研究者。日本大学第9代総長。 長野県埴科郡五加村内川(現千曲市)に医師の次男として生まれる。医学者で第10代日本大学総長の瀬在幸安は実弟。 旧制屋代中学(長野県屋代高等学校)を経て、1950年(昭和25年)日本大学法文学部文学科を卒業、母校専任講師となる。1958年(昭和33年)に日本大学助教授となる。1964年(昭和39年)から翌年の昭和40年度まで南カリフォルニア大学に留学し、大学院哲学専攻博士課程修了。帰国後、1967年(昭和42年)日本大学文理学部の教授となり、1975年(昭和50年)に文学博士(日本大学)。
藤岡 武雄(ふじおか たけお、1926年2月14日 - )は… 藤岡 武雄(ふじおか たけお、1926年2月14日 - )は、歌人、日本近代文学研究者、日本大学名誉教授。歌誌『あるご』主宰。斎藤茂吉研究の権威として知られる。日本歌人クラブ第4代会長。 山口県大津郡日置村(現長門市)生まれ。山口師範学校を経て、日本大学文学部国文科卒。同大学院修士課程修了。日大文理学部助教授、教授を歴任。1990年『評伝斎藤茂吉』で日大文学博士。1996年定年退任、名誉教授。1991年に三島市立山田中学校の校歌を作詞。2003年「書簡にみる斎藤茂吉」で第14回斎藤茂吉短歌文学賞、第1回日本歌人クラブ評論賞受賞。2017年『斎藤茂吉―生きた足あと』を中心とした永年の功績に対して第8回日本歌人クラブ大賞受賞。
中村 璋八(なかむら しょうはち、1926年1月7日 - 2… 中村 璋八(なかむら しょうはち、1926年1月7日 - 2015年6月2日)は、日本の中国哲学研究者、駒澤大学名誉教授。 神奈川県愛甲郡愛川町生まれ。1951年東京文理科大学文学科卒。1978年「五行大義の基礎的研究」で駒澤大学文学博士。東京都立町田高等学校教諭、駒澤大学文学部助教授、教授。1996年定年退任、名誉教授。 2015年6月2日、老衰のため死去。89歳没。
尾崎 雄二郎(おざき ゆうじろう、1926年 - 2006年… 尾崎 雄二郎(おざき ゆうじろう、1926年 - 2006年12月8日)は、日本の中国研究者。専門は中国語音韻学。京都大学名誉教授。 1926年、東京生まれ。旧姓は清水。1943年4月、上海の東亜同文書院大学予科入学(第44期生)。1945年、日本の敗戦によって東亜同文書院大学が廃校となり京都大学に改めて入学し吉川幸次郎等に師事。1951年京都大学文学部文学科卒業。1956年京都大学大学院修了。立命館大学講師を経て、1959年京都大学教養部講師、1970年に助教授、1971年教授。1975年、京都大学人文科学研究所教授、1987年同・所長。1986年、『中国語音韻史の研究』で京都大学より文学博士の学位を取得。
永田 照喜治(ながた てるきち、1926年 - 2016年9… 永田 照喜治(ながた てるきち、1926年 - 2016年9月1日)は、日本の農業研究者。 熊本県天草出身。神戸高等商業学校(現・神戸大学)卒業後に天草に戻り、家業の農業に従事した。ミカン栽培を通じて、平地の肥えた土地でつくったミカンよりも、痩せた岩山のような土地で育ったものの方が甘くておいしいことに気づいた。そこで自ら実験をはじめ、大学や企業とも提携して鹿児島県で大規模な実験を繰り返し、必要最小限の水と肥料で作物を育てる「永田農法」を確立した。 株式会社永田農業研究所代表取締役、株式会社健菜代表取締役会長、株式会社りょくけん代表取締役会長を歴任。2016年9月1日、心不全のため死去。90歳没。
薬師寺 章明(やくしじ のりあき、1925年〈大正14年〉1… 薬師寺 章明(やくしじ のりあき、1925年〈大正14年〉11月6日 - 1986年〈昭和61年〉11月1日)は、日本近代文学研究者。東京生まれ。日本大学文理学部国文科卒、日本大学理工学部助教授、教授。
小林 重順(こばやし しげのぶ、1925年10月10日 - … 小林 重順(こばやし しげのぶ、1925年10月10日 - 2010年5月9日)は、デザイン研究者。 愛媛県今治市に生まれる。旧制広島工業専門学校電気工学科(現広島大学)を卒業後、早稲田大学第二文学部、同大学院で心理学を修了。東洋美術学校、武蔵工業大学講師などを経て、1966年、(株)日本カラーデザイン研究所を創設、代表取締役に就任。1973年以降1997年迄、国際色彩学会で研究発表、国内外の色彩研究者と広く交流を重ねる。1978年、カラーイメージスケール特許公開、1982年、特許認可。論文発表、講演活動、執筆などを通じ、色の見方や配色テクニック、カラーイメージスケールの啓蒙、普及に努める。 2002年日本色彩学会名誉会員に推挙。
江口 季好(えぐち すえよし、1925年(大正14年)10月… 江口 季好(えぐち すえよし、1925年(大正14年)10月9日 - 2014年(平成26年)6月4日)は、日本の詩人、国語教育研究者。
長谷川 卓也(はせがわ たくや、1925年9月17日 - 2… 長谷川 卓也(はせがわ たくや、1925年9月17日 - 2021年7月27日)はフリーライター、出版史研究者。 日本推理作家協会会員。現代風俗研究会、雑学倶楽部、書皮友好協会各会員。 大阪市生まれ。旧制官立大阪工専(現大阪公立大学工学部)卒業。元東京新聞記者。元東京田辺製薬役員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
天納 傳中(あまの でんちゅう、1925年8月14日 - 2… 天納 傳中(あまの でんちゅう、1925年8月14日 - 2002年5月3日)は、天台宗の僧、声明研究者。 京都市出身。大正大学予科修了。1949年大谷大学文学部国史学科卒業。中山玄雄・誉田玄昭に天台声明を学ぶ。天台宗京都大原魚山実光院住職、叡山学院声明科教授。欧州・国内各地での声明公演の企画・指導・出演などを行う。 劇場用アニメ「紫式部 源氏物語」の読経指導担当。
村上 直(むらかみ ただし 1925年7月2日 - 2014… 村上 直(むらかみ ただし 1925年7月2日 - 2014年2月10日)は、日本の近世史研究者。法政大学名誉教授。大久保長安研究で知られる。 東京に生まれる。東京第一師範学校を経て1951年に法政大学文学部卒業。日本史を専攻し、東京都立大学 (1949-2011)大学院修了。法政大学文学部助教授、1973年教授。1974年に論文「江戸幕府代官制度の研究」により文学博士の学位を取得。1978年同大文学部長。1993年川崎市文化賞(学術)。1996年定年、名誉教授。 研究テーマは、江戸幕府の政治、関東を中心とした代官や幕領、江戸近郊の地域史であった。江戸時代初頭に石見銀山などの代官を務めた大久保長安に関する論文を生涯で28編書いており、そのうち15編が最後の著書『論集 代官頭大久保長安の研究』に収められた。
伊藤 道治(いとう みちはる、1925年6月7日 - 201… 伊藤 道治(いとう みちはる、1925年6月7日 - 2016年4月3日 )は、日本の中国古代史研究者。関西外国語大学名誉教授。 1925年、愛知県で生まれた。京都大学文学部史学科で学び、1949年に卒業。 卒業後は神戸大学文学部教授に就いた。1973年、学位論文『出土資料を中心とする殷周史の研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。関西外国語大学教授・同国際文化研究所所長を務めた。定年退職後に同大学名誉教授。2016年4月3日に死去。
木村 明生(きむら あきお、1925年4月27日- 2017… 木村 明生(きむら あきお、1925年4月27日- 2017年3月1日)は、ソ連・ロシア研究者、青山学院大学名誉教授。 岡山県倉敷市生まれ。1950年旧制京都大学文学部哲学科卒業。朝日新聞社モスクワ支局長、同調査研究室主任研究員、青山学院大学国際政治経済学部教授、2001年定年退任、名誉教授。日ロ交流協会常任理事。
豊田 きいち (とよだ きいち、本名:豐田 龜市、1925年… 豊田 きいち (とよだ きいち、本名:豐田 龜市、1925年4月6日 - 2013年1月10日)は、日本の編集者、著作権研究者。 1925年生まれ。旧制獨協中学校、旧制第二高等学校を経て、陸軍予備士官学校で終戦を迎える。1943年(昭和18年)早稲田大学に入学。1946年(昭和21年)、師である言語学者・金田一京助の移動に伴い、國學院大學に転入。1949年(昭和24年)卒業。同年、小学館に入社。『小学一年生』から始まり、二年から六年まで学習雑誌の編集部に在籍、51年『小学六年生』編集長、1959年に日本初の週刊少年誌となる『週刊少年サンデー』を創刊、初代編集長に就任する。63年『女性セブン』初代編集長。
山極 圭司(やまぎわ けいじ、1925年3月23日 - )は… 山極 圭司(やまぎわ けいじ、1925年3月23日 - )は、日本近代文学研究者。 宮城県仙台市出身。旧制水戸高等学校卒、1949年東京大学文学部国文科卒。東京都立戸山高等学校教諭、白百合女子大学文学部教授。1996年定年。木下尚江を研究した。
高田 榮一(たかだ えいいち、1925年3月23日 - 20… 高田 榮一(たかだ えいいち、1925年3月23日 - 2009年10月13日)は、詩人、爬虫類研究者。ヘルスカウンセラー。 高田栄一と表記される場合もある。「へび博士」として知られる。 東京生まれ。東洋大学文学部卒業。 歌人、詩人として多くの作品を発表するかたわら、小説、エッセー、評論なども手がけていた。一方で、幼少の頃から野生動物、とりわけ爬虫類に興味をもち、飼育を始めて、独学で爬虫類の研究を行う。 1960年ごろ、爬虫類研究のために、東京・根津の自宅に「高田爬虫類研究所」(爬虫類友の会/高田爬虫類研究所/高田動物生態研究所)を創設。日本人専門家として初のコモド島調査を成功させ、コモドオオトカゲの紹介に尽くし、マダガスカルではマダガスカル・ボアやカメレオンの生態を調査する。
戸塚 七郎(とつか しちろう、1925年3月11日 - )は… 戸塚 七郎(とつか しちろう、1925年3月11日 - )は、日本の哲学研究者、旧・東京都立大学名誉教授。西洋古典哲学専攻。 北海道小樽市生まれ。1950年京都大学文学部哲学科卒。東京都立大学助教授、教授、1987年定年退官、愛知大学教授。
古田 光(ふるた ひかる、1925年2月8日 - 2007年… 古田 光(ふるた ひかる、1925年2月8日 - 2007年3月17日)は、日本の哲学研究者。横浜国立大学名誉教授。 中国・撫順市生まれ。1944年第三高等学校卒業。1947年東京文理科大学卒業。1954年横浜国立大学講師、1969年助教授、1970年教授。1990年定年退官、名誉教授、唯物論研究協会委員長、富山国際大学教授。 2004年4月瑞宝中綬章受章。2007年3月17日、胃癌のため死去。
米川 哲夫(よねかわ てつお、1925年1月3日 - 202… 米川 哲夫(よねかわ てつお、1925年1月3日 - 2020年9月18日)は、日本のロシア文学・ロシア近代史の研究者、東京大学教養学部名誉教授。 東京外国語学校露語科を経て東京大学文学部西洋史学科卒業。1963年東京大学教養学部助教授を経て教授(ロシア文学講座)、1985年に定年退官し名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
鶴谷 寿(つるたに ひさし、1925年 - )は、日本のアメ… 鶴谷 寿(つるたに ひさし、1925年 - )は、日本のアメリカ文学研究者、米国移住者、竹久夢二研究者である。日本英文学会会員。アメリカ学会会員。長崎県生まれ。
小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月… 小原 繁男(おばら しげお、1925年頃 - 2010年5月4日)は、岩手県花巻市矢沢在住の農家、農業研究者。2009年5月10日、56枚葉のクローバーを発見し、ギネス世界記録に認定された。 1925年頃、代々続く農家の長男として生まれる。花巻農学校卒業。「農家の子は大学に行かせてもらえなかった」(本人による)が、それでも研究がしたくて親を説得の上北海道農業試験場で働く。ここでは稲の品種改良に携わる。 1947年より岩手県職員。岩手県種畜場(現・岩手県農業研究センター)で飼料作物を研究。そんな折、多葉(4枚から8枚)が6割以上の確率で出現するクローバーの株を発見。踏まれると四つ葉になるという話は聞いているが、遺伝によるのではと疑問を持ち、その株を持ち帰りクローバーの多葉性に関する研究に没頭するようになる。
外間 守善(ほかま しゅぜん、1924年(大正13年)12月… 外間 守善(ほかま しゅぜん、1924年(大正13年)12月6日 - 2012年(平成24年)11月20日)は、日本の言語学者・沖縄学研究者。沖縄学研究所所長、法政大学名誉教授。伊波普猷の後継者であり、琉球文学・文化研究の第一人者。 1924年(大正13)、沖縄県那覇市に生まれ。 1939年(昭和14)那覇尋常高等小学校高等科卒業後、同年沖縄県立水産学校入学。1940年(昭和15)沖縄県師範学校入学。 1944年(昭和19)8月、妹の静子は学童疎開で対馬丸の犠牲となった。1945年(昭和20)1月、守善は19歳の沖縄師範学校在学中に、沖縄戦で現地入隊となり、第24師団歩兵第32連隊第2大隊(志村大隊)に配属される。
平野 一郎(ひらの いちろう、1924年10月7日 - )は… 平野 一郎(ひらの いちろう、1924年10月7日 - )は、ジャーナリスト、人権問題研究者。 京都府生まれ。1944年神戸経済専門学校卒、1949年朝日新聞社入社、66年大阪本社通信部長、67年東京本社内政部長、69年大阪本社通信部長、73年同編集局次長、76年名古屋本社編集局次長、のち局長、79年朝日カルチャーセンター(大阪)社長、88年定年、相談役。1988-96年愛知大学教授。94年世界人権問題研究センター理事、96年大阪人権博物館館長。
永井 三明(ながい みつあき、1924年〈大正13年〉10月… 永井 三明(ながい みつあき、1924年〈大正13年〉10月3日 - 2022年〈令和4年〉7月21日)は、日本の西洋史研究者。同志社大学名誉教授。永井岩之丞の孫。永井繁の子。平岡梓の従弟。 京都大学文学部史学科卒業。同志社大学助教授、教授を経て、名誉教授。2003年、勲三等瑞宝章を受章。 2022年7月21日午前8時53分、老衰のため死去。97歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
後藤 淑(ごとう はじめ、1924年9月26日 - 2010… 後藤 淑(ごとう はじめ、1924年9月26日 - 2010年1月)は、日本演劇研究者、昭和女子大学名誉教授。 愛知県生まれ。1946年旧制早稲田大学文学部演劇学科卒。1976年「能楽の起源」で日本演劇学会河竹賞受賞。1977年「能楽の起源」で早稲田大学文学博士。昭和女子大学教授、同女性文化研究所所長、同特任教授、同名誉教授。
分銅 惇作(ふんどう じゅんさく、1924年9月23日 - … 分銅 惇作(ふんどう じゅんさく、1924年9月23日 - 2009年1月29日)は、日本の近代日本文学研究者。東京教育大学教授・実践女子大学教授を経て、同大学長・名誉教授。1999年勲三等瑞宝章受章。 秋田県南秋田郡五城目町出身。旧制秋田中学校(現在の秋田県立秋田高等学校)等を経て東京文理科大学卒業。 その後、高校教諭、東京教育大学教授、実践女子大学教授、同大学長(1993年)。のち名誉教授。1999年秋、勲三等瑞宝章受勲。
山下 龍二(やました りゅうじ、1924年9月14日 - 2… 山下 龍二(やました りゅうじ、1924年9月14日 - 2011年3月23日)は、中国哲学研究者、名古屋大学名誉教授。 東京生まれ。父は日本大学教授を務めた弁護士の山下博章(1898年 - 1943年)。1943年東京府立高等学校(七年制)文科乙類卒業。1947年東京帝国大学文学部支那哲学文学科卒業、52年同大学院中国哲学科特別研究生満期退学。1954年法政大学第二高等学校教諭、1957年名古屋大学文学部講師、61年助教授、68年教授、70年文学部長、1988年定年退官、名誉教授、名古屋学院大学教授、89-92年同外国語学部長。
小田切 進(おだぎり すすむ、1924年9月13日 - 19… 小田切 進(おだぎり すすむ、1924年9月13日 - 1992年12月20日)は、日本の日本近代文学研究者。立教大学名誉教授。 1924年、東京府荏原郡駒沢村(後の駒沢町、その後東京市世田谷区を経て現・東京都世田谷区)[要出典]生まれ。世田谷区立深沢尋常小学校、東京府立第十中学校から第二早稲田高等学院を経て早稲田大学国文科で学んだ。改造社で『改造』の編集に従事し、プロレタリア文学に関する評論を発表。1955年より立教大学に勤務し、のち教授。1990年、退職。 高見順や伊藤整らと日本近代文学館の設立に努め、63年、同文学館専務理事、64年、この設立運動で高見とともに菊池寛賞を受賞。71年より同文学館理事長。
田中 千里(たなか ちさと、1924年9月11日 - 199… 田中 千里(たなか ちさと、1924年9月11日 - 1998年8月11日)は、日本のアヴェロエス(イブン・ルシュド)研究者。近畿大学教授。日本のイスラーム哲学研究のパイオニア世代の1人。[要出典] 1924年、兵庫県神戸市に生まれる。関西学院中学部(旧制)を卒業。山口県で教師となるが、1年で辞職。実兄がいた東京へ移住し、東京の大学予備校へ入学する。神戸高等商船学校(後に神戸商船大学、現在 神戸大学 海事科学部)へ入学。 終戦後、大阪外事専門学校(後の大阪外国語大学、現在 大阪大学 外国語学部)英米科へ編入し、卒業する。続いて京都大学文学部哲学専攻(旧制)に入学し、1951年 卒業(美学専攻で受験したが不合格であったため、1年浪人して入学した。
林 力(はやし ちから、1924年8月29日 - 2025年… 林 力(はやし ちから、1924年8月29日 - 2025年11月8日)は、日本の学者、同和問題研究者。 長崎県の現・大村市生まれ。1956年西南学院大学卒業。高校教師時代に被差別部落とかかわる。1961年(昭和36年)仲間と福岡県同和教育研究協議会を発足、26年間会長を務め、1987年(昭和62年)顧問に。この間全国同和教育研究協議会副委員長、福岡部落史研究会副会長、福岡県社会教育委員などを務めた。県立教育センター研究員、九州造形短期大学教授を経て、九州産業大学教授。九州大学教育学部他、九州各地の大学で部落問題、同和教育の講座も持つ。このほか、あらゆる差別をなくす福岡県民会議事務局長、「部落解放基本法」制定要求国民運動県実行委員会副会長、ヒューマンライツ福岡市民会議議長などを兼務。
猪股 静弥(いのまた しずや、1924年(大正13年)8月1… 猪股 静弥(いのまた しずや、1924年(大正13年)8月12日 - 2009年(平成21年)9月8日)は日本の文学研究者、歌人。帝塚山短期大学名誉教授、専門は上代文学(万葉集)、寧楽短歌会代表。 1924年(大正13年)8月12日、大分県香々地町に生まれる。18歳の頃にアララギに入会し、土屋文明に師事する。1951年(昭和26年)に法政大学文学部国文学科を卒業し、奈良市立一条高校に勤務する。その後、愛知女子短期大学講師を経て、帝塚山短期大学教授に就任し、退職後、名誉教授となる。2009年(平成21年)9月8日に死去、85歳。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。