岡部 進(おかべ すすむ、1935年(昭和10年)11月21… 岡部 進(おかべ すすむ、1935年(昭和10年)11月21日 - )は、日本の数学者。神奈川県小田原市鴨宮出身。 1935年(昭和10年)11月21日、神奈川県小田原市鴨宮に生まれる。1954年(昭和29年)神奈川県立小田原高等学校を卒業、一浪した後、1955年(昭和30年)4月、横浜国立大学学芸学部数学科に入学。同大学を1959年(昭和34年)3月に卒業し、同年5月より1994年(平成6年)3月まで、東京都・神奈川県公立高校数学科教諭、教頭を勤める。この間、数学者・小倉金之助の数学教育論を研究し、授業実験を通して、その理論を検証、同時にこの理論を現代へ生かすべく、授業・単元の三段階論及び「日常性の数学」を提唱した。
廣瀬 健(ひろせ けん、1935年10月22日 - 1993… 廣瀬 健(ひろせ けん、1935年10月22日 - 1993年8月16日)は、日本の数学者・計算機科学者。専門は数学基礎論。元早稲田大学理工学部教授。 大分県出身。立教大学理学部数学科卒業。立教大学大学院理学研究科数学専攻に進学して赤攝也ゼミに所属。その後、東京教育大学助手、講師を経て、1970年早稲田大学理工学部数学科助教授、1977年早稲田大学理工学部教授。 子に、高圧地球科学者の廣瀬敬がいる。 1973年にヒルベルトの23の問題の第10問題(ディオファントス方程式の可解性の決定問題)を部分的に解決したが、廣瀬とは独立にユーリ・マチャセビッチによる証明が先に公表されたため、最初の証明者とはならなかった。
古田 孝之(ふるた たかゆき、1935年1月8日 - 201… 古田 孝之(ふるた たかゆき、1935年1月8日 - 2016年6月27日)は、日本の数学者、理学博士。
福島 正俊(ふくしま まさとし、1935年 - )は、日本の… 福島 正俊(ふくしま まさとし、1935年 - )は、日本の数学者。大阪大学名誉教授、英国Swansea大学名誉教授。専門は確率解析。 1935年 大阪府出身。理学博士(論文博士、論文主査は渡辺毅)。京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科修士課程修了、名古屋大学助手、京都大学講師、東京教育大学助教授、大阪大学助教授・教授、関西大学教授などを歴任。英国Swansea大学名誉教授。主な業績は「ディリクレ形式とマルコフ過程の研究」。師は伊藤清で、京都大学大学院では国田寛と同期同門、渡辺信三は一学年上であった。弟子に竹田雅好、中尾慎太郎がいる。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
永島 孝(ながしま たかし、1935年 - )は、日本の数学… 永島 孝(ながしま たかし、1935年 - )は、日本の数学者。 専門は数学基礎論。学位は、理学修士(東京教育大学)。 主な業績は、Craig-Maehara-Schütte の補間定理の精密化、および金子守等との共同研究による共通認識の論理。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
小松 彦三郎(こまつ ひこさぶろう、1935年 - )は日本… 小松 彦三郎(こまつ ひこさぶろう、1935年 - )は日本の数学者。東京大学名誉教授。
紀 晃子(きの あきこ、1934年 - 1983年)は、日本… 紀 晃子(きの あきこ、1934年 - 1983年)は、日本の数学者。 専門は数学基礎論。学位は、理学博士(東京教育大学・1962年)。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
梶原 壌二(梶原壤二、かじわら じょうじ、1934年 - 2… 梶原 壌二(梶原壤二、かじわら じょうじ、1934年 - 2025年6月12日)は日本の数学者。長崎県生まれ。 1956年九州大学理学部数学科卒。九州大学名誉教授。九州大学白菊会理事長。理学博士。専攻は多変数関数論、無限次元複素解析学。 2013年11月瑞宝中綬章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
伊理 正夫(いり まさお、1933年(昭和8年)1月7日 -… 伊理 正夫(いり まさお、1933年(昭和8年)1月7日 - 2018年(平成30年)8月13日)は、日本の数学者・工学者。東京大学名誉教授、元同大学工学部学部長・中央大学理工学研究所所長。学位は、工学博士(東京大学)。専門は、数理工学・応用数学(例えば数値解析、線形計画法、マトロイド理論、計算幾何学など)。 1951年、麻布高等学校卒業、東京大学理科一類入学。1955年3月、東京大学工学部応用物理学科(数理工学専修コース)を卒業。1960年3月、東京大学大学院数物系研究科応用物理学専門課程博士課程を修了し、同年工学博士の学位を取得。 1960年4月より九州大学工学部通信工学科助手に就任し、同年12月、助教授となる。
大口 邦雄(おおぐち くにお、1933年 - )は、日本の数… 大口 邦雄(おおぐち くにお、1933年 - )は、日本の数学者、国際基督教大学学長、恵泉女学園大学学園長、学長などを歴任した。プロテスタントのキリスト教徒であり、東京大学学生基督教青年会の理事長なども務めた。 東京大学理学部数学科卒業。1965年、「球面とリー群のホモトピー群およびその生成元」により、東京大学から理学博士を取得した。 国際基督教大学の教員となり、学生部長、教養学部長、学務副学長などを歴任した。1991年、学長であった渡辺保男が任期途中で退任したのを受け、10月から学長代行となり、1992年4月からは正式に学長となって、1996年3月までその任にあった。 2004年から恵泉女学園の学園長となり、2006年までは、恵泉女学園大学の第5代学長も兼務した。
荒木 不二洋(あらき ふじひろ、1932年7月28日 - 2… 荒木 不二洋(あらき ふじひろ、1932年7月28日 - 2022年12月16日)は、日本の数学者・数理物理学者。京都大学名誉教授。京都大学数理解析研究所元所長。専門は場の量子論・量子統計力学の代数的構造論、作用素環論。父は京都大学名誉教授荒木源太郎。 湯川秀樹の研究室で場の量子論を学ぶ。その後、京都大学工学部助手・講師、京都大学数理解析研究所助教授・教授を歴任し、場の量子論・量子統計力学の代数的構造論、ならびに作用素環論などにおいて研究を行っている。 作用素環の構造とその数理物理学への応用において顕著な業績がある。特に、作用素環論を用いた代数的場の量子論の定式化 (Araki-Haag-Kastler formulation) やIII型フォン・ノイマン環と場の量子論の関係、荒木-Woods不変量の導入など、数理物理学とフォン・ノイマン環の深い結び付きを解明した。
黒田 成俊(くろだ しげとし、1932年6月1日 - )は、… 黒田 成俊(くろだ しげとし、1932年6月1日 - )は、日本の数学者。東京大学名誉教授、学習院大学名誉教授。専門は関数解析、数理物理。 1932年生まれ。黒田成勝の長男で、高木貞治の孫。1955年 東京大学理学部物理学科卒業、東京大学理学部助教授、教養学部教授,学習院大学理学部教授を経て、東京大学名誉教授、学習院大学名誉教授。理学博士。シュレーディンガー作用素の数学的散乱理論で先駆的な業績を挙げた。 師は加藤敏夫。池部晃生、藤田宏とともに東京大学物理学科の加藤研究室に在籍していた。1970年 ニースで開催された国際数学者会議では全体講演者の加藤敏夫とともに招待講演者を務めた。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。
広田 良吾(ひろた りょうご、1932年2月1日 - 201… 広田 良吾(ひろた りょうご、1932年2月1日 - 2015年1月17日)は、日本の数学者、物理学者、工学者。専門は非線形波動、差分学、離散可積分系。非線形偏微分方程式を双線形化し直接的に解く独自の手法は非常に有名であり、その名を冠して広田の方法と呼ばれる。 広田良吾 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
小林 昭七(こばやし しょうしち、1932年1月4日 - 2… 小林 昭七(こばやし しょうしち、1932年1月4日 - 2012年8月29日)は、日本の数学者。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。研究領域は、リーマン多様体、複素多様体およびリー群。小林久志 (計算機科学者)は弟の一人。 東京府で出生、父の故郷の山梨県甲府市で育つ。旧制長野県立野沢中学(長野県野沢北高等学校)を経て、旧制第一高等学校、1953年に東京大学理学部数学科を卒業。1956年、ワシントン大学で博士号を取得。論文は(Theory of Connections)。 1970年にニースで開催された国際数学者会議で招待講演を行った。
安藤 毅(あんどう つよし、1932年〈昭和7年〉‐ )は、… 安藤 毅(あんどう つよし、1932年〈昭和7年〉‐ )は、日本の数学者。理学博士(北海道大学)。専門は、関数解析学。北海道大学名誉教授・元北星学園大学教授。北海道出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
齋藤 正彦(さいとう まさひこ、1931年6月18日 - 2… 齋藤 正彦(さいとう まさひこ、1931年6月18日 - 2020年12月31日)は、日本の数学者。東京大学名誉教授。 警視総監、台湾総督府総務長官等を歴任した斎藤樹の二男。母禎子は司法大臣、鉄道大臣等を歴任した小川平吉の三女。元駐米大使、元外務事務次官斎藤邦彦は実弟。元大蔵事務次官谷村裕の義弟。宮澤喜一元首相の従弟。パリ大学理学博士。
広中 平祐(ひろなか へいすけ、正字体:廣中 平祐、1931… 広中 平祐(ひろなか へいすけ、正字体:廣中 平祐、1931年(昭和6年)4月9日 - )は日本の数学者。ハーバード大学元教授。京都大学数理解析研究所元所長。日本人で2人目のフィールズ賞受賞者である。専門は代数幾何学で、フィールズ賞受賞対象の研究は「標数0の体上の代数多様体の特異点の解消および解析多様体の特異点の解消」。日本学士院会員。
倉田 令二朗(くらた れいじろう、1931年3月25日 - … 倉田 令二朗(くらた れいじろう、1931年3月25日 - 2001年8月8日)は、日本の数学者。理学博士(専攻:数学基礎論)。九州大学工学部助教授、河合文化教育研究所主任研究員を務めた。 香川県丸亀市に生まれる。1954年、東京大学(理学部数学科/理工学部数学科とする資料がある)を卒業し、東京工業大学大学院に在籍した。 その後、高等学校教員、日本科学技術研修所電子計算機センター、日本大学文理学部講師などを経て、九州大学助手を経て1964年に九州大学工学部助教授となった。一方、人物事典では、日本大学で助教授となったのち「日大数学科事件」により解雇されたことが記されている。1986年、河合文化教育研究所主任研究員に就任した。
田口 時夫(たぐち ときお、1931年2月4日 - 2000… 田口 時夫(たぐち ときお、1931年2月4日 - 2000年12月29日)は日本の数学者、数理統計学者。統計的集中の解析で知られる。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、数学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:数学/Portal:数学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
小針 晛宏(こはり あきひろ、1931年1月1日 - 197… 小針 晛宏(こはり あきひろ、1931年1月1日 - 1971年11月21日)は日本の数学者。 京都府生まれ。京都府立山城高等学校を経て京都大学理学部卒業。在学中は広中平祐らと共に機関紙『EOUS』の編集に携わる。『数学セミナー』、『大学への数学』等に投稿を重ねた。1960年、京都大学大学院理学研究科博士課程修了。京都大学理学部助手を経て、同大学教養部助教授。在任中の1971年没。 京大全共闘の支持者で、以下のような詩を書き残している。全共闘=過激派系の京大新聞六九年四月七日号に掲載された「学問とは何かーハレンチな真実の叫び」と題する記事の一節である。 ―ある自由の女神の独白―教養部は大学の下半身ね。
鈴木 治夫(すずき はるお、1931年 ‐ )は、日本の数学… 鈴木 治夫(すずき はるお、1931年 ‐ )は、日本の数学者。理学博士(シカゴ大学)。専門は幾何学。北海道大学名誉教授。山形県出身。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
久保田 富雄(くぼた とみお、1930年12月6日 - 20… 久保田 富雄(くぼた とみお、1930年12月6日 - 2020年6月30日)は、日本の数学者。名古屋大学名誉教授。専門は整数論。久保田-レオポルドのp進L関数で知られている。 1930年生まれ。1952年名古屋大学理学部卒、1958年理学博士。1961年名古屋大学理学部教授。1994年退官、同 名誉教授、1994年名城大学理工学部教授(2000年まで)。 業績に、P進L関数、メタプレクティック理論、Eisenstein級数の理論、一般剰余相互法則の幾何学的証明、実解析的保型形式等の独創的な業績がある。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
志賀 浩二(しが こうじ、1930年〈昭和5年〉10月8日 … 志賀 浩二(しが こうじ、1930年〈昭和5年〉10月8日 - 2024年〈令和6年〉2月17日)は、日本の数学者。理学博士(東京大学・論文博士・1964年)。東京工業大学名誉教授。専門は微分位相幾何学、数学教育。 新潟県新潟市出身。1949年(昭和24年)3月に新潟県立新潟高等学校を卒業、4月に官立新潟高等学校に入学、5月に新潟大学が発足して官立新潟高等学校は新潟大学新潟高等学校となった。 1950年(昭和25年)3月に新潟大学新潟高等学校は廃校となり、4月に志賀浩二は否応なしに新潟大学理学部数学科の学生となった。 1953年(昭和28年)に新潟大学を卒業、東京大学大学院数物系研究科数学専攻修士課程に入学、矢野健太郎に師事、1955年(昭和30年)に修了。
島内 剛一(しまうち たかかず、1930年(昭和5年)8月1… 島内 剛一(しまうち たかかず、1930年(昭和5年)8月10日 - 1989年(平成元年)12月19日)は日本の数学者。立教大学教授。専門は基礎論だが、揺籃期から成長期にあった日本のコンピュータ及びコンピュータ科学の発展にも広く関与し、パズル等への造詣も深かった。理学博士。コンピュータ科学に貢献しながらも、コンピュータ科学なんてものは無くて有るのはコンピュータだけ、という持論だったという。
鈴木 敏哉(すずき としや、1930年6月24日 - 199… 鈴木 敏哉(すずき としや、1930年6月24日 - 1991年8月11日)は、東京府八王子市出身の数学者。専門は代数学・幾何学。 1930年に東京府八王子市に生まれた。1953年(昭和28年)に京都大学理学部を卒業、新制大学としての第1回卒業生であった。同期生には名古屋大学理学部教授を務めた松村英之(可換環の研究の権威)などがいる。その後京都大学大学院理学研究科数学専攻博士課程を修了。京都大学で博士(理学)を取得している。京都大学で教養部教授を務めた。著書に『線形代数学通論』などがある。1991年(平成3年)に死去。享年61。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
鈴木 敏(すずき さとし、1930年(昭和5年)6月24日 … 鈴木 敏(すずき さとし、1930年(昭和5年)6月24日 - 1991年(平成3年)8月11日)は、日本の数学者。京都大学教養部教授。学位は理学博士。専門は代数幾何学。 鈴木敏は、1930年(昭和5年)6月24日、名古屋に生まれた。1949年に京都大学に入学し、数学を専攻した。1953年に大学院に入学し、秋月康夫の下で研究を開始した。 この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
志村 五郎(しむら ごろう、1930年〈昭和5年〉2月23日… 志村 五郎(しむら ごろう、1930年〈昭和5年〉2月23日 - 2019年〈令和元年〉5月3日)は、日本出身の数学者。プリンストン大学名誉教授。専門は整数論。静岡県浜松市出身。 谷山–志村予想によるフェルマー予想解決への貢献、アーベル多様体の虚数乗法論の高次元化、志村多様体論の展開などで知られる。国際数学者会議に招待講演者として4回招聘されているほか、スティール賞、コール賞を受賞した日本を代表する数学者の一人。 また、趣味で中国説話文学を収集しており、中国文学に関しての著作も複数存在する。 2019年5月3日死去、89歳没。
成田 正雄(なりた まさお、1930年 - 1975年)は、… 成田 正雄(なりた まさお、1930年 - 1975年)は、日本の数学者。 1930年生まれ。1953年東京大学理学部数学科卒業。国際基督教大学教授。理学博士。1975年没。 早世した数学者であるが、初学者向けの優れた現代代数学の入門書を書いた人物として知られている。
服部 晶夫(はっとり あきお、1929年6月18日 - 20… 服部 晶夫(はっとり あきお、1929年6月18日 - 2013年8月25日)は、日本の数学者。代数的位相幾何学の研究で知られ、服部-Stongの定理(英語版)で知られる。東京大学教授、明治大学教授を歴任。 2013年8月25日、顎下腺癌のため死去。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
木村 俊房(きむら としふさ、1929年〈昭和4年〉3月13… 木村 俊房(きむら としふさ、1929年〈昭和4年〉3月13日 - 1997年〈平成9年〉1月5日)は、日本の数学者(理学博士)。東京大学教授、日本数学会理事長。 群馬県前橋市出身。父の転勤により浦和へ引っ越し、旧制浦和高等学校を経て、東京大学理学部数学科を卒業。 立教大学助教授を勤めたのち、東京大学理学部数学科教授。1977年(昭和52年)から2年間、日本数学会理事長を務めた。 複素微分方程式の研究で知られる。 常微分方程式、数値解析、確率論など様々な分野の著書がある。 木村俊房 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 20… 絹川 正吉(きぬかわ まさきち、1929年3月7日 - 2025年1月23日)は、日本の数学者。国際基督教大学名誉教授・元学長。専門は解析学、フーリエ解析。Ph.D.(ノースウェスタン大学)。神奈川県横浜市出身。 2025年1月23日召天。95歳没。 『教養と大学スタッフ』、東信堂、2022年 (出典:『ACADEMIA』2021年・No.180、全国日本学士会)
根岸 世雄(ねぎし ときお、1929年1月20日 - 200… 根岸 世雄(ねぎし ときお、1929年1月20日 - 2005年1月26日)は、日本の数学者。元東京薬科大学教授、元駿台予備学校数学科講師、同主任。東京都出身。東京大学理学部物理学科卒業、同大学院修了。「3N+Y(野澤悍、中田義元、根岸世雄、山本茂年の頭文字から)」の一人として駿台の内外で親しまれていた。また、東京出版の月刊誌『大学への数学』の執筆をしていたこともある。墓所は多磨霊園 研文書院が出版していた大学受験用の参考書『大学への数学』シリーズ。 ※ 共著者 中田義元、藤田宏、長岡亮介ら この項目は、数学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
村上 温夫(むらかみ はるお、1929年 - 2022年6月… 村上 温夫(むらかみ はるお、1929年 - 2022年6月)は、日本の数学者。神戸大学名誉教授。専門は関数解析、数学教育。主に数学教育の分野で活躍した。 1929年生まれ。旧制大阪大学理学部卒、理学博士。神戸大学工学部教授、同大学国際交流センター長、同大学院自然科学研究科長などを歴任。定年退官後、1997年まで甲南大学理学部教授。神戸大学名誉教授。その間、米国や豪州などの大学でも教鞭をとる。情報科学、数学教育の分野での活躍も広く、1994年スペインで開かれた国際数学教育会議では、遠隔教育部門のチーフ・オーガナイザーを務めた。ハンニバルの研究家でもあり、「ハンニバル アルプス越えの謎を解く」(白水社、2000年10月)の訳書もある。
菅野 恒雄(かんの つねお、1929年頃 - 2011年3月… 菅野 恒雄(かんの つねお、1929年頃 - 2011年3月11日)は、日本の数学者。専門は代数学。東京工業大学名誉教授。 岩手県生まれ。1945年に盛岡中学を卒業、1953年に東北大学理学部数学科を卒業。同大学院を経て東京工業大学で長年にわたり教鞭を執った。代数学(特に群論・体論など)の教育・研究に貢献した。 主な著書に『代数学 I・II』(森北出版、数学全書)があり、長期間にわたり大学教育で広く用いられた。 退官後は故郷である岩手県陸前高田市に戻って生活していた。 2011年3月11日の東日本大震災の際、陸前高田市の自宅で津波に巻き込まれ死去した(82歳没)。自宅は津波で流失した。 妻の菅野樅子は外出先で難を逃れた。
藤田 宏(ふじた ひろし、1928年12月7日 - )は、日… 藤田 宏(ふじた ひろし、1928年12月7日 - )は、日本の数学者。専門は関数解析学、偏微分方程式。東京大学名誉教授。大阪市出身。幼少期から中学校まで愛媛県新居浜市久保田町に在住。 1948年東京大学理学部物理学科入学。当時は小平邦彦、久保亮五、山内恭彦、今井功、高橋秀俊らが教鞭をとっていた。1952年卒業後、同大学院に進学し、物理学教室(加藤敏夫)に所属。 1956年同助手。1960年東京大学工学部応用物理学科講師。応用物理学科時代前半にスタンフォード大学へ留学。1964年に帰国してからまもなく併任助教授として東京大学理学部数学科でも教鞭をとるようになった。1966年より東京大学理学部数学科教授。
大西 茂(おおにし しげる、1928年〈昭和3年〉11月2日… 大西 茂(おおにし しげる、1928年〈昭和3年〉11月2日 - 1994年〈平成6年〉12月2日)は、日本の視覚芸術家、数学者。視覚芸術とは、絵画や写真、彫刻等を通じて、視覚的に表現する芸術である。 大西は、第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)に写真家として芸術活動を始め、徐々に抽象的な墨絵に転向し、写真を基にした作品や抽象的な墨絵を作成した。彼の作品は、日本の伝統的な墨を使った画法で、墨はすすや油、動物の接着剤で作らている。また、様々な写真・現像技術に精通しており、多重露光やブラシやスポンジを使った現像処理、フィルムの処理、温度を利用した色調操作等、様々な手法を駆使して視覚芸術作品を制作した。
杉浦 光夫(すぎうら みつお、1928年9月10日- 200… 杉浦 光夫(すぎうら みつお、1928年9月10日- 2008年3月11日)は、日本の数学者。理学博士(1961年)。東京大学名誉教授。 愛知県岡崎市出身。1946年、愛知県岡崎中学校(現・愛知県立岡崎高等学校)卒業。1953年、東京大学理学部数学科卒業。1961年、理学博士。東京大学教養学部助教授、教授、1989年、定年退官、名誉教授。1989年、津田塾大学学芸部教授。2003年より津田塾大学理事。2008年3月11日に死去。79歳没。 俳優杉浦直樹は従兄弟である。
伊賀 隆(いが たかし、1928年9月6日 - 2013年2… 伊賀 隆(いが たかし、1928年9月6日 - 2013年2月19日)は、日本の経営数学者。 兵庫県神戸市出身。1946戦後第一番目に高等教育授業再開を許された県立神戸経済専門学校(1948神戸商科大学)に入学、先輩である置塩信雄に影響を受ける。1951年神戸商科大学経済学科卒、同助手となり、1953年講師、1958年助教授、1966年教授となる。1969年「ケインズ派および新古典派の動学的分配理論に関する研究」で神戸大学より経済学博士の学位を取得。1971年神戸大学経営学部教授、1991年定年退官、名誉教授、流通科学大学教授。1998-2003年学長を務めた。神戸大学経営学部経営学科では、現総理大臣高市早苗をゼミに迎え、教える。
森川 壽(もりかわ ひさし、1928年8月19日 - 200… 森川 壽(もりかわ ひさし、1928年8月19日 - 2005年5月29日)は、日本の数学者。専門は代数幾何。学位は、理学博士(名古屋大学・1957年)(学位論文「アーベル多様体について」)。名古屋大学名誉教授。 1928年愛知県名古屋市生まれ。東海高等学校卒。1951年名古屋大学理学部数学科を卒業。1954年まで名古屋大学大学院に在学。1954年名古屋大学理学部助手。1957年名古屋大学講師。1959年名古屋大学助教授を経て、1964年名古屋大学理学部教授。1992年名古屋大学名誉教授。日本学術会議において数学研究連絡委員会を勤めた。1993年4月から1998年9月まで会津大学コンピュータ理工学部総合数理科学センター教授。
波岡 維作(なみおか いさく、英: Isaac Namiok… 波岡 維作(なみおか いさく、英: Isaac Namioka、1928年4月25日 - 2019年9月25日)は、位相空間論と函数解析学の研究に携わった日系アメリカ人数学者である。ワシントン大学名誉教授。 岩手県の遠野に生まれた。のちに両親に連れられて、兵庫県の姫路に転居した。父の三郎はバプテスト教会伝道師で日ノ本女学校(現・日ノ本学園高等学校)の校長だった。大学院はカリフォルニア大学バークレー校で、ジョン・ルロイ・ケリー(英語版)の指導の下、1956年に博士号を修得している。大学院生のとき、のちに著名な小説家となる、中国系アメリカ人のレンシー・ナミオカと結婚している。 波岡は1963年ワシントン大学に移るまで、コーネル大学で教鞭を執った。
佐藤 幹夫(さとう みきお、1928年〈昭和3年〉4月18日… 佐藤 幹夫(さとう みきお、1928年〈昭和3年〉4月18日 - 2023年〈令和5年〉1月9日)は、日本の数学者。京都大学名誉教授。学位は理学博士(東京大学・1963年)。 東京大学理学部数学科卒。同大学にて学位取得。大阪大学教授、京都大学数理解析研究所所長を歴任。佐藤超函数、概均質ベクトル空間、D加群の創始者。 東京都出身。東京大学理学部数学科で彌永昌吉に師事した後、一時期高校教師を務めるなど異色の経歴を持つ。ノーベル物理学賞受賞の物理学者朝永振一郎に学んだこともある。大阪大学教授を経て京都大学数理解析研究所所長。弟子には柏原正樹、河合隆裕、三輪哲二、神保道夫らがいる。1992年退官。 2023年1月9日、老衰のため京都市の自宅で死去。
垣田 高夫(かきた たかお、1928年2月23日 - 201… 垣田 高夫(かきた たかお、1928年2月23日 - 2018年10月11日)は、日本の数学者。専門は、偏微分方程式論・関数解析学。学位は、理学博士。早稲田大学名誉教授。2015年春瑞宝中綬章受章。 1928年(昭和3年) 岐阜県生まれ。1952年(昭和27年) 東京文理科大学数学科を卒業。早稲田大学理工学部教授。1999年、早稲田大学を停年退職[要出典]。早稲田大学名誉教授。最終講義は「カンタンの枕」[要出典]。2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。 2018年10月11日死去。
中村 義作(なかむら ぎさく、1928年1月22日 - 20… 中村 義作(なかむら ぎさく、1928年1月22日 - 2020年6月4日)は、日本の電通官僚、工学者(情報工学・ソフトウェア工学)、数学者(組み合わせ数学・有限数学・経営数学)。工学博士(東北大学・1970年)。静岡県立大学名誉教授。 電気通信省、日本電信電話公社での勤務を経て、信州大学工学部教授、静岡県立大学経営情報学部教授、静岡県立大学経営情報学部学部長(第3代)、東海大学教育開発研究所教授などを歴任。 1928年に日本の東京府で生まれた。中学生の頃、竹内端三の『群論』を購入したが、内容が高度すぎて当初は理解できなかった。しかし、何度も読み返すうち数学の面白さを知る。その後、高木貞治の『近世数学史談』を読み感銘を受けた。
森 毅(もり つよし、1928年1月10日 - 2010年7… 森 毅(もり つよし、1928年1月10日 - 2010年7月24日)は、日本の数学者、評論家、エッセイスト。京都大学名誉教授。専攻は、関数空間の解析の位相的研究。「一刀斎」と号した。 東京府荏原郡入新井町(現:東京都大田区)生まれ、大阪府豊中市育ち。大学教授時代より亡くなるまで京都府八幡市に在住した。 小学生の頃から塾へ通うなどしていたが、「戦時中、ぼくはというと、自他共に許す非国民少年で、迫害のかぎりを受けた不良優等生、要領と度胸だけは抜群の受験名人、それに極端に運がよくって、すべての入試をチョロマカシでくぐりぬけた」という(本人著『数学受験術指南』より)。 大阪府立北野中学校(旧制)(現:北野高校)在学中から数学が得意であった。
境 正一郎(さかい しょういちろう、1928年 - )は、日… 境 正一郎(さかい しょういちろう、1928年 - )は、日本の数学者。公益財団法人川井数理科学財団前理事長。専門は作用素環論。 1928年 栃木県鹿沼市生まれ。1953年 東北大学卒業、1961年 東北大学にて博士号を取得。1960年から1964年まで早稲田大学の教員を務めた後、ペンシルバニア大学に移り1966年から1979年まで教授の職にあった。また1997年に退職するまで日本大学文理学部教授を務めていた。退職後は東北大学理学部内にある数理科学振興のための公益財団法人川井数理科学財団の理事長を務めた。 主な業績は「作用素環論における微分論とその応用」である。「ノイマンが数学の一分野として確立した作用素環論は、荒木不二洋、境正一郎、竹崎正道、冨田稔など日本人の著しい活動とアラン・コンヌやヴォーン・ジョーンズらの研究によりさらに発展した」と言われている。
久賀 道郎(くが みちお、1928年 - 1990年2月13… 久賀 道郎(くが みちお、1928年 - 1990年2月13日)は、日本の数学者。 1961年に東京大学で博士号を取得。 久賀の研究は、ピエール・ルネ・ドリーニュによるヴェイユ予想の証明(Deligne 1974)から部分的に続くラマヌジャン予想の証明につながった。 1966年、久賀ファイバー多様体(英語版)を導入した。
佐武 一郎(さたけ いちろう、1927年12月25日 - 2… 佐武 一郎(さたけ いちろう、1927年12月25日 - 2014年10月10日)は、日本の数学者。山口県出身。カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。東北大学名誉教授。理学博士。 専門は微分幾何学、代数群。佐武同型(英語版)(Satake isomorphism)、志村多様体の佐武コンパクト化、ディンキン図形の一般化である佐武図形(英語版)(Satake diagram)、保型形式のL-函数のオイラー積における佐武パラメーターなどで知られる。著書の『線型代数学』は線型代数学の入門書として有名であり、現在でも広く読まれている。
高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月2… 高野 喜久雄(たかの きくお、1927年(昭和2年)11月20日 - 2006年(平成18年)5月1日)は日本の詩人、数学者。新潟県佐渡出身。 宇都宮農専卒。神奈川県立高等学校教諭(数学)を勤めていた。2006年5月1日、神奈川県鎌倉市の自宅にて死去。 長男高野明彦は国立情報学研究所教授。 荒地同人に参加。詩集はイタリア語にも訳され、高い評価を得ている。現代日本の代表的な合唱曲の一つ「水のいのち」(高田三郎作曲)などの作詞でも知られる。北園克衛の詩誌『VOU』にも参加した。 数学関連では「πのarctangent relationsを求めて」(bit、1983年4月号、83-91ページ)を著している。
谷山 豊(たにやま とよ〈ゆたか〉 、1927年〈昭和2年〉… 谷山 豊(たにやま とよ〈ゆたか〉 、1927年〈昭和2年〉11月12日 - 1958年〈昭和33年〉11月17日)は、日本の数学者。理学博士。 埼玉県北埼玉郡騎西町(現在の加須市騎西地域)出身。開業医の家庭に、八人兄弟の六番目として生まれる。 旧制埼玉県立不動岡中学校(現在の埼玉県立不動岡高等学校)を経て、旧制浦和高等学校(現在の埼玉大学)に進学。身体が弱かったため2年休学して1950年に卒業。この頃に高木貞治の『近世数学史談』を読み、数学者を志すようになる。 その後、東京大学理学部数学科、同助手を経て、1958年に東京大学助教授に就任。同年5月、理学博士(東京大学。学位論文の題は『Jacobian varieties and number fields』)。
飛田 武幸(ひだ たけゆき、1927年11月12日 - 20… 飛田 武幸(ひだ たけゆき、1927年11月12日 - 2017年12月29日)は、日本の数学者。専門は、確率論、関数解析学。名古屋大学名誉教授。名城大学名誉教授。 ホワイトノイズ解析の基礎を確立。確率過程論国際学会会長、国際研究発表ジャーナル「Infinite dimensional Analysis, Quantum Probability and Related Topics」の編集長等を務めた。