赤木 晴哉(あかぎ せいや、2003年10月5日 - )は、… 赤木 晴哉(あかぎ せいや、2003年10月5日 - )は、大阪府堺市出身のプロ野球選手(投手)。広島東洋カープ所属。 堺市立三原台小学校4年時に高倉台ポニーズで外野手として野球を始め、美木多イーグルスを経て堺市立三原台中学校では大阪狭山ポニーズで投手、外野手としてプレー。中学2年生の秋、対戦チームの天理志望選手の視察に訪れていたの中村良二の目に留まった。 2019年春天理高等学校に進学。同級生に達孝太、1学年下に戸井零士がいた。高校入学2カ月で脊椎分離症を発症、高校2年秋ベンチ入りを期待されるも腰を痛めベンチ外。主に達の控え投手であり、3年春にベンチ入りするも夏は登板なし 。高校時代は満足にトレーニングができず怪我に苦み、ストレートは130キロ台が中心だった。
工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北… 工藤 泰己(くどう たいき、2003年9月29日 - )は北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 札幌市立常盤小学校3年時に常盤ハリケーンで捕手として野球を始め、札幌市立常盤中学校在学時は軟式クラブチームのT・TBCでプレー。中学時代は髙谷舟とともにプレーした。 中学卒業後は北海高等学校に進学。2学年先輩に辻本倫太郎、同級生に木村大成、大津綾也、宮下朝陽、江口聡一郎らがいる。1年時からベンチ入りを果たし、最初は捕手として木村と公式戦で1年生バッテリーを組むことがあったが、やがて外野手を経て投手へとポジションを変える。チームは第93回選抜高等学校野球大会、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場するも木村の控えで登板なし。
相良 雅斗(さがら まさと、2003年9月24日 - )は、… 相良 雅斗(さがら まさと、2003年9月24日 - )は、愛知県豊明市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小学1年生の時に野球を始める。5年生の時から豊明クラウンズに移籍。中学時代は豊田ボーイズでプレーし、投手と内野手を兼任していた。 豊田大谷高等学校では入学直後の守備練習の時に、監督からスローイングの資質を認められ、本格的に投手に転向。2年春からベンチ入りを果たしたが、3年春に腰椎分離症を発症したこともあって以降は登板機会に恵まれず、甲子園出場はなし。 岐阜協立大学では1年春からベンチ入りを果たし、2年秋にはエースの座を掴み取る。しかしそのリーグ戦の中で、岐阜聖徳学園大学との試合で先発登板するも5回5失点でKOされ、チームも0-11でコールド負けを喫した。
山城 京平(やましろ きょうへい、2003年9月20日 - … 山城 京平(やましろ きょうへい、2003年9月20日 - )は、沖縄県糸満市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 興南高等学校では同校OBでコーチ、同じ左投手の島袋洋奨から指導を受けた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は沖縄大会準々決勝で敗退した。2学年上に宮城大弥がいた。 高校卒業後は亜細亜大学へ進学。4年春のリーグ戦で最優秀防御率に輝き、日米大学野球選手権大会の日本代表にも選出された。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから3位指名を受けた。11月14日に契約金6000万円、年俸1000万円で仮契約した。背番号は36。 2026年、3月29日に行われた阪神タイガースとの開幕第3戦目でプロ初登板・初先発したが、2回0/3を3安打5四死球5失点で降板した。
毛利 海大(もうり かいと、2003年9月14日 - )は、… 毛利 海大(もうり かいと、2003年9月14日 - )は、福岡県田川市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 田川市立伊田小学校で6年生の時に福岡ソフトバンクホークスジュニアに選出されている。当時から福岡ヤフオク!ドーム(現・みずほPayPayドーム福岡)を何度も訪れ、プレー経験もあるほか、同球場で開催された2016年オールスターゲーム第1戦では始球式を務めたこともあった。 福岡大学附属大濠高等学校では3年春の第93回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。大崎との初戦で10奪三振を記録し完投勝利するなど、ベスト8進出に貢献した。同年夏は福岡大会準々決勝で筑陽学園に敗れた。
木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は… 木村 大成(きむら たいせい、2003年9月12日 - )は、北海道北広島市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北広島市立東部小学校1年生の時に軟式野球を始め、北広島市立東部中学校では軟式野球部に所属した。 北海高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年秋からエースとなり、北海道大会で優勝。3年春の第93回選抜高等学校野球大会に出場し、開幕戦となった阪上翔也擁する神戸国際大附との1回戦に先発したが、1点リードの9回裏に同点に追い付かれ、延長10回裏に適時打を打たれサヨナラ負けを喫した。同年夏の南北海道大会では苫小牧中央との1回戦にて、視察に訪れたスカウトのスピードガンで自己最速を更新する150km/hを記録した。
金子 功児(かねこ こうじ、2003年9月2日 - )は、神… 金子 功児(かねこ こうじ、2003年9月2日 - )は、神奈川県茅ヶ崎市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 小学校2年から野球を始め、中学校では寒川シニアに所属した。 光明相模原高等学校では1年秋からレギュラーとなり、3年夏は県大会2回戦で敗退したが3安打を記録した。 高校卒業後にベースボール・チャレンジ・リーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに入団した。 2023年は「3番・遊撃手」のレギュラーに定着。4月に打率5割を記録し、月間MVPを受賞した。9月下旬にベルーナドームで行われた埼玉西武ライオンズの入団テストでは右中間に本塁打を記録した。10月26日に開催されたドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから育成4位指名を受け、11月16日に支度金350万円、年俸320万円で仮契約した。
鈴木 豪太(すずき ごうた、2003年8月31日 - )は、… 鈴木 豪太(すずき ごうた、2003年8月31日 - )は、滋賀県長浜市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 長浜市立湯田小学校2年生のときに軟式チーム浅井西スポーツ少年団で野球を始め、長浜市立浅井中学校では滋賀ユナイテッドjboysに所属、中学時代は捕手。練習試合で東海大静岡翔洋中等部と対戦し大敗を喫して翔洋中等部の強さに衝撃を受け、強いところで一緒に野球をやりたいと思ったことを切っ掛けに、東海大静岡翔洋高校に進学した。東海大静岡翔洋高校では捕手として入部したが原俊介監督の勧めで投手に転向、1年生で夏の大会でベンチ入りし2年生秋から背番号1のエースとして活躍した。
田村 俊介(たむら しゅんすけ、2003年8月25日 - )… 田村 俊介(たむら しゅんすけ、2003年8月25日 - )は、京都府舞鶴市出身のプロ野球選手(外野手・内野手)。左投左打。広島東洋カープ所属。 舞鶴市立中舞鶴小学校で軟式野球を始め、卒業後は親元を離れて明徳義塾中学校に進学。3年夏の全日本少年軟式野球大会で準優勝した。 その後、中高一貫の明徳義塾高等学校ではなく愛知工業大学名電高等学校に進学。1年春からベンチ入りし、6月に行われた星稜との練習試合では奥川恭伸に投げ勝った。同年夏からエースとなり、登板のない試合では一塁手や外野手としてプレーした。3年春の愛知県大会では左投げながら三塁の守備に就き、話題となった。同年夏は県大会で愛知私学4強の東邦、中京大中京、享栄に全て勝利して優勝し、第103回全国高等学校野球選手権大会に出場した。
伊藤 樹(いとう たつき、2003年8月24日 - )は、秋… 伊藤 樹(いとう たつき、2003年8月24日 - )は、秋田県仙北郡美郷町出身のプロ野球選手。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 小学校6年時には東北楽天ゴールデンイーグルスジュニアでプレー。仙台育英高校でのプレーに憧れ、系列の秀光中学校に入学するために小学校卒業後に秋田から転居した。秀光中3年次には全中軟式大会の決勝で高知中の森木大智と投げ合ったが、惜しくも準優勝に終わった。 仙台育英学園高等学校に進学し、1年夏と3年春に甲子園出場。3年夏は宮城県大会で仙台商に1点差で敗れ、3季目の甲子園出場とはならなかった。1学年先輩に入江大樹、同級生に同じ年に埼玉西武へ入団した秋山俊、2学年後輩に山田脩也がいた。
池田 陵真(いけだ りょうま、2003年8月24日 - )は… 池田 陵真(いけだ りょうま、2003年8月24日 - )は、大阪府和泉市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 和泉市立国府小学校6年の時にオリックスジュニア入りを果たし、和泉市立和泉中学校時代は少年硬式野球(ボーイズリーグ)の忠岡ボーイズで捕手。中3夏のU15W杯に主将・4番・レフトとして出場した。 大阪桐蔭高校では主将として臨んだ3年春の選抜大会では1回戦で智辯学園高校に6-8で敗れた。3年夏の甲子園では1回戦で東海大学菅生高校に7-4で勝利するも、2回戦で近江高校に4-6で敗れた。 2021年10月11日に開催された2021年度ドラフト会議においてオリックス・バファローズから5位指名を受け、11月30日に契約金3500万円、年俸500万円で入団に合意した(金額は推定)。
田中 楓基(たなか ふうき、2003年8月23日 - )は、… 田中 楓基(たなか ふうき、2003年8月23日 - )は、北海道旭川市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 旭川市立新富小学校1年生の時から所属した新富野球少年団では、松浦慶斗と一緒にプレー。旭川市立明星中学校では軟式野球部に所属した。 旭川実業高等学校では1年春から背番号1を付けてベンチ入りし、2年秋の全道大会ではエースとしてチームを準優勝に導いた。3年夏の北北海道大会は1回戦で帯広大谷高等学校と対戦し、自己最速タイの148km/hを記録するなど奮闘したが、延長13回タイブレークで敗れて初戦で敗退した。後に、この登板について「一番記憶に残っている。ああいう経験はしたくない。
藤野 恵音(ふじの けいお、2003年8月23日 - )は、… 藤野 恵音(ふじの けいお、2003年8月23日 - )は、福岡県北九州市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北九州市立徳力小学校2年の時に軟式野球の徳力パワーズで投手と遊撃手として野球を始める。北九州市立守恒中学校ではシニアリーグの小倉リトルシニアに所属し、2年の時に台北市で行われた国際青少年野球選手権にリトルシニア九州連盟代表として出場している。 強豪私学からの誘いもあったが、地元の進学校である福岡県立戸畑高等学校に進む。入学直後の1年春から二塁手としてベンチ入りし、1年秋からは「1番・遊撃手」のレギュラーを務め核弾頭としてチームを牽引。3年春の県大会はベスト4進出。
大河原 翔(おおかわら しょう、2003年8月17日 - )… 大河原 翔(おおかわら しょう、2003年8月17日 - )は、千葉県千葉市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学校時代は千葉市中央区に拠点を置く院内イーグルスに所属し、中学時代は千葉西リトルシニアでプレーした。 高校は地元千葉を離れ、山形県の東海大山形高校に進学。1年夏から外野のレギュラーを掴み、3年夏の県大会では決勝戦で日大山形に敗れ甲子園出場は果たせなかったものの、打率.578を記録し準優勝に貢献した。高校通算31本塁打。 2021年10月11日、ドラフト会議にて東北楽天ゴールデンイーグルスから育成3位で指名を受ける。11月12日、支度金300万円、年俸250万円で契約合意した。
小田 康一郎(おだ こういちろう、2003年8月15日 - … 小田 康一郎(おだ こういちろう、2003年8月15日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 中京学院大学附属中京高等学校(在学中に「中京高等学校」に改称)では1年夏の第101回全国高等学校野球選手権大会に三塁手のレギュラーとして出場し、ベスト4進出に貢献した。東海大相模との3回戦で決勝点となる適時打を放った。3年夏はエースと4番を兼任したが、岐阜大会2回戦で自らの暴投によりサヨナラ負けを喫した。高校通算34本塁打。1学年上に元謙太、2学年上に赤塚健利、藤田健斗がいた。 高校卒業後は青山学院大学へ進学した。1年春からリーグ戦に出場し、一塁手としてベストナインを3度受賞した。
新家 颯(しんや そう、2003年8月14日 - )は、和歌… 新家 颯(しんや そう、2003年8月14日 - )は、和歌山県田辺市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 田辺市立会津小学校1年時にあいづクラブで野球を始め、田辺市立衣笠中学校では軟式野球部に所属した。 和歌山県立田辺高等学校では1年冬に左肘を手術。2年時はリハビリのため公式戦未登板だったが、リハビリ中に大竹耕太郎の投球フォームを参考にした新フォームを習得し、変化球のキレとコントロールが大きく向上した。3年夏の和歌山県大会は初戦敗退したものの、和歌山工を相手に9回3失点完投し、12三振を奪った。その試合を小園健太(市和歌山)の視察に訪れていた広島東洋カープスカウトの鞘師智也の目に留まり、ドラフト指名に繋がった。
滝澤 夏央(たきざわ なつお、2003年8月13日 - )は… 滝澤 夏央(たきざわ なつお、2003年8月13日 - )は、新潟県上越市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 6歳の時に地域の幼年野球三郷タイフーンで軟式野球を始め、上越市立城西中学校では軟式野球部で内野手と投手を務めたほか、新潟県KWBクラブ選抜に選ばれた。 進学した関根学園高等学校では1年春に背番号4、1年夏には背番号6をつけ二塁手のレギュラーとなり、2年秋には県大会3位、北信越大会ベスト4入りを果たした。秋季北信越大会では準決勝で敦賀気比高等学校と対戦。1点リードの8回からマウンドに立ったが、9回二死一・二塁から同点打を許し、延長10回にエラーが絡んで逆転負けを喫した。
中沢 匠磨(なかざわ たくま、2003年8月6日 - )は、… 中沢 匠磨(なかざわ たくま、2003年8月6日 - )は、栃木県下都賀郡野木町出身のプロ野球選手(投手)。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 白鴎大学足利高等学校時代は1年生の秋から救援で活躍した。 白鷗大学に進学し、2年生の春からベンチ入り。2年時秋のリーグ戦第6節・関学戦で初先発し、6回4安打、3奪三振2失点の粘投で初勝利を収める。 2025年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスに育成3位指名された。 最速150キロの力強いストレートと鋭く落ちるスプリットが武器の右腕。2025年8月の巨人三軍との試合では、2回無失点の投球を披露した。
瀧本 将生(たきもと まさき、2003年7月29日 - )は… 瀧本 将生(たきもと まさき、2003年7月29日 - )は、千葉県市川市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学5年生の時にみかどファイターズで野球を始め、市川市立第五中学校ではシニアリーグの八千代中央リトルシニアで外野手としてプレー。 松戸市立松戸高等学校に入学後に投手に転向。1年秋から公式戦に登板し、2年秋の新チームからはエースとなった。2年秋の千葉県大会で木更津総合に0対7のコールド負けを喫したが、3年春の県大会初戦の松戸馬橋戦では3安打1失点14奪三振の完投勝利を挙げるなど結果を残した。3年夏の県大会は3回戦で敗退し、甲子園出場経験はない。 2021年10月11日に開催されたプロ野球ドラフト会議において福岡ソフトバンクホークスより育成選手ドラフト11位指名を受け、11月8日に支度金300万円、年俸360万円(推定)で契約合意した。
髙谷 舟(たかや しゅう、2003年7月27日 - )は、北… 髙谷 舟(たかや しゅう、2003年7月27日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 札幌市立円山小学校在学中の小学3年で学童野球チーム「円山スターズ」に加入し、野球を始めた。円山スターズは円山小の児童を中心に構成される少年野球チームで、平日には同校グラウンドまたは体育館で練習が行われている。 札幌市立向陵中学校に進学後、クラブチーム「T・TBC」(軟式)に所属し、外野手としてプレーした。2017年に開催された「スーパースポーツゼビオ杯 秋季空知中学校野球選手権」では最優秀選手賞(MVP)を受賞している。 札幌日本大学高等学校では控え投手としてベンチ入りした。
櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 -… 櫻井 頼之介(さくらい よりのすけ、2003年7月21日 - )は、兵庫県尼崎市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 尼崎市立難波小学校1年の時から軟式の野球を始め、尼崎市立中央中学校では尼崎ボーイズに所属。中学時代までは遊撃手として起用されていた。中学の同級生に元AKB48の福留光帆がいる。 聖カタリナ学園高等学校では3年春の第93回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。東海大菅生との初戦に先発して8回4失点と粘投したが、試合は敗れた。 高校卒業後は東北福祉大学へ進学。エースとして活躍し、3年春、秋のリーグ戦で敢闘賞、4年春のリーグ戦でMVPを受賞した。第74回全日本大学野球選手権大会では2勝を記録して優勝に貢献し、最優秀投手に輝いた。
佐久間 拓斗(さくま たくと、2003年7月17日 - )は… 佐久間 拓斗(さくま たくと、2003年7月17日 - )は、福島県田村市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学2年生から「船引スポーツ少年団」で軟式野球を始め、田村市立船引中学校では同校の軟式野球部に所属した。 高校は福島県立田村高校に進学、2年生の秋には正捕手となった。甲子園の出場はなく、3年生の夏の第103回全国高等学校野球選手権福島大会において4番・捕手として出場するも、3回戦で敗退した。 2021年10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議にて、福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト8巡目指名され、同月24日、支度金300万円、年俸360万円(金額は推定)で契約合意に達し、12月11日、PayPayドームで開催された「ファンフェスティバル2021」の中で入団発表会見が行われた。
堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は… 堀越 啓太(ほりこし けいた、2003年7月15日 - )は、埼玉県飯能市出身のプロ野球選手(投手)。 埼玉県飯能市出身。加治小学校2年生のときに飯能リトルで野球を始め、加治中学校では硬式野球チームの所沢南シニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では2年秋に背番号1を着け、エースとして期待された。3年夏は背番号10を背負い、埼玉大会5回戦で敗退。高校3年時にプロ志望届を提出したが、ドラフト会議では指名漏れとなった。 高校卒業後は東北福祉大学情報福祉マネジメント学科に進学。1年春から仙台六大学野球リーグ戦に登板し、全日本大学野球選手権で154キロを計測した。大学の同期には新保茉良、櫻井頼之介、1学年上に漁府輝羽、3学年上に入山海斗がいる。
嶋村 麟士朗(しまむら りんしろう、2003年7月13日 -… 嶋村 麟士朗(しまむら りんしろう、2003年7月13日 - )は、高知県高知市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。阪神タイガース所属。 高知市立潮江東小学校4年から潮江東スポーツ少年団で野球を始め、6年生から主に捕手としてプレーするようになる。高知市立潮江中学校では軟式野球部に所属。全国中学生都道府県対抗野球大会の高知県代表に選出され、後にチームメイトとなる森木大智とバッテリーを組んだ。 高知市立高知商業高等学校には捕手として入学したが、チームでは主に内野手と外野手を務めた。3年夏の高知県大会では4番としてプレーするも、準決勝で代木大和擁する明徳義塾高等学校に敗れた。 高校卒業後は福井工業大学に進学したが、中退。
山崎 太陽(やまざき たいよう、2003年7月6日 - )は… 山崎 太陽(やまざき たいよう、2003年7月6日 - )は、東京都青梅市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 姓の表記は、プロ志望届およびドラフト会議では「山埼」となっていたが、プロ入り後の登録名は「山崎」となっている。 小学校入学前に野球を始める。中学では羽村リトルシニアでプレーした。 帝京第五高等学校では捕手であり、1年秋から正捕手を務めていた。当時は投手としての登板はわずか一度きり(1イニング)で、捕手としてプロ入りを目指していた。甲子園出場はなし。 創価大学では、入部直後にスローイング練習を見た監督の佐藤康弘から、投手としての素質を見出され、投手転向を打診された。
エドポロ ケイン(Edokpolo Kane、本名:エドポロ… エドポロ ケイン(Edokpolo Kane、本名:エドポロ クリストファ ケイン セカンド、2003年7月2日 - )は、大阪府大阪市生野区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学2年生から野球を始める。小学4年生の時にはリトルリーグのチームに所属していた。 中学時代は南大阪ベースボールクラブに所属していた。 日本航空高等学校時代は、2年秋からベンチ入りを果たし、2021年の夏の甲子園大会に出場。長打を放つなど存在感を見せたが、この年のドラフト会議では指名漏れした。高校通算本塁打は24本。 卒業後は大阪学院大学へ進学し、1年春からレギュラーとして試合に出場。
松浦 慶斗(まつうら けいと、2003年7月1日 - )は、… 松浦 慶斗(まつうら けいと、2003年7月1日 - )は、宮城県石巻市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 石巻市立門脇小学校1年生の時に門小ガッツスポーツ少年団で野球を始めるが、同時期に東日本大震災で被災し、2年生の終わりに両親の故郷である北海道旭川市に転居。旭川市立新富小学校に転校すると新富野球少年団に入部する。6年生の時には、北海道日本ハムファイターズジュニアに選抜された。 旭川市立明星中学校に進学すると、旭川大雪ボーイズに所属。1年生の時に12歳以下の国際大会であるカル・リプケンワールドシリーズに日本代表として出場し世界制覇に貢献。中学3年時には札幌ドームで開催された「FIGHTERS BASEBALL CHAMPIONSHIP U-15」で優勝した。
菅井 信也(すがい しんや、2003年6月28日 - )は、… 菅井 信也(すがい しんや、2003年6月28日 - )は、山形県南陽市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 南陽市立赤湯小学校3年時に赤湯ワイルドキッズで野球を始める。南陽市立赤湯中学校では軟式野球部に所属。 中学卒業時は、日本大学山形高等学校か山本学園高等学校(※現 惺山高等学校)のどちらに進学するか迷っていたが、「指導が合いそうなのでプロに行ける可能性が高まる」とし、山本学園への進学を決意。同校では1年夏からベンチ入りし、秋からエースナンバーを背負う。3年夏の山形大会では3回戦で羽黒と対戦して敗退するが、15イニングを投げ30個の三振を奪った。 プロ志望届を提出し、2021年10月11日に開催された2021年度ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから育成3巡目で指名を受けた。
花田 侑樹(はなだ ゆうき、2003年6月25日 - )は、… 花田 侑樹(はなだ ゆうき、2003年6月25日 - )は、広島県山県郡北広島町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 北広島町立八重東小学校1年の時に千代田ファイターズで野球を始め、6年時には広島東洋カープジュニアチームに選出され、NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。北広島町立千代田中学校ではヤングリーグの府中広島'2000ヤングに所属し、3年時にジャイアンツカップに出場している。花田と同じ2021年度の巨人ドラフト5位・岡田悠希は同クラブの先輩。 地元の北広島町に所在する広島新庄高等学校に進学。1年秋から一塁手としてレギュラーとなり、2年秋からはエースで4番となった。
阪口 樂(さかぐち うた、2003年6月24日 - )は、京… 阪口 樂(さかぐち うた、2003年6月24日 - )は、京都府京田辺市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 京田辺市立薪小学校5年生のときに軟式野球を始め、京田辺市立田辺中学校では硬式野球のクラブチームであるオール山城ヤングでプレーした。 岐阜第一高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。2年夏からエースと4番を務めた。この年は新型コロナウイルスの影響で夏の公式戦が中止となったが、県で行われた独自大会に出場し、帝京大可児とのブロック代表決定戦では加藤翼から本塁打を放った。同年秋は東海大会でベスト4に進出したが、打者としては10打数無安打と不振に終わった。3年夏は岐阜県大会4回戦で海津明誠に敗れ敗退。
岡城 快生(おかしろ かいせい、2003年6月23日 - )… 岡城 快生(おかしろ かいせい、2003年6月23日 - )は、岡山県岡山市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。 岡山市立吉備小学校1年から岡山庭瀬シャークスで野球を始め、岡山市立吉備中学校では軟式野球部に所属。同じ年のドラフトで東京ヤクルトスワローズから2位指名を受けた松川玲央とは幼稚園、小・中学校の同級生である。 岡山県立岡山一宮高等学校では遊撃手や投手としてプレーするも、甲子園への出場はなかった。「人生の幅を広げるため、野球が強い国公立大学へ行きたい」との思いから、一般入試で筑波大学を受験し合格。当時はプロへの思いはなかったという。 筑波大学では外野手に転向し、3年時からレギュラーを掴んだ。
味谷 大誠(みや たいせい、2003年6月14日 - )は、… 味谷 大誠(みや たいせい、2003年6月14日 - )は、大阪府和泉市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。中日ドラゴンズ所属。 花咲徳栄高等学校時代は甲子園出場なし。2学年先輩に韮澤雄也、1学年先輩に井上朋也、1学年後輩に藤田大清がいた。2021年10月11日に行われたドラフト会議で、中日ドラゴンズから4位指名を受ける。11月19日に契約金4000万円、年俸600万円で入団に合意した(金額は推定)。背番号は43。 2022年1月、新人合同自主トレ期間中に新型コロナウイルスへ感染したことが発表された。ウエスタン・リーグでは52試合に出場したが打率は.065と課題を残した。 2023年は、春季キャンプは二軍スタートとなったが、4月14日に一軍に初昇格。
野村 和輝(のむら かずき、2003年6月7日 - )は、大… 野村 和輝(のむら かずき、2003年6月7日 - )は、大阪府大阪市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 大阪市立榎本小学校5年生から野球を始め、大阪市立今津中学校時代は大阪中央リトルシニアのチームで内野手としてプレーした。 東大阪大学柏原高等学校に進学し、監督の土井健大に指導を受ける。1年生の夏からベンチに入り、その年の秋には三塁手のレギュラーとなる。高校在学中に通算27本塁打を放つ一方、3年生時に投手に挑戦して球速は最高で148km/hを記録した。 2021年11月4日に日本海オセアンリーグが実施したドラフト会議で石川ミリオンスターズから1巡目で指名を受け、高校卒業後の2022年に入団する。
大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は… 大津 綾也(おおつ りょうや、2003年5月28日 - )は、北海道久遠郡せたな町出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 せたな町立北檜山小学校1年の時に北檜山ラウドネスで野球を始め、6年時には松浦慶斗らとともに北海道日本ハムファイターズジュニアのメンバーに選出されている。せたな町立北檜山中学校時代は軟式野球部でプレー。 北海高等学校では1年春から遊撃手としてベンチ入りし、1年秋から捕手に転向。2年夏から正捕手。3年春には第93回選抜高等学校野球大会に出場。1回戦の神戸国際大附戦はエース木村大成をリードし8回まで2-1と勝ち越していたが、9回裏に自らの捕逸でピンチを招いて追いつかれ、延長10回にサヨナラ負けを喫した。
神宮 僚介(じんぐう りょうすけ、2003年5月27日 - … 神宮 僚介(じんぐう りょうすけ、2003年5月27日 - )は、群馬県北群馬郡吉岡町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 幼少期に父とキャッチボールを家の前でしていたことがきっかけで、小学3年生の時に野球を始める。主に遊撃手を務めていて、2番手投手でもあった。 吉岡町立吉岡中学校では軟式野球部に所属。目立った活躍はなかったものの、スカウトされたことがきっかけで桐生第一高等学校に進学。この際、「厳しい環境に行くのは当たり前」と考えたという。進学後は2年冬から主将に就任し、3年春から背番号1を着用した。3年間で甲子園出場はなし。1学年下に三塚琉生、北村流音がいる。 東京農業大学北海道オホーツクに進学後は、大学1年まではオーバースローであったが、2年時からはサイドスローに転向した。
東出 直也(ひがしで なおや、2003年5月24日 - )は… 東出 直也(ひがしで なおや、2003年5月24日 - )は、石川県加賀市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 加賀市立片山津中学校時代は加賀ボーイズでプレーし、主将を務めた。小松大谷高等学校では、1年夏からベンチ入りを果たし、石川県大会で負傷した正捕手に代わりマスクを被るが、決勝戦で奥川恭伸をエースに有する星稜高校に9回同点の場面から満塁本塁打を打たれて敗れる。この頃から、「名捕手への道のりノート」と題するノートを作り、野球に関することを書き記すようになる。 3年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会では、同校36年ぶりの甲子園出場に貢献した。1回戦で高川学園にサヨナラ負けをしたが、3番捕手として3安打2打点の活躍を見せた。
有薗 直輝(ありぞの なおき、2003年5月21日 - )は… 有薗 直輝(ありぞの なおき、2003年5月21日 - )は、千葉県旭市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 旭市立干潟小学校1年生の時に干潟メッツで野球を始め、千葉ロッテマリーンズジュニアに選出された。千葉ロッテマリーンズジュニアのチームメイトに吉野創士がおり、高校進学後もメールでの交流が続いた。旭市立第二中学校では硬式野球のクラブチームである佐倉リトルシニアに所属。チームは2年時にジャイアンツカップで優勝したが、自身はベンチ外であった。3年時からレギュラーに定着し、投手も兼任した。 千葉学芸高等学校に進学し、1年春から4番打者を務めた。投手も兼任し、2年秋は背番号1を背負った。
前川 右京(まえがわ うきょう、2003年5月18日 - )… 前川 右京(まえがわ うきょう、2003年5月18日 - )は、三重県津市出身のプロ野球選手(外野手、一塁手)。左投左打。阪神タイガース所属。 津市立白塚小学校1年生の時にソフトボールを始め、津市立一身田中学校では硬式野球のクラブチームである津ボーイズでプレーした。 その後、智辯学園高等学校に進学。入部当初は投手として高い評価を受けており、小坂将商監督からも「エースになってくれよ。」と期待の言葉を掛けられたが、「投手はやりません。野手一本で行きます。」と宣言した。1年春から左翼手のレギュラーに定着し、同年夏から4番に座った。第101回全国高等学校野球選手権大会に出場し、八戸学院光星との初戦(2回戦)で2安打3打点を記録したが、チームは敗れた。
阿部 和広(あべ かずひろ、2003年5月12日 - )は、… 阿部 和広(あべ かずひろ、2003年5月12日 - )は、神奈川県中郡二宮町出身の元プロ野球選手(外野手)。右投両打。NPBでは育成選手であった。 友達に誘われたことがきっかけで、二宮町立二宮小学校5年時に地元チーム「二宮フェニックス」で野球を始める。二宮町立二宮中学校では軟式野球部に所属。 平塚学園高等学校では、俊足を活かすため1年の夏から左打ちに挑戦しスイッチヒッターとなった。3年夏の神奈川県大会は「1番・中堅手」として出場し、初戦(2回戦)の横浜氷取沢戦は4打数4安打3打点と活躍して勝利に貢献したが、3回戦の日大藤沢戦では4打数1安打に抑えられ、チームも6-10で敗れた。部活動を引退後の9月にプロ入りを志し、北海道日本ハムファイターズの入団テストを受験。
中村 来生(なかむら らいせい、2003年5月6日 - )は… 中村 来生(なかむら らいせい、2003年5月6日 - )は、富山県高岡市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。 高岡市立志貴野中学校時代は軟式野球部に所属。 高岡第一高等学校では、2年生の秋季大会前に腰椎分離症を発症しベンチ入りメンバーから外れた。その年の冬は体力作りに励み、3年の春季県大会でエースとして復帰。1回戦で滑川を完封するなど県大会優勝に大きく貢献したが、続けて出場した春季北信越大会は初戦で新潟明訓にコールド負けを喫した。夏の県大会は決勝に進出し、40年ぶりの夏出場にあと1歩まで近づいたが、決勝で高岡商に敗れ甲子園出場はならなかった。 2021年10月11日に開催されたプロ野球ドラフト会議では、広島東洋カープから育成選手ドラフト3位指名を受け、支度金290万円・年俸250万円という条件で入団した(金額は推定)。
畔柳 亨丞(くろやなぎ きょうすけ、2003年5月3日 - … 畔柳 亨丞(くろやなぎ きょうすけ、2003年5月3日 - )は、愛知県豊田市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 豊田市立竹村小学校1年生のときに硬式野球のクラブチームである豊田リトルリーグで野球を始め、豊田市立竜神中学校在学時にはSASUKE名古屋ヤングに所属。3年時の2018年には同年行われたWBSC U-15ワールドカップの日本代表に選出されている。 愛知県名古屋市の中京大中京高校に進学し1年夏からベンチ入りしたが、同年秋に右肘を痛めて戦線を離脱した。チームはこの秋に明治神宮大会で優勝するなど公式戦を無敗で終え、第92回選抜高等学校野球大会への出場が決まっていたが、新型コロナウイルスの影響で同大会と夏の公式戦が全て中止になった。
皆川 岳飛(みなかわ がくと、2003年4月30日 - )は… 皆川 岳飛(みなかわ がくと、2003年4月30日 - )は、群馬県館林市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 前橋育英高等学校では1年秋からベンチ入りし、外野手のレギュラーに定着。投手も兼任し、最速147km/hを記録した。3年夏の第103回全国高等学校野球選手権大会に4番として出場。京都国際との初戦で相手エース森下瑠大の前に無安打に終わり、チームも敗れた。高校通算26本塁打。 高校卒業後は中央大学へ進学。1年春から外野手のレギュラーとしてリーグ戦に出場し、3年時には大学日本代表候補の強化合宿に召集された。 2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、読売ジャイアンツから4位指名を受けた。
島田 舜也(しまだ しゅんや、2003年4月30日 - )は… 島田 舜也(しまだ しゅんや、2003年4月30日 - )は、神奈川県横浜市戸塚区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 幼少期はサッカーに魅了されていたが、4歳上の兄に憧れていたこともあり、小学校入学前より野球を始める。中学時代は横浜泉中央ボーイズに所属した。 進学した木更津総合高等学校では、1学年上にのちにDeNAで再びチームメートとなる篠木健太郎がおり、1年秋より寮で同部屋となり生活した。この時、篠木より「チームの中心がコケたらチームがコケる」との言葉をもらったという。甲子園出場はなし。 東洋大学では、1年春の中央大学との試合で初登板したが、サヨナラ打を浴びた。
小森 航大郎(こもり こうたろう、2003年4月30日 - … 小森 航大郎(こもり こうたろう、2003年4月30日 - )は、福岡県北九州市出身、山口県山口市育ちのプロ野球選手(内野手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 福岡県北九州市で生まれ、4歳頃から山口県山口市で育った。山口市立良城小学校時代は、山口市内の吉敷少年野球団に所属。山口市立鴻南中学校時代は、山口ミラクルクラブに所属。主将を務めるも、主将としてのプレッシャーから拒食状態となり、体重が40kg台しかなかった。 中学卒業後は、山口県立宇部工業高等学校に進学。1年夏から遊撃手のレギュラーとなり、主将として臨んだ3年夏の山口県大会では3回戦敗退となったものの、3試合で11打数10安打、1本塁打、3三塁打と活躍した。
秋山 正雲(あきやま せいうん、2003年4月29日 - )… 秋山 正雲(あきやま せいうん、2003年4月29日 - )は、千葉県流山市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 流山市立西深井小学校1年の時にカージナルスで軟式野球を始め、6年時にはヤクルトスワローズJr.に選出されてNPB12球団ジュニアトーナメントに出場している。流山市立東深井中学校時代は硬式野球(リトルシニア)の荒川シニアに所属。 二松學舍大学附属高等学校では1年夏からベンチ入りし、1年秋からエースとなった。3年夏には第103回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦(2回戦)の西日本短大附属戦は4安打9奪三振の完封勝利。3回戦の京都国際戦は延長10回まで1人で投げ抜いたが、6失点で敗戦した。
加藤 晴空(かとう そら、2003年4月28日 - )は、佐… 加藤 晴空(かとう そら、2003年4月28日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 鳥栖市立鳥栖小学校2年の時に「今泉町少年野球」で野球を始め、鳥栖市立鳥栖中学校時代は軟式野球部で主将を務めた。 東明館高等学校では1年夏に左翼手の定位置を掴み、秋から本職の捕手に戻った。2年秋の佐賀県大会では背番号1を付け、決勝では2番手でマウンドに上がり、4回1失点でチームを優勝に導いた。3年春の佐賀県大会は捕手として先発出場し、中盤以降は投手としてチームを引っ張る「二刀流」でチームを優勝に導いた。3年夏の佐賀県大会は決勝で佐賀北を下して優勝し、同校春夏通じて初の甲子園大会出場を果たした。
福島 蓮(ふくしま れん、2003年4月25日 - )は、青… 福島 蓮(ふくしま れん、2003年4月25日 - )は、青森県八戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 八戸市立青潮小学校4年時に青潮ファイターズで野球を始め、八戸市立湊中学校では軟式野球部に所属。 青森県立八戸西高等学校入学時は遊撃手だったが、監督やコーチに才能を見出され、投手の練習を本格的に始める。1年春からベンチ入り。外部コーチを務める同校OBの元プロ野球選手である中村渉の指導を受け成長。2年秋からエースとなり、創部以来初出場した東北大会では初戦の福島商戦を7回3失点完投でコールド勝ち。準々決勝で花巻東を相手に敗れはしたものの9回を4安打2失点と善戦し、東北大会ベスト8の原動力となった。
花田 旭(はなだ あさひ、2003年4月23日 - )は、大… 花田 旭(はなだ あさひ、2003年4月23日 - )は、大阪府東大阪市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 西堤小学校2年の時に野球を始める。幼少期は「暇さえあれば壁当てをしていた」というほどボール遊びに夢中であった。新喜多中学校では西淀ボーイズに所属していた。 その後、大阪桐蔭高等学校に進学。2年の秋で初めてベンチ入りを果たし、3年次は春・夏両方の甲子園大会に出場した。特に同年の夏の甲子園大会では、4番打者を務め、バックスクリーンに本塁打を放つ活躍を見せた。同期に松浦慶斗、池田陵真、繁永晟がいる。 東洋大学に進学後は、1年春で2部でリーグ戦初出場を果たす。2年の秋は初めて1部でプレーし、指名打者部門でベストナインを受賞した。
秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、… 秋山 俊(あきやま しゅん、2003年4月20日 - )は、北海道登別市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 登別市立富岸小学校に入学し、小学1年から軟式野球を始める。また、小学6年の時には北海道日本ハムファイターズのジュニアチームに入る。登別市立緑陽中学校に進み、中学時代は登別ビッグ・フラップ・オーシャンに所属する。その後、仙台育英学園高等学校に進学し、1年の秋からベンチ入りする。2年の秋からレギュラーに定着し、主に「3番・中堅手」を、3年では4番を務めた。 中京大学では1年の春から中堅手としてレギュラーになり、主に7番で起用される。2年の秋から「3番・三塁手」、3年の春からまた中堅手に戻っている。
森木 大智(もりき だいち、2003年4月17日 - )は、… 森木 大智(もりき だいち、2003年4月17日 - )は、高知県土佐市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。MLBのサンディエゴ・パドレス傘下所属。 土佐市立蓮池小学校1年時に「蓮池ホワイトシャーク」に入団しソフトボールを始め、同3年時に「高岡第二イーグルス」に入団して軟式野球に転向。投手の他、内野手や捕手も努め、6年時には全国大会出場を果たした。高知中学校では同校の軟式野球部に所属。3年夏に出場した全国大会で軟式球史上最速となる150km/hを記録し、「スーパー中学生」として注目された。同大会の決勝では秀光中学校の伊藤樹と投げ合い、勝利して優勝している。 その後高知高等学校に進学。1年夏からエースとなり、高知大会決勝に進出したが、明徳義塾に敗れた。