山本 恒太(やまもと こうた、1957年3月1日 - )は、… 山本 恒太(やまもと こうた、1957年3月1日 - )は、日本の実業家。青森放送代表取締役社長。青森県青森市出身。早稲田大学教育学部卒業。
3月1日生まれ:452人
山本 恒太(やまもと こうた、1957年3月1日 - )は、… 山本 恒太(やまもと こうた、1957年3月1日 - )は、日本の実業家。青森放送代表取締役社長。青森県青森市出身。早稲田大学教育学部卒業。
神蔵 孝之(かみくら たかゆき、1956年3月1日 - )は… 神蔵 孝之(かみくら たかゆき、1956年3月1日 - )は、日本の実業家。イマジニア株式会社代表取締役会長。 東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て1980年に早稲田大学商学部卒業後、松下幸之助が創設した財団法人松下政経塾に第2期生として入塾する。同期生に山田宏、松原仁、長浜博行、河内山哲朗、海老根靖典らがいる。 早くから政治家を目指して活動していたが、サービス業務でしかないという現実を目の当たりにし、政治に見切りをつける。その一方で松下塾主より直接指導を受け、「無から有を生み出す」商売の面白さを実感し、実業家へ方向転換する。 1984年松下政経塾を卒塾。その後、三澤千代治の支援を受けてイマジニア株式会社を設立。
矢島 健一(やじま けんいち、1956年〈昭和31年〉3月1… 矢島 健一(やじま けんいち、1956年〈昭和31年〉3月1日 - )は、日本の俳優。岐阜県出身。血液型はO型。岐阜県立長良高等学校、明治学院大学卒業。パパドゥ所属。遊川和彦、堤幸彦作品の常連。
神蔵 孝之(かみくら たかゆき、1956年3月1日 - )は… 神蔵 孝之(かみくら たかゆき、1956年3月1日 - )は、日本の実業家。イマジニア株式会社代表取締役会長。
高橋 忠之(たかはし ただゆき、1956年3月1日 - )は… 高橋 忠之(たかはし ただゆき、1956年3月1日 - )は、フィギュアスケート選手、コーチ。1984年サラエボオリンピックアイスダンス日本代表。同大会の開会式で日本選手団の旗手を務める。明治大学卒業。パートナーは佐藤紀子。 当初は坂野幸子とカップルを組み、鹿毛ゆみ子とカップルを組んでいたが、1979年より佐藤紀子と組む。1979年から1985年まで全日本フィギュアスケート選手権7連覇を達成。1984年サラエボオリンピックに初出場し17位となる。 1984年プラハスケートで国際大会初優勝を果たし、1985年東京で開催された世界フィギュアスケート選手権では13位となる。これを最後にアマチュア競技者として引退。
小林 宏史(こばやし ひろし、1955年3月1日 - )は、… 小林 宏史(こばやし ひろし、1955年3月1日 - )は、日本の技術者、実業家。旭化成建材株式会社代表取締役社長等を経て、公益財団法人野口研究所理事長。日本建築仕上学会学会賞受賞 愛知県岡崎市出身。1973年愛知県立岡崎高等学校卒業。1979年名古屋大学大学院工学研究科修了、旭化成工業(現旭化成)入社。2003年旭化成建材企画管理部長。2004年旭化成建材取締役兼常務執行役員。 2007年から旭化成建材代表取締役社長を務め、2015年に発覚したパークシティLaLa横浜などでの杭打ちデータ偽装問題については、元福岡高等検察庁検事長の鈴木和宏弁護士が外部調査委員長として検証等を行った社内調査委員会の調査で、代表取締役社長在任中社内で報告を受けていたが指示を行っていなかったとされた。
桂 昇蝶(かつら しょうちょう、1955年3月1日 - )は… 桂 昇蝶(かつら しょうちょう、1955年3月1日 - )は、大阪府大阪市出身の落語家。松竹芸能所属、上方落語協会会員。本名∶東中 勉。出囃子は『馬かけ』。 大阪府立港高等学校卒業。 1973年6月14日に二代目桂春蝶に入門、「さなぎ」を名乗る。 1987年3月、「昇蝶」に改名。
藤堂 新二(とうどう しんじ、1955年3月1日 -)は、日… 藤堂 新二(とうどう しんじ、1955年3月1日 -)は、日本の俳優。本名、望月 賢一(もちづき けんいち)。旧芸名、香山 浩介(かやま こうすけ)。 神奈川県横浜市出身。関東学院大学文学部卒業。株式会社A4所属。 小学生の頃から人前で歌ったりすることが好きで、学生時代には仲間と音楽グループを組んで文化祭などで活動もしていた。そして芸能活動に興味があり、週刊TVガイドに掲載されていた東京宝映テレビの募集広告に応募し合格。モデル事務所のセントラルファッションにも合格していたが役者の道に進む。東京宝映テレビの舞台公演やテレビのエキストラなどを経験。 東京宝映テレビ付属俳優養成所を卒業後、特撮テレビドラマ『スパイダーマン』(1978年、東京12チャンネル)で本格的にデビュー。
まるさん(本名:菅原 博文/すがわら ひろふみ、1955年(… まるさん(本名:菅原 博文/すがわら ひろふみ、1955年(昭和30年)3月1日 - )は、日本の元ローカルタレントおよび元政治家。勲等は旭日双光章。 秋田県山本郡二ツ井町(現:能代市)出身。 秋田弁丸出しのトークなどが地元で好評を得て、イベントの司会やラジオDJなどで活躍。釣りを趣味とし、それに関して詳しい。秋田市民市場で軽食喫茶を経営している。兄も能代市議会議員である。 過去には南外村(現:大仙市)の造り酒屋である「出羽鶴」のCMのナレーションも務めたこともある。賀内隆弘アナウンサーとともにLP『なまって俺についてこい』も出している。 2007年4月実施の秋田市議会議員選挙に立候補し、トップで当選。
青木 幸保(あおき ゆきお、1954年(昭和29年)3月1日… 青木 幸保(あおき ゆきお、1954年(昭和29年)3月1日 - )は、日本の政治家。岩手県西磐井郡平泉町長(3期)。平泉町議会議員(7期)、岩手県町村議会議長会会長などを歴任した。 岩手県東磐井郡長島村(現在の西磐井郡平泉町長島)に生まれる。町内の小中学校を卒業後、岩手県立水沢農業高等学校に進学、その後は農業に従事する。 1988年(昭和63年)4月に平泉町議会選挙に出馬し初当選し、2014年(平成26年)まで平泉町議会副議長を1期、平泉町議会議長を2期務めた。 平泉町議会議員7期目途中の2014年(平成26年)7月31日、平泉町議会議長を辞職し、前町長・菅原正義の任期満了に伴い行われた平泉町長選挙に出馬した。
佐藤克廣(さとう かつひろ、1954年3月1日 - )は、日… 佐藤克廣(さとう かつひろ、1954年3月1日 - )は、日本の行政学者。北海学園大学教授を歴任。「佐藤克広」とも表記される。 秋田県平鹿郡醍醐村(現・横手市)出身。秋田県立横手高等学校卒業。1976年中央大学法学部卒業。1978年中央大学大学院法学研究科修士課程修了。1979年財団法人行政管理研究センター研究員。1981年中央大学大学院法学研究科行政学専攻後期課程単位取得満期退学。1981年北海学園大学法学部専任講師。1986年北海学園大学法学部助教授。1994年北海学園大学法学部教授・大学院法学研究科教授。2003年放送大学大学院文化科学研究科客員教授(~2004年)。2015年より2018年まで北海学園大学大学院法学研究科長。
金坂 克子(かねさか かつこ、現姓:田中、1954年3月1日… 金坂 克子(かねさか かつこ、現姓:田中、1954年3月1日 - )は、日本の元バレーボール選手。1976年モントリオールオリンピックバレーボール女子金メダリスト。 千葉県大網白里市出身。習志野高校を経て、1972年に日本リーグの日立武蔵(当時)に入団。 日立武蔵では垂直跳び68cmのジャンプ力を活かしセンターとしてプレーしていたが1974年のメキシコで行われた世界選手権の直前に怪我をした松田紀子に代わって正セッターとして金メダルを獲得、松田復帰後は控えセッター、1974年に全日本メンバーに選出され、世界選手権やモントリオールオリンピックにおいて金メダルを獲得した。日本リーグでも1977年にレシーブ賞、ベスト6賞を獲得。
天野 裕夫(あまの ひろお、1954年3月1日 - )は、日… 天野 裕夫(あまの ひろお、1954年3月1日 - )は、日本の彫刻家。巨大な陶作品なども制作する。 1995年 – 曼陀羅鯨, 伊藤信之
十倉 好紀(とくら よしのり、1954年3月1日 - )は、… 十倉 好紀(とくら よしのり、1954年3月1日 - )は、日本の物理学者。専門は物性物理学。学位は工学博士(東京大学・1981年)。国立研究開発法人理化学研究所創発物性科学研究センターセンター長、東京大学特別栄誉教授・東京カレッジ卓越教授、日本学士院会員、国立研究開発法人産業技術総合研究所名誉フェロー、公益社団法人日本化学会名誉会員、文化功労者。 東京大学工学部講師、東京大学理学部助教授、東京大学大学院理学系研究科教授、東京大学大学院工学系研究科教授、独立行政法人理化学研究所創発物性科学研究センターセンター長などを歴任した。 物性物理学を専攻する物理学者である。電子型高温超伝導体の発見(十倉ルール/Tokura Rule)、酸化物巨大磁気抵抗(CMR)効果の発見と機構解明、マルチフェロイックスの巨大電気磁気効果の発見、磁気スキルミオンの観測と物性解明など、多数の顕著な業績を挙げている。
本位田 光重(ほんいでん てるしげ、1954年3月1日 - … 本位田 光重(ほんいでん てるしげ、1954年3月1日 - )は、日本の経営工学・生産システム工学者。博士(工学)(大阪府立大学)。大阪工業大学工学部技術マネジメント学科・ロボット工学科元教授。日本生産管理学会・関西生産性本部元理事。日本経営工学会元評議員・関西支部支部長。関西IE協会元幹事・運営委員。経済産業省委託「産学連携製造中核人材育成事業」ものづくり改革プロ育成プログラム2007-2009実行・審査委員長。 専門は、技術マネジメント・経営工学、インダストリアルエンジニアリング(IE)・生産システム工学・管理工学、機械工学(ロボット制御システム含む)。 1976年大阪大学工学部産業機械工学科卒業。
和田 哲哉(わだ てつや、1954年3月1日 - 2016年… 和田 哲哉(わだ てつや、1954年3月1日 - 2016年5月28日)は、日本の経営者。兵庫県出身。三菱UFJニコス社長、会長を務めた。 1976年に京都大学法学部を卒業し、同年に三菱銀行に入行。2003年6月に執行役員に就任し、2006年5月に三菱東京UFJ銀行常務を経て、2010年に三菱UFJニコス副社長に就任し、2011年4月に社長に昇格。2014年6月に会長に就任。 2016年5月28日に肺塞栓症のために死去。62歳没。
上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1… 上川 陽子(かみかわ ようこ、1953年〈昭和28年〉3月1日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(9期)、裁判官訴追委員長。 外務大臣(第152代)、法務大臣(第94代・第95代・第98代・第99代・第103代)、公文書管理担当大臣(福田康夫内閣)、内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、総務副大臣(第2次安倍内閣)、総務大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、衆議院厚生労働委員長、自由民主党一億総活躍推進本部長、同女性活躍推進本部長、同女性局長、同幹事長代理を歴任した。 静岡県静岡市生まれ。静岡市立横内小学校、静岡雙葉中学校・高等学校卒業後、東京大学文科三類に入学し、東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業。
田澤 拓也(たざわ たくや、1952年3月1日 - )は、日… 田澤 拓也(たざわ たくや、1952年3月1日 - )は、日本のノンフィクション作家。 青森県東津軽郡外ヶ浜町出身。青森県立青森高等学校、早稲田大学法学部卒業。『週刊ポスト』編集部経済担当記者を経て、作家に転身する。1997年、『ムスリム・ニッポン』で、第4回21世紀国際ノンフィクション大賞(現 小学館ノンフィクション大賞優秀賞)を受賞。1999年、『空と山のあいだ 岩木山遭難 大館鳳鳴高生の五日間』で、第8回開高健賞を受賞。 ノンフィクション作品を中心に手がけるが、小説『タッチアップ』は、盛田賢司の作画によりビッグコミックスペリオールで漫画化されている。
佐久間 正英(さくま まさひで、1952年〈昭和27年〉3月… 佐久間 正英(さくま まさひで、1952年〈昭和27年〉3月1日 - 2014年〈平成26年〉1月16日)は、日本のミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。既婚。 1970年代にプログレッシヴ・ロック・バンドの四人囃子、ニュー・ウェイヴ・テクノポップ・バンドのプラスチックスのメンバーとして活動。プラスチックスのライブ後に屋根裏で平沢進からサウンド面のプロデュースを紹介され、ニュー・ウェイヴ・テクノ・ポップバンドP-MODELにて初のプロデュースを行う。その後、音楽プロデューサーとしてBOØWY、THE STREET SLIDERS、THE BLUE HEARTS、GLAY、JUDY AND MARY、エレファントカシマシ、くるりなど、数々のアーティストのプロデュースを手掛ける。
杉山 正明(すぎやま まさあき、1952年3月1日 - 20… 杉山 正明(すぎやま まさあき、1952年3月1日 - 2019年12月24日)は、静岡県生まれの日本の歴史学者。京都大学名誉教授。主要研究テーマはモンゴル時代史、中央ユーラシア史。日本におけるモンゴル史研究の第一人者である。 1952年、静岡県沼津市に生まれる。静岡県立沼津東高等学校を経て1974年京都大学文学部卒業。1979年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学、京都大学人文科学研究所助手となる。1988年京都女子大学文学部専任講師、1989年助教授を経て、1992年から京都大学文学部助教授、1995年から教授、のちに京都大学大学院文学研究科教授。2006年、文学博士2017年定年退任、名誉教授。
峰 竜太(みね りゅうた、本名:下嶋 清志(しもじま きよし… 峰 竜太(みね りゅうた、本名:下嶋 清志(しもじま きよし)、1952年〈昭和27年〉3月1日 - )は、日本の俳優、タレント、司会者。身長173cm、血液型O型。
橋本 和洋(はしもと かずひろ、1952年3月1日 - )は… 橋本 和洋(はしもと かずひろ、1952年3月1日 - )は、日本の実業家、技術者である。株式会社長府製作所元代表取締役社長。 1952年3月1日に山口県に生まれる。九州工業大学工学部を卒業後、1975年に長府製作所に入社。製造部長や取締役滋賀工場長、取締役製造本部長を歴任し、2012年3月23日に代表取締役社長に就任した。社長在任中には、給湯機器大手ノーリツとの資本・業務提携の締結や大阪テクノクラートの子会社化を行った。2019年3月22日付で取締役顧問に退き、2021年3月26日に退任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田村 正幸(たむら まさゆき、1951年3月1日 - )は、… 田村 正幸(たむら まさゆき、1951年3月1日 - )は、日本の政治家。新潟県南魚沼郡湯沢町長(第7代、4期)。湯沢町議会議員 (1999年 - 2013年)を務めた。特技はスキー。 ※当日有権者数:6,931人 最終投票率:74.12%(前回比:+3.32pts) ※当日有権者数:6,881人 最終投票率:62.56%(前回比:pts)
大田 卓司(おおた たくじ、1951年3月1日 - )は、大… 大田 卓司(おおた たくじ、1951年3月1日 - )は、大分県津久見市出身の元プロ野球選手(外野手)・監督、野球指導者である。
上山 直英(うえやま なおひで、1951年3月1日 - )は… 上山 直英(うえやま なおひで、1951年3月1日 - )は、日本の経営者。大日本除虫菊社長を務めている。大阪府出身。 1974年に慶應義塾大学商学部を卒業し、同年に三和銀行に入社した。1984年に大日本除虫菊に転じ、常務、専務を経て、1997年に副社長に就任し、1999年12月には社長に昇格。2000年12月には日本殺虫剤工業会会長に就任。2004年から在大阪セルビア・モンテネグロ名誉総領事に就任し、大日本除虫菊社内に在大阪セルビア・モンテネグロ名誉総領事館が開設される。2006年にセルビア・モンテネグロがセルビア共和国となったことにあわせてセルビア共和国名誉総領事となる。2020年にセルビア国旗勲章第三等級章を授与される。
菊池 准(きくち じゅん、1951年3月1日 - )は、日本… 菊池 准(きくち じゅん、1951年3月1日 - )は、日本の演出家、作家。東京都出身。 日本大学芸術学部演劇学科を卒業。JOKO演劇学校講師。 こまがね演劇文化創造劇場理事、長崎県大村市市民ミュージカル戯曲講座・演劇講座講師。
片山 広明(かたやま ひろあき、1951年3月1日 - 20… 片山 広明(かたやま ひろあき、1951年3月1日 - 2018年11月13日)は、日本のジャズ・サックス奏者。千葉県野田市出身。 高校生の頃アルト・サクソフォーンを始め、後にテナー・サクソフォーンに転向。國學院大學を中退し、プロとして活動を始めた。 1970年代後半、篠田昌已、梅津和時、早川岳晴らと共に生活向上委員会大管弦楽団で活動、2枚のアルバムを発表。また、1970年代末にはRCサクセションと交流を深め、以後、レコーディングやライブをサポート。1980年代は、梅津和時率いるD・U・Bで活動。ヨーロッパ公演も行った。 1990年代に入ると、渋さ知らズで活動。初参加アルバムは2作目『DETTARAMEN』(1993年)で、以後、渋さ知らズにとって重要な存在となり、2006年のメジャー・デビュー後もレコーディングやライブに参加。
小川 正人(おがわ まさひと、1950年3月1日 - )は、… 小川 正人(おがわ まさひと、1950年3月1日 - )は、日本の教育行政学者、東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。 専攻は教育政策・行政学。文部科学省・第6期から9期中央教育審議会の副会長、初等中等教育分科会長、教育制度分科会長、学校の働き方改革特別部会長等のほか、政府の規制改革会議や福田・麻生政権の教育再生懇談会など政府・文部科学省の審議会委員、並びに東京都足立区教育委員等の地方自治体の委員、審議会長等を歴任。 岩手県岩手郡岩手町生まれ。1979年 東京大学大学院教育学研究科博士課程教育行政学単位取得退学。 1985年九州大学教育学部講師。1988年4月 同大学助教授。1990年「戦後教育財政制度の研究」で教育学博士(九州大学)。
川口 晶(かわぐち あきら、1950年3月1日 - )は、日… 川口 晶(かわぐち あきら、1950年3月1日 - )は、日本の元女優、陶芸家。東京都出身。身長163cm(1976年2月)。 父は作家で大映専務の川口松太郎、母は女優の三益愛子、兄は俳優の川口浩、川口恒、弟は元俳優の川口厚。母方の叔母は元タカラジェンヌで宝塚歌劇団24期生の紀川瑠璃子。 1966年、聖心女子学院初等科、聖心女子学院中等科を経て、聖心女子学院高等科を中退後に新派に入り、舞台を踏むようになる。 1970年代のテレビドラマに出演作が多数あり、三枚目的なやんちゃな役柄が多い。1971年、長沢純と結婚して1男を儲けるが、1974年に離婚する。1978年、兄の恒、弟の厚とともに大麻取締法違反に問われ、TVから姿を消す(兄弟2人と異なり、晶は不起訴処分となっている)。
松澤 喜好(まつざわ きよし、1950年3月1日- )は、日… 松澤 喜好(まつざわ きよし、1950年3月1日- )は、日本の英語教育評論家。 神奈川県出身。神奈川県立川崎高等学校、電気通信大学電波通信学科卒業後、富士ゼロックス入社。2004年『英語耳』を刊行してベストセラーとなり、以後多くの音声による英語習得の著作を出している。現在はカルチャーセンターなどで英語の講座を行っている。日本音声学会、日本英語学会会員。ウェブサイト「英語・発音・語彙」を主宰している。息子に音楽家の松澤健がいる。
須磨 久善(すま ひさよし、1950年3月1日 - )は、日… 須磨 久善(すま ひさよし、1950年3月1日 - )は、日本の心臓血管外科医。専門は心臓血管外科と循環器内科。 世界で初めて胃大網動脈グラフトを使用した冠動脈バイパスを開発し、日本で初めて拡張型心筋症に対する左室形成術の一術式であるバチスタ手術を行ったことで知られる。 兵庫県出身。甲南中学校・高等学校、大阪医科大学卒業後、三井記念病院心臓血管外科部長、ローマカトリック大学(サクロ・クオーレ・カトリック大学)心臓外科客員教授、湘南鎌倉総合病院院長、葉山ハートセンター院長、順天堂大学医学部心臓血管外科客員教授、心臓血管研究所付属病院スーパーバイザー、香川大学医学部臨床教授、大阪医科大学アドバイザーなどを歴任。
小川 正人(おがわ まさひと、1950年3月1日 - )は、… 小川 正人(おがわ まさひと、1950年3月1日 - )は、日本の教育行政学者、東京大学名誉教授、放送大学教授。専攻は教育政策・行政学。中央教育審議会委員。
林 律雄(はやし のりお、1950年3月1日 - )は、日本… 林 律雄(はやし のりお、1950年3月1日 - )は、日本の漫画原作者。栃木県出身。駒澤大学出身。『週刊漫画TIMES』に掲載された『謀殺第八課』(作画:北野英明)でデビュー。第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門にて、『総務部総務課山口六平太』がマンガ部門優秀賞を受賞した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
後藤 正和(ごとう まさかず、1950年(昭和25年)3月1… 後藤 正和(ごとう まさかず、1950年(昭和25年)3月1日 - )は、日本の政治家。神山町長(5期)。東京農業大学中退。徳島県名西郡神山町出身。 徳島県名西郡神山町神領で生まれ、東京農業大学に進学し中退。大学を中退後、神山町議会議員を経て2003年(平成15年)4月30日に神山町長選挙に出馬し初当選。 その後、2023年(令和5年)4月29日に引退するまで5期連続で町長を務めた。 2024年、旭日小綬章受章。 この項目は、日本の政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。
安東 美孝(あんどう よしたか、1949年〈昭和24年〉3月… 安東 美孝(あんどう よしたか、1949年〈昭和24年〉3月1日 - )は、日本の政治家。元岡山県美作市長(1期)。 岡山県出身。岡山県立津山高等学校卒。美作町役場に入り、2005年に美作町を含めた5町1村による合併により美作市が発足し、美作市役所勤務となった。2007年に美作市副市長に就任。2009年の市長選挙で健康上の理由で再選出馬を断念した宮本俊朗から後継指名を受け、「にぎわいのある観光田園都市創造」を訴えて選挙戦を戦い、元東粟倉村長の春名明ら2人を破って当選した。美作市長を1期務め、2013年に退任した。
大東 敏治(だいとう としはる、1949年3月1日 - )は… 大東 敏治(だいとう としはる、1949年3月1日 - )は、実業家。トラベルバンク創業者・元社長。元JTB経営改革部ビジネスプロデューサー、企業内起業家。広島県賀茂郡河内町(現東広島市)出身。 1967年、愛光高校卒業。1972年、一橋大学社会学部卒業、JTB入社。新宿、池袋などの営業店で海外旅行・団体旅行などの営業に従事する。 海外旅行横浜支店時代の1980年、年金ローン旅行を開発。これは元気な内に旅行し、ツアー料金を後に年金で分割払いできるというアイデアで、保険会社やクレジット会社との交渉は難航したが、発売した企画は大きな反響を呼び大ヒット。当時のマスコミに大きく取り上げられ同業他社も追随した。
宮本 明雄(みやもと あきお、1949年(昭和24年)3月1… 宮本 明雄(みやもと あきお、1949年(昭和24年)3月1日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。元長崎県諫早市長(3期)。 長崎県諫早市宇都町出身。諫早小学校、上山小学校を経て諫早中学校を卒業。1967年(昭和42年)3月、諫早高校卒業。1972年(昭和47年)3月、國學院大學経済学部経済学科卒業。同年8月1日、諫早市役所に入庁。 1992年(平成4年)に諫早市東京事務所長。1995年(平成7年)に総務課長。1999年(平成11年)に議会事務局長。2001年(平成13年)に財務部長。 2007年(平成19年)3月31日、諫早市役所を退職。同年4月1日、諫早市副市長に就任。2008年(平成20年)12月31日、副市長を退任。
相原 正明(あいはら まさあき、1948年(昭和23年)3月… 相原 正明(あいはら まさあき、1948年(昭和23年)3月1日 - )は、岩手県の政治家。江刺市長(1期)、奥州市長(1期)を歴任。 2006年の奥州市誕生を機に初代市長を目指し立候補。旧水沢市長の高橋光夫、元衆議院議員の高橋嘉信を破り当選する。 2010年の市長選挙には、再選(2期目)を目指して出馬したが、新人で前奥州市議会議長の小沢昌記に12,600票差で破れ、再選はならなかった。 奥州市長選では副県都構想、金ケ崎町・平泉町との合併(いわゆる「平泉市構想」)、四年制大学の誘致などを提唱した。 第二回「マニフェスト大賞2007」で、自身の「みんなで創ろう豊かな奥州市」が、首長部門審査委員会特別賞に選ばれた。
梅川 昭美(うめかわ あきよし、1948年3月1日 - 19… 梅川 昭美(うめかわ あきよし、1948年3月1日 - 1979年1月28日)は、日本のシリアルキラー。大竹市強盗殺人事件と三菱銀行人質事件の犯人。 1948年(昭和23年)3月1日、広島県佐伯郡小方村(現・大竹市)で父親の勤務する三菱レイヨンの社宅で生まれる。父親46歳、母親42歳の高齢出産であった。姉がいたが夭折している。1954年(昭和29年)4月、小方町立小方小学校(現・大竹市立小方小学校)に入学。8歳の時、父親が椎間板ヘルニアとリューマチの悪化で働けなくなり、10歳の時、両親が離婚。梅川は父親の故郷の香川県大川郡引田町(現・東かがわ市)に引き取られるものの、父の実家を継いだ叔父夫婦や従兄弟からは冷遇された。
阿部 信雄 (あべ のぶお、1948年〈昭和23年〉3月1日… 阿部 信雄 (あべ のぶお、1948年〈昭和23年〉3月1日 - )は、 日本の美術評論家。 専門は、近現代美術、博物館学。父は英文学者で作家の阿部知二。兄はフランス文学者の阿部良雄。科学史家で評論家の赤木昭夫は義兄。 兵庫県姫路市に生まれる。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院修士課程修了。 1977年より、石橋財団ブリヂストン美術館学芸員となり、後に学芸部長を務める。1993年に退職。 1989から92年まで、東急Bunkamuraザミュージアムのプロデューサーを兼任。 ニューオータニ美術館顧問、鎌倉大谷記念美術館運営委員、セキ美術館(愛媛県)顧問を歴任した。 また、美術館外では、名古屋大学、学習院大学、成城大学、玉川大学、武蔵工業大学などの非常勤講師を務めた。
團 名保紀(だん なおき、1948年3月1日 - )は、日本… 團 名保紀(だん なおき、1948年3月1日 - )は、日本の美術史家・美術学者。専門は美術史(イタリア)。群馬大学教育学部美術教育講座教授を経て、同大学名誉教授。 イタリア語に堪能であり、研究発表も基本的にイタリア語で行う。 父は作曲家の團伊玖磨。祖父は東京帝国大学文学部美術史学科助教授、参議院議員、プリンス自動車(現・日産自動車)社長、九州朝日放送会長を歴任した團伊能。曾祖父は三井合名理事長、血盟団事件で暗殺された團琢磨。祖母は宮内省大膳頭を務めた上野季三郎の五女・美智子。大伯母の英子が服部金太郎の長男で服部時計店の2代目社長を務めた服部玄三に、同じく大伯母の冨美子が加藤高明の次男で東明火災海上保険(現・日新火災海上保険)の取締役を務めた加藤厚太郎に、同じく大伯母の米子が佐々木高行の孫で元神宮大宮司の佐々木行忠に嫁いだため、セイコーの創業者一族・服部家や三菱財閥の創業者一族・岩崎家及び住友財閥の創業者一族・住友家は名保紀の親戚となった。
小山 昇(こやま のぼる、1948年3月1日 - )は、日本… 小山 昇(こやま のぼる、1948年3月1日 - )は、日本の実業家。株式会社武蔵野代表取締役社長。 中小企業のコンサルタント業務と、ダスキンのフランチャイズ事業を行う。全国の経営者でつくる「経営研究会」を主宰する。 山梨県出身。東京経済大学経営学部卒業。 自身が経営している株式会社武蔵野でコンサルタント事業を展開しており、様々な会員企業を指導しているほか、全国で年間240回以上のセミナーを行っている。一倉定の方法論を元に、手帳型の「経営計画書」を作成し、従業員ひとりひとりに渡すことを重視している。 2022年、知床遊覧船沈没事故の後に知床遊覧船の社長に対する指導のインタビュー記事が削除された後、再公開された。
川崎 新一(かわさき しんいち、1948年(昭和23年)3月… 川崎 新一(かわさき しんいち、1948年(昭和23年)3月1日-)は日本の実業家、銀行家。宮崎太陽銀行の監査役や代表取締役頭取、会長を務めた。 宮崎県出身で明治学院大学経済学部卒。1971年に宮崎相互銀行(現在の宮崎太陽銀行)に入行し、あやめ原支店長や佐土原支店長、事務部長などを歴任して2000年に取締役に就任した。 その後、取締役監査部長などを経て、2004年に常勤監査役に就任したが、2008年に常務取締役となり、専務取締役を経て2011年に代表取締役頭取に就任した。 2016年、林田洋二に頭取を譲って代表取締役会長に就任した。2017年に取締役会長を退任して特別顧問となった。
堀江新二(ほりえ しんじ、1948年3月1日 - )は、ロシ… 堀江新二(ほりえ しんじ、1948年3月1日 - )は、ロシア演劇の研究者、大阪大学名誉教授。 東京都中野区鷺ノ宮生まれ。早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学科修士課程修了。1975-76年モスクワ大学で学ぶ。76-79年ノーヴォスチ通信社東京支局勤務。1982-88年モスクワ・ラドガ出版所勤務。88-92年大映勤務「おろしや国酔夢譚」製作コーディネーター。1992年天理大学助教授、1998年大阪外国語大学助教授、教授、2006年大阪大学言語文化研究科教授、2013年定年退任、名誉教授。2013年シアター・コミュニケーション・ラボ大阪所長。 ゴーゴリ「結婚」の新訳と、モスクワ・エトセトラ劇場来日公演、チェーホフ「人物たち」の新訳、文芸協力などにより2002年湯浅芳子賞受賞。
春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日… 春日 宏美(かすが ひろみ、1948年3月1日 - )は、日本の女優、歌手。本名・川本好美。元松竹歌劇団の大幹部。 出生地は兵庫県神戸市。岡山県津山市育ち。岡山県美作高等学校卒業。1961年(昭和36年)、松竹歌劇団に入団。戦後の14期生。男役として活躍。1978年(昭和53年)に読売新聞社のSKD年間最優秀賞受賞。1979年(昭和54年)芸術選奨新人賞受賞。昭和50年代前半には大幹部に昇進。トップスターとして活躍するかたわら、渋谷ジァンジァンで、イヨネスコやノエル・カワードの舞台などにも出演。1981年(昭和56年)に大幹部筆頭の千草かほると、それに次ぐ沖千里が同時に退団し、大幹部筆頭になる。
磯部 清次(いそべ せいじ、男性、1948年(昭和23年)3… 磯部 清次(いそべ せいじ、男性、1948年(昭和23年)3月1日 - )は、ブラジル・サンパウロ州在住の空手家。極真会館(松井派)南米地区連盟総責任者・国際委員。段位は八段。福井県福井市出身。 K-1のテレビ中継などでは、アナウンサーから「磯部師範」と呼ばれており、一般でもこの呼び名の方が浸透している。 試割りを見て空手道に憧れを抱き、1961年(昭和36年)より習い始める。 1963年(昭和38年)より道場に通うが、道場の師範代が喧嘩に負けたのを聞き、空手道に失望する。 ある日、大山倍達の著書「100万人の空手」を読んで感銘を受け、東京の本部道場で極真会館の練習に仮参加する。その後、本格的に修行を積むため1970年(昭和45年)に上京。
高野 博師(たかの ひろし、1947年〈昭和22年)3月1日… 高野 博師(たかの ひろし、1947年〈昭和22年)3月1日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、環境副大臣、公明党中央幹事、外務省参与などを歴任した。 1947年(昭和22年)3月1日、茨城県大子町に生まれる。 茨城県立水戸第一高等学校を経て、東京外国語大学外国語学部中国語学科に入学し、1972年(昭和47年)3月に卒業する。同年4月、外務省にノンキャリアとして入省する。外交官としてアメリカ、アルゼンチン、コロンビアなどに赴任し、30ヶ国あまりを歴訪した。1991年(平成3年)にコロンビアで発生した日本人技師2人が左翼ゲリラに誘拐された事件では、当時帰国中で不在だったコロンビア国駐箚特命全権大使塚田千裕に代わり、臨時代理大使としてコロンビア政府や州知事に事件解決の要請を行うなどして対応の指揮を執った。
末成 映薫(すえなり ゆみ、1947年〈昭和22年〉3月1日… 末成 映薫(すえなり ゆみ、1947年〈昭和22年〉3月1日 - )は、日本のお笑いタレント、コメディエンヌ、女優。本名および旧芸名は末成 由美(読み同じ)。吉本新喜劇の座員。山口県宇部市生まれの滋賀県大津市膳所育ち。吉本興業所属。後輩芸人からの呼び名は「ゆみ姉(ねえ)」。 両親の疎開先の山口県宇部市で生まれ、4歳で滋賀県大津市膳所に戻った。比叡山高等学校卒業。7人兄弟。過去に結婚を2回経験しているが、現在は独身である。 特徴は四角い顔に吊り目。 未知やすえから当時付き合っていた内場勝則の恋愛相談を受けたり、サプライズで山田花子と一緒に内場夫妻の婚前旅行に同行したこともある。当時若手だった五十嵐サキが新喜劇を退団しようとした時に、それを察知して自身の自宅に招き、涙を流して辞めないように説得したりと後輩思いの一面を持っている。
末成 由美(すえなり ゆみ、本名同じ、1947年3月1日 -… 末成 由美(すえなり ゆみ、本名同じ、1947年3月1日 - )は、日本のお笑いタレントである。山口県宇部市生まれの滋賀県近江八幡市育ち。よしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本新喜劇)所属のベテラン女優。後輩芸人からの呼び名は「ゆみ姉(ねえ)」。
香川 ヒサ(かがわ ひさ、1947年3月1日 - )は、日本… 香川 ヒサ(かがわ ひさ、1947年3月1日 - )は、日本の歌人。 神奈川県横浜市出身、大阪府豊中市在住。お茶の水女子大学文教育学部国文科卒業。 1970年、森本治吉主宰の歌誌「白路」入会。1984年、米田登主宰の歌誌「好日」入会。1988年、「ジュラルミンの都市樹」で第34回角川短歌賞を受賞。なおこの年の角川短歌賞は、前年に俵万智『サラダ記念日』の大ヒットがあったため、同賞史上最多の応募数であった。1993年、同人誌「鱧と水仙」を創刊。 時間や存在といった哲学的な素材を好んで詠み、「情緒的な作品に慣れてきた短歌史にとっては異質かもしれない」(小高賢)「理知的な言葉への好奇心によって私達の常識の死角に宿る思いがけない詩を発見してきた歌人」(川野里子)と評される。