檜田信男(ひだ のぶお、1930年3月31日- ) は、日本… 檜田信男(ひだ のぶお、1930年3月31日- ) は、日本の会計学者、中央大学名誉教授。 北海道小樽市出身。早稲田大学商学部卒、1960年早稲田大学大学院商学研究科博士課程満期退学、77年「近代監査機能の特性とその方法の研究」で商学博士。大東文化大学講師、専修大学助教授、教授、中央大学商学部教授。2000年定年となり、名誉教授。
北海道:4,786人
檜田信男(ひだ のぶお、1930年3月31日- ) は、日本… 檜田信男(ひだ のぶお、1930年3月31日- ) は、日本の会計学者、中央大学名誉教授。 北海道小樽市出身。早稲田大学商学部卒、1960年早稲田大学大学院商学研究科博士課程満期退学、77年「近代監査機能の特性とその方法の研究」で商学博士。大東文化大学講師、専修大学助教授、教授、中央大学商学部教授。2000年定年となり、名誉教授。
忍 博次(おし ひろつぐ、1930年3月23日 - 2024… 忍 博次(おし ひろつぐ、1930年3月23日 - 2024年10月22日)は、日本の社会福祉学者、北星学園大学名誉教授。 北海道富良野市生まれ。1954年北海道大学教育学部卒。北星学園大学助教授、教授、2000年定年退任、名誉教授。北海道障害者施策推進協議会会長。
石間 春夫(いしま はるお、昭和5年〈1930年〉3月19日… 石間 春夫(いしま はるお、昭和5年〈1930年〉3月19日 - 平成2年〈1990年〉1月4日)は、日本のヤクザ。五代目山口組舎弟。誠友会初代会長。北海道夕張郡長沼町出身。通称は「北海のライオン」。 昭和5年(1930年)3月19日、北海道夕張郡長沼町で生まれた。 昭和19年(1944年)、久里浜の海軍対潜学校を卒業し、大湊警備所属の海防艦137号に配属された。 昭和20年(1945年)の終戦後、北海道夕張郡長沼町に復員した。すぐに長沼町で愚連隊を組織した。 昭和37年(1963年)、5月、長岡宗一は小高竜湖に逆破門状を送った。長岡宗一は、舎弟や若衆が先に小高龍湖を襲撃することは、認めなかった。
櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、… 櫻井 淳(さくらい じゅん、1930年3月16日 - )は、日本の理学博士、経済学博士、法学博士、教養学博士。道都大学名誉総長(理事)。北海道室蘭市出身。
双ッ龍 徳義(ふたつりゅう とくよし、1930年3月3日 -… 双ッ龍 徳義(ふたつりゅう とくよし、1930年3月3日 - 2006年2月4日)は、北海道室蘭市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は荒木 徳義(あらき とくよし)。身長185cm、体重108kg。得意手は右四つ、吊り、上手投げ。最高位は東前頭筆頭(1954年9月場所)。 父親は、富士製鐵(現・新日本製鐵)に勤務する鉄鋼マンだった。自身も富士製鐵に勤務していたが双葉山に憧れ、4日かけて当時時津風部屋が太平洋戦争中の疎開先として福岡県太宰府に設立した「双葉山相撲錬成道場」まで訪ねて同部屋へ入門した。1947年6月場所にて、17歳で初土俵。新弟子時代は戦後であり力士といえど食べ放題、飲み放題ではなかったため、1956年の座談会では「今の弟子は恵まれている」と当時とを比較している。
小野 栄一(おの えいいち、1930年2月5日 - )は、日… 小野 栄一(おの えいいち、1930年2月5日 - )は、日本の司会者、コメディアン、ボードビリアン、実業家である。娘は歌手の小野ひとみ。 1930年(昭和5年)2月5日、北海道に生まれる。新制・北海道立札幌第二高等学校(現在の北海道札幌西高等学校)では映画評論家の品田雄吉と同期、俳優の左右田一平は一期下であった。同校卒業後、北海道大学に進学するも中途退学。 1952年(昭和27年)、日本コロムビアの司会者として舞台に立ち、デビューする。 昭和中期にテレビや寄席などで活躍、美空ひばりや灰田勝彦の物まね、テレビ番組『そっくりショー』の司会などで知られた。また、テレビ映画『オットいたゞき』では人情味あふれる詐欺師役を演じ、テレビ人形劇『ひょっこりひょうたん島』では声優を務めるなど、多方面で活躍した。
品田 雄吉(しなだ ゆうきち、1930年2月3日 - 201… 品田 雄吉(しなだ ゆうきち、1930年2月3日 - 2014年12月13日)は、日本の映画評論家。 北海道留萌管内遠別町生まれ。仏文学者で早稲田大学名誉教授の品田三和一良(品田一良)は実兄。北海道札幌西高等学校、北海道大学法文学部国文学科卒業。 北海道大学在学中に『キネマ旬報』編集部の荻昌弘に見出され、同誌の懸賞論文に入選。このことから1953年の大学卒業後にキネマ旬報社に入社して『キネマ旬報』編集部配属となり、1955年まで在籍。後に『映画旬刊』と『映画評論』の編集部に在籍。1965年にフリーとなり映画評論家として活動を始めた。 1989年から多摩美術大学教授、のち名誉教授。 日本芸術文化振興会運営委員・映画部会長、独立行政法人国立美術館運営委員、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭顧問、ゆうばり応援映画祭実行委員長、川喜多記念映画文化財団理事、最北シネマ株式会社特別顧問、日本映画製作者連盟理事を歴任した。
原田 甫(はらだ はじめ、1930年1月20日 - 1993… 原田 甫(はらだ はじめ、1930年1月20日 - 1993年12月5日)は、日本の作曲家。 北海道旭川市出身。中学時代に伊福部昭の《交響譚詩》を聴いたことから作曲を志す。伊福部と同じ札幌第二中学校、札幌西高等学校を経て、1951年4月東京音楽学校作曲科(1952年に東京藝術大学音楽学部となる)に入学し、当時講師をつとめていた伊福部昭に師事するが、伊福部が辞任すると中退する。伊福部の映画音楽制作を手伝うようになり NHK電子音楽スタジオを利用していた 黛敏郎のアシスタントをつとめ、自身の記録映画音楽の作曲に携わり『海壁』『ぬれる』など多くの作品を手がける。 記録映画音楽、テレビドキュメンタリーの音楽などで活躍する一方、純音楽の分野では、《ギター・ソナタ》、《第一シンフォニー》などの作品があり、ギター曲は現在でも演奏されることが多い。
橋本 博治(はしもと ひろじ、1930年1月6日 - 201… 橋本 博治(はしもと ひろじ、1930年1月6日 - 2010年2月22日)は、日本の経営者、工学博士で、日立電線社長、会長を務めた。 北海道旭川市出身。海軍兵学校を経て、1952年に北海道大学工学部電気工学科を卒業し、同年4月に日立製作所に入社した。 1956年に日立電線に転じ、1977年6月に取締役に就任、1981年6月に常務、1982年6月に専務を経て、1983年6月に副社長に就任し、1985年6月には社長に昇格。1995年6月に会長を経て、1999年6月には相談役に就任。 1993年4月に藍綬褒章を受章し、2000年11月に勲二等瑞宝章を受章。 2010年2月22日肺炎で死去。80歳没。
岩城 禮三(いわき れいぞう、1930年 – 2017年)は… 岩城 禮三(いわき れいぞう、1930年 – 2017年)は、日本の言語学者・教育者。専門は英語教育。札幌医科大学名誉教授。北海道岩内郡岩内町生まれ 1946年北海道庁立岩内中学校卒。1949年小樽経済専門学校卒。岩内町立岩内第二中学校英語教諭。1950年北海道岩内高等学校英語教諭。1956年日本大学文学部英文学科卒。1961年北海道札幌旭丘高等学校英語教諭。1966年ジョージタウン大学大学院外国語教育学課程修了。1969年札幌香蘭女子短期大学英文科専任講師。1969年北海道立教育研究所語学教育研究室長。1969年通訳案内士取得。1970年小樽商科大学短期大学部助教授。1980年札幌医科大学医学部教授。
家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩… 家郷 隆文(かごう たかふみ、1930年 - )は、北海道岩見沢市生まれの国文学者。龍谷大学名誉教授。浄土真宗本願寺派僧侶。 1930年(昭和5年)、岩見沢市上幌向、浄土真宗本願寺派隆王寺に生まれる。岩見沢中学校(現・北海道岩見沢東高等学校)を経て、1953年北海道大学文学部国文科卒、1956年同大学院文学研究科国文学専攻修了。藤女子大学文学部教授を経て、龍谷大学文学部教授。1998年龍谷大学定年退職、同名誉教授。 専攻は日本中世文学史、百人一首などの和歌に関する研究で、宗教学的視点からアプローチした中世文学論を展開している。 歌手の中島みゆきは藤女子大学在学中に家郷ゼミに所属しており、卒業論文指導を受けた。
小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルク… 小林 謙一(こばやし けんいち、1930年 - )は、マルクス経済学者。元法政大学経済学部教授。専門は労働経済論、産業経済論。宇野学派。 北海道釧路市生まれ。1953年北海道大学農学部農業経済学科卒。1958年東京大学大学院社会科学研究科(農業経済学)博士課程修了。指導教授は近藤康男。1958年東京大学社会科学研究所助手。1961年日本産業構造研究所研究員。1964年名古屋市立大学経済学部助教授。1969年法政大学経済学部教授。1979年から1年間、経済学部長。1981年「労働経済の構造変革」で経済学博士(法政大学)。1996年定年退職。創価大学比較文化研究所特任教授。2000年創価大学経営学部客員教授。
品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民… 品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民法学者。専門は民法全般。上智大学元教授。北海道亀田郡大野町(現・北斗市)出身。
佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の… 佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道紋別郡興部村出身。北海道立旭川第二工業学校卒。1971年自治大学校卒。北海道上湧別町町長(1981年-1993年)。 1967年上湧別町役場に入る。役場に勤めながら自治大学校に通い、1971年に卒業。その後、同町税務課長、総務課長、教育委員会委員長などを経て、1981年上湧別町長選に出馬し、初当選。以後、連続3期務めた。1993年に引退。 アメリカ合衆国のケンタッキー州を視察して地元のトウモロコシでバーボン・ウイスキーを作るなど行動派の首長として有名。また、畑作・酪農・流氷観光のみで過疎に悩む上湧別町を1987年に漫画による「まちおこし」構想を企画し、1990年に日本漫画家協会の協賛を得て「オホーツク国際漫画大賞」を創設し、開催地を上湧別町とする事で町の活性化を図った。
池田 英俊(いけだ えいしゅん、1929年〈昭和4年〉12月… 池田 英俊(いけだ えいしゅん、1929年〈昭和4年〉12月19日 - 2004年〈平成16年〉2月4日)は、日本の宗教学者・仏教学者。文学博士(筑波大学)。元旭川大学女子短期大学部学長。北海道和寒町出身。 専門は宗教学。特に仏教史や日本近代仏教思想史を研究 北海道新聞学術文化研究奨励賞(1987年) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
村越 潔(むらこし きよし、1929年12月5日 - 201… 村越 潔(むらこし きよし、1929年12月5日 - 2011年8月27日)は、日本の考古学者。弘前大学名誉教授。 北海道北見市出身。生後ほどなく横浜市に移る。日本大学文学部史学科卒。在学中の1953年、登呂遺跡の発掘に参加。新潟県立柏崎高等学校教諭、1958年弘前大学教育学部助手、講師、助教授、78年教授、95年定年退官、名誉教授、青森大学考古学研究所長、社会学部教授。1988年砂沢遺跡で弥生前期水田跡を発見。青森県文化財保護審議会会長。青森市史・浪岡町史編集委員長。
青木 銀一(あおき ぎんいち、1929年(昭和4年)11月1… 青木 銀一(あおき ぎんいち、1929年(昭和4年)11月19日 - 2019年(令和元年)5月5日)は、平成時代の政治家。北海道三笠市長。三笠市名誉市民。位階は従五位。旭日小綬章。 北海道夕張郡夕張町(現夕張市)出身。札幌鉄道教習所を卒業し、三笠市役所に入り、経済振興課長などを経て、1979年(昭和54年)より助役を1期務めた。ほか、商工会副会長を歴任した。 1991年(平成3年)三笠市長に当選し、2003年(平成15年)まで連続3期12年務めた。2004年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。2019年死去。死没日付をもって従五位に叙された。
五島 勉(ごとう べん、1929年〈昭和4年〉11月17日 … 五島 勉(ごとう べん、1929年〈昭和4年〉11月17日 - 2020年〈令和2年〉6月16日)は、日本の作家・ルポライター。1973年に社会不安とメディアの作品への扱い方を背景として、1960年代生まれから以降の幼少世代を中心に「1999年7月に世界滅亡」を信じる者が続出し、日本国内に未来への悲観的影響を与えた『ノストラダムスの大予言』を書いたことで知られる。 北海道函館市出身。正教徒の家庭に生まれる。本名は後藤 力(ごとう つとむ)。旧制函館中学校(現・北海道函館中部高等学校)から第二高等学校へ進み、後の弁護士・遠藤誠と知り合う。東北大学法学部卒業。大学在学中、小遣い稼ぎにポルノ小説を書いて雑誌に投稿し、文筆家の道に入る。
谷内 昭(やち あきら、1929年(昭和4年)11月3日 -… 谷内 昭(やち あきら、1929年(昭和4年)11月3日 - 2004年(平成16年)10月19日)は、日本の医学者。消化器癌研究の第一人者。学位は、医学博士。元札幌医科大学学長。指導教授は札幌医科大学5代学長・和田武雄。門下生に、札幌医科大学第9代学長、東京大学医科学研究所附属病院長)・今井浩三、北海道大学遺伝子病制御研究所教授・髙岡晃教などがいる。 1954年北海道大学医学部卒業。1961年札幌医科大学大学院医学研究科修了。1961年同医学部内科学教室助手。1966年同医学部内科学第一講座講師。1973年同医学部内科学第一講座助教授。1980年同医学部内科学第一講座教授。1990年札幌医科大学副学長・札幌医科大学附属病院長。
木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月… 木津川 昭夫(きつかわ あきお、1929年(昭和4年)10月28日- 2012年(平成24年)5月22日)は、日本の詩人。 北海道滝川市生まれ。旧制滝川中学校(現北海道滝川高等学校)卒業。戦後から詩作を始め、新十津川町の同人誌「道標」を経て、更科源蔵主宰の札幌市の詩誌「野性」に参加。「文芸首都」にも参加した。上京後、1973年に「ホルン」、1977年「曠野」を創刊。同人に狩野敏也、矢口以文など。 「火牛」「青い花」「日本未来派」同人。2001年から2002年にかけて、日本現代詩人会会長をつとめた。
渡部 保夫(わたなべ やすお、1929年10月27日 - 2… 渡部 保夫(わたなべ やすお、1929年10月27日 - 2007年4月12日)は、日本の刑事法学者。弁護士。元裁判官(札幌高等裁判所判事、最高裁判所調査官)。博士(法学)(1992年・北海道大学)。北海道室蘭市出身。 1929年、北海道生まれ。1953年東京大学法学部卒業後、1955年から30年間、裁判官を務める。 裁判官を退官後は、法学者、弁護士を務めた。 2007年4月12日、仕事を終え深夜に入浴をしていたところ脳内出血のため死去。77歳没。 裁判官時代、社会党代議士恐喝事件、青梅事件第二次控訴審無罪判決、梅田事件再審開始抗告審決定、北炭ガス爆発事故事件、北大電気メス禍事件等に関与。札幌地方裁判所の所長代行(1969年4月-1977年3月)、最高裁刑事調査官室の上席調査官(1978年4月-1981年3月)など司法行政にも関わった。
井上 和雄(いのうえ かずお、1929年〈昭和4年〉10月 … 井上 和雄(いのうえ かずお、1929年〈昭和4年〉10月 - )は、日本の時計職人。父は昭和初期より札幌時計台の保守を無償で始めた時計職人の井上清。戦後間もない頃より、父と共に時計台の保守に取り組み、親子二代で70年以上にわたって、時計台の保守と整備を手掛けた。 1929年(昭和4年)10月に札幌市で、井上清の長男として誕生した。時計店に生まれたことで、「門前の小僧」として自然に、時計の技術を身につけた。学校でも教員から「大きくなったらお前が時計台を守るんだ」と言われていたが、実際には時計よりも飛行機が好きであり、少年時代は模型飛行機に熱中した。趣味が高じて戦中の1944年(昭和19年)、少年工として日立航空機羽田工場に就職し、海軍飛行予科練習生の練習機の製作を手掛けた。
狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019… 狩野 敏也(かの としや、1929年9月17日 - 2019年2月3日)は、日本の詩人、料理評論家。児童書ではかのりゅうの筆名も用いる。 北海道標津郡標津町出身。1952年北海道大学法経学部政治学科卒業後、日本放送協会に就職する。札幌、函館、室蘭、東京の各地で記者、ディレクター、資料部員、考査室主査などを務める。1964年、山之口貘の紹介により土橋治重主宰の詩誌「風」の同人となり、終刊まで参加。日本現代詩人会、日本詩人クラブ、日本ペンクラブ名誉会員。俳誌「花林花」同人として俳句も詠んだ。 1987年に退職後、十文字学園女子短期大学教授に就任し、2000年までコミュニケーション論、現代詩作法などを講じた。
藤原 房雄(ふじわら ふさお、1929年(昭和4年)9月6日… 藤原 房雄(ふじわら ふさお、1929年(昭和4年)9月6日 - 2015年(平成27年)12月28日)は、日本の政治家。北海道小樽市出身。室蘭工業大学電気工学科卒業。参議院議員(3期)、衆議院議員(2期)。 小樽市に生まれる。室蘭工業大学電気工学科を卒業する。通商産業省に勤める。その後、同札幌通産局(現北海道経済産業局)勤務を経て、聖教新聞社北海道支局長を務める。この頃、創価学会北海道事務局長も兼任していた。 1968年(昭和43年)7月7日、第8回参議院議員通常選挙に公明党公認候補として全国区から立候補し、初当選する(以降3期)。参議院科学技術振興対策特別委員長などを務める。 3期目の任期満了目前となった1986年(昭和61年)、同年7月6日執行第38回衆議院議員総選挙に公明党公認で北海道1区から立候補(公示日となる同年6月21日付で公職選挙法の規定により参議院議員を退職(自動失職))、衆議院議員に鞍替え当選する。
八木 祐四郎(やぎ ゆうしろう、1929年8月21日 - 2… 八木 祐四郎(やぎ ゆうしろう、1929年8月21日 - 2001年9月9日)は、日本の実業家。 北海道枝幸郡中頓別村(現・中頓別町)出身。旧制旭川中学校(現北海道旭川東高等学校)、日本大学法学部法律科卒業。卒業後は国民生活金融公庫に勤務する傍ら、スキー指導に携わり、母校日本大学スキー部監督や全日本スキー連盟専務理事、全国ビルメンテナンス協会会長、日本オリンピック委員会会長を歴任した。
池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月2… 池端 清一(いけはた せいいち、1929年〈昭和4年〉8月20日 - 2007年〈平成19年〉2月28日)は、日本の政治家。 国土庁長官(第27代)兼研究・学園都市担当大臣兼土地対策担当大臣兼阪神・淡路復興対策担当大臣(村山改造内閣)、衆議院懲罰委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(7期)、社会民主党国会対策委員長(初代)などを歴任。 北海道室蘭市生まれ、釧路市出身。旧制釧路中学校、旧制弘前高校を経て、早稲田大学法学部卒業。大学卒業後は北海道日高支庁管内の学校教員に奉職し、北海道教職員組合の書記長も務めた。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧北海道4区から立候補し、初当選。
高秀 秀信(たかひで ひでのぶ、1929年(昭和4年)8月1… 高秀 秀信(たかひで ひでのぶ、1929年(昭和4年)8月18日 - 2002年(平成14年)8月29日)は、日本の政治家、官僚。従三位勲一等瑞宝章。 横浜市長(第25・26・27代)、全国市長会会長(第24代)、水資源開発公団総裁、建設事務次官を歴任。 北海道夕張郡夕張町(現:夕張市)出身。北海道立夕張中学校から北海道大学工学部土木工学科を卒業後、1952年に建設省に入省。建設事務次官を経て、1986年には水資源開発公団の総裁に就任した。 1990年2月15日、横浜市長の細郷道一が任期中に病死。細郷の死去に伴い4月8日に行われた市長選に、自民党幹事長在任中の小沢一郎や自民党の派閥で当時最大最強の経世会会長金丸信の後押しを受けて立候補。
正司 歌江(しょうじ うたえ、本名:平井歌江、1929年〈昭… 正司 歌江(しょうじ うたえ、本名:平井歌江、1929年〈昭和4年〉8月13日 - 2024年〈令和6年〉1月19日)は、日本の漫才師であり、漫才トリオ「かしまし娘」の長女である。 旅役者だった両親の巡業先・北海道歌志内市で生まれと多くの出版物などに記載されているが、2003年(平成15年)6月18日に北海道天塩郡遠別町で行われた、遠別町民大学第1講座で正司が講演した際のことが掲載された「広報えんべつ」平成15年7月号によると遠別町字歌越(うたこし)生まれとある。正司はこのことを知らなかったらしく地元住民から告げられた。3歳で初舞台を踏む。1941年(昭和16年)頃、妹の正司照枝と組んだ姉妹コンビは天才少女漫才と喝采をあびた。
菊池 幸雄(きくち ゆきお、1929年8月10日 - 201… 菊池 幸雄(きくち ゆきお、1929年8月10日 - 2017年4月29日)は、日本の国土交通技官、理学博士。気象庁長官を務めた。 北海道小樽市出身。1957年に北海道大学理学部を卒業し、同年に気象庁に入庁。1983年に名古屋気象台長、1984年7月に観測部長、1985年4月に予報部長を経て、1987年4月から1990年4月までに長官を務めた。 1999年11月に勲二等瑞宝章を受章。 2017年4月29日に多臓器不全のために死去。87歳没。
石上 善應(いしがみ ぜんのう、1929年8月8日 - 20… 石上 善應(いしがみ ぜんのう、1929年8月8日 - 2020年11月29日)は、日本の仏教学者。専門は印度哲学、仏教文化史。大正大学名誉教授、前淑徳短期大学学長、浄土宗僧侶。北海道小樽市生まれ。 1929年、北海道小樽市生まれ。1953年、大正大学仏教学部仏教学科卒業。1956年、同大学大学院文学研究科仏教学修士課程修了。芝中学校・高等学校講師を経て、1963年大正大学仏教学部助教授。1971年同教授。1993年同大学人間学部教授。2000年、大正大学名誉教授、浄土宗総合研究所所長、韓国東国大学校碩座教授。2002年淑徳短期大学学長(- 2014年)。2014年、淑徳大学教授、瑞宝中綬章受章。
猪瀬 慎一郎(いのせ しんいちろう、1929年8月5日 - … 猪瀬 慎一郎(いのせ しんいちろう、1929年8月5日 - 2006年8月23日)は、日本の裁判官、法学者。専門は少年法・少年司法制度。東京家庭裁判所所長、福岡高等裁判所長官、元東洋大学法学部教授などを歴任した。 最高裁判所家庭局付、札幌家庭・地方裁判所判事、司研刑裁教官、最高裁判所家庭局第三課長・第一課長、東京家庭裁判所判事・家事第6部総括判事、最高裁判所家庭局長、千葉家庭裁判所所長、東京高等裁判所第2民事部総括判事などを歴任。 退官後は東洋大学で教鞭を執り、少年法改正論議が活発化した1990年代後半から2000年代初頭にかけて、少年審判制度の実務的視点からの研究・提言を行った。 共編著『少年法のあらたな展開 理論・手続・処遇』(有斐閣、2001年、ISBN 4-641-04192-X) - 森田明、佐伯仁志と共編。
菅原 勝伴(すがわら かつとも、1929年(昭和4年)8月1… 菅原 勝伴(すがわら かつとも、1929年(昭和4年)8月1日 - 2021年12月26日)は、日本の法学者。専門は民法、特に道路交通法・農地法。北海学園大学名誉教授。北海学園大学法学部の草創期を支え、大和哲夫・松浦栄らと共に教員確保に尽力した一人。小林巳智次の弟子。ゼミ生に佐藤のりゆきなど。 このほか、北海道大学法学部、同農学部、小樽商科大学の非常勤講師も務めた。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
高木繁光(たかぎ しげみつ、1929年(昭和4年)7月23日… 高木繁光(たかぎ しげみつ、1929年(昭和4年)7月23日 - 2013年(平成25年)9月10日)は、日本の政治家。北海道議会議員(8期)、財団法人日本消防協会会長を務めた。 北海道豊平町(現・札幌市豊平区)出身。実家はリンゴ園。戦時中は陸軍少年飛行兵として父島におり、全機特攻命令を受けるが、終戦を迎え帰還した。 1947年(昭和22年)札幌商業学校卒業。家業に携わりながら北海短期大学に通い、1955年(昭和30年)北海学園大学経済学部卒業。大学時代は弁論部及び柔道部に所属。札幌市消防署に入署。その後、家庭裁判所調停委員などを経て、1975年自由民主党公認によって北海道議会議員に初当選。以後連続8期当選。
工藤 栄一(くどう えいいち、1929年7月17日 - 20… 工藤 栄一(くどう えいいち、1929年7月17日 - 2000年9月23日)は、日本の映画監督である。本名は同じ。北海道苫小牧市出身。 沼ノ端の商家に生まれ、8人兄弟の長男。弟にはニッセイバックステージ賞を受賞した舞台大道具背景制作者の工藤和夫、フィールドホッケーメキシコシティ五輪日本代表の工藤明朗、家業を継ぎ苫小牧で画家としても活動する工藤裕司がいる。 北海道庁立苫小牧中学校から慶應義塾大学予科を経て1952年、同大学法学部を卒業。同年4月、東映に入社。最初は本社の企画部を経て、1954年、京都撮影所に転属、同撮影所製作部助監督となる。 1959年9月、『富嶽秘帖』で監督に昇進。以後、時代劇黄金時代の東映で、数多くのチャンバラ活劇を手がけた。
本間 武男(ほんま たけお、1929年7月14日 - 200… 本間 武男(ほんま たけお、1929年7月14日 - 2006年11月24日)は、日本のイラストレーター、画家。北海道余市町出身 1929年(昭和4年)、北海道余市町に生まれる。 日本水彩画会の宮崎信義に師事。広告会社のイラストレーターとして活動したのち北海道を放浪。苫小牧市へ転居。 東京、銀座、日本橋、横浜各地で個展を開催。雪の北海道をテーマに全国各地で版画展を開催。 1981年(昭和56年)、故郷余市町へ油絵を贈呈、紺綬褒章を受章。 1982年(昭和57年)、新宿センタービル51階朝日生命ギャラリー、池袋西武、銀座松坂屋、札幌三越にてパステル画展開催。 1985年(昭和60年)、郵政省お年玉付き年賀はがき原画制作。
間宮 芳生(まみや みちお、1929年6月29日 - 202… 間宮 芳生(まみや みちお、1929年6月29日 - 2024年12月11日)は、日本の作曲家。 北海道旭川市生まれ、青森県青森市育ち。東京音楽学校(現:東京芸術大学)作曲科にて池内友次郎に師事するが、同校入学までは作曲もピアノも独学であった。 1953年、外山雄三、林光と共に『山羊の会』を結成する。 1970年代、谷川雁が創設したラボ教育センターの物語テープに音楽を提供。1981年「十代の会」の発起人の一人として同会創立に参加。 2024年12月11日、肺炎のため死去。95歳没。 ()内の人物は台本作者、作詩者、または献呈者。
菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 200… 菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 2007年12月15日)は、日本の歌人・文芸評論家・国文学者。北海学園大学名誉教授。戦後の前衛短歌運動を批評の立場から推し進めた。 北海道小樽市出身。旧制小樽中学(現北海道小樽潮陵高等学校)、1953年北海道大学文学部国文学科卒業、1958年同大学院文学研究科博士課程満期退学。1957年北海道苫小牧西高等学校教諭。1959年北海道札幌西高等学校教諭、1962年旭川工業高等専門学校助教授、1969年北海道工業大学助教授。1972年同教授、1977年北海学園大学教養部教授。1993年同人文学部教授。北海学園大学教養部長や、同学生部長、同附属図書館長、同人文学部長・大学院文学研究科長を歴任。
奥平 康弘(おくだいら やすひろ、1929年(昭和4年)5月… 奥平 康弘(おくだいら やすひろ、1929年(昭和4年)5月19日 - 2015年(平成27年)1月26日)は、日本の法学者(憲法〈表現の自由及びアメリカ合衆国憲法〉)。エッセイスト。東京大学名誉教授。 北海道函館市生まれ。鵜飼信成と宮澤俊義の弟子。法学界・法曹界に止まらず、広く影響力を有する法学者だった。九条の会の呼びかけ人の一人で、エッセイも多数執筆。日本ビデオ倫理協会評議員、自由人権協会評議員も務めた。 「学者」という呼称を敬遠し、大学を離れて以降、「憲法研究者」という肩書きを名乗ることが多かった。 奈良県医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件をうけて講談社が2007年に設置した第三者委員会である『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会の委員長を務めた。
高木 正明(たかぎ まさあき、1929年5月13日 - 20… 高木 正明(たかぎ まさあき、1929年5月13日 - 2006年1月4日)は、日本の政治家。参議院議員(3期)。 北海道札幌市出身。中央大学法学部中退。中川一郎秘書、北海道議会議員などを経て、1980年の第12回参議院議員通常選挙に北海道選挙区から自民党公認で出馬し、宏池会新人岩本政光と共に初当選。 1983年1月の中川一郎自殺事件では、検案書作りに絡んで「急性心筋こうそくの疑い」という嘘の検案書を病院に作らせた虚偽診断書作成教唆罪に問われ、虚偽診断書作成罪に問われた病院長と共に同年11月上旬に略式命令を受けて罰金刑が言い渡された。 1998年まで3期18年務めた(1998年も公認決定していたが出馬断念し、道議会の後輩で中川一郎の実弟であった中川義雄が出馬)。
柴田 拓二(しばた たくじ、1929年5月3日 - 2010… 柴田 拓二(しばた たくじ、1929年5月3日 - 2010年5月2日)は、日本の工学者。北海道大学名誉教授。元北海道工業大学学長。北海道小樽市出身。 この項目は、工学・技術に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:技術と産業)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
十亀 昭雄(そがめ あきお、1929年4月29日 - 201… 十亀 昭雄(そがめ あきお、1929年4月29日 - 2013年5月29日)は、日本の政治学者・行政学者。専門は、地方政治論・地方自治論。北海道教育大学名誉教授。北海道中川郡美深町出身。 このほか、公益社団法人北海道地方自治研究所理事長、札幌都市研究センター理事長、北海道総合開発委員会委員なども務めた。
中村 嘉人(なかむら よしひと、昭和4年(1929年)4月1… 中村 嘉人(なかむら よしひと、昭和4年(1929年)4月18日 - )は、日本の文筆家。 札幌市在住。道銀文化財団副理事長・堀江オルゴール博物館理事・札幌市民芸術祭実行委員会委員を歴任。 北海道函館市生まれ。旧制函館中学校(現、函館中部高等学校)、旧制弘前高等学校(現、弘前大学)を経て、大阪大学経済学部卒。教師、雑誌の編集者、会社経営者を経て文筆業。
岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月1… 岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月15日 - 2014年(平成26年)7月5日)は、日本の実業家、政治家。参議院議員(自民党)。 北海道札幌郡豊平町石山(現札幌市南区石山)生まれ。北海中学校を経て北海道大学工学部土木科を卒業した。学生時代からスキーの製作を手がけ、そのまま実業界へと入る。1960年(昭和35年)にタクシー業の東洋交通を設立した。父・政一の選挙活動を手伝ううちに、政界を志すようになる。北海道議会議員を2期務めたのち、1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙で自民党から立候補、初当選を果たし参議院議員を2期務めた。 1990年(平成2年)にクモ膜下出血で倒れた。
小松 錬平(こまつ れんぺい、1929年3月31日 - 20… 小松 錬平(こまつ れんぺい、1929年3月31日 - 2010年代前半)は、日本のジャーナリスト、元朝日新聞東京本社記者、元ニュースキャスター。故人。 北海道釧路市出身。1952年に東京大学農学部水産学科を卒業後、朝日新聞社へ入社。社会部・東京部・科学部各次長などを経て、1972年から編集委員。1974年『朝日新聞テレビ夕刊』の解説役でテレビ初出演。1976年4月から『ANNニュースレーダー』(NET→テレビ朝日)のキャスターを担当し、以後約10年間(途中、『ANNニュースファイナル』担当による中断時期あり)にわたってテレビ朝日の夕方の顔として活躍した。 1989年に朝日新聞社を退社。その後、神奈川新聞客員論説委員や日本鯨類研究所評議員を歴任。
北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2… 北原 義郎(きたはら よしろう、1929年3月11日 - 2022年6月3日)は、日本の俳優、声優である。本名は中野 義雄(なかの よしお)。 北海道室蘭市出身。オーティ企画、西村事務所に所属していた。 日本大学旧工学部(現・日本大学理工学部)卒業。 大学在学中に大映第4期ニューフェイスに合格。1953年『血闘』でデビュー。アクション作品『豹の眼』の主役など二枚目役で活躍した後、渋いバイプレイヤーに転向。実生活では山本富士子の恋人であった。 大映倒産後の1970年代からはテレビドラマに活躍の場を移し、時代劇の悪代官や刑事ドラマの悪徳社長や悪徳弁護士など、主に悪役を演じる。特に、卑屈で狭量な権力者役に持ち味を発揮した。
大塚 正徳(おおつか まさのり、1929年3月10日 - )… 大塚 正徳(おおつか まさのり、1929年3月10日 - )は、日本の薬理学者。医学博士。東京医科歯科大学名誉教授。 北海道札幌市生まれ。1953年、東京大学医学部医学科卒業。1959年、東京大学医学博士、「哺乳動物心臟のプルキニエ線維に対するアドレナリンの作用」。 母校の助手・助教授などを経て、1966年から東京医歯大教授。 神経伝達物質の研究で知られ、1964~1966年のハーバード大学留学中、γ-アミノ酪酸(GABA)が神経伝達物質として機能することを初めて証明した。また、1971~1983年には、脳内ペプチドの一種P物質が、神経伝達物質として機能することを明らかにした。 以上の業績により1974年ベルツ賞2等賞、1977年武田医学賞、1983年学士院賞を受賞。
西尾 長光(にしお ながみつ、1929年2月18日- 200… 西尾 長光(にしお ながみつ、1929年2月18日- 2004年3月24日 )は、日本の経営者。丸ヨ西尾社長を務め、セイコーマートの創立者でもある。 北海道札幌市出身。札幌北の誉酒造社長の西尾長平の長男として生まれる。ルーツは石川県金沢市。旧制中学校二年生まで札幌で過ごし、残りの二年は旭川中学校(現・北海道旭川東高等学校)に通った。 1952年に早稲田大学第一商学部を卒業し、同年に丸ヨ西尾商店に入社、常務に就任。1954年に専務に就任し、1960年には北の誉酒造専務に就任し、1977年12月に副社長を経て、1978年に社長に就任。1985年11月に会長に就任。2001年から2004年まで、第15代札幌商工会議所会頭。
廣谷 陸男(ひろや ろくお、1929年(昭和4年)2月13日… 廣谷 陸男(ひろや ろくお、1929年(昭和4年)2月13日 - 2016年(平成28年)1月22日)は、日本の弁護士で、小樽経済専門学校出身の数少ない生え抜き法曹の一人。 北海道古宇郡泊村(小樽市とも)出身。父敏蔵は小樽市議で、衆議院議員を務めた山本厚三は伯父。実家は倉庫業で、十人兄弟の六男だった。小樽市立稲穂小学校から旧制小樽中学校(現・北海道小樽潮陵高等学校)に進み、太平洋戦争中は室蘭の日本製鋼所で学徒動員を経験。陸軍士官学校の試験に合格するが、兄俊二が治安維持法で特高に逮捕されていたことから身元調査に引っかかった。 1949年小樽経済専門学校卒業。日興証券に入社するが、外国で武力衝突が起きるたびに株価が上がる世界に疑問を感じて退社し、1960年司法試験に合格(司法修習15期)。
新谷 昌明(あらや まさあき、1929年(昭和4年)2月3日… 新谷 昌明(あらや まさあき、1929年(昭和4年)2月3日 - 2017年(平成29年)7月17日)は、昭和から平成時代の政治家。北海道副知事、小樽市長。 北海道小樽市に生まれる。小樽中学(現・北海道小樽潮陵高等学校)、小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)を経て、1950年(昭和25年)慶應義塾大学経済学部を卒業。国家公務員試験に通ったものの結核を患い、5年間の浪人の末、1955年(昭和30年)北海道庁に奉職する。上川支庁税務課から出納局を経て、1962年(昭和37年)より商工観光部勤務となる。鉱政課長時代にオイルショックを経験したのを機にエネルギー問題を学び、道庁きってのエキスパートとなる。