高橋 和樹(たかはし かずき、1980年2月3日 - )は、… 高橋 和樹(たかはし かずき、1980年2月3日 - )は、日本のボッチャ選手。2020年東京パラリンピックボッチャBC3・ペア銀メダリスト。フォーバル所属。 埼玉県草加市出身。5歳のときに柔道を始める。草加市の清門小学校卒業後、中学は柔道の強豪校としても知られる足立学園に進学し、全国大会に出場するなど活躍を見せたが、高校2年生のときに試合で投げられた際、首の骨を折って頚椎損傷の大怪我を負い、鎖骨から下に麻痺を生じて車いす生活となった。 高橋は、「車いす生活ぐらいで可哀想だと思われたくない」との思いでパラリンピックへの出場を決意し、2013年に東京でのパラリンピック開催が決定した後、2014年からボッチャを始めた。
大橋 篤(おおはし あつし 1980年1月29日 - )は、… 大橋 篤(おおはし あつし 1980年1月29日 - )は、日本のプロレスラー兼レフェリー。リングネームはフランク篤(フランクあつし)。 デビュー前はバンドでギターを担当しており、その後スーパーで働いていたが、2005年に大日本プロレスへ入門。元々プロレスラーを希望して入門したものの、体が小さく、選手として入団させる事に難色を示した団体側の意向で、レフェリーとして入団させた経緯がある。10月15日・足立区立六ツ木小学校横グラウンド特設リング大会・谷口裕一 vs 豹魔戦でレフェリーデビュー。2006年8月28日・札幌テイセンホール大会では、負傷した李日韓に代わって、初めて蛍光灯デスマッチを裁いた。
任田 大泰(とうだ ひろやす、1980年1月13日 - )は… 任田 大泰(とうだ ひろやす、1980年1月13日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。 小学校1年生からアイスホッケーホッケーを始める。埼玉栄高等学校3年時にはアシスタントキャプテンを務め、1998年の第47回全国高等学校アイスホッケー競技選手権大会でチームは準優勝となった(南関東の高校としては初の決勝進出であった)。 進学した東洋大学では1年生の春からレギュラーとなり、4年時にはキャプテンを勤める。大学時代は数々の個人賞を受賞、チームでは3度大学日本一となった。大学卒業後は日本製紙クレインズに入団。6季プレーした。引退後は母校の東洋大学でコーチを7季務め、2015年現在は女子チーム釧路ベアーズのヘッドコーチ。
武村 八重子(たけむら やえこ、1980年1月11日 - )… 武村 八重子(たけむら やえこ、1980年1月11日 - )は、日本のピアニスト・作曲家 。 埼玉県所沢市出身。国立音楽大学附属音楽高等学校音楽科、国立音楽大学ピアノ科卒業。日本大学芸術学部大学院博士課程修了。 2000年ウィーン国立音楽大学夏期セミナーにてディプロマを取得した。 2005年、第21回ショパン国際フェスティバルにソリストとして出演した。 同年、シャネルジャパンでスタートした「シャネル・ピグマリオン・デイズ」の初代アーティストとして活動した。 2007年4月から2009年3月、インターネットラジオOTTAVAの番組『OTTAVA grazia』にプレゼンター(パーソナリティ)としてレギュラー出演した。
津久井智子(つくい ともこ、1980年 - )は、埼玉県出身… 津久井智子(つくい ともこ、1980年 - )は、埼玉県出身の消しゴムはんこ職人である。現在は熱海市在住。 1980年生まれ[要出典]。埼玉県富士見市出身[要出典]、静岡県熱海市在住。15歳の頃、中学校の授業中に消しゴムとカッターではんこを作りはじめる。和光大学人間関係学部卒業後[要出典]、2003年より、象夏堂(しょうかどう)の屋号で、イベント等でオーダーメイドの消しゴムはんこ製作・販売を開始する。 2005年の書籍出版をきっかけに、メディア出演やワークショップなどを通して、消しゴムはんこの楽しみ方や活用法を提案するようになり、専用インクやキットのプロデュース、イベントでのライブ製作など、消しゴムはんこの可能性を広げる活動を展開する。
小田 学(おだ まなぶ、1980年 - )は、日本の映画監督… 小田 学(おだ まなぶ、1980年 - )は、日本の映画監督。埼玉県熊谷市出身。 2014年、ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で『ネオ桃太郎』がジェムストーン賞を受賞、PFFスカラシップ(奨学制度)によって初の長編映画『サイモン&タダタカシ』が撮影され2018年3月に公開。父は四郎。 埼玉県熊谷市に生誕し、子供時代に映画に興味を示したということもなかった。高校に進学するも、堅苦しさに違和感を感じほどなく中退して、定時制に入学し、改造車で通学する同級生にも馴染めなかったが、その学生時代の後半に映画の世界に触れることとなった。 各地のリゾート地でアルバイトする中、静岡県の白浜大浜海水浴場の海の家で働いている時に、いかにもという感じでビーチパラソルの下で脚本を書く、自主映画を製作している男を発見し、その様になった姿に小田は心が惹かれた。
高橋 梨香(たかはし りか、1979年12月28日 - )は… 高橋 梨香(たかはし りか、1979年12月28日 - )は、埼玉県所沢市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会埼玉支部所属、ホームバンクは大宮競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第106期生。師匠は早川成矢(78期)。 小学校のときから水泳をはじめ、高校時代にはインターハイのメドレーリレーで2位入賞を果たした。大東文化大学に在学していた頃にトライアスロンに転向、卒業後はアラコ(後にトヨタ車体)に所属し実業団選手として活躍、海外でのレースにも参戦するなどした。だが、世界の壁は厚かっただけでなく日本選手権でも優勝することができず、トライアスロンへの熱は下がっていき、競技は引退。暫くは会社員として過ごしていたが、偶然に見かけたガールズケイリンのネット記事をきっかけに競輪選手を志した。
豊田 賢治(とよだ けんじ、1979年12月24日 - )は… 豊田 賢治(とよだ けんじ、1979年12月24日 - )は、埼玉県春日部市出身の元ハンドボール選手。ポジションは右サイド。180 cm、80 kg。左利き。血液型はB型。浦和学院高校 - 国士舘大学出身。愛称はケンもしくはトヨケン。 春日部市立中野中学校でハンドボールを始める。浦和学院高校では1年次からメンバー入りし、2年次の1996年、全国高校総体で準優勝。その後国士舘大学を経て、2001年、大崎電気へ加入。大崎電気では副主将を歴任。第29回(2004-2005)、第30回(2005-2006)、第32回(2007-2008)日本リーグベストセブンに選ばれた。2007年-2008年、北京五輪アジア予選・世界最終予選の日本代表に選ばれるなど日本代表でも活躍。
鉄塔(てっとう、 (1979-12-22) 1979年12月… 鉄塔(てっとう、 (1979-12-22) 1979年12月22日-)は、日本のゲーム実況者、文筆家。主に作家活動を行う際に用いられる名義「賽助(さいすけ)」についても記述する。 鉄塔は、GANYMEDE株式会社に所属するゲーム実況者。Youtubeにて、ゲーム実況動画や雑談動画などを投稿・配信している。 東京都出身、埼玉県さいたま市育ち。血液型はA型。高校時代は演劇部に所属、玉川大学でも演劇を専攻していた経歴がある。 鉄塔(送電鉄塔など)が好きであり、名前の由来にもなっている。 2010年以前よりニコニコ動画にて活動していた鉄塔は、ドンピシャ・ぺちゃんこの両名とCoDを通じて交流を深め、2011年1月5日にゲーム実況グループ「三人称」を結成。
上澤 貴憲(かみさわ たかのり、1979年12月4日 - )… 上澤 貴憲(かみさわ たかのり、1979年12月4日 - )は、埼玉県川越市出身のフットサル選手。ポジションはフィクソ。フットサル日本代表。 埼玉県川越市出身。小学4年時に高階イレブンズでサッカーを始めた。中学年代では川越市立高階西中学校サッカー部でプレーし、埼玉県中学選抜に選ばれた。中学時代に背番号7を付けたことがきっかけで、後の高西クラッシャーズ、大洋薬品BANFF、名古屋オーシャンズ、府中アスレティックでも7番を付けている。 サッカー推薦で狭山ヶ丘高等学校に進学してサッカー部に所属したが、2年時からは町クラブの三菱養和サッカークラブユースでプレーした。やはりサッカー推薦で城西大学に進学し、大学でもサッカー部に所属した。
山岸 靖代(やまぎし やすよ、1979年11月28日 - )… 山岸 靖代(やまぎし やすよ、1979年11月28日 - )は、埼玉県出身の元女子サッカー選手である。選手時代のポジションはディフェンダー。 芝小少年サッカークラブから埼玉栄高等学校を経て、L・リーグのプリマハムくノ一(現・伊賀FCくノ一三重)に入団。中心選手として活躍する。 なでしこジャパンではスーパーサブとしての起用が多いが、アテネオリンピック本戦では矢野喬子の負傷欠場により先発で起用されることが多かった。 2007年からINACレオネッサに移籍。かつて伊賀でともにプレーした原歩と再び同じチームでプレーした。2008年限りで引退。
内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )… 内山 高志(うちやま たかし、1979年11月10日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家。埼玉県春日部市出身。ワタナベボクシングジム所属。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者。 「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を持ち、日本におけるボクシング世界王者として歴代3位となる11回連続防衛の記録を保持した。入場曲はThree 6 Mafiaの「It's A Fight」。 長崎県の三人兄弟の次男として生まれ、幼少期に埼玉県春日部市に転居。小学校時代は内牧少年野球クラブで野球に親しみ、春日部市立春日部中学校時代にはサッカー部に所属。辰吉丈一郎や川島郭志などの影響を受け、ボクシングの強豪である花咲徳栄高校に進学し、ボクシングに転向した。
宇留野 純(うるの じゅん、1979年10月23日 - )は… 宇留野 純(うるの じゅん、1979年10月23日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 三菱養和U-15在籍時には同期の井手口純、三上卓哉と共にU-15高円宮杯で全国優勝。1995年に桐光学園高等学校へ進学し、井手口や1年先輩の中村俊輔、佐原秀樹と共に1996年度の全国選手権で準優勝。 1998年、プロ化移行を計る本田技研工業サッカー部に社員選手として 入団。しかし宇留野加入後間もなくして本田はJリーグ参加を断念した。長澤徹コーチとの個人練習が実を結び、2000年より主力の一角として台頭。安間貴義監督の下で自身のプレースタイルに磨きをかけた。 2005年初頭、精巣腫瘍と診断され、すぐに手術を受けた。
丸藤 正道(まるふじ なおみち、1979年9月26日 - )… 丸藤 正道(まるふじ なおみち、1979年9月26日 - )は、日本の男性プロレスラー。埼玉県北足立郡吹上町(現:鴻巣市)出身。プロレスリング・ノア所属で、2025年現在は同団体を運営するCyberFightの副社長も務める。血液型O型。 軽い身のこなしが特徴で、トップロープやコーナーポスト、エプロンサイドなどリング全体を活かした技を得意としている。ただし、アマチュア時代はレスリングの経験に加えスーパータイガージムに所属していた経験があり、関節技やグラウンドの技術についても高いものを持っている。過去に高山善廣がPRIDEへ参戦する際には、高山からの要請によりスパーリングパートナーを務めている。 プロレスラーとしての技術に対する評価は高く、他団体の多くのレスラーや関係者から賞賛されることが多い。
中津川 弦(なかつがわ げん、1979年9月19日 - )は… 中津川 弦(なかつがわ げん、1979年9月19日 - )は、日本のお笑い芸人。マセキ芸能社所属。漫才協会にも所属する。 埼玉県川越市出身。亜細亜大学では落語研究会の会長を務める。2003年5月に初舞台。2005年に師匠である鯉川のぼるの勧めで漫才協会に加入した。 2012年に結婚。結婚に際しては浅草東洋館で結婚報告演芸会が開催された。 ナイツ独演会や歌謡ショーの司会も担当する。 ダジャレや謎かけを取り入れた漫談を行う。
小笠原 恵子(おがさわら けいこ、女性、1979年9月16日… 小笠原 恵子(おがさわら けいこ、女性、1979年9月16日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県川越市出身。トクホン真闘ボクシングジム所属。階級はフライ級。 生まれつき耳が聞こえず、小中学校は普通学級だったものの、高校は聾学校に通っていた。 卒業後は、職を転々とした後、歯科技工士として勤務する傍ら、真闘ジムに入門しプロとなる。 2010年7月27日、村瀬生恵戦でデビュー。1回KO勝利を飾る。 9月22日、半谷美里と対戦して、2-0判定勝利。 2011年2月15日、塚下真理に1回TKO負け。 2013年3月19日、2年ぶりの試合として川口美里に1回TKO勝利で再起。
岩渕 有美(いわぶち ゆみ、1979年9月10日 - )は、… 岩渕 有美(いわぶち ゆみ、1979年9月10日 - )は、埼玉県出身の女子ソフトボール選手(外野手)・指導者。 星野女子高等学校卒業。1998年、日立高崎(当時)に入団。2004年、アテネオリンピックに出場し、銅メダルを獲得。同年、彩の国スポーツ功労賞を受賞。 2013年に現役引退して指導者に転じた。2014年、ルネサスエレクトロニクス高崎(当時)のコーチに就任。2015年・2016年はビックカメラ高崎のヘッドコーチを務めた。 2017年、ビックカメラ高崎ビークイーンの監督に就任。 2026年、宇津木麗華の監督就任に伴い、チームディレクター兼コーチとなる。
稲松 三郎(いねまつ さぶろう、1979年9月6日 - )は… 稲松 三郎(いねまつ さぶろう、1979年9月6日 - )は、日本の元プロレスラー。
橋本 芙美(はしもと ふみ、1979年8月30日 - )は、… 橋本 芙美(はしもと ふみ、1979年8月30日 - )は、日本のテレビドラマ・映画プロデューサー。埼玉県出身。共同テレビジョン(共テレ)所属。 埼玉県立浦和西高等学校卒業。津田塾大学学芸学部英文学科卒業後、2002年4月に共同テレビに入社。数年間、アシスタント・プロデューサーとして経験を積み、2005年、金曜エンタテイメント枠で放送された『空中ブランコ』で初プロデュース。その後2006年から2年間、映画製作部へ異動し、『チェスト!』などの制作に関わる。2008年からはドラマ部・映画製作部兼任プロデューサー。配偶者は映画監督の羽住英一郎。 単独プロデュースした『絶対彼氏〜完全無欠の恋人ロボット〜』で第10回ヤング映像クリエーターを励ます賞・優秀賞、『メイちゃんの執事』でザテレビジョンドラマアカデミー賞・作品賞、『フリーター、家を買う。
青柳 直樹(あおやぎ なおき、1979年8月22日 - )は… 青柳 直樹(あおやぎ なおき、1979年8月22日 - )は、日本の実業家。newmo株式会社 代表取締役CEO。 東京都港区出身。慶應義塾志木高等学校卒業、2002年慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ドイツ銀行勤務を経て、2006年6月グリー入社。
堀 大器(ほり たいき、1979年(昭和54年)7月31日 … 堀 大器(ほり たいき、1979年(昭和54年)7月31日 - )は、プロのテニスコーチ。全米プロテニス協会認定Proffessional。 178cm、72kg、血液型はA型。 南米生まれの日本育ち、大学進学のため渡米。卒業後帰国し、TOPプロ選手から海外ツアーに帯同依頼がくるなど[要出典]、アメリカでの経験を生かした活動をおこなっている。英語やスペイン語に堪能である。 プレースタイルは右利き、得意なショットはサーブ&ボレー。使用ラケットはSrixon。 父親は元々体操選手、母親は理学療法士。当時父親が体操協会の仕事をしており、オリンピックの強化選手を育てるためにコーチとして家族で南米コロンビアに派遣されている時に生まれる。
平沼 豊(ひらぬま ゆたか、1979年7月31日 - )は、… 平沼 豊(ひらぬま ゆたか、1979年7月31日 - )は、日本の脚本家・映画監督。 元株式会社エム・エーフィールド所属作家。現在はフリーで活動。埼玉県出身。 コロラド大学卒業後、国際ボランティア団体UP with Peopleに参加。帰国後は井筒和幸主宰の演劇ワークショップに参加するなど、本格的にエンターテイメント業界に参入。ドラマや映画などの脚本やディレクションを手掛けた。現在は映像クリエイターとしても活動の場を広げている。2024年に自身が発達障害ADHDの診断を受けていることを公表。精神障害を持つクリエイター支援の活動も展開している。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
青葉 幸洋(あおば ゆきひろ、1979年7月26日 - )は… 青葉 幸洋(あおば ゆきひろ、1979年7月26日 - )は、埼玉県東松山市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。
阿見 201(あみ にいまるいち、本名:阿見 靖士(あみ や… 阿見 201(あみ にいまるいち、本名:阿見 靖士(あみ やすし)、1979年7月22日 - )は、日本の俳優、元お笑い芸人。埼玉県久喜市出身。浅井企画所属。 2004年から2014年までお笑いコンビ「デコボコ団」として活動していたが解散し、肩書きが俳優に変わる。 コンビでの出演歴についてはデコボコ団を参照。
新井 啓文(あらい けいぶん、1979年7月20日 - )は… 新井 啓文(あらい けいぶん、1979年7月20日 - )は、日本の競技麻雀団体・最高位戦日本プロ麻雀協会に所属するプロ雀士である。本名は新井 啓文(あらい ひろふみ)。埼玉県熊谷市出身。 打点を重視した雀風で、所属団体では第38期の最高位を戴冠している。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、青山学院大学卒業。2001年に最高位戦日本プロ麻雀協会の第26期後期会員として入会し、プロ雀士となった。その翌年に開催された第10期の發王戦では準優勝の成績を残す。そこからしばらく結果を残すことが出来ずにいたが、最高位戦リーグでは2008年にB1リーグへ昇級、2012年には自身初めてとなる最上位のAリーグへの昇級を決める。
ニクまろ(にくまろ、1979年7月17日 - )は、埼玉県出… ニクまろ(にくまろ、1979年7月17日 - )は、埼玉県出身の俳優である。JFCT所属。 特技はダンス、正伝空手2段、卓球。 埼玉県戸田市出身。身長170cm。 自身の性格について「根暗なポジティブシンキング」と話している。家にいる時間が好きで、趣味は観葉植物と、手芸。 実家が空手道場で、父親が師範。産まれてきて気付いたら道着を着ていたと言う。 手先が器用なようで、学生の時の得意科目は、もっぱら図画工作、美術、家庭科。展覧会にはよく作品を出展されていたほど。 中学校では、当時流行っていた漫画スラムダンクに憧れてバスケ部に入部したかったが、父に「チームプレイは向いていない」と言われ、姉も所属していた卓球部に入部。
板橋 裕也(いたばし ゆうや、1979年7月16日 - )は… 板橋 裕也(いたばし ゆうや、1979年7月16日 - )は、埼玉県川越市出身の元サッカー選手。元U-17日本代表。 前橋育英高校時代には、U-17日本代表としてU-17世界選手権で2試合に出場。3年時には第75回全国高校サッカー選手権大会でベスト8入りし、大会優秀選手に選ばれた。大会優秀選手には中村俊輔、小笠原満男、遠藤保仁、村井智晃(桐光学園-東京農業大学-ホンダルミノッソ狭山)がいる。 国士舘大学に進学し、2年時には関東大学リーグで4得点を挙げ得点ランキング3位に入る。卒業後はJFLの栃木SCに入団し、3年間在籍した。 2008年、ホンダルミノッソ狭山FCを退団し引退。引退後は埼玉県のNPO法人でサッカースクールのコーチを務める。
コタニキンヤ.(1979年7月16日 - )は、日本の歌手。… コタニキンヤ.(1979年7月16日 - )は、日本の歌手。埼玉県出身。旧芸名コタニキンヤ、キンヤ。所属レーベルはダーウィンレコード。 1998年、浅倉大介と伊藤賢一のユニットMad Soldiersプロデュースにより音楽活動を開始。1999年7月、アンティノスレコードよりOVA「グラビテーション」内のバンドBAD LUCK名義でシングル「Spicy Marmalade」をリリース。同年10月、MC-K2名義でアルバム「Mad soldiers'LABORATORY」をリリース。本人名義での正式なデビューの権利を獲得するべくViewsic(現MUSIC ON! TV)で放送された「キンヤがゆく!」にてラジ語り(ラジカセを使用した歌唱)を敢行し、番組内でMad Soldiersから与えられた指令を達成したことで、2000年1月にコタニキンヤとしてシングル「高熱BLOOD」でデビューを果たした。
四代目 山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう、1979年… 四代目 山遊亭 金太郎(さんゆうてい きんたろう、1979年7月8日 - )は、落語芸術協会所属の落語家。本名∶藤田 賢治。 1979年、埼玉県に生まれる。父親は画家。埼玉県立川越南高等学校を経て、2004年に東京造形大学研究課程を卒業する。卒業後は樹脂会社に勤務し、2007年に退社。 2007年6月に二代目快楽亭ブラックに入門、9月に「快楽亭正日(ジョンイル)」と命名される。2008年9月に「ブラ淋」に改名。2009年8月にブラック門下を離れる。 2009年9月、三代目山遊亭金太郎に再入門する。前座名「くま八」。 2013年10月10日、二ツ目昇進。2019年9月17日に師匠・三代目金太郎が死去し、金太郎の兄弟子桂南なん門下に移籍。
栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼… 栗原 美幸(くりはら みゆき、1979年7月4日 - )は埼玉県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長は160cm。得意技は払腰。 柔道は10歳の時に始めた。埼玉栄高校2年の時にインターハイの団体戦準決勝で湊川女子高校と対戦すると、古賀幸恵に大外刈で敗れて3位にとどまった。高校選手権の72kg級では3位になった。 1998年にはコマツの所属となると、全日本ジュニアの78kg級で3位になった。2000年の全日本選手権では予想外の活躍で準決勝まで進むも、埼玉大学3年の古賀幸恵に内股で敗れたが3位入賞を果たした。実業個人選手権では決勝で住友海上の吉田亜沙美に敗れた。アメリカ国際の78kg級では2位だったが、無差別では優勝を飾った。
酒井 友之(さかい ともゆき、1979年6月29日 - )は… 酒井 友之(さかい ともゆき、1979年6月29日 - )は、埼玉県三郷市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ、右サイドハーフ)。元日本代表。 埼玉県三郷市で生まれ、小学2年生のときに東京都練馬区に転居。小学1年生のときにサッカーを始め、中学年代からはジェフユナイテッド市原のアカデミーに所属。1997年5月3日のJリーグ第6節清水エスパルス戦にてJリーグ初出場、同年5月7日のサンフレッチェ広島戦で初ゴールを記録。同年は高校生ながら18試合に出場して2ゴールの成績を残す。 2000年まで在籍した市原では毎年のように残留争いに巻き込まれ、より上位のチームでプレーしたいという希望から2001年に名古屋グランパスエイトに移籍。
中山 美香(なかやま みか、1979年6月20日 - )は、… 中山 美香(なかやま みか、1979年6月20日 - )は、日本のフリーアナウンサー。セント・フォース所属。埼玉県出身。武南高等学校、武蔵大学人文学部欧米文学科フランス文化専攻卒業。身長165cm。血液型B型。 武南高校在学中、TBSの『サンデーモーニング』でリポーターを務めていたことがある。 武蔵大学卒業後、2001年4月にテレビ愛知に入社。同局在籍中は地上デジタル放送推進大使を務めていた。2006年9月にテレビ愛知を退社し、セント・フォースに所属した。 私生活では2008年に結婚したが、2010年に離婚した[要出典]。その後の2013年1月3日、入籍したことを自身のブログで公表した。 2020年9月25日、不妊治療を経て41歳にして第1子を妊娠したことを発表した。
三ツ木 麻喜(みつぎ まき、1979年5月28日 - )は、… 三ツ木 麻喜(みつぎ まき、1979年5月28日 - )は、ボイスワークス所属のフリーアナウンサー。元静岡朝日テレビアナウンサー。 埼玉県狭山市出身。身長163cm。 武蔵野女子学院中学・高校卒業後、学習院女子大学国際文化交流学部日本文化学科へ進学。 在学中の1998年には「ミス学習院女子大」のグランプリに選ばれたほか、1999年頃スターダストプロモーションに所属し、タレントとしてCMなどに出演歴がある。 大学卒業後の2004年に静岡朝日テレビ入社。同局では地上デジタル放送推進大使や夕方の情報ワイドのMCアシスタント、CMナレーションなどを務め活躍。 2009年12月をもって、『とびっきり!しずおか』を卒業し、静岡朝日テレビを退社。
阿部 よしつぐ(あべ よしつぐ、1979年5月17日 - )… 阿部 よしつぐ(あべ よしつぐ、1979年5月17日 - )は、日本の俳優。
伊吹 雅也(いぶき まさや、1979年5月17日 - )は、… 伊吹 雅也(いぶき まさや、1979年5月17日 - )は、日本のフリーランスのライター・競馬評論家である。 競馬ライター(競馬評論家)としてJRAホームページ・TCKホームページほか各種メディアで執筆活動をしている。ニコニコ動画の公式チャンネル「競馬王チャンネル」の『リアル競馬王』MCをつとめる。 埼玉県桶川市出身で、現在も桶川市に在住している。早稲田大学第一文学部卒業。 予想では馬券における騎手の重要性に注目している。 最高配当2億円(当時)という5重勝単勝式の新馬券、いわゆるWIN5がスタートしたときに予想理論を構築したとされている。
青木 淳悟(あおき じゅんご、1979年5月9日 - )は、… 青木 淳悟(あおき じゅんご、1979年5月9日 - )は、日本の小説家。埼玉県狭山市出身。早稲田大学第二文学部表現・芸術系専修卒業。 早稲田大学在学中の2003年、「四十日と四十夜のメルヘン」で第35回新潮新人賞を受賞しデビュー。2005年、「クレーターのほとりで」が第18回三島由紀夫賞候補。同年に上記2作を収めた作品集『四十日と四十夜のメルヘン』で第27回野間文芸新人賞受賞。2009年、『このあいだ東京でね』で第22回三島由紀夫賞候補。2012年、『わたしのいない高校』で第25回三島由紀夫賞受賞。 デビュー作「四十日と四十夜のメルヘン」は時間軸が円環構造になっている複雑な構成で、選考委員の保坂和志が「これはピンチョンなんだ。
千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、… 千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門はハードル走で、400mハードルの自己ベストは日本歴代8位の48秒65、300mハードルでは35秒54のアジア最高記録保持者。現在は城西大学経営情報学部の助教授で、同大学陸上部の監督を務める。妻は400mハードル日本記録保持者の久保倉里美。 埼玉栄高校時代にインターハイの400mハードルで準決勝まで進出。 順天堂大学の4年時に、関東インカレの400mハードルで日本歴代5位(当時)の記録となる48秒65をマーク。 大学卒業後は富士通に入社。 2006年、大阪グランプリの400mハードルでセカンドベスト及び5年ぶりの48秒台となる48秒83をマーク。
酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、… 酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。 大宮東高では2年夏の県大会準優勝も控え。専修大学に進学。2年春までの3季は1部で、東都大学1部リーグ通算16試合に登板、4勝6敗、防御率3.07、40奪三振を記録。4年時はエースで主将を務めて春秋優勝、秋は最優秀投手となり入替戦も初戦は完封勝利するがチームは2連敗。2部では通算20勝。1年下に江草仁貴がいた。卒業後は、いすゞ自動車に入社。 2002年には、いすゞ自動車入社1年目に第73回都市対抗野球大会で優勝に貢献し、若獅子賞を獲得。いすゞ自動車は同年限りでの活動休止が決まっており、この年のオフにドラフト7巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。
渡辺 哲也(わたなべ てつや、1979年4月13日 - )は… 渡辺 哲也(わたなべ てつや、1979年4月13日 - )は、埼玉県出身の日本の元ラグビー選手。 法政大学第一中学時代からラグビーを始め、大学、社会人(トヨタ)で活躍。ラグビー日本代表として、2002年10月13日の韓国【第14回アジア競技会・第4回日韓定期戦】に13番センターとして元木由記雄とのコンビで出場。7人制日本代表(2002年)でもキャップを取得している。2006年に現役を引退。 その他代表歴は、学生日本代表(2001年)、日本A代表(2001年)。 高校時代は高校日本代表候補。 中学3年時に東京都大会優勝を経験。大学時代の全国大学ラグビーフットボール選手権大会では、2000年度に準優勝、2001年度にベスト4を経験。
曲山 英里(きょくやま えり、1979年4月12日 - )は… 曲山 英里(きょくやま えり、1979年4月12日 - )は、日本の元ファッションモデル、元女優。埼玉県出身・元アガペー所属。旧芸名は曲山 えり。 かつてはオスカープロモーションに所属していた。
田島 葉子(たじま ようこ、1979年3月28日 - )は、… 田島 葉子(たじま ようこ、1979年3月28日 - )は、日本のフリーアナウンサー。現姓は新井。 埼玉県桶川市出身。淑徳与野高等学校を卒業後、成蹊大学文学部英米文学科に進学する。在学時は、東京アナウンスセミナーに在校し、アナウンスセミナーを受講した。フリーアナウンサーの高島彩と大学の同級生である。2001年(平成13年)3月の大学卒業後にテレビ金沢に入社した。 2003年に日本テレビで放送された『春は女子アナ!ニュースの女王決定戦』では、昆虫館での泣きながらの必死のリポートを、井筒和幸に評価され、ベストキャスター賞を受賞した。 また、テレビ金沢 社長即賞も受賞した。 2005年に退社し、フリーアナウンサーとして、活動の拠点を東京に移し、テレビ埼玉の浦和レッズ応援番組『REDS TV GGR』『REDS NAVI』のMCやJリーグ中継ピッチリポート、『ごごたま』のスポーツコーナーなどを担当した。
久保田 祐司(くぼた ゆうじ、1979年3月23日 - )は… 久保田 祐司(くぼた ゆうじ、1979年3月23日 - )は、日本の津軽三味線奏者。埼玉県春日部市出身。 1979年 埼玉県春日部市に生まれる。 1986年 7歳で津軽三味線と出会い、同年に佐々木光儀流日本民謡三弦の門下生となる。 1992年 津軽三味線全国大会優勝。 1994年 中学校を卒業後、芸道との両立のため堀越高等学校芸能活動コースへ入学。 7歳の時にテレビの演歌番組で初めて聴いた津軽三味線の音に衝撃を受け、演奏家の道を志す。同年に佐々木光儀流日本民謡三弦入門。 14歳で津軽三味線全国大会優勝歴を持ち、NYカーネギーホールなど国内外で様々なジャンルとのセッション経験を積む。 “日本人にしか作ることのできないダンスミュージックを世界に”を追求し創作を続けている。
榎本 達也(えのもと たつや、1979年3月16日 - )は… 榎本 達也(えのもと たつや、1979年3月16日 - )は、東京都練馬区生まれ、埼玉県蕨市育ちの元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー(GK)。 兄の影響で 小学校1年生(6歳)時にサッカーを始める。1996年に埼玉県選抜として国体に出場し、大型GKとして注目を集めた。 浦和学院高等学校卒業後の1997年、横浜マリノスに入団。1998年、U-19日本代表において櫛野亮、曽ヶ端準との定位置争いを制しAFCユース選手権で準優勝。翌年開催のワールドユース出場権を勝ち取ったが、U-20日本代表正GKには南雄太が据えられたため、出場機会を得られずに終わった。 2000年8月5日、J1・2nd第8節鹿島戦で負傷した正GK川口能活に代わって リーグ戦初出場。
Taku Goto(1979年3月16日 - )は、日本の、… Taku Goto(1979年3月16日 - )は、日本の、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。埼玉県川越市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:芸能人)。
那須 洋子(なす ひろこ、1979年3月3日 -)は、フリー… 那須 洋子(なす ひろこ、1979年3月3日 -)は、フリーアナウンサー、静岡第一テレビ(SDT)の元アナウンサー。
森田 剛(もりた ごう、1979年〈昭和54年〉2月20日-… 森田 剛(もりた ごう、1979年〈昭和54年〉2月20日- )は、日本の俳優、タレント、元歌手。男性アイドルグループ・V6、Coming Century(カミセン)の元メンバー。MOSS所属。 埼玉県春日部市出身。妻は女優の宮沢りえ。 1993年に14歳でジャニーズ事務所に入所し、同じジャニーズJr.の三宅健と共に「剛健コンビ」と呼ばれ人気を博す。 1995年11月1日、V6のメンバーとして「MUSIC FOR THE PEOPLE」でCDデビュー。V6の年少組ユニットComing Centuryでの活動も開始する。 1996年、藤子不二雄A原作のドラマ『シャドウ商会変奇郎』に主演。 1997年、NHK大河ドラマ『毛利元就』で主役の少年期(松寿丸)・青年期を演じる。
森 義隆(もり よしたか、1979年2月15日 - )は、日… 森 義隆(もり よしたか、1979年2月15日 - )は、日本の映画監督。埼玉県所沢市出身。株式会社フィルムランド所属。
金剛 弘樹(こんごう ひろき、1979年2月12日 - )は… 金剛 弘樹(こんごう ひろき、1979年2月12日 - )は、埼玉県入間市出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。現在は立正大学硬式野球部で監督を務めている。 帝京高では、1995年夏の第77回全国高等学校野球選手権大会優勝も含めて3度出場。ただし控え投手のため試合出場は2試合で、途中から外野守備に就いたのみで登板機会はなかった。 立正大学に進学し、東都大学野球に加盟する同校野球部に入部すると150km/hをマークして一躍スカウトから注目されたが、2年生の時に右肘を故障して手術するなど戦列を離れると以降は救援に回ってプロ入りの機会を逃す。大学では3学年上に広田庄司がいて武田勝、吉見宏明と同期であった。
春日 俊彰(かすが としあき、1979年〈昭和54年〉2月9… 春日 俊彰(かすが としあき、1979年〈昭和54年〉2月9日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、俳優、ボディビルダー、アスリート。お笑いコンビ・オードリーのボケ(ツッコミに回ることもある)担当。相方は若林正恭。埼玉県所沢市出身。ケイダッシュステージ所属。フィンスイミング元日本代表。既婚。 中学時代のあだ名は「モアイ」で、水泳部に所属していた。 元々テレビ業界志望でプロデューサーを志していたが、現在の相方である若林から誘われて芸人の道を歩みだす。 自他共に認める「妹思い」。妹の結婚式に参列した際には、花嫁姿を見た瞬間感極まって号泣したらしく妹から春日へのメッセージの際は周りから泣いていることを悟られないよう、ずっと上を向いて誤魔化していた。
剣武 輝希(つるぎだけ てるき、1979年2月7日 - )は… 剣武 輝希(つるぎだけ てるき、1979年2月7日 - )は、埼玉県秩父郡小鹿野町出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)に所属した元大相撲力士。本名は宮本 一輝(みやもと かずてる)。身長181cm、体重168kg。最高位は西前頭16枚目(2011年11月場所)。得意技は突き・押し、血液型はB型。 小鹿野町で温泉旅館「宮本家」を経営する一家の長男として生まれる。埼玉県立秩父農工高等学校から教員志向の強い日本体育大学を経て角界入り。日体大を卒業しての角界入りは史上初めてだった。大学時代の同期には同部屋となる垣添(現・雷)がいる。同じ場所で初土俵を踏んだ力士に後の横綱・白鵬や幕内・猛虎浪がいる(ちなみに両者とも対戦経験は無い)。