田中 聖也(たなか まさや、1970年〈昭和45年〉5月15… 田中 聖也(たなか まさや、1970年〈昭和45年〉5月15日 - )は、日本の自治・総務官僚。 埼玉県上尾市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1993年(平成5年)、東京大学法学部を卒業。同年4月、自治省に入省。入省後、熊本県に赴任し、地方課や財政課に配属。 その後、自治省大臣官房総務課主査などを務め、国会連絡業務を担当。外部監査制度導入を目的とした地方自治法改正案の立案に携わった。その後、在ジョルダン日本国大使館二等書記官、総務省大臣官房秘書課課長補佐を経て、消防庁予防課課長補佐に就任。歌舞伎町ビル火災を踏まえ、点検制度や両罰規定の導入、命令違反者への罰金を最大1億円に引き上げることなどを柱とした消防法改正案の立案を担当した。
緒方 健太郎(おがた けんたろう、1969年〈昭和44年〉8… 緒方 健太郎(おがた けんたろう、1969年〈昭和44年〉8月27日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。 埼玉県与野市(現在のさいたま市中央区)出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1992年(平成4年)3月に東京大学法学部を卒業した。国家公務員採用Ⅰ種試験(法律)に合格し、同年4月に大蔵省に入省した。 国際通貨基金審議役、財務省国際局開発機関課開発企画官、主税局参事官付主税企画官、主税局参事官付国際租税総合調整官、国際局為替市場課長、国際機構課長、総務課長、大臣官房参事官(副財務官、大臣官房・国際局担当)、大臣官房参事官(副財務官、国際局担当)、大臣官房審議官(国際局担当)、国際局次長などを歴任した。
杉内 由美子(すぎうち ゆみこ、1969年 - )は、日本の… 杉内 由美子(すぎうち ゆみこ、1969年 - )は、日本の警察官僚。 1969年、埼玉県さいたま市出身。1993年、東京大学農学部を卒業し警察庁に入庁。静岡県警察本部交通部交通規制課長、警視庁交通部都市交通対策課管理官、国家公安委員会会務官付補佐官、警察庁長官官房総務課課長補佐、警察庁交通局交通指導課理事官、警察庁生活安全局少年課児童ポルノ対策官を歴任。 愛媛県警察本部警務部長、大阪府警察初の女性部長として大阪府警察本部生活安全部長(この時、警視長昇任)、経済産業省製造産業局化学兵器・麻薬原料等規制対策室長、埼玉県警察本部警務部長などを経て、警察庁生活安全局生活経済対策管理官。 2019年8月20日、佐賀県警察本部長。
大村 真一(おおむら しんいち、1968年〈昭和43年〉9月… 大村 真一(おおむら しんいち、1968年〈昭和43年〉9月25日 - )は、日本の郵政・総務官僚。 埼玉県さいたま市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1992年(平成4年)、東京大学法学部を卒業。同年4月、郵政省に入省。 入省後、郵政研究所で勤務し、電気通信産業の産業関連分析、通話トラフィックの分析、電気通信の設備投資に関する計量分析に携わった。その後、郵務局国際課国際制度係長、厚生省健康政策局医事課企画法令係長、簡易保険局資金運用課運用制度係長、電気通信局電気通信事業部業務課課長補佐、同課電気通信利用環境整備室課長補佐、総合通信基盤局電気通信事業部料金サービス課電気通信利用環境整備室課長補佐、郵政企画管理局総合企画課課長補佐、総合通信基盤局電気通信事業部消費者行政課企画官、情報通信国際戦略局国際戦略企画官などを歴任。
内山 博之(うちやま ひろゆき、1968年〈昭和43年〉1月… 内山 博之(うちやま ひろゆき、1968年〈昭和43年〉1月12日)は、日本の厚生・厚生労働官僚。 埼玉県さいたま市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1991年(平成3年)東京大学法学部を卒業し、厚生省入省。 入省後、主に年金・福祉分野などに携わり、大臣官房総務課企画官、年金局企業年金国民年金基金課長、社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課長、同部企画課長、内閣府地方創生推進事務局参事官、年金局総務課長、内閣官房副長官補付内閣審議官、デジタル庁国民向けサービスグループ次長などを歴任。 2023年(令和5年)7月4日、厚生労働省大臣官房医薬産業振興・医療情報審議官に就任。医薬品の安定供給や、創薬力の強化、医療DXに取り組んだ。
阿久澤孝(あくざわ たかし、1967年8月14日 - )は、… 阿久澤孝(あくざわ たかし、1967年8月14日 - )は、日本の財務官僚。財務省大臣官房審議官(主税局担当)、内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当)兼内閣府規制改革推進室次長兼内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)兼内閣官房新しい資本主義実現本部事務局次長を経て、内閣府政策統括官(経済社会システム担当)。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校から東京大学理科二類(教養学部)に入学。理系であったが、3年次からの専門課程では、教養学部(後期課程)教養学科国際関係論コースへ進学した。東大在学中に国家公務員一種試験(経済区分)を合格。東大を卒業後、1991年に大蔵省に入省。主計局総務課企画係に配属。
内田 欽也(うちだ よしなり、1967年〈昭和42年〉5月3… 内田 欽也(うちだ よしなり、1967年〈昭和42年〉5月3日 - )は、日本の建設・国土交通官僚。 埼玉県所沢市出身。海城高等学校を経て、1990年(平成2年)、東京大学法学部を卒業。同年建設省に入省。入省後、都市計画などに携わり、歴史まちづくり法の策定や都市緑地法の改正、立地適正化計画などを担当し、小田原市都市部長、総合政策局国土環境・調整課環境調整官、都市・地域整備局都市計画課都市計画企画調整官、同局総務課企画官、同局建設市場整備課労働資材対策官、国土交通大臣秘書官事務取扱などを歴任。 2013年(平成25年)4月1日、宮崎県副知事に就任。国との連絡調整のほか、環境森林、商工観光労働、農政水産の分野を担当した。
前島 明成(まえじま あきなり、1967年〈昭和42年〉3月… 前島 明成(まえじま あきなり、1967年〈昭和42年〉3月28日 - )は、日本の農林水産官僚。 埼玉県越谷市生まれ。父は出雲市出身、母親は浜田市出身であることから、夏休みにはよく島根県を訪れていた。その後、東京学芸大学附属高等学校を経て、1990年(平成2年)3月、東京大学法学部を卒業。同年4月、農林水産省に入省(Ⅰ種・法律) 。入省後、秋田県秋田市の農家に泊まり込みで1ヶ月間研修を受け、その経験から復興庁に出向した際には岩手県や福島県の沿岸被災地を幾度と訪問した。その後、総合食料局総務課調査官、農林水産省大臣官房企画評価課調査官、農村振興局整備部農地整備課経営体育成基盤整備推進室長、同局整備部農地資源課経営体育成基盤整備推進室長、総合食料局食糧部計画課需給調整対策室長、農村振興局農村政策部都市農村交流課都市農業室長、農林水産省大臣官房政策課調査官、復興庁統括官付参事官、農村振興局農村政策部農村計画課長、同局総務課長、農林水産省大臣官房秘書課長などを歴任。
朝川 知昭(あさかわ ともあき、1967年〈昭和42年〉3月… 朝川 知昭(あさかわ ともあき、1967年〈昭和42年〉3月5日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 埼玉県さいたま市出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1990年(平成2年)、東京大学法学部を卒業し、厚生省に入省。入省後、老健局振興課長、雇用均等・児童家庭局保育課長、社会・援護局障害保健福祉部企画課長、同局総務課長、厚生労働省参事官(総合政策統括担当)、同政策統括官付政策統括室副室長、同政策統括官付社会保障担当参事官室長、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、同社会保障改革担当室参事官、同東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局参事官、同一億総活躍推進室参事官、同人生100年時代構想推進室参事官、内閣府地方創生推進事務局参事官などを歴任。
舟山 康江(ふなやま やすえ、1966年5月26日 - )は… 舟山 康江(ふなやま やすえ、1966年5月26日 - )は、日本の政治家、農林官僚。国民民主党所属の参議院議員(3期)、国民民主党参議院議員会長・両院議員総会長・山形県総支部連合会会長。参議院こども・子育て・若者活躍特別委員長。 農林水産大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、国民民主党政務調査会長、旧国民民主党参議院国会対策委員長、みどりの風共同代表、同政策調査会長、民主党副幹事長、参議院消費者問題に関する特別委員長などを歴任した。 埼玉県越谷市生まれ。旧姓は別府。1985年3月、埼玉県立浦和第一女子高等学校卒業。1年浪人したのち北海道大学に入学。学生時代は勉学より合気道に打ち込んだという。
山口 祥義(やまぐち よしのり、1965年〈昭和40年〉7月… 山口 祥義(やまぐち よしのり、1965年〈昭和40年〉7月1日 - )は、日本の政治家、総務官僚。佐賀県知事(公選第18・19・20代)。無所属。 佐賀県出身の両親をもち、父親の転勤により埼玉県で幼少期を過ごす(本籍地は佐賀県杵島郡白石町)。父は航空自衛官であり、山口が生まれた当時は航空自衛隊入間基地に勤務していた。ラ・サール高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、東京大学法学部卒業 。同年4月、自治省(現:総務省)に入省。 自治省では本省勤務の他、秋田県、鳥取県、消防庁、内閣官房、長崎県への出向も経験した。2011年(平成23年)より総務省地域力創造グループ過疎対策室長。同年10月、東京大学大学院総合文化研究科客員教授に着任。
三上 明輝(みかみ あきてる、1965年〈昭和40年〉4月2… 三上 明輝(みかみ あきてる、1965年〈昭和40年〉4月23日 - )は、日本の総務・内閣府官僚。 群馬県生まれ。小学校高学年の時に埼玉県所沢市に移り住んだ。その後、埼玉県立川越高等学校を経て、1988年(昭和63年)、早稲田大学政治経済学部を卒業し、総務庁に入庁。 入庁後、男女共同参画、青少年、障害者、交通安全などの政策立案や調整に携わり、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、総務省統計局統計情報システム課長、同局統計調査部国勢統計課長、内閣府男女共同参画局調査課長、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付参事官(総括担当)、内閣府子ども・子育て本部参事官(総括担当)、内閣府大臣官房会計課長、内閣府北方対策本部審議官、内閣府大臣官房審議官(皇位継承式典担当)、内閣官房内閣審議官(内閣総務官室)、皇位継承式典事務局次長などを歴任。
窪田 修(くぼた おさむ、1964年(昭和39年)8月31日… 窪田 修(くぼた おさむ、1964年(昭和39年)8月31日 - )は、日本の大蔵・財務官僚。 埼玉県与野市(現・さいたま市)出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1988年東京大学経済学部卒業。国家公務員採用Ⅰ種試験(経済)に合格し、同年4月大蔵省入省 2024年(令和6年)7月5日、財務省理財局長に就任。2025年(令和7年)7月1日、辞職。
伊藤豊(いとう ゆたか、1963年11月1日 - )は、日本… 伊藤豊(いとう ゆたか、1963年11月1日 - )は、日本の財務・金融官僚。 埼玉県出身。埼玉県立春日部高等学校卒業後は2浪し、東京大学文科一類に入学。東京大学法学部在学中の1988年9月に国家公務員一種試験(法律)に合格。東京大学法学部を卒業後、1989年、大蔵省に入省。大臣官房文書課に配属。 1991年6月、コーネル大学の行政学修士課程へ留学。帰国後は証券局証券市場課企画係長。バブル崩壊初期の証券市場をいかに建て直すかという大きな課題に当っていた。 1995年7月、東京国税局雪谷税務署長。2015年7月8日、財務省大臣官房秘書課長。4年の在籍は記録といわれる。2019年7月6日、金融庁総合政策局審議官(監督局担当)。
飯田 祐二(いいだ ゆうじ、1963年5月2日 - )は、日… 飯田 祐二(いいだ ゆうじ、1963年5月2日 - )は、日本の経済産業官僚。高市早苗首相の内閣総理大臣秘書官。 元内閣官房参与(通商・産業政策、国際博覧会担当)、元経済産業事務次官。 埼玉県上尾市出身。埼玉県立浦和高等学校、東京大学経済学部卒業。1988年通商産業省入省。 2008年経済産業政策局産業再生課長、2011年藤村修内閣官房長官秘書官、2012年経済産業省大臣官房参事官、2013年資源エネルギー庁総合政策課長、2014年大臣官房秘書課長、2017年総括審議官、2018年産業技術環境局長。 2020年資源エネルギー庁次長、2021年大臣官房長、2022年経済産業政策局長兼首席エネルギー・環境・イノベーション政策統括調整官、2023年経済産業事務次官。
奈良 俊哉(なら としや、1962年11月6日 - )は、日… 奈良 俊哉(なら としや、1962年11月6日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房総括審議官や、内閣官房内閣審議官兼郵政民営化推進室長兼郵政民営化委員会事務局長などを歴任した。 埼玉県新座市出身。1986年東京大学法学部卒業、郵政省入省。2001年郵政事業庁九州郵政局人事部長。2002年総務省情報通信政策局地域放送課技術企画官。2003年総務省情報通信政策局コンテンツ流通促進室長。2005年内閣官房内閣参事官(内閣広報室)。2008年総務省情報流通行政局地域通信振興課長。2010年総務省情報流通行政局放送政策課長。 2011年内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)。2013年総務省情報流通行政局総務課長。
武田 博之(たけだ ひろゆき、1961年12月30日 - )… 武田 博之(たけだ ひろゆき、1961年12月30日 - )は、日本の総務官僚。総務省大臣官房総括審議官や、総務省大臣官房長を経て、内閣官房内閣審議官兼郵政民営化推進室長兼郵政民営化委員会事務局長。退官後、NTTドコモ副社長執行役員(CSuO)。 埼玉県行田市出身。1980年埼玉県立浦和高等学校卒業。1984年東京大学経済学部卒業、郵政省入省。2013年総務省大臣官房政策評価審議官兼電気通信紛争処理委員会事務局長。2014年総務省情報流通行政局郵政行政部長。2016年総務省大臣官房総括審議官(国際、郵政担当)。2017年総務省大臣官房総括審議官(広報、政策企画(主)担当)。2018年総務省大臣官房長。
小宮 義則(こみや よしのり、1961年〈昭和36年〉3月2… 小宮 義則(こみや よしのり、1961年〈昭和36年〉3月27日 - )は、日本の経産官僚。 埼玉県出身。1979年(昭和54年)、埼玉県立浦和高等学校を卒業。1984年(昭和59年)3月、東京大学経済学部を卒業。同年4月、通商産業省に入省。 入省後、生活産業局総務課総括係、立地公害局工業用水課総括係長、基礎産業局化学製品課総括係長を経て、1989年(平成元年)6月、スタンフォード大学に留学。その後、通商政策局国際経済部国際経済課GATT室長補佐(企画班長)、長崎県経済部企業振興課長、生活産業局繊維製品課総括課長補佐、環境立地局立地政策課総括課長補佐、基礎産業局総務課総括課長補佐(法令審査委員)、在大韓民国日本国大使館一等書記官、同参事官、経済産業政策局知的財産室長、製造産業局産業機械課長、同局ロボット産業室長、経済産業大臣秘書官、経済産業政策局産業資金課長、内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)、資源エネルギー庁長官官房総合政策課長などを歴任。
神山 敬次(かみやま けいじ、1961年 - )は、日本の建… 神山 敬次(かみやま けいじ、1961年 - )は、日本の建設・国土交通官僚。国土交通省国土交通政策研究所長、大臣官房総括監察官、国土交通大学校長等を歴任した。 退官後、2020年11月から西日本建設業保証(株)理事。 埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校、東京大学法学部(公法コース)を経て、1985年建設省へ入省。 1985年 建設省入省。河川局・建設経済局勤務の後、人事院長期在外研究員制度によりロンドン大学LSE校都市地域計画修士コース留学(M.Sc.)。 都市局勤務を経て、北九州市企画課長等を歴任。その後、河川局、在イギリス日本国大使館一等書記官、道路局ITS推進室、地域振興整備公団を経て、国土交通省国土計画局に勤務。
山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は… 山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は、日本の総務官僚。総務大臣秘書官や、内閣官房内閣審議官等を経て、総務省大臣官房総括審議官兼初代公文書監理官を務めた。 退官後、宇部市政策アドバイザー、美波町参与、京丹後市ICT戦略アドバイザー。 埼玉県深谷市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1984年東京工業大学(のちの東京科学大学)経営工学科卒業。1986年同大学大学院総合理工学研究科経営工学専攻修了、郵政省入省、通信政策局政策課政策係。1988年科学技術庁長官官房総務課法令係長。1992年海老名郵便局長。1993年郵政省大臣官房人事部管理課課長補佐。1995年郵政省大臣官房秘書課課長補佐。
末松 広行(すえまつ ひろゆき、1959年〈昭和34年〉5月… 末松 広行(すえまつ ひろゆき、1959年〈昭和34年〉5月28日 - )は、日本の農林水産官僚、教育者。東京農業大学総合研究所特命教授。 農林水産省関東農政局長、農村振興局長、経済産業省産業技術環境局長などを経て、農林水産事務次官を務めた。 埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。県立浦和高校に進学し、剣道部に所属していた。菱沼義久農林水産省技術総括審議官、元外交官・作家の佐藤優、Jリーグの村井満は高校のクラスの同級生。 1983年に東京大学法学部を卒業し、同年4月農林水産省へ入省。1998年には農水大臣秘書官となった。2000年には農林水産省食品流通局企画課食品環境対策室長となり、2002年からは、内閣参事官として小泉政権時代に総理官邸に出向。
片山 さつき(かたやま さつき、1959年〈昭和34年〉5月… 片山 さつき(かたやま さつき、1959年〈昭和34年〉5月9日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚、実業家、行政書士。自由民主党所属の参議院議員(3期)、財務大臣(第25-26代)、内閣府特命担当大臣(金融)、租税特別措置・補助金見直し担当大臣。旧姓は、朝長(ともなが)。日本の憲政史上初の女性財務大臣である。 内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革、男女共同参画)、女性活躍担当大臣、参議院決算委員長、参議院外交防衛委員長、自由民主党金融調査会長を歴任した。元衆議院議員(1期)。元大蔵省主計官。公益財団法人日本不動産学会会員。株式会社片山さつき政治経済研究所元代表取締役。 埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)生まれ。
舘 逸志(たち いつし、1959年3月13日 - )は、日本… 舘 逸志(たち いつし、1959年3月13日 - )は、日本の内閣府官僚。タイ王国政府顧問、内閣府大臣官房審議官、経済社会総合研究所総括政策研究官、国土交通省政策統括官、地域活性学会副会長、初代日本英国政府奨学金留学生同窓会理事長等を歴任した。名誉大英帝国勲章、タイ王冠勲章受章。 埼玉県浦和市駒場出身。本太小学校、本太中学校、埼玉県立浦和高等学校を経て、1981年埼玉大学経済学部経済学科卒業、経済企画庁入庁。1983年環境庁出向(環境白書担当)。1985年経済企画庁調査局海外調査課アメリカ班長。 1986年から英国政府奨学金(英語版)を得てロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学し、1987年ロンドン大学経済学修士。
山田 昭典(やまだ あきのり、1957年9月26日 - )は… 山田 昭典(やまだ あきのり、1957年9月26日 - )は、日本の公取官僚。公正取引委員会事務総長を経て、独立行政法人国民生活センター理事長。 埼玉県草加市出身。埼玉県立春日部高等学校を経て、1981年一橋大学法学部卒業、公正取引委員会事務局入局。在アメリカ合衆国日本国大使館一等書記官、経済取引局寡占対策室長等を経て、2000年景品表示監視室長。2001年審査局第三審査長。2003年経済取引局企業結合課長、実践女子大学生活科学部非常勤講師。2005年審査局管理企画課長。2007年経済取引局総務課長。2009年審査局犯則審査部長。2011年審査管理官。2014年官房総括審議官。 2014年審査局長。
桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の… 桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の官僚。金融庁総務企画局総括審議官、金融庁検査局長、金融庁総務企画局長、日本銀行理事などを務めた。 埼玉県立熊谷高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。国家公務員上級甲種試験の成績は2位。主税局総務課課長補佐などを経て、1990年主計官補佐となり外務・経済協力、文部の予算編成を担当する。在カナダ日本国大使館参事官などを経て、2000年主計官(農林水産)。同期中の事務次官候補であったが、2002年金融庁に転出。2007年~2009年まで理財局で審議官、次長を務め2009年金融庁総務企画局審議官。2011年検査局長。
坂本 森男(さかもと もりお、1955年1月20日 - )は… 坂本 森男(さかもと もりお、1955年1月20日 - )は日本の総務官僚、気象予報士。 埼玉県秩父市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て東京大学法学部卒業後、1979年自治省入省。北九州市資金課長、和歌山県地方課長、宮城県財政課長、石川県総務部長、厚生労働省大臣官房審議官、千葉県副知事、消防庁長官を歴任。 退官後、全国市町村振興協会理事長。秩父市行政アドバイザー、埼玉県消防協会顧問。 2018年気象予報士登録。柔道三段。 2025年(令和7年)春の叙勲で瑞宝重光章を受章した。
小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月… 小泉 龍司(こいずみ りゅうじ、1952年〈昭和27年〉9月17日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。自由民主党所属の衆議院議員(9期)。自由民主党国際局長代理、同組織運動本部長代理。 法務大臣(第108代)、自由民主党選挙対策副委員長、同国際局長、同副幹事長などを歴任。 埼玉県秩父市生まれ(現住所は深谷市上柴町東3丁目)。1975年、東京大学法学部第2類(公法コース)を卒業し、大蔵省に入省する(国際金融局総務課)。本省勤務の他、アメリカ合衆国コロンビア大学大学院の客員研究員も務めた。1996年4月、大蔵省を退官。 1996年の第41回衆議院議員総選挙に埼玉11区から無所属で出馬。自由民主党前職の加藤卓二、無所属元職の田並胤明ら6人の候補が乱立する中、得票数3位で落選した(当選者は加藤卓二)。
富田辰郎(とみた たつろう、1952年1月23日 - )は日… 富田辰郎(とみた たつろう、1952年1月23日 - )は日本の財務官僚。神戸税関長、国税不服審判所次長などを務めた。 埼玉県川口市出身(父は千葉県、母は埼玉県)。開成高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。東大経済学部経済学科在学中に国家公務員上級甲種試験(経済)を合格。1974年4月 大蔵省入省(大臣官房文書課)。1977年7月 関税局企画課。1979年7月 伊勢崎税務署長。1983年5月から1986年6月まで外務省在フランス大使館に勤務。東京国税局調査第一部長、徳島県総務部長などを経て、環境庁自然保護局企画調整課長、環境庁企画調整局企画調整課長を務める。2000年6月30日 神戸税関長。2002年7月9日 国税不服審判所次長。
名尾 良泰(なお よしやす、1951年(昭和26年)2月 -… 名尾 良泰(なお よしやす、1951年(昭和26年)2月 - )は、埼玉県さいたま市出身の経済産業官僚。1974年に東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。在イタリア日本国大使館参事官、関東経済産業局長等を経て2003年7月に退官。2004年より日本自動車工業会の副会長・専務理事を10年務める。尚、実父は元参議院議員の名尾 良孝(なお りょうこう、1917年(大正6年)3月18日 - 1991年(平成3年)5月6日)。
北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )… 北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )は、日本の経済産業官僚。通商産業大臣官房審議官や、特許庁総務部長、カタール駐箚特命全権大使等を経て、工業所有権電子情報化センター理事長。カタール国勲功懸章受章。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、1973年東北大学法学部卒業、通商産業省入省。1993年東京都労働経済局商工計画部長。1996年通商産業省貿易局総務課長。1997年通商産業大臣官房審議官(貿易局・安全保障貿易担当)。1999年特許庁総務部長。2001年日本貿易保険理事。2007年カタール駐箚特命全権大使。2010年カタール国勲功懸章受章。同年日本航空機開発協会副理事長。2014年双日取締役。
市川 祐三(いちかわ ゆうぞう、1950年7月3日 - )は… 市川 祐三(いちかわ ゆうぞう、1950年7月3日 - )は日本の官僚。 1974年、通商産業省に入省した。 資源エネルギー庁長官官房総務課長。
勝 栄二郎(かつ えいじろう、1950年〈昭和25年〉6月1… 勝 栄二郎(かつ えいじろう、1950年〈昭和25年〉6月19日 - )は日本の大蔵官僚、実業家。第9代財務事務次官。インターネットイニシアティブ取締役。ANAホールディングス株式会社経営諮問委員会委員。読売新聞東京本社非常勤監査役。日本テレビ放送網非常勤取締役。血液型はB型。 獨協高校卒業後、1969年度の東京大学の入学試験が中止となったため、早稲田大学法学部に入学。その後、学士入学で東京大学法学部第1類(私法コース)に入り、卒業後1975年に大蔵省に入省した。入省成績は下から2番目だったといわれている。 入省時に配属された主税局国際租税課には、課長に大竹宏繁、課長補佐に杉崎重光、係長に志賀櫻がいた。
江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は… 江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は日本の官僚。公立大学法人埼玉県立大学理事長。人事院総裁、内閣府事務次官、厚生労働事務次官を歴任。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京大学法学部(法学)卒業。1970年に公害問題を解決したいと思い厚生省に入省。 中曽根内閣時代には内閣官房内閣参事官として国鉄分割民営化の問題などに尽力した。2004年には内閣府事務次官に就任。2007年には、的場順三官房副長官の後任として副長官就任が有力視されたが、一連の年金不祥事に対応するため旧厚生省出身ということもあり他府省の事務次官を務めた後としては異例の人事ではあったが、厚生労働事務次官に就任した。2009年6月に退任。
戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官… 戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官僚、厚生労働省元事務次官 1947年に、埼玉県に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校、.東京大学経済学部出身。 1971年に労働省に入省。2001年に厚生労働省大臣官房長、2002年に職業安定局長、2004年に厚生労働省事務次官になる。2007年に高齢・障害者雇用支援機構理事長、2008年法政大学大学院客員教授、2011年財形住宅金融株式会社代表取締役会長、2014年日本看護家政紹介事業協会会長、2018年キャノン電子社外取締役、2021年スタートライン株式会社社外取締役
本田 浩次(ほんだ こうじ、1944年(昭和19年) - )… 本田 浩次(ほんだ こうじ、1944年(昭和19年) - )は、日本の農林水産官僚。元農林水産省畜産局長。埼玉県上尾市出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
武藤 敏郎(むとう としろう、1943年〈昭和18年〉7月2… 武藤 敏郎(むとう としろう、1943年〈昭和18年〉7月2日 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者、実業家。株式会社大和総研理事長、言論NPOアドバイザーリポート、前学校法人開成学園理事長、元東京大学先端科学技術研究センター客員教授。
長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )… 長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )は、日本の政治家、郵政官僚。 参議院議員(1期)、総務大臣政務官、駐フィンランド特命全権大使などを歴任した。 郵政省官僚、駐フィンランド大使を経て、2004年に自由民主党から参議院に出馬し、初当選。 2005年に自由民主党を離党。国民新党旗揚げメンバーの一人として名を連ねるが、同年8月24日友党であった新党日本に同党の政党条件を満たすために期間限定で移籍。9月11日、新党日本へ離党届を提出し、国民新党へ復党した。この政党移籍はレンタル移籍と揶揄され、選挙互助会という批判があった。 全国郵便局長会顧問。政党代表者が招かれない定期総会に総務大臣と共に招かれた。
坪井龍文 (つぼい たつふみ、1939年-)は、日本の防衛官… 坪井龍文 (つぼい たつふみ、1939年-)は、日本の防衛官僚。元内閣安全保障室長。 東京都出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1962年、東京大学法学部卒業。防衛庁人事局人事第一課長、防衛庁人事局長を経て1992年~1993年の間防衛研究所所長、1993年~1995年、内閣官房内閣安全保障室室長兼内閣総理大臣官房安全保障室長を務める。その他、防衛省職員生活協同組合理事長、公益財団法人埼玉学生誘掖会代表も務める。2009年春の叙勲で瑞宝重光章受章。
設楽 岩久(したら いわひさ、1934年10月13日 - )… 設楽 岩久(したら いわひさ、1934年10月13日 - )は日本の大蔵官僚。元東北財務局長。埼玉県富士見市西みずほ台1丁目在住。 埼玉県出身。埼玉県立秩父農業高等学校卒業。1955年2月 秩父税務署入署。1966年7月より大蔵省主計局で勤務する。1985年4月 主計局総務課予算会計事務管理室長。1986年6月 主計局総務課主計監査官。1987年7月 主計局主計官(総務課:予算総括担当)。1989年6月 主計局司計課長兼会計センター次長兼会計センター研修部長。1992年6月 東北財務局長。1993年6月 退官。同年7月 水資源開発公団理事。
秋山雅保(あきやま まさやす、1932年11月27日 - )… 秋山雅保(あきやま まさやす、1932年11月27日 - )は日本の大蔵官僚。中国財務局長、横浜税関長などを務めた。 神奈川県出身。埼玉県立浦和高等学校、東京大学理学部数学科卒業。1955年 大蔵省入省(銀行局保険課)。大蔵省では数年に一度は理数科出身者を募集するが、秋山はその2番目の該当者だった。1962年7月 鹿屋税務署長。 1976年6月25日 理財局国有財産第二課長。1977年6月27日 理財局国有財産第一課長。1979年7月10日 中国財務局長。 1981年6月26日から横浜税関長。1982年6月1日に退官。 その後は協栄生命専務取締役に就いた。
宮崎 直男(みやざき のぶお、1931年12月27日 - )… 宮崎 直男(みやざき のぶお、1931年12月27日 - )は、日本の教育学者・文部官僚。専門は特殊教育。 埼玉県加須市出身。1953年埼玉大学教育学部卒、文部省に入る。1972年文部省初等中等教育局特殊教育課教育調査官。1981年国立特殊教育総合研究所精神薄弱教育研究部長。特別支援教育の実技研究所所長/独立行政法人国立特別支援教育総合研究所名誉所員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
窪田弘(くぼた ひろし、1931年7月4日 - 2013年1… 窪田弘(くぼた ひろし、1931年7月4日 - 2013年1月31日)は日本の大蔵官僚。経済企画庁長官官房長、理財局長、国税庁長官、国民金融公庫副総裁、北海道東北開発公庫総裁、日本債券信用銀行頭取、同行会長などを歴任した。 岡山県生まれ。祖父は行政裁判所長官の窪田静太郎。埼玉県立浦和高等学校から東京大学に入学。1953年10月 東京大学法学部第1類(私法コース)在学中に国家公務員試験(法律職)を合格。東大法学部第1類(私法コース)卒業。1954年 大蔵省入省(銀行局検査部審査課)。課長補佐時代は主計局総務課長補佐(歳入・企画)など、主計局を中心に勤務。1974年12月 内閣総理大臣秘書官(事務担当)。
関根 則之(せきね のりゆき、1931年〈昭和6年〉1月13… 関根 則之(せきね のりゆき、1931年〈昭和6年〉1月13日 - 2022年〈令和4年〉6月19日)は、日本の自治官僚・政治家。 第17代消防庁長官、参議院議員(2期)、静岡県副知事を務めた。位階勲等は正四位勲二等。 埼玉県比企郡吉見町出身。1943年、埼玉県立松山中学校入学。1945年、海軍兵学校入学。1948年、旧制浦和高等学校入学。 1953年、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業、自治省入省。1957年、フルブライト留学生としてシラキュース大学、マンハッタン大学(英語版)に留学。 1960年、宮城県地方課長。1971年、三重県教育長。1976年、自治省財政局財政課長、大臣官房審議官。
小島 慶三(こじま けいぞう、1917年(大正6年)3月11… 小島 慶三(こじま けいぞう、1917年(大正6年)3月11日 - 2008年(平成20年)8月30日)は、日本のエコノミスト、思想家、教育者、実業家、官僚、政治家、俳人。参議院議員(1期)。
堀口 定義(ほりぐち さだよし、1914年2月1日 - 20… 堀口 定義(ほりぐち さだよし、1914年2月1日 - 2005年5月11日)は、日本の詩人、官僚、実業家。 埼玉県熊谷市生まれ。国鉄御徒町駅に勤めながら苦学して専門学校入学資格検定試験(専検)に合格し1934年 第一高等学校に入る。1940年、高等試験に合格。1941年、東京帝国大学法学部政治学科卒業。大蔵省入省。管財局属。1959年、東京国税局総務部長。1960年、熊本国税局長。1961年、国税庁徴収部長。1962年調査査察部長、1964年、直税部長。1965年、原子燃料公団理事。1967年、動力炉核燃料事業団理事。1969年、忠勇社長。1975年、相談役。1976年、大阪証券金融社長。社業の傍ら、詩を書き、1978年「弾道」で日本詩人クラブ賞受賞。
奥貫 賢一(おくぬき けんいち、1906年9月20日 - 2… 奥貫 賢一(おくぬき けんいち、1906年9月20日 - 2002年2月22日)は、日本の官僚、行田市長。旧姓・清水。 埼玉県出身。1924年、埼玉県立熊谷中学校卒業。1927年、第三高等学校卒業。1930年、東京帝国大学法学部仏法科卒業。朝鮮総督府に入り、平安南道学務、地方各課長、拓務事務官、拓務書記官、殖産局商工課長、興亜院調査官、大東亜省調査会在ハノイ総領事を歴任。 戦後の1946年埼玉県地方労働委員に就任。翌1947年には忍町町長に就任した。1949年に忍町が市制施行により行田市になり、同市の市長に就任した。在職中は市消防本部の設置、下水道工事に着手、中央公民館の開館が挙げられる。 1951年に一度市長を退任するが、1955年に再び行田市長に就任した。
松崎 健吉(まつざき けんきち、1904年〈明治37年〉11… 松崎 健吉(まつざき けんきち、1904年〈明治37年〉11月12日 - 1988年〈昭和63年〉2月18日)は、日本の大蔵官僚。造幣庁長官。 埼玉県熊谷市に生まれる。旧制埼玉県立熊谷中学校(現埼玉県立熊谷高等学校)、旧制浦和高校(現埼玉大学)を経て、1929年に東京帝国大学法学部を卒業。 大学卒業後、大蔵省に入り熊本税務署長となる。1933年に満州国に転じ、財政部銀行科長、駐日財務官総務庁人事処規画科長、主計処一般会計科長を歴任。対満事務局監理課長、満鉄管理官預金部運用課長、理財局国庫課長、印刷局理事兼業務部長、名古屋財務局長を経て、1949年、造幣庁長官となる。 1951年に造幣庁長官を退官。
田中 重之(たなか しげゆき、1898年(明治31年)12月… 田中 重之(たなか しげゆき、1898年(明治31年)12月15日 - 1985年(昭和60年)4月9日)は、日本の内務官僚。官選県知事。 埼玉県北足立郡安行村(現在の川口市・草加市)出身。衆議院議員・田中左司馬の長男として生まれる。埼玉県立浦和中学校、第一高等学校を卒業。1922年3月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。同年6月、北海道庁属となり拓殖部に配属。同年11月、高等試験行政科試験に合格した。 1923年4月、北海道庁警視・警察部勤務となる。以後、道庁事務官、地方事務官・静岡県勤務、福岡県警察部特別高等警察課長、内務事務官・警保局勤務、ドイツ駐在(1931年7月~1934年12月)、兼内務書記官・大臣官房文書課長、内閣調査局調査官、内務書記官・地方局庶務課長、警保局警務課長を歴任し、文部省社会教育局長に就任。
武藤 勝彦(むとう かつひこ、1895年(明治28年)2月7… 武藤 勝彦(むとう かつひこ、1895年(明治28年)2月7日 - 1966年(昭和41年)8月16日)は、参謀本部陸地測量部の測量官を務めた陸軍技師、内務官僚。地理調査所長を経て初代国土地理院長を務めた。 埼玉県本庄市出身。1915年(大正4年)旧制埼玉県立熊谷中学校卒業後、第八高等学校から大学予科第二部乙類を経て1922年(大正11年)3月31日東京帝国大学理学部物理学科卒業後、同年9月11日山形高等学校教授に任官(高等官七等)。陸軍工兵曹長を経て、1925年(大正14年)5月18日陸地測量師に任官し陸地測量部付となる。1926年(大正15年)3月31日陸軍工兵少尉に昇進し、1930年(昭和5年)4月1日後備役編入となる。
清水 重夫(しみず しげお、1894年(明治27年)1月8日… 清水 重夫(しみず しげお、1894年(明治27年)1月8日 - 1982年(昭和57年)10月13日)は、日本の内務官僚。官選県知事、海軍司政長官。旧姓・針谷。 埼玉県出身。農業・針谷重太郎の長男として生まれ、清水家の養子となる。埼玉県立粕壁中学校卒、第五高等学校中退を経て、1918年7月、明治大学専門部法科を卒業。三井銀行に入社し1920年6月まで在職。1921年11月、高等試験行政科試験に合格。1922年5月、内務省に入省し北海道庁属となり拓殖部に配属。 1923年4月、京都府属兼警視・警察部巡査教習所長に就任。以後、同警察部保安課長、同警務課長、欧米出張(1928年12月)、地方事務官・京都府勤務、同府建築監督官県工場監督官、警察講習所教授兼内務事務官・警保局勤務、朝鮮総督府警務局図書課長、内務書記官・警保局防犯課長、同局外事課長、同局保安課長、兼同局経済保安課長を歴任。