原田 泰(はらだ ゆたか、1950年9月1日 - )は、日本… 原田 泰(はらだ ゆたか、1950年9月1日 - )は、日本の経済学者、エコノミスト、名古屋商科大学ビジネススクール教授。日本銀行政策委員会審議委員、早稲田大学政治経済学術院公共経営研究科教授、大和総研チーフエコノミストを歴任。経済学(学習院大学)博士。研究分野は経済政策。 岩田規久男とともに、「リフレ派」の一人とされる。バブル崩壊直後より一貫して日本銀行の金融政策を批判していた。 金融政策によって過度な円高・デフレを防ぎ、日本の経済を成長させる重要であるとしている。 日本の雇用・賃金について「重要なのは、増税と金融引き締めのショックを無用に与えないことと、誤った格差対策をとらないことである。格差は構造改革のせいという意見があるが、証拠がない。
国友 直人(くにとも なおと、1950年7月 - )は、日本… 国友 直人(くにとも なおと、1950年7月 - )は、日本の経済学者(統計学、計量経済学、数理・計量ファイナンス)。東京大学大学院経済学研究科教授。東京都出身。
老川 慶喜(おいかわ よしのぶ、1950年3月29日 - )… 老川 慶喜(おいかわ よしのぶ、1950年3月29日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。跡見学園女子大学教授。立教大学名誉教授。さいたま市大宮盆栽美術館館長。専門は近代日本経済史、経営史。経済学博士(立教大学、1982年)。 交通史、特に鉄道史から研究をスタートし、戦間期の自動車工業、第1次大戦後の生鮮食料品市場問題、さらには戦後の運輸業などに研究対象を広げている。
小幡 道昭(おばた みちあき、1950年- )は、日本の経済… 小幡 道昭(おばた みちあき、1950年- )は、日本の経済学者。宇野学派。専門はマルクス経済学。東京大学名誉教授。 東京都出身。東京都立戸山高等学校を経て、1974年、東京大学経済学部経済学科卒業。1976年、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1981年、同研究科博士課程単位取得退学。 同年、東京大学経済学部助教授。1992年、同教授。1996年、同大学院経済学研究科教授。2016年、同退職、東京大学経済学名誉教授。 東京大学退職後は私的に銀座経済学研究所を立ち上げる。2018年にオフィスを閉鎖したが、活動は続けている。 宇野経済原論そのものの基本的な再検討を行いつつ、これまでの原理論では上手く説明できない現在のグローバリズム資本主義の実態を、原理論を遡及する中で、資本主義の変容のあり方を独自の理論展開で解明しようとしている。
吉野 直行(よしの なおゆき、1950年 - )は、日本の経… 吉野 直行(よしの なおゆき、1950年 - )は、日本の経済学者、アジア開発銀行研究所所長、慶應義塾大学経済学部名誉教授。ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士課程修了PhD。専門はマクロ経済政策。[スウェーデン・ヨーテボリ大学名誉博士、ドイツ・マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク名誉博士]、[福澤賞]。
渡邊 博史(わたなべ ひろし、1949年6月26日 - )は… 渡邊 博史(わたなべ ひろし、1949年6月26日 - )は、日本の財務官僚、経済学者(国際金融環境論)。学位は経済学修士(ブラウン大学・1975年)。 公益財団法人国際通貨研究所理事長。報道などでは新字体で渡辺 博史(わたなべ ひろし)と表記されることもある。
油井 雄二(ゆい ゆうじ、1948年10月3日 - )は、日… 油井 雄二(ゆい ゆうじ、1948年10月3日 - )は、日本の経済学者、財政学者。学校法人成城学園理事長兼学園長や、第15代成城大学学長を務めた。総合研究開発機構大来政策研究賞受賞。2025年、瑞宝中綬章受章。 港区立高陵中学校、東京都立八潮高等学校を経て、1972年一橋大学経済学部卒業(石弘光ゼミナール)、1974年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1977年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は江見康一。 1978年富山大学経済学部助手。同専任講師、助教授を経て1982年より成城大学経済学部助教授、1989年同教授、1999年経済学部長、2004年大学院経済学研究科長。
岩井 克人(いわい かつひと、1947年〈昭和22年〉2月1… 岩井 克人(いわい かつひと、1947年〈昭和22年〉2月13日 - )は、日本の経済学者(経済理論・法理論・日本経済論)。学位はPh.D.(マサチューセッツ工科大学・1972年)。国際基督教大学特別招聘教授、東京大学名誉教授、公益財団法人東京財団名誉研究員、日本学士院会員。 カリフォルニア大学バークレー校研究員、イェール大学経済学部助教授、コウルズ財団上席研究員、東京大学経済学部教授、東京大学大学院経済学研究科教授、東京大学大学院経済学研究科長、東京大学経済学部長、財団法人東京財団上席研究員、日本学術会議経済学委員会委員長、武蔵野大学特任教授を歴任した。 東大経済学部卒。マサチューセッツ工科大で経済学の博士号取得。
加藤裕己(かとう ひろみ、1947年(昭和22年) - 20… 加藤裕己(かとう ひろみ、1947年(昭和22年) - 2012年(平成24年)1月21日)は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、経済政策論。
金子 孝文(かねこ たかふみ、1946年11月2日 - )は… 金子 孝文(かねこ たかふみ、1946年11月2日 - )は、日本の経済学者。コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド顧問(コーンズ・バイオガス担当) 経済企画庁物価局長・生活局長、日本政策投資銀行理事、政策研究大学院大学教授、日本リサーチ総合研究所理事長などを歴任。経済政策関連業務に従事した後、コーンズ・アンド・カンパニー・リミテッド/コーンズ・バイオガス CEO に就任。
生方 卓(うぶかた すぐる、1946年 - )は、日本の経済… 生方 卓(うぶかた すぐる、1946年 - )は、日本の経済学者。専門は社会思想史、環境共生思想。生田9条の会会員。 1946年、千葉県に生まれる。東京都立駒場高等学校を経て1969年3月、明治大学一部政治経済学部経済学科を卒業。1971年3月、明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻博士前期課程修了、経済学修士。1974年3月、明治大学大学院政治経済学研究科経済学専攻博士後期課程単位取得満期退学。明治大学政治経済学部専任講師、助教授を経て、明治大学政治経済学部准教授。2017年3月、准教授のまま定年退職。
美添 泰人(よしぞえ やすと、1946年 - )は、日本の統… 美添 泰人(よしぞえ やすと、1946年 - )は、日本の統計学者・経済学者。青山学院大学経済学部教授。専門分野は統計科学、経済統計学、情報科学。特に、ロバスト統計理論や2項回帰モデル、官庁統計の理論と実際、ベイズ理論や意思決定論などで知られる。ハーバード大学 Ph.D (統計学、1978年)。公認会計士試験委員。
杉山 武彦(すぎやま たけひこ、1944年11月26日 - … 杉山 武彦(すぎやま たけひこ、1944年11月26日 - )は、日本の経済学者。専門は交通経済学。一橋大学名誉教授。文教施設協会会長。公益財団法人日本交通公社理事(非常勤)。 一橋大学学長(第15代)・原子力損害賠償・廃炉等支援機構理事長(初代)・運輸政策研究所所長(第3代)・住友生命取締役・東京メトロ取締役などを歴任した。 東京都生まれの交通経済学者。一橋大学大学院商学研究科修了。指導教官は宮川公男で、宮川ゼミの同期に京都大学名誉教授北畠能房や、アイ・アール ジャパンホールディングス創業者鶴野史朗がいる。中学では演劇部、高校・大学ではラグビー部に所属。後年、秋山富一の後任として第7代一橋大学ラグビー部OB会長を務めた。
岩田 規久男(いわた きくお、1942年10月3日 - )は… 岩田 規久男(いわた きくお、1942年10月3日 - )は、日本の経済学者。学位は経済学修士(東京大学、1969年)。上智大学・学習院大学名誉教授。前日本銀行副総裁。産経新聞オピニオン欄中コラム「正論」執筆メンバー。 専門は、金融・都市経済学。小宮隆太郎の弟子。リフレ派経済学者の第一人者として知られており、学習院大学教授時代、積極緩和派の急先鋒として鋭い弁舌で知られていた。また日本銀行に批判的な論客として知られていた。日銀の国債買いオペレーション、インフレターゲット、日銀法改正、規制緩和を主張している。 岩田が主催する「昭和恐慌研究会」では、日本の昭和恐慌の原因について研究している。 大阪府出身。
宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日… 宮島 洋(みやじま ひろし、1942年8月1日 - )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授、早稲田大学特任教授。
岸野 文雄 (きしの ふみお、1942年4月 - )は、日本… 岸野 文雄 (きしの ふみお、1942年4月 - )は、日本の経済学者。創価大学名誉教授。専門は経済原論、金融政策。 東京都生まれ。1961年東京都立竹早高等学校、1967年東洋大学経済学部卒業。1969年明治大学大学院政治経済学研究科修士課程修了。1973年駒澤大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。1981年創価大学専任講師、1984年同助教授を経て、1991年同教授に就任。2013年同大学退職、名誉教授。 著書に「日本の金融システムと金融構造」「経済学概論」「金融論:現代金融の理論と構造」など。
増田 壽男(ますだ としお、1941年 - )は、日本の経済… 増田 壽男(ますだ としお、1941年 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・前総長。東京都出身。
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお、1940年12月20日 - )… 野口 悠紀雄(のぐち ゆきお、1940年12月20日 - )は、日本の元官僚、経済学者。専門は、日本経済論、ファイナンス理論。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学教授を経て、早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問、一橋大学名誉教授。
斎藤 精一郎(さいとう せいいちろう、昭和15年(1940年… 斎藤 精一郎(さいとう せいいちろう、昭和15年(1940年)3月28日 - )は日本の経済学者、エコノミスト。専攻は社会経済学、金融論。NTTデータ経営研究所所長、千葉商科大学名誉教授。
大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - … 大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - )は、日本の農業経済学者・農学者。専門は農業経済学。酪農学園大学名誉教授。元酪農学園大学学長。元酪農学園大学短期大学部学長。恩師は桃野作次郎。東京都目白出身。 東京都立立川高等学校卒業。1966年北海道大学農学部農業経済学科卒。1968年同大学院農学研究科修士課程修了。同年、酪農学園大学酪農学部助手。1975年同酪農学部助教授。1983年同評議員。1989年同酪農学部教授。同酪農学部農業経済学科長(~1995年)。1995年同学生部長(~1999年)。学校法人酪農学園理事。2001年酪農学園大学9代学長に就任。2005年酪農学園大学短期大学部学長。
岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、… 岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、日本の経済学者、千葉大学名誉教授。
石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日… 石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本経済史。経済学博士(東京大学、1974年)。東京府出身。妻は元恵泉女学園大学学長の石井摩耶子。
石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年… 石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年8月25日)は、日本の経済学者。専門は財政学。学位は、経済学博士(一橋大学・論文博士・1977年)(学位論文「財政構造の安定効果 : ビルトイン・スタビライザーの分析」)。一橋大学名誉教授(第14代学長)、放送大学名誉学長(第6代学長)、中国人民大学名誉教授。オックスフォード大学客員教授、政府税制調査会会長なども務めた。 東京府(現・東京都)出身。父は教育学者(学校経営学)の石三次郎(元全国家庭科教育協会長・東京教育大学(現筑波大学)教授)。環境ジャーナリストの石弘之(元東京大学教授)は弟。末弟の石和久は日本の医師、医学博士であり順天堂大学名誉教授。
冨田 光彦(とみた てるひこ、1937年2月 - )は、滋賀… 冨田 光彦(とみた てるひこ、1937年2月 - )は、滋賀県伊香郡木之本町(現・長浜市木之本町)出身の経済学者・図書館長。専門は国際経営学。姓は富田と表記されることもある。 実家は長浜市木之本町にある冨田酒造であり、冨田酒造は室町時代の天文3年(1534年)頃まで遡ることができる酒蔵である。冨田酒造の建物は延享元年(1744年)建築とされ、2019年(令和元年)には登録有形文化財に登録された。 祖父は伊香郡木之本町長や伊香郡長や衆議院議員などを務めた冨田八郎。父は1952年(昭和27年)に『近江伊香郡志』を刊行した冨田八右衛門。冨田光彦は冨田家の14代目当主である。 1937年(昭和12年)2月に滋賀県伊香郡木之本町(現・長浜市木之本町)に生まれた。
加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年… 加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年6月23日)は、日本の経済学者。元経済企画庁経済企画審議官。東京都出身。 東京大学経済学部経済学科、同商業学科卒業。1962年、経済企画庁入庁。オックスフォード大学留学を経て、調査局海外調査課長、国民生活局長、経済企画審議官。1985年~1987年には経済白書執筆を担当。 1994年、東京経済大学経済学部教授。日本経済調査協議会特別顧問。 研究分野は、経済政策、規制緩和、景気変動論。所属学会は日本計画行政学会、景気循環学会、統計研究会、日本財政学会。 2005年6月23日、心不全のため神奈川県川崎市内の病院にて逝去。68歳歿。
白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大… 白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者。元大蔵省国際金融局次長。専門は国際金融論、開発経済学。 東京都立大学附属高等学校を経て、1960年に東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。大蔵省に入省する(為替局総務課)。1962年6月に関東財務局理財部。1963年6月には経済企画庁調整局貿易為替課へ出向。1964年4月に大臣官房財務参事官付調査主任(フルブライト留学生としてコロンビア大学留学)。1966年12月に国際金融局企画課長補佐(総括・企画・貴金属特会)。その後、IMF財務局上級エコノミストやOECD日本政府代表参事官などを経て、国際金融局課長・次長となる。
菊池 英博(きくち ひでひろ、1936年2月17日 - )は… 菊池 英博(きくち ひでひろ、1936年2月17日 - )は日本の経済学者。 東京銀行(外国為替専門銀行、現三菱UFJ銀行)を経て1995年に文京女子大学(現文京学院大学)経営学部教授、2000年から同大学院教授を兼務。専門は金融論、国際金融、日本経済。日本金融財政研究所の所長および教授。 1936年生まれ、東京都出身。都立戸山高等学校卒業後、東京大学へ入学、教養学部教養学科で国際関係論・国際金融論を専攻。1958年9月に国家公務員試験上級職(経済)合格、59年3月東京大学卒業後、4月に東京銀行(外国為替専門銀行、現三菱UFJ銀行)へ入行。63年4月から大蔵省第一種経済理論研修に参加、その後、本部と内外営業拠点で国際金融の企画と推進、銀行経営に従事。
浜田 宏一(はまだ こういち、1936年〈昭和11年〉1月8… 浜田 宏一(はまだ こういち、1936年〈昭和11年〉1月8日 - )は、日本の経済学者。専攻は、国際金融論・ゲーム理論。国際金融に対するゲーム理論の応用で世界的な業績があり、東京大学名誉教授、イェール大学名誉教授。Econometric Society終身フェロー。元内閣官房参与、理論・計量経済学会(現日本経済学会)会長、法と経済学会初代会長、Econometric Society理事、世界貿易機関事務局長助言グループのメンバーを歴任。 バブル崩壊後の失われた10年においては金融政策の失策がその大きな要因とみなし、特に岩田規久男の主張を評価している。日本銀行の金融政策を批判し、リフレーション政策の支持者の一人であり、アベノミクスをトリクルダウン理論であるとして、支持した。
尾髙 煌之助(おだか こうのすけ、1935年〈昭和10年〉1… 尾髙 煌之助(おだか こうのすけ、1935年〈昭和10年〉12月15日 - )は、日本の経済学者。専門は労働経済学。一橋大学・法政大学名誉教授。紫綬褒章受章。日経・経済図書文化賞、労働関係図書優秀賞受賞。 1935年、尾高次郎の五男である尾高邦雄の子として東京府東京市(現東京都千代田区)生まれた。一橋の設立に携わった渋沢栄一は曽祖父。母・京子は和辻哲郎の長女である。成蹊高等学校理系を経て、1年間の浪人生活を経て、慶應義塾大学経済学部に補欠で合格。大学では、藤林敬三ゼミで学んだ。カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学し、1964年に修士課程を修了、1967年に経済学博士号を取得。 米国滞在時に、共同研究のためUCバークレーを訪れていた大川一司一橋大学経済研究所教授の知遇を得る。
雨宮 健(あめみや たけし、1935年3月29日 - 202… 雨宮 健(あめみや たけし、1935年3月29日 - 2026年2月24日)は、アメリカ合衆国の経済学者。スタンフォード大学名誉教授。専門は計量経済学。Econometric Society、アメリカ統計学会、アメリカ芸術科学アカデミーのフェロー。東京都出身。 東京都立大学附属高等学校を経て、国際基督教大学卒業後渡米。アメリカン大学大学院修士課程、ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程を修了して経済学博士号取得。一橋大学経済研究所講師を経て渡米。スタンフォード大学で教鞭を取り、同大学名誉教授。 2026年2月24日、誤嚥性肺炎のため、カリフォルニア州の自宅で死去した。90歳没。
相澤 安輝(あいざわ やすてる、1935年 - )は、日本の… 相澤 安輝(あいざわ やすてる、1935年 - )は、日本の経済学者。
大谷 禎之介(おおたに ていのすけ、1934年12月1日 -… 大谷 禎之介(おおたに ていのすけ、1934年12月1日 - 2019年4月29日)は、日本の経済学者。法政大学名誉教授。経済理論・金融理論専攻。 東京都生まれ。父は東京農工大学名誉教授で農業経済学者の大谷省三(おおたに せいぞう、1909年-1994年)。 1953年、東京都立西高等学校卒業。1957年、立教大学経済学部卒業。1962年、立教大学大学院博士課程単位取得退学。 1994年、学位論文「利子生み資本と信用制度」によって、博士(経済学)(立教大学)の学位を取得。 1962年、東洋大学経済学部助手。63年専任講師、70年助教授を経て、1974年、法政大学経済学部教授。2005年-2019年、法政大学名誉教授。
柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は… 柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授、武蔵大学名誉教授。
関根 友彦(せきね ともひこ、Thomas T. Sekin… 関根 友彦(せきね ともひこ、Thomas T. Sekine、1933年11月22日 - 2022年1月16日)は、日本出身の経済学者。元ヨーク大学教授。宇野経済学などを研究し、宇野弘蔵著『経済原論』の英訳者としても知られていた。 東京で仏文学者関根秀雄の次男として生まれる。国文学者の関根正直は祖父。聖書学者の関根正雄は叔父。国文学者の関根慶子は叔母。倫理学者の関根清三は従弟。学習院初等科、学習院中・高等科では第125代天皇の同級生で、特に中等科時代は親しく交流した。 1957年一橋大学社会学部卒業。杉田元宜教授の尽力で社会学部生ながら一橋大学経済研究所の都留重人ゼミで学んだ。都留ゼミの同期に、仲澤泰彦(元日本電気常務)、近藤久也(元フジテレビディレクター)、岩崎八男(通産官僚、元中小企業庁長官)、加野忠(元ソロモン・ブラザーズ銀行日本代表)などがいる。
竹内 啓(たけうち けい、1933年10月12日 - )は、… 竹内 啓(たけうち けい、1933年10月12日 - )は、日本の数理統計学者・経済学者・科学史家。東京大学名誉教授、明治学院大学名誉教授。日本学士院会員。専門分野は、数理統計学・計量経済学。専門以外の広範な分野における著作・論述も多数発表している。 諸学術を俯瞰・網羅した知識に基づく視座・史観・思考を有する学者とされる。計量経済学と数理統計学の膨大な著作と、博学な見識に基する科学史、文明論、思想、科学技術、環境保全などの多数の著作をワイド・スコーピックに展開した。 竹内が残した数理統計学における先端的業績ジャンルにはAsymptotic estimation(漸近的推定)、Non-regular estimation(非正規推定)がある。
根岸 隆(ねぎし たかし、1933年(昭和8年)4月2日 -… 根岸 隆(ねぎし たかし、1933年(昭和8年)4月2日 - )は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は経済理論、経済学史。
鬼木 甫(おにき はじめ、1933年 - )は、日本の経済学… 鬼木 甫(おにき はじめ、1933年 - )は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授・大阪学院大学名誉教授。専攻は経済学、理論経済学。 東京都生まれ。1952年に熊本県立熊本高等学校を卒業後、東京大学経済学部に進学、同大学院社会科学研究科、スタンフォード大学大学院で学ぶ。 スタンフォード大学大学院研究助手、東北大学経済学部助教授、ハーバード大学経済学部助教授、クイーンズ大学経済学部助教授、大阪大学社会経済研究所教授などを経て、現職。この間関西大学客員教授、国際大学GLOCOM上席客員研究員も務める。
速水 佑次郎(はやみ ゆうじろう、1932年(昭和7年)11… 速水 佑次郎(はやみ ゆうじろう、1932年(昭和7年)11月26日 - 2012年(平成24年)12月24日)は、日本の経済学者。専門は、農業経済学・開発経済学。学位は博士(アイオワ州立大学)。旧・東京都立大学名誉教授。位階は正四位。勲等は瑞宝重光章。文化功労者。 東京都立大学経済学部教授、青山学院大学国際政治経済学部教授、政策研究大学院大学教授などを歴任した。 東京府(現:東京都)出身。東京都立大学附属高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科卒業。 農林水産省農業総合研究所で研究員となり、1957~60年に米国アイオワ州立大学経済社会学部大学院へ留学し、同大学院博士課程修了。農業経済学の博士号を取得した。
栗田 健(くりた けん、1931年11月3日 - 2022年… 栗田 健(くりた けん、1931年11月3日 - 2022年1月 )は、日本の経済学者、明治大学名誉教授、顧問。東京都出身。元明治大学総長。 この間に北海道大学、新潟大学、東京大学で非常勤講師など歴任
花輪 俊哉(はなわ としや、1931年9月9日 - )は日本… 花輪 俊哉(はなわ としや、1931年9月9日 - )は日本の経済学者。一橋大学名誉教授。1992年から1994年まで日本金融学会会長。1994年日本学術会議会員。
桜井 毅(さくらい つよし、1931年7月13日 - )は、… 桜井 毅(さくらい つよし、1931年7月13日 - )は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。武蔵大学名誉教授。経済学博士。「櫻井毅」とも表記することがある。 1931年7月13日生まれ、東京市(現・東京都)出身。武蔵中学校・高等学校、武蔵大学経済学部卒業。東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。1961年、武蔵大学助手。1967年、博士論文「生産価格論研究」により、東京大学から経済学博士の学位を受ける。1968年、武蔵大学経済学部教授。1992年、武蔵大学長に就任し2000年まで勤めた。2000年、同大学名誉教授の称号を受ける。 日本の代表的なマルクス経済学者である宇野弘蔵に師事し、桜井の生産価格の理論は、宇野経済学の原理論と呼ばれる分野に大きな影響を与えた。
吉田 静一(よしだ しずかず、1930年8月6日 - 198… 吉田 静一(よしだ しずかず、1930年8月6日 - 1982年4月13日)は、日本の経済学者。専門はフランス経済史、フランス経済学史。経済学博士(名古屋大学、1966年)。 シモンド・ド・シスモンディやサン=シモンといった思想家について、旧来のマルクス主義的な経済学史にとらわれず、その思想の内在的研究を行った。 1930年、東京生まれ。旧制東京高等学校文科を卒業。1950年、名古屋大学経済学部経済学科入学。水田洋に学ぶ。 1953年に卒業後、京都大学人文科学研究所助手を経て、1958年に関西大学経済学部に着任。1968年、神奈川大学経済学部に移籍し教授を務める。1971年から1973年までフランス留学。
岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 20… 岡野 行秀(おかの ゆきひで、1929年9月19日 - 2014年5月9日)は、日本の経済学者。位階は従四位。 専門は交通経済学。東京大学名誉教授、創価大学名誉教授。郵政研究所所長、道路経済研究所理事長等を歴任。道路経済研究所最高顧問兼参与。従四位。東京都出身。
大島 通義(おおしま みちよし、1929年〈昭和4年〉6月2… 大島 通義(おおしま みちよし、1929年〈昭和4年〉6月27日 - )は、日本の経済学者。東京都出身。慶應義塾大学名誉教授。財政学専攻。 研究テーマはドイツ財政社会学。
小林 賢齊(こばやし まさなり、1929年 - )は、マルク… 小林 賢齊(こばやし まさなり、1929年 - )は、マルクス経済学者。武蔵大学名誉教授。専攻は理論経済学、現代資本主義論。 東京生まれ。長野県出身。武蔵高等学校卒業(21期)。1953年東京大学経済学部(旧制)卒業。東京大学特別研究生(旧制)。東大大学院の山田盛太郎のゼミに所属。1959年武蔵大学専任講師、1964年教授。大学院教授、第13代経済学部長(1980-1981年)も務め、2000年退職。1978年「再生産論の基本問題」で経済学博士(東京大学)。 山田盛太郎の直系の弟子で『山田盛太郎著作集』の刊行に尽力した。東大で横山正彦からも指導を受けた。土地制度史学会評議員。1963年に山田が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。
大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4… 大島 雄一(おおしま ゆういち、1929年 - 1988年4月21日)は、マルクス経済学者。専門は理論経済学。 東京都生まれ。1949年東京高等学校(旧制)文科丙類卒業。1953年東京大学経済学部経済学科(旧制)卒業。宇高基輔のゼミに所属。高橋幸八郎、内田義彦、平瀬巳之吉の指導も受けた。大学院で横山正彦の指導を受けた。名古屋大学経済学部講師、助教授、教授。1983年経済学部長。1988年死亡退官、叙従四位。
望月 清司(もちづき せいじ、1929年(昭和4年)- 20… 望月 清司(もちづき せいじ、1929年(昭和4年)- 2023年(令和5年)2月1日)は、日本の経済学者。マルクス経済学者。元専修大学学長。専修大学名誉教授。経済学博士(専修大学)。専攻は経済史方法論、第三世界論。東京都出身。 この他、北海道大学大学院経済学研究科、東京大学大学院経済学研究科の非常勤講師を務めた。
小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1… 小宮 隆太郎(こみや りゅうたろう、旧字体:小宮 隆太郞、1928年(昭和3年)11月30日 - 2022年(令和4年)10月31日)は、日本の経済学者。位階は従三位。東京大学名誉教授・青山学院大学名誉教授。国際経済学、日本経済、中国経済の3つの分野での実証的な研究を行った業績で知られる。また、多くの日本の経済論争に中心人物としてかかわっている。2002年、文化勲章受章。 1928年11月30日、京都市で生まれる。父は京都大学電気工学科出身の日立製作所に勤めるエンジニアであった。小学生のときに父親の転勤で東京都大森へ転居。旧制東京高等学校を経て、1949年に東京大学へ入学し、木村健康ゼミへ入る。
伊東 光晴(いとう みつはる、1927年9月11日 - )は… 伊東 光晴(いとう みつはる、1927年9月11日 - )は、日本の経済学者。専門は理論経済学。京都大学名誉教授、復旦大学(中国)名誉教授、福井県立大学名誉教授。吉野作造賞等受賞。紫綬褒章受章。東京都出身。 一橋の杉本栄一ゼミや都留重人ゼミで学び、杉本の影響の下、近代経済学、マルクス主義を介した理論経済学の研究に従事する。また同期の山口敏明(東ソー社長や経済同友会副代表幹事を歴任)らとともに一橋新聞部にも参加。予科同期の佐藤金三郎(元横浜国立大学教授)とは生涯親しく交友した。 敗戦により、社会のロマンを解こうと経済学の道に入る。特別研究生時代は、日曜日朝から杉本の家で開かれるゼミに、同じく特別研究生の浅野栄一(中央大学名誉教授)や、ゼミOBの宮崎義一(京都大学名誉教授)、宮崎犀一(元東京女子大学教授)とともに出席し、杉本とともに宮川公男(一橋大学名誉教授)、玉井龍象(金沢大学名誉教授)、近藤鉄雄(大蔵官僚、元労働大臣)らの指導を行った。
矢内原 勝(やないはら・かつ、1926年3月13日 - 20… 矢内原 勝(やないはら・かつ、1926年3月13日 - 2003年11月27日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学名誉教授。