與那覇 潤(よなは じゅん、1979年 - )は、日本の歴史… 與那覇 潤(よなは じゅん、1979年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史、現代史、東アジア地域研究。学位は博士(学術)(東京大学・2007年)。愛知県立大学日本文化学部准教授。
神奈川県:40人
與那覇 潤(よなは じゅん、1979年 - )は、日本の歴史… 與那覇 潤(よなは じゅん、1979年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史、現代史、東アジア地域研究。学位は博士(学術)(東京大学・2007年)。愛知県立大学日本文化学部准教授。
加島 潤(かじま じゅん、1976年 - )は、日本の歴史学… 加島 潤(かじま じゅん、1976年 - )は、日本の歴史学者、経済学者。専門は、中国経済史・東アジア経済史。慶應義塾大学経済学部教授。 神奈川県横浜市生まれ。1999年埼玉大学教養学部卒業。2002年東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。2010年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。東京大学社会科学研究所現代中国研究拠点特任助教、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授、同教授を経て、慶應義塾大学経済学部教授。専門は中国経済史、東アジア経済史。
青木 深(あおき しん、1975年 - )は、日本の文化人類… 青木 深(あおき しん、1975年 - )は、日本の文化人類学者・歴史学者。都留文科大学比較文化学科教授。研究テーマは日米交流史、日米比較文化史、ポピュラー音楽研究で、日本ポピュラー音楽学会理事を務める。サントリー学芸賞、アメリカ歴史家協会デヴィッド・ティーレン賞受賞。 神奈川県横浜市生まれ。1999年上智大学社会学科卒業、2002年一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻修士課程修了。2009年同博士後期課程を修了し、論文「オトは流れてヒトは往く―戦後日本の米軍基地と音楽1945-58―」により、一橋大学博士(社会学)の学位を取得。指導教員は落合一泰。 一橋大学大学院社会学研究科ジュニア・フェローを経て、2011年一橋大学学生支援センターキャリア支援室大学院部門特任講師。
原 淳一郎(はら じゅんいちろう、1974年 - )は、日本… 原 淳一郎(はら じゅんいちろう、1974年 - )は、日本の歴史学者。山形県立米沢女子短期大学日本史学科教授。 神奈川県秦野市生まれ。実家は代々続く煙草農家で、『新編相模国風土記稿』にあるように、原虎胤の子孫との伝承をもつ。秦野市立南小学校、秦野市立南中学校、桐蔭学園高校、慶應義塾大学文学部日本史学専攻卒業。2006年同大学大学院文学研究科博士課程修了。2007年慶應義塾大学より博士(史学)。指導教授は田代和生。ゼミの先輩に磯田道史がいる。専門は日本近世史(宗教史、山岳信仰史、旅行史、米沢藩政史)、民俗学、文化人類学。
中島 信吾(なかじま しんご、1971年 - )は、日本の歴… 中島 信吾(なかじま しんご、1971年 - )は、日本の歴史学者。防衛庁防衛研究所戦史研究センター主任研究官。専門は日本政治外交史、国際関係史。 神奈川県出身。1989年神奈川県立平塚江南高等学校卒業、1994年早稲田大学教育学部卒業、1996年慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了、2002年同大学院博士課程修了。博士(法学)。趣味はアーチェリー、水泳。
山口 輝臣(やまぐち てるおみ、1970年2月 - )は、日… 山口 輝臣(やまぐち てるおみ、1970年2月 - )は、日本の歴史学者。東京大学教授。専門は日本近代政教関係史。神奈川県横浜市出身。
小堀 馨子(こぼり けいこ、1969年8月22日 - )は、… 小堀 馨子(こぼり けいこ、1969年8月22日 - )は、日本の歴史学者、宗教学者。帝京科学大学准教授。神奈川県出身。 世田谷区立桜町小学校、雙葉中学校・高等学校卒業。1993年東京大学文学部西洋史学科卒業。2003年東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程単位取得退学。2003年ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン校人文系大学院歴史学科博士課程博士論文提出資格取得。2013年東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程(再入学) 修了、「共和政期ローマにおけるローマ人の宗教についての一考察―religio概念を手がかりとして」で東京大学より博士(文学)の学位を取得。
渡邊 大門(わたなべ だいもん、1967年10月3日 - )… 渡邊 大門(わたなべ だいもん、1967年10月3日 - )は、日本の歴史学者。大河ドラマ評論家、コラムニスト、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役でもある。 学術論文からライトな歴史好き向けの軽い読み物などの著書を発表している。神奈川県出身、のちに兵庫県、京都府、岡山県、埼玉県で過ごし、現在は、千葉県市川市に在住。
落合 功(おちあい こう、1966年1月19日 - )は、日… 落合 功(おちあい こう、1966年1月19日 - )は、日本の歴史学者、経済学者。青山学院大学経済学部教授。神奈川県出身。 1988年中央大学文学部史学科卒業。1995年同大学院博士後期課程文学研究科満期退学。1996年中央大学博士(史学)取得(「江戸内湾塩業史の研究」)1998年広島修道大学商学部講師、1999年助教授、2004年教授、2013年青山学院大学経済学部教授。
野々瀬 浩司(ののせ こうじ、1964年 - )は、日本の歴… 野々瀬 浩司(ののせ こうじ、1964年 - )は、日本の歴史学者。慶應義塾大学文学部教授。 神奈川県藤沢市出身。千葉県立千葉東高等学校、1988年一橋大学社会学部卒業。1990年慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。1995年同大学院博士課程単位取得満期退学。1998年慶大より博士(史学)取得。1992年から1994年の間、スイス連邦政府給費奨学生としてベルン大学に留学。 1995年防衛大学校人文科学教室講師、2000年同大学人間文化学科助教授、2010年教授。2014年より慶大文学部教授。2018年東京大学文学部西洋史学研究室非常勤講師。
高橋 慎一朗(たかはし しんいちろう、1964年 - )は、… 高橋 慎一朗(たかはし しんいちろう、1964年 - )は、日本の歴史学者、東京大学史料編纂所教授。専門は日本中世史・都市史・鎌倉時代政治史。 神奈川県小田原市出身。神奈川県立湘南高等学校卒業。1988年東京大学文学部国史学科卒業。1990年同大学院人文科学研究科博士課程中退。1997年「中世の都市と武士」で、東京大学より文学博士の学位を取得。1992年、東京大学史料編纂所助手、助教授、2007年准教授(古文書古記録部 古文書室)、2016年教授。
周藤 芳幸(すとう よしゆき、1962年3月 - )は、日本… 周藤 芳幸(すとう よしゆき、1962年3月 - )は、日本の考古学・歴史学者、名古屋大学教授。専門はギリシア考古学、東地中海文化交流史。 神奈川県横須賀市出身。神奈川県立横須賀高等学校卒、1984年東京大学文学部考古学専修卒、1992年同大学院博士課程中退。1987年から1991年までギリシア政府給費留学生としてアテネに留学。名古屋大学文学部助教授、1993年「ミケーネ社会における集落組織の研究 遺跡の空間分析から」で、文学博士(東京大学)。2005年名古屋大学文学研究科教授。日本西洋古典学会委員。 エーゲ海先史文化の考古学的研究を出発点として、現在は古代ギリシア史の諸問題に取り組む。1997年からは、中エジプトのアコリス遺跡から出土するギリシア系の遺物やギリシア語碑文などの調査を常時行っている。
平山 洋(ひらやま よう、1961年〈昭和36年〉9月 - … 平山 洋(ひらやま よう、1961年〈昭和36年〉9月 - )は、日本の哲学者・歴史学者(倫理学・日本思想史学)。学位は、博士(文学)(東北大学・1995年)。静岡県立大学国際関係学部助教。 静岡県立大学国際関係学部助手などを歴任。 神奈川県藤沢市出身。水産学者の家に生まれ、1980年(昭和55年)神奈川県立湘南高等学校卒業。1986年(昭和61年)慶應義塾大学文学部哲学科倫理学専攻卒業、1992年(平成4年)東北大学大学院文学研究科博士課程満期退学(日本思想史学専攻)。1992年静岡県立大学国際関係学部助手、2007年助教。1995年「西田「前期」哲学の研究」で東北大学より博士(文学)の学位を取得。
鍛代 敏雄(きたい としお、1959年12月12日 - )は… 鍛代 敏雄(きたい としお、1959年12月12日 - )は、日本の歴史学者、東北福祉大学教授。専攻は日本中世史。神奈川県平塚市出身。 1982年國學院大學文学部史学科卒業。1988年國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻博士課程後期満期退学。1998年國學院大學栃木短期大学日本史学科助教授。2001年「中世後期の寺社と経済」で國學院大學博士(歴史学)。2003年教授。2015年東北福祉大学教育学部教授。 米原正義に師事。専門は日本中世史の中でも社会史、宗教史、思想史、商業史、交通史など多岐にわたる。小山市文化財審議会委員、國學院大學大学院客員教授、東洋大学大学院兼任講師、石清水八幡宮研究所員などを務める。
米田 俊彦(よねだ としひこ、1958年5月 - )は、日本… 米田 俊彦(よねだ としひこ、1958年5月 - )は、日本の教育学者、歴史学者。東京都出身。専門は近現代日本教育史。元お茶の水女子大学大学院教授。教育学博士(東京大学・1989年)。2024年3月、お茶の水女子大学を定年退職。
小島 道裕(こじま みちひろ、1956年 - )は、日本の歴… 小島 道裕(こじま みちひろ、1956年 - )は、日本の歴史学者。国立歴史民俗博物館教授(総合研究大学院大学教授)。専門は、日本中世史(戦国時代)。博士(文学)(京都大学、2006年)。横浜市生まれ。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
古田 博司(ふるた ひろし、1953年(昭和28年)7月18… 古田 博司(ふるた ひろし、1953年(昭和28年)7月18日 - )は、日本の政治学者・歴史学者。筑波大学名誉教授。専門は、政治思想・東洋政治思想史・北朝鮮政治・韓国社会論・朝鮮中世史・思想教化研究。筑波大学では人文社会科学研究科を担当した。 神奈川県横浜市出身。大学では東洋史で人類学教室に属したが、製作者の気がこもっている民俗的物体に手を触れることができなかったという。1980年(昭和55年)から1986年(昭和61年)まで韓国に滞在し、その体験と研究を下地にした韓国論の書籍を複数出版している。 論文の内容は主要論文の要約を参照。
後藤 修一(ごとう しゅういち、1952年4月8日 - 20… 後藤 修一(ごとう しゅういち、1952年4月8日 - 2018年7月19日)は、日本の歴史学者。専門はドイツ現代史、とくにナチス研究。「漫画の手帖」でのペンネームは飯田橋修一。血液型はAB型。 神奈川県横浜市出身。浅野高等学校卒業。1977年玉川大学文学部外国語学科ドイツ語専攻を卒業。 後藤商店代表取締役社長、コーディネーター、歴史考証。ヒトラー(ドイツ現代史)研究家。全国高校生協議会世話人。日本学生同盟世話人。政治結社重遠社国際局長。三島由紀夫研究会幹事。憂国忌実行委員。国防問題研究会幹事。軍事史学会会員。ドイツ行進曲愛好会会長。元日本郷友連盟常務理事。元日独協会青壮年委員会副委員長。 2018年7月19日、熱中症が原因と思われる心不全で、横浜・伊勢佐木町の店舗兼自宅内で急逝。
立石 博高(たていし ひろたか、1951年2月23日 - )… 立石 博高(たていし ひろたか、1951年2月23日 - )は、日本の歴史学者。専門は、スペイン近現代史。スペイン近代史・スペイン地域研究の先導的研究者である。東京外国語大学名誉教授、元同大学学長。一橋大学経営協議会委員。神奈川大学非常勤講師。 神奈川県出身。1969年、鎌倉学園高等学校卒業。1976年、東京外国語大学外国語学部卒業。1978年、東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1980年、同大学大学院人文科学研究科博士課程中退、同大学人文学部助手。 1984年、同志社大学商学部講師、1987年同助教授を経て、1992年、東京外国語大学外国語学部助教授に就任。1995年、同教授。2009年、大学院重点化に伴い、東京外国語大学総合国際学研究院(国際社会部門・地域研究系)教授へ所属変更。
小風 秀雅(こかぜ ひでまさ、1951年 - )は、日本の歴… 小風 秀雅(こかぜ ひでまさ、1951年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近代史(対外関係史・交通史)。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1995年)。お茶の水女子大学名誉教授、立正大学人文科学研究所研究員、交通史学会会長。 神奈川県出身。県立湘南高校卒。東京大学文学部卒。1995年、東京大学より博士(文学)の学位を取得。 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科教授。2017年3月、お茶の水女子大学定年退職。2018年より立正大学文学部史学科教授。2022年3月、立正大学を定年退職。
鈴木 董(すずき ただし、1947年9月19日 - )は、日… 鈴木 董(すずき ただし、1947年9月19日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は、西アジア・イスラム世界の政治文化研究で、オスマン帝国を主なフィールドとする。 1947年、神奈川県藤沢市生まれ。1966年神奈川県立湘南高等学校を卒業後、東京大学文科一類入学、法学部第三類(政治学コース)へ進み、1970年東京大学法学部を卒業後、同大学院法学政治学研究科修士課程に入り、政治学・政治史・政治思想史を学ぶ傍ら、文学部で開講されていた護雅夫のトルコ語の授業に出席した。1972年、同大学院法学政治学研究科修士課程を修了し、博士課程に進学した。同年9月よりトルコ・イスタンブル大学に留学。1975年、帰国。
石井 正敏(いしい まさとし、1947年2月8日 -2015… 石井 正敏(いしい まさとし、1947年2月8日 -2015年7月6日)は、日本の歴史学者。専門は日本古代史、対外関係史。中央大学名誉教授。日本古文書学会理事。 神奈川県横浜市出身。1969年法政大学文学部史学科卒、1971年中央大学大学院文学研究科国史学専攻修士課程修了、1975年、中央大学大学院文学研究科国史学専攻博士課程単位修了。法政大学では丸山忠綱、中央大学大学院では森克己に学び、大学院の研究会では飯田瑞穂に学ぶ。2002年國學院大學博士 (歴史学)。 中央大学文学部兼任講師を経て、1976年、東京大学史料編纂所助手として着任。1987年、東京大学史料編纂所助教授、1988年に中央大学文学部助教授に転任し、1990年から教授。
油井 大三郎(ゆい だいざぶろう、1945年12月2日 - … 油井 大三郎(ゆい だいざぶろう、1945年12月2日 - )は、日本の歴史学者、東京女子大学現代文化学部特任教授、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。専門はアメリカ現代史。
酒井 信彦(さかい のぶひこ、1943年〈昭和18年〉 - … 酒井 信彦(さかい のぶひこ、1943年〈昭和18年〉 - 2023年〈令和5年〉8月14日)は、日本の歴史学者。主権回復を目指す会顧問、日本ナショナリズム研究所所長、自由チベット協議会代表、川崎正論の会会長)。 元東京大学史料編纂所教授。 昭和18年(1943年)、神奈川県川崎市出身。1967年、東京大学文学部卒業後、1970年に同大学大学院人文科学研究科修士課程を修了、東京大学史料編纂所助教授、同所教授を務めた。儀礼の研究と東アジアの民族問題を中心に研究し、『大日本史料』の編纂に従事した。2006年に同所を定年。3月26日に靖國神社靖國会館で行なった退官記念講演には北朝鮮による拉致被害者家族連絡会会長の横田滋や土屋敬之東京都議会議員などが出席した。
佐藤 次高(さとう つぎたか、1942年8月27日 - 20… 佐藤 次高(さとう つぎたか、1942年8月27日 - 2011年4月11日)は、日本の歴史学者。専門はアラブ・イスラーム史。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1981年)(学位論文「アラブ中世社会史研究」)。東京大学名誉教授。東洋文庫研究部長、日本中東学会会長、史学会理事長、早稲田大学文学学術院教授などを歴任。 1973年流沙海西奨学会賞受賞。2000年恩賜賞・日本学士院賞受賞。 1942年8月27日神奈川県横浜市に生まれる。神奈川県立希望ケ丘高等学校から、1961年東京大学理科II類に入学するが、1963年文学部東洋史学科へ進学。1965年東京大学文学部東洋史学科を卒業、卒業論文はアッバース朝時代の行政制度に関するものであった。
清田 義英(せいた よしひで、1941年(昭和16年)3月1… 清田 義英(せいた よしひで、1941年(昭和16年)3月14日 - 2014年(平成26年)9月28日)は、日本の歴史学者、多摩美術大学名誉教授。日本中世史専攻。 神奈川県藤沢市出身、在住。1964年早稲田大学文学部史学科卒、1968年小野梓記念学術賞受賞、1971年早大大学院博士課程満期退学。1994年「中世寺院法の基礎的研究 -寺院の多数決制と寺院法式」で早大文学博士。多摩美術大学教授、美術学部長、2007年学長、2011年退任、名誉教授。 2014年9月28日、膵臓癌のため死去。
小林 照夫(こばやし てるお、1941年 ‐ )は、日本の歴… 小林 照夫(こばやし てるお、1941年 ‐ )は、日本の歴史学者。関東学院大学名誉教授。博士(社会学)。専門は、近代イギリス史、日英比較文化史論、都市形成史、港湾史。 神奈川県川崎市生まれ。浅野中学校・高等学校、関東学院大学経済学部等を経て、1969年関東学院大学大学院経済学研究科修士課程修了。在学中は今野国雄に師事。1978年から79年に英国・エディンバラ大学大学院経済学研究科へ留学、J.N.Wolfeに指導を受けた。関東学院大学文学部教授、同大学大学院文学研究科指導教授、2011年3月定年退職。 学外では、中国青年政治学院経済管理系客員教授、英国・スターリング大学養殖研究所(the Institute of Aquaculture)客員教授、日韓次世代国際学術大会諮問教授(韓国・東西大学校委嘱)、日本大学大学院商学研究科非常勤講師、同志社女子大学大学院国際社会システム研究科嘱託講師などを歴任した。
坂野 潤治(ばんの じゅんじ、1937年(昭和12年)5月1… 坂野 潤治(ばんの じゅんじ、1937年(昭和12年)5月13日 - )は、日本の歴史学者。専門は、近代日本政治史。東京大学名誉教授。
鈴木 良(すずき りょう、1934年9月25日 - 2015… 鈴木 良(すずき りょう、1934年9月25日 - 2015年2月16日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史・部落問題など。立命館大学教授、部落問題研究所理事、国民融合をめざす部落問題全国会議代表などを務めた。主な著書に『近代日本部落問題研究序説』、『水平社創立の研究』がある。 1934年、神奈川県川崎市に生まれる。1945年の敗戦時に国民学校5年生、1947年の新制中学校の発足の時に中学校1年生であった。明治学院中学校、神奈川県立川崎高等学校を経て、1953年に京都大学文学部に入学する。同級生には、石躍胤央(のち徳島大学教授)、大山喬平(のち京都大学教授)、河音能平(のち大阪市立大学教授)、芝原拓自(のち大阪大学教授)、中野玄三(のち嵯峨美術短期大学教授)、ひろたまさき(のち大阪大学教授)、安丸良夫(のち一橋大学教授)らがいた。
平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14… 平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14日 - 2020年(令和2年)3月11日)は、日本の海上自衛官、歴史学者。海上自衛官としての最終階級は海将補。元防衛大学校教授。太平洋学会理事、戦略研究学会理事、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)委員、横須賀市史編纂委員、特定非営利活動法人岡崎研究所理事、社会福祉法人興寿会理事などを務めた。放送法遵守を求める視聴者の会の賛同者。 神奈川県横須賀市出身。父の平間源之助は海軍軍人で第二次世界大戦後は、公職追放の対象となり、一家は経済的に困窮していたという。一時は社会主義に傾倒するも左派社会党の選挙運動を応援した際に実態を知り転向し、そのことがきっかけとなってコミンテルンの研究を行うようになった。
佐伯 有清 (さえき ありきよ、1925年(大正14年)3月… 佐伯 有清 (さえき ありきよ、1925年(大正14年)3月2日 - 2005年(平成17年)7月19日)は、日本の歴史学者。 1925年、東京市赤坂区で生まれた。法政大学第二高校を卒業し、名古屋大学文学部国史学科に進学。1952年に卒業し、1957年に東京大学大学院国史学専攻を修了。 1952年より母校の法政大学第二高校に勤務。後に同校校長となった。1962年、学位論文『新撰姓氏録の基礎的研究』を名古屋大学に提出し、文学博士号を取得。1971年、北海道大学教授に就いた。1983年、成城大学教授に転じた。1995年に成城大学を退任。 専門は日本史で、日本古代史。その研究内容は大きく下記の3つに分けられる。
長谷川 昇(はせがわ のぼる、1922年 -2002年 )は… 長谷川 昇(はせがわ のぼる、1922年 -2002年 )は、日本の歴史学者。専門は自由民権運動。横浜市生まれ、早稲田大学文学部卒業。東海学園女子短期大学教授を経て、名誉教授。専攻は日本近代史。 松岡正剛は『博徒と自由民権』を「名古屋事件を詳細に再現した一書。目を洗われた。」と評している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
中林 賢二郎(なかばやし けんじろう、1919年1月17日 … 中林 賢二郎(なかばやし けんじろう、1919年1月17日 - 1986年1月11日)は、日本の歴史学者。労働運動史を研究した。法政大学教授。 横浜市生まれ。1944年9月、東京帝国大学文学部西洋史学科卒業。翌1944年10月-1946年3月、財団法人東亜研究所に勤務。1946年10月-1951年11月、財団法人政治経済研究所に勤務。のち、1956年5月まで世界労働運動研究協議会事務局に勤務。1957年7月、社会主義経済研究所に入所。1959年10月より学校法人中央労働学園講師を兼任、1976年まで「労働運動と統一戦線」「国際労働運動史」を担当。東京都立大学 (1949-2011)法経学部講師、労働者教育協会理事、中央労働学園理事・常務理事を歴任。
杉山 博(すぎやま ひろし、1918年8月4日 - 1988… 杉山 博(すぎやま ひろし、1918年8月4日 - 1988年10月20日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本中世史。 神奈川県小田原市出身。國學院大學文学部で高柳光寿、渡辺世祐の指導を受け日本中世史を学び、1941年に卒業。卒業論文は「中世末期に於ける夫役に就て」。その後、兵役につき、戦後、1946年國學院大學図書館司書、翌1947年から東京大学史料編纂所に勤務し、1966年に助教授、1972年4月から1976年4月まで教授。1976年から駒澤大学文学部教授。 地方史研究協議会の創立にも加わっており、史料・文書や自治体史の編修に尽力した。
村尾 次郎(むらお じろう、1914年(大正3年)9月20日… 村尾 次郎(むらお じろう、1914年(大正3年)9月20日 - 2006年(平成18年)12月9日)は、日本の歴史学者。東京大学文学博士。 静岡県浜松市の医家(父は医学博士・圭介。松籟と号す)に生まれた。虎童子と号す。考証学者・村尾元融は、血縁の父祖にあたる。 横浜一中、静岡高等学校卒業後、1936年(昭和11年)、東京帝国大学文学部国史学科に進学後は平泉澄の内弟子となった。1940年(昭和15年)、卒業と同時に東京帝国大学文学部助手となるも、1943年(昭和18年)3月に応召される。歩兵より船舶兵科に転じ、陸軍船舶幹部候補生隊本部教官[要出典]。 戦後は古代史専攻の研究者となり、1961年(昭和36年)に「律令財政史の研究」で東京大学より文学博士の学位を受けた。
平等 文成(びょうどう ぶんじょう、1907年(明治40年)… 平等 文成(びょうどう ぶんじょう、1907年(明治40年)3月17日 - 1970年(昭和45年)12月12日))は、衆議院議員(日本社会党)、歴史学者。選挙には「びょうどう ぶんせい」の読みで出馬した。 神奈川県横浜市出身。1929年、新潟高等学校卒業。東京帝国大学文学部卒業。東京で新聞・雑誌記者として勤めたのち、中国大陸に渡り高橋公館、興亜院華北連絡部に勤務。のち、新民学院や北京大学(農学院)教授などを歴任し、東洋史の研究に従事する。第二次世界大戦後、長野県北佐久郡軽井沢町の浅間山麓に入植し、農民運動を始め、全日本農民組合中央常任委員、同国際部長、同長野県連合会委員長、日本社会党長野県本部統制委員長、私学新報社長などを歴任した。
尾崎 喜左雄(おざき きさお、1904年〈明治37年〉5月3… 尾崎 喜左雄(おざき きさお、1904年〈明治37年〉5月30日 - 昭和53年〈1978年〉1月4日)は、日本の歴史学者・考古学者。主に群馬県で古墳の調査を行い、群馬県の考古学の礎を築いた。文学博士、群馬大学名誉教授。 1904年(明治37年)、神奈川県足柄上郡川村(現・山北町)に生まれる。1923年(大正12年)神奈川県立第一横浜中学校(現・神奈川県立希望ケ丘高等学校)を卒業。1926年(大正15年)日本メソヂスト静岡教会で受洗。同年静岡高等学校卒業後、東北帝国大学法文学部に入学するも中退。1930年(昭和5年)九州帝国大学法文学部を卒業(法学士)。1932年(昭和7年)近衛砲兵大隊に入隊し工兵科幹部候補生となるが同年除隊し予備役となる。
赤星 直忠(あかほし なおただ、1902年4月17日 - 1… 赤星 直忠(あかほし なおただ、1902年4月17日 - 1991年3月11日)は、大正・昭和期の考古学者、歴史学者、民俗学者、郷土史研究者。教員等の職業に就き、研究機関等に所属することはなかったが、生涯で500本近い論文を発表して横須賀考古学会を設立するなど、主に神奈川県下で活躍し、三浦半島の考古学研究の基礎を築いた。研究内容は、縄文時代早期の関東地方の土器型式の分類、弥生時代から古墳時代の海蝕洞窟遺跡や横穴墓、古代・中世の寺院ややぐら、城郭など多岐に及んだ。 神奈川県三浦郡横須賀町(現・横須賀市)に生まれる。神奈川県立横須賀中学校(現・神奈川県立横須賀高等学校)の生徒であった時、学校の敷地内で古い時代の寺院の遺物が発見されたのを契機として、考古学に興味を持ち始めた。
相田 二郎(あいだ にろう、1897年(明治30年)5月12… 相田 二郎(あいだ にろう、1897年(明治30年)5月12日 - 1945年(昭和20年)6月22日)は、日本の歴史学者。東京帝国大学史料編纂官。専門は日本中世史、日本古文書学で、生涯にわたって古文書学の研究・教育につとめた。 神奈川県足柄下郡早川村(現在の神奈川県小田原市)に生まれる。神奈川県立小田原中学校、第四高等学校を経て、1923年、卒業論文「土地沽却上の支拂品より見たる銭貨の流通状態 王朝時代鎌倉時代」をまとめ、東京帝国大学文学部国史学科を卒業。同大大学院進学とともに、同大学文学部史料編纂掛嘱託となる。1927年に史料編纂官補(同年、有栖川宮奨学金を受ける)、1930年から、東京帝国大学文学部講師として古文書学を講義、1933年に史料編纂官となった。
座間 美都治(ざま みつじ、1896年〈明治29年〉11月2… 座間 美都治(ざま みつじ、1896年〈明治29年〉11月2日 - ?)は、日本の歴史学者。神奈川県相模原市地域の郷土史家として知られる。神奈川県師範学校本科卒業。神奈川県商工実商学校教諭、相模原市立旭中学校校長、相模原市史編纂委員等を歴任。 現在の神奈川県相模原市南区に出生。1974年(昭和49年)の『相模原の歴史』を初めとして複数の郷土史書を著し、『相模原市史第7巻』を著述した。 1980年(昭和55年11月2日)の84歳の折、教え子や有志により相模原市麻溝台字はの原1894番地に肖像が建設された。敷地提供者は座間末治嗣子及び座間功。同像は1989年(平成元年)道路拡幅のため相模原市南区下溝3256-9に移された。