奈倉 道隆(なぐら みちたか、1934年7月29日- )は、… 奈倉 道隆(なぐら みちたか、1934年7月29日- )は、名古屋市出身の浄土宗の僧侶、医師、東海学園大学名誉教授。専門は共生人間論、老年医学。 名古屋市生まれ。1960年京都大学医学部卒。1973年医学博士。1974年 佛教大学文学部仏教学科卒。大阪社会事業短期大学助教授、大阪府立大学社会福祉学部教授、1986年龍谷大学社会学部教授、1997年東海学園大学教授、2005年同名誉教授、四天王寺国際仏教大学教授、放送大学客員教授。 2018年6月22日、奈倉ら吉田寮出身者で組織される「21世紀に吉田寮を活かす元寮生の会」が、京都大学の総長の山極寿一に2018年9月以降に吉田寮の旧棟を保存活用するよう求める要請書を提出した。
服部 英二(はっとり えいじ、1934年 - )は、日本の比… 服部 英二(はっとり えいじ、1934年 - )は、日本の比較文明学者。 名古屋市出身。南山大学文学部哲学科卒業。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。フランス政府給費留学生としてパリ大学(ソルボンヌ)博士課程に留学。 1973年ユネスコ本部勤務、首席広報官、文化担当特別事業部長等。その間に「科学と文化の対話」シンポジウムシリーズ、「シルクロード・対話の道総合調査」等を実施。 1994年退官後、ユネスコ事務局長顧問、同事務局長官房特別参与、麗澤大学教授、同比較文明文化研究センター客員教授、道徳科学研究センター顧問、地球システム・倫理学会会長、比較文明学会名誉理事。
早川 太郎(はやかわ たろう、1934年 - )は、日本の医… 早川 太郎(はやかわ たろう、1934年 - )は、日本の医学者、医師。愛知学院大学名誉教授。元愛知学院大学歯学部生化学講座教授。 愛知県名古屋市出身。1959年名古屋大学医学部卒業、1963年同大学院修了。以後長崎大学助手、講師、助教授、カリフォルニア大学デービス校客員研究員、ロシュ分子生物学研究所客員研究員、愛知学院大学助教授を経て1977年より愛知学院大学教授に就任。2005年に退職し名誉教授。
近藤 邦康(こんどう くにやす、1934年 - 2023年1… 近藤 邦康(こんどう くにやす、1934年 - 2023年1月6日 )は、日本の政治学者、東京大学名誉教授。学位は修士(文学・東京大学)。愛知県出身。 1934年、愛知県生まれ。東海高等学校卒業。1957年に東京大学文学部中国文学科を卒業後、東京大学大学院へ進学する。1959年、東京大学大学院人文科学研究科(中国語中国文学専攻)修士課程を修了し、文学修士となる。以後、北海道大学助教授、東京大学社会科学研究所教授を歴任し、1995年、定年により退官すると、東京大学名誉教授に就任した。定年退官後は大東文化大学法学部政治学科教授に就任し、2006年に退職した。 日本現代中国学会の理事長(1994年から1998年)、中国社会文化学会の理事(1991年から1995年)を務めた。
竹市 明弘(たけいち あきひろ、1933年11月28日 - … 竹市 明弘(たけいち あきひろ、1933年11月28日 - 2019年6月15日)は、日本の哲学者、京都大学名誉教授。 愛知県一宮市出身。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科哲学専攻修士課程修了。関西大学助教授、同教授、京都大学教養部助教授、同教授、1991年に京都大学総合人間学部教授、同環境・人間学初代研究科長を歴任。1997年に定年退官、同時に名誉教授称号授与。その後、岡崎学園国際短期大学学長と改組および校名変更後の人間環境大学学長を歴任。アウクスブルク大学名誉博士。2017年4月、瑞宝中綬章を受章。
江口 吾朗(えぐち ごろう、1933年10月3日 - 201… 江口 吾朗(えぐち ごろう、1933年10月3日 - 2019年4月3日) は、日本の生物学者。学位は、理学博士(名古屋大学・1964年)。名古屋大学理学部教授などを経て、 基礎生物学研究所名誉教授。元熊本大学学長。元学校法人尚絅学園理事長。従三位瑞宝重光章。 愛知県名古屋市生まれ。実家は工場で、名古屋大学医学進学コースに入学したが、周囲は医者の子供ばかりで違和感を感じ、生物学者になろうと考え、1956年名古屋大学理学部生物学科卒業。1957年名古屋大学大学院修士課程中退、名古屋大学理学部生物学科教務員。 1959年名古屋大学理学部生物学科助手。1964年名古屋大学より理学博士の学位を取得。1968年竹市雅俊ともに、京都大学に移籍し、京都大学理学部生物物理学科助教授着任。
太田 朋子(おおた ともこ、1933年9月7日 - )は、日… 太田 朋子(おおた ともこ、1933年9月7日 - )は、日本の遺伝学者。 木村資生による、遺伝子の「分子進化の中立説」(Kimura 1968, 1969) 発表後、木村と共同で中立進化説の基礎固めを行い、その業績によりクラフォード賞を受賞。学位は、Ph.D(ノースカロライナ州立大学・1966年)、理学博士(東京大学・1972年)。国立遺伝学研究所名誉教授。文化功労者。文化勲章受章。愛知県西加茂郡三好町(現:みよし市)生まれ。 生物の突然変異は生存に有利か不利のどちらかであり、有利なものが生き残るという自然淘汰説が1960年代半ばまで主流だったが、国立遺伝学研究所の木村資生名誉教授が突然変異のほとんどは有利でも不利でもないとの「中立説」を発表し、1970年代に太田が、わずかに不利な「ほぼ中立」の変異でも、集団の規模が小さければ偶然広がる確率が高まるという説を発表した。
服部 禎男 (はっとり さだお、1933年7月27日 - )… 服部 禎男 (はっとり さだお、1933年7月27日 - )は、日本の工学者、元電力中央研究所名誉特別顧問。放射線ホルミシスの研究者。 愛知県名古屋市生まれ。愛知県立旭丘高等学校を経て、1956年、名古屋大学電気工学科卒業後、中部電力に入社。入社翌年、東京工業大学大学院原子核工学修士課程に進学。修了後の1960年、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所原子炉災害評価研修課程へ留学。1972年、動力炉・核燃料開発事業団に在籍、ふげん建設電気機械課長として設計、許認可研究活動に携わる。 1980年、電力中央研究所・研究開発部の初代原子力部長に就任。1984年、アメリカ合衆国の生化学者トーマス・ラッキーの唱えた放射線ホルミシス論を知り、のちに同理論は正しいと考えるに至る。
松永 希久夫(まつなが きくお、1933年5月11日 - 2… 松永 希久夫(まつなが きくお、1933年5月11日 - 2005年10月11日)は、日本の神学者。東京神学大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。キリスト教徒の家庭に育つ。1957年国際基督教大学卒、東京神学大学大学院博士課程満期退学。神田盾夫に学ぶ。同大学助手、助教授、教授、学長を務め、2001年定年。 2005年10月11日、心不全のため死去。
浦野 起央(うらの たつお、1933年(昭和8)3月11日 … 浦野 起央(うらの たつお、1933年(昭和8)3月11日 - )は、日本の政治学者。日本大学名誉教授。専門は国際政治学。 愛知県豊川市生まれ。日本大学法学部卒業、同大学院修了。1990年「現代における革命と自決の研究」で、政治学博士(東海大学)。日本大学法学部教授を経て、2003年定年、名誉教授となる。
木戸 蓊(きど しげる、1932年5月5日 - 2000年6… 木戸 蓊(きど しげる、1932年5月5日 - 2000年6月10日)は、日本の政治学者。神戸大学名誉教授。第11代日本国際政治学会理事長。専門は、国際関係論、バルカン地域の政治。 1932年、愛知県名古屋市生まれ。1955年に京都大学法学部を卒業。1957年名古屋大学大学院法学研究科修士課程修了。国際政治史を専攻した。 卒業後、1957年に名古屋大学法学部助手に着任。1958年より日本国際問題研究所研究員。ユーゴスラヴィア国際政治経済研究所客員研究員を経て、1968年に神戸大学法学部助教授に就任1970年に教授昇任。1988から1990年まで、神戸大学法学部長を務めた。学界では、1992~1994年、日本国際政治学会理事長。
佐藤 毅(さとう たけし、1932年3月5日 - 1997年… 佐藤 毅(さとう たけし、1932年3月5日 - 1997年10月8日)は、日本の社会学者、一橋大学名誉教授。 愛知県一宮市出身。1954年一橋大学社会学部卒、1959年同大学院社会学研究科博士課程満期退学。南博ゼミ出身。1960年法政大学社会学部専任講師、1961年助教授、1969年教授、1978年一橋大学社会学部教授。1991年「マスコミの受容理論 言説の異化媒介的変換」で一橋大学社会学博士。1995年定年退官、名誉教授、大東文化大学法学部教授。 1997年10月8日、急性白血病のため死去。 指導学生に安川一、伊奈正人、三浦展,出口剛司など。
塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2… 塩野谷 祐一(しおのや ゆういち、1932年1月2日 - 2015年8月25日)は、日本の経済学者、一橋大学名誉教授、名古屋大学特別教授。1991年日本学士院賞、2002年文化功労者。経済哲学やヨーゼフ・シュンペーターの研究の第一人者。第12代一橋大学学長、国立大学協会副会長、国立社会保障・人口問題研究所長等を歴任。愛知県豊橋市生まれ。 父は経済学者の塩野谷九十九(元名古屋大教授)、妻は山内得立(哲学者、文化功労者、京都大学名誉教授)長女。一橋大学大学院で山田雄三の指導を受けた。スタンフォード大学教授等を務めた経営学者の今井賢一は山田ゼミの同期。著書に『シュンペーターの経済観』『価値理念の構造』など。
木村 克美(きむら かつみ、1931年8月31日 - )は、… 木村 克美(きむら かつみ、1931年8月31日 - )は、日本の化学者。分子科学の分野で著名。分子科学研究所名誉教授。レーザー光を利用して分子の電子状態やイオン化ポテンシャル等の精密測定を行った。実兄の木村資生(きむら もとお)も研究者で、世界的な集団遺伝学者である。理学博士(名古屋大学)。 ヘリウム共鳴線 (HeI) を光源とするHeI光電子分光法や、ナノ秒パルスレーザー光電子分光法などを用いて数々の業績を上げた。多数の基本的有機分子の光電子スペクトルを測定し、理論計算に基づくイオン化ポテンシャルの帰属を行った。レーザーを光源とした、新たな高分解能光電子分光法の開発を精力的に行い、パルスレーザーによる多光子励起光電子の飛行時間分析を組み合わせた「電子励起状態からの光電子分光法」を確立した。
千野 陽一(ちの よういち、1931年6月26日 - )は、… 千野 陽一(ちの よういち、1931年6月26日 - )は、日本の教育学者、歴史学者、東京農工大学名誉教授。 愛知県安城市生まれ。1955年東京大学教育学部教育行政学科卒。東京農工大学工学部助教授、教授。96年定年退官、名誉教授。その後、帝京大学教授、2002年定年退職。戦時下の婦人団体の歴史、農村での教育などを研究した。
中村 哲(なかむら さとる、1931年5月17日 - )は、… 中村 哲(なかむら さとる、1931年5月17日 - )は、日本の経済史学者。京都大学・福井県立大学・鹿児島国際大学名誉教授。堀江英一門下。 1931年、愛知県岡崎市出身。神奈川県立小田原高等学校を卒業後、1951年4月、京都大学文学部入学。1955年4月、同文学部史学科国史学専攻卒業。1957年3月、京都大学大学院文学研究科修士課程国史学専攻修了。1959年3月、京都大学大学院文学研究科博士課程国史学専攻退学後、京都大学人文科学研究所助手を1966年まで務める。同年4月、龍谷大学経営学部助教授。1969年4月、京都大学経済学部助教授に就任。1970年7月、経済学博士学位取得。1976年7月、同経済学部教授。
伊藤 喜栄(いとう よしえい/よしえ、1931年5月8日- … 伊藤 喜栄(いとう よしえい/よしえ、1931年5月8日- )は、日本の地理学者。慶應義塾大学名誉教授。経済地理学専攻。 愛知県一宮市第四小学校(在籍中に国民学校へ移行)から愛知県立一宮中学校に進み、在学中に昭和東南海地震を経験した。1945年4月、大阪陸軍幼年学校に入学し49期生となったが、これは最後の陸軍幼年学校生徒となったことを意味していた。敗戦後、幼年学校は8月28日に閉校となり、伊藤は9月に一宮中学校へ復学した。 愛知県立一宮高等学校を経て、名古屋大学文学部史学科を卒業する。1961年、名古屋大学大学院博士課程を満期退学し、大分大学経済学部専任講師となる。以後、名古屋市立大学助教授、金沢大学法文学部助教授を経て、1979年慶應義塾大学経済学部教授に就任。
前田 專學(まえだ せんがく、1931年4月1日 - )は、… 前田 專學(まえだ せんがく、1931年4月1日 - )は、日本のインド哲学者、仏教学者、東京大学名誉教授。文学博士。公益財団法人中村元東方研究所理事長・東方学院長。 愛知県名古屋市に生まれる。実兄は原始仏教及び上座仏教研究者の前田惠學、祖母は日本画家の前田錦楓。 愛知県立瑞陵高等学校を経て、1955年東京大学文学部印度哲学梵文学科卒。同大学院人文科学研究科修士課程修了後、フルブライト奨学生として米国ペンシルベニア大学大学院東洋学専攻博士課程に留学。修了後、同大学助教授などを経て、1982年に東京大学文学部印度哲学科教授。1991年定年退官、名誉教授。武蔵野大学教授・副学長を歴任。1973年文学博士(東京大学)。
小川 英次(おがわ えいじ、1931年1月10日 - 201… 小川 英次(おがわ えいじ、1931年1月10日 - 2019年7月4日)は、日本の経営学者。専門は生産管理論、中小企業経営論。名古屋大学名誉教授、学校法人梅村学園名誉理事長。第6代中京大学学長、第5期日本中小企業学会会長等も務めた。日経・経済図書文化賞受賞、瑞宝重光章、豊田市市政功労章受章。 名古屋市出身。1953年旧制名古屋大学工学部機械学科卒、1955年名古屋大学経済学部経営学科卒業、1960年名古屋大学大学院経済学研究科経営学専攻博士課程単位取得満期退学。64年「生産計画論」で名古屋大学より経済学博士の学位を取得。末松玄六研究室出身。 60年名大経済学部助手となり、62年生産管理論専任講師。
原 昌(はら しょう、1931年1月3日 - )は、日本の児… 原 昌(はら しょう、1931年1月3日 - )は、日本の児童文学研究者、翻訳家、中京大学名誉教授。 名古屋市生まれ。本名・昌一。南山大学文学部英文科卒、市邨学園短期大学(現・名古屋経済大学短期大学部)教授、1980年中京大学文学部教授、2002年名誉教授。台湾国立成功大学客員教授。日本イギリス児童文学会会長、日本児童文学学会会長を務めた。1974年新美南吉文学賞を『児童文学の笑い』で受賞。2004年児童文化功労者褒章。
富田 英夫(とみた ひでお、1931年 - 1998年)は、… 富田 英夫(とみた ひでお、1931年 - 1998年)は、日本の生物学者、遺伝学者。元名古屋大学理学部教授。 名古屋市出身。名古屋大学理学部生物学科卒業。大学院に進学し、山本時男に師事した。1965年名古屋大学理学博士。博士論文は「メダカのメラニン形成 」。 30年以上にわたる研究により、100種類以上のメダカの自然発生的突然変異をひとりで発見した。これら約100種類の突然変異系統を大学の敷地および自宅の庭の水槽で交配保存し、世界中の研究者に提供した。これらの突然変異には、アルビノなど、色素に関する多数の突然変異の他、眼のないメダカ(el)、鱗の発達しないメダカ(rs)、腹部の構造が背部にできるメダカ(Da)、など生命現象の理解にとって重要なものが多数含まれていた。
上妻 精(こうづま ただし、1930年10月31日 - 19… 上妻 精(こうづま ただし、1930年10月31日 - 1997年6月26日)は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。ヘーゲルを専門とした。 1930年、愛知県名古屋市生まれ。旧制水戸高等学校1年修了。東京大学文学部倫理学科で学び、指導教官は金子武蔵であった。学科の同期には評論家の俵孝太郎、思想の科学研究会会長代行の後藤宏行、東京大学教授の谷嶋喬四郎、山口大学教授の山田洸がいた。1953年、東京大学文学部を卒業し、同大学大学院に進む。1960年、同大学院博士課程を中退。 卒業後は東邦大学助教授となった。1965年、成蹊大学助教授。1970年に教授昇進。1985年、東北大学文学部教授となった。1993年、東北大学を定年退官し、名誉教授となった。
小林健吾(こばやし けんご、1930年5月29日- )は、日… 小林健吾(こばやし けんご、1930年5月29日- )は、日本の会計学者。滋賀大学名誉教授、青山学院大学名誉教授。 愛知県岡崎市出身。愛知県立岡崎高等学校卒業、1954年名古屋大学経済学部卒業。1956年名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。1975年コロンビア大学卒、1980年「直接原価計算」で大阪市立大学より経営学博士の学位を取得。1957年名城大学法商学部講師、1961年専修大学商経学部助教授、1962年経営学部助教授、1968年滋賀大学経済学部助教授、1971年教授、1986年名誉教授、青山学院大学経営学部教授。2001年定年、名誉教授、青森公立大学経営経済学部教授、2005年LEC会計大学院教授、2010年特任教授。
加藤 延夫(かとう のぶお、1930年〈昭和15年〉1月25… 加藤 延夫(かとう のぶお、1930年〈昭和15年〉1月25日 - 2025年〈令和7年〉5月7日)は、日本の細菌学者。位階勲等は従三位瑞宝大綬章。医学博士。名古屋大学名誉教授、元総長。愛知県名古屋市出身。 衆議院議長、法務大臣を務めた国会議員加藤鐐五郎の孫婿。 その後、愛知医科大学学長、同理事長。
久野 昭(くの あきら、1930年1月8日 - 2018年)… 久野 昭(くの あきら、1930年1月8日 - 2018年)は、日本の哲学者。専攻は比較思想論。広島大学名誉教授。国際日本文化研究センター名誉教授。実父は久野朔郎。実弟は小笠原暁、久野暲。 愛知県名古屋市出身。第八高等学校を経て、1952年京都大学文学部哲学科卒業。東洋大学、広島大学、国際日本文化研究センター各教授を歴任した。
西山 邦彦(にしやま くにひこ / ほうげん、1930年 -… 西山 邦彦(にしやま くにひこ / ほうげん、1930年 - )は、日本の哲学者。浄土真宗の僧。 名古屋市生まれ。京都大学文学部大学院博士課程(哲学専攻)満期退学。真宗大谷派教学研究所所員を経て、近畿大学短期大学部助教授、教授。真宗大谷派金沢教区第六組常徳寺住職、石川県河北郡内灘町に隠棲、親鸞学団―京都―を主宰する。曽我量深に師事した。
関山 和夫(せきやま かずお、1929年10月8日 - 20… 関山 和夫(せきやま かずお、1929年10月8日 - 2013年5月9日)は、日本の民俗学者、話芸(落語)研究者、佛教大学名誉教授、元京都西山短期大学学長。 愛知県に生まれる。生家は浄土宗西山派の寺であった。1946年に愛知県立一宮中学校(旧制、4年卒)、1952年に大谷大学国文学科を卒業。卒業後は愛知県で県立高校の教諭となった。教職に就く一方で著作活動も行い、1964年に『説教と話芸』で日本エッセイストクラブ賞受賞。同時期より東海学園女子短期大学助教授となり、後に教授昇進。佛教大学教授となった。1976年に学位論文『説教の歴史的研究』を大谷大学に提出して文学博士号を取得。2000年に佛教大学を定年退任し、名誉教授となった。
大林 太良(おおばやし たりょう、1929年(昭和4年)5月… 大林 太良(おおばやし たりょう、1929年(昭和4年)5月10日 - 2001年(平成13年)4月12日)は日本の民族学者。東京大学名誉教授。従四位勲三等旭日中綬章。東京都生まれ、愛知県育ち。
竹内 昭夫(たけうち あきお、1929年4月29日 - 19… 竹内 昭夫(たけうち あきお、1929年4月29日 - 1996年12月26日)は、日本の法学者。専門は商法・消費者法。学位は、法学博士(東京大学・論文博士・1962年)(学位論文「剰余金の資本組入」)。東京大学名誉教授。消費者法という法分野を創設した。1996年日本学士院会員、紺綬褒章・紫綬褒章・勲二等瑞宝章受章。鈴木竹雄門下。弟子に関俊彦、大塚龍児、岩原紳作、神田秀樹、宍戸善一、弥永真生、神作裕之、吉原和志など。 岳父(妻の父)は元東京銀行監査役の斎藤保義。義兄(妻の兄)は元毎日新聞社代表取締役社長・会長の斎藤明。義姉(妻の姉)は国際基督教大学名誉教授の斎藤美津子。 愛知県知多郡阿久比村(現阿久比町)出身。
大澤 省三(おおさわ しょうぞう、1928年10月2日 - … 大澤 省三(おおさわ しょうぞう、1928年10月2日 - 2022年5月27日)は、日本の生物学者。専門は、分子遺伝学。学位は、理学博士(名古屋大学)。名古屋大学及び広島大学名誉教授。 1984年、バクテリアの1種のマイコプラズマが、変則的な遺伝暗号を使っていることを発見。この現象を説明する学説としてコドン捕獲説を提唱したことで知られる。2022年5月27日に病気のため死去したことが6月1日に報道された。
鈴木 清(すずき きよし、1928年9月21日 - )は、日… 鈴木 清(すずき きよし、1928年9月21日 - )は、日本の医師、教育学者。青山学院大学名誉教授。 愛知県出身。1945年(昭和20年)旧制愛知県立津島中学校(現・愛知県立津島高等学校)卒業。1953年(昭和28年)慶應義塾大学医学部卒業。 1954年(昭和2年)12月から1960年(昭和28年)3月まで慶応堂病院に在籍。この後、転出して東京医科歯科大学第二内科学講師。後に青山学院大学公衆衛生学教授、青山学院診療所長を務める。現在は青山学院大学名誉教授。
後藤 幸男(ごとう ゆきお、1928年8月20日 - 202… 後藤 幸男(ごとう ゆきお、1928年8月20日 - 2024年1月15日)は、日本の経営学者。経営学博士(神戸大学・論文博士・1968年)。神戸商科大学名誉教授・元学長。2006年瑞宝中綬章受章。 愛知県一宮市生まれ。名古屋大学経済学部卒業。1954年同大学院修了、名古屋大学助手、1957年神戸商科大学講師、1959年助教授、1965年教授、1968年「企業の投資決定論」で経営学博士(神戸大学)の学位を取得。1986年学長。1990年定年退任、名誉教授、追手門学院大学経営学部教授。2001年日本経営財務研究学会会長。2006年瑞宝中綬章受章。
宇野 善康(うの よしやす、1928年6月8日-2015年3… 宇野 善康(うの よしやす、1928年6月8日-2015年3月11日)は、日本の社会心理学者。 愛知県豊田市出身。1958年慶應義塾大学大学院博士課程満期退学、慶大文学部助手、1962年講師、1964年助教授、1969年「革新的アイデアの開発普及過程に関する研究 コミュニケーション科学的観点からのアプローチ」で社会学博士。1971年教授、1972年同社会学研究科教授、1994年定年退任、名誉教授、愛知淑徳大学教授。2004年退職。普及学、イノベーション理論を研究した。宇野の「革新的アイデア」はイノベーションに対応する邦訳語であり、技術革新よりも広い原義を表している。
勝田 吉太郎(かつだ きちたろう、1928年2月5日 - 2… 勝田 吉太郎(かつだ きちたろう、1928年2月5日 - 2019年7月22日)は、日本の政治学者。京都大学名誉教授、奈良県立大学名誉教授、鈴鹿国際大学名誉学長。専門はロシア政治思想史、ロシア精神史、アナーキズム。法学博士(京都大学)。 愛知県名古屋市生まれ。刑法学の瀧川幸辰に師事した(政治思想史講座の前任は恒藤恭)。 1944年名古屋市立名古屋商業高等学校卒業、1947年大阪外事専門学校卒業。1951年京都大学法学部卒業、同助手。1953年京都大学法学部講師、1954年助教授。1962年3月、京都大学にて「近代ロシヤ政治思想史 西欧主義とスラブ主義」で法学博士の学位を取得。1964年7月教授、1962年コロンビア大学ロシア研究所客員教授、1977年北海道大学スラブ研究センター兼任教授、1981年金沢工業大学工学部客員教授。
中村 昌生(なかむら まさお、1927年8月2日 - 201… 中村 昌生(なかむら まさお、1927年8月2日 - 2018年11月5日)は、日本の建築家、建築史家(日本建築史)。京都工芸繊維大学名誉教授、福井工業大学名誉教授。京都伝統建築技術協会を設立、理事長を務める。専攻は日本建築。工学博士。 愛知県出身。それまで建築史研究の対象としてはまれであった茶室や数寄屋建築を本格的に研究し、研究によって得られた知見を生かして設計活動を行った。また、桂離宮修理事業をはじめ、伝統建築の保存に貢献した。 1927年、愛知県名古屋市生まれ。彦根工業専門学校建築学科(現滋賀大学)を卒業した後、京都大学工学部の研修員となる。同大学助手等を経て、1973年、京都工芸繊維大学教授。
伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 201… 伊藤 敬一(いとう けいいち、1927年2月8日 - 2017年9月18日)は、中国文学者、東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1947年東京外国語学校中国語科卒業。1950年東京大学文学部中国文学科卒業、1952年同大学院満期退学、東京都立大学 (1949-2011)(現首都大学東京)助手、1959年専任講師、1964年助教授、1970年東大教養学部助教授(中国語)、1974年教授、1987年定年退官、名誉教授、中京大学教授。1992年同教養部長、1997年定年。 若いころ中国文学仲間と同人誌『北斗』を創刊、のち日中友好協会理事長、会長を務めた。業績は多岐にわたるが、特に老舎で、日本老舎研究会会長も務めた。
小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月1… 小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月19日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の物理学者、天文学者。 勲等は勲一等。正三位。学位はPh.D.(ロチェスター大学・1955年)、理学博士(東京大学・1967年)。東京大学特別栄誉教授・名誉教授、東海大学特別栄誉教授、杉並区立桃井第五小学校名誉校長、日本学術会議栄誉会員、日本学士院会員、文化功労者。血液型はA型。 シカゴ大学研究員、東京大学原子核研究所助教授、東京大学理学部教授、東京大学高エネルギー物理学実験施設施設長、東海大学理学部教授、財団法人平成基礎科学財団理事長などを歴任した。 愛知県生まれの物理学者であり、ニュートリノ天文学を開拓した天文学者でもある。
芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年… 芳賀 登(はが のぼる、1926年7月30日 - 2012年2月26日)は、日本の日本史学者。筑波大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1951年東京文理科大学史学科卒業後、高校教師を経て、大阪教育大学に赴任。東京教育大学が廃止され、筑波大学が設立されるにあたって同大教授に就任。大江志乃夫ら東京教育大学日本史教室の教員は、東京教育大学の廃止に反対して全員が筑波大学に横滑りしなかったため、井上辰雄・田沼睦・岩崎宏之・大濱徹也らは芳賀の招請によって筑波大学に赴任した。副学長を務め、1990年に定年を2年前に退官、東京家政学院大学教授、理事長を務めた。日本風俗史学会会長も務めた。 幕末の国学を専門とするが、著作の分野は多岐にわたる。
田中 明(たなか あきら、1926年7月3日 - 2010年… 田中 明(たなか あきら、1926年7月3日 - 2010年12月8日)は、日本の韓国・朝鮮研究学者。 愛知県名古屋市生まれ。叔父の養子となり、小学校からソウルで暮らす。龍山中学校卒業後、海軍経理学校へ入学。第二次世界大戦の終戦後は名古屋の旧制第八高等学校に編入学し、さらに東京大学文学部の新制一期生となり、1952年に卒業。中日新聞を経て、朝日新聞に入社。 朝日新聞社時代には、『朝日ジャーナル』記者として韓国を取材。1972年に朝日新聞を休職して、韓国の延世大学校 韓国語学堂・高麗大学留学。1979年に朝日新聞社を退社。1981年から拓殖大学海外事情研究所教授を務めた。 2010年12月8日、心筋梗塞で死去。
三島 康雄(みしま やすお、1926年5月3日 - 2011… 三島 康雄(みしま やすお、1926年5月3日 - 2011年5月21日)は、日本の経営史学者。 名古屋市出身。1952年京都大学経済学部卒、1956年同大学院博士課程満期退学、1970年「ロシア領漁業における巨大企業の発展過程」で大阪大学より経済学博士の学位を取得。中京大学商学部講師、助教授、1960年東京水産大学(現・東京海洋大学)講師、助教授、1970年甲南大学教授、1993年奈良県立商科大学(現・奈良県立大学)教授、学長、2000年退職。1972年漁業経済学会賞受賞。1981年イリノイ大学客員教授。2004年4月瑞宝中綬章受章。
高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 19… 高取 正男(たかとり まさお、1926年3月16日 - 1981年1月3日)は、日本の歴史学者・民俗学者。専攻は、日本文化史・民俗学。元京都女子大学教授。 1926年、愛知県名古屋市で生まれた。愛知県立明倫中学校(現愛知県立明和高等学校)を経て、京都大学文学部史学科に入学。1951年に卒業し、同大学大学院にて国史学を専攻して柴田實に師事した。また先輩の竹田聴洲と出会い、民俗学を志した。 京都女子大学非常勤講師に就いた後、1961年に同大学助教授に就任。1966年に教授昇格。1977年より国立民族学博物館客員教授も務めた。 専門は民俗学で、宗教民俗学。没後には法藏館より『高取正男著作集』(全5巻)が刊行された。
桑原 章吾(くわばら しょうご、1926年3月16日 - 2… 桑原 章吾(くわばら しょうご、1926年3月16日 - 2008年1月6日)は、日本の医学者(微生物学)。元学校法人東邦大学理事長。勲三等旭日中綬章受章。 愛知県名古屋市生まれ。1943年9月東京帝国大学医学部を卒業。1949年5月松本医科大学助教授を経て、1954年5月に東邦大学医学部細菌学教授として着任、1969年4月同大学医学部長・学校法人東邦大学理事を経て、同年11月学校法人東邦大学理事長に就任、1991年8月に退任するまでの連続7期22年間理事長を務め、同大学の充実発展と経営基盤に尽力した。また、私立医科大学理事長会代表幹事、厚生省中央薬事審議会委員を始め社会福祉法人鶴風会、日本ワックスマン財団などの理事を務め、学会においては日本化学療法学会、日本感染症学会、日本細菌学会、日米医学協力委員会コレラ専門部会等で長く要職にあった。
鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は… 鈴木 重生(すずき しげお、1925年10月29日 - )は、日本のフランス文学者、作家、中央大学名誉教授。
伊藤 延男(いとう のぶお、1925年3月8日 - 2015… 伊藤 延男(いとう のぶお、1925年3月8日 - 2015年10月31日)は、日本の建築史学者、文化財保護者、文化功労者。東京国立文化財研究所名誉研究員、神戸芸術工科大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。愛知一中を経て、1947年東京帝国大学工学部建築学科卒業後、国立博物館に入り、奈良国立文化財研究所建造物研究室長、1961年「中世和様建築の研究」で東京大学より工学博士の学位を取得。1971年文化庁文化財保護部建造物課長、1978年東京国立文化財研究所所長。87年定年退官、名誉研究員、神戸芸術工科大学教授、同名誉教授。1995年勲三等旭日中綬章受章。2004年文化功労者。2012年ガッゾーラ賞受賞。
安井久善(やすい ひさよし、1925年1月24日 - 200… 安井久善(やすい ひさよし、1925年1月24日 - 2001年7月14日)は、日本の国文学者、軍事史学者、日本大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。1944年4月、陸軍士官学校を卒業し(第57期)、陸軍中尉で終戦を迎える。1949年3月、日本大学法文学部国文科卒業。1951年4月、同大学院(旧制)終了し、1952年1月、宮内庁書陵部に入る。 1952年9月、保安隊に入る。1954年7月、陸上自衛隊発足とともに陸上自衛官。1960年、防衛大学校陸上防衞学助教授。この時代に軍事史の著作、論考を著しはじめる。 1965年日本大学商学部助教授、1970年教授、1976年「藤原光俊の研究」で日大文学博士。
青木 脩(あおき おさむ、1925年1月3日 - 2004年… 青木 脩(あおき おさむ、1925年1月3日 - 2004年10月9日)は、日本の会計学者。経済学博士(論文博士・1978年)(学位論文「フランス会計制度論 付加価値会計制度の確立過程」)。愛知大学教授、名古屋工業大学教授、中京大学教授を歴任。名古屋工業大学名誉教授。 愛知県岡崎市生まれ。東京大学経済学部商業学科卒。1978年「フランス会計制度論 付加価値会計制度の確立過程」で経済学博士。名城大学講師、愛知大学助教授、教授、名古屋工業大学教授、1989年定年退官、名誉教授、中京大学教授。
五味 克夫(ごみ よしお、1924年11月17日 - 202… 五味 克夫(ごみ よしお、1924年11月17日 - 2023年10月10日)は、日本史学者、鹿児島大学名誉教授。 愛知県豊橋市生まれ。1950年東京大学文学部国史学科卒業。1955年旧制大学院修了。日本常民文化研究所研究員、開成学園高等学校教諭、鹿児島大学文理学部助教授、同大学法文学部助教授・教授を務め、1990年定年退官、名誉教授となり、鹿児島女子大学教授を務めた。鹿児島県史料編さん顧問。2002年、勲三等旭日中綬章を受章。
木村 資生(きむら もとお、1924年〈大正13年〉11月1… 木村 資生(きむら もとお、1924年〈大正13年〉11月13日 - 1994年〈平成6年〉11月13日)は、日本の集団遺伝学者。中立進化説を提唱した。日本人で唯一ダーウィン・メダルを受賞。また、パフィオペディラムの育種家としても知られる。学位は、理学博士(大阪大学・1956年)。国立遺伝学研究所名誉教授。日本学士院会員。文化功労者。文化勲章受章。岡崎市名誉市民。 中立進化説とは、分子レベルの進化はダーウィン的な「サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト(fittest)」(適者生存)だけではなく、生存に有利でも不利でもない中立的な変化で「サバイバル・オブ・ザ・ラッキエスト(luckiest)」、すなわち、たまたま幸運に恵まれたものも残っていくという学説である。
碧海 純一(あおみ じゅんいち、1924年6月27日 - 2… 碧海 純一(あおみ じゅんいち、1924年6月27日 - 2013年7月18日)は、日本の法学者、法哲学者。東京大学名誉教授。日本バートランド・ラッセル協会理事。 分析哲学、批判的合理主義に近い立場から理論哲学として法哲学を展開し、以後の日本の法哲学に大きな影響を及ぼした。主著に『法哲学概論』『法と社会』など。 愛知県名古屋市出身。旧制武蔵高等学校では、講師であった下村寅太郎に紹介され、バートランド・ラッセルに触れる(後に日本バートランド・ラッセル協会設立発起人となっている)。 1944年(昭和19年)短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。同年9月、海軍経理学校に入学。1944年10月、海軍主計見習士官。
長谷川 純三(はせがわ じゅんぞう、1924年5月28日 -… 長谷川 純三(はせがわ じゅんぞう、1924年5月28日 - 2025年11月12日)は、日本の体育・道徳教育学者。筑波大学名誉教授、至学館大学名誉教授。専攻は野外教育・社会教育・社会体育。 愛知県春日井市生まれ。1944年愛知第一師範学校卒、陸軍特別操縦見習士官として中国・朝鮮に従軍、敗戦後、小学校教諭、県立工業高校教諭、1950年東京教育大学体育学部入学。卒業後、1961年同大学院修了。文部省体育局、東京教育大学助教授、筑波大学教授。1988年定年退官、名誉教授。日本ユースホステル協会会長。2002年、勲四等旭日小綬章受勲。