久納 美輝(くのう よしき、1994年 -)は、日本の歌人、… 久納 美輝(くのう よしき、1994年 -)は、日本の歌人、詩人。名古屋市出身。 愛知淑徳大学メディアプロデュース学部メディアプロデュース学科クリエイティブライティングコース(現、創造表現学部創造表現学科創作表現専攻)卒業。在学中に文芸同人誌『みみずく』を創刊主宰。卒業後、書店七月堂刊行の詩誌『インカレポエトリ』に参加。 2017年1月、歌論「孤独者としての寺山修司」により中部日本歌人会六十周年記念歌論賞佳作を受賞。同年3月には短歌結社まひる野に入会し、島田修三に師事。2019年11月、まひる野会員の立花開とともに同人短歌アンソロジー『くわしんふう』を刊行。2021年8月、短歌詠30首「嬌声と黙(もだ)」により結社新人賞である第66回まひるの賞を受賞。
鈴木 加成太(すずき かなた、1993年 -)は、日本の歌人… 鈴木 加成太(すずき かなた、1993年 -)は、日本の歌人。愛知県瀬戸市出身。 愛知県立明和高等学校、大阪大学文学部日本文学国語学科卒業。大阪大学短歌会に所属し、3年次の2014年度には代表を務めた。2018年、大阪大学大学院文学研究科博士前期課程修了、専攻は日本近世文学。現在、国立国会図書館司書。短歌結社「かりん」所属。 2011年度『NHK短歌』大賞(坂井修一選)、2013年短歌連作50首「六畳の帆船」で第59回角川短歌賞佳作。2015年、投稿短歌連作50首「革靴とスニーカー」により第61回角川短歌賞を受賞。2023年、第一歌集『うすがみの銀河』で第67回現代歌人協会賞を受賞。
千種創一(ちぐさ そういち、1988年 - )は、日本の歌人… 千種創一(ちぐさ そういち、1988年 - )は、日本の歌人、詩人、作家、翻訳家。 愛知県名古屋市生まれ。2005年頃、作歌開始。 2009年、東京外国語大学アラビア語学科在学中に三井修の授業「短歌創作論」の受講生らと「外大短歌会」創立。2010年、短歌同人誌「dagger」参加。2011年、韻文と散文の同人誌「ami.me」創刊に参加。2012年、東京外国語大学アラビア語学科卒業。中東のヨルダンやレバノンに住む。 2013年、短歌同人誌「中東短歌」創刊。連作「keep right」で塔新人賞。2014年、評論同人誌「ネヲ」参加。2015年、連作「ザ・ナイト・ビフォア」で歌壇賞次席。第1歌集『砂丘律』上梓。
土岐 友浩(とき ともひろ、1982年 - )は、日本の歌人… 土岐 友浩(とき ともひろ、1982年 - )は、日本の歌人・精神科医。 愛知県立旭丘高等学校出身。京都大学医学部に進学し、2004年に京大短歌に入会し作歌をはじめる。2009年、同人誌「町」創刊に参加(2011年解散)。2013年より同人誌「一角」を個人発行している。 2015年、「ウォーク・アロン」30首で第26回歌壇賞候補。同年、第一歌集『Bootleg』を刊行し、同歌集で第41回現代歌人集会賞受賞。2020年、第二歌集『僕は行くよ』を刊行。
小坂井 大輔(こざかい だいすけ、1980年7月19日 - … 小坂井 大輔(こざかい だいすけ、1980年7月19日 - )は、日本の歌人、料理人。 愛知県名古屋市生まれ。朝日大学を卒業後、定職にはつかずふらふらしていたが、いつの間にやら生家である中村区の中華料理屋「平和園」を手伝うようになる。 30代になってからはじめた朝活の読書会をきっかけに短歌をはじめ、のちに未来短歌会とかばんの会の会員となる。東桜歌会の参加をきっかけに勤め先の平和園が「短歌の聖地」と呼ばれるようになる。2016年に「スナック棺」30首で第59回短歌研究新人賞候補作となったことで注目を集めるようになった。同年、荻原裕幸、辻聡之、廣野翔一とともに同人誌「短歌ホリック」を創刊、参加する。
勝野 かおり(かつの かおり、女性、1969年12月18日 … 勝野 かおり(かつの かおり、女性、1969年12月18日 - )は、日本の現代歌人。 愛知県西春日井郡豊山町出身であり、1990年代後半から2000年代はじめにかけては同県海部郡に在住。現在では名古屋市千種区に在住している。1994年3月から2000年11月までは短歌結社「まひる野」に所属し、2001年1月から現在までは「短歌人会」に所属している。 1989年、愛知淑徳短期大学国文学科卒業。卒業論文は古事記についてであった。 1997年、学部3年生として愛知淑徳大学文学部国文学科へと編入し、以後教授であった歌人、島田修三に師事した。卒業論文は中世歌謡・八代集の歌枕について。 現在、文芸評論家の清水良典、小説家の広小路尚祈とともに結成したブルース・バンドユニット「文ブルブラザーズ」のメンバーとしても活動している。
広坂早苗(ひろさか さなえ、1965年 - )は日本の歌人。… 広坂早苗(ひろさか さなえ、1965年 - )は日本の歌人。現代歌人協会会員。 愛知県名古屋市生まれ。愛知県立半田高等学校を卒業し、早稲田大学第一文学部(日本文学専修)に進学。1986年、短歌結社「まひる野会」に入会、橋本喜典に師事する。同年、早稲田大学短歌会の復興メンバーとなる。1988年、早稲田大学を卒業し愛知県の公立高校教員となる。以降、今日に至るまで学校や教員生活を題材にした短歌を数多く創作。 1990年、連作「ほとばしる水」で第36回角川短歌賞候補。1991年、連作「春の嵐」で第37回角川短歌賞佳作。2017年、歌集『未明の窓』で第17回現代短歌新人賞を受賞した。 NHKアナウンサーの広坂安伸は実兄である。
大塚 寅彦(おおつか とらひこ、1961年5月17日 - )… 大塚 寅彦(おおつか とらひこ、1961年5月17日 - )は、日本の歌人。2004年より中部短歌会主幹、歌誌「短歌」編集発行人。 古典をふまえた文語体と修辞法による細やかな感性の表現に特徴がある。初期の耽美的作風から、中年・壮年の孤独や日常を生々しく詠う作風に変化している。きれいさびの心情的な側面と韻律を主体とした大胆な修辞的側面が併存している。
加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は… 加藤 孝男(かとう たかお、1960年11月20日 - )は、日本の歌人、身体哲学研究者。東海学園大学教授。 愛知県岡崎市生まれ。愛知県立岡崎北高等学校、中京大学文学部国文科卒業。同大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2007年「近代短歌史の研究 時代の推移と短歌の変容」で中京大学博士(文学)。東海学園女子短期大学助教授などを経て、東海学園大学教授。 1984年、歌誌「まひる野」に入会。1988年、「言葉の権力への挑戦」で現代短歌評論賞を受賞。1990年、谷岡亜紀、大辻隆弘、大野道夫らと短歌評論誌『ノベンタ』を創刊。2002年、『TRADITION』で、柳生延春との対論「柳生新陰流の技と哲学」を発表。
細溝 洋子(ほそみぞ ようこ、1956年10月12日 - )… 細溝 洋子(ほそみぞ ようこ、1956年10月12日 - )は、歌人。愛知県名古屋市出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
小島 ゆかり(こじま ゆかり、1956年9月1日 - )は、… 小島 ゆかり(こじま ゆかり、1956年9月1日 - )は、日本の歌人。コスモス短歌会に所属し、選者を務める。2023年からはコスモス編集人。1999年から青山学院女子短期大学講師。本名/横井ゆかり。 愛知県名古屋市出身。1975年愛知県立旭丘高等学校卒業、早稲田大学第一文学部入学。1979年同日本文学科卒業。大学在学中に武川忠一が顧問を務める「短歌研究会」に所属し、内藤明、島田修三、米川千嘉子らと活動した。1978年、コスモス短歌会に入会し宮柊二に師事。結社内グループ「桐の会」にも参加。1985年、同人誌「桟橋」創刊に加わる。1998年、コスモスの選者および編集委員就任。2003年、毎日新聞書評委員となる。
栗木 京子(くりき きょうこ、本名:中原 京子(旧姓・山本)… 栗木 京子(くりき きょうこ、本名:中原 京子(旧姓・山本)、1954年10月23日 - )は、日本の歌人。栗木は母方の姓。 愛知県名古屋市出身。京都大学在学中に「コスモス」に入会し、また京都大学短歌会の顧問であった高安国世の指導を受けた。1981年に「塔」入会、現選者。長く岐阜市に暮らし、30代には岡井隆(おかいたかし)らと中部地方の歌人集団「中の会」に参加。「読売新聞歌壇」選者。現代歌人協会第7代理事長。 初期は代表歌「観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生」に象徴されるような、清新な青春歌を持ち味とした。結婚後は教養ある主婦が身辺をつぶさに歌う日常詠へと作風が変化した。アメリカ同時多発テロ事件の影響を受け、第5歌集『夏のうしろ』からは事件や時事問題を題材とした作品が増えた。
松平 盟子(まつだいら めいこ、1954年7月24日 - )… 松平 盟子(まつだいら めいこ、1954年7月24日 - )は、日本の歌人。愛知県岡崎市生まれ。 南山大学文学部国語国文学科卒業。国語教師を経て、コスモス短歌会に入会する。1977年、作品「帆を張る父のやうに」50首で第23回角川短歌賞を受賞。1990年、『プラチナ・ブルース』で河野愛子賞を受賞。 歌誌『プチ☆モンド』を主宰する。読売新聞地方版「よみうり文芸」選者。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 200… 永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 2000年1月26日)は日本の歌人。歌集に『樟の木のうた』、『ふしぎな楽器』、『モーツァルトの電話帳』、『小さなヴァイオリンが欲しくて』など。 愛知県瀬戸市城屋敷町に生まれ、1967年に愛知県立瀬戸高等学校入学。その頃より古典に強く心を惹かれ、作歌を開始。当時の学習雑誌の詩や歌の欄へ投稿。1969年には短歌結社「短歌人」へ入会して現代短歌を作り続ける。 1970年に愛知県立女子短期大学(現・愛知県立大学)国文科入学。学内文芸同好会誌「轍」に参加。1971年、『太陽の朝餉』で角川短歌賞候補。1972年1月、短歌人新人賞受賞。同年3月短大卒業後、1974年4月より愛知県立芸術大学音楽学部勤務。
こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人… こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人、陶芸家。 愛知県幡豆郡幡豆町(現在の西尾市)に生まれる。海に面した町で実家からは兎島が見えた。保育園に上がるころ父が万屋「越野商店」を開店。また、父は魚藍という俳号を持つ俳人でもあった。1988年、父の影響もあって俳句をはじめ、1989年、「海程」に入会、金子兜太に師事。1993年、海程新人賞受賞、「海程」同人。1994年、片岡秀樹らと超結社「豆の木」を結成、のちに代表を務める。1995年、豆の木賞、1998年、第16回現代俳句協会新人賞、2004年、現代俳句協会年度作品賞受賞。2009年、第一句集『コイツァンの猫』出版。 現代俳句協会会員。
加古 宗也(かこ そうや、1945年9月5日- )は、日本の… 加古 宗也(かこ そうや、1945年9月5日- )は、日本の俳人。本名・むねなり 愛知県西尾市生まれ。中央大学法学部卒。1970年村上鬼城の弟子の富田うしほ・潮児父子に師事。俳誌『若竹』主宰。2010年『花の雨』で日本詩歌句大賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
春日井 建(かすがい けん、1938年12月20日 - 20… 春日井 建(かすがい けん、1938年12月20日 - 2004年5月22日)は、昭和・平成期の歌人。 初期は幻想・耽美的かつ背徳的な作風で知られるが、次第に肉体と精神の観念を中心とした美学に移り、死病を得た晩年は、病と対峙する劇化された自己および現実に近い場面を均整のとれた文語体で詠んだ。前衛短歌運動の一人とされることもある。 愛知県丹羽郡(現江南市)生まれ。父・春日井瀇、母・春日井政子はともに太田水穂に師事した歌人であり、建も実質「潮音」系と云える。作家・ゲームデザイナーの小太刀右京は大甥にあたる。 12歳から名古屋市昭和区に住み、以後生涯を名古屋で過ごした。名古屋市立北山中学校、名古屋市立向陽高等学校に通う。
稲葉 京子(いなば きょうこ、1933年6月1日 - 201… 稲葉 京子(いなば きょうこ、1933年6月1日 - 2016年11月19日)は、日本の歌人。歌誌「短歌」選者。 愛知県江南市生まれ。本名は大竹京子。1952年愛知県立尾北高等学校卒。小学校教師となるが、体力がなく翌年退職。童話を書くようになり、与田準一の紹介で同人誌「童話」に入会。1957年『婦人朝日』に投歌、選者の大野誠夫の薦めで「砂廊」(のち「作風」)入会。同年、「中部短歌会」にも入会。1958年銀行員と結婚。 童話を書いていた経験から、初期作品は少女の夢想のような物語性が濃い。第一歌集『ガラスの檻』は青井史に「現代のメルヘン」と評された。後年は人生の悲哀を深く見つめた作風へと変化した。
宇佐美 魚目(うさみ ぎょもく、1926年9月14日 - 2… 宇佐美 魚目(うさみ ぎょもく、1926年9月14日 - 2018年10月19日)は、愛知県出身の俳人、書家。本名は和男。名古屋市生まれ、愛知県第一中学校卒。19歳のとき父・野生の勧めで俳句をはじめ、翌年より「ホトトギス」に投句、高濱虚子、橋本鶏二に師事。また「牡丹」「桐の葉」でも学ぶ。1954年、愛知県愛知郡鳴海町(現、名古屋市緑区鳴海町)にて書道塾を開く。書は武市秀峰に師事。蜻蛉会、舟上会主宰(幹事長:宮川一水)。「桐の花」「鷹」「雪」を経て、1957年に鶏二の「年輪」創刊に参加、編集を担当。また野見山朱鳥に兄事。1958年、第1回年輪賞、第1回四誌連合会賞受賞。1963年、波多野爽波の「青」同人参加。
小笠原 和男(おがさわら かずお、1924年5月16日 - … 小笠原 和男(おがさわら かずお、1924年5月16日 - 2016年12月17日)は、俳人。 愛知県碧南市出身。1939年岩田潔に俳句を学ぶ。石田波郷、石塚友二に師事。1969年『鶴』(星野立子)に参加、『飛鳥集』同人、1984年『初蝶』創刊に参加、主宰。『立羽集』同人。
堀 古蝶(ほり こちょう、1921年5月23日 - 1997… 堀 古蝶(ほり こちょう、1921年5月23日 - 1997年10月6日)は、ジャーナリスト、俳人。 愛知県名古屋市生まれ。本名・堀健三。名古屋高等商業学校卒、神戸大学卒。1948年中部日本新聞に入社、ニューデリー特派員、モスクワ特派員、論説委員、1972年「東京新聞」の「筆洗」欄を担当。モスクワ滞在の際「フルシチョフ」をもじって古蝶(ふるしてふ)の俳号をつける。東京新聞客員論説委員。1993年『俳人松瀬青々』で俳人協会評論賞受賞。
加藤 春彦(かとう はるひこ、1913年3月8日 - 199… 加藤 春彦(かとう はるひこ、1913年3月8日 - 1993年6月12日)は、愛知県愛知郡豊明村出身の俳人。『帯』主宰。『馬酔木』同人。 当時としては珍しいサラリーマンの一人息子として、1913年(大正2年)3月8日に愛知県愛知郡豊明村に生まれた。1930年(昭和5年)に旧制中学を卒業し、すぐに名古屋市役所に就職した。1957年(昭和32年)から5年間は名古屋市老人福祉施設「寿寮」(現在は民間に移管されて養護老人ホーム 名古屋市寿荘)の寮長を務め、その後は名古屋市高齢者職業紹介所所長を務めた。1968年(昭和43年)には定年を前に名古屋市役所を退職した。 水原秋桜子の句集『新樹』を読んだのがきっかけで俳句の世界に足を踏み入れ、1941年(昭和16年)には月刊俳句誌『馬酔木』に投句した。
河合 恒治(かわい つねはる、1911年1月31日 - 20… 河合 恒治(かわい つねはる、1911年1月31日 - 2005年9月17日)は、日本の歌人。 愛知県豊橋市出身。海軍兵学校卒。1943年、徳島県那賀郡羽ノ浦町(現・阿南市羽ノ浦)に移り住む。海軍軍人としての戦争体験から、海を重要な題材として詠み続けた。第一歌集『艦砲射撃』の序文は平出英夫と井上司朗が寄せている。1964年に歌誌「四国水甕」を創刊。1994年に徳島ペンクラブ5代目会長に就任。2000年に第26回徳島県文化賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
影山 正治(かげやま まさはる、1910年〈明治43年〉6月… 影山 正治(かげやま まさはる、1910年〈明治43年〉6月12日 - 1979年〈昭和54年〉5月25日)は、日本の右翼活動家、思想家、歌人。 愛知県豊橋市生まれ。家は神官。父は影山庄平。豊橋中(現在の愛知県立時習館高等学校)卒、國學院大學哲学科中退、在学時代から右翼運動に入り、1931年(昭和6年)全国大日本主義同盟、日本学生連合に参加、32年生産党常任中央委員、33年神兵隊事件で検挙。36年に維新寮を結成、39年これを大東塾と改め塾長となった。40年7月皇民有志決起事件で検挙、42年禁錮5年の判決を受けたが、43年には特赦となった。44年11月応召。1946年5月帰国。54年4月3日大東塾再建。
鈴木鵬于(すずき ほうう、1910年(明治43年)1月9日 … 鈴木鵬于(すずき ほうう、1910年(明治43年)1月9日 - 1944年(昭和19年)3月22日)は日本の俳人。作家。本名は鈴木邦(ほう)。 愛知県渥美郡泉村(現田原市)に生まれる。幼い頃より頑健ではなく病弱だったため、遠方通学の無理がたたり体調を崩し、成章中学(現愛知県立成章高等学校)を中退。中退後は、静養のかたわら文学書を読み耽っていた。そんな折、前隣りの旅籠旅館盛義海水亭の主人であった川合茂助(俳号華光)から俳句を勧められ、俳句誌『石楠』に投稿するようになる。 などの句で、石楠同人に名を知られるようになった。 石楠俳人の主と好人物の女将の経営する盛義海水亭は、石楠同信の来訪には絶好の場所となり、臼田亞浪をはじめまさに多士済々であった。
中野 嘉一(なかの かいち、1907年4月21日 - 199… 中野 嘉一(なかの かいち、1907年4月21日 - 1998年7月23日)は、日本の詩人、歌人、精神科医。 愛知県碧海郡高岡町堤村(現:豊田市)出身。刈谷中学校(現:愛知県立刈谷高等学校)、慶應義塾大学医学部卒。在学中から前田夕暮に師事して歌集を刊行する。1944年から45年は軍医としてヤップ州メレヨン島に駐留し過酷な状況を日記に記し戦後は詩歌を著した。 精神科医として、東京武蔵野病院で太宰治の主治医を務めた。新短歌運動、シュールレアリスム運動に加わり、1951年に詩誌『暦象』を創刊、主宰する。1952年に詩集『春の病歴』で第1回中部日本詩人賞、1976年に『前衛詩運動史の研究』で第9回日本詩人クラブ賞を受賞する。
和達 清夫(わだち きよお、1902年(明治35年)9月8日… 和達 清夫(わだち きよお、1902年(明治35年)9月8日 - 1995年(平成7年1月5日))は、日本の地球物理学者・歌人。専門は、気象学・地震学。理学博士(東京帝國大学・1932年)。初代気象庁長官。深発地震の存在を証明し、分布を指摘してプレートテクトニクスに先鞭をつけた。 愛知県名古屋市生まれ。息子に物理学者・和達三樹がいる。 西須諸次(さいす もろじ)の名でエッセーを執筆した。 天王寺中学、東京開成中学、一高を経て、1925年(大正14年)3月に東京帝國大学理学部物理学科を卒業。中央気象台に入り、1932年、東京帝國大学から理学博士の学位を取得する。 1947年(昭和22年)第6代中央気象台台長につき、1956年(昭和31年)に組織改変により初代気象庁長官に就任。
富安 風生(とみやす ふうせい、1885年(明治18年)4月… 富安 風生(とみやす ふうせい、1885年(明治18年)4月16日 - 1979年(昭和54年)2月22日)は、日本の俳人。本名は謙次。高浜虚子に師事。逓信省に勤めながら俳誌「若葉」を主宰。温和な作風で知られた。愛知県出身。 愛知県八名郡金沢村(現在の豊川市金沢町辺り)生まれ。豊橋町立豊橋尋常中学時習館、第一高等学校、東京帝国大学法科大学卒業。卒業後は逓信省に入り、のち逓信次官。1912年に平塚の杏雲堂で療養。 俳句をはじめたのは遅く、1918年、34歳のとき福岡貯金支局に支局長として赴任した時期に吉岡禅寺洞の手引きを受けたことに始まる。翌年に福岡に来た高浜虚子に接し、「ホトトギス」に投句。同年に本省に転勤。
鈴木花蓑(すずき はなみの、1881年(明治14年)8月15… 鈴木花蓑(すずき はなみの、1881年(明治14年)8月15日または12月1日 - 1942年(昭和18年)11月6日)は、愛知県出身の俳人、大審院書記。本名は鈴木喜一郎(きいちろう)。 愛知県知多郡半田町(現半田市)生まれ。半田裁判所で書記見習いをしていた時に「ホトトギス」の存在を知り投句。1909年には名古屋裁判所に移り、1915年に上京、大審院書記となる。この年初めて「ホトトギス」で入選。また東大俳句会を指導し、後の水原秋桜子や高野素十らの4S時代を築く礎となった。晩年は「あをさ」「百舌鳥」などの俳誌を創刊するも、戦時中の紙不足に巻き込まれ廃刊を余儀なくされる。60歳を迎えて日本俳句作家協会常任理事となるも、間も無くして病に倒れた。
沼波 瓊音(ぬなみ けいおん、1877年10月1日 - 19… 沼波 瓊音(ぬなみ けいおん、1877年10月1日 - 1927年7月19日)は、明治・大正期の国文学者・俳人・右翼。本名は武夫(たけお)。名古屋市出身。
青木 穠子(あおき じょうこ)は愛知県の歌人。女流漢詩人白川… 青木 穠子(あおき じょうこ)は愛知県の歌人。女流漢詩人白川琴水娘。御歌所大口鯛二に和歌を学び、めざまし会、このはな会を創立、明鏡短歌会主宰、中部日本歌人会副会長を務めた。生家は名古屋市短歌会館となっている。 「穠」は「花木の盛にしげるさま」を意味する。 1884年(明治17年)10月22日、愛知県名古屋区玉屋町二丁目の洋反物商上文字屋の次女として生まれた。生後間もなく父が死去したため、一家は店を畳み、西区下長者町三丁目に移った。1890年(明治23年)4月名古屋市菅原小学校に入学したが、9月1日には母も死去したため、岐阜県高山町の祖父母に引き取られ、次いで叔母に預けられた。 文芸家だった母白川琴水の影響で、小学校時代から家蔵の仮名書き源氏物語、平家物語等を読んで文学に親しみ、短歌を作った。