中川 桂(なかがわ かつら、1968年6月 - )は、日本の… 中川 桂(なかがわ かつら、1968年6月 - )は、日本の演芸研究家。二松学舎大学文学部国文学科教授。専門分野は日本芸能史(近世芸能興行史・寄席芸能史)。歌舞伎学会・日本演劇学会・芸能史研究会・関西芸能懇話会会員。 大阪府守口市生まれ。大阪市立大学文学部卒業、1997年大阪大学大学院 文学研究科 芸術学(芸能史・演劇学専攻)博士課程修了。博士(文学)。
大阪府:26人
中川 桂(なかがわ かつら、1968年6月 - )は、日本の… 中川 桂(なかがわ かつら、1968年6月 - )は、日本の演芸研究家。二松学舎大学文学部国文学科教授。専門分野は日本芸能史(近世芸能興行史・寄席芸能史)。歌舞伎学会・日本演劇学会・芸能史研究会・関西芸能懇話会会員。 大阪府守口市生まれ。大阪市立大学文学部卒業、1997年大阪大学大学院 文学研究科 芸術学(芸能史・演劇学専攻)博士課程修了。博士(文学)。
大和 一朗(大和 イチロウ、やまと いちろう、1968年 -… 大和 一朗(大和 イチロウ、やまと いちろう、1968年 - )は、日本の食文化研究家、元鍼灸師。現在はインスタントラーメン専門店「やかん亭グループ」代表取締役を務める。 広島県尾道市因島生まれ、大阪府寝屋川市出身。大阪府立枚方高等学校、帝京大学卒。 2008年、インスタントラーメン専門店「さくら大阪」開店。(現在は移転し「やかん亭さくら日本橋総本店」となっている)。 2014年、「マヨらーめん」監修。2019年、「偏愛的インスタントラーメン図鑑」(世界文化社)執筆。 2020年、フジテレビ系列「超逆境クイズバトル!! 99人の壁」突破。 2022年、サンヨー食品「大和イチロウおすすめ! 鳥中華どんぶり 和風そばつゆ味」「大和イチロウおすすめ! 赤龍ラーメンどんぶり 辛子みそ味」「マヨらーめん とんこつマヨネーズ味 カップ麺」監修。
富山 昌克(とみやま まさかつ、1964年7月26日 - )… 富山 昌克(とみやま まさかつ、1964年7月26日 - )は、日本の園芸研究家(園芸家)、園芸コンサルタント、バイオテクノロジスト、園芸著作家。 大阪府藤井寺市出身。藤井寺カトリック幼稚園・藤井寺市立藤井寺西小学校・藤井寺市立藤井寺中学校・大阪府立生野高等学校(高35期)、千葉大学園芸学部を卒業後、ハワイ大学熱帯植物生理学研究室・交換研究生として渡米。 メリクロンアーツ(バイテク研究所)&富山昌克オフィス&富山蘭園・奈良農場代表。なら食と農の魅力創造国際大学校・大阪狭山市熟年大学・大阪ハイテクノロジー専門学校・トミーの園芸教室 in ATC・トミーと行く花散歩 講師。バイオ英語講師。 一般社団法人 花葉会 幹部会・藤井寺市緑化推進協議会・藤井寺市景観審議会・藤井寺市教育委員会などでも委員を兼任。
柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 … 柳下 毅一郎(やなした きいちろう、1963年12月30日 - )は、日本の映画評論家、英米文学翻訳家、殺人研究家。自称「特殊翻訳家」(後述)。多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科非常勤講師(映像芸術論)。 大阪府生まれ。母親が熱心なSFファンであり、実家にあった大量のハヤカワSFシリーズと『SFマガジン』のバックナンバーを読む。 甲陽学院中学校・高等学校から東京大学理科一類を経て東京大学工学部建築学科卒業。東京大学在学中は、山形浩生と共に、「東京大学SF研究会」に属し、共同でウィリアム・バロウズについての研究ファンジン「バロウズ本」を作成し(北北西SF名義)、1988年のSFファンジン大賞の翻訳・紹介部門を受賞。
林 巧(はやし たくみ、1961年 - )は、日本の小説家… 林 巧(はやし たくみ、1961年 - )は、日本の小説家、妖怪研究家。大阪府生まれ。 小学校6年生で、筒井康隆の主宰するSF同人誌『ネオ・ヌル』に参加。大阪府立北野高等学校卒業。慶應義塾大学文学部卒業。 雑誌編集者を経てフリーに。おばけと音楽と人をもとめて、アジアの都市やジャングルを旅する。水木しげるに見出されマレー半島、ボルネオ島に妖怪探索の旅に参加し、さらに1996年に開催された「第1回世界妖怪会議」にパネリストとして参加。1998年には筒井康隆の賛辞を得て、初の長編幻想音楽小説『世界の涯ての弓』(講談社)を発表。
跡部 蛮(あとべ ばん、1960年6月26日 - 、本名・木… 跡部 蛮(あとべ ばん、1960年6月26日 - 、本名・木元英策)は、日本の歴史研究家(主に戦国史)、歴史作家。 古地図を持って東京都内などを歩く「江戸ぶら会」主宰。歴史関係や街歩きの著作のほか、雑誌のコラム等で執筆活動を行なっている。別の筆名として「辻 大悟」「相楽 総一」がある。大阪府大阪市出身。 大阪府立清水谷高等学校を経て、1983年に立命館大学経営学部経営学科を卒業した[要出典]。 大学卒業後はユニバーサル証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)、雑誌編集者を経てフリーライターとなる。46歳のとき、大学時代に関心を持った日本史の研究を本格的に行うため、「人生のセカンドステージ」として佛教大学大学院文学研究科に入学。
麻生川 静男(あそがわ しずお、1955年3月4日 - )は… 麻生川 静男(あそがわ しずお、1955年3月4日 - )は、日本のリベラル・アーツ研究家。企業人向けにリベラル・アーツ教育に関する講演を行っている。 ITベンチャーの顧問、カーネギーメロン大学日本校プログラムディレクター、京都大学産官学連携本部准教授、『リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラム』主催・運営(2017年12月で休止)を歴任した。博士(工学)。 大阪府生まれ。京都大学では流体工学を学び、米国カーネギーメロン大学でコンピュータ工学を学ぶ。その後コンピュータソフト業界、IT業界で職歴を積む。学術では、徳島大学で人の音声の発生原理を解明した、博士(工学)を取得。 社会人となった当初は機械(減速機)設計に従事。
小佐田 定雄(おさだ さだお、1952年2月26日 - )は… 小佐田 定雄(おさだ さだお、1952年2月26日 - )は、日本の演芸研究家、演芸作家、落語作家、狂言作家。関西演芸作家協会会員。本名、中平定雄。大阪府大阪市生まれ。1974年に関西学院大学法学部卒業。妻は、弟子のくまざわあかね(2004年 - )。ドイツ人の孫あり。 中学生の頃に、桂米朝やSF作家の小松左京が出演する番組『題名のない番組』(ラジオ大阪)を聴き、ハガキ投稿の常連となる。関西学院大学在学中は、古典芸能研究部に所属した。在学時期は重ならないものの、5代目桂米團治は大学(学部は文学部)および古典芸能研究部の後輩に当たる。1971年11月11日に朝日放送ラジオが開催した「1080分落語会」に通しで参加した約50人の一人だったという。
飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月… 飛鳥 昭雄(あすか あきお、本名:佐藤 昭信、1950年4月16日 - )は、日本のライター、小説家、漫画家、超常現象研究家。「飛鳥昭雄」の他に、「総本家 飛鳥昭雄」「あすかあきお」や「千秋寺亰介」(せんしゅうじ きょうすけ)を筆名として用いる。モルモン教徒。
寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、… 寺本 光照(てらもと みつてる、1950年1月22日-)は、日本の鉄道研究家、鉄道写真家、鉄道作家、鉄道評論家、元公立小学校教諭(地方公務員)、鉄道友の会会員、鉄道運輸史研究会会員。 大阪府八尾市出身。柏原市在住。 幼き頃より鉄道に興味を示し、義務教育在籍中から鉄道写真を撮影するようになり、また並行して鉄道雑誌に投稿したり、鉄道の歴史を研究する活動を行っていた。趣味活動対象は主に日本国有鉄道(国鉄、なかでも旧大阪鉄道管理局や天王寺鉄道管理局管内を中心とした関西地区関連)・JRグループ(特に地元のアーバンネットワーク関連)であるが、近畿日本鉄道(近鉄)や京阪電気鉄道(京阪)や南海電気鉄道(南海)などの大手私鉄関連も行っている。
園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-… 園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-)は、日本の作家、歴史研究家。 石油資源開発株式会社に入社。サハリンの油ガス田や中東の油ガス田の探鉱・発見などの後、55歳で同社を早期退職し、在職時代から始めていた執筆活動を本格化した。 最初はオーストラリア関係のエッセイを書いていたが、長年研究していた日本の古代史に関する成果を小説型に纏めた「太安万呂の暗号シリーズ」8作に重点的に取り組んだ。 。その中で「いろは歌」に巧妙に隠し込まれた藤原不比等を呪う言葉を発見している。『萬葉集』の歌に隠しこまれた柿本人麻呂(大三輪朝臣高市麻呂)の秘文の存在への気づきが、『萬葉集』巻一および巻二の全324首の別の視点からの解読に向かわせ、『萬葉伝授』8巻を完成させた。
竹内 信夫(たけうち のぶお、1945年1月31日 - 20… 竹内 信夫(たけうち のぶお、1945年1月31日 - 2026年2月3日[要出典])は、日本のフランス文学者、空海研究家、東京大学名誉教授。四国新聞客員論説委員。 大阪に生まれるが、米軍空襲下だったため、本籍地の香川県で育つ。香川県立高松高等学校を経て、1970年東京大学文学部仏文科卒業、1972年同大学院人文科学研究科修士課程修了。1973年から1976年までパリ第4大学に留学。 東大文学部助手、明治学院大学専任講師、東京工業大学助教授、1983年東大教養学部助教授(フランス語・フランス文学担当)を経て、教授となる、2000年から2年間、比較文学比較文化研究室主任。その他、東大比較文学会会長を務めた。
横尾 広光(よこお ひろみつ、 1943年10月4日 - 2… 横尾 広光(よこお ひろみつ、 1943年10月4日 - 2013年10月30日)は、日本の天文学者、科学史・宇宙文明論研究家。兄は同じく天文学者で大阪教育大学名誉教授の横尾武夫。 大阪府池田市出身。大阪府立池田高等学校を経て、1967年に大阪大学理学部物理学科を卒業、東京大学大学院理学系研究科天文学専門課程修士課程に入学し修了、理学修士の学位を取得。1974年から杏林大学医学部物理学教室に勤務。70年代から天体物理学の歴史と地球外文明・SETIに興味を抱いて、研究会・学会で斬新なアイデアと研究を活発に発表した。大腸菌に感染するウイルスの遺伝子に異星人からのメッセージが隠されている可能性を論じた論文は、賛否両論の末に国際学術誌Icarusに掲載された。
乙田 東洋司(おつだ とよし、1942年 - 2014年)は… 乙田 東洋司(おつだ とよし、1942年 - 2014年)は、大阪市生まれの遊戯文芸研究家。 元落語家。上方言語遊戯の会「笑鬼会」本院冗皇(会長)。著書で、回文やいろは歌といった言葉遊び作品を数多く発表した(著書は後述)。日本ペンクラブ会員(1986年より)。 小学校4年の頃より、ラジオのお笑い番組荒らしで名を馳せ、清風高校3年当時には、ABCラジオ『漫才教室』を「卒業」(4週勝ち抜き)するなど、賞金を稼ぐ。1960年、高校卒業と同時に、2代目三遊亭百生に入門、三遊亭 扇生を襲名。同年、千日劇場で初舞台、高座に上る。落語家当時の芸人仲間に横山やすし、若井ぼん、前田五郎、2代目桂枝雀、3代目笑福亭仁鶴など。
釜屋修(かまや おさむ、1936年3月18日 -2013年2… 釜屋修(かまや おさむ、1936年3月18日 -2013年2月2日)は、中国現代文学研究家。研究対象は趙樹理はじめ幅広い。 大阪府堺市生まれ。大阪外国語大学卒業。在学中から中国語を学び、卒業後は商社に勤務。1961年、日中貿易促進会関西事務所に転職。1966年、文化大革命の影響で同会は解散、職員は解雇され失業する。1970年、自己の中国理解の点検と新たな勉強のため大阪外国語大学大学院入学、在学中に山田敬三らと中国文芸研究会を創立する。1973年、静岡大学教養部助教授、1979年、同教授となる。1981年、和光大学人文学部に転じ、1987年まで勤務。1987年より駒澤大学外国語学部に勤務し、2006年定年退職。
仕田原 猛(しだはら たけし、1936年〈昭和11年〉 - … 仕田原 猛(しだはら たけし、1936年〈昭和11年〉 - 2020年〈令和2年〉2月23日)は大和言葉の研究家。京大の野球部OB会(京都大学野球倶楽部)の会長を務めた。 大阪府大阪市生まれ。大阪府立清水谷高等学校、京都大学法学部卒業。1960年(昭和35年)住友金属工業(現・日本製鉄)入社。 1999年(平成11年)ベストセラー『もう一つの万葉集』のある韓国人作家、李寧煕の後援会の発足に伴い会員となる。以後、日本各地の古代遺跡や古社・古地名を調査し、後援会の会報『まなほ』に寄稿。2018年には、万葉集は古代韓国語で書かれていたとする李寧煕の説を基にして、日本語と古代韓国語を比較し共通点を解説した『やまと言葉を遡る 李寧煕の解読を基に』を出版している。
水谷川 忠俊(みやがわ ただとし、1935年12月9日 - … 水谷川 忠俊(みやがわ ただとし、1935年12月9日 - )は、日本の作曲家、雅楽研究家。旧姓名・近衛俊健。 近衛秀麿の三男(非嫡出子)として大阪市東区久宝寺町に生まれる。母は坪井文子。1937年7月22日、父秀麿により、大阪市東区役所に出生届が出される。1939年10月19日、父の末弟である水谷川忠麿の養子となり、忠俊と改名。物心ついたときは東京千駄ヶ谷の忠麿のアトリエにおり、生母の記憶はないという。 学習院初等科在学中、奈良県に転居し、奈良女子高等師範学校附属小学校(現・奈良女子大学附属小学校)から同中学校・同高校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)を卒業。上京後、山本直純の助手を務めながら作曲を学ぶ。
倉田 喜弘(くらた よしひろ、1931年1月14日- 202… 倉田 喜弘(くらた よしひろ、1931年1月14日- 2022年8月31日)は、日本の芸能史研究家。 大阪市生まれ。大阪市立大学経済学部卒業後、NHKに勤務。1966年、根岸登喜子と結婚。1988年、NHKを退職。その後は芸能史研究に専念する。特に、端唄を収録した『江戸端唄集』の編纂で知られる。2022年8月31日、肺がんのため死去。91歳没。
吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924… 吉沢 伝三郎(吉澤 傳三郎、よしざわ でんざぶろう、1924年2月8日 - 2003年4月15日)は、日本の哲学・倫理学研究家。ニーチェを主とした近代ドイツ哲学研究で知られる。東京都立大学名誉教授。 1924年(大正13年)、大阪府に生まれる。1941年(昭和16年)に大阪府立高津中学校を卒業後、旧制一高に進学。1949年(昭和24年)に東京帝国大学文学部倫理学科を卒業。和辻哲郎から教えを受けた最晩年の弟子の一人であり、和辻にその人柄と秀逸な研究をこよなく愛された愛弟子だった。 卒業後は東京都立大学教授となる。1987年に定年退官。2003年に死去。急死した最愛の長男の墓に永眠している。 専門は近代ドイツ哲学。
吉岡 たすく(よしおか たすく、1915年4月24日 - 2… 吉岡 たすく(よしおか たすく、1915年4月24日 - 2000年5月22日)は、大阪府出身の児童文化研究家。テレビの教育相談番組で活動した。本名は吉岡 佐(読みは同じ)。 大阪府立生野中学を経て大阪府天王寺師範学校を卒業し、後に泉大津市に移住。1935年から大阪府高石市の小学校の教員や校長を務める傍ら、幼児教育・文化、童話などの研究を進めた。元日本サッカー協会会長である川淵三郎は、高石小学校教諭時代の教え子である。 1975年3月に退職後、研究活動を続けながら、全国各地で講演を行い、著作を発表。毎日放送『八木治郎ショー』レギュラー出演のほか、NHK教育テレビ『おかあさんの勉強室』にたびたび出演した。
川島 宙次(かわしま ちゅうじ、1912年10月15日 - … 川島 宙次(かわしま ちゅうじ、1912年10月15日 - 1998年)は、日本の民家研究家・画家。 東京生まれ。1932年大阪市立都島工業学校建築科卒。一級建築士。大林組に入り、住宅部長、大林ハウジング取締役を歴任。欧米、東南アジア諸国を歴訪し住居建築を研究。1990年第1回竹内芳太郎賞受賞。日本民族建築学会評議員、東京民芸協会会員、日本美術家連盟会員。
吉永 孝雄(よしなが たかお、1910年5月24日 - 19… 吉永 孝雄(よしなが たかお、1910年5月24日 - 1992年10月17日)は日本の文楽研究家、教育者。大阪府出身。 旧制大阪府立生野中学校、大阪高等学校から東京帝国大学に進み、国文学を専攻。浄瑠璃の研究で文学博士。 大阪府立大手前高等学校などで国語科教諭として教壇に立ち、大阪府立勝山高等学校教頭、大阪府立清水谷高等学校校長を務めた。 その傍ら、文楽の研究に取り組み、番付、ちらしなど興行関係資料、ビデオテープ、レコード、新聞・雑誌の記事切抜、写真など多数の資料を収集。その一部は、園田学園女子大学近松研究所に「吉永孝雄文庫」として寄贈されている。 後年は羽衣学園短期大学教授、学長となり、文楽の教育に従事。
深沢 要(ふかざわ かなめ、1904年 - 1947年)は、… 深沢 要(ふかざわ かなめ、1904年 - 1947年)は、日本のこけし研究家・版画家・童話作家。本字での表記は深澤要。 東京市下谷区池之端七軒町に生まれる。少年期は、医師である父に従って九州で育った。1917年、福岡県嘉穂中学校に入学するが病気のため退学。1921年、大阪泰西学館に入学するも病気のため退学。 1925年、大阪市立工業学校(現大阪市立都島工業高等学校、翌年、大阪市立都島工業学校と改称)に勤務。かたわら童話研究を志す。1929年、都島工業学校を退職。行人社書店を設立するが病気のため閉店。『古本屋の棚』『子供考』を出版。1933年、東京に移る。1934年、このころより、こけしの収集研究が始まり産地訪問が始まる。
牧村 史陽(まきむら しよう、本名は源三、1898年10月1… 牧村 史陽(まきむら しよう、本名は源三、1898年10月1日 - 1979年4月25日)は、大阪の郷土史家、方言研究家。大阪市生まれ。生粋のなにわっ子で、稀代の大町人学者と呼ばれた。 1898年10月1日、大阪船場の木綿問屋の長男に生まれる。大阪大倉商業学校卒業後、父の死を機に家業を別家に譲り、独力で郷土史関係の実地調査、記録作成に打ち込む。1948年から雑誌「大阪弁(全7巻)」を編集。1952年から郷土史研究グループ「佳陽会」を主宰。大阪の歴史、地理、演劇などを実証的に調査し、新聞や雑誌などに発表した。1978年大阪文化賞を受賞。「郷土史は足で書け」が持論。 1979年4月25日没。
川崎 備寛(かわさき よしひろ、かわさき びかん、1891年… 川崎 備寛(かわさき よしひろ、かわさき びかん、1891年3月13日 - 1963年3月26日)は、日本の翻訳家、麻雀研究家。 大阪府貝塚市生まれ。関西学院大学政治部中退後、文筆活動に入り1923年(大正12年)『文藝春秋』の同人となる。1924年から麻雀を始め、1929年(昭和4年)日本麻雀連盟創立に際し中央委員。1930年(昭和5年)最高段位7段となる。1932年(昭和7年)麻雀団体が合併して大日本麻雀連盟が結成され、機関誌『麻雀日本』の編集長に就任。 1934年(昭和9年)、警視庁による麻雀賭博の摘発が続く中で、川崎も同年2月に死去した直木三十五の追善麻雀大会に参加したことを追及され、同年3月に福田蘭童、多賀谷信乃、淵川銀次らとともに一斉検挙された。
田宮 緑子(たみや りこ)は、日本の英国生活文化・紅茶研究家… 田宮 緑子(たみや りこ)は、日本の英国生活文化・紅茶研究家、宝塚教養学校校長。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。 吉本興業文化人部門所属。愛称「グリン子先生」。旧芸名:片山理子。身長161cm(1984年時点) 大阪府堺市出身。四天王寺中・高等学校卒業。1981年4月に吉本興業に所属後、吉本新喜劇に入団してマドンナ役で活動。「あっちこっち丁稚」(朝日放送)、「やすきよの腕だめし運だめし」(読売テレビ)、「WAIWAIカーニバル」(KBSラジオ)など多数のレギュラー番組でタレントとして活躍。その後、東洋英和女学院大学へ入学。人文学部にて教育学を専攻する。同大学を卒業後、渡英。ロンドン大学SOASで日本語教授法資格を取得、帰国後、食と暮らしをテーマにメディアに出演。