福田 大和(ふくだ やまと、2006年1月27日 - )は、… 福田 大和(ふくだ やまと、2006年1月27日 - )は、日本の柔道家。兵庫県明石市出身。階級は60kg級。身長162cm。段位は二段。組み手は左組み。血液型はO型。得意技は内股、寝技。福田3兄弟の三男で、長男の大悟、次男の大晟も柔道選手。 柔道は3歳の時に二見少年柔道クラブで始めた。小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会50kg級で3位になった。夙川中学2年の時には全国中学校柔道大会の50kg級で2位となった。比叡山高校へ進学すると、1年の時に全国高校選手権60kg級の決勝で福岡大学大濠高校2年の松永烈に技ありで敗れて2位にとどまった。2年の時にはインターハイの決勝で松永を送襟絞で破って優勝した。
白金 未桜(しらかね みお、2005年11月23日 - )は… 白金 未桜(しらかね みお、2005年11月23日 - )は、兵庫県神戸市出身の日本の柔道選手。階級は57kg級。身長155㎝。組み手は右組み。血液型O型。得意技は袖釣込腰。兄は60㎏級の白金宏都、妹は52㎏級の白金里桜。 柔道は3歳の時に蟻クラブで始めた。夙川中学2年の時に全国中学校柔道大会40㎏級で優勝した。3年の時に佐久長聖中学へ転向した。佐久長聖高校2年の時にインターハイと全日本ジュニア57㎏級で2位になった。全国高校選手権では3位だった。3年の時にはインターハイで2位、全日本ジュニアで3位だった。 2024年に筑波大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で福岡大学3年の大野萌亜を破って優勝した。
顕徳 海利(けんとく かいり、2004年4月13日 - )は… 顕徳 海利(けんとく かいり、2004年4月13日 - )は、兵庫県出身の日本の柔道選手。階級は66kg級。身長171cm。血液型A型。組み手は左組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に神戸少年柔道蟻クラブで始めた。望海中学2年の時に全国中学校柔道大会50㎏級で2位、3年の時には55㎏級で優勝した。神港学園高校2年の時にはインターハイ66㎏級で3位、全国高校選手権では決勝で東海大相模高校2年の服部辰成を技ありで破って優勝した。3年の時にもインターハイ決勝で服部を破って優勝した。2023年に天理大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで3位になった。2年の時には全日本ジュニアの決勝で修徳高校3年の福地駿多朗に敗れて2位だった。
白金 宏都(しらかね ひろと、2004年1月2日 - )は、… 白金 宏都(しらかね ひろと、2004年1月2日 - )は、日本の柔道家。兵庫県神戸市出身。階級は60kg級。身長164cm。段位は三段。妹は57kg級の白金未桜と52kg級の白金里桜。 夙川中学から佐久長聖高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権60kg級で優勝した。2022年に筑波大学へ進学すると、1年の時に全日本強化選手選考会で3位、全日本ジュニアでも3位になった。2年の時には全日本ジュニアの決勝で比叡山高校3年の福田大和に敗れて2位だったが、学生体重別と体重別団体でそれぞれ優勝した。3年の時には全日本ジュニアの決勝で天理大学1年の福田に再度敗れて2位だったものの、学生体重別では2連覇を果たした。
新井 万央(あらい まお、2003年5月23日 - )は、東… 新井 万央(あらい まお、2003年5月23日 - )は、東京都出身の、日本の柔道選手。階級は78kg超級。身長171cm。体重85㎏。血液型A型。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は10歳の時に五十嵐道場で始めた。東松山北中学3年の時に全国中学校柔道大会の70kg超級で2位になった。夙川高校へ進むと、1年の時にはインターハイの個人戦78㎏超級では3回戦で敗れるも、団体戦では2位になった。その後埼玉栄高校に転校すると、3年の時にインターハイ団体戦で3位、個人戦ではオール一本勝ちで優勝した。全日本ジュニアでは3位だった。 2022年には日体大へ進学した。1年の時には世界ジュニアの決勝でトルコのヒラル・エズテュルクと対戦すると、内股で技ありを取った後に抑え込んで一旦は合技で勝利するも、帯より下を掴んで投げたとして一本が取り消されるも、その後大内刈で一本勝ちして優勝を飾った。
桑形 萌花(くわがた もか、2002年10月10日 - )は… 桑形 萌花(くわがた もか、2002年10月10日 - )は、兵庫県出身の、日本の女子柔道選手。階級は70kg級。身長163cm。組み手は右組み。血液型はA型。得意技は内股。 柔道は7歳の時に兵庫少年こだま会で始めた。道場の2年先輩には阿部詩がいた。 小学校5年の時に全国小学生学年別柔道大会40kg超級に出場するも3回戦で敗れた。6年の時には45kg超級の2回戦で敗れた。 夙川学院中学2年の時に全国中学校柔道大会の70kg級で3位になると、3年の時には2位となった。 夙川高校へ進むと、1年の時には全日本カデで2位だった。金鷲旗では準決勝の南筑高校戦に先鋒で登場すると、古賀若菜を大腰で破ったのを始め3戦連続一本勝ちするも、相手副将の素根輝に内股で敗れると、その後チーム全員が素根に敗れて3位にとどまった。
金 知秀(キム チス、2000年12月12日 - )は、韓国… 金 知秀(キム チス、2000年12月12日 - )は、韓国の柔道選手。身長162cm。兵庫県姫路市出身の在日韓国人3世。階級は57kg級。得意技は背負投。 柔道は小学校1年の時に父親に勧められて始めた。ミキハウス柔道教室に所属していた小学校5年の時に、全国小学生学年別柔道大会40kg級の決勝で福岡県の浦明澄を判定で破って優勝した。6年の時には45kg級決勝で浦に有効で敗れて2位だった。高知県の香長中学時代には1年の時に全国中学校柔道大会44kg級に出場するも3回戦で敗れるが、2年の時には48kg級で3位、3年の時には5位となった。 2016年には夙川学院高校に進んで阿部詩とチームメイトになった。
長谷川 瑞紀(はせがわ みずき、2000年11月17日 - … 長谷川 瑞紀(はせがわ みずき、2000年11月17日 - )は、京都府出身の、日本の柔道選手。階級は78kg級。身長170㎝。組み手は右組み。血液型B型。得意技は大内刈。 柔道は3歳の時に京都錬心会で始めた。中京中学から夙川学院高校へ進み、阿部詩と同期になった。1年の時には全国高校選手権の団体戦で優勝した。2年の時には全日本カデの70㎏超級で2位だった。金鷲旗では決勝の南筑高校戦で阿部が相手選手を次々と破るも相手エースの素根輝に敗れると、その後に長谷川を含めた夙川学院高校の選手全員が素根一人に敗れて2位にとどまった。全国高校選手権の団体戦では2連覇を飾った。3年の時には金鷲旗の準決勝で前年に続いて、長谷川を含めた夙川学院高校の選手全員が素根一人に敗れて3位だった。
阿部 詩(あべ うた、2000年〈平成12年〉7月14日 -… 阿部 詩(あべ うた、2000年〈平成12年〉7月14日 - )は、兵庫県神戸市出身の日本の女子柔道家。階級は52kg級。身長158cm。握力は右48kg、左46kg。血液型はB型。段位は五段。組み手は右組み。得意技は内股、袖釣込腰。夙川学院中学校・高等学校(現在の夙川中学校・高等学校)、日本体育大学を卒業した。兄が二人おり、次兄は66kg級の阿部一二三。2018年の世界選手権では兄妹同時に世界チャンピオンとなり、2021年開催の東京オリンピックでは同日に兄妹で金メダルを獲得した。 柔道は5歳の時に兄2人に続いて兵庫少年こだま会で始めた。最初は兄の付き添いで見学していただけだったが、練習風景が楽しそうに思えて、女の子だからピアノでも習った方がいいと考えていた父親(阿部浩二)の反対を押し切った。
藤原 崇太郎(ふじわら そうたろう、1998年4月27日 -… 藤原 崇太郎(ふじわら そうたろう、1998年4月27日 - )は、日本の柔道家。兵庫県西脇市出身。階級は81kg級。身長175cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は裏投げ。 柔道は6歳の時にアテネオリンピックの60kg級で3連覇を達成した野村忠宏などの活躍に影響されて、姉と一緒に西脇柔道スポーツ少年団で始めた。道場では通常の練習が終わった後も柔道経験のない高校教師の父親と一緒に居残り練習を行うなど厳しく指導されてつらかったという。小学校6年の時に全国小学生学年別柔道大会50kg超級に出場したが3回戦で敗れた。 小野中学に入るとまっすぐ立って組む柔道を指導されたこともあって、受けが強く返し技に機敏な柔道スタイルが形作られていった。
荒木 穂乃佳(あらき ほのか、1997年〈平成9年〉12月1… 荒木 穂乃佳(あらき ほのか、1997年〈平成9年〉12月13日 - )は、日本の柔道選手、警察官。兵庫県出身。身長は160cm、階級は63kg級。血液型はB型。得意技は背負投。 柔道は3歳の時に将祥柔道館で始めた。姫路市立灘中学校2年生の時に全国中学校柔道大会63kg級の3回戦で東松山市立南中学校2年生の嶺井美穂に横四方固で敗れた。3年生の時には天王南中学校2年生の三浦裕香理に判定で敗れて5位だった。夙川学院高等学校へ進み、1年生の時に全国高校選手権の57kg級に出場するも3回戦で敗れた。2年生の時には階級を63kg級に戻すと、全国高校選手権では準々決勝で桐蔭学園高等学校2年の嶺井美穂に指導1で敗れて5位だった。
阿部 一二三(あべ ひふみ、1997年8月9日 - )は、兵… 阿部 一二三(あべ ひふみ、1997年8月9日 - )は、兵庫県神戸市出身の日本の柔道家。階級は66kg級。身長168cm。血液型はAB型。段位は初段。組み手は右組み。得意技は背負投、袖釣込腰。現在は日体大に在学。憧れの柔道家は野村忠宏。なお、3歳年下の妹の阿部詩も全国中学校柔道大会52kg級で優勝するなど活躍している[4]。
坂上 綾(さかがみ あや、1997年6月8日 - )は、大阪… 坂上 綾(さかがみ あや、1997年6月8日 - )は、大阪府出身の、日本の女子柔道家である。階級は48kg級。身長159cm。組み手は右組み。得意技は袖釣込腰。 柔道は7歳の時に兼松柔道場で始めた。夙川学院中学3年の時に全日本カデ40kg級で優勝を飾った。アジアジュニアでも優勝した。全国中学校柔道大会では44kg級に出場するも初戦で敗れた。夙川学院高校に進むと、1年の時には全日本カデで3位だった。2年の時にはインターハイ48kg級の決勝で埼玉栄高校の常見海琴を大腰の有効で破って優勝した。全国高校選手権では52kg級に出場すると、決勝で常見を指導1で破って優勝を飾った。3年の時にはインターハイの3回戦でライバルの常見を有効で破るなどして2連覇を飾った。
鍋倉 那美(なべくら なみ、1997年4月11日 - )は、… 鍋倉 那美(なべくら なみ、1997年4月11日 - )は、兵庫県姫路市出身の日本の女子柔道家である。身長161cm。握力は右40kg、左40kg。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は5歳の時に兄2人に続いて新日鉄住金が運営する広畑柔道教室で始めた。妹がいるという記事が出回ったことがあるが、実際は妹はいない。なお、両親は柔道経験がないという。 大津小時代は同じ兵庫県の同学年である阿部一二三と大会で顔を合わせると、何度も投げ飛ばすなど常に勝利を収めていた。高学年になると引き分けることもあったが、決して負けることはなかったという。小学校5年時の対戦で阿部は、「襟が硬くて分厚くて持ちにくい。ちょっとせこいなと(笑)」と鍋倉に思わせるようなまっさらで高品質な柔道衣に身を包んでいたという。
濵田 早萌(はまだ さきほ、1994年12月28日 - )は… 濵田 早萌(はまだ さきほ、1994年12月28日 - )は、兵庫県姫路市出身の、日本の柔道選手である。階級は48kg級。身長146cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は初段。得意技は小内刈。現在はベネシードに所属。 柔道は6歳の時に始めた。荒井中学2年の時には全中の44kg級に出場したが2回戦で敗れた。愛知県の大成高校に進むと、1年の時には全日本ジュニア44kg級で2位だったものの、世界ジュニアでは史上最年少となる15歳297日で優勝を果たした。2年の時にはインターハイ48kg級で3位だったが、全日本ジュニア44kg級で優勝した。そして世界ジュニアの決勝では昨年に続いてブラジルの選手を破り2連覇を達成した。
井上 愛美(いのうえ まなみ、1992年9月13日 - )は… 井上 愛美(いのうえ まなみ、1992年9月13日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手である。階級は78kg超級。身長は169cm、体重は110kg。血液型はO型。組み手は右組み。段位は弐段。得意技は払腰。現在はJR九州に所属。 8歳の時に柔道を始めた。藍中学2年の時に全国中学校柔道大会団体戦で同級生の太田晴奈とともに優勝に貢献した。翌年の春には近代柔道杯でも優勝を遂げるが、全国中学校柔道大会の団体戦では決勝で敗れて連覇はならず、さらに個人戦では3位に終わった。新田高校2年の時にはインターハイ個人戦で2位となり、翌年の全国高校選手権では個人戦で優勝、団体戦で3位となった。高校3年の時には金鷲旗でチームを2位に押し上げる原動力となり、インターハイ個人戦ではオール一本勝ちで優勝を果たした。
清水 健登(しみず けんと、1991年9月15日 - )は、… 清水 健登(しみず けんと、1991年9月15日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手である。階級は66kg級。身長168cm。得意技は大腰。現在はパーク24に所属。 5歳の時に柔道を始めた。大社中学から京都共栄学園高校へ進むと、3年の時にインターハイで3位となった。2010年に山梨学院大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアで優勝を果たして世界ジュニア代表に選出された。世界ジュニアでは決勝でカザフスタンの選手を旗判定(3-0)で破り優勝を成し遂げた。学生体重別では1年生ながら2位になった。2年の時には講道館杯で2位となった。3年の時には学生体重別とグランプリ・青島で3位になった。 (出典、JudoInside.com)
大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、… 大辻 康太(おおつじ こうた、1990年8月4日 - )は、兵庫県播磨町出身の、日本の柔道選手である。組み手は左組み。得意技は背負投。階級は90 kg級。 柔道は小学校2年の時に播磨町柔道倶楽部で始めた。二見中学から桐蔭学園高校へ進むと、3年の時にインターハイ73kg級に出場するも、3回戦で敗れた。なお、高校時代の同期には西山大希がいた。2009年に埼玉大学へ進学すると、4年の時には学生体重別で優勝を飾った。この際に、先々に攻める柔道スタイルから繰り出される大内刈や小内刈はスピードがあり、また、背負投や一本背負投に入るタイミングもうまいと評された。2013年には日本エースサポート所属となった。81kg級ながら関東予選で優勝を果たして全日本選手権に出場するものの、初戦で綜合警備保障の小林大輔に合技で敗れた。
橋本 優貴(はしもと ゆき、1989年5月9日 - )は、兵… 橋本 優貴(はしもと ゆき、1989年5月9日 - )は、兵庫県神戸市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は52kg級。身長161cm。血液型はO型。組み手は右組み。段位は参段。得意技は大内刈、寝技。現在はコマツに所属。
垣田 恭兵(かきた きょうへい、1988年2月2日 -… 垣田 恭兵(かきた きょうへい、1988年2月2日 - )は、兵庫県宍粟市出身の、日本の柔道選手である。階級は100 kg級。身長174 cm。得意技は背負投。組み手は左組み。現在は旭化成に所属。姉は52 kg級で活躍している垣田恵利。 柔道は4歳の時に一宮柔道教室で始めた。中学2年の時に1学年上の姉とともに地元の中学から強豪校の藍中学へ転向した。3年の時に全国中学校柔道大会の66kg級で3位に入った。近大福山高校2年の時にはインターハイ81kg級で3位になった。3年の時にはインターハイと全日本ジュニアで優勝した。さらにはアジアジュニアで52kg級の姉とともに姉弟優勝を飾った。近畿大学に入学すると、1年の時に全日本ジュニアで2連覇を達成するも、世界ジュニアでは3位にとどまった。
齋藤 涼(さいとう りょう、1987年11月14日 - )は… 齋藤 涼(さいとう りょう、1987年11月14日 - )は兵庫県出身の日本の柔道家。73kg級の選手。身長は176cm。組み手は右組み。得意技は大外刈。 柔道は6歳の時に広畑柔道教室で始めた。朝日中学から育英高校へ進むと、3年の時にはインターハイ団体戦で、後にロンドンパラリンピック100kg超級金メダリストになる同級生の正木健人などとともに活躍して3位になった。 天理大学に進学すると、3年の時には学生体重別の73kg級決勝で筑波大学4年の形部安彦を破って優勝した。嘉納杯では3位に入った。ワールドカップ・トビリシでは2年連続3位になった。4年の時には学生体重別の決勝で東海大学2年の中矢力に敗れて2連覇はならなかった。
正木 健人(まさき けんと、男性、1987年8月9日 - )… 正木 健人(まさき けんと、男性、1987年8月9日 - )は、兵庫県南あわじ市北阿万筒井出身の日本の柔道家。身長191cm、 体重150kg。2016年現在はエイベックスに所属している。 生まれつき弱視で色の識別は出来なかった色覚異常もあったものの、視力は0.08程あったので日常生活にそれほど支障はなかったという。 南淡中に入学した時点で身長180センチ以上で体重も100kgあり、幼馴染の誘いで柔道部に入部することとなった。3年の時には全国中学校柔道大会の90kg超級で2位となった。 育英高校に入学後、2年の時にはインターハイ団体戦の準々決勝で国士舘高校と対戦して石井慧に崩上四方固で一本負けを喫したものの、5位入賞を果たした。
垣田 恵利(かきた えり、1986年10月20日 -)は兵庫… 垣田 恵利(かきた えり、1986年10月20日 -)は兵庫県宍粟市出身の日本の柔道家。52kg級の選手。身長は160cm。組み手は右組み。得意技は大外刈。 弟は90kg級で活躍している垣田恭兵。 柔道は6歳の時に一宮柔道教室で始めた。中学3年の時に1学年下の弟とともに地元の中学から強豪校の藍中学校へ転校した。さらに市立尼崎高校へ進むが、この当時大きな実績はなかった。阪神柔道協会に所属していた2005年の全日本ジュニアでは52kg級決勝で日本大学の粟野壽子に敗れるも2位になった。アジアジュニアでは81kg級の弟とともに姉弟優勝を飾った。 武庫川女子大学へ進学すると、2年の時には学生体重別の決勝で天理大学の村口みきに敗れて2位だった。
出口 雄樹(でぐち ゆうき、1985年8月16日 - )は、… 出口 雄樹(でぐち ゆうき、1985年8月16日 - )は、兵庫県淡路市出身の日本の柔道家。身長185cm。足の大きさ30cm。 血液型A型。段位五段。東浦柔道教室、津名高校、天理大学出身組み手は右組み。得意技は大外刈、内股。 現在は広島県の体育教師をしている。そして2人の子供がいる性格は真面目で優しく、嘘が嫌いである。生徒想いでポジティブである。
杉本 美香(すぎもと みか、1984年8月27日 - )は、… 杉本 美香(すぎもと みか、1984年8月27日 - )は、日本の柔道家である。階級は78kg超級。現役時代は身長166cm、体重97kg。握力は右50kg、左51kg。バスト119cm。リーチ166cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は六段。得意技は払腰。筑波大学体育専門学群卒業。現在はコマツ女子柔道部でコーチを務めている。 兵庫県伊丹市出身。伊丹市立鴻池小学校3年生の時に硬式テニスを始めるがいまいち馴染めず、2年ほどして柔道に転向して、伊丹土曜柔道教室に通うこととなった。 夙川学院中学校3年の時に全国中学校柔道大会団体戦で全国優勝を果たした。 大阪市立汎愛高等学校進学後は全国高校選手権で優勝するなどジュニアの頃から期待されていた選手だった。
松本 雄史(まつもと かつし、1984年7月23日 - )は… 松本 雄史(まつもと かつし、1984年7月23日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手。階級は81kg級。身長180cm。血液型はO型。組み手は左組み。得意技は体落。 柔道は4歳の時に一宮柔道教室で始めた。上郡中学から赤穂高校へ進むと、3年の時には全日本ジュニア73kg級の決勝で浜松商業高校3年の川端常弘を大外落で破って優勝した。 天理大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアの決勝で道都大学1年の出花崇太郎を有効で破って2連覇を果たした。2年の時には体重別団体で3位だった。 2007年には全国警察選手権の所属となると、全国警察選手権で2連覇した。その後階級を81kg級に上げると、2009年のグランドスラム・東京では準決勝でイギリスのイアン・バートンに大外刈で敗れるも3位になった。
堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵… 堀江 久美子(ほりえ くみこ、1982年9月8日 -)は、兵庫県加古川市加古川町出身の日本の柔道家。階級は78kg級の選手。身長165cm。血液型はO型。段位は六段。組み手は左組み。得意技は払腰。現在は兵庫県警に所属している。現姓は萩原(はぎはら)。 柔道は加古川中学に入学してから始めた。夙川学院高校2年の時には全国高校選手権78kg級で3位となった。 2001年に帝京大学へ進むと、学生体重別決勝では1年から2年連続で筑波大学の長瀬めぐみに敗れて2位にとどまったが、全日本学生柔道優勝大会では2年の時にチームの優勝に貢献した。4年の時には学生体重別の準決勝で長瀬を破ると、決勝でも淑徳大学の中澤さえを指導2で下して優勝を成し遂げた。
新改 七星(しんかい なほし、1981年4月6日 - )は兵… 新改 七星(しんかい なほし、1981年4月6日 - )は兵庫県出身の日本の柔道家。63kg級の選手。身長170cm。組み手は右組み。得意技は内股。 柔道は8歳の時に青雲塾で始めた。夙川学院中学3年の時に全国中学校柔道大会の52kg級で2位になった。夙川学院高校1年の時には全国高校選手権の57kg級で優勝を飾った。2年の時には全国女子体重別63kg級の決勝で埼玉大学4年の山田真由美を内股の効果で破って、高校2年ながらシニアの全国大会で優勝を成し遂げた。全国高校選手権では70kg級で勝利を収めて前回の57kg級に続いて2階級制覇を達成した。但し、70kg級での出場は今回限りだった。なお、同級生の八代谷優子は63kg級で連覇を果たした。
奈木 宏昌(なぎ ひろまさ、1977年12月13日 - )は… 奈木 宏昌(なぎ ひろまさ、1977年12月13日 - )は、兵庫県南あわじ市出身の日本の柔道家。柔道指導者。六段。身長186cm。血液型O型。組み手は右組み。得意技は大外刈、内股。 大学卒業後、兵庫県立津名高等学校、淡路市立津名中学校、そして母校である南あわじ市立南淡中学校を経て、令和4(2022)年度から、南あわじ市立沼島中学校の教員。 南淡中学校の監督として 第47回・50回全国中学校柔道大会男子団体3位(2016年・2019年) 第22回・24回マルちゃん杯近畿少年柔道大会 男子団体優勝(2017年・2019年) 第21回・23回マルちゃん杯近畿少年柔道大会 男子団体準優勝(2016年・2018年) マルちゃん杯全国少年柔道大会男子団体 5年連続出場(2015年〜2019年) (2020年~2021年コロナ禍により中止) 沼島中学校の監督として 全日本少年柔道大会男子団体5位(2022年) 第27回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体優勝(2022年) 第28回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体3位(2023年) 第29回マルちゃん杯近畿少年柔道大会男子団体準優勝(2024年) マルちゃん杯全国少年柔道大会男子団体 3年連続出場中(2022年〜 ) 嘉納治五郎杯ウラジオストク カデ国際柔道大会 日本代表監督、コーチを務める。
浅見 重紀(あさみ しげき、1975年11月21日 - )は… 浅見 重紀(あさみ しげき、1975年11月21日 - )は、兵庫県出身の、日本の柔道選手である。階級は65kg級と66kg級。現役時代は身長173cm。 荒井中学3年の時に全国中学校柔道大会の65kg級で2位になった。高砂高校3年の時にインターハイの軽中量級で優勝を飾った。さらに全日本ジュニア65kg級でも優勝した。1994年には天理大学へ進学すると、2年の時には全日本ジュニアで2位だった。4年の時には正力杯で優勝すると、正力国際の66kg級でも決勝で世界チャンピオンである韓国の金赫に背負投で一本勝ちして優勝を飾った。1998年には大阪府警の所属になると、体重別で3位になった。講道館杯では決勝で横浜そごうの鳥居智男に敗れて2位だった。
藤原 孝子(ふじわら たかこ、1973年6月19日 -)は兵… 藤原 孝子(ふじわら たかこ、1973年6月19日 -)は兵庫県出身の日本の柔道家。身長162cm。現役時代は56kg級と61kg級の選手。 城内中学から夙川学院高校へ進むと、1年の時に全国高校選手権56kg級の初戦で敗れた。2年の時には新設されたインターハイ女子団体戦で同級生の須磨谷真住や1年後輩の吉田早希とともに活躍して決勝まで進むと、柳川高校戦で松永真理子を横四方固で破るも、須磨谷が佐野奈津子に上四方固で敗れたために代表戦となり、吉田が佐野との1年生同士の対決を判定ながら制して初代チャンピオンとなった。強化選手選考会では準決勝で日大2年の天野安喜子を上四方固で破るなど全て一本勝ちで決勝まで進むが、柳川高校3年の松永に効果で敗れて2位にとどまった。
篠原 信一(しのはら しんいち、1973年1月23日 - )… 篠原 信一(しのはら しんいち、1973年1月23日 - )は、日本の柔道家(六段)、タレント。 兵庫県神戸市長田区出身。身長190cm、体重135kg。 得意技は大外刈り、内股、内股すかし。 父親は建築業をしていた。10歳年下の妹がいる。30歳を過ぎる頃まで本籍地は父親の出身地である鹿児島県日置郡金峰町大坂(現:南さつま市金峰町)に置いていた。 中学入学と同時に新設された柔道部に入部して柔道を始め、育英高等学校を経て天理大学体育学部へ進学。 大学生の時に才能が開花し、外国人に負けない体格とパワー、巧みな技術によって多くの大会を制覇した。 天理大学卒業後は旭化成に入社し、2000年シドニーオリンピック100kg超級にて銀メダルを獲得する(後述する誤審判定問題を参考)。
細川 伸二(ほそかわ しんじ、1960年1月2日 - )は、… 細川 伸二(ほそかわ しんじ、1960年1月2日 - )は、兵庫県一宮町(現・宍粟市)出身の柔道家。1984年ロサンゼルスオリンピック柔道男子60kg級金メダリストで1980年代の日本の軽量級を代表する選手。得意技は背負い投げ、巴投げ、内股すかし。身長157cm。
松岡 義之(まつおか よしゆき、1957年3月6日 - )は… 松岡 義之(まつおか よしゆき、1957年3月6日 - )は、日本の柔道家。兵庫県神崎郡福崎町出身。1984年ロサンゼルスオリンピック柔道男子65kg級金メダリスト。兵庫県立福崎高等学校、京都産業大学卒業。得意技は背負投。身長164cm。
正木 照夫(まさき てるお、1947年10月10日 - )は… 正木 照夫(まさき てるお、1947年10月10日 - )は日本の柔道家(講道館8段)、レスリング選手。兵庫県出身。拓殖大学柔道部師範。 兵庫県神戸市出身。小中学校時代は野球少年だったが、個人競技に興味があったため神港学園高校入学と同時に柔道を始めた。 拓殖大学商学部に進学してからは同期の西村昌樹らと共に柔道王・木村政彦の元で猛稽古に励んで実力を磨くが、寝技を嫌い得意技の内股に固執していた正木は、木村から「寝技が弱過ぎる」「寝技ができなければ世界で通用しない」として大学2年次から柔道と並行してのレスリング修行を命じられた。レスリング部での修行後に柔道部の稽古に参加できるよう、木村の取り計らいにより柔道部の練習時間をわざわざ変更してもらったという。
呉勝立(オ・スンニプ、朝: 오승립、英: Oh Seung-… 呉勝立(オ・スンニプ、朝: 오승립、英: Oh Seung-Lip、1946年10月6日-)は韓国の柔道選手。兵庫県神戸市長田区出身。階級は中量級。身長175cm。高校までは「呉原」姓を名乗っていた。
金 義泰(キム・ウィテ、朝: 김의태、英: Kim Ui-T… 金 義泰(キム・ウィテ、朝: 김의태、英: Kim Ui-Tae、1941年6月2日-)は韓国の柔道選手。日本名は山本 義泰(やまもと よしやす)。兵庫県神戸市長田区出身。階級は中量級。身長174cm。 在日韓国人として生まれて、神港学園高校から天理大学に進み、主将を務めるなどして活躍した、1961年の世界選手権(無差別)では韓国代表で出場して、準決勝で曽根康治に判定、3位決定戦で古賀武に払腰で敗れたが4位となった。また、1963年のプレオリンピック大会の中量級では決勝で中央大学の岡野功に敗れた。 その後、1964年には東京オリンピックの中量級代表に選ばれて韓国で練習していたが、コーチがいなかったので何もかも自分でこなさなければならなかった。
平野 時男(ひらの ときお、1922年8月6日 - 1993… 平野 時男(ひらの ときお、1922年8月6日 - 1993年7月27日)は、日本の柔道家(講道館8段)。 皇宮警察や綜合警備保障の柔道師範を務めたほか、欧州各国で柔道指導を行いアントン・ヘーシンクやウィレム・ルスカ等の世界チャンピオンを育てた事で知られる。 淡路島の洲本市に生まれ、旧制・洲本中学校に入学した直後の1935年4月より柔道を始めた。2年生で初段位を取得すると推薦により平安中学校へ転校し、大日本武徳会武道専門学校師範を務める福島清三郎8段(のち9段)の義方会塾に住みこんで4段・5段の猛者を相手に修行に励んだ。平安中学主将となった平野は1939年に全国中等学校大会で優勝すると、同年秋に講道館で開催された明治神宮国民体育大会(中学校の部)に団体戦の京都府代表として出場し、優勝に貢献。
大谷 晃(おおたに あきら、1906年10月9日 - 196… 大谷 晃(おおたに あきら、1906年10月9日 - 1963年2月22日)は日本の柔道家(講道館9段、大日本武徳会教士)。 1929年の明治神宮大会や1934年の天覧試合で選手権を獲得、後には拓殖大学や大阪府警察で後進の指導に当たるなどした、戦前・戦後の柔道界を牽引した柔道家の1人である。 広島県出身。中外商業学校(のちの県立尼崎北高校)、大日本武徳会大阪支部で柔道を学び、1924年17歳の時に講道館入門。入門半年後に初段、1925年1月に2段、1926年11月に3段、1927年2月に4段と、毎年順調に昇段を重ねた。身長157cmと上背はないものの、重心が低く巌のような体重89kgの体から繰り出す右の背負投と得意とし、1927年の第4回明治神宮大会柔道競技において青年団の個人戦・団体戦に出場。
山本 正信(やまもと まさのぶ、1905年10月25日 - … 山本 正信(やまもと まさのぶ、1905年10月25日 - 1984年6月4日)は、日本の柔道家(講道館9段、大日本武徳会教士)。 選手として戦前の全日本選士権大会で連覇を達成したほか昭和天覧試合や明治神宮大会等でも活躍し、指導者としては出身地の兵庫県にて各学校や警察の柔道師範を務めるなど、昭和時代の柔道界を牽引した柔道家の1人であった。 兵庫県神戸市に生まれ、小学校5年次より大日本武徳会兵庫支部にて田辺又右衛門(不遷流)や小角弥三次(天神真楊流)らの元で柔道を始めた。小角の訓えである「稽古中は絶対に休むな」「どんなに強い相手でも全力を傾倒して倒しにいけ」を子供ながら忠実に守り、これを実行したという。
早川 勝(はやかわ まさる、1904年4月19日 - 197… 早川 勝(はやかわ まさる、1904年4月19日 - 1979年2月5日)は、日本の柔道家(講道館8段)、実業家。 学生時代に旧制第六高校師範の金光弥一兵衛や同校柔道部員らと共に前三角絞を開発した事で知られ、社会人となってからは三菱鉱業を経て日本経営者団体連盟専務理事を務めるなど実業家として活躍した。また兄・昇(のぼる)も学生時代に柔道選手として腕を鳴らし、後には王子製紙にて専務取締役を務めている。 東京府中野区に生まれ、4歳年長の兄・昇と同じ県立第一神戸中学校(後の県立神戸高校)に進学して柔道を始めた。中学在学中には昇が籍を置いていた金光弥一兵衛率いる旧制第六高校柔道部の選手たちと共に前三角絞を編み出し、勝は大日本武徳会兵庫支部主催のもと1921年11月に開かれた兵庫県下中学柔道大会に主将として出場しこの技を駆使して優勝、その有効性を証明して見せた。
小谷 澄之(こたに すみゆき、1903年8月3日 - 199… 小谷 澄之(こたに すみゆき、1903年8月3日 - 1991年10月9日)は、日本の柔道家(講道館10段)、レスリング選手。 身長162cm・体重69kgという小柄な体格ながら現役時代は柔道選手として明治神宮競技大会で優勝したほか、昭和天覧試合や熊本・福岡対抗試合、満州・福岡対抗試合等にも出場して活躍した。レスリング選手としてもロサンゼルス五輪に出場している。 現役を退いてからは欧州やアメリカ等を歴訪して柔道の普及と振興に尽力する傍ら、講道館や全日本柔道連盟で要職を歴任して永く柔道界の運営に携わり、晩年には講道館10段位に列せられた。 小谷は兵庫県但馬、朝来郡中川村(現・朝来市)の農村の家に4人兄弟の末っ子として生まれる。
川石 酒造之助(かわいし みきのすけ、1899年8月13日 … 川石 酒造之助(かわいし みきのすけ、1899年8月13日 - 1969年1月30日)は日本の柔道家。講道館柔道七段。兵庫県飾磨郡手柄村(のちの姫路市)出身。フランス柔道の父と称され、日本よりも日本以外で著名な柔道家である。 「川石メソッド」 (Méthode de Judo Kawaishi) 、「メトードK」と呼ばれる。パリの道場に迎えられた川石は柔道の技の系統的分類を、従来の講道館五教の技よりも多い147の技数でまとめた。川石は技の分類の上で、技毎に番号をつけ記号化したものを教えることで外国人に教授することに奏功した。ボルドー大学教授ミッシェル・ブルースの研究によると川石メソッドは科学者でありヨーロッパで最初の黒帯取得者と言われているモーシェ・フェルデンクライスの影響を受けていることが言及されている。
栗原 民雄(くりはら たみお、1896年5月21日 - 19… 栗原 民雄(くりはら たみお、1896年5月21日 - 1979年10月8日)は、日本の柔道家(講道館10段、大日本武徳会範士)。 選手として1929年の御大礼記念天覧武道大会で優勝するなどし、指導者としては武道専門学校主任教授や京都府警察柔道教師を務めた。のちに講道館柔道殿堂にも選ばれている。 兵庫県姫路市生まれ。姫路中学校を経て、1915年(大正4年)大日本武徳会武術専門学校に5期生として入学。同期には兼元藤兵衛や山口孫作(のち隆三)らがいた。1917年1月に講道館に入学。1918年(大正7年)3月卒業後、同校研究科に進む。1919年4月、神宮皇學館助教授に就任。 1920年(大正9年)4月、武道専門学校助教授に就任し、翌年教授となる。
高松太地(タカマツダイチ)は、兵庫県明石市出身のシンガーソン… 高松太地(タカマツダイチ)は、兵庫県明石市出身のシンガーソングライター・柔道家である。 1986年4月23日、兵庫県明石市にて産まれる。 1992年 明石市鳥羽にある野々池コミュニティセンターの【野々池柔道サークル】に入門。 1993年 明石市の柔道大会で初優勝。以降小学校時代を、柔道一筋で過ごし、大小数多くの大会で優勝などの実績を残す。 1999年 東京都世田谷区にある私立国士舘中学校に入学。寮生活をスタートさせ、柔道日本一を目指す。 2000年 両親の離婚により明石市立野々池中学へ転入。西日本少年柔道大会73kg級準優勝。 2001年 叔母の形見であるギターを、いとこより譲り受ける。兵庫県中体連総合体育大会柔道競技73kg級優勝。