芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )… 芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )は、日本の男性イラストレーター。奈良県奈良市出身。血液型はAB型。
奈良県:866人
芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )… 芳岡ひでき(よしおか ひでき、1956年12月19日 - )は、日本の男性イラストレーター。奈良県奈良市出身。血液型はAB型。
六田 知弘(むだ ともひろ、1956年12月6日 - )は、… 六田 知弘(むだ ともひろ、1956年12月6日 - )は、日本の写真家。奈良県御所市出身。 1956年奈良県御所市生まれ。1980年早稲田大学卒業。1982年からヒマラヤのシェルパの村に暮らしながら撮影。1988年に写真展「ひかりの素足―シェルパ」を開催して以降、「自然や宇宙との根元的なつながり」を遠くに探りながら、ロマネスク美術、仏教遺跡、石、仏像、古美術品、風景、自然、建築物、人物など、さまざまな事象を対象に撮影し、写真展や写真集で発表。
小島 亮(こじま りょう、1956年11月19日 - )は、… 小島 亮(こじま りょう、1956年11月19日 - )は、日本の社会学者、歴史学者、中部大学元教授。近代社会思想史・比較知識社会論専攻。ハンガリーと日本の国際関係についての著作も多い。2006年にハンガリー共和国から「自由の英雄」徽章(ハンガリー語版)を授与された唯一の日本人である。 奈良市生まれ。戸籍上は「小嶋」と表記。父は歴史家の小嶋太門、母は美術作家の小嶋十三子。小中学時代を大阪市東成区片江町(現大今里南)で過ごす。1975年桃山学院高校を経て、1979年立命館大学文学部卒業。在学中は岩井忠熊のゼミに所属し、山尾幸久、瀬原義生にも師事した。和田洋一の自宅のあった下鴨神社界隈に下宿していた縁もあって、私淑して毎週のように話を聴きに訪問したと回想している。
梅本 隆(うめもと たかし、1956年9月22日[要出典] … 梅本 隆(うめもと たかし、1956年9月22日[要出典] - )は、奈良県御所市生まれの日本の写真家である。 1975年3月に奈良県立畝傍高等学校を[要出典]、1979年3月に大阪芸術大学写真学科を卒業した。1979年3月に株式会社ナニワ商会へ入社、1992年1月に退社した。同年より写真店「カメラのバンビ」を営業しながら、フリーランスの写真家として、奥吉野地方の撮影を続け、東京、大阪、京都、奈良等、各地で写真展を開催し、作品を発表する。2024年より、生まれ故郷・御所市の撮影に取り組む[要出典]。
笑福亭 竹林(しょうふくてい ちくりん、1956年4月13日… 笑福亭 竹林(しょうふくてい ちくりん、1956年4月13日 - )は奈良県吉野郡上北山村出身の落語家(上方噺家)。出囃子『やぎの郵便やさん』。 本名、仲村敬(なかむらけい)。血液型はA型。奈良県立五條高等学校卒業後、桃山学院大学へ進学(卒業はしていないらしい)。1980年4月1日に6代目笑福亭松鶴に入門。 後ろに束ねたロングヘアーが印象的であり、女性の表現には独特の味がある。 趣味は子育て、散歩。スキーインストラクターの資格有り。
永野 厚郎(ながの あつお、1956年4月8日 - )は、日… 永野 厚郎(ながの あつお、1956年4月8日 - )は、日本の元裁判官。最高裁判所民事局長兼行政局長、司法研修所所長を経て、名古屋高等裁判所長官。退官後、弁護士を経て、現在、公害等調整委員会委員長。 京都府出身。東大寺学園高等学校を経て1981年京都大学法学部卒業。司法修習生35期。父親は、京都大学名誉教授の永野芳郎。 2017年10月27日 建設現場でアスベストを吸い込んで健康被害を受けたとして、元建設労働者とその遺族が国と建材メーカー43社に損害賠償を求めた集団訴訟の控訴審において、原告敗訴の一審判決を変更し、国とメーカー4社に対し総額約3億7千万円を支払うよう言い渡した。全国14件の同種訴訟で初の高裁判決となった。
大西 孝典(おおにし たかのり、1956年3月30日 - 2… 大西 孝典(おおにし たかのり、1956年3月30日 - 2020年5月31日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 奈良県吉野郡川上村生まれ。奈良県立畝傍高等学校、上智大学法学部卒業。大学卒業後は故郷に戻り、家業である木材業・林業を営む。1986年から衆議院議員(当時)・前田武志の秘書を務めた。1998年より民主党本部に勤務。 2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党公認で奈良4区から立候補したが、自由民主党の田野瀬良太郎に1,835票差で惜敗。重複立候補していた比例近畿ブロックで復活し、初当選した。なお奈良4区は、2000年までかつて秘書を務めた前田武志の地盤であった(前田は2000年の第42回衆議院議員総選挙で落選して以来、同選挙区からは立候補せず、参議院の比例区に鞍替えし当選)。
金春 智子(こんぱる ともこ、本名:同じ、1956年〈昭和3… 金春 智子(こんぱる ともこ、本名:同じ、1956年〈昭和31年〉3月13日 -)は、日本の脚本家、小説家。奈良県奈良市出身。血液型AB型。アニメの脚本では豊富なキャリアを有し、漫画家の高橋留美子絡みの作品が多い。 上智大学外国語学部英語学科卒業。大学時代に作ったSFサークル名は「アニメディア」。大学4年のときに脚本家の辻真先が主宰する劇画まんが原作教室に通い、アニメコースに通ったのが脚本家デビューのきっかけ。1977年、辻の講座の課題として出されたテレビアニメ『一休さん』の脚本が認められて、3か月の推敲を経て「ギヤマンの壷と一尺の板」として放送された、以後、『一休さん』には3か月に1度のペースで執筆を続け、続けて『花の子ルンルン』でレギュラー脚本家の座を掴む。
百田 尚樹(ひゃくた なおき、1956年〈昭和31年〉2月2… 百田 尚樹(ひゃくた なおき、1956年〈昭和31年〉2月23日 - )は、日本の政治家、作家。日本保守党所属の参議院議員(1期)、日本保守党代表(初代)。放送作家として『探偵!ナイトスクープ』で構成を担当した。大阪府出身。 代表作に『永遠の0』(2006年)や『海賊と呼ばれた男』(2013年)、『影法師』(2010年)、『殉愛』(2014年)などがある。第30回吉川英治文学新人賞候補で知られ、NHK経営委員時代、南京事件否定への支持で特に知られている。 大阪府大阪市東淀川区に、大阪市水道局員の父のもとに生まれる。1974年度奈良県立添上高等学校卒業、1年の浪人を経て1976年同志社大学入学、同志社大学在学中に『ラブアタック!』(朝日放送)に出演し、1978年当時大学3年生で6回目の挑戦などをする常連だった。
森本 康敬(もりもと やすひろ、1956年 - 2022年〈… 森本 康敬(もりもと やすひろ、1956年 - 2022年〈令和4年〉8月21日)は、日本の外交官。従四位瑞宝中綬章。在大韓民国大使館参事官、釜山総領事等を経て、ソロモン諸島駐箚特命全権大使。 奈良県出身。1980年に外務省に入省し、韓国語を専門とした。外務省北米局日米安全保障条約課課長補佐、在中華人民共和国日本国大使館一等書記官、外務省アジア大洋州局北東アジア課日韓交流室長、在大韓民国日本国大使館参事官等を経て、2016年から釜山総領事を務めたが、総領事館前への慰安婦像の設置を受け、対抗措置として日本政府より一時帰国させられ、知人との会食中にこの政府方針への批判を展開したため、着任1年足らずの2017年に更迭されたと報じられた。
井上 理津子(いのうえ りつこ、1955年11月21日- )… 井上 理津子(いのうえ りつこ、1955年11月21日- )は、日本のノンフィクションライター。日本文藝家協会会員。 奈良県生まれ。奈良女子大学文学部附属高校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)から京都女子大学短期大学部卒業。全日空、女性と暮し社編集部勤務などを経て、1985年にフリーランスに。大阪を拠点に夕刊紙、旅行雑誌、女性誌などに執筆した後、2010年に東京に拠点を移し、活動の幅を広げる。生活環境文化研究所特別研究員(2010年まで)。旅行ペンクラブ会員(同)。代表作『さいごの色街 飛田』(2011年)、『葬送の仕事師たち』(2015年/第14回新潮ドキュメント賞候補)。ハーバード大学医学部准教授の大内啓は甥。
明石家 さんま(あかしや さんま、1955年〈昭和30年〉7… 明石家 さんま(あかしや さんま、1955年〈昭和30年〉7月1日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者。
吉本興業所属。本名は杉本 高文(すぎもと たかふみ)。番組企画・構成等では本名名義でクレジットされることもある。
和歌山県串本町生まれ、奈良県奈良市出身。
柳原 隆弘(やなぎはら たかひろ、1955年6月12日 - … 柳原 隆弘(やなぎはら たかひろ、1955年6月12日 - )は、奈良県吉野郡大淀町出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。
蔦田 守弘(つただ もりひろ、1955年3月10日 - )は… 蔦田 守弘(つただ もりひろ、1955年3月10日 - )は、日本の実業家。株式会社鴻池組代表取締役社長や、全国建設業協会副会長、大阪建設業協会会長を歴任。 奈良県天理市出身。東大寺学園高等学校を経て、1977年名古屋工業大学建築学科卒業、鴻池組入社。東京本店長を経て、2007年常務執行役員。2008年から代表取締役社長を務め、収益力の強化にあたった。2012年大阪建設業協会会長。2014年全国建設業協会副会長。2019年大阪建設業協会会長。2019年西日本建設業保証取締役。2021年鴻池組代表取締役会長。
前川 喜平(まえかわ きへい、1955年1月13日 - )は… 前川 喜平(まえかわ きへい、1955年1月13日 - )は、日本の文部科学省官僚。文部科学審議官を経て、文部科学事務次官。奈良県出身。
岡本 全勝(おかもと まさかつ、1955年1月1日 - )は… 岡本 全勝(おかもと まさかつ、1955年1月1日 - )は、日本の総務官僚。元内閣官房参与、元市町村職員中央研修所(市町村アカデミー)学長。 東京大学大学院総合文化研究科教授、内閣府大臣官房審議官、内閣官房内閣審議官、総務省大臣官房審議官、内閣総理大臣秘書官、復興庁事務次官などを歴任した。本名は「まさかつ」だが、音読みで「ぜんしょう」と呼ばれることもある。 1955年1月、奈良県高市郡(後の高市郡明日香村)生まれ。 奈良女子大学文学部附属高等学校を卒業し、上京して東京大学に入学し法学を学んだ。1978年に同大学の法学部を卒業し、自治省に入省した。 自治省では地方財政に関する職務を多く経験しており、自治省財政課・交付税課課長補佐、大臣秘書官などを務め、自治大学校では教授として指導に当たった。
城野 和也(じょうの かずや、1954年12月10日 ‐)は… 城野 和也(じょうの かずや、1954年12月10日 ‐)は、日本の実業家。 三井住友フィナンシャルグループ取締役および三井住友銀行取締役兼専務執行役員を経て、シティバンク銀行株式会社代表取締役社長兼CEO(2012年‐2014年)に就任した。 退任後は、日本製鋼所、東レ、ブラザー工業の社外監査役を歴任した。
浅川清仁(あさかわ きよひと、1954年11月13日 - )… 浅川清仁(あさかわ きよひと、1954年11月13日 - )は、日本の政治家。元奈良県議会議員(3期)。みんなの奈良をつくる会代表。
萩原 俊嗣(はぎはらとしつぐ、1954年10月27日 - )… 萩原 俊嗣(はぎはらとしつぐ、1954年10月27日 - )は、スイカ研究家。株式会社萩原農場生産研究所の代表取締役社長。 社長就任以来「スイカのことなら萩原農場に訊け」といわれる会社にしたいとの思いをもち、スイカ・メロンの素材探索や品種改良、栽培技術研究に携わるとともに、全国を駆け回っての指導講習会、講演会、バイオテクノロジーを駆使した研究開発、ユニークなスイカ普及のPRなどで業界を牽引。 スイカ栽培と品種改良のパイオニアといわれる萩原農場の創始者となった祖父の萩原善太郎は、「スイカ界の聖者」(大和スイカ全編:鈴木栄次郎著富民協会昭和46年発行)と称され、スイカ界で初めて農水省種苗名称登録第27号となった「一代交配種富研号」を創成し、戦後の日本のスイカの発展に貢献した人物である。
田中 昌宏(たなか まさひろ、1954年9月28日 - )は… 田中 昌宏(たなか まさひろ、1954年9月28日 - )は奈良県五條市出身の元プロ野球選手。
魚谷 雅彦(うおたに まさひこ、1954年6月2日 - )は… 魚谷 雅彦(うおたに まさひこ、1954年6月2日 - )は、日本の経営者。日本における代表的な「プロ経営者」の一人。株式会社資生堂シニアアドバイザー、元・取締役代表執行役会長CEO。株式会社ブランドヴィジョンエグゼクティブアドバイザー。 奈良県出身。同志社大学文学部 卒業。海外への留学制度があるという理由で、ライオン歯磨(現・ライオン)に入社、その後クラフト・ジャパン(現・モンデリーズ・ジャパン)副社長に就任。 1994年、 日本コカ・コーラに転じ、「ジョージア」や「爽健美茶」、「紅茶花伝」など数々のヒット商品を手掛け同社の業績を伸張させた。その後は自身でコンサルタント会社を立ち上げ、NTTドコモのサービス改善にも携わった。
高代 延博(たかしろ のぶひろ、1954年5月27日 - )… 高代 延博(たかしろ のぶひろ、1954年5月27日 - )は、奈良県吉野郡下市町出身の元プロ野球選手(内野手)・プロ野球コーチ・野球評論家。
立原 啓裕(たちはら けいすけ、1954年〈昭和29年〉1月… 立原 啓裕(たちはら けいすけ、1954年〈昭和29年〉1月12日 - )は、日本の俳優、タレント。 大阪府出身、奈良県桜井市育ち。関西圏を中心に、テレビ・ラジオで活躍している。滋賀県大津市在住。既婚。 桃山学院高等学校、大阪芸術大学芸術学部放送学科を卒業、1977年に劇団四季に入団し、浅利慶太に師事する。厳しい修行をしたが、ダンスが苦手だった為、夜中一人でダンスの特訓をし、浅利にそれが認められ入団三年目で、初の舞台を踏む。以後300本を超える舞台を経験したが、1982年に退団した。また、退団後大阪に戻りMC企画に所属し1994年に個人事務所「立原オフィス」を設立した。 退団後すぐに時代劇『暴れん坊将軍』にゲスト出演するが、劇団時代のリアクションの演技がスタッフ等の目を引き過ぎてしまい、カルチャーショックを受ける。
河野 康弘(こうの やすひろ、1953年11月13日 - )… 河野 康弘(こうの やすひろ、1953年11月13日 - )は、日本のジャズピアニスト。奈良県生駒市出身、奈良県立郡山高等学校卒業、大阪芸術大学芸術学部中退。 大学中退後、矢沢永吉のバックバンド、中村雅俊の伴奏などを務める。 1983年 ジャズピアニストとしてアルバム「ピース」河野康弘トリオ+1でデビュー。 1988年 リチャード・デイビス(B)とツアー。 1991年 湾岸戦争をきっかけに平和と環境保護をテーマに活動をはじめ組曲「四万十川」発表。 湾岸戦争をきっかけに、「ジャズ」というジャンルにとらわれず、スタンダードから童謡まで広く扱うようになる。 1992年 約450万台のピアノが眠っていることを知り「冬眠ピアノお目覚めコンサート」開始。
乾 康代(いぬい やすよ、1953年10月26日 - )は、… 乾 康代(いぬい やすよ、1953年10月26日 - )は、日本の住居・都市計画学者。茨城大学教育学部名誉教授。学術博士(大阪市立大学)。日本建築学会建築社会システム本委員会2016/2017幹事・関東支部住宅問題専門研究委員会元主査。茨城県住生活基本計画改定委員会元委員。東海村住まいづくり検討委員会元委員。新建築家技術者集団代表幹事。 専門は都市計画・まちづくり、住居学・住居計画・住環境計画。 奈良県生駒市出身。大阪大学文学部哲学科卒業。ドイツ系企業勤務の後、大阪工業大学工学部建築学科卒業。2000年大阪市立大学(現在の大阪公立大学)大学院生活科学研究科単位取得退学、学術博士(大阪市立大学)。
菊池 洋一(きくち よういち、1953年8月27日 - )は… 菊池 洋一(きくち よういち、1953年8月27日 - )は、日本の裁判官。奈良県出身。徳島地方・家庭裁判所長、京都地方裁判所長を経て、2013年より東京高等裁判所部総括判事。
福田 功(ふくだ いさお、1953年6月28日 - )は、奈… 福田 功(ふくだ いさお、1953年6月28日 - )は、奈良県天理市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ、解説者。現在は東北楽天ゴールデンイーグルスチーム統括本部スカウト&ディベロップメント部副部長を務める。
櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日… 櫟原 聰(いちはら さとし、1953年6月1日 - )は、日本の歌人。東大寺学園中学校・高等学校前教頭。奈良県大和郡山市出身。奈良市在住。「ヤママユ」「木霊」「京大短歌」所属。「ヤママユ」編集委員。前登志夫に師事。日本ペンクラブ・現代歌人協会・現代歌人集会理事。萬葉学会・上代文学会・萬葉語学文学研究会・古代談話会・歌謡研究会所属。 NARA 奈良県立大学学術叢書
鵜山 仁(うやま ひとし、1953年3月17日 - )は、演… 鵜山 仁(うやま ひとし、1953年3月17日 - )は、演出家。奈良県大和高田市生まれ。文学座演出部所属。日本演出者協会理事。舞台芸術学院学長。 奈良女子大学文学部附属高等学校、慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。舞台芸術学院を経て文学座附属演劇研究所に17期生として入所。1982年、文学座座員に昇格。初演出作品は1980年の『オペラ・死神』、ストレートプレイでは1982年の文学座アトリエ公演『プラハ1975』。 以降、劇団の内外で精力的に活動を続け、特にシェイクスピアと井上ひさしの作品を数多く手がけている。1983年から1年間、文化庁在外研修員としてパリに滞在。オペラの演出も数多く手掛けており、昭和音楽大学オペラ情報センターの記録だけでも40回に及ぶ。
井筒 和幸(いづつ かずゆき、1952年12月13日 - )… 井筒 和幸(いづつ かずゆき、1952年12月13日 - )は、日本の映画監督、映画評論家。井筒プロダクション所属。代表作は『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『のど自慢』『パッチギ!』など。テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活動し、映画評論家としては映画監督や製作者、スタッフ、キャストの視点に立った辛辣な映画批評でも知られる。奈良県出身。 アメリカン・ニューシネマに傾倒し、奈良県立奈良高等学校 時代から8ミリと16ミリ映画の製作を行っており、1975年に友人と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立する。 1975年にピンク映画『行く行くマイトガイ 性春の悶々』を初監督(「ゆけゆけマイトガイ性春の悶々」に後に改題。
松井 正剛(まつい まさたけ、1952年(昭和27年)12月… 松井 正剛(まつい まさたけ、1952年(昭和27年)12月8日 - )は、日本の政治家、歯科医師。奈良県桜井市長(4期)。元・奈良県議会議員(6期)。 奈良県桜井市出身。祖父・父ともに歯科医で、奈良県議会議員を務めた。志望高校進学のため一浪した経験を持つ。高校時代は野球部に所属し、県大会決勝戦に出場した。大阪歯科大学卒業。歯科医師となる。 1983年(昭和58年)4月、奈良県議会議員に初当選。1999年(平成11年)5月から2000年(平成12年)6月にかけて議長を務めた。2003年(平成15年)に6選。 2007年(平成19年)7月の第21回参議院議員通常選挙・奈良県選挙区に自由民主党公認で立候補するも落選。
島谷 能成(しまたに よししげ、1952年(昭和27年)3月… 島谷 能成(しまたに よししげ、1952年(昭和27年)3月5日 - )は、日本の映画プロデューサー、実業家。東宝代表取締役会長 、阪急阪神ホールディングス取締役、フジ・メディア・ホールディングス取締役、東京會舘取締役、日本映画製作者連盟代表理事、日本映画制作適正化機構理事長。 奈良県奈良市生まれ。1975年、京都大学文学部史学科卒業後、東宝に入社。 東宝レコード(出向)、映画宣伝企画室、取締役映画調整部部長などを経て、2011年5月から社長。 2022年5月、会長に退く。後任は松岡功名誉会長の長男・松岡宏泰。
富松 留幹(とみまつ るみき 1951年9月19日 - )は… 富松 留幹(とみまつ るみき 1951年9月19日 - )は、日本の現代彫刻家。奈良県吉野郡吉野町生まれ。 武蔵野美術大学彫刻学科卒。行動美術協会会員。現奈良芸術短期大学クラフトデザイン学科教授。 妻は染色家の富松るみ、息子はデザイナーの富松暖。親族者に洋画家の織田廣喜、フラメンコダンサーのわりさや憂羅がいる。
上田 清(うえだ きよし、1951年〈昭和26年〉9月11日… 上田 清(うえだ きよし、1951年〈昭和26年〉9月11日 - )は、日本の政治家、教師。奈良県大和郡山市長(7期)。父親は奈良県知事を3期務めた上田繁潔。 奈良県奈良市出身。奈良市立椿井小学校、奈良女子大学文学部附属中学校・高等学校卒業。1975年、京都大学文学部卒業、同年4月、奈良県立郡山高等学校教諭となる。1988年(昭和63年)4月、教育の現場から離れ、奈良県教育委員会事務局学校教育課指導主事に就任。1997年(平成9年)4月、同課課長補佐に昇進。 1999年(平成11年)11月7日に行われた奈良県知事選挙に立候補するも柿本善也に敗れ、落選。 2001年(平成13年)6月17日に行われた大和郡山市長選挙に立候補し、元県議の小泉米造、元市議の吉兼和子らを破り初当選した。
津川 昭(つがわ あきら、1951年8月3日 - )は、日本… 津川 昭(つがわ あきら、1951年8月3日 - )は、日本のハンドボール選手。奈良県出身。日本がボイコットしたモスクワオリンピックハンドボール全日本男子代表。元全日本男子代表監督。
島 悟(しま さとる、1951年3月22日 - 2009年1… 島 悟(しま さとる、1951年3月22日 - 2009年12月14日)は、日本の医学者、精神科医。研究分野は、勤労者のメンタルヘルス。
吉川 元偉(よしかわ もとひで、1951年(昭和26年)3月… 吉川 元偉(よしかわ もとひで、1951年(昭和26年)3月13日 - )は、日本の外交官。2013年6月から2016年6月まで国連大使。2017年4月から国際基督教大学特別招聘教授。神田外語大学グローバル・コミュニケーション研究所客員教授。 奈良県御所市出身。1966年奈良県立畝傍高等学校に入学しESSに入部。部長の末吉高明(のちに思想史家・四国学院大学学長)と「松本亨NHKラジオ講座」を勉強する。1968年AFSでイリノイ州リロイのリロイ高校に留学。 1974年国際基督教大学教養学部社会学科を卒業する(18期)。大学では柔道部に所属。講道館の黒帯(初段)を取得。 1974年外務省に入る。スペイン語研修としてバリャドリッド大学及びマドリードのスペイン外交官学校に留学。
伊達 泰司(だて やすじ、1951年3月3日 - )は、奈良… 伊達 泰司(だて やすじ、1951年3月3日 - )は、奈良県出身の元プロ野球選手(一塁手、外野手)。右投右打。息子は元プロ野球選手の伊達昌司。 名前の読みは、1973年から1976年5月13日までは「いだて やすじ」であった。 御所工業高校では、1968年春の第40回選抜大会に中堅手として出場。1回戦で杉山茂、町田公雄らのいた銚子商に敗れた。高校時代の同期には、同じ法大を経て近鉄入りする松村彰士がいる。 法政大学に進学。東京六大学野球リーグでは、1学年上のエース横山晴久らを擁し1969年秋季リーグから4季連続優勝を経験。全日本大学野球選手権大会、明治神宮野球大会とも準優勝1回。当時の法大外野陣には、同期に長崎慶一、1年上に依田優一(大昭和製紙)、鈴木士郎(住友金属)が揃っており、なかなかレギュラーには届かなかった。
狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧… 狹川 普文(さがわ ふもん、1951年 - )は、華厳宗の僧侶。東大寺別当(第222世・第223世)、華厳宗管長を務める。 東大寺塔頭北林院住職。別当再任は、大仏殿昭和大修理を指揮した清水公照(1975年-1981年)以来。 祖父・明俊、父・宗玄も東大寺別当。
吉岡 政徳(よしおか まさのり、1951年‐)は、日本の文化… 吉岡 政徳(よしおか まさのり、1951年‐)は、日本の文化人類学者(オセアニア)。神戸大学名誉教授。。 2007年4月から2011年3月まで日本オセアニア学会会長を務めた。 1951年生。奈良県奈良市出身。東大寺学園高等学校卒業。1979年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学。1979年、東京都立大学人文学部助手。1983年、信州大学教養部常勤講師。1986年、同助教授。1988年、神戸大学教養部助教授。1992年、神戸大学国際文化学部助教授。1995年、同教授。2007年、神戸大学大学院国際文化学研究科教授を経て、2016年、神戸大学名誉教授。社会人類学博士(東京都立大学)。他に、放送大学兵庫学習センター客員教授を務めた。
川北 英隆(かわきた ひでたか、1950年7月27日 - )… 川北 英隆(かわきた ひでたか、1950年7月27日 - )は、日本の経済学者。専攻は、証券投資論・証券市場分析。学位は、博士(経済学)(京都大学・2009年)(学位論文『株式・債券投資の実証的分析』)。京都大学名誉教授。奈良県大和郡山市出身。 株式持ち合いの実態に関する先駆的分析(この分析の集大成が『日本型株式市場の構造変化』(東洋経済新報社、1995年))で知られている。金融証券市場の分析、機関投資家等の投資家行動に関する分析、投資意思決定に関する分析、企業価値分析等が現在の研究テーマである。29年間勤めた日本生命保険相互会社時代にエコノミスト、証券アナリスト、投資理論の研究者、証券投資全体の責任者を経験し、金融証券市場の実態と実務に関する知見を得た。
松村 彰士(まつむら しょうじ、1950年7月20日 - )… 松村 彰士(まつむら しょうじ、1950年7月20日 - )は、奈良県出身の元プロ野球選手(内野手)。 御所工業高では三塁手、控え投手として活躍。1968年の春の選抜に出場。1回戦で杉山茂、町田公雄らのいた銚子商に敗退。高校同期に伊達泰司がいる。 1968年のプロ野球ドラフト会議で南海ホークスから5位指名されるが、これを拒否して伊達泰司とともに法政大学に進学。1969年秋季リーグから4季連続優勝を経験。全日本大学野球選手権大会、明治神宮野球大会とも準優勝1回。1年上に藤村正美、高岡茂夫、森貞周治、1年下に山本功児がおり、なかなか活躍の機会はなかった。 大学卒業後は社会人野球のエアロマスターへ進むが1年目途中で会社倒産により辻和へ移籍するも、1974年オフにドラフト外で近鉄バファローズに入団。
上田 容三(うえだ ようぞう、1950年6月14日 - )は… 上田 容三(うえだ ようぞう、1950年6月14日 - )は、奈良県出身の元プロ野球選手。ポジションは投手。
綾田 俊樹(あやた としき、1950年〈昭和25年〉6月13… 綾田 俊樹(あやた としき、1950年〈昭和25年〉6月13日 - )は、日本の俳優、演出家。奈良県出身。奈良県立郡山高等学校卒業、明治大学文学部卒業。ノックアウト所属。劇団東京乾電池の結成メンバー。 オンシアター自由劇場を経て、柄本明やベンガルらと劇団東京乾電池を結成。 バラエティー番組にはほとんど出演しないが、短期間ながらテレビ朝日の深夜番組『グッドモーニング』で大島智子とレギュラー出演していた。
田口 俊樹(たぐち としき、1950年6月12日 - )は、… 田口 俊樹(たぐち としき、1950年6月12日 - )は、日本の翻訳家。文芸同人誌「駱駝」「桟」同人。マルタの鷹協会会員。
下村 敏博(しもむら としひろ、1950年 - )は、日本の… 下村 敏博(しもむら としひろ、1950年 - )は、日本の弁護士。奈良まほろば法律事務所代表弁護士。奈良弁護士会会長、奈良県労働委員会会長等を歴任。藍綬褒章受章。総務大臣表彰、万葉歌コンクール明日香村長賞等受賞。 奈良県香芝市出身。1974年一橋大学社会学部卒業。1998年奈良弁護士会会長、日本弁護士連合会常務理事。2004年大和高田市に奈良まほろば法律事務所を開設。2009年奈良弁護士会綱紀委員会委員長。 近畿大学法学部非常勤講師、龍谷大学法科大学院非常勤講師、奈良県労働委員会会長、奈良地方裁判所葛城支部民事調停委員・家事調停委員、生駒市情報公開及び個人情報保護運営審議会会長、香芝市情報公開審査会副会長、香芝市公平委員会委員長、奈良県後期高齢者医療広域連合公平委員会委員、大和高田市立病院倫理委員会委員、財団法人南都経済研究所評議員等を歴任。
岡本 章(おかもと あきら、1949年8月22日 - )は、… 岡本 章(おかもと あきら、1949年8月22日 - )は、日本の演出家、俳優。錬肉工房主宰・芸術監督。 奈良県田原本町出身。奈良県立奈良高等学校卒業。1968年に早稲田大学第一文学部に入学。大学在学中に学生劇団「自由舞台」、能楽サークル「観世会」に所属。また舞踏家笠井叡の「天使館」の開館に参加。1971年、自由舞台のメンバーを中心に「錬肉工房」を結成、主宰する。1972年、早稲田大学第一文学部演劇科卒業。 初期より、言葉と身体の関係を問い直し、声や身体性の可能性を探る。また、伝統演劇の能を現代に活かす活動を持続的に行い、さらに現代演劇の枠を超え、能、舞踏、現代詩、現代音楽、現代美術など、多様な芸術ジャンルとの横断的な共同作業を展開する。
野村 豊和(のむら とよかず、男性、1949年7月14日 -… 野村 豊和(のむら とよかず、男性、1949年7月14日 - )は、日本の柔道家。奈良県広陵町生まれ。1972年ミュンヘンオリンピック柔道男子軽中量級金メダリスト。天理高校 - 天理大学 - 博報堂 - 和歌山県高校職員。得意技は背負投、一本背負投、巴投。身長163cm。
高橋 伴明(たかはし ばんめい、1949年〈昭和24年〉5月… 高橋 伴明(たかはし ばんめい、1949年〈昭和24年〉5月10日 - )は、日本の映画監督、映画プロダクション経営者、大学教授。ブロウアップ代表取締役。脚本家のペンネームとしては剣山象、高橋伴がある。 奈良県奈良市出身。華道の家に生まれ、本名は"ともあき"と読む。東大寺学園高校卒業後、早稲田大学第二文学部に入学。映画研究会に入り、渡辺護監督らのピンク映画の現場でアルバイト生活を送る。同時に学生運動にも身を入れ、第二次早稲田大学闘争に参加したことで、大学を除籍されて中退した。 1972年、『婦女暴行脱走犯』で監督デビューするが、プロデューサーと対立、一時は映画界を離れた。1973年、小林悟とともに東活に入り製作業務に携わった。
忍 全功(しのぶ ぜんこう、1949年1月14日 - )は、… 忍 全功(しのぶ ぜんこう、1949年1月14日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手。ポジションは三塁手。 御所工高では主将をつとめ、攻走守にバランスの取れた選手として知られる。2年秋の県大会決勝は延長12回引き分け再試合の末に敗退して準優勝すると近畿大会では優勝。三番打者・二塁手として1966年春の選抜に出場。2回戦(初戦)で金沢高に敗退。同年夏の甲子園県予選でも決勝に進むが、郡山高の植村秀明投手に0-1で完封負け、紀和大会への出場権を獲得できなかった。 社会人野球の日立製作所への就職が決まっていたものの、1966年の第1次ドラフト2位で指名され、大洋ホエールズへ入団。守備は安定していたが打撃が課題でなかなか一軍へ上がれず、1971年限りで退団。