水ノ上 智邦(みずのうえ ともくに、1976年3月 - )は… 水ノ上 智邦(みずのうえ ともくに、1976年3月 - )は、日本の経済学者。就実大学経営学部教授。 広島県尾道市出身。広島県立尾道東高等学校、同志社大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士前期課程修了。同大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。徳島文理大学専任講師、同大学准教授、教授を経て現職。 専門は開発ミクロ経済学。少子化、教育問題も研究対象としている。
別所 俊一郎(べっしょ しゅんいちろう、1975年(昭和50… 別所 俊一郎(べっしょ しゅんいちろう、1975年(昭和50年)2月26日 - )は、日本の経済学者。専門は、公共経済学・財政学。財務総合政策研究所総括主任研究官。学位は、博士(経済学)(東京大学・2006年)。広島県出身。
坂井 豊貴(さかい とよたか、1975年 - )は、日本の経… 坂井 豊貴(さかい とよたか、1975年 - )は、日本の経済学者、実業家。専攻分野はメカニズムデザイン、マーケットデザイン、社会的選択、公正配分、クリプトエコノミクス。慶應義塾大学経済学部教授。アメリカロチェスター大学 Ph.D.(経済学、2005年)。 受賞歴に義塾賞(2015年)、新書大賞4位(2016年)など。 1975年生まれ。早稲田大学商学部(1998年卒業)、神戸大学大学院経済学研究科修士課程(2000年修了)を経て、2005年にロチェスター大学経済学博士課程を修了横浜市立大学経営学系准教授、横浜国立大学経済学部准教授を経て、2011年より慶應義塾大学経済学部准教授、2014年より同教授。
古澤 泰治(ふるさわ たいじ、1963年-)は、日本の経済学… 古澤 泰治(ふるさわ たいじ、1963年-)は、日本の経済学者(国際貿易理論・応用ゲーム理論)。学位は、Ph.D.(ウィスコンシン大学・1994年)。東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。元同大学院研究科長・同学部学部長、元日本国際経済学会会長。日本学士院学術奨励賞、日本学術振興会賞等受賞。 広島県出身。広島大学附属高等学校を経て、1987年一橋大学経済学部卒業、1989年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、同博士課程進学。指導教官は池間誠。1994年ウィスコンシン大学マディソン校博士課程修了、Ph.D.取得。 1994年ブランダイス大学講師、1995年福島大学経済学部助教授、1997年横浜国立大学経済学部助教授、2001年ボストン大学経済学部フルブライト研究員、2003年一橋大学大学院経済学研究科助教授、2005年同教授、2010年ハーバード大学安倍フェロー、2012年国立大学法人一橋大学役員補佐。
岡野内 正(おかのうち ただし、1958年〈昭和33年〉 -… 岡野内 正(おかのうち ただし、1958年〈昭和33年〉 - )は、日本の経済学者。法政大学社会学部教授。 広島県呉市生まれ。1980年大阪外国語大学アラビア語学科卒業。1986年同志社大学大学院経済研究科経済政策博士課程退学。1986年法政大学社会学部助手、90年助教授、96年教授。
岩本 武和(いわもと たけかず、1957年(昭和32年)6月… 岩本 武和(いわもと たけかず、1957年(昭和32年)6月22日 - )は、日本の経済学者。専門は、国際経済学、国際金融論、国際通貨システム。京都大学大学院経済学研究科教授。広島県出身。
清水 啓典(しみず よしのり、1948年 - )は、日本の経… 清水 啓典(しみず よしのり、1948年 - )は、日本の経済学者。専門分野は経済理論、財政学・金融論。商学博士(一橋大学)。 1948年、広島県尾道市生まれ。1970年、一橋大学商学部卒業。1974年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。宮澤健一に師事した。1977年、一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。在学中、シカゴ大学に留学し、ミルトン・フリードマンに師事した。 1977年、一橋大学商学部専任講師、1981年、同助教授。1986年、シカゴ大学 経済学部客員研究員。1989年、一橋大学商学部教授。1996年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員。1996年、ハーバード大学経済学部客員研究員。
高原 一隆(たかはら かずたか、1947年- )は、日本の経… 高原 一隆(たかはら かずたか、1947年- )は、日本の経済学者。博士(経済学)(立命館大学)。専門は、経済政策・地域経済学。特に、産地と産業クラスターとの関係を研究。北海学園大学名誉教授。
寺西 重郎(てらにし じゅうろう、1942年12月28日 -… 寺西 重郎(てらにし じゅうろう、1942年12月28日 - )は、日本の経済学者。専門は金融史。一橋大学名誉教授。紫綬褒章受章、日本学士院賞受賞。 広島県因島市土生町(現尾道市因島土生町)で、三和ドック創業者寺西儀正の長男として生まれる。兄弟3人とも広島県立因島高等学校で学ぶ。一橋大学経済学部に進み、1965年に卒業。その後も同大学大学院で学び、1970年に一橋大学大学院経済学研究科博士課程を退学。 1970年より一橋大学経済研究所専任講師となる。1976年から1978年までイェール大学客員教授。1983年に学位論文『日本の経済発展と金融』を一橋大学に提出して経済学博士の学位を取得。1984年から一橋大学経済研究所教授。
高橋 乗宣(たかはし じょうせん、1940年1月18日 - … 高橋 乗宣(たかはし じょうせん、1940年1月18日 - )は、日本の経済学者、エコノミスト。 広島県高田郡美土里町の浄土真宗本願寺派敬覚寺に長男として生まれる。 崇徳高校、東京教育大学文学部卒業。1970年、同大大学院社会学研究科博士課程満期退学。 大学講師を経て1973年、三菱総合研究所入社。主席研究員、参与、研究理事など景気予測チームの主査を長く務めた。IWJによると、福田赳夫内閣の経済成長率予測7.1%に対し4.1%と予測して、バブル崩壊後の日本経済を的確に予測するなど、短期的な景気予測では、別名、悲観の乗宣と呼ばれる。 三菱総研顧問となった2000年より明海大学大学院教授。2001年から崇徳学園理事長。
大本 圭野(おおもと けいの、1940年 - )は、日本の経… 大本 圭野(おおもと けいの、1940年 - )は、日本の経済学者。元東京経済大学経済学部教授。
永谷 敬三(ながたに けいぞう、1937年 - 2020年)… 永谷 敬三(ながたに けいぞう、1937年 - 2020年)は、日本出身の経済学者。経済学博士(ブラウン大学・1968年)。ブリティッシュコロンビア大学名誉教授、神戸大学名誉教授。元カナダ経済学会副会長。カナダ国籍。 福岡県福岡市博多生まれ。広島県立廿日市高等学校を経て、1959年一橋大学経済学部卒業。中山伊知郎ゼミ出身。大蔵省入省後、1963年からハワイのイースト・ウエスト・センター給費生となり佐藤隆三に師事して新古典派経済学を学ぶ。1965年からフルブライト奨学生としてブラウン大学に留学し、1968年6月に修了。最短記録で経済学博士の学位を取得した。指導教授はジェローム・ステイン。 1968年からブリティッシュコロンビア大学教授。
池本 清(いけもと きよし、1932年8月16日 - 200… 池本 清(いけもと きよし、1932年8月16日 - 2006年8月3日)は、日本の経済学者。 広島県広島市出身。1955年広島大学政経学部卒、1960年神戸大学大学院博士課程満期退学。1983年「国際経済理論の研究」で神戸大学より経済学博士の学位を取得。1960年桃山学院大学助手、1961年専任講師、1962年神戸大学経済学部専任講師、1964年助教授、1972年教授。1996年定年退官、名誉教授、大阪学院大学教授。
金子敬生(かねこ ゆきお、1932年2月1日 - 1991年… 金子敬生(かねこ ゆきお、1932年2月1日 - 1991年7月21日)は、日本の経済学者。 広島県三原市出身。1961年神戸大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、68年「経済変動過程の産業連関分析」で経済学博士。1961年愛知大学講師、1963年名古屋市立大学助教授、1968年中央大学教授、1979年早稲田大学教授、1983年広島経済大学教授を務めた。
三辺 信夫(みなべ のぶお、1931年1月16日 - 201… 三辺 信夫(みなべ のぶお、1931年1月16日 - 2019年8月1日)は、日本の経済学者。大阪市立大学名誉教授。専門は国際経済学、特に国際貿易論。 1931年に富山県高岡市で生まれた。1950年に広島県立尾道北高等学校を卒業し、大阪市立大学に進学。大学では名和統一の薫陶を受けた。1954年に卒業。その後は同大学大学院経済学研究科に進学し、1956年に修士号を取得。博士課程を単位取得退学。 その後は大阪市立大学助手に採用された。1961年には6月から8月の2か月間コロラド大学ボルダー校に留学し、マーティン・ブロンフェンブレンナー(英語版)の下で学んだ。その1か月後の1961年9月からはロチェスター大学大学院に進学し、、修士号(M.A.)と博士号(Ph.D.)を取得。
力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - … 力石 定一(ちからいし さだかず、1926年10月6日 - 2016年1月22日)は、日本の経済学者、社会工学者。法政大学名誉教授。 広島県尾道市生まれ。旧制三高から旧制東京大学経済学部に進み、学生運動に身を投じる。東大共産党細胞において渡邉恒雄らとの路線闘争を繰り広げ勝利。1948年には武井昭夫、沖浦和光らと全学連(全日本学生自治会総連合)を結成。全学連の理論面での指導者とされた。翌年6月3日に東大で学生大量処分に抗議する公聴会が開かれたとき、処分理由を説明する矢内原忠雄経済学部長に「キミはファシストだ」と難詰した(キミ、ボク論争)。 東大卒業後、国民経済研究所研究員を経て、法政大学工学部経営工学科教授(社会工学)。
熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020… 熊野 剛雄(くまの よしお、1926年5月3日 - 2020年11月24日)は、日本の経済学者。専修大学名誉教授。 広島県尾道市出身。1951年東京大学経済学部卒業。同年大学院中退。角丸証券(現・みずほ証券)入社。1965年同社調査部長。日本証券経済研究所主任研究員(のち理事)、1968年専修大学経営学部講師。1977年教授、同経営研究所長。97年定年、名誉教授。証券経済学会代表理事、日本学術会議会員も務めた。1998年から20余年にわたり、大槻久志のペンネームで金融と経済の啓蒙書を刊行した。
小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業… 小山 智士(こやま ともじ、1925年 - )は、日本の農業官僚、農業経済学者。 広島県尾道市生まれ。1947年東京農業大学卒。1948年農林省入省、1972年農政調査委員会国内調査部長、85年理事。1987年「現代農業・農村の高齢化問題に関する政策的研究」で東京農業大学農学博士。
安藤 良雄(あんどう よしお、1917年7月12日 - 19… 安藤 良雄(あんどう よしお、1917年7月12日 - 1985年5月6日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授、成城大学学長。 1917年、大蔵省の役人であった父の任地の広島市で生まれた。1935年3月、東京高等師範学校附属中学校(現:筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。旧制弘前高等学校に入学して学んだ。 1939年4月、東京帝国大学経済学部に入学し、土屋喬雄のゼミナールに学ぶ。1941年12月、東京帝国大学経済学部を卒業し、同大学助手となるが、1942年1月、応召。短期現役海軍主計科士官(8期)を志願し、同年1月、海軍経理学校に入校し海軍主計中尉に任官。同年5月、経理学校を卒業し、1943年11月、主計大尉に進み、戦時中を通して海軍省に勤務し、戦時統制経済の実務に当たった。
正田 誠一(しょうだ せいいち、1915年〈大正4年〉5月1… 正田 誠一(しょうだ せいいち、1915年〈大正4年〉5月10日 - 1974年〈昭和49年〉10月11日)は、日本の経済学者。広島県安芸郡江田島村(後の江田島市)出身。原爆歌人として知られる正田篠枝の実弟。 広島県立第一中学校(後の広島県立広島国泰寺高等学校)、旧制広島高等学校を経て、九州大学法文学部経済学科を卒業。広島高時代は同校始まって以来の秀才との評判を得ていた。その後、日本鉄鋼連合会調査部、宇品内燃機有限会社、不二越鋼材株式会社の勤務を経て、1946年(昭和21年)に九州大学の講師に就任し、後に助教授、さらに教授に昇任した。 教授職においては工業政策や社会政策講座を担当する傍ら、九州の石炭産業の分析・研究に関する論文を多く執筆した。
栗原 佑(くりはら たすく/ゆう、1904年5月26日 - … 栗原 佑(くりはら たすく/ゆう、1904年5月26日 - 1980年1月4日)は、日本の経済学者、大阪市立大学名誉教授。広島県出身。
坂本 彌三郎(さかもと やさぶろう、1894年4月 - 19… 坂本 彌三郎(さかもと やさぶろう、1894年4月 - 1981年2月20日)は、日本の経済学者。専門は経済学史。神戸大学名誉教授。初代神戸大学経済学部長や、初代神戸学院大学経済学部長を務めた。 1894年、広島県尾道市で生まれた。尾道商業学校(現・広島県立尾道商業高等学校)、神戸高等商業学校(現・神戸大学)を経て、東京高等商業学校(現・一橋大学)専攻部貿易科に進んだ。1917年に卒業。 1919年、神戸高等商業学校教授に就いた。1929年より神戸商業大学(現・神戸大学)助教授兼神戸商業大学附属商学専門部教授。1930年に神戸商業大学教授に昇格。 新制大学への包摂に伴い、1949年からは神戸大学教授兼神戸大学神戸経済大学教授。
高垣 寅次郎(たかがき とらじろう、1890年2月26日 -… 高垣 寅次郎(たかがき とらじろう、1890年2月26日 - 1985年8月25日)は、日本の経済学者。 1890年(明治23年)、広島県尾道市生まれ。1911年(明治44年)、神戸高等商業学校(現神戸大学)卒業。 続いて東京高等商業学校(後の東京商科大学、一橋大学)において佐野善作に師事。同じ門下に塩野谷九十九、鬼頭仁三郎、高橋泰蔵、新庄博、岡田俊平などがいた。彰化商業銀行董事長を務めた呉金川なども高垣ゼミ出身。1913年、東京高等商業学校を卒業。 卒業後、1913年(大正2年)に三井銀行に入行。しかし1915年(大正4年)には母校の東京高等商業学校へ戻り、助教授となり、1924年(大正13年)より同校教授。
渡辺 銕蔵(わたなべ てつぞう、明治18年(1885年)10… 渡辺 銕蔵(わたなべ てつぞう、明治18年(1885年)10月14日 - 昭和55年(1980年)4月5日)は、大正・昭和期の経済学者、教育者、政治家、実業家。東宝争議時の東宝社長。 大阪市生まれ。9歳から広島県広島市本通電停前の書店・積善館店主の子として育つ。 広島済美小学校(広島偕行社付属済美学校)~広島一中~第一高等学校を経て明治43年(1910年)、東京帝国大学法科大学政治学科を首席で卒業。同年から文部省特派海外留学生として英国・ドイツ・ベルギーに留学。 大正2年(1913年)帰国し東京帝国大学法科大学助教授となる。同年北里柴三郎の長女と結婚。大正5年(1916年)教授、大正6年(1917年)法学博士。
上原 轍三郎(うえはら てつさぶろう、1883年8月25日 … 上原 轍三郎(うえはら てつさぶろう、1883年8月25日 - 1972年2月27日)は、日本の農業経済学者・教育者。専門は、拓殖学(植民学)・開発政策・北海道開拓史。学校法人北海学園理事長・北海学園大学初代学長・北海学園大学短期大学部初代学長等を歴任。 1883年、広島県山県郡南方村(現・北広島町)で生まれた。旧制日彰館中学(現広島県立日彰館高校)を経て、1905年に札幌農学校に入学。農学校では高岡熊雄に師事した。同校は東北帝国大学農科大学に改組となり、1912年に東北帝国大学農科大学(現・北海道大学農学部)を卒業。 1912年、東北帝国大学農科大学助手に採用された。1914年、東北帝国大学農科大学助教授に昇格。