片岡 文雄(かたおか ふみお、1933年9月12日 - 20… 片岡 文雄(かたおか ふみお、1933年9月12日 - 2014年1月9日)は、日本の詩人。 高知県吾川郡いの町生まれ。高知県立高知工業高等学校、明治大学文学部卒。高校・大学の先輩である嶋岡晨と『貘』を創刊。『地球』同人。高知県で高校教師となり、定年まで勤める。1969年『悪霊』で椋庵文学賞、76年『帰郷手帖』で第9回小熊秀雄賞・第21回高知県出版文化賞、88年『漂う岸』で第13回地球賞、98年『流れる家』で第16回現代詩人賞受賞。
嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本… 嶋岡 晨(しまおか しん、1932年3月8日 ‐ )は、日本の仏文学者・詩人・評論家・小説家。立正大学名誉教授。本名はしまおか あきら。 高知県高岡郡四万十町生まれ。高知県立高知工業高等学校建築科、明治大学文学部仏文科卒、同大学院文学研究科修了。大学在学中に後輩の片岡文雄らと詩誌「貘」を創刊。1958年に寺山修司と「様式論争」を繰り広げるが、1959年には寺山らと詩劇グループ「鳥の会」を結成する。「歴程」同人、「無限」編集長を歴任。 詩集や詩論のほか、坂本龍馬などの土佐国出身の幕末維新期の人物伝、フランス詩の翻訳もおこなう。小説も書き、1980年に『裏返しの夜空』で第84回芥川賞候補、1982年に『《ポー》の立つ時間』で第87回芥川賞候補となっている。
伊丹 公子(いたみ きみこ、1925年4月22日 - 201… 伊丹 公子(いたみ きみこ、1925年4月22日 - 2014年12月15日)は、日本の俳人・詩人。本名・岩田 きみ子。俳人の伊丹三樹彦は夫、同じく俳人の伊丹啓子は長女。 高知県出身。兵庫県立伊丹高等女学校(現・兵庫県立伊丹高等学校)卒業。1946年、三樹彦に師事。同年、三樹彦編集・発行の同人誌「まるめろ」創刊。1949年、日野草城主宰の俳誌「青玄」が創刊され、「まるめろ」は合流。2005年の「青玄」解散後は、2006年に啓子が創刊した「青群」に参加。1972年、現代俳句協会賞受賞。また、詩を村野四郎に師事。2014年12月15日、心不全のため死去。
やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩〈読み同じ〉、1919年〈大正… やなせ たかし(本名:柳瀬 嵩〈読み同じ〉、1919年〈大正8年〉2月6日 - 2013年〈平成25年〉10月13日)は、日本の漫画家・絵本作家・詩人。有限会社やなせスタジオ社長。高知県出身(後述)。妻は編集者の小松暢。 『アンパンマン』の原作者として知られる。社団法人日本漫画家協会代表理事理事長(2000年5月 - 2012年6月)、社団法人日本漫画家協会代表理事会長(2012年6月 - 2013年10月)を歴任。 作曲家としてのペンネームは「ミッシェル・カマ」。壮年期までは「やなせ・たかし」と中黒が付された表記をされていた。 絵本作家・詩人としての活動が本格化する前までは頼まれた仕事はなんでもこなし、編集者・舞台美術家・演出家・司会者・コピーライター・作詞家・シナリオライターなど様々な活動を行っていた。
槇村 浩(まきむら こう、1912年6月1日 - 1938年… 槇村 浩(まきむら こう、1912年6月1日 - 1938年9月3日)は、日本のプロレタリア詩人。本名は吉田 豊道(よしだ ほうどう)。 高知県高知市生まれ。1931年、日本プロレタリア作家同盟高知支部を作り、その後、「槇村 浩(まきむら こう)」のペンネームで作家活動をした。反戦運動・労働運動にも参加し、反戦詩『間島パルチザンの歌』は代表作とされている。 槇村の作品は朝鮮人民との連帯、植民地解放を訴え、日本兵士に中国軍兵士と共同して日本軍への反乱を呼びかけるなど、当時のプロレタリア文学においても例のない国際連帯の視点に貫かれていた。これらの活動のため政府の弾圧を受け、拷問と投獄により身体を壊し、1938年に病気で死去。
片山 敏彦(かたやま としひこ、1898年(明治31年)11… 片山 敏彦(かたやま としひこ、1898年(明治31年)11月5日 - 1961年(昭和36年)10月11日)は、日本の詩人、文学研究者、ドイツ文学者、フランス文学者、翻訳家。 ロマン・ロラン、ヘッセ、リルケ、ハイネ、ゲーテらの翻訳も多く、『著作集』全10巻がある。 1898年11月5日、高知県医師会会長・片山徳治の長男として高知市帯屋町に生まれる。母の名は「歌」で、姉・佐栄との4人家族であった。1905年、高知市立第三尋常小学校へ入学、1911年、高知県立第一中学校(現在の追手前高校)に進んだ。多感で、詩に牽かれ、短歌を投稿するなどした。 1916年、岡山市の第六高等学校第3部(医科)に入学し、西欧の哲学、文学を耽読した。
大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日(明治2年… 大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日(明治2年1月24日)- 1925年(大正14年)6月10日)は、高知県出身の詩人、歌人、随筆家、評論家。本名:大町芳衛(よしえ)。長男は化学者で慶應義塾大学教授の大町芳文、次男は昆虫学者で三重大学教授の大町文衛。 1869年(明治2年)、土佐郡高知街北門筋(現・高知市永国寺町)に元土佐藩士である通の息子として生まれる。名は芳衛。雅号の桂浜月下漁郎は、よさこい節にも唄われる観月の名所桂浜に因み、桂月はそれを縮めたもの。 1896年(明治29年)、東京帝国大学国文科卒。1899年(明治32年)、島根県で中学教師として奉職するも、1900年(明治33年)、乞われて博文館に入社し、1906年(明治39年)まで在籍。