上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文… 上田 和夫(うえだ かずお、1928年 - )は、日本の英文学者、翻訳家。 石川県金沢市生まれ。東京大学文学部卒。出版社勤務ののち、明星大学教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
植田 兼義(うえだ かねよし、1928年 - )は、日本のド… 植田 兼義(うえだ かねよし、1928年 - )は、日本のドイツ文学者。 東京生まれ。1957年東京大学文学部独文科卒。熊本大学助教授、中央大学法学部助教授、教授。99年定年。1978年『ニャールのサガ』で日本翻訳出版文化賞受賞。
山口 三夫(やまぐち みつお、1928年 - 1997年11… 山口 三夫(やまぐち みつお、1928年 - 1997年11月)は、フランス文学者。 奈良県生まれ。海軍兵学校に入学し(76期)、江田島で敗戦を迎える。1948年第三高等学校入学、1949年東京大学文学部美学科に編入、ロマン・ロランに傾倒、卒業後詩作などをし、1966年多摩美術大学助教授、反アパルトヘイト運動に関わり、小宮山量平の知遇を得て理論社から著作を刊行、大学を辞職ののち、1975年静岡大学教養部助教授、教授、1990年定年退官。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1… マサオ・ミヨシ(三好将夫、1928年 - 2009年10月1日)は、日本生まれの米国の英文学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。専門は、英文学(ビクトリア朝文学)、日本文学、比較文学。 東京府生まれ。次兄は建設省の官僚であった三好勝彦。1945年旧制東京府立第五中学校(現小石川高等学校)卒業、49年第一高等学校卒業、51年東京大学文学部英文科卒業、学習院大学助手、同講師時代にフルブライト奨学生としてイェール大学大学院に学ぶ。 1953年強制送還され学習院に戻るが米国人と結婚していたため再度渡米、ニューヨーク大学において英文学で博士号取得。1963年、博士論文作成中にカリフォルニア大学バークレー校に英文学の助教授(assistant professor)として迎えられ、ヴィクトリア朝英文学を専門に教える。
金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - … 金森 誠也(かなもり しげなり、1927年12月18日 - 2018年6月6日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。専門は、ドイツ文学・ドイツ思想。 東京出身。1952年東京大学文学部独文学科卒業。54年同大学院修士課程修了。日本放送協会に勤務し、国際局欧米部チーフディレクター。1977年に広島大学総合科学部教授、亜細亜大学教養部教授、1983年静岡大学教授。1991年定年退官し日本大学教授。1998年に退職。 1993年に日本独学史学会賞,2007年に国際文化表現学会賞受賞[要出典]。
森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 20… 森本 和夫(もりもと かずお、1927年12月6日 - 2012年10月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、道元研究家。東京大学名誉教授。 1927年、奈良県で生まれた。東京府立第十一中学校(現・東京都立江北高等学校)を経て、東京大学文学部仏文科に進学。同大学大学院に進み、博士課程を中退。 1960年、東京大学教養学部助教授に就き、フランス語を講じた。のち教授昇格。1988年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。2012年に死去。 専門はフランス文学ならびにフランス思想であり、はじめサルトルなど実存主義に始まり、メルロ=ポンティ、ロラン・バルト、ジャック・デリダなどを日本に紹介した。その後、フランス思想との関連から道元へと関心を深め、『正法眼蔵』の読解を行なっている。
伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008… 伊藤 晃(いとう あきら、1927年10月4日 - 2008年3月8日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學名誉教授。 愛知県生まれ。1956年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了、國學院大學文学部助教授、教授。1998年定年退任、名誉教授。 言語学、歴史学などの翻訳多数。
寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 201… 寿岳 潤(じゅがく じゅん、1927年9月19日 - 2011年9月14日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。父は寿岳文章、母は寿岳しづ、姉は寿岳章子。 京都府出身。国際天文学連合第51分科会(生物天文学)の副委員長を務め、日本における地球外知的生命体探査の第一人者として知られる。 父は英文学者・書誌学者の寿岳文章、母は翻訳家・評論家・小説家の寿岳しづ、姉は国語学者・随筆家・社会運動家の寿岳章子。1933年、一家で京都府向日市に転居し少年期を過ごした。
大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 20… 大久保 昭男(おおくぼ てるお、1927年9月1日 - 2024年3月12日)は、日本のイタリア文学者、フランス文学者、翻訳家。本名「てるお」だが「あきお」と読むこともある。 アルベルト・モラヴィアの作品を数多く訳した。(児童向けを含め)フランス文学の訳書も出している。 英文学の翻訳者大久保康雄は遠縁の親戚に当たる。 茨城県結城郡西豊田村(現・八千代町)生まれ。1945年第一高等学校入学を経て、東京大学文学部仏文科卒。 2024年3月12日、老衰のため死去。96歳没。
福井 芳男(ふくい よしお、1927年9月1日 - 2014… 福井 芳男(ふくい よしお、1927年9月1日 - 2014年10月21日 )は、日本のフランス文学者、フランス語教師。東京大学教養学部教授を経て、東京大学名誉教授。 東京生まれ。1952年、東京大学文学部仏文科卒、同年、特別研究生。1953年より1年間、パリ大学に留学。1960年、CNRS研修生。国際基督教大学助教授。1962年、中央大学助教授。1964年、パリ大学文学博士、1965年、「17世紀フランス詩の洗練」で辰野隆賞受賞、フランス教育功労章オフィシエ受章。1969年、中央大学教授、1971年、東京大学教養学部教授。1986年、放送教育開発センター教授、1988年、東京大学を定年退官し名誉教授、1989年、放送教育開発センター研究開発部長、1991年、同定年退職し、放送大学客員教授、のち、帝京平成大学教授。
福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 19… 福田 宏年(ふくだ ひろとし、1927年8月31日 - 1997年6月8日)は、日本の文芸評論家、ドイツ文学者、翻訳家。 専門は、登山にまつわる随筆、紀行、ドイツ文学などの翻訳のほか、トーマス・マン、 テオドール・フォンターネ、ロベルト・ムジールを中心にドイツ近代小説の研究。また、井上靖夫人の次兄の娘婿で、最もよき理解者である。『井上靖の世界』『井上靖評伝覚』は、文献的にも作家論的にも井上靖に関する最高の業績である。 香川県三豊郡大野原村(現 観音寺市大野原町)出身。旧制香川県立三豊中学校、旧制松山高等学校を経て、1952年東京大学文学部独文科卒業。同年東京大学文学部助手。 1953年茨城大学講師、1955年立教大学文学部講師を経て、1967年立教大学文学部教授。
青木 信仰(あおき しんこう、 1927年8月30日 - 2… 青木 信仰(あおき しんこう、 1927年8月30日 - 2011年10月9日)は、日本の天文学者。 東京府に生まれる。第一高等学校に進み,1947年に東京大学理学部天文学科に入学した。1952年に卒業、麻布の東京大学理学部の天文教室に採用され、その後東京天文台に移籍する。1961年の1年間,アメリカ航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターで人工衛星の運動の研究に従事した。1970年に教授に昇任。 専門は、天文学の基本座標系と地球自転運動・地球内部構造との関係、銀河の構造と力学など。地球のコアとマントルの相互作用が黄道傾斜角に及ぼす影響を述べた論文は広く引用された。天文定数系の問題では、国際天文学連合(IAU)の委員として大きな役割を果たした。
渡辺 義愛(わたなべ よしなる、1927年8月2日 -201… 渡辺 義愛(わたなべ よしなる、1927年8月2日 -2018年8月3日)は、フランス文学者、上智大学名誉教授。 富山県出身。1959年東京大学文学部仏文科卒、1959年同大学院修士課程修了。1964年上智大学文学部講師、助教授、1972年教授。1998年定年退任、名誉教授。キリスト教的な著作を翻訳した。 2018年8月3日、心不全のため死去。91歳没。
岩淵 達治(いわぶち たつじ、1927年7月6日 - 201… 岩淵 達治(いわぶち たつじ、1927年7月6日 - 2013年2月7日 )は、日本のドイツ文学者、演劇評論家、演出家、劇作家。学習院大学名誉教授。ベルトルト・ブレヒト研究の第一人者だった。 1927年、東京市麻布区(現・東京都港区麻布)に開業医の子として生まれる。1944年都立一中四修卒、 1947年旧制東京高校卒、 1951年東京大学文学部独文科卒。 埼玉大学文理学部助手、 1953年学習院大学文学部独文科専任講師、 1956年助教授、1967年教授。1997年定年退職。 ドイツ演劇が専門で、千田是也の門下生である。ベルトルト・ブレヒトの全戯曲を翻訳した。演劇の現場にあって、ハイナー・ミュラーの『カルテット』(ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ『危険な関係』が原作)を訳し、渡邊守章と競演の形で演出を行った。
渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 199… 渥美 昭夫(あつみ あきお、1927年4月29日 - 1995年4月25日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 実業家渥美育郎の子として東京に生まれる。元鹿島建設(鹿島)名誉会長の渥美健夫は兄、小説家の田畑麦彦は義兄(妻の兄)。東京大学英文科卒、ミシガン大学に留学。1956年より学習院大学助教授、1967年より東京工業大学助教授、1969年より学習院大学教授を務めた。 J・D・サリンジャー、F・スコット・フィッツジェラルドなどを翻訳、研究した。 1995年4月25日、骨髄異形成症候群のため死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 19… 宮本 陽吉(みやもと ようきち、1927年4月4日 - 1996年12月18日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。 20世紀アメリカ小説を専攻、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドのほか、フィリップ・ロス、ジョン・アップダイクなど戦後作家の翻訳で知られる。 東京生まれ。1951年東京大学文学部英文科卒、1953年同大学院修士課程修了。茨城大学講師、1958年中央大学講師、1961年助教授、1968年教授、1970年東京工業大学教授、1983年学習院大学教授となった。 旧姓・山内。妻は洋画家の宮本三郎の娘・美音子。 子に英米文学者で、筑波大学名誉教授・放送大学教授の宮本陽一郎がいる。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
尾上 兼英(おのえ かねひで、1927年(昭和2年)4月 -… 尾上 兼英(おのえ かねひで、1927年(昭和2年)4月 - 2017年(平成29年)5月11日)は、日本の中国文学者、近代文学を専攻。 岡山県津山の渡辺家に生まれ、尾上柴舟の養嗣子となる。1952年東京大学文学部中国文学科卒。1957年大学院(旧制)修了、東大文学部助手、1961年北海道大学文学部助教授、1968年東大文学部助教授併任、1971年東京大学東洋文化研究所教授、1984年同所長。東大評議員を務め1988年に定年退官、名誉教授、神奈川大学教授在職中は、学生の短期語学留学を引率した。1999年退職。 肺炎のため2005年5月11日に死去、90歳。同年秋、瑞宝中綬章を受勲。 漢字の成り立ちを小学生向けに監修した『旺文社小学漢字新辞典 改訂版』では、「櫻」の解説を次のように述べた。
堤 精二(つつみ せいじ、1927年2月27日 -2017年… 堤 精二(つつみ せいじ、1927年2月27日 -2017年11月7日)は、日本の国文学者。お茶の水女子大学名誉教授。専門は日本近世文学、特に井原西鶴。息子に堤玄太がいる。 東京市小石川区(現在の東京都文京区)に生まれる。1945年(昭和20年)3月、都立上野中学校(現在の東京都立上野高等学校)卒業。1948年(昭和23年)3月、松本高等学校(現在の信州大学)文科乙類卒業。松本高校在学時代は蹴球ばかりしていて1年留年した。松本高校の体育教師は彼に97点という成績をつけたが、これはこの教師が松本高校で教えていた期間中最高の点数だったという。 1952年(昭和27年)3月、東京大学文学部国語国文学科卒業、同大学文学部助手。
中内 正夫(なかうち まさお、1927年1月25日 - )は… 中内 正夫(なかうち まさお、1927年1月25日 - )は、日本の英文学者。 福岡県出身。広島文理科大学英文科卒、1958年東京大学大学院英文科修士課程修了、東京理科大学講師、慶應義塾大学講師、中央大学助教授、教授、創価大学文学部教授。創価女子短期大学教授を四年務めた。97年定年。
江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年… 江川 卓(えがわ たく、1927年1月24日 - 2001年7月4日)は、日本のロシア文学者。東京工業大学名誉教授。本名は「馬場 宏(ばば ひろし)」。 1927年、ロシア文学研究者・外村史郎の長男として東京都で生まれた。東京府立第十中学校で学ぶ。中学の同期には経営者・詩人の堤清二がいた。第一高等学校を経て、東京大学法学部を卒業。ロシア語は独学で、終戦後実地で鍛え上げたという。 卒業後は東京工業大学助教授に着任。後に同大学教授に昇進。東京工業大学を退任後、名誉教授となった。中京大学教授もつとめた。2001年7月4日午前9時13分、気管支炎のため74歳で逝去した。 ペンネームの「江川卓」は、1953年頃から名乗っている。
篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日… 篠田 一士(しのだ はじめ、1927年(昭和2年)1月23日 - 1989年(平成元年)4月13日)は、日本の文学研究者・文芸評論家・英文学者。 岐阜県出身。旧制岐阜中学から旧制松江高等学校へ進み、1948年、東京帝国大学文学部英文科入学。1951年、東京大学英文科を卒業。高校教諭を経て、1955年、東京都立商科短期大学専任講師。1957年、旧・東京都立大学英文科専任講師。1960年、助教授。1973年、教授。 松江高校時代に駒田信二から新しい文学状況に関しての知見を得て、当時刊行され間もないマチネ・ポエティク運動の加藤周一・中村真一郎・福永武彦共著『1946・文学的考察』(後年に冨山房百科文庫版で解説を担当)に出会い、近代日本の私小説的風土を克服する、国際的な文学のありかたに関心をもつ。
川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年… 川崎 展宏(かわさき てんこう、本名ではのぶひろ、1927年1月16日 - 2009年11月29日)は、日本の俳人・国文学者。広島県出身。 呉市生まれ。父は海軍士官。1953年、東京大学文学部国文学科卒業。1958年、同大学院満期退学。米沢女子大学、共立女子大学を経て、明治大学法学部教授。 東京府立第八中学校(現・東京都立小山台高等学校)で加藤楸邨に教わり、のちに俳句を楸邨に師事、「寒雷」に参加する。1970年、森澄雄の「杉」創刊に参加、編集を務める。1980年、超結社の同人誌「貂」を創刊、2003年まで代表を務め、2004年より名誉代表となる。1991年、句集『夏』で読売文学賞受賞。1998年、句集『秋』で詩歌文学館賞、評論『俳句初心』で俳人協会評論賞受賞。
橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1… 橋本 一明(はしもと いちめい、1927年〈昭和2年〉1月1日 - 1969年〈昭和44年〉1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。國學院大學教授。 群馬県碓氷郡原市町(現・安中市)に生まれる。旧制群馬県立高崎中学校、旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科を卒業。一高在学時代には原口統三の影響を受け、フランス象徴派の詩人、特にアルチュール・ランボーを研究した。1965年(昭和40年)國學院大学教授。 42歳で肺癌により死去した。墓所は高崎市八幡霊園。 小説家の丸谷才一は國學院大学で同僚だった橋本について次のように語っている。 「わたしの二十代の末から十数年間の国学院時代――と名づけてゐるのですが、その国学院時代のわたしの生活にいちばん縁の深いのはこの三人(注・橋本一明、菊池武一、佐藤謙三)でした。
中島 昭和(なかじま あきかず、1927年 - 2013年)… 中島 昭和(なかじま あきかず、1927年 - 2013年)は、日本のフランス文学者。中央大学名誉教授。 埼玉県生まれ。松本高等学校文科を経て、1951年東京大学仏文科卒業。1998年まで中央大学教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本の… 小林 善彦(こばやし よしひこ、1927年 - )は、日本のフランス文学者、東京大学教養学部名誉教授、日仏会館顧問。
長谷川 強(はせがわ つよし、1927年 -2024年2月1… 長谷川 強(はせがわ つよし、1927年 -2024年2月16日 )は、日本の国文学者。学位は、文学博士(九州大学・論文博士・1971年)(学位論文「浮世草子の研究 八文字屋本を中心とする」)。国文学研究資料館名誉教授。専攻は、近世小説・演劇。 東京大学文学部卒。1971年、「浮世草子の研究 八文字屋本を中心とする」で九州大学より文学博士の学位を取得。熊本大学助教授、埼玉大学教授、国文学研究資料館教授。1991年、定年退官、名誉教授、昭和女子大学教授。1997年、退任。
山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月1… 山崎 勉(やまざき つとむ、1927年 - 2020年7月13日)は、日本の英米文学者、翻訳家。専修大学名誉教授。 福井県に生れる。東京大学文学部卒業。
赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月… 赤羽 賢司(あかばね けんじ、1926年〈大正15年〉11月20日 - 2015年〈平成27年〉4月22日)は、日本の天文学者。東京大学名誉教授。専門は電波天文学。日本物理学会および電子情報通信学会のフェロー会員。 長野県東筑摩郡寿村(現松本市)生まれ。旧姓は青木。 赤羽の弟子には川尻矗大、大師堂経明、海部宣男、平林久、井口哲夫、稲谷順司、福井康雄、長谷川哲夫、佐藤文男、加藤隆二、長井嗣信、春日隆、土井恒久らがいる。
伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 20… 伊豆 利彦(いず としひこ、1926年11月10日 - 2017年12月8日 )は、日本の国文学者。日本近代文学専攻。横浜市立大学名誉教授。 福岡県直方市生まれ。1950年東京大学文学部国文学科卒業。横浜市立大学文理学部助教授、教授。1992年定年退官、名誉教授。日本文学協会に属し、左翼的立場から日本近代文学を研究する。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月… 朝倉 剛(あさくら かたし、1926年 <大正15年> 9月29日 - 2000年 <平成12年> 5月9日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。位階は正四位。勲三等旭日中綬章。 横浜市生まれ。1950年東京大学文学部仏文科卒業。同大学院をへて、名古屋大学講師、愛知県立女子短期大学助教授、東京外国語大学助教授、教授、1992年定年退官、名誉教授。 1993年から1997年日本フランス語フランス文学会会長。専攻は17世紀フランス文学で、多くの翻訳をなした。2000年死去。死没日付をもって正四位に叙され、勲三等旭日中綬章を追贈された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月1… 小柴 昌俊(こしば まさとし、1926年〈大正15年〉9月19日 - 2020年〈令和2年〉11月12日)は、日本の物理学者、天文学者。 勲等は勲一等。正三位。学位はPh.D.(ロチェスター大学・1955年)、理学博士(東京大学・1967年)。東京大学特別栄誉教授・名誉教授、東海大学特別栄誉教授、杉並区立桃井第五小学校名誉校長、日本学術会議栄誉会員、日本学士院会員、文化功労者。血液型はA型。 シカゴ大学研究員、東京大学原子核研究所助教授、東京大学理学部教授、東京大学高エネルギー物理学実験施設施設長、東海大学理学部教授、財団法人平成基礎科学財団理事長などを歴任した。 愛知県生まれの物理学者であり、ニュートリノ天文学を開拓した天文学者でもある。
二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017… 二宮 フサ(にのみや ふさ、1926年7月29日- 2017年3月1日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。東京女子大学名誉教授。フランス文学者二宮敬の妻。 東京生まれ。東京女子大学外国語学部卒、東京大学文学部仏文科卒。1955年東京女子大学専任講師、敬とともにフランス留学。その後助教授、教授、1995年定年退任、名誉教授。
高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2… 高本 研一(たかもと けんいち、1926年7月25日 - 2010年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。東京都立大学名誉教授。 埼玉県生まれ。東京大学独文科卒。新潟大学助教授をへて都立大学教授。ギュンター・グラスの翻訳者として知られる。 2010年10月30日、老衰で死去。84歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
前川 祐一(まえかわ ゆういち、1926年6月14日 - 2… 前川 祐一(まえかわ ゆういち、1926年6月14日 - 2001年8月31日)は、英文学者。東京府生まれ、父はフランス文学者の前川堅市。東京大学文学部英文学科卒業。1991年まで立教大学教授、その後中京大学教授。 ウォルター・ペイターなど19世紀イギリス文学を専攻。アーサー・シモンズ『象徴主義の文学運動』(岩野泡鳴が初訳)を訳している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小和田 顯(おわだ あきら、1926年〈大正15年〉4月26… 小和田 顯(おわだ あきら、1926年〈大正15年〉4月26日 - 2008年〈平成20年〉10月)は日本の漢文学者。専修大学教授。 1926年、新潟県にて教員小和田毅夫・静夫妻の長男として生まれた。1932年、旧制六日町中学を卒業[要出典]。1948年、旧制新潟高等学校を卒業。東京大学文学部中国哲学科に入学し、1958年に卒業し、同大学大学院に進んだ。1963年、同大学院人文科学研究科博士課程を満期退学。 1966年10月にロンドン大学アジア・アフリカ研究所(SOAS)に渡って助教授待遇で勤務。1967年4月からはロンドン日本語学校校長を兼務した。1970年に日本へ帰国した後は旺文社などの出版社で漢和辞典の編者、編集主幹、編集委員等を務めた。
水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2… 水口 志計夫(みずぐち しげお、1926年4月25日 - 2005年8月3日)は、日本の英文学者、翻訳家。立教大学名誉教授。 宮城県仙台生まれ。1950年東京大学英文科卒業、立教大学助教授、教授、1992年定年、名誉教授。『コン・ティキ号探検記』の翻訳で知られ、以後も探検ものを多く翻訳した。日本バートランド・ラッセル協会設立発起人の一人。 2005年8月3日、肺炎のため死去。
早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2… 早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2023年11月7日)は、日本のドイツ文学者、名古屋大学名誉教授。 大阪府生まれ。本籍・石川県。本名・早﨑良久。1948年第八高等学校理科甲類卒、1952年東京大学文学部独乙文学科卒。同志社大学助教授、名古屋大学教養部助教授、同教授、語学センター教授、同センター長事務代理、総合言語センター教授、1990年定年退官、名誉教授。愛知工業大学客員教授。妻の早﨑ふき子(1929-2020)は、『カフカの椅子』(角川書店 2006)等の歌集および『美の四重奏』(春日井建論、山中智恵子論、馬場あき子論、塚本邦雄論)(雁書館 1993)等の作家論集を著わした歌人で、2008年梨郷賞(中部日本歌人会大賞)受賞。
島田 良二(しまだ りょうじ、1926年4月3日 - 200… 島田 良二(しまだ りょうじ、1926年4月3日 - 2005年7月1日)は、日本の文学者。千葉大学名誉教授。 旧制松本高等学校文科、東京大学文学部を経て1957年、東京大学大学院文学研究科博士課程修了。千葉県立佐倉高等学校教諭、茨城大学人文学部助教授、千葉大学教養部教授を歴任。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018… かこ さとし(加古 里子、1926年3月31日 - 2018年5月2日)は、日本の絵本作家、児童文学者、工学博士、技術士(化学)。本名は中島 哲(なかじま さとし)。ペンネームの「里子」は俳号。 福井県今立郡国高村(後の武生市、現在の越前市)に生まれ、8歳より東京府東京市(現在の東京都)板橋区に育った。東京府立第九中学校(現在の東京都立北園高等学校)、旧制成蹊高等学校から、東京大学工学部応用化学科に学ぶ。成蹊高校時代の教師に中村草田男がいた。1945年、疎開先の三重県で終戦。この年の9月より大学の授業が再開された。1946年、演劇研究会に入り、舞台装置デザイン・作製子供向けの演劇脚本を書き始める。
加古 里子(かこ さとし、1926年3月31日 - )は、日… 加古 里子(かこ さとし、1926年3月31日 - )は、日本の絵本作家、児童文学者。工学博士、技術士(化学)。本名は、中島 哲(なかじま さとし)。ペンネームの「里子」は俳号。かこさとし名義でも活動している。
宮崎 雄行(みやざき ゆうこう、1926年3月13日 - 2… 宮崎 雄行(みやざき ゆうこう、1926年3月13日 - 2006年12月14日)は、日本のイギリス文学者、詩人である。武蔵大学名誉教授。 イギリス文学の研究・教育を進めるとともに、小川国夫らの雑誌『青銅時代』に参加して詩の創作活動を行う。 詩集に、『黄金の雨』(1975年)、『泉聲』(1983年)、『幻の塔』(1990年)、『海山の光』(1996年)がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 200… 小泉 保(こいずみ たもつ、1926年2月20日 - 2009年12月18日)は、日本の言語学者、文学者(ウラル語学、フィンランド文学研究)。勲等は瑞宝中綬章。学位は博士(文学)(東京大学・論文博士・1995年)。関西外国語大学名誉教授。 静岡県立静岡高等学校教諭を経て、静岡女子短期大学に勤務し、ヘルシンキ大学講師、静岡女子大学文学部教授、大阪外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学外国語学部教授、関西外国語大学国際言語学部教授、関西外国語大学国際言語学部学部長、学校法人関西外国語大学理事などを歴任した。 静岡県出身でウラル語学を専攻する言語学者、文学者である。ウラル語の母音体系や母音調和に関する研究や、音韻理論の日本語への適用などに取り組んだ。
山下 主一郎(やました かずいちろう、1926年2月17日 … 山下 主一郎(やました かずいちろう、1926年2月17日 - )は、日本の英文学者、中央大学名誉教授。 東京生まれ。1950年東京大学文学部英文科卒。同大学院、山梨大学学芸学部助教授、中央大学経済学部助教授、69年教授。96年定年、名誉教授。1984年『イメージ・シンボル事典』で日本翻訳出版文化賞受賞。英国文学を専門としたが、のち西洋文化のイメージ・シンボルを研究、翻訳した。
松室 三郎(まつむろ さぶろう、1926年2月15日 - 2… 松室 三郎(まつむろ さぶろう、1926年2月15日 - 2007年6月6日)は、日本のフランス文学者。立教大学名誉教授。 長崎県生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。立教大学助教授・教授、1992年定年退任し、名誉教授。ステファヌ・マラルメを軸にフランス象徴主義・詩学を研究した。 2007年6月6日、急性骨髄性白血病のため死去。
北村 正利(きたむら まさとし、1926年1月10日 - 2… 北村 正利(きたむら まさとし、1926年1月10日 - 2012年7月13日)は、日本の天文学者(天体物理学)。理学博士。東京大学名誉教授。 現在の高知県南国市久礼田に生まれる。旧制高知県立高知城東中学校(現・高知県立高知追手前高等学校)を経て、1950年、東京大学理学部天文学科卒業。東京大学附属東京天文台助手、講師、助教授を経て1971年教授に就任。1986年定年退官し東京大学名誉教授となった。 北村は古畑正秋とズデネク・コパルの弟子であり、門下生には山崎篤磨、中村泰久、岡崎彰、西城恵一らがいる。 戦後、日本では早期に光電測光を古畑正秋と共に開始。ツアイス製65cm屈折望遠鏡に光電測光装置を取付けて天体の測光を行った。
遠藤 哲夫(えんどう てつお、1926年 - )は、日本の漢… 遠藤 哲夫(えんどう てつお、1926年 - )は、日本の漢文学者、岩手大学名誉教授。 1926年、東京で生まれた。東京大学文学部中国哲学科で学び、1952年に卒業。 卒業後は岩手大学教授を務めた。1990年に岩手大学を定年退官し、名誉教授となった。 専門は中国古代思想で、漢文教育にも著作がある。
邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)… 邦高 忠二(くにたか ちゅうじ、1926年 - 2015年)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治大学名誉教授。 広島県生まれ。東京大学文学部卒業、専修大学助教授から、のち明治大学商学部教授を務め、定年後名誉教授。 現代アメリカ文学の翻訳を行うほか、大江健三郎などに関する評論も書いた。特にアイザック・バシェヴィス・シンガーを始めとするイディッシュ文学を翻訳、評論した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
武藤 禎夫(むとう さだお、1926年 - )は、日本の国文… 武藤 禎夫(むとう さだお、1926年 - )は、日本の国文学者。 東京に生まれる。1952年に東京大学国文科を卒業した。朝日新聞社に入り、日本古典全書などを編纂、近世文学の研究を行い、共立女子短期大学教授。近世舌耕芸、落語、笑話を中心に研究している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日… 猿田 悳(さるた とく、1926年 - 1975年2月13日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、音楽評論家。 茨城県生まれ。1951年東京大学独文科卒。富山大学講師、金沢大学助教授、慶應義塾大学経済学部助教授、教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12… 内垣 啓一(うちがき けいいち、1925年(大正14年)12月20日 - 1989年(平成元年)8月17日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家、演劇・音楽評論家、舞台演出家、オペラ演出家。東京大学名誉教授。 京都府京都市に生まれる。京都第一中学校(旧制)、第一高等学校(旧制)を経て、1950年(昭和25年)京都大学文学部ドイツ文学科卒。1951年(昭和26年)に東京大学教養学部助手となり、1953年(昭和28年)戦後初めてのドイツ学術交流会招聘留学生としてハンブルクにおいて研究を続け、以後ドイツ文学、ドイツ演劇、比較文学、比較演劇の講師、助教授、教授を務め、1986年定年退官。 ドイツ文学のエキスパートとして古典から現代までの数多くの文学作品や戯曲を翻訳し出版しているのみならず、研究領域はドイツ演劇に加え、ドイツオペラから新劇や伝統芸能に至るまで舞台芸術全般に及んだ。