小牧 久時(こまき ひさとき、1926年 - )は、日本の農… 小牧 久時(こまき ひさとき、1926年 - )は、日本の農学者。 1959年、京都大学大学院博士課程修了、農学博士。奈良女子大学講師、武庫川女子大学教授等を歴任。1992年ライナス・ポーリング(ノーベル化学賞受賞、ノーベル平和賞受賞)とともに国際地球環境大学を創立、名誉総長に就任。 農学者として活動する一方、宗教的な言動も多い。青年時代から国際平和を目的とした絶対菜食(ヴィーガニズム)を実践しており、谷口雅春に称賛された。生長の家宇治別格本山で講演したこともあり、国づくり人づくり財団の結成にも関与しているが、その関係者には村上正邦を始め谷口雅春の関係者も多く役員に加わっている。妙法蓮華宗の玉井礼一郎とも共著を記している。
清水 照久(しみず てるひさ、1925年12月10日 - 1… 清水 照久(しみず てるひさ、1925年12月10日 - 1987年2月22日)は、日本の経営者、工学博士。富士電機社長、会長を務めた。 兵庫県出身。1948年に京都大学工学部を卒業し、同年に富士電機製造(のちの富士電機)に入社。1974年11月に取締役に就任し、1976年1月に常務、1979年6月に専務を経て、1981年6月に副社長に就任し、1986年6月に社長に昇格。 1983年4月に藍綬褒章を受章。 1987年2月22日急性心不全のために死去。61歳没。
三木 壽子(みき ひさこ、1925年12月8日 - )は、日… 三木 壽子(みき ひさこ、1925年12月8日 - )は、日本の植物学者。理学博士。元神奈川歯科大学教授。お茶の水女子大学ジェンダー研究センター研究協力員。レイチェル・カーソン日本協会会員。元花粉学会会長。 趣味はバード・ウォッチング。日本野鳥の会、鎌倉自主探鳥会グループなどに所属。探鳥と専門の植物観察のため、世界中を旅行する。世界のペンギン全種を観察したことは、日本野鳥の会神奈川支部では良く知られている。 (物理学史ノート 第11号 2008年9月1日発行 物理学史通信刊行会編より) この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
武田 恒夫(たけだ つねお、1925年〈大正14年〉12月5… 武田 恒夫(たけだ つねお、1925年〈大正14年〉12月5日 - 2021年〈令和3年〉9月4日)は、日本の美術史家。大阪大学名誉教授、大手前大学名誉教授。専門は日本絵画史。 1925年、京都府で生まれた。京都大学文学部哲学科で学び、1951年に卒業。 1962年、京都国立博物館学芸科技官に採用された。1967年より同室長。 1974年、大阪大学文学部教授に就任。1983年、学位論文『近世初期障屏画の研究』を大阪大学に提出して文学博士の学位を取得。1989年に大阪大学を退任し、名誉教授となった。同年4月からは大手前女子大学文学部教授として教鞭をとった。2003年、日本学士院会員に選出された。 2021年9月4日、老衰のため死去。
谷川 道雄(たにがわ みちお、1925年12月2日 - 20… 谷川 道雄(たにがわ みちお、1925年12月2日 - 2013年6月7日)は、日本の東洋史学者、京都大学名誉教授。民俗学者谷川健一、詩人谷川雁は兄。弟に日本エディタースクール創設者の吉田公彦。 熊本県水俣市生まれ。水俣小学校、熊本県立熊本中学校(現:熊本県立熊本高等学校)、大阪府立浪速高等学校を経て、1945年、京都帝国大学文学部史学科に進学。兵役を挟んで、1948年9月卒業。同年京都大学大学院に入学し、その旁ら京都府立亀岡高等学校、京都府立洛北高等学校で教鞭も執る。 1952年11月に名古屋大学文学部助手(主任:宇都宮清吉)。1954年6月、京都大学大学院を退学する。名古屋大学文学部助教授を経て、1972年、名古屋大学文学部教授。
合田 健(ごうだ たけし、1925年11月26日 - 200… 合田 健(ごうだ たけし、1925年11月26日 - 2003年7月7日)は、日本の工学者。京都大学名誉教授。専門は衛生工学、水質工学、水質保全。工学博士(京都大学、1956年)。兵庫県出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
甲斐 道太郎(かい みちたろう、1925年(大正14年)11… 甲斐 道太郎(かい みちたろう、1925年(大正14年)11月25日 - )は、日本の法学者。専門は、法社会学・民法。大阪市立大学名誉教授。 鹿児島県出身。イギリスが資本主義成立の先進国とされるのに対し、イギリスより後進国とされたドイツの法律が近代的法律のモデルとして引き合いに出されることに疑問を持ち英国土地制度史から土地所有権の研究を始める。法解釈論争、判例論争にも関わりその際「戦後の法律学は科学性に対するせつないまでの憧憬を示している」と主張し、論争相手でもあった星野英一に名言と言わしめた。 関西水俣病訴訟、大阪空港訴訟、サラ金問題などにも積極的に取り組む。また、法社会学者として司法書士の地位向上に関する研究も行う。
源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2… 源 哲麿(みなもと てつまろ、1925年11月21日 - 2020年3月30日)は、日本のドイツ文学者、専修大学名誉教授。中学校の社会科教員(勤務校:箕面市立第一中学校など)も務めた[要出典]。 島根県に生まれる。学徒出陣し、復員後京都帝国大学文学部哲学科を経て、同大学院(旧制)を修了する。[要出典] 専修大学文学部助教授を経て、経済学部教授に就任し、1996年に定年で退職、名誉教授となる。 この間、私生活では妻が胃癌を発症、その病床生活を綴った『青い水底で眠りたい ガン患者の病床覚書』を(共著として)1990年に刊行している。 2020年3月30日に死去(満94歳没)。
小関 治男(おぜき はるお、1925年11月20日 - 20… 小関 治男(おぜき はるお、1925年11月20日 - 2009年1月13日)は、日本の分子生物学者。京都大学名誉教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
太田 時男(おおた ときお、1925年11月3日 - 200… 太田 時男(おおた ときお、1925年11月3日 - 2009年6月9日)は、日本の物理学者。 石川県金沢市生まれ。俳名・千崎登季生(せんざき ときお)。1948年京都帝国大学理学部卒、1962年「塑性的に変形された半導体に於けるゼーベック効果の理論」で理学博士。同副手、石川県立工芸高等学校教諭、金沢高等師範学校講師、教授、金沢大学助手、保安大学校講師、防衛大学校(校名変更)講師、助教授、教授、1965年オレゴン州立大学教授、1968年横浜国立大学教授、1981年水素エネルギー協会会長。1985年工学部長、学長を務めた。1989年定年退官、名誉教授。2001年春勲二等瑞宝章受勲。 2009年6月9日没、墓所は横浜市港南区の日野公園墓地。
片岡 曻(かたおか のぼる、1925年(大正14年)10月3… 片岡 曻(かたおか のぼる、1925年(大正14年)10月31日 - 2020年4月1日)は、日本の法学者。京都大学名誉教授。専門は労働法。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1962年)。発行される書籍の中では「片岡昇」とも表記される。 この他に東京大学社会科学研究所兼任教授(1981年~1983年)、京都大学評議員、京都府労働基準審議会公益代表委員、日本学術会議第一部長なども務めた。 専門領域は、労働法全域とイギリス労働法で特に労働組合法、労働団体法を研究。労働協約論に造詣が深い。 2020年4月1日、京都市内の病院にて死去。94歳没。 法の一般理論・基本原理の分野では加藤新平を、労働政策を含む社会政策の分野では岸本英太郎に薫陶を受けた。
上田 吉一(うえだ よしかず、1925年10月3日 - 20… 上田 吉一(うえだ よしかず、1925年10月3日 - 2005年12月17日)は、日本の教育哲学者、心理学者。姫路工業大学名誉教授。 大阪府茨木市出身。1952年京都大学文学部哲学科卒業。1968年「精神的に健康な人格の概念に関する研究」で京大教育学博士。姫路工業大学講師、助教授、教授、名誉教授、兵庫教育大学教授、龍谷大学教授。1996年退職。人間主義心理学を提唱した。
深作 光貞(ふかさく みつさだ、1925年9月27日 - 1… 深作 光貞(ふかさく みつさだ、1925年9月27日 - 1991年10月24日)は、日本の文化人類学者、評論家、歌人。 京都大学文学部仏文科卒、東京大学大学院で石田英一郎に文化人類学を学ぶ。1952年にパリ・ソルボンヌ大学留学、1953年よりNHK欧州総局、1957年より毎日新聞パリ支局勤務。日南貿易取締役のかたわらアンコール・ワットの研究をする。1960年より東南アジアでのフィールドワークの後、フランス文学から文化人類学へ専門を変更。ワシントン州立大学客員教授、京都精華短期大学教授、学長、京都精華大学教授、奈良女子大学教授、明治学院大学教授を歴任した。カンボジアの地域研究を専門に、幅広い批評活動を行った。
千葉 康則(ちば やすのり、1925年9月25日 - 200… 千葉 康則(ちば やすのり、1925年9月25日 - 2004年12月16日)は、日本の脳生理学者、医師。医学博士(1956年)(学位論文「ヒキガエルの膀胱の神經支配 」)。法政大学名誉教授。 東京府(現墨田区)生まれ。京都大学医学部卒。1956年医学博士。学位論文の題は 「ヒキガエルの膀胱の神經支配 」。 京都大学医学部助手、山口県立医科大学(現山口大学医学部)助教授、法政大学教養部教授、1996年定年、名誉教授。2003年瑞宝中綬章叙勲。知能研究所所長。日本生理学会、日本健康科学学会、たばこ問題を考える会会員。専攻は脳生理学、行動科学。 2004年12月16日、慢性腎不全のため死去。
竹中 正夫(たけなか まさお、1925年9月6日 - 200… 竹中 正夫(たけなか まさお、1925年9月6日 - 2006年8月17日)は、日本のキリスト教神学者、同志社大学名誉教授。 北京に生まれる。成城高等学校を経て、1944年、京都帝国大学経済学部入学後、学徒出陣。除隊後、復学し、1948年に卒業。同志社大学神学部に編入学し、1950年に卒業。イェール大学神学部大学院に留学し、1955年に神学博士。同志社大学助手、1956年、助教授、1961年教授。1962年ユニオン神学校訪問教授。1965年同志社大学神学部長。1996年、定年となり名誉教授、聖和大学教授。2005年にキリスト教功労者を受賞。同年11月に瑞宝中綬章を受章。
吉田 善一(よしだ ぜんいち、1925年〈大正14年〉8月1… 吉田 善一(よしだ ぜんいち、1925年〈大正14年〉8月19日 - 2023年〈令和5年〉5月4日)は、日本の化学者。専門は有機化学、創造機能化学。京都大学名誉教授。1987年度日本化学会会長。工学博士。位階勲等は正四位勲二等瑞宝章。 1925年8月19日、香川県三豊郡仁尾町(現在の三豊市仁尾町)にて生まれた。家業が醸造業だったため、子供の頃からコウジやもろみなど、発酵過程における色の変化を不思議に思い、成長の中で自然が魅せる多種多様な色素に興味を持つようになった。戦時中は、父親が召集された上に、原爆による被爆を経験した。 戦後復員した父の許可を得て、色素研究で著名な吉田彦六郎のいる京都大学工学部工業化学科に進学した。
黒川 正宏(くろかわ まさひろ 1925年7月19日-197… 黒川 正宏(くろかわ まさひろ 1925年7月19日-1974年2月28日)は、日本の教員、歴史家。 1947年に廣島高等師範学校卒業し、広島文理科大学に入学。1950年に卒業すると、京都大学大学院に入学。1954年に修了し、広島県立舟入高等学校教諭となる。教員を務める傍ら、研究を続け、広島県史編さん委員を委嘱される。1969年に退職し、尾道短期大学講師となり、翌1970年から同学助教授。 日本中世史を専攻し、若狭国の浦刀禰、山国荘、伏見荘などを題材に惣村の研究を進め、惣荘と地侍の関係を追究した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
禿 了滉(とく りょうこう、1925年7月15日 - 202… 禿 了滉(とく りょうこう、1925年7月15日 - 2020年2月18日 )は、日本の真宗誠照寺派の僧侶(浄覚寺住職)、仏教学者、教育者(学校法人仁愛学園学園長)・福井県元教育委員長。 1925年に福井県越前市に生まれる。母親の実家の浄覚寺(鯖江市)へ養子に入り、金沢市の第四高等学校を卒業、1951年に長尾雅人に師事し京都大学哲学科仏教学専攻を卒業、1953年に同大学院哲学研究科仏教学専攻を修了。 1965年に仁愛女子高等学校校長に就任、1969年に仁愛女子短期大学学長に就任。2008年に福井県教育委員長に就任(2010年まで)
伊藤 博(いとう はく、1925年〈大正14年〉7月1日 -… 伊藤 博(いとう はく、1925年〈大正14年〉7月1日 - 2003年〈平成15年〉10月6日)は、日本の文学者(万葉学者)。筑波大学名誉教授。伊藤益(筑波大学名誉教授)は息子。 長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)出身。1952年(昭和27年)京都大学文学部文学科卒業。斎藤茂吉の『萬葉秀歌』の影響により万葉集研究を志す。京都大学在学中、澤瀉久孝の下で『万葉集』などの上代文学を学ぶ。 専修大学助教授、筑波大学教授、共立女子大学学長等を歴任。その他には萬葉学会代表も務めた。 伊藤は、一首ごとに注釈を付けるという万葉研究の伝統的な研究手法に疑問を抱いており、万葉集は複数の歌からなる歌群によって構成され、全体で一つの物語となると考えていた。
平井 俊彦(ひらい としひこ、1925年6月16日 - 20… 平井 俊彦(ひらい としひこ、1925年6月16日 - 2003年6月5日)は、日本の経済学・社会思想史学者。京都大学名誉教授。 神戸市生まれ。1948年京都帝国大学経済学部卒、1951年京都大学大学院経済学研究科修了。1964年「ロックにおける人間と社会」で京大経済学博士。1951年京都大学経済学部講師、1957年助教授、1968年教授。1975年経済学部長。1989年定年退官、名誉教授、名古屋外国語大学教授、副学長、2000-2002年学長を務めた。第11期、第12期日本学術会議会員。2002年勲二等瑞宝章受勲。
藤沢 令夫(ふじさわ のりお、1925年6月14日 - 20… 藤沢 令夫(ふじさわ のりお、1925年6月14日 - 2004年2月28日)は、日本の哲学者・西洋古典学者。専攻はギリシア哲学。京都大学名誉教授。京都国立博物館館長を歴任。1993年紫綬褒章。1998年叙勲二等授瑞宝章。2004年没時叙正四位。 1925年、母の実家のある長野県松本市で生まれた。国鉄官僚の父の転任にともなって各地を転々とした。旧制広島第一中学校(現:広島県立広島国泰寺高等学校)に入学し、上級生だった頃に西洋絵画集を購入。ラファエロの大作『アテナイの学堂』のプラトンとアリストテレスの部分を切り取り、部屋に飾った。北村透谷の「ホメロス在りし時、プラトン在りし時、彼の北斗は今と同じき光芒を放てり」という美文とあいまって、第三高等学校 (旧制)の受験勉強の気休めにしていたのが、哲学への憧憬の始まりだったと回想している。
桑原 亮三(くわはら りょうぞう、1925年6月 - )は、… 桑原 亮三(くわはら りょうぞう、1925年6月 - )は、日本の仏教学者、僧侶。米国ライス大学研究員、太平寺住職。 駒澤大学仏教学部卒業。大本山永平寺安居。1956年京都大学大学院修士課程宗教学専攻修了(題目「宗教的真理の問題について-キルケゴールを中心として-」)。同博士課程単位修得退学。 京都大学に新制の大学院ができた年に出願。西谷啓治教授のもとで10年ほど哲学を学ぶ。米国ライス大学研究員を経て、太平寺住職。大阪国際宗教同志会会員。 主な著作に「現代に生きる世界の宗教」A・Jバーン(Archie J Bham)著(翻訳)、「道元とキエルケゴール」など。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
中村 賢二郎(なかむら けんじろう、1925年5月30日 -… 中村 賢二郎(なかむら けんじろう、1925年5月30日 - )は、日本の西洋史学者、京都大学人文科学研究所名誉教授。宗教改革を専門とした。 1925年、兵庫県神戸市で生まれた。京都帝国大学文学部史学科で学び、1948年に卒業。 1950年、神戸大学文理学部助手に採用された。1958年、立命館大学文学部助教授に就いた。1965年に京都大学人文科学研究所助教授に転じ、1977年に教授昇格。1990年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。 CiNii Books 著者 - 中村賢二郎
平田 嘉三(ひらた かぞう、1925年5月28日 - 200… 平田 嘉三(ひらた かぞう、1925年5月28日 - 2008年12月23日)は、日本の西洋史学者・教育学者。広島大学名誉教授。歴史教育学を提唱した。 広島県尾道市生まれ。1949年広島文理科大学西洋史学科卒。1953年京都大学大学院博士課程満期退学、広島大学助手、広島女学院大学講師、文部省初等中等教育局教科書調査官。1971年広島大学教育学部助教授、教授。広島大学附属小学校校長。1986-89年全国社会科教育学会会長。89年広島大を定年退官、名誉教授、広島工業大学教授、広島女学院理事、広島女子商短期大学長、同理事長。93年広島県教育委員会委員長。 2004年4月瑞宝中綬章受章。
酒井 修(さかい おさむ、1925年5月23日 - 2021… 酒井 修(さかい おさむ、1925年5月23日 - 2021年2月18日)は、日本の哲学者、京都大学名誉教授。西洋近世・現代哲学および哲学史、ヘーゲルをはじめとするドイツ観念論を専攻。京都ヘーゲル読書会の初代世話人、名誉顧問。 1950年京都大学文学部卒、同大学院文学研究科特別研究生、1955年助手、1958年国際基督教大学専任講師(哲学)、1961年助教授、1966年準教授、1968年京都大学教養部助教授(哲学・論理学)、1972年教授、1975年文学部教授、1989年定年退官。1990年名誉教授、1991年川崎医療福祉大学教授、1996年退職、立命館大学文学部非常勤講師。2021年2月18日、心不全のため死去。
山田 宗睦(やまだ むねむつ、1925年5月21日 - 20… 山田 宗睦(やまだ むねむつ、1925年5月21日 - 2024年6月17日)は、日本の評論家・哲学者。 1925年、山口県下関市生まれ。幼少期を下関、稚内、金沢、函館で過ごした。水戸高等学校で学び、1946年に京都帝国大学文学部哲学科に入学した。 卒業後は北海道第二師範学校助教授となった。東京大学出版会編集者などを務め、1959年より評論活動に入る。1962年「思想の科学」編集長。1965年には『危険な思想家』を出版。桃山学院大学教授を経て、1977年から1995年まで関東学院大学教授を務めた。1977年には作家の中山千夏らと革新自由連合を結成した。 1989年頃には神奈川県藤沢市辻堂に住んだ。
上山 安敏(うえやま やすとし、1925年5月1日 - 20… 上山 安敏(うえやま やすとし、1925年5月1日 - 2021年10月28日)は、日本の法制史学者。専門は、西洋法制史・法社会史・法思想史。京都大学名誉教授。 1925年、兵庫県生まれ。徴兵を受けて出征し、1949年11月、シベリアより復員帰国。1953年、京都大学法学部卒業。大学院に進み、1956年より京都大学法学部助手。1958年、同助教授に昇進。1965年、学位論文『ドイツ官僚制成立論』を京都大学に提出して法学博士号を取得。1966年、同教授に昇進。1989年に京都大学を定年退官し、名誉教授となった。 京都大学退職後は奈良産業大学法学部教授として教鞭をとった。2000年に奈良産業大学を退任。
木村 明生(きむら あきお、1925年4月27日- 2017… 木村 明生(きむら あきお、1925年4月27日- 2017年3月1日)は、ソ連・ロシア研究者、青山学院大学名誉教授。 岡山県倉敷市生まれ。1950年旧制京都大学文学部哲学科卒業。朝日新聞社モスクワ支局長、同調査研究室主任研究員、青山学院大学国際政治経済学部教授、2001年定年退任、名誉教授。日ロ交流協会常任理事。
福田 茂夫(ふくだ しげお、1925年4月1日 - 2011… 福田 茂夫(ふくだ しげお、1925年4月1日 - 2011年11月12日)は、日本の政治学者、名古屋大学名誉教授、専門は、国際政治史、アメリカ外交史。京都府出身。京都大学法学部卒業。 2011年11月12日、心不全のため死去。
石川 栄吉(いしかわ えいきち、1925年3月26日 - 2… 石川 栄吉(いしかわ えいきち、1925年3月26日 - 2005年3月27日)は、日本の人類学者。専攻は社会人類学。東京都立大学名誉教授。 1925年、東京都生まれ。京都大学文学部史学科卒業。卒業後は神戸大学助教授、立教大学教授を経て、1972年より東京都立大学教授。1988年に定年退職して名誉教授となる。その後は中京大学教授を務めた。日本民族学会会長(現・日本文化人類学会)を務めた。 人文地理学を専攻し、オセアニアなど南太平洋を中心にフィールドワークを進め、研究活動を行った。
梅原 猛(うめはら たけし、1925年(大正14年)3月20… 梅原 猛(うめはら たけし、1925年(大正14年)3月20日 - 2019年(平成31年)1月12日)は、日本の哲学者、評論家。位階は従三位。ものつくり大学総長(初代)、京都市立芸術大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。東日本大震災復興構想会議特別顧問(名誉議長)。碧南市哲学たいけん村無我苑名誉村長。京都市名誉市民。 京都大学文学部哲学科卒業。立命館大学文学部哲学教授、京都市立芸術大学教授・学長の他、国際日本文化研究センター所長(初代)、社団法人日本ペンクラブ会長(第13代)などを歴任した。 西洋哲学から日本の芸能や文学の笑いまで幅広く研究し、日本文化の本質を探究する。大胆で独創的な梅原日本学を確立。
國本 哲男(くにもと てつお、1925年3月18日 - 19… 國本 哲男(くにもと てつお、1925年3月18日 - 1996年3月10日)は、日本のロシア史学者。 兵庫県(現神戸市)生まれ。陸軍幼年学校ののち、大阪外事専門学校でロシア語を学び、1953年京都大学文学部史学科卒、同大学院経済学研究科修了。中学校教師ののち1960年大阪外国語大学助教授、大阪大学教養部助教授、言語文化部教授。1973年「ロシア国家の起源」で大阪大学文学博士。88年定年退官、名誉教授。87年『ロシア原初年代記』で日本翻訳出版文化賞受賞。
戸塚 七郎(とつか しちろう、1925年3月11日 - )は… 戸塚 七郎(とつか しちろう、1925年3月11日 - )は、日本の哲学研究者、旧・東京都立大学名誉教授。西洋古典哲学専攻。 北海道小樽市生まれ。1950年京都大学文学部哲学科卒。東京都立大学助教授、教授、1987年定年退官、愛知大学教授。
中村 善也(なかむら ぜんや、1925年3月2日 - 198… 中村 善也(なかむら ぜんや、1925年3月2日 - 1985年4月5日)は、日本の西洋古典学者。 1925年、福井県で生まれた。京都大学文学部で学び、1949年に卒業。 卒業後は西京大学で教鞭を執った。1959年に西京大学は京都府立大学となったため、以降京都府立大学助教授。後に教授昇進。1985年、在職中に死去した。 専門は西洋古典学。ギリシア関係ではホメロスの叙事詩、ローマ関係ではキケロの『法律論』など多数の作品を翻訳した。
宇尾 光治(うお こうじ 、1925年2月4日 - 1992… 宇尾 光治(うお こうじ 、1925年2月4日 - 1992年10月16日)は日本の物理学者。専門分野は核融合・プラズマ物理学。京都大学名誉教授。1991年紫綬褒章受章。 北海道札幌市生まれ。1952年京都大学工学部電気工学科卒、同教室助手、同講師。1960年、学位論文「同軸積層ケーブルの伝送特性 」で、工学博士(京都大学)。1962年よりアメリカ・プリンストン大学研究員、西ドイツ・マックスプランク研究所客員教授、イギリス・カラム研究所研究員を経て、1966年京都大学工学部教授。 1950年代よりヘリカル型核融合装置の研究に従事し、1958年に独自のヘリオトロン方式を提唱し、以降も実験を重ねながら装置の改良を進めた。
伊藤 昌寿(いとう よしかず、1925年 <大正14年> 1… 伊藤 昌寿(いとう よしかず、1925年 <大正14年> 1月18日 - 2006年 <平成18年> 2月18日)は、日本の経営者、工学博士。兵庫県神戸市出身。位階は正四位。 1948年に京都大学農学部農林化学科を卒業し、同年に東洋レーヨン(のちの東レ)に入社。 1970年11月に田代茂樹会長の抜擢により、取締役に就任し、1973年11月に常務、1978年6月に副社長を経て、1981年1月に社長に就任した。1987年4月に会長に就任し、1995年6月から相談役に就任した。 日本化学会会長なども歴任。 2006年2月18日心不全のために死去。81歳没。死没日付をもって正四位に叙された。
青井 忠正(あおい ちゅうせい、1925年 <大正14年> … 青井 忠正(あおい ちゅうせい、1925年 <大正14年> 1月16日 - 1999年 <平成11年> 3月15日)は、日本の機械工学・物理学者。大阪工業大学第6代学長・名誉教授。理学博士(京都大学)。位階は従四位。勲三等旭日中綬章。 専門は、数値流体力学・流体機械、航空物理学。 石川県出身。京都大学理学部物理学科卒業(指導教授:日本の流体力学の第一人者である友近晋)。同大学助手などを経て、1954年理学博士(京都大学)。その後、大阪工業大学工学部に着任し、一般教育科教授、機械工学科教授などを経て、1973年大阪工業大学学長(1981年まで)。1995年大阪工業大学名誉教授。 大阪工業大学工学部にて、25年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に数値流体力学の研究育成に貢献した。
宮地 良彦(みやち よしひこ、1925年1月12日 - 20… 宮地 良彦(みやち よしひこ、1925年1月12日 - 2023年10月17日)は日本の物理学者。 静岡県浜松市出身。旧制第八高等学校を経て、1948年京都帝国大学物理学科卒業。1949年広島大学理論物理学研究所助手、1961年信州大学文理学部助教授、1966年理学部教授、1972年理学部長、1990年退官。同年放送大学客員教授、1991年信州大学学長を歴任。2000年勲二等旭日重光章受章。 その他、2001年から2003年まで長野県の治水・利水ダム等検討委員会委員長を務めた。 2023年10月17日午前10時35分、肺がんのため松本市の病院で死去。98歳没。死没日付をもって正四位に叙された。 句集を出版している。
梶山 雄一(かじやま ゆういち、1925年1月2日 - 20… 梶山 雄一(かじやま ゆういち、1925年1月2日 - 2004年3月29日)は、日本の仏教学者。京都大学名誉教授。 1925年、静岡県静岡市で生まれた。静岡県立静岡中学校を経て、1942年に旧制静岡高校に入学。戦時の措置により高校課程は2年半に短縮され、1944年5月以降は勤労動員された。この頃、浄土真宗の篤信者の強い感化を受けて、親鸞に傾倒。1944年9月に静岡高校を卒業。 1944年10月、京都大学文学部哲学科に入学。しかしながら、戦局の悪化に伴い、1945年1月より終戦時まで学業を中断して兵役につき、陸軍特別幹部候補生として習志野で訓練を受けた。終戦後復学し、宗教学第三講座で仏教学を専攻し、久松真一や長尾雅人の指導を受けた。
田辺 徹(たなべ とおる、1925年-2020年 )は、日本… 田辺 徹(たなべ とおる、1925年-2020年 )は、日本の美術史学者。成安造形大学名誉教授。 1925年、石川県金沢市生まれ。父・田辺孝次も美術研究者で、父のフランス留学帰国に伴って東京市へ移った。京都大学文学部哲学科美学美術史専攻で学び、1949年に卒業。 1949年に平凡社に入り、平凡社第一編集部長、『太陽』編集長などとして1985年まで勤務。月刊『太陽』編集長時代には、廃刊寸前だった同誌を復活させた。同時に、1954年から1985年まで財団法人朝倉彫塑館評議員、監事をつとめた。退社後は、1990年から1991年までドイツ国立エッセン大学造形芸術学部特別研究員。1993年、成安造形大学教授に就いた。
東久保 勝彦(とうくぼ かつひこ、1925年-)は日本の農学… 東久保 勝彦(とうくぼ かつひこ、1925年-)は日本の農学者、化学者、京都大学名誉教授、学位は農学博士。専攻は植物栄養化学。 大正14年(1925年)広島に生まれる。旧制広島高等学校を経て京都大学農学部農芸化学科を卒業。その後京都大学教授、退官後同大名誉教授。 趣味が多彩で研究の余暇に、文学・絵画・音楽に親み、音楽に対する造詣は深く、管楽器以外は何でもこなす。ギターが得意。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
仲村 祥一(なかむら しょういち、1925年 - )は、日本… 仲村 祥一(なかむら しょういち、1925年 - )は、日本の社会学者、大阪女子大学名誉教授。 京都大学文学部卒。熊本大学人文学部教授、大阪女子大学教授、87年定年退官。
片岡 曻(かたおか のぼる、1925年(大正14年) - )… 片岡 曻(かたおか のぼる、1925年(大正14年) - )は、日本の法学者。京都大学名誉教授。専門は労働法。発行される書籍の中では「片岡昇」とも表記される。
木南 卓一(きなみ たくいち、1925年 -2016年12月… 木南 卓一(きなみ たくいち、1925年 -2016年12月5日)は、日本の東洋思想学者。 大阪府生まれ。1948年京都帝国大学文学部中国哲学科卒業。1970年「朱子学の本質」で京都大学文学博士。帝塚山大学教養部助教授、教養学部教授、1996年定年退任、名誉教授となった。
木崎 良平(きさき りょうへい、1924年11月17日 - … 木崎 良平(きさき りょうへい、1924年11月17日 - )は、日本の西洋史学者、立正大学名誉教授。日露交渉史を研究した。 1924年、大阪府守口市生まれ。召集をへて、戦後京都大学西洋史学科を卒業。 1951年、鹿児島大学文理学部助教授に着任。1964年、学位論文『ルーシ」という語の意味に関する歴史的一考察』を京都大学に提出して文学博士号を取得。1965年より鹿児島大学教養部教授、1971年より教養部長を務めた。1976年、立正大学教授となった。1995年に立正大学を定年退任し、名誉教授となった。
木村 資生(きむら もとお、1924年〈大正13年〉11月1… 木村 資生(きむら もとお、1924年〈大正13年〉11月13日 - 1994年〈平成6年〉11月13日)は、日本の集団遺伝学者。中立進化説を提唱した。日本人で唯一ダーウィン・メダルを受賞。また、パフィオペディラムの育種家としても知られる。学位は、理学博士(大阪大学・1956年)。国立遺伝学研究所名誉教授。日本学士院会員。文化功労者。文化勲章受章。岡崎市名誉市民。 中立進化説とは、分子レベルの進化はダーウィン的な「サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト(fittest)」(適者生存)だけではなく、生存に有利でも不利でもない中立的な変化で「サバイバル・オブ・ザ・ラッキエスト(luckiest)」、すなわち、たまたま幸運に恵まれたものも残っていくという学説である。
樋口 謹一(ひぐち きんいち、1924年11月8日 - 20… 樋口 謹一(ひぐち きんいち、1924年11月8日 - 2004年1月9日)は、日本の歴史学者、政治思想学者。専攻はヨーロッパ政治思想史。京都大学名誉教授。 京都大学卒業。1965年に設立した京都ベ平連の中心メンバーの一人だった。京都大学人文科学研究所助教授・教授、佛教大学教授を歴任し、日本平和学会会長も務めた。2004年叙従四位、授瑞宝中綬章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
臼井 勝美(うすい かつみ、1924年11月4日 - 202… 臼井 勝美(うすい かつみ、1924年11月4日 - 2021年9月24日)は、日本の歴史学者、筑波大学名誉教授。専攻は日本近代史。近代日中関係史。 栃木県出身。大正から昭和前期における日中関係史研究の重鎮。外務省では栗原健の指導の下、外交文書の編纂に従事。転出後も『日本外交文書』編纂委員を務める。1990年には、NHKと共に張学良とのインタビューを行った。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
坂井 利之(さかい としゆき、1924年10月19日 - 2… 坂井 利之(さかい としゆき、1924年10月19日 - 2017年8月16日)は、日本の情報処理工学者。京都大学名誉教授、龍谷大学名誉教授。専門は、情報通信工学、情報工学、情報学。工学博士(京都大学、1954年)。 大阪府高槻市生まれ。文字や音声などを認識する技術、パターン認識の研究・開拓の先駆者とされ、情報処理学会や国際パターン認識連盟(英語版)の会長を務めた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
今井 宏(いまい ひろし、1924年(大正13年)10月7日… 今井 宏(いまい ひろし、1924年(大正13年)10月7日- )は、日本の法学者(商法)。法学博士(京都大学・論文博士・1975年)。元九州大学教授。姫路獨協大学名誉教授、大阪府立大学名誉教授。弁護士。2024年4月17日没 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。